午後。ファラガットとショーは艤装整備棟に呼ばれていた。
すでに天井クレーンにはファラガットとショーの背部艤装がつり下げられており、作業台の上には灰色の筒と緑色の布袋がのった箱があった。
「なに? このノズルのついた筒は」
ファラガットは灰色の筒を指さして整備員に聞いた。
「ロケットモーターだよ」
「ロケットモーター?」
ファラガットは首をかしげた。ロケット弾とかの推進機関のロケットモーター? あれは推進剤を噴出する反動で推進する機関だ。大出力な点を活かして、空でも飛ぼうというのだろうか。
「おう、始めるぞ。ショー、ファラガット、艤装を付けろ」
東海の指示の通りにショーとファラガットは自分の背部艤装を背負う。そして、脚部艤装を履く。
「トウカイ、ロケットモーターは何に使うつもり? 空でも飛ぶの?」
ファラガットの質問に東海は笑った。
「空を飛ぶ? 逆だよ逆。空から落っこちるときに使うんだ。制動用だよ」
「制動用?」
「落下傘降下するんだよ。2人ともこっち来い」
東海が作業台の前に手招きする。整備員達がロケットモーターを抱えている。
「落下傘降下って、私達が?」
「そうだよ。この空挺補助装備C型改3がそれを可能にするんだ。こいつは実戦投入もすでにされていて戦果も上げてるやつだ」
東海が緑の布袋、パラシュートが上部に付いた箱を軽く叩く。これとロケットモーターそろって空挺補助装備C型改3らしい。しかし、用意されたA型のロケットモーターだ。日本の艦娘用に作られた物なのでアメリカ艦娘に合うようには造られていない。そのため、合いそうな型式の物をそれぞれ組み合わせる。
「B型は元々綾波型用なんだが、うまくいくかな」
箱を2人がかりで持ち上げられて、背部艤装に装着。ボルトを締めて固定。そして箱から伸びるベルトで箱が揺れないように体を締める。東海が後ろで補助装備をいじる。
「ダイブブレーキの展開も問題なし。案外うまくいったな。ファラガットどんな感じだ」
「少し重い。戦闘時は邪魔ね」
「そこは大丈夫、爆砕ボルトでパージするから。パラシュートのフック、ちゃんと引ける?」
「引ける」
「ならパラシュートの方は大丈夫だな。次はロケットモーター」
東海はロケットモーターの固定具を外す。とりあえず、固定具だけを取り付けようとするが、部品が干渉してうまく取り付けることができない。無理をすれば固定できるだろうが、ロケットモーター作動時に取れそうだ。
「やっぱりダメだな。加工しないと無理だわ」
「ロケットモーターなんているの? パラシュートだけでいいんじゃない?」
「ファラガット、お前は滞空中に蜂の巣になりたいのか? ゆっくり降りてくる空挺兵は良い的だぞ」
この装備はヘイロー降下(高高度降下低高度開傘)を目的にした装備である。滞空時間をできるだけ少なく、着水寸前にロケットモーターで落下速度をほぼゼロにして、着水時の衝撃をなくし、戦闘にすぐ移れるようにしてある。ロケットモーター作動時は噴炎で居場所がばれるが、滞空中に攻撃されるよりはましだ。
ファラガットの額に汗がにじむ。冷や汗だ。パラシュートに制動用のロケットモーター。これで落下傘降下を本当にするつもりらしい。
「ね、ねえ、落下傘降下するってことは……飛行機乗るのよね? そもそも私達が飛行機に乗れるのかしら。艦よ、私達」
「いや、艦娘でしょ。乗れるよ。乗れなきゃ、吹雪達はアメリカに来れないじゃないか」
「そうよね……。これを使って、次の作戦を?」
「それは知らない。装備できるか確かめろ、という命令だけだから。まあ、使う機会はあまりないと思うけどね。実際、この試験は言われなくてもするつもりだったし」
空挺補助装備が開発されたのは艦娘の即時展開が求められたからである。太平洋には遠隔諸島が多く、神出鬼没な深海棲艦の攻撃を受けてから、艦娘が基地や泊地から迎撃に向かうのでは遅すぎる場合が多かった。そこで機動性の高い航空機を使えないかということで空挺補助装備が開発された。
しかし、アメリカ領土で遠隔の島々は少ない。西インド諸島を奪還するときには使用する可能性もあるだろうが、かなり先の話になるだろう。
「すぐじゃないんだ」
確実にファラガットは胸をなで下ろした。初の実戦が空挺作戦とか笑えない。飛行機も乗らないですむかもしれない。
「でも、訓練は近いうちにあると思うけどね。確か空挺降下資格だったかな? そんなのがあったような気がするし」
「えっ」
それを聴いて、ファラガットの顔は青ざめた。
ファラガット達が空挺補助装備の試験を行った翌日、スペリオルの海軍総司令部では作戦会議が行われていた。
「バミューダ諸島ですか?」
ディロン・K・ウンダー中将は海軍大将ハドリー・アスターに聞き返した。
「そうだ。バミューダ諸島を強襲する」
バミューダ諸島。北大西洋に浮かぶ珊瑚礁と岩礁からなる島々だ。イギリスの海外領土であり、人口6万人以上を擁していたが、深海棲艦の跳梁により、住民はアメリカに避難しており、現在、人間はいない。
「占領ではなく、強襲ですか」
「一時的には占領するが、あくまで強襲だ。深海棲艦が動きを見せた段階で撤退を開始する」
アメリカ軍は東海岸奪還の手始めとして、バミューダ諸島を一時的に占領し、深海棲艦がどのように反応するかを見極めようとしていた。その上で、東海岸奪還作戦を計画する予定だ。
「この作戦は海・陸・空軍の共同作戦だ。我々海軍は第1水上艦娘隊、陸軍は第82空挺師団から5個小隊、空軍は3個飛行隊が参加する」
ディロンは眉間に皺を寄せた。
「なぜ、陸軍の空挺師団なのです? 海軍の特殊コマンドを投入すれば良いのでは? 指揮系統だって……」
海軍にもシールズなどの空挺降下できる部隊は存在する。わざわざ陸軍と共同作戦を行う必要性はない。練度からいってもシールズの方が上回っていると言えよう。
「第82空挺師団は空挺戦車を装備しているからな。陸上型の深海棲艦を相手するには歩兵だけでは辛いとの判断だ。指揮系統も統合軍から指揮する。君が思うまで作戦上の不手際はないよ」
陸軍第82空挺師団はM511シェリダン空挺戦車を装備している唯一の空挺部隊だ。緊急展開部隊である第82空挺師団の機動力は高く、アメリカ本土戦でも活躍している。M511シェリダンは通常弾、ミサイル両方発射できる152㎜ガンランチャーを装備しており、状況に応じた戦い方が可能だ。
「問題なのは艦娘だ。彼女らは空挺降下できるのだろう?」
「可能です。しかし、確実に可能なのは日本から派遣されてきた4名だけです。戦力としては心もとありません」
「4名か。日本からは艦娘用空挺補助装備が余分に持ち込まれているはずだが、あれはアメリカ建造の艦娘には適合しないのか」
「現在、整備員達が試験を行っています。中間報告では既存のものを改造すれば可能ということです。問題は空挺降下の訓練でしょう」
「全ては艦娘次第か」
ハドリー大将は目を細めた。深海棲艦の注目を確実に引くためには島だけの占領ではなく、周辺海域の制圧も必要になる。
艦娘の空挺投入。これが作戦成功の決め手なのだ。
セントローレンス湾攻略から1週間後、陸上砲台はとりあえず形にはなり、アメリカ艦娘もさらに何人か増えたことで、吹雪達も余裕が出てきた。吹雪達4人の誰かを旗艦に据えて、他はアメリカ艦娘で6隻の艦隊を編成することもできるようになった。
余裕が出てきた今、次の作戦への準備が進められた。
空に慣れてもらう。ディロンはそう言った。
目の前にはCH-47チヌークがアイドリング状態で停まっていた。回転する2つのローターが生み出す風圧が吹雪達を押さえつける。
そのローターの下で騒いでいる一人の艦娘がいた。
「いやだぁ! 艦が空飛ぶわけないでしょ! 絶対! 絶対、無理!」
ショーだった。逃げようとするので深雪に羽交い締めにされている。
「大丈夫だって、ヘリコプターはあまり速度でないし」と深雪。
「チヌークは信頼性の高い機体だ。落ちることはまずありえん」とチヌークの黒人パイロット。
「排水量何トンあると思ってるの! 1500トンよ! 1500トン! こいつの積載重量何トンよ!」
「それ艦のころのでしょ。体重の単位はキログラムで十分」
「1500トンかぁ。タルへでも無理だな」
「ほら無理って! 無理って言ったじゃない!」
「ショー。そんなこと言わないの。みっともないじゃない」とファラガット。
「ファラガット、貴方も怖いくせに!」
「な、なにを」
ファラガットがたじろぐ。
「声うわずってるわ! その汗も冷や汗でしょう!! 暑くもないもの! フブキの前だから強がってるだけなんでしょ!」
「そんなわけ!」
この風景を見て、初雪はかなり昔のことを思い出していた。1年半ほど前だろうか。あれはただの移動で、意外にも白雪が怖いと言っていた。実際、みんな怖かったようだが、艦娘になってからかなりの時間がたっていたので、排水量1680トンだった自分達が乗っても大丈夫、飛行機は落ちない、と思えた。
しかし、ショーやファラガットその他の艦娘は艦娘になってから間もない。怖がるのも当然だった。自身の常識を改めるというのはなかなか大変なものだ。
「おーい、アイドリングも結構燃料消費するから早くしてくれないか?」
「へいへい。よっこらせ、っと」
黒人パイロットはショーを担ぐ。大男の黒人と担がれる少女。まさに人さらいの様相である。初雪は日本各地の鬼伝説は漂流した外国人なのではないかと、何となく思った。
「いやー! 絶対落ちるー! アホ、ボケ、金欠、人さらいー!」
「はっはっはっは」
黒人パイロットはショーを肩に担いだまま、チヌークのキャビンに入っていった。それに初雪達も続いた。
チヌークは何事もなく、離陸した。もちろん許容積載重量内であり、安定した飛行をする。
キャビンの中は怖いよう怖いよう、と縮こまっている艦娘と空飛んでるーすげー、とはしゃぐ艦娘に別れた。
ショーは怖いよう怖いようと縮こまっている艦娘だ。しかし、怖い物見たさなのか、自分の置かれている状況を懸命に把握しようとしているのか、円い窓から地上を見下ろしている。ヘリポートに書かれたHの文字がドンドン小さくなっていく。
「飛んでる……飛んでる……飛んでるぅ」
「ショー、私達も通ってきた道だから。大丈夫」
「大丈夫じゃないわよ、飛んでるのよ。わけわからないわ。初雪、あんたはそう思わないの?」
「もう慣れた」
「なにが、もう慣れた、よぉ」
ショーは涙を流し、鼻をすする。喚いたせいで顔はぐしゃぐしゃだ。1週間前の初雪との言い合した時の顔とは全然違う。艦娘独特の大人びた感じの欠片もない、ただの怖がる少女の顔だ。
初雪はそんなショーを見ていると何となく、自分は馬鹿だと思い始めた。
私も初めは飛行機に乗ることが怖かった。なんたって自分は艦だったから。空を飛ぶことなんて考えられなかった。
エンジンの振動や離陸時の加速度、何か音が鳴るたびに怖がり、乗っていた他の乗客を困らせた。
そして、ショーや他の艦娘も飛行機に乗ることを怖がる。始めた飛行機に乗った私と同じように。アメリカ海軍艦も今では自分と同じ艦娘。
艦が人になって、飛行機に乗る。
なんと遠いところまで来てしまったことか。
ショーの愛国心だけが映る瞳を思い出す。あんな瞳を私はできるだろうか? 自分の正しさを信じることをできるだろうか? 仲間の死を、自分の死を、人の死を受け入れた上で。
私は終戦という割り切りを付けるタイミングを逃している。太平洋戦争はうやむやになったままで、自分の中で続いている。
うやむやではいけない。断ち切らねばならない。
たくさん殺した。たくさん殺された。殺す理由も殺される理由もある。しかし、戦争は終わっていて、違う世界に生まれ変わった。そして深海棲艦という人類の敵もいる。
もう終わらせなければならない。忘れずとも、恨みは捨てなければならない。
ショーの泣き顔を見ていると、本当に遠くまで来てしまったということを実感できる。このまま、ショーの泣き顔をずっと見ていられるのなら、いろいろなことのあきらめが付くかもしれない。
「なに笑ってんのよ」
「え?」
泣きはらして目を赤くしているショーに睨まれる。知らず知らずのうちに笑みを浮かべていたらしい。
「人が怖がっているのを笑うとか、最低よ」
「別にそういうわけじゃ」
「ふーん、だ」
ショーはそっぽを向く。初雪はよーし、よしとショーの頭をなでる。
「やめてよ。子供じゃないのよ」
「見た目は子供だけどね」
「そうだけど……実際に建造が1934年で解体が1946年だから……」
1946引く1934は……。ショーは頭の中で計算し、答えに顔を固まらせた。
「12?」
「子供じゃない。ちなみに私は16。艦娘になってからのも足せば17。私がお姉さん」
初雪は勝ち誇ったように胸に手を当てて言う。ショーは口をとんがらせる。
「だからって、頭なでてもいい理由にはならない」
「じゃあ、泣いてて。ショーの泣き顔を見ていたら、何か見つかりそうだから」
「ふん、泣いてやんない」
ショーが袖で涙をぬぐう。
「もう泣くもんですか。一生捜してなさい、よ!」
空になれることから始まって、地上訓練、高さ10.4mの塔からの降下着地訓練、ブランコ式の着地訓練を装置を使っての訓練、そして実際のパラシュート降下。
このような数々の訓練を経て、大半の艦娘が空挺降下資格者となり、空挺作戦に参加できるようになった。
その中から成績優秀者をバミューダ諸島強襲作戦に投入することになり、吹雪、白雪、深雪、初雪、ファラガット、カッシングの6名が作戦に参加することになった。
ショーは空の怖さは克服したが、成績は中の下ほどだったので作戦参加はできなかった。
作戦の見送りのさい、ショーは初雪にこう言い放った。
「私の分までバミューダの海と空、楽しんできなさい! 行方不明にならないでよ!」
艦娘が飛行機に初めて乗るときは怖がるだろうな。そんなことを考えながら、書きました。艦としての人生が長ければ長いほど怖がると思います。
空挺補助装備のロケットモーターやダイブブレーキというのは機動警察パトレイバーの自衛隊レイバー「ヘルダイバー」の空挺装備から思いつきました。ロケットモーターで落下速度を大幅に減らさないと足まわりが死ぬ。
空挺兵はゆっくりと降りてきているように見えますけど、着地時には結構衝撃があるそうです。重装備で落下傘降下する艦娘に制動のロケットモーターは必須の装備です。
次回、「強襲、バミューダ諸島!」 海の神兵が島に降り立つ。