八幡「765プロ?」   作:N@NO

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ARE YOU READY?-2

 

控室のキャパぎりぎりの人数が中央の長机を囲むように立っていた。

雪ノ下からの電話を受けた後、すぐに合流してアイドル達とは別の控室に社長らとともに集まってもらった。

あらかじめ社長に、秋月さんからの最初の連絡が来た時に雪ノ下達に協力を頼むかもしれない、と伝えておいてよかったな。

彼女らを関係者以外立ち入り禁止域に連れてくるときに材木座が不審者に間違えられて危うく余計な時間を食うところだった。

 

 

「なるほどね、状況は分かったわ。そうなると、うかうかしている時間はないわね」

 

現状を簡潔にまとめて、雪ノ下達に告げた。

 

「すまないねぇ、いざとなれば私の手品で場をつなごう」

 

と社長もおどけてみせるが、実際の顔色はよくない。

 

「音無さん。開演時間は最大でどのくらいまで遅らせられますか」

 

予定されていた進行表を片手にボールペンを走らせながら雪ノ下が問う。

 

「会場の借りている時間も考慮して、最大で30分ですね。これ以上になると会場的にも、また見に来てくださっているファンの方々的にも厳しいでしょうね」

 

30分の開演時間の先延ばし。だが、それでも竜宮小町は開始時間には間に合わないだろう。

 

「では、30分の延期を私は伝えてきますね」

 

「私も手伝おう」

 

「よろしくお願いします」

 

音無さんと社長が行っている間にも、出来る限りのことを進めなくてはならない。

 

そのために、何をしないといけないのか。常に重要なのは情報整理。

これも、プロデューサー業をやってきて学んだことの一つ。

 

「セトリの変更、か」

 

ただ単に竜宮小町が歌う曲を後ろに回せばいいわけではない。

竜宮が抜けることによってメンバーが足りなくなる曲や、連続で歌わなければならないメンバーが出てくると体力的に厳しいところもあるだろう。

 

「そうね、比企谷君、あなたは誰が何を歌えるのかわかるの?」

 

少ない情報だけで俺と同じ考えにまで頭が回るとは、流石雪ノ下といっていいだろう。

 

「ちゃんと覚えている。じゃあ、俺と雪ノ下でセトリの再編成を。由比ヶ浜は…」

 

「あたし、そういう難しそうなのは厳しいから、楽屋でアイドルのみんなのお手伝いに行くよ」

 

あたし、そういうのは割と得意だから。そう言って由比ヶ浜は楽屋のほうに向かった。

 

「頼んだ。…あー、あと、材木座は」

 

静かに端で縮こまっていた材木座が話を振られて、途端に大きくなる。

 

「なんでも頼んでくれていいのだぞ、ハチマン!」

 

「パソコン持ってきてるか?」

 

「うむ、もちのろんであろう」

 

けぷこむ、けぷこむ、とわざとらしい咳ばらいを二拍入れての返事。

どうせライトノベル(笑)のプロットだか草案だかを作るために常日頃から持ち歩いているのだろうが今はそんな中二病に感謝しよう。

 

「お兄ちゃん」

 

材木座をこき使おうとしたところで、小町に呼ばれ振り返る。

小町は少し申し訳なさそうな顔をしながら、

 

「小町は、ここにいても邪魔になるだろうから、客席からみんなのことを応援してるね。それが小町に出来る最大限の助けだと思うし。あ、今の小町的にポイント高い?」

 

「すまん。多分もうそろそろ平塚先生も来るだろうから、一緒に頼む」

 

「うん、小町頼まれました」

 

ビシッと敬礼を決めると、足早に控室から出ていった。

 

「ふむ、彼女にも思うものがあるのだろう」

 

「うるせーよ、お前に言われなくてもそれくらいわかってる」

 

隣の材木座を軽くどつきながら、今の言葉を思い返す。

 

小町の気持ちに気づけないほどお兄ちゃんレベルは低くない。むしろ、何を考えているかなんて5回に1回はあたるレベルで気づける。

 

まぁ、それは気づいているといっていいかどうかのレベルなのだが、それでもこれだけは確信できるのだ。

 

「ライブ成功させてね」

 

妹に応援されて、それに応えない兄などいない。

それに、もともと全力を尽くしてこのライブを成功させるつもりだったのだから、予定に変更はない。

使えるものはすべて使って、格好悪くとももがきあがいて、成功させる。

 

これが今の俺のモットー。

 

 

「そういうことだから、材木座。死ぬほど働いてくれな」

 

「…やっぱ我、帰っちゃダメ?」

 

 

× × ×

 

 

「この最初の4曲分の変更はしない方がよさそうね」

 

「今からやってごたつくよか、残りを変更した方が賢明だろうな」

 

ライブ開始まで20分を切り、これ以上のアクシデントがあれば途端に崩れおりそうなほどの状態を寸でのところで維持していた。

俺と雪ノ下を含むセトリ変更組、由比ヶ浜がフォローに回っている楽屋、開演準備に走り回る音無さん、高木社長。あと、ぶつぶつと部屋の隅のテーブルでパソコンと向き合う材木座。

 

各々が支え合う状況。

 

「前にもこんなことあったな」

 

「そうね、あの時はどこかの誰かさんがいろいろとやらかしていたと聞いたのだけれども」

 

口は開けど、お互いに手を止めない総計二十数曲の並べ替え。

 

「あの時の最善手があれだっただけで、いつもあんなことしているわけじゃないだろ」

 

「どうかしらね。このスタ→トスタ→は真美さんでいいのかしら」

 

「あぁ、大丈夫だ。あの双子は、互いの曲全部できるようにしているらしいし」

 

入れ替わって出てもみんな気づかないっしょ、とか恐ろしいことを言って秋月さんに怒られていたが。

 

「そう、わかったわ」

 

確認を終えた資料を雪ノ下のほうに置いた後、そっと腕時計で時間を確認し顔を上げると雪ノ下と目が合う。

 

「残りは私がやっておくから、あなたは彼女たちのもとへ行きなさい。一応プロデューサーなのでしょう」

 

「一応は余計だがな。…まぁ、サンキューな」

 

「良いから早くいってきなさい」

 

雪ノ下のその声を背に、アイドル達のいる舞台裏へと廊下を駆け抜けた。

 

たかだか400mほどの距離を走っただけで息が切れるとは情けない、が間に合った。

呼吸を整えながら彼女らのもとに近づく。

 

「プロデューサー!」

 

「悪い、待たせたな」

 

「あの、竜宮小町のみんなは」

 

と、天海が聞くが、皆の顔を見れば気になっているのは一人だけではないようだ。

 

「さすがに今ここに間に合うのは無理だが、時間内には間に合いそうだ。だから、それまで竜宮が抜けている分の休憩時間が短くなるが頑張ってくれ」

 

「やっぱり、竜宮小町の皆さんがいないとお客さんたちがっかりしちゃうかなぁ」

 

高槻の懸念をほかの何名かも考えたようで、それぞれの思いが小声ながらも漏れ、かすかなざわめきとなる。

 

ここはプロデューサーらしく励ましの言葉を、と思ったとき星井が手を挙げた。

 

「…っと、星井どうぞ」

 

「ミキね、竜宮小町じゃなきゃキラキラ輝けないと思ってたんだ」

止めに入ろうかと口を開くと、星井が大丈夫だから、と目で伝えてきたのでそれに従う。

 

「でもね、そうでもないかも、って思うことが最近何回かあったの。プロデューサーの学校の文化祭の時なんて特にそうなの。みんな覚えてる?あの時もこんな感じだったの」

 

あの時と似ているのは俺たち奉仕部側だけじゃなかった。そう、彼女たちも似たような状況を経験していたのだ。

 

「そうね、あの時も竜宮小町がいなかったのよね」

 

如月は目を閉じ、そこにあの時の情景を思い浮かべているようにつぶやいた。

 

「まぁ、今回みたいに慌ただしくはなかったけどね→」

 

「ミキはね、竜宮小町に負けないくらいキラキラしたいの。それでね、それはみんなも同じだといいなって思うの」

 

「そうだね、なんか弱気になってたけど、765プロには竜宮小町だけじゃないってところガツンと見せつけないとね」

 

俺がフォローするまでもなく、星井が皆の士気を高めた。プロデューサーとしての役割奪われちゃっているあたり、実は星井の方がプロデューサーの向いている可能性があるし、何なら俺がプロデューサー向いてない可能性まである。

少しでも励まそうと走ってきたにも関わらず、まだ二、三言しか話してないし。

だが、まぁこれはこれでいいのだ。彼女たちはきっとこれからもお互いに支え合って成長していくのだろう。

そこに俺がいなくとも、最終目標はトップアイドル。終着点が同じならば経緯は関係ない。

 

そのためにもまずは…。

 

「気合も入ったところでそろそろ開演だ。自分は信じろよ」

 

「ん?プロデューサー、そこは自分を信じろ、なんじゃないのか?」

 

甘いな、響。自分は、ということで限定の意味を持たせて、それ以外は信じられないという意味を待たせているんだ。

 

うわぁ、と力説をドン引きしているような顔を皆がしている気がするがきっと気のせい。

 

「私は765プロのみんなを信じてますよ」

 

背後から透き通った声が聞こえた。

 

「小鳥さん!」

 

「音無さん、大丈夫そうですか?」

 

「えぇ、とりあえずの準備は終わりました。あとは竜宮小町のみんながくるまで私たちで頑張るだけですよ」

 

そうか、間に合ったのか。

 

「いいか、客は竜宮小町を見に来ている、これは事実だろう。だが、そんなのはお前たちには関係ない。お前たちの魅力に気づいていない客をファンに変えるために全力でやる。765プロは竜宮だけじゃないことを示すんだ」

 

ちょっと熱が入って普段言わないようなことを言った気がしなくもないが、アイドル達の顔は先ほどまでと見違えるほどよくなったのだからいいだろう。夜に枕を抱えて叫べばいいだけだ。

 

 

大変お待たせしました、という音無さんのアナウンスが流れ始める。

 

「行ってこい」

 

全員の顔を一瞥し、送り出す。統一された返事には、かつてないほどの気持ちがこもっているように感じる。

 

光り輝くステージへと駆け抜けていくアイドル。

 

何度見ても慣れることはないであろうこの光景に謎の高揚感と既視感を覚える。

だが、そのデジャビュに対して記憶を呼び起こすことなく終わった。

その原因である雪ノ下雪乃は肩で息をしながら、先ほどまで俺と作業をしていた紙を片手にこちらに近づいてくる。

 

 

 

「どうした、雪ノ下」

 

「比企谷君、…このままだとセットリストが崩れかねないわ」

 




こんばんは。雪歩の誕生日になんとか間に合いました。
次回の更新は年明けになります。皆様、良いお年を!

意見、感想よろしくお願いします。

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