長10㎝連装高角砲のペイント弾がようやくエドサルに命中。命中の衝撃で動きが鈍った瞬間、吹雪はさらに何発も撃ち込んで沈没判定を勝ち取る。
演習終了だ。エドサルが最後の1隻だった。
「本当ちょこまかちょこまかと」
エドサルは他の艦娘と比べても卓越した回避能力を持っている。正直、被弾率は雪風並みだと言っても良いだろう。今日の演習でもエドサルから沈没判定を取るために一体何発の砲弾を消費しただろうか。
吹雪は長10㎝連装高角砲の右側砲身を砲塔から引き抜き、片目をつぶって、砲身内部をのぞき込む。
内部のライフリングがかなり削れていた。砲弾の初速は遅くなっていたし、まっすぐ飛んでいなかったので当然かもしれない。
「何を見てる?」
同じ隊のカッシングが砲身をのぞき込む吹雪を不思議に思って尋ねる。
「ライフリング。この砲、初速早くてすぐ削れちゃうから」
「どれくらい出る? 初速は」
「1000くらい出たかな?」
答えながら吹雪は覗いていた右側砲身を装着し直し、左側砲身を取り外して、同じように覗く。これもかなり削れている。秒速1000メートル近い初速を発揮する長10㎝連装高角砲は高初速砲のお約束で砲身命数が短い。とはいえ、1週間前に交換したばかりなのだが、ここまで削れているとは。
「1000か。私達の5インチ砲が762だから、かなり早いな」
「その分、砲身命数が短いよ。いい砲なんだけどね」
吹雪は左側砲身を装着し直しながら、言う。基地に帰ったら今付けている砲身は廃棄しておこう。
「さあ、早く帰ってお昼ご飯食べよう……ってトレントンやルイビルはもう帰ったの!?」
「そのようだ。おや、ベンハムも帰ってるな」
吹雪とカッシングは先に帰った艦娘に追いつくべく、ホームスピードよりももっと早い第1戦速で追いかけた。
昼食を食べた後に、吹雪は東海に呼ばれて整備棟に来ていた。
「アメリカ艦娘の装備、ですか?」
「ああ。装備できるか試す」
吹雪は意外に思った。早すぎるのである。日本からは消耗部品や弾薬は4ヶ月分ほど持ってきているのだ。本格的な戦闘を初めてまだ2ヶ月ほどしかたっていないのである。まだまだ部品はあるはずだった。
「もう消耗部品が底をついているんですか?」
「艤装関係はまだまだあるんだがな……酸素魚雷と長10㎝連装高角砲の砲身がもう数がない。酸素魚雷はあと50本くらいあるが、長10㎝の方は砲身が12本だ」
「もうそれくらいしかないんですか!? 何でです?」
「それは吹雪、お前がよく分かってるんじゃないのか?」
東海はそう言ったが、吹雪には分からなかった。酸素魚雷はどんどん使ったのでなくなるのも分かるのだが、長10㎝連装高角砲の砲身については分からない。ライフリングがかなり削れるまで、もったいぶって使ったので無駄遣いはしていないはずだ。
吹雪が分からないという顔をしているので、東海が仕方なさそうに言った。
「エドサルに長10㎝ばんばん撃ってただろうが。エドサルが来てから消費量が多くなってる」
そうだ、エドサルのせいだ。吹雪は言われて初めて気がついた。
エドサルは雪風並みの回避能力の持ち主だ。しかし、雪風が運の良さも加味した回避とは違い、エドサルは全て実力で回避しているのである。甘い狙いの砲弾は確実に避けるので、対エドサルには高初速の長10㎝連装高角砲を使用する。それでも回避されることが多いので連射速度に物を言わせて沈没判定を勝ち取る。
それを続ければライフリングが摩耗するのも当然だった。しかし、もう12本しかないとは。
「まあ、バミューダでの補給物資を回収できなかったのもあるんだが。実際、作戦と訓練で使って使い古しているんだから、別に怒りはしないさ。予定が早まっただけというお、は、な、し」
「まあ、そうですね」
元々、砲や酸素魚雷を使い切ったらアメリカ装備に換える予定だったのだ。こんなに早くとは思わなかったが。
「それで、換装するのは5インチ砲と533㎜魚雷発射管ですか?」
「ああ、4連装のな。5インチ砲は単装だ。96式機銃の弾薬はまだまだあるけど、1.1インチ機銃使いたい?」
「ボフォースの40㎜はないのですか?」
「ない。アラスカのを取ってくるわけにもいかないし。量産にかなり手こずってるらしいよ」
「1.1インチ機銃は不評なので96式のままでお願いします」
「よし、わかった。じゃあ始めようか」
東海は手の空いてそうな整備員を集めていく。吹雪は自分の装備がアメリカの新しい兵器に変わるということにわくわくしていた。
綺麗な動きをするものだ。
レキシントン級航空母艦サラトガはアメリカの装備を付けて湾の中を俊敏に航行する吹雪を眺めていた。
吹雪は両足の腿に533㎜4連装魚雷発射管、両手に5インチ単装両用砲を装備している。左手首に腕時計のように付けていた94式高射装置はつい最近開発されたMk.37 砲射撃指揮装置に変わっている。
かつての敵、日本海軍の艦が海を越えて、アメリカの兵器を装備してアメリカのために戦う。それもアメリカの艦娘のリーダー的役割をしているのである。なんと変な話であろうか。
それほどアメリカは逼迫しているとも言える。海軍は壊滅しているし、深海棲艦とかいうわけのわからんやつらに本土上陸までされているのだ。そうでなくてもウルヴァリンリンとセーブルを一線級にしている時点で察せることではあるのだが。
「あ、サラトガここにいたんだ」
ユタがサラトガの歩いてくる。ユタということは航空攻撃訓練の話をしにきたのだろう。サラトガはユタにあることを聞いてみた。
「ユタ。あなたは戦後の、つまりあの世界をこの世界に転生するまでずっと見てきたのよね? 真珠湾から」
ユタは第1次大戦よりずっと前に建造された艦だ。ロンドン軍縮条約の時に標的艦に改装され、太平洋戦争が勃発した1941年12月7日に空襲で沈没した。その後、戦争中でも、戦争が終わってもサルベージも解体もされず、真珠湾に放置されている。だから、2015年の春までのあの世界の記憶があるそうだ。
「うん、そうだけど。どうしたの?」
「あの吹雪、どう思う? なんだか変な気分にならない?」
サラトガが急旋回を繰り返している吹雪を指さして言う。
「そう? 別におかしくは感じないなぁ」
「そうなの?」
「だって、2015年のあっちの世界じゃ、アメリカと日本は最大の同盟国だよ。リムパック……環太平洋の国々の海軍総出の合同演習のことね。あれも日本は参加しているし、そのときは日本海軍、正しくは軍じゃないらしいけど、日本の駆逐艦も見かけるよ。だから、アメリカ兵器を装備したフブキもおかしくはないよ」
へえ。あの日本がアメリカ最大の同盟国とは。ユタの話をサラトガは驚きを持って迎えた。サラトガは1946年のクロスロード作戦で処分されている。日本を徹底的に骨抜きにするという話しか聞いていない。戦後の日本のことは何も知らないのだ。
「やっぱり時がたてば、変わるのかな?」
「サラトガ?」
ユタがサラトガの名前を呼ぶ。サラトガはかすかに震えていた。
「私は少し怖いんだ、日本人が。あんなに大きな戦争もして、私達は工場だけじゃなくて都市も空襲してさ。お返しにカミカゼ。そして最後は原子爆弾だよ。あの熱、爆風。私達は恨まれてるんじゃないかって。艦娘になってから、日本の艦娘がいるって聞いてからずっと、ずっと怖いんだ」
サラトガはしゃがみ込む。震えは止まっていない。
「でもフブキを見ていると、そうじゃないのかもしれないと思うの。フブキ達は私達、いえ、アメリカのために今は尽くしてくれている。正直変よ、変。おかしいわよ。ねえ、ユタ。日本人は私達のこと、70年たっても恨んでる?」
サラトガがユタの方を向く。サラトガは涙を流していた。
「…………分からないよ」
少しの沈黙の後、ユタはそう答えた。
「私は艦。それもアメリカの。むしろエリソンに聞くべきだよ。日本人の想いなんて、わかんない」
当たり前のことだ。私達は日本人を乗せたこともなく、人間でもない。どうして日本人の心の内が分かるだろうか。今は艦娘として人の姿をしているが艦であったことは変わりなく、心は変わっていない。
ディロンと鍾馗大佐は司令室の窓からアメリカの装備を付けて試験航行する吹雪を見ていた。
鍾馗にとって、この基地に訪れるのは久しぶりになる。この2ヶ月間、軍需企業や研究所に行ってプレゼンテーションや技術指導をやっていたのだ。艦娘達の活躍は新聞などで知っていたが、基地に来ることは忙しすぎてできなかった。
「どうさ、愛娘がアメリカに来ても元気にやっている姿は?」
「愛娘って……俺の子供じゃないよ」
ディロンが鍾馗をおちょくる。鍾馗大佐は俺の子供ではない、と言うが、艦娘に関しては最初期の頃から関わっているのだ。何かしら思うところはあるだろう。外見は少女なのだから、男としては思うところが色々ある。
「まあ、元気そうで良かった。ホームシックまがいのことになる頃じゃないかな、とは思ってたからな」
なってたけどな。ディロンはチネリ米や味噌汁もどきの話をしてみた。すると鍾馗は大笑いする。こっちに来る前にテレビで同じことを日本の芸人がやっていたらしい。海を隔てていてもやること、考えることは一緒なのかと、大笑いだ。
「しかしさ、艦娘ってのは本当人間と変わらないな。面白ければ笑うし、辛いことがあったら泣くし、怖がったりもするし、ホームシックにもなったりするんだぜ。それで見た目は年端もいかないのに軍人顔負けの知識を持ってやがる。艦の生まれ変わりってのは本当みたいだな」
「それ、こっちに来たとき話しただろう?」
「あんなの正直信じれるか。セントローレンス湾攻略している頃、俺は艦娘ってのは遺伝子やらなんやらいじって、人間を兵器にしたものだと思ってたぞ。外見が少女って趣味悪って思ってたさ」
ただ女の子が鉄のおもちゃみたいなものを付けて、通常兵器と同じ性能って正直おかしい。何度考えてもおかしい。実際は1990年代に有名になったクローンだとかの遺伝子技術で深海棲艦の遺伝子やらなんやらを組み込んでるんじゃないか、とディロンは何となく考えていた。
鍾馗は艦娘技術者なのだから、そのことに関して知っているはずだが、機密だといって教えてはくれない。全世界に技術を伝えているというのに、機密とは一体なんなのか。これまた変な話だ。
「しかし、兵器として扱うにしては感情がありすぎる。だってこっちで建造した艦娘でフブキ達を怖がっているというか、避けている艦娘が結構いるぞ」
「艦娘の世界ではあったという第2次世界大戦のトラウマか? それで次の作戦大丈夫か?」
「さあな。どうにかしなきゃならんのは確かだ。フブキ達に限らず艦娘は貴重な戦力だ。内輪もめ起こして、後ろからズドンなんて冗談じゃない」
現在の艦娘は42人。その中で吹雪達並みの練度を持つ艦娘はいない。
次の作戦を行う場所はノーフォークだろう。東海岸で真っ先に深海棲艦が上陸したところだ。空母クラスや戦艦クラス、日本側の分類によると姫や水鬼クラスも確認されている。
西海岸側の戦力も少し引き抜いて反攻するわけだが、とりわけ制海権の確保は大事なのだ。戦力的に吹雪達は必ず参戦させることになる。内輪もめなんて起こしている余裕はアメリカ海軍にはないのだ。
夕方の食堂、午後の演習をした吹雪の隊と初雪の隊は夕食を取っていた。
「使い心地は……どうだった?」
初雪が吹雪に聞く。吹雪はアメリカ装備のまま、演習を行ったのだ。
「5インチ砲は扱いやすかったよ。12.7㎝連装砲と違って、両用砲だから装填時に水平に戻す必要はないしね。水平に戻さなくていいのは長10㎝と一緒だけど、単装だから軽くて取り回しいいし」
12.7㎝連装砲は平射砲だ。元々対空砲ではないため、再装填するためにはいちいち水平に戻さなければならない。しかし5インチ砲は両用砲、つまり高角砲と同じであり仰角が何度でも装填が可能だ。ちなみに両用砲と高角砲に大きな違いはない。長10㎝連装高角砲も対艦戦闘に使うのだから、両用砲とも言えないことはない。
「あと、高射装置ね。名前はMk.37 砲射撃指揮装置って言うんだけど、94式高射装置よりも性能がいいの。今はないけど、電探も合わせて運用するらしいから、そうなったらかなり便利」
Mk.37 砲射撃指揮装置は電子機械式アナログ計算機がセットになっており、カムや歯車を用いる94式高射装置の機械式計算機より精度がいい。対空戦闘ではかなり役に立つだろう。
「ただ魚雷が……」
「やっぱり?」
「うん。遅いし、威力ないし、雷跡は見えるし、いいことないね」
「それはあんた達の使う酸素魚雷が異常なのよ」
初雪の隣に座っているノーザンプトン級重巡洋艦ノーザンプトンが会話に割り込む。
「あんた達の使う酸素魚雷で私は酷い目に遭ったわ」
ノーザンプトンはルンガ沖夜戦に参加した艦であり、田中頼三少将の指揮する駆逐艦隊に翻弄され、酸素魚雷2発が運悪く同一箇所に命中し、沈没してしまった。
「あれ、雷跡見えないんだから、演習じゃあ使わないようにしましょうよ。避ける訓練にならないわ」
「まあ、酸素魚雷も数もないし、次からそうしようか」
「そうしてちょうだい。砲、射撃装置、魚雷ときたら、レーダー、機銃だけど、換えた?」
「換えてないよ。33号電探と13号電探、機銃は96式のまま」
機銃は1.1インチ機銃も試しに使ってみたが威力は96式とさほど変わらないし、重く、弾詰まりまで起こしたので、96式のままだ。96式の弾薬もいつか切れるときが来る。そのときまでにエリコン20㎜機銃とボフォース40㎜機銃の数がそろっていることを願っておこう。
レーダーは数が全く足りないのでので、アメリカの艦娘が優先だ。日本の電探は質が悪いと言ってもないよりはマシである。33号電探と13号電探はこれからも長いつきあいになるだろう。
そういえば。吹雪はちょっとした疑問を思う。
第十一駆逐隊はアメリカに派遣という形でアメリカ海軍に編入されている。しかし、日本海軍にも籍を置いたままなのだ。生まれは日本で育ちも日本だ。金剛のように帰国子女というわけではない。
武装がアメリカ式に完全に変わったら、果たしてどっちの艦なのだろう。第102号哨戒艇と同じようなものだろうか。吹雪はそんな疑問がわいた。
今頃になってようやく吹雪達は消耗品不足です。皆さんお待ちかね(?)の吹雪型駆逐艦吹雪改二(アメリカ装備)ですよ!
艦これのステータス的には火力値減少、雷装値減少、対空値増加、回避値増加と言ったところでしょうか。酸素魚雷が使えなくなるので結構苦労しそうです。回避値が増加するのは連装砲から単装砲への換装、酸素魚雷から通常魚雷への換装により軽量化したからです。体感的にはあまり変わらないと思いますが。
ちなみにヘッジホックやソナーなどの対潜兵器はかなり後になります。
今回物語に起伏が少なかったのですが、これがあと2話くらい続きます。ぶっちゃけ、吹雪達が行う次の作戦への事前説明です。
次回辺りは艦娘があんまり出ないかもしれません。その代わり戦車やら航空機やらが出ます。戦闘機はあんまり出ないかもしれませんね。