世代を超えて愛される。そんなキャッチコピーに目に留まる。
竜の魔王から世界の半分をくれてやるという甘い誘惑に乗った勇者はすべての記憶をなくし、再び徒労の旅に出ることになる。ちょっとした好奇心で押したそのボタンに幾数もの愚者たちが後悔したに違いない。
そんな勇者も愚者もⅡが出たら再びの世界に心を躍らせ、Ⅺとなった今も多くの人々が次を待ちわびているのだろう。
かく言う俺もその一人。Ⅷが出た時にはもうほぼこれ実写だろ?と技術の進歩に心を奪われていた幼い俺も、今やⅪを見てもうほぼこれ実写だろを繰り返しているあたり…いや、精神年齢全然変わってねーな、全然大人になってない気もしてきた。
かがくのちからってすげー。
大きく掲げられた看板が整然と立ち並ぶ駅のホームはどこか浮足立つ空気を感じさせる。
ホームという言葉は一緒であれど、在来線のホームと新幹線のホーム。唯一違うとすれば移動距離とその速度だが、これから遠くに出かけるという雰囲気が気持ちをそうさせているのだろうか。
少なくとも、一介の高校生からしてみれば新幹線に乗って京都に行くことは一大イベントと言っても差し支えないだろう。
でも、素直に喜べないもやもやが心の隅にあるのはなぜなのか。
「はぁ」
これが仕事じゃなければなぁ。
そんな葛藤に苦しむ俺の隣には、四条貴音がいくつもの駅弁を手に携えていた。
「新幹線の中で食べるこの駅弁というものは格別ですね。きっとこれを事務所で食べるとまた違った味がするのでしょう」
「景色を見つつの駅弁ならわかるが、まだ都内じゃねえか」
乗車してからわずか5分ほど。袋には既に2つの駅弁ガラが入れられていた。
東京駅の駅弁屋で買い集めたらしいその駅弁らは多種多様で、牛肉どまん中やシウマイ弁当、鳥づくし弁当など東京以外の駅弁が積み重ねられている。
それにしてもよく食べるな。こんなに飯を食っていても体形が全くといって変わらないのだから不思議極まりない。摂取した栄養の行先でもコントロールできるのだろうか。先日も天海が、貴音さんが羨ましいとボヤいていたが、きっと由比ヶ浜や雪ノ下も同じことを言うに違いない。どっちの方で、かはあえて言わないが。
「それであなた様。これから、どのようなすけじゅーるなのでしょうか」
四条の問いに答えるよう視線を手元に戻す。
「あー、そうだな。まずは京都駅で取材班と合流して銀閣寺の方に向かうらしい。紅葉シーズンのぎりぎり直前ってのとド平日ってのもあって人も最盛期よりは幾分マシ、だそうだ」
雑誌の特集『古都 京の都秋を旅する』というテーマらしく、そのモデルとしての白羽の矢が立ったのが四条だった。京都で育った背景と四条という名前が相まってベストなモデルだと是非にと声が掛かったらしい。
紅葉シーズンをテーマにしたものだが、その最盛期より早いタイミングで撮影。聞くところによると、真っ赤に染まった紅葉のベストな写真は昨年のものを使うらしく、今回は一部紅葉したところを上手く隠すように撮影をしてモデルを交えた写真を用意するのだとか。
確かにその年の紅葉に合わせていたら発売に間に合わないのだから、世の中上手いこと見せているのだと素直に感心をした。
「そんで、そのエリアでの撮影を一通り終えたら、次は永観堂に移動。んで、最後が清水寺にいって撮影は終了。こまごましたのは省略しているが、大まかな移動はそんなところだ」
「なるほど。祇園・東山のほうのえりあが中心なのですね。天神さんの方へは今回は参らないのは少しばかし残念です」
「天神さん?…あぁ、北野天満宮か。確か菅原道真公を祀っていて…学問の神様だったか?四条は何か願いごとでもあったのか」
「いえ、そういうわけではありません。ただ、昔おじいさまに連れて行ってもらった思い出があり、懐かしく思ったので」
「なるほどな、二日目は予備日だから特に何もなければ行ってみるか」
「あなた様、まことですか。それはありがとうございます、是非に」
柔らかな表情の四条はそう言うと、7つ目の空になった駅弁を慣れた手つきで袋に入れ、その口をきゅっとしめた。
× × ×
はいオッケーでーす。
ふむ、実に良く通る声だ。俺の声より5倍は良く通るに違いない。というか、俺に限らずオタクは大体そう。オタクの人ってみんなそうですよねって涙目で言われるレベル。
プロデューサーとしての業務はほぼ同伴している荷物持ちと言っても差し支えないほどに順調に撮影が進んでいた。仕事がないことは上手くいっている証拠、便りがないのもよい証拠。
きっと中学のころ送ったメールに返信が未だないのも、元気だからなのだろう。
シーズン前とは言え、ここは京都でしかも清水寺。
紅葉は少ないが十分見ごたえのある景色に魅了される。
都会のビル群とは異なる重厚さを感じさせる木造建築にどこか懐かしさを覚え、自分が日本人であることを自覚させた。
四条を見ると、二寧坂の土産店での撮影を終え、本日のすべての予定が無事遂行されたようだった。
「おつかれさん」
「はい、あなた様もありがとうございました」
「プロデューサーなんて言いながらただの荷物持ちしていただけだけどな」
「いえ、そんなことありません。私はちゃんとあなた様がいろいろなところで気配りをなさっていたことに気づいていますよ」
「さいですか」
ふふ、と微笑む四条から目をそらすと京の都に沈む夕日がやけに目に染みた。
「それであなた様」
「ん?」
四条のやけに神妙な顔に思わず背筋を伸ばす。
「夕ご飯は何を食べましょうか」
ドンガラガッシャン、8時だったら間違いなくそう鳴ったに違いない。
結局夕ご飯はスタッフの方おすすめのところに足を運び、きんし丼を食べた。
ふっくらと焼き上げられたうなぎとそれを覆う艶やか玉子が互いの良さを引き立てあって大変美味だった。まぁ、うなぎということもあって普通の高校生なら二の足を踏むような価格だが、こちとら馬車馬のごとく働いているから資金には困らなかった。
「あなた様が払わなくても大丈夫でしたのに」
「別に気にすんな、使い道も少ないからこれくらい払わせてくれ」
「それでは、ごちそうさまでした」
「あいよ」
「時折、あなた様のほうが年上かと思ってしまいます」
横を歩く四条が笑った。
最初は全員に対して敬語を使っていたのだが、そのうち堅苦しいだの壁があるだの色々難癖をつけられてアイドルに対しては敬語なしという謎の制約をつけられたのだ。因みにそれならば、お互いにため口でという提案は一蹴されている。
「だといいんだけどな。正直この業界にいると自分がいかに幼くて軟弱かを実感するよ」
業界の猛者たちがあの手この手でやり取りをしている世界。ただの学生である比企谷八幡などただの素人。猛者からすればカモでしかないだろう。
それでも社長や音無さん、秋月さんらの助けがあって何とかやっている。
力不足ばかりを実感し、何か役に立てているのかと自問してばかりの日々。
「大丈夫です。春香や雪歩などあなた様と同じ齢ですが、この業界でやっていけています」
「それとこれとはまた話が違う気もするんだが」
「それに、本当にあなた様が力不足だとしたら社長や音無さんが付くと思うのです。今こうして私とあなた様の二人きりでこの地にいることこそ、信頼の証です」
「そうか」
「そうです」
アイドルとプロデューサー。その関係がどのような形が理想かは分からない。
だけど、今隣にいる四条との歩幅が同じなのは確かだった。
× × ×
早朝。
やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、紫だちたる 雲のほそくたなびきたる。
まったくもって春ではないのだが、京都の夜明けと言えばこのフレーズが浮かぶ人も多いだろう。別に京都である必要もないのだが、やはりオタク。聖地って聞けば大体巡礼しておきたくなってしまうもの。
さて、どうしてこんなに朝早く起きたのか。発端は昨晩の四条だった。
深夜にお腹が減ったかららぁめんを食べに行きたいと言って聞かなかった。四条ならもしや、とは一瞬頭をよぎったのだが、アイドルが深夜にラーメンを食べることを許すプロデューサーがどこにいるのだと心の中の秋月さんに突っ込まれて正気を取り戻した。
しかし、深夜にラーメンが食べたくなる気持ちは分からなくもない。時刻は1時、開いてなくはないだろうが…と悩んでいたところである事実を思い出す。
「四条、我慢だ」
「うぅ、あなた様のいけず...」
「深夜のラーメンは流石に俺も許可だせん」
涙目上目遣いの美女に懇願される機会など人生においてあり得ないのだが、ここは厳しくプロデューサーらしく。
「だが」
「だが?」
「早朝のラーメンは世間的に禁止されていない!あと5時間、5時間耐えて早朝ラーメンに行くぞ」
涙目上目遣いの美女に懇願される機会など人生においてあり得ないのだから、ここは比企谷八幡らしく屁理屈をこねていこう。
場面は戻って早朝。京都駅のわきへとのびる橋を渡った先に二つのラーメン屋が並列している。時刻は6時5分前。
開店前だというのに店先には5人ほどの列が既にできていた。
第一旭と言えば京都のラーメンを語るのに外せない筆頭。隣に並ぶ新福菜館は黒いスープで有名でこちらも名店。
「早朝からやっている名店がある京都、最高すぎる」
「まこと、私は知りませんでした。らぁめんと言えば昼頃に開くものだとばかり」
朝にラーメンと聞いて重いと思う人もいるかもしれないが、ここ第一旭は澄んだしょうゆベースのスープが特徴のラーメンで、あっさり系。あとひくスープがもう一口もう一口とはしが止まらないうまさとデフォルトで大量のチャーシューが乗せられた、まさにザ・ラーメンと言えるだろう。つまりどういうことかというと、
「うまかった」
「まこと美味でした」
朝から特性ラーメン大盛りを2杯食べる女性に店員さんも驚きの表情を浮かべていた。
そんなことを気にせずおいしそうに食べる四条を見ると連れてこられてよかったと思う。
「そんじゃ、このまま行きますか」
「こんな朝からどちらへ」
「昨日約束しただろ。何事もなく終わったら北野天満宮に行くって」
京都駅のバスターミナルからバスに揺られること30分北野天満宮前駅で降り、少し歩くと開けたロータリーのような場所。すぐに大きな石製の鳥居が門を構えているのが目に入る。鳥居の扁額には天満宮と立派な文字が掲げられ、その両端には天満宮を見守るように狛犬の阿形、吽形が座っている。
「町のなかに急にこんな大きい神社が出てくると、なんというか驚くよな」
「そうでしょうか?私はこういう土地で育ったので神社が近くにある生活が当たり前だったのでそこまで違和感がないのですが」
「あぁ、そういえばそうか」
「それに東京でも浅草などでは同じように町中にお寺や神社がありますゆえ」
「じゃあ、俺があんま意識したことなかったってだけなのかもな」
日常生活で寺や神社を気にして生きている男子高校生などほとんどいないだろう。実際、身近にある神社なんて稲毛浅間神社くらいしか知らんし。
育った環境によって世界の見え方が異なっているのだろう。寧ろ世界を同じようにみている人間に出会うほうが難しいのだ。同じ高校の同じ学生でも雪ノ下や由比ヶ浜とはものの考え方が異なるときもあるし、葉山や材木座、それに戸塚とだって感性は違う。
100人見れば100人の感想がきっとあるのだ。
「みなが違う意見や感想を持つことは当然のことです。そして、私たちアイドルは時にいろいろな言葉に励まされ、時に傷つくこともあるのでしょう。ですから、あなた様にそばにいてほしいのです。あなた様は私たちと一緒にその言葉を喜び、悲しみ、そして悩んでくださいます。あなた様はそれを誰にでもできることと切り捨ててしまいますが、そんなことはありません。あなた様のその優しい心に私たちはいつも支えられているのです」
「四条…」
「ですから、これからも何卒よろしくお願い申し上げます。プロデューサー」
「お前らが思っているほど、俺は役に立たないとは思うのだが、その、まぁ…いや、そこまで言われてグジグジ言うのもなんか違うか。改めてになるが、こちらこそよろしく頼む」
「はい」
見える景色はみんな違う。では、俺はどんなふうに見えているのだろう。
× × ×
「プロデューサー殿、京都はいかがでしたか?」
お土産の阿闍梨餅を手渡すと秋月さんがそう聞いてきた。
「そうですね、やっぱり日本人なんだなって実感しました」
「あぁ、分かります。なんていうか遺伝子レベルでそういう良さが刷り込まれている気がしますよね。懐かしい、って思っちゃいます。別に京都に住んでいたり和式の家に住んでいたりするわけでもないのに」
「不思議ですよね。人によって見えている景色は違うのに種族というか枠というか、日本人が感じるものは似ているんですね」
「小さい頃から昔ながらと言えば、といった情景描写が刷り込まれているのかもしれませんね。ほら、よくテレビとかであるじゃないですか。和を感じるとか」
日本昔ばなしや時代劇なんかもその一助なのかもしれない。
「あれ、そういえばプロデューサー殿もうすぐ修学旅行じゃなかったでしたっけ。小鳥さんがスケジュール調整しないとって言ってましたけど」
「あー、言われてみればもうそんな時期か。確か、再来週あたりでしたね」
「どこ行かれるんですか?」
「えーっと…あっ」
忙しいと予定を忘れがちなんて言うけれど、どうやら本当らしい。
四条と京都駅を出発するときには暫く来る機会はないなんて思い、やたらとお土産を買いこんだのだ。道理でお土産を渡した小町の顔が芳しくなかったわけだ。なぜなら
「また京都に行きますね…はは」
修学旅行先は京都。
欲しかった土産物はほぼコンプ。
よし、楽しくなってきたな。
いつも読んでいただきありがとうございます。
あとがきまで読んでいるかたがどれほどいるか分かりませんが、これを読んでいるあなたにいつも感謝しております。
今回は貴音さんと故郷(諸説あり)の京都編でした。アニメ版の貴音さんってミステリアスで最強キャラ感ありますけど、意外とお茶目でとてもかわいいですよね。
次回から修学旅行編に入るのですが、そこまで深くやる予定ではないです。極力原作やアニメ見ていなくても分かるよう心掛けますが、細かいところはかなり省く予定なのであしからず。
意見や感想が励みになりますので、気軽に書いていただけると嬉しいです。
それでは、また次話でお会いできれば