雪の駆逐艦-違う世界、同じ海-   作:ベトナム帽子

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第16話「今は遠い空」

 彼女はノーフォークの空を見上げていた。

 雲より高いノーフォークの空に1匹の黒い鳥が飛んでいる。その黒い鳥は人間の飛行機で深海棲艦のどんな武器も届かない所を飛んでいる。毎日のようにその黒い鳥は西の空からやってくる。

 彼女、人間側からの呼称では泊地水鬼。彼女は赤い瞳でうらやましそうにその黒い鳥を見つめていた。

 自分もあの広く、蒼い空を飛べたら。

 

 彼女はこの世界に生まれたときから空に憧れていた。

 鳥のように自由に宙を舞えたらどんなに気持ちが良いことだろう。しかし、なぜ私は飛べないのだろうか。私達が生み出す丸いものは空を自由自在に飛べるのに。

 毎日そんなことを思っていると、敵がやってきた。空を飛んで。

 彼女を攻撃してきたのは動物ではない、空を飛ぶ変なものだった。撃墜した変なものを拾って調べる。6箇所に赤と白と青の丸が重なった模様。布や棒で胴体や羽が造られていて、頭にはねじった板を回すような機械。とても鳥には見えなかった。こんなものが飛ぶなんて思えなかった。しかし、飛んでいた。私達を攻撃してきた。

 こんなもので飛べるなら私でも飛べるはず。

 次の日から彼女はいろいろなことをした。流れる流木を拾って加工して大きな翼を作って、羽ばたいてみたり、回してみたり。しかし、飛べなかった。

 試行錯誤していたある日、不思議なことが起こった。

 背中に翼が生えたのである。動物の鳥と同じような翼が生えた。

 彼女はとても驚くとともに大喜びした。これで飛べる! 自由に飛べる!

 彼女は生えた羽を鳥と同じように羽ばたかせて飛ぼうとした。しかし、飛べなかった。海面に頭から突っ込んだ。

 羽があるのになぜ飛べないのだ! 彼女は叫んだ。上空を鳥があざ笑うかのように飛んでいた。

 

 羽が生えても彼女は空を飛べなかった。空を優雅に飛ぶ鳥を見上げるだけの彼女はふと思った。

 鳥は飛べる飛べないなんて意識していないのでは? 鳥は最初から飛べるからそんなこと考えないのでは?

 意識しないでやってみよう。彼女は目を瞑って、飛ぶという具体的なイメージではなく、宙に浮くような抽象的なイメージを想像した。

 時間がある程度経ってから、目を開ける そして、下を見る。

 脚が海面から離れていた。

 浮いている。彼女はやった! と思った。思った瞬間海面に落ちた。

    

 それから何十回、何百回と繰り返し繰り返しイメージをして、最後には自由に空を飛べるようになった。鳥と並走することも、追い抜かすこともできるようになった。

 背中に生えた羽は動かさなくても良かった。自分が宙を浮くイメージができれば空は飛べた。

 仲間達のいくつかも羽が生え、何十か、何百回と繰り返し練習して飛べるようになっていた。

 見上げるばかりだった空に彼女は手を触れた。

 しかし、それは長くは続かなかった。

 

 あるとき、仲間の1人、人間側からの呼称では戦艦水鬼と呼ばれる深海棲艦が空を飛べるようになった彼女の羽を千切った。ちぎれた羽からおびただしい量の血が噴き出した。

 何をする! やめてくれ! 

 羽を千切られた彼女は叫んだが、戦艦水鬼は容赦はなかった。続けて脚を千切る。羽を千切ったとき以上の血が噴き出る。彼女は急いで脚を修復しようとするが、戦艦水鬼が直ろうとする脚を踏みつけ、破壊する。

 あまりの痛さに彼女は声すら出せなくなった。

 戦艦水鬼は近くにいた駆逐艦イ級を呼び寄せる。そしてイ級の頭を拳で穴を2つ穿った。イ級は即死だ。死んだイ級はだらしなく口を開ける。

 戦艦水鬼はイ級の頭を穿った手で彼女を髪で引っ張り上げた。千切られた脚から蒼色の血がしたたり落ちて海を濁らす。

 なにを? まさか?

 彼女は霞がかった意識の中、察した。私を一生飛べなくする気なのだ、と。

 深海棲艦は艦娘と戦う中で治療法というものを確立した。生きている個体と死んでいる個体を合体させることで1つの個体とする、という治療法だ。出血も止まれば、死んだ個体の武装も使えるようになる。しかし、決してそれが外れることはない。

 今、戦場でもないこの海で、それが行われようとしていた。

 イ級の頭に空いた穴に彼女の両足がはめ込まれる。彼女は激しい気持ち悪さに襲われた。さらに戦艦水鬼は近くにいたル級から腕の砲を力任せにはぎ取り、背中の羽が生えていた部分に押しつけた。自分の肉と他の肉が混ざり合い一体となっていく感触は気持ち悪かった。彼女はあまりの気持ち悪さに嘔吐する。 

 全てを吐き出し、合体が終わった彼女は戦艦水鬼の顔を見た。笑っていた。ご満悦な表情だった。 

 

 彼女は手を伸ばす。ノーフォークの高い空を悠々と飛ぶ黒い鳥に。その黒い鳥に手は、指は届かない。

 あの後、空を飛べる他の仲間達も同じように羽を千切られ、飛べないようにされたという。中には殺された仲間もいるらしい。

 彼女はあるところを占領せよ、と命じられた。あるところというのは、彼女が今いるノーフォークだ。空どころか、海にいることさえ許されなくなったのだ。

 彼女はからからと、しかし悲しげに1人笑う。

 彼女は憎悪した。自分の羽を千切った戦艦水鬼だけにではない。自分の眷属以外、海にいる同類達全てを。

 そして誓った。陸から人間達を駆逐して、人間達が過去していたように陸から海を支配してやると。

 もう二度と空は飛べないのだから。




 彼女がノーフォークのボスです。
 私が泊地水鬼の台詞を聞いたとき、「間違いない、こいつ単独飛行できた」と思いました。当時考えていた作品のネタといい具合にドッキングしてこんな感じになりました。

 米軍はこいつと戦うことになります。

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