八幡「765プロ?」   作:N@NO

44 / 45
意外と彼のラブコメは外れない。

 

日が傾くのがだいぶ早くなったな、と西日を避けるように椅子の位置を少しずらす。

久方振りの奉仕部部室は特に変わらず、雪ノ下と由比ヶ浜が談笑している。

普段と少し違うとすれば、目の前のカップに入った液体が紅茶ではなく緑茶であることくらい。

このまえの京都収録のお土産で買ってきた生八つ橋を部室にもっていくと、雪ノ下が慣れた手つきで緑茶を注いでくれた。というか急須まで備えているとか本格的に放課後ティーパーティー。

何だかんだと高校には通っているのだが、放課後はそのまま事務所に直行することが多かったからか、この席に座るのも久しぶりに感じる。

 

「それにしてもヒッキー、これから京都に修学旅行で行くってのに仕事で先に一回行っちゃうなんてツイてないね」

「いや、ツイてないかどうかはよくわからんが。まぁ、別にいいさ。京都は嫌いじゃないし、何なら結構好きなまである」

「意外ね、あなた伝統や格式といったものはゴミみたいに扱うのだと思っていたのだけれど」

「そりゃ、わけわからん伝統(笑)的な無意味なルールはゴミみたいなもんだと思っているがな。日本史と国語が好きな文系男子からしてみれば、京都はある種の聖地だからな」

 

四条と仕事でまわった場所もそこまで多くなかったし、それにあれはほぼ日帰りの弾丸旅行のようなものだった。

 

「そのうちまた一人でいくだろうな」

「これからみんなでいくのに!?」

「ばっか、おまえ。修学旅行なんて行きたいところいけるようなもんじゃないだろ。それにああいうところは一人のほうが余韻に浸れるからその方が逆にいいんだよ」

「一人旅って寂しくないかな…」

 

どん引きというよりは心からそう思っているような言葉。

みんなと仲良くワイワイすることに慣れている由比ヶ浜からすれば、悪気があって言っているのではないだろう。

しかし、雪ノ下のほうは俺の意見に賛成らしく、ふむと頷いていた。

 

「そうでもないでしょう。ああいう場所でこそ一人で行った方がじっくりと回れるし、楽しいと思うけれど」

「そうそう、自由に自分の行きたいところにかけたい時間を使うことができるしな。うるせぇ高校生たちと龍安寺の石庭とか見ていたら、庭石拾い上げてそいつの頭をかち割りかねんからな」

「流石にそれは…世界遺産なのだからしないけれど」

 

雪ノ下がものすごくどん引いていた。だが、世界遺産じゃなかったらしちゃうのかよ。

こいつコナンに出たら歴史的価値を守るために事件起こしちゃうタイプの犯人だな。

 

「そういえば、貴音さんの出る雑誌って京都特集なんでしょ。それ修学旅行の参考にならないかな」

「残念だが、発売は修学旅行二日目だな。事務所のほうには献本としてもうすぐ来るだろうが流石に私用で持ち出すわけにもいかん」

「そっかー、残念。あ、でもでも、ヒッキーも同じところ行ってきたんだし、何かおすすめの場所とか食べ物とか聞いてきたんじゃない?」

「まぁ、そりゃいくつか聞いてはいたが、ターゲット層が少し上だからな。学生には微妙に手が出づらい価格帯が多いな。手ごろな奴は大体他の情報誌やサイトに載っているだろうし」

 

というか、最近の情報って大体インターネットで調べたらなんでもわかっちゃう。ゲームの攻略とかまさにそれ。攻略本を買って、ドット絵でしか表現されていなかったキャラクターのイラストデザインを見てワクワクする小学生はもう絶滅危惧種だろう。けど、本からしか得られない成分ってのがきっとあるんだよなぁ。

 

「そういや何故か旅行雑誌って未だに売れているんだよな。もちろん売り上げは落ちているのかもしれんが少なくともゲームの攻略本よりは見かける」

「ゲームの攻略本が何なのかはいまいちよく分からないけど。るるぶとかはさ、繰り返しどこでも見られるってのがいいんじゃないかな」

「そういうもんなのか?少し調べりゃおんなじようなサイトがいくつも見つかるだろ」

「だからこそなのよ、比企谷君。調べていて良いなと思った情報を改めて見ようとしても見つからないことって多いのよ。類似のサイトが多いからどのサイトで見たのかが曖昧になってしまうし。それに旅行と言えばこれ、という形式というものもあるでしょう」

「お、おう。なるほどな、よーく伝わったわ」

 

るるぶの重要性についてやたらと熱く語る雪ノ下の手元にはしっかりと京都版るるぶが握られていた。

× × ×

 

トントンと控えめに扉を叩き、海老名姫菜がやって来た。

何やら依頼があるらしく、由比ヶ浜の正面にあるパイプ椅子に腰をかけている。

 

「ひなが来るなんて珍しいね、どしたん」

「とべっちのことで、ちょっと相談があって…」

「と、ととととべっち!?な、なになに!?」

 

かちゃんと陶器がぶつかる音が響く。驚き目を向けると、どうやら雪ノ下が急須と湯呑をぶつけたらしく、湯呑の縁を撫でていた。

由比ヶ浜の異様のくらいつきに驚いたのだろうか。

雪ノ下が海老名さんの正面にお茶を置く。

準備はできたとばかりに、俺たちの視線が集中すると、海老名さんは頬を赤く染めて口を開いた。

 

「そ、その、い、言いづらいんだけれど…」

 

それはまるで、告白を口にするような乙女の仕草。ソースはギャルゲ。大体この後、指摘されるのは服が乱れているだのなんだので、告白ではないまでがテンプレ。

ということは、この海老名さんの動作もきっと告白ではないはず。

というか、もし告白だとしたら、俺が絶対に許さない。別にどっちにも興味はないが他人が幸せになることにはやたら過敏なのは陰キャのサガ。それはもうゾンビヒキガヤサガ、もといゾンビヒキガヤチバ。

 

「とべっちがさ…」

「とべっちが!?」

 

先を急かす由比ヶ浜の超反応に海老名さんも覚悟を決めたらしく、すっと息を吸うと、かっと目を見開きありのままの感情をぶん投げた。

 

「とべっち、最近、隼人君と仲良くしすぎているっぽくて、大岡君と大和君がフラストレーション!けど、私はもっと四人の爛れた関係が見たいのに!これじゃあ修学旅行でこの絶妙な関係性が崩壊目前だよ!」

 

だよ!だよ!よ!よ…。

静かな部室に反響する海老名さんの魂の叫びは俺たちに有無を言わせず、ただ虚空を見つめることしかできない。

いちはやく虚空から戻った由比ヶ浜が一同の頭に浮かぶ問いを投げかけた。

 

「え、えっとつまりどういうこと?」

「最近とべっち隼人君と意味ありげに目を合わせていることが多いじゃない?それにグループ分けも何故か不自然だったし」

「グループが不自然?修学旅行のか?確か4人グループとかだったから葉山、戸部、大岡、大和の4人じゃねーのか」

「んん?当事者が何を言っているの」

「は?」

 

ぐいと海老名さんが気持ち近づく。

 

「隼人君ととべっちはヒキタニくんの班でしょ。それに戸塚君。はっ、もしかして星の王子さまの再公演!?王子を二人のぼくが取り合う中でキツネがそのすきを狙って!?きましたわーー」

「ひなとりあえず落ち着いて」

 

1人で盛り上がっている海老名さんの興奮をなだめる由比ヶ浜との話の中で大体の依頼の全貌をつかむ。グループの雰囲気が普段と違うらしく、違ったままより元の関係性が良いとのことだった。

 

「今まで通り楽しくやりたいもん」

 

今日初めて海老名さんから発せられたのではないかという腐臭や邪気を感じさせない純真な言葉。それだけに海老名さんの言葉の裏が嫌に気になる。

 

「それじゃあ、私はそろそろ行くね。あ、そうだヒキタニくん」

 

立ち上がった海老名さんが続けた。

 

「文化祭の活躍隼人君から聞いたよ。だからさ…ヒキタニくん、よろしくね」

 

その言葉で確信した。海老名さんの言葉には別の意味がある。

プロデューサーをしていて言われる2種類の『よろしく』という言葉。1つは純粋な依頼やお願いとして。

そしてもう1つが

『意味わかってるよね?』という念押しの裏のあるよろしく。

 

何度も言われているうちに自然と判別がつくようになったものだ。

 

そして、海老名さんの最後のよろしくはまさしく後者のよろしくだった。

 

× × ×

 

「そんで?」

「それでっていきなり何のことかしら。日本語には主語と述部が存在するのだけれど、あなたの母国語の場合違うのかしら」

「なーんで急に毒舌になるんだよ。そりゃあさっきの海老名さんの事だよ。由比ヶ浜はともかく雪ノ下まで動揺していただろ、だから何かあったのかって意味で聞いた、おけ?」

「ちょ、ヒッキーあたしはともかくってどゆことだし」

「はぁ、そうね。由比ヶ浜さんはともかく、私も動揺が出てしまっていたのは反省するわ」

「ゆきのん!?」

 

ひとしきり由比ヶ浜をからかった後、本題に話を戻す。

 

「で、説明してもらえるか」

「そうね。今すぐに説明するのは難しいと思うわ。話の内容は戸部君のことについてなのだけれどもその依頼内容が彼のプライバシーにかかわるものだから安易に他人に知らせるのは好ましくないわ。一度彼に確認を取って了承を得次第説明するわ」

「まぁ、その言い回しとさっきの海老名さんのこと踏まえるとその相談内容も何となく想像がつくが、そういうことならわかった。だけど、仮に戸部が了承しなかったらどうすんだ」

 

恐らく戸部の恋愛相談のようなものだろうが、クラスの男子まして俺に知られたくないと思うのは至極当然のことのように思われる。いや、案外どうでもいいから知られても大丈夫説もあるか?

 

「もし、彼が比企谷くんに伝えることを拒んだら、今回の件はお断りするわ」

「は?一度引き受けた依頼を断んのか?」

「全部員の了承を得ずに引き受けてしまった依頼だから仕方ないわ。それに」

「そうだね、ゆきのん」

 

雪ノ下と由比ヶ浜が意味ありげに顔を見合わせた。

 

「部員が一人仲間はずれなのは面白くないでしょ」

 




いつも読んでくださりありがとうございます。
今回のお話は京都編へのつなぎなので物語的にはそんなに進まず、ごめんなさい。
次話もなるべく間隔があかないよう頑張りますが、そんなに期待しないでください。ここまで6年も掛けてる遅筆マンなのでそこはご承知おきを...

京都のお話以降は2人くらいのアイドルとのお話やってその後はアニメのメインストーリーの軸に戻ろうかと思ってます。もしこのアイドルとの絡みはどうしても見たいって言うのがあれば是非教えてください。

それでは次話でお会いできるのを楽しみにしております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。