材木座義輝は悩んでいた。
今日、ライブに行くことになっていた。そこまではよかった。問題は同伴者たちである。
比企谷八幡という友人から、受け取った関係者チケットは、彼のほかに三人いる。
そして、その座席は連番。コミュニケーション能力皆無ともいえる彼が、顔は知っているとはいえまともに話したことのない女子三人とともにライブを見るハードルの高さを比企谷八幡ならばわかってくれるだろうが、残念なことに八幡はこのような状況になることを失念していた。
「…腹くくるしかないのか」
これも星井美希ちゃんを、また生で見るため。そう自分に言い聞かせ、サイリウムの入ったポーチを背負った。
× × ×
集合場所はライブ会場の最寄り駅。材木座には知らされていないが、雪ノ下一同は千葉駅で集合してからここに来ることになっていた。もちろん、彼が千葉駅に集合してここまで一緒にくるほうがつらいのでこれに関して何ら問題はなかった。あるとするならば、彼女らとの連絡手段が八幡を介してでしかないことであり、当日の八幡の忙しさを考えれば連絡手段がないといっても過言ではなかった。
まぁ、合流できなければ一人で入ればいいからな。
幸いチケットは各自持っているため万一合流できなかったり、はぐれたりしたとしても中に入ることができる。
なので、別にここで彼女らと待ち合わせする必要はないのだが、それに彼が気づいたのはライブが終わった後だった。
「材木座…君だったかしら、ごめんなさい。待たせてしまったようね」
ふいに声を掛けられ、一瞬身構えた後、声の主が雪ノ下であることに気が付き心を落ち着かせて返答した。
「い、い、いま来た、我もさっき着いたところなので…大丈ぶで…す」
八幡がいないと、どうにも会話がしづらいな。
心の中で八幡を恨みながら、先行く三人組の斜め後ろについていく形をとる。
あえて真後ろに位置取らないことで、ストーキングをしていると勘違いされないための自衛法。
八幡が習得している体育の時の二人組を作る際の対処法同様の、ボッチの彼らが生活していくうえで身に着けた悲しいスキルである。
「あたし実はこういうライブっていうの初めてなんだ」
「小町はお父さんに連れられて一度だけ行ったことがあるらしいんですけど、小さかったからその記憶ないんですよね。雪乃さんはどうです?」
そう二人に振られると、前を歩く黒髪の少女は少し考える仕草をし、
「そうね、アイドル…というジャンルではないけれども、ライブならばミュージカルや歌舞伎などは見たことがあるわね」
歌舞伎とアイドルのライブを同列に語っていいものなのか、と一人心で突っ込みを入れていると、ピンク髪の少女が急に振り向いた。
「材木座、材木…座君はどう?」
まさか自分に会話を振られるとは思っていなかったため一瞬思考が停止するが、何とか返事をすることに成功する。
「自分…我は何度か行ったことがあるが、こんなに大きい規模のものではなく」
地下アイドルライブだ、なんて続けて果たして伝わるだろうか。
「そっかー。じゃあ、初めてはあたしだけかー」
言葉を止めてしまったが、行間を読んだのか、ピンク髪の少女は何事もなく話をつづけた。
「楽しみだなー」
「そうね」
「はい!」
不特定の人へ当てた言葉には反応しない。期待するだけ、無駄なのだから。
だけど、その言葉には、一人心の中で同意した。
× × ×
「比企谷くん、会場に入ったのだけれども、私たちはどこへ向かえばいいのかしら」
会場の入り口付近にて、検査を終えた後チケットを片手に黒髪の少女が八幡へと連絡を取っていた。関係者席のチケットはすでに持っているので、このまま八幡と合流しなくても何ら問題はないのだが、一応の連絡はしておこうとのこと。
「…それは、大丈夫…ではなさそうね。何か手伝えることがあるかしら」
深刻そうな声に思わず、スマホから顔を上げてしまう。
「ええ、わかったわ。すぐそばの自販機の、ええ。そこで待ってるわ」
「どしたの、ゆきのん」
「それは、あとで話すわ。ここだと人が多すぎるわ。ついてきてちょうだい」
そういいながら4番ゲートはこちら、と書かれた看板の指示に従って黒髪の少女は歩いていく。
我は、行かなくてもいいのかな。行っても邪魔になるだろうしな。ふと、中学の頃の苦い記憶の蓋を開けかけたが、弾んだ声にそれは遮られた。
「材木座さんも行きますよ。お兄ちゃんを手伝いに」
そう呼び掛けてくれたのは、八幡の妹君。さすがは、八幡の妹といったところか?
「うむ、すぐに行こう」
スマホをポケットに放り込み、彼女らを追いかけた。
「おう、こっちだ」
そういいながら手を振る八幡は、見慣れないスーツに包まれていた。
「状況はまだみんなに伝えてないのだけれど」
「そうか。まぁ、あそこじゃ人が多すぎるからな、配慮助かる」
こっちだ、ついてきてくれ。と八幡が先導し、関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉を開く。
我も皆に続いて、扉をくぐろうとしたところで警備員の人に呼び止められてしまったのは、結構ショックだった。
× × ×
「そういうことだから、材木座。死ぬほど働いてくれな」
「…やっぱ我、帰っちゃダメ?」
八幡から、大体の事情を聴き、そして役割を確認する。
「つまり、我が、竜宮小町の全員を無事に間に合わせるようここからナビゲーションをする、ということでいいのか、八幡よ」
「大体そんなところだ、準備ができたらお前のスマホであいつらに電話を掛けるから、急いでくれ」
「う、うむ。だが、そんなこと我のスマホでしていいのか?」
パソコンを開きながら、思わず尋ねてしまう。
「悪用すんなよ、これでもある程度の信頼はしているから頼んでいるんだ」
おもわぬ言葉に作業する手が止まる。そうか、信頼か。
その言葉は中学の時にかけられた言葉とは、重みが違った。
なら、その期待に答えなくては。共に戦場を生き抜く戦友として。
「我に任せろ」
道路交通情報と気象情報、それからSNSを八幡の持ってきたPCにそれぞれ表示し、同時に確認できるように設定をする。
「よし、できたぞ、八幡」
かつてないほどの集中力は、材木座義輝のコミュ力を上昇させた。
その後、家についてから自分の担っていた役割のことの重大さに気づき枕に向かって叫ぶことになることを彼はまだ知らない。
~材木座義輝は悩み、そして決意する。 fin ~
「ちょっと、律子。どうにかならないの?」
おでこがチャームポイントの少女がそう叫びました。
それもそのはずです。
あと2時間もすれば、自分たちが出なくてはならないライブが始まってしまいます。
それなのに、先ほどから不運という不運に見舞われ、今レンタカー屋さんにいるのですから。
「伊織ちゃん、律子さんも最善を尽くしているわ。私たちが焦ってもかえって問題になるわ」
そう冷静な判断をするショートカットのお姉さんの顔も、言葉とは裏腹に顔色は優れません。
「りっちゃーん。亜美たち、間に合わないのかなぁ」
右側にちょこんとサイドテールのある少女は、今にも泣きだしそうです。
スマホを握りしめ、先ほどから何度も時間を確認していますが、無情にも時は進むばかりでした。
「大丈夫よ、これで車が借りられるから、高速を使えばぎりぎりになるけれど間に合うわ」
先ほどから呼ばれていた律子という少女も焦りの表情です。
確かに、このまま何事もなく行けば間に合う距離なのですが、不運なことに台風によって高速道路は普段より混雑していました。
ですから、最悪間に合わない可能性もあるのですがそんなことは口が裂けても言えません。
というよりも何としてでも彼女らを会場まで送り届けなくては、プロデューサーとして彼女たちに面目が立ちません。
本当はもっと混雑状況を知りたいのだけれども…。
律子は悩みます。
それこそ一分一秒が惜しい状況なのですから、悩む時間ですらもったいないでしょう。
そんなときです。おでこがチャームポイントな少女、伊織のスマホが鳴りました。
「こんな時に誰よ。それに、知らない番号だし…」
このまま切ってしまっていたら物語は変わってしまっていたことでしょう。しかし、そんなことは許しません。
「…もしもし」
伊織は、恐る恐るスマホを耳元に近づけました。
「よかった。俺だ、比企谷だ」
そうです。もう一人の765プロのプロデューサーの比企谷八幡です。
思わぬ連絡に一瞬心が躍りますがさすが人気アイドル、心をおちつかせ、話を聞きます。
要約すると話の内容はこうでした。
今から伊織の携帯のGPSによる位置情報をもとに材木座という少年が、所謂道案内をしてくれる。焦らず、事故なく向かってほしい、と。
律子からすれば願ってもない朗報でした。
「ありがとうございます、プロデューサー殿」
これは、材木座に合わせたわけではなく、元々の呼び方です。
配車されたファミリーカーに急いで乗り込み、律子がハンドルを握ります。
スピーカーモードに変更されたスマホに向けて、
「それじゃあ、材木座君、よろしくお願いしますね」
と律子。
『うむ!我に任せろ』
思わぬ声に、後ろに座る三人は顔を見合わせてしまいました。
× × ×
『次のインターで降りて、そこからは下道で行こう』
「でも、」
律子の戸惑いは当然でした。何故なら、すいているとは行かないまでも、まだ十分な速度で走るくらいの車間です。
更にその次のインターで降りたほうが早く着くように思えます。
ですが、材木座は次で降りるという指示をしてきました。
『このまま更に次のインターに行くと、降りるギリギリのところで渋滞に巻き込まれる。それよりも、そのひとつ前で降りて下道のルートで行ったほうが早く着くだろう』
「なるほど。了解です、材木座君」
「おぉー、ショーグンやるぅ」
『ふっ、かの大戦の指揮に比べたらこれくらいできて当然よぉ』
普通の人ならば引いてしまうような、材木座の設定にも、きちんと乗ってあげていました。
そんな中一人浮かない顔をしている少女が一人。
「…もう、ライブ始まっちゃってるのよね」
その一言で車内が少しシンとなりました。ゴォーという高速道路特有の単調な音がやけに耳に残ります。
「大切な時に、その場にいられないだなんて…何がトップアイドルよ」
悲痛な心からの叫び。それは、少女の竜宮小町というユニットのリーダーであるという責任感。人気ユニットであるという重圧。様々な思いがこもっていました。
「そうね、伊織ちゃん。だけれど、今他のみんなが私たちのために、頑張ってくれているわ。それは不安かしら」
「あずさ…。そうよね。うん。これくらいで弱気になってちゃだめだわ」
「うん、うん。そうだよ、いおりん。それに見てこれ」
そう言って亜美が隣の二人に見えるようにスマホを向けます。
「真美からね!えっと…なんて書いてあるの?これ」
「ミキミキ達チョー頑張って会場を盛り上げようとしてるって」
「そう、あの美希が」
なにせ、長い付き合いなのです。いつも寝てばかりだった美希の成長に、こみ上げてくるものがありました。
「ショーグン。あとどれくらいでそっちに着くかな」
『そうだな、大体30分といったところか』
「あと30分で着くの?」
これはうれしい誤算でした。律子が当初予定していた時刻よりも30分ほど早い到着です。
思っているよりこの男、できるようです。
「さすがはプロデューサー殿の友達、といったところかしら」
ケプコムケプコムとわざとらしい咳払い。
『我とあいつはそのようなぬるい関係ではないが。うむ、あやつも今必死になって頑張っているからな。なら、我もそれに応えなくては剣豪将軍の名が聞いてあきれてしまうわ』
剣豪将軍が道案内となんの関係があるのかは、まったくわかりませんが、それでも、なんとなくいい話をしていることは伝わりました。
「プロデューサーさんの事信頼しているんですね」
『あいつは自己評価の低い男だからな、誰かが支えてやらんとどこまでも自己犠牲をつづけてしまう。それに、勿論そちらもあやつのことは信頼しておるのだろう』
あずさは周りを見渡します。三人はそれに答えるように微笑みかけます。
「えぇ、もちろん」
× × ×
「さぁ、あんた達行くわよ」
スタッフが指示する方向へ、四人は全力で会場に駆け込みます。
なんと、到着予定より更に10分も早い到着です。
だんだんと他のメンバーたちの歌声が大きくなってくることに、思わず頬が緩みます。
そして舞台袖へと続くドアを開いて、
「ねぇ、みんなは?今どうなっているの?」
息を整えながら顔を上げると、比企谷八幡が笑みを浮かべながら、サムズアップで答えます。
舞台袖から竜宮小町の三人がそおっと覗き込むと、オレンジの燃えるような光の海に囲まれる仲間の姿が目に映ります。
そして、曲を終えたメンバーがこちらに気づいたようです。
「あぁ、伊織達間に合ったぞ…」
「何泣いてんの!響」
「泣いちゃ、だめだよ」
そういう真と春香も涙声です。
ステージに立つみんなの張りつめた気持ちが一斉にあふれ出していました。
「あとは任せてくださいね。さぁ、準備するわよ!こっちも負けてられないんだから」
「みんなー!お待たせ―!」
「竜宮小町も負けずにやっちゃうよー!」
「それじゃあ一曲目…」
「「「SMOKY THRILL」」」
一斉に沸く会場。竜宮小町の三人のことを、こんなに遅れても待っていてくれたファンの声援。
それに応えるように、彼女たちも全力を尽くしました。
× × ×
無事にライブを終え、高揚感にあふれる三人は皆の待っている控室へと駆け込みます。
「みんな!」
大きくドアを開くとそこには全力を出し切り、疲れ果て熟睡する仲間たちの姿。
「しー」
小鳥が口元に人差し指を立てるジェスチャーをします。
「…まぁ」
「みんな…、お疲れ様!」
~不安はやがて信頼へと変わる。 fin ~
皆様、お久しぶりです。
今回は普段と違った書き方をしているので、読みづらかったり、なにかあったりしているかも知れませんが、あとがきを読んでいる時点できっと読みおわっていると思うので、なにも言いません。
もし何かあれば感想で、読みやすかった/読みにくかったを教えて頂けると幸いです。
今回は材木座と竜宮編でした。こんなに材木座にコミュ力があるのかは不明ですが、きっとあるのでしょう。
それでは長くなりましたが、また次話をお待ちいただければと思います。
感想、意見等よろしくお願いします!