最後の曲が終わり会場がワッと沸く。
最初は竜宮がいない、などとぼやいていた奴等も今はそんな発言は忘れてしまったかのようにはしゃいでいた。
最後にアイドル全員が横一列にならび、なんやかんやとトークをし、765プロをアピールをしてもらう。
こういった場でも少しでもファンが増えてくれたら、といった狙いもあった。
春香「ありがとうございましたー!」
小鳥「以上、765プロ総武高校文化祭特別ライブでした。これからも765プロの応援をよろしくお願いします」
葉山とMCを変わった音無さんの言葉で俺達のパフォーマンスは幕を閉じた。
ステージの幕が脇にいた委員たちによって閉められていく。その隙間からアイドルたちを名残惜しそうに覗いているのがこちらから見えた。
八幡「無事、成功…か」
小鳥「お疲れさまでした、プロデューサーさん」
八幡「はい、お疲れさまでした、音無さん」
ステージ脇に戻ってきた笑顔の溢れているアイドルたちを見て、ライブが終わったことを実感する。
八幡「お疲れさん」
「「「「おつかれさまでした!」」」」
ライブが終わりホッとしたところで、やけに周りが慌ただしいのに気がついた。見てみると雪ノ下を中心に委員たちがせわしなく行き来している。
そういえばさっきも何かあった感じだったな…
音無さんに少し離れると伝え、雪ノ下の所へと向かった。
◇ ◇ ◇
八幡「なんかあったのか?」
ぽわぽわした雰囲気の先輩とスマホを見つめている雪ノ下に声をかけると、ハッとした表情で雪ノ下が尋ねてきた。
雪乃「相模さんがいないのよ…あなたは知らない?」
そう問われて周りを見回してみるが、思えば確かにその姿は大分前から見かけていない。
八幡「いないとまずいのか?」
そう聞いたところで、俺と雪ノ下が話をしていたのに気がついた由比ヶ浜がパタパタと寄ってきた。
結衣「どったの?」
雪乃「相模さんが見当たらないのよ」
結衣「うーん、あたしも見てないなぁ…。いないと困るの?」
雪乃「えぇ」
ねぇ、雪ノ下さん?その質問俺がさっきしたんだけど?
そんな俺のつっこみに気付くこともなく雪ノ下は腕を組み、次の手を考えている。
八幡「放送とかは入れたのか?」
雪乃「えぇ、765プロのライブ前に…けれど」
連絡はない…か。
雪ノ下の言葉は続かなかったがその意を理解したのか由比ヶ浜は携帯を取りだし誰かに電話をかけはじめた。雪ノ下は再び思考モードへと入ろうとしたとき雪ノ下の名をよぶ声がした。
雪乃「…平塚先生」
よほど急いできたのか白衣と髪が乱れてた平塚先生がステージ脇の扉から入ってきた。
平塚「先程の放送で我々教師陣も事態の大体はは予想がついている。見つければ連絡が来ると思うが…」
だが、そう言う平塚先生の顔は渋い。察するにあまり期待は出来ないのだろう。
そうこうしているうちに経っていく時間とともに事態の深刻さも増している。
雪乃「このままだとエンディングセレモニーが…」
めぐり「どうしよう…」
フワフワした雰囲気の先輩も困ったように雪ノ下の言葉に俯いた。
二人の暗い表情を気にかけて由比ヶ浜が問いかけた。
結衣「さがみん…やっぱりいないとまずい?」
雪乃「えぇ。挨拶、総評、賞の発表。挨拶や総評なら代役はできるのだけれど、優秀賞と地域賞の結果を知っているのは相模さんだけなの…」
八幡「じゃあ賞の発表は後日に回すか?」
俺がそう言うと雪ノ下はこくりと頷く。だが、表情は厳しいままだ。
雪乃「でも、それは最悪の場合ね。地域賞はここで発表しないとあまり意味はないでしょうし」
たしか今年から始めた地域賞だ。新たな賞を作った第一回目から後日発表ではちょっと様にならない。
つまり、相模をなんとかしてさがしだす必要がある。
だが、連絡もとれず足取りもつかめていない。
万事休すのこの状況に誰もが諦めかけたとき、ある男がこちらに来た。
葉山「どうかした?」
この不穏な空気を感じたのか、進行の葉山がいつもの様子で問いかけてくる。
めぐり「あ、相模さんに連絡がつかなくて…」
めぐめぐした雰囲気の先輩が葉山に事情を説明する。すると葉山はすぐに動いた。
葉山「副委員長、プログラムの変更をお願いしたい。もう一曲追加でやらせてくれないか?あまり時間もないみたいだし口頭確認でいいよね」
雪乃「そんなこと…できるの?」
予想もしなかった葉山の行動に雪ノ下の返しが遅れる。
葉山「優美子。もう一曲弾きながら歌える?」
三浦「え?もう一曲?いや、無理無理無理、無理だし!今チョーテンパってるし」
先程の番を終えてからステージの脇のベンチで休んでいたところに急に話をふられ三浦は素でビックリしていた。
葉山「頼むよ」
そう葉山に微笑みかけられ、何度かうぅーと悩みながらもギターに手を伸ばしたあたり、やっぱりイケメンは正義なんですね、と感じる。
雪乃「三浦さん、ありがとう」
三浦「べつにあんたのためにやるわけじゃないんだから…隼人に頼まれなきゃやらないし」
そう言い残すとくるっと踵を返し戸部や大岡、大和に声をかけ颯爽とステージへと向かう。
765プロのライブのために片付けてしまったドラムやアンプをせっせとステージへ運んだり、スポットライトの係が定位置へ移動したり、係りのやつらが慌ただしく幕の閉まったステージを行き来する。
その間にも葉山は携帯でなにか操作をしている。恐らくSNS等で情報の収集を呼び掛けているのだろう。
そんな葉山を見ているとつんつんと腰をつつかれた気がした。
八幡「ん?」
真美「ねぇ、兄ちゃんどかしたの?」
振り返るとそこには真美だけでなく他のメンバーたちも不安そうにこちらを見つめていた。
八幡「うちの委員長が見つからないらしくてな、まぁ大丈夫だ。そっちは先に車に戻っておいてくれ」
少し雪ノ下たちから離れ彼女らにだけ聞こえるようにそう囁く。
あくまで今回は765プロに依頼をしたという形をとり、俺が765プロのプロデューサーであることは一部を除いて伏せている。
今ここで周りに知られるわけにもいかないのだ。
真美「…」
本当に大丈夫なのか?と言う目でこちらを見つめながらも真美はメンバーの元へ戻っていった。
大丈夫ではないのだが、今ここで彼女たちに出来ることなんてないだろう。相模を探すにも顔も分からないのでは探しようがない。
雪ノ下達のところへ戻ると丁度葉山が連絡などが一段落したようでふっと息を吐いた。
雪乃「感謝するわ」
葉山「気にしないでくれ。だけど、これからステージをやっても稼げて10分だ。それまでに見つけないと…」
雪乃「ええ…」
「「……」」
10分で相模を探しだし連れてくる。放送をしたり、教師が探しても見つからないのだ。何処か人が来ないような場所で隠れているのだろう。
そんなやつを10分で見つけ出すなんてほとんど不可能に近い。
結衣「あ、あたしもさがみんのことさがすよ」
八幡「闇雲にさがしたって見つからねーよ。それより最悪の事態にもそろそろ備えないとならないぞ、雪ノ下」
雪乃「…えぇ、わかっているわ」
そう答えながらも何かを考えている様子で顎に指を当てている。
そしてなにかを決心したのかこちらを真正面から見据え
雪乃「もうあt…」
春香「あ、あのっ、私たちにも追加でステージをやらせてもらえませんかっ」
天海に言葉を遮られた。
雪ノ下は後に言葉は続けなかった。否、続けられなかった。想像してなかった言葉に誰もが唖然とした。
何とか言葉を捻りだし天海に聞く。
八幡「…どうして」
春香「皆さんが困っていると言うことだったので私たちにも何か出来ないかと思って。私たちも出ればもう少し時間稼げますよね?」
八幡「それは、そうかもしれないが…」
今回用意してあるうちの曲は全部さっきのライブで使っている。
八幡「…曲はどうしますか?」
春香「あっ…それは…えっと」
天海も考えていなかったようであたふたする。
結衣「あ、あの、それならあたしたちと一緒にやりませんか」
八幡「一緒ってお前、アイドルと一緒に歌うのか?」
由比ヶ浜が違う、と言うように首をふる。
結衣「あたしとゆきのんでメロディー弾くから歌って欲しいの」
由比ヶ浜と…雪ノ下が?いや、でもそりゃ雪ノ下が断るんじゃ…
雪乃「…比企谷くん。もうあと15分で見つけられる?」
結衣「ゆきのん!」
八幡「わからん、としか言いようがないが…。本当に雪ノ下がやるのか?」
雪乃「えぇ、私も天海さんに遮られる前にその事を提案しようとしたのよ。もちろん彼女たちと一緒にとは思っていなかったけれど」
春香「あ、あはは。ごめんなさい」
これからの流れを決めるため765プロのアイドルをこちらに呼び、話を再開する。
八幡「曲は?」
雪乃「Bitter Bitter Sweet、この曲を歌える人たちでお願いしたいのですが」
確か、一寸前に流行った曲…だった気がする。
春香「その曲ならみんな大丈夫です、前にレッスンの練習曲でやったりしたんで」
雪乃「そう、ならよかった。メロディーがギターとキーボードだけ、というのが残念だけれど、この際仕方ないわ」
すると、ふむ、と後ろで聞いていた平塚先生がこちらに来る。
平塚「私がベースをやろう。その曲は昔陽乃とやった曲だから、まだ弾けると思う」
雪ノ下はこくりと頷く。
雪乃「平塚先生、ありがとうございます。765プロの皆さん、それでよろしくお願いします」
「「「「わかりました!」」」」
こうして急遽奉仕部+765プロのチームが結成された。
その姿を見届け、俺はすっとステージ裏から体育館の出口へと続く扉へと向かい、静かに行動を開始する。
「「比企谷くん(さん)」「プロd…あっ」」
誰かが俺の名前を呼び、誰かがプロデューサーと言いかける。
その声向こうから見えないよう微笑み、言葉は返さず、適当に手を上げそのまま体育館を出る。
ステージの輝く舞台はあいつらがいる。
あのスポットライトが当たるステージは俺の舞台じゃない。
この裏方こそ俺の舞台だ。
影からささえる、プロデューサーとしての立ち位置だ。
◇ ◇ ◇
足早に高校の中心へと向かいながら高速で思考を開始する。 刻々と進む腕時計の針を睨みながら 相模という人物を探すためにあらゆる判断材料と経験を照らし合わせ数多ある選択肢を潰していく。相模はなにがしたくて委員長になったのか。そして相模はなにがしたくて隠れているのか……
20分という限られた時間では精々1箇所、無理をして2箇所まわれるかどうか。削れるだけ削った選択肢ではその枠組みのなかだけでは回るのは不可能だ。
もうひとつのサンプルを得るため携帯電話を取り出した。
『我だ』
ノーコール出でやがった。伊達に暇潰しにスマホを弄っていないな。と称賛したいところだがそんなことをする時間すら今は惜しい
八幡「材木座、お前学校で一人の時どこにいる?」
『なんだ藪からスティックに。我は常に身を隠す為、アンチバリアを構築し』
八幡「急いでるんだ、ふざけるなら切る」
『あぁ、まてまてまて待っておねがいっ。保健室かベランダだ、それから図書室。あとは特別棟の屋上だ』
材木座からの情報を自分の削った選択肢と照らし合わせる。…特別棟の屋上…か?
『誰か探しておるのか?』
八幡「あぁ、実行委員長だ」
『ふむ、あのおなごか。よし、我も手伝おうぞ』
八幡「さんきゅー、材木座は新校舎の方頼む」
『我にまかせろぅ!』
材木座からの情報を得、特別棟の方へと最短距離を突っ走る。たしか前に聞いた話だと屋上を締める鍵が壊れてるってあったな。
特別棟の屋上へと続く階段は文化祭の荷物置き場になっていて容易には駆け上がれない。時間が過ぎ去っていくのをもどかしく感じながら道を塞ぐ物を退かしていく。
屋上へと上へ上へと上がるにつれ荷物や資材が減っていく。
やがて終点、開けた踊り場へとでた。
そしてこの扉の向こうに…
壊れた南京錠を外し、立て付けの悪いドアを開く。ぎっと、錆び付いた音がした。
海風が体に吹き付け、青い空が広がる。
その視界の下に
相模は居なかった。
今回、というか文化祭の残りは俺ガイル成分が強くなりそうです。文化祭編は残り2回位でしょうか?原作と違うこの展開をしっかり閉められるよう頑張ります。
意見、感想よろしくお願いします。