八幡「765プロ?」   作:N@NO

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ARE YOU READY?

晴天。それが、雲一つない空を指すものだとすれば今は晴天といえるだろう。

 

普段あまり目にすることのない夜明け前の暗黒。窓を開ければ身震いするほど冷えた風が吹きいる。予想以上に冷たい風が眠気を吹き飛ばす。まだ暖かさを保っている布団をひっくり返し、折りたたむ。こうして暖かさを取り除いておかないと布団の誘惑に負ける恐れがあるのだから、布団は恐ろしい。世の眠気と戦う者たちの天敵といっても過言ではないだろう。

 

自室の扉を開けると、いつもより3時間ほど早く起きているため、当然ながら家族は皆寝静まっている。衣擦れの音がやたら大きく聞こえ、普段なら気にも留めない物音に対していちいちビクつく。自分が出す音を最もよく感じることができる、そんな静寂。

 

こんな静寂が俺は嫌いではない。

 

親父たちを起こさぬよう物音をたてぬよう階段を下ると、リビングから光がこぼれていた。

 

誰か昨日消し忘れたのかしら、と思いながら扉を開けるとキッチンに小町が立っていた。

 

「おっ、おはよ!おにーちゃん」

 

「おう、はやいな。勉強か?」

 

今日ライブに行くから、その分早く起きて勉強とはなんとできた妹なのだろうか、と感心したところで

 

「ううん、流石に勉強のためにこんな早くに起きないよ、おにーちゃん」

 

といった具合で俺の感心を打ち壊したかと思えば、おにーちゃんに朝ご飯作るために早く起きたと聞いて、流石は世界の妹小町なだけある、と深く感謝した。

 

「どうせ、コンビニのパンとかで済まそうとしてたんでしょ」

 

「あぁ。わざわざ自分一人のためだけに作るのも面倒だしな」

 

ほい、と小町から焼き立てのベーコンエッグがのった皿を受け取りテーブルへと運ぶ。

 

「まぁ、小町も自分だけのために朝ご飯作るのはちょいと面倒だもん」

 

でも、と小町はご飯を茶碗に装いながら言葉を続ける。

 

「今日はお兄ちゃんと小町の二人分の朝ご飯だから面倒ではなかったよ。あ、いまの小町的に超ポイント高い?」

 

本当に小町はよくできた妹である。一家に一人は欲しい妹№1だな。

 

 

「んじゃ、行ってくるわ」

 

「うん、頑張ってね。小町も後で行くから」

 

「おう、チケット忘れるなよ。あと道に迷ったら交番に」

 

「大丈夫だって。千葉駅で雪乃さんたちと待ち合わせして一緒に行くから」

 

心配しすぎだ、とばかりに手を振る。まぁ、雪ノ下達と一緒に行くから道に迷わないかと聞かれれば微妙なところだが、由比ヶ浜もいるだろうし大丈夫だろう。

 

財布、携帯、腕時計、身だしなみを玄関の姿鏡で確認し、冷たいドアノブを下ろした。

 

先ほどまでは暗黒だった世界は、一変し東の空がオレンジに輝いていた。ちなみに夜明けに西から日が昇るのはバカボンの世界な。

 

 

× × ×

 

 

ライブ会場に予定より30分ほど早く到着した。

 

今日、ここであいつらがステージに立つ。下見で何度か来ている会場が、そう考えただけで普段と違う顔を見せる。

 

別に俺が出るわけでもないのに足がすくむ。

 

そうじゃない、俺がこんなんじゃ駄目だ。そう言い聞かせ、関係者専用入り口に向かった。

 

 

「いやぁ、絶好のライブ日和だね!」

 

楽屋の窓から青空を見上げていると社長が喜々として言った。

 

「そうですね、まぁ西の方には台風が来ているらしいのでそれがちょいと心配ですけどね」

 

「うむ、だが直撃にならず本当に良かった。しかしなんだなぁ、こうして念願のライブにこぎつけてうれしい限り。いやはや感無量だよ」

 

隣に立つ社長も空を見上げながら言葉を弾ませた。

 

「今日が彼女らの羽ばたくための第一歩になりますからね」

 

「お、比企谷くん。かっこいいこと言うじゃないか!おっと、そろそろアイドル諸君も来る頃かな」

 

そろそろ小町も家を出る頃か。

 

ちらりと腕時計を確認すると、予定の集合時間の10分前を指していた。

 

「律子くんたちのほうはどうなっているのかね」

 

「あの4人は収録先から直接ここに来ることになっていたかと」

 

収録後にライブと律子さんに聞かされ、人気アイドルの忙しさに驚いたのは言うまでもない。人気の芸能人が日本中を毎日行き来していることなぞ、活動範囲が基本千葉な俺からすると想像もつかない。だって、千葉で何でもそろうんだもの、しょうがない。

 

高木社長と楽屋に設置されたテレビを見ながら話しているとガチャリとドアの開く音とともに声のそろったあいさつが聞こえた。

 

「おはよう、今日も頑張れよ」

 

「はい!」

 

 

会場には、たくさんの関係者の人が出入りし、あれよあれよという間にフラワースタンドや機材などが並べられられていく。文化祭の準備の少し浮足立った感じはなく、プロの準備というものに対し素直に感動する。

 

ライブ関係者には、スタッフTシャツが配られており、一目でわかるようになっていた。かく言う俺もTシャツをもらっているのだが、普段からの慣れた格好のほうが落ち着くので家に保管してある。ああいうTシャツって部屋着にもってこいだからな。

 

ステージの機材の最終確認のために舞台袖に行くと、モニターに響や菊地が映っていた。なんだかすごいはしゃいでる、やだかわいい。

 

「あのー、ここで大丈夫ですか?」

 

「あ、はい、大丈夫です」

 

手に持った配置書とにらめっこをしながらもなんとか一通り機材の配置確認を終えた。

 

飲み物でも買いに行こうかと扉に手をかけたところでステージ上からぼんやりと客席を見上げる星井が目にはいった。

 

「どした?」

 

「ミキ、きらきらできるかな」

 

こちらを振り向くことなく、そのままそうこぼした。

 

「さあな」

 

「もう、そういう時は大丈夫だよ、とか声かけるもんじゃないの?」

 

すこし頬を膨らませ振り返る。その拍子に跳ねた星井の明るい髪色は、スポットライトによって照らされ、光を纏っている。

 

「適当な励ましはいらないと思っているからな。それに、星井もそんな聞こえのいい言葉が欲しかったわけじゃないだろ」

 

「うん…」

 

「お前次第だよ。キラキラできると自分を信じるかどうかだ。そうすりゃ、みんなお前がキラキラしているって感じるんじゃないのか。…少なくとも知りあいに一人、文化祭の時のお前がキラキラしていてよかった、ってやつはいたぞ。それと、自分が楽しむ、これも忘れんなよ、おにーさんとの約束な」

 

「ふーん、そっか。うん、わかったの」

 

本当に分かったのかそうでないのか微妙な返事をして、星井はステージの中央へと歩いて行く。その姿に先ほどまでの影はなく、ライトを集めたかのような錯覚を感じた。

 

曖昧三センチとぷにっとした感じの曲、つまり俺の携帯の着信音なわけだが、流れた。普段あまりなることのないスマホちゃんを取り出し、応答する。

 

「もしもし」

 

「あ、プロデューサーさんですか、あのですね、台風のせいで新幹線が運休になってしまって」

 

西側に接近していた台風の影響か。こっちはまだ晴れているが、この調子だと夜にはこっちにも影響が出てくるかもしれんな。

 

「大丈夫そうなんですか」

 

「とにかく、動いている電車を乗り継いで急いで向かいます。リハには間に合わせるので」

 

「わかりました、気を付けてきてください」

 

秋月さんはそう言っていたが、新幹線も止まっているとなると、電車も止まる可能性もあるだろう。念を入れて社長に相談しておくか。

 

 

「台風で竜宮小町の到着が予定より遅れるらしい。だが、リハーサルには間に合うといっていたからスケジュールはそのままで行くつもりだ」

 

竜宮小町の到着が遅れていると聞き、少し皆の顔に不安が浮かぶ。

 

「みんな、今のうちにおなかに何か入れておいてね」

 

「ありがとうございます」

 

それを感じていたのか、音無さんがしっかりとフォローを入れてくれる。

 

すこしほぐれたかもしれないが、まだ動揺は残っているように感じられた

 

「律子さんたち間に合うかなぁ」

 

萩原がそう不安を漏らした。うつむいているため顔は見えないがきっと不安気であるに違いない。

 

「雪歩。世の中には言霊というものがあります。めったなことは口にしない方がよいと思いますよ」

 

四条にそういわれ慌てて口を押える萩原。

 

「それに、亜美からだいじょーぶだってメールもきたし大丈夫だよ!」

 

真美の見せる携帯の画面を皆が一様に覗き込む。

 

そして、きっと大丈夫だろう、そう自分たちに言い聞かせるように彼女らはそれぞれの準備を再開する。

 

 

不安が渦巻き宙を舞う。

 

部屋の空気は重く、これから始まるライブを待つアイドルの楽屋の雰囲気とはとても言えない。

 

だが、そんな状況に構うことなく時間は刻一刻と過ぎていく。

 

ここで気の利いた言葉を言えるのがデキるプロデューサーなのだろうが、生憎俺はそんなスキルは持っていない。

 

下手なことを言って彼女らを余計心配させるのはよくないだろう。いや、別に言いたくないわけじゃないよ、けど四条も口は災いの元っていってたし。なんて一人問答をしていると、社長がひっそりとこちらにやってくる。

 

「うぉほん、比企谷君、少しいいかね」

 

 

× × ×

 

 

もしかしたら…、そんな嫌な予感が的中してしまった。リハーサルが始まる10分ほど前に秋月さんからその知らせは届いた。頼りにしていた電車も運転の見合わせにより再稼働の目途が立たず、リハーサルどころかライブの開始にも間に合いそうにない、と。

 

最悪の状況になってしまったな。真っ暗な画面のスマホを握りしめながら、エントランスへと走った。

 

開場時間が過ぎ、多くのファンが会場内へ流れ込んでくる。きっとこの行列のどこかに小町たちも混じっているのだろう、そんなことを思いながら会場の外に目をやる。

 

予想より台風の進行が速いのか先ほどまでは青空が垣間見えていた空は、今ではすっかりと鈍雲に覆われていた。

 

現在、竜宮メンバーは秋月さんがレンタカーを借り、こちらに向かう予定らしいが到着予定時刻は交通渋滞によって開演時間を大幅に過ぎていた。

 

 

物販に並ぶ人たちは、竜宮小町のグッズを皆当然のように買っていく。つまりそれだけの人数が竜宮小町を見に来ているというわけである。これで、竜宮小町が出られません、では大きな問題となり、今後の765プロに大きな影響を与えかねない。

 

しかし、現実的に考えて開演時間に間に合うことはない。仮に、遅れてきたとして竜宮以外のメンバーでそれまで持たせるにはセットリストを大幅に変更しなければならない。セトリ変更による会場のセットの変更も加味すれば、開演時間を遅らせるほか手はないだろう。急な変更を行うにはぎりぎりの人員しかいない今、絶望的な状況としか言えなかった。

 

手に持ったスマホが振動した。画面を見るや否や通話状態にし、耳に近づける。

 

「比企谷くん、会場に入ったのだけれども、私たちはどこへ向かえばいいのかしら」

 




お久しぶりです。
毎度お待たせしてすみません。
こんどこそは時間をあけずに!投稿したいと思っております。
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