イザーク・ジュール。
若くしてただ一人、ザフトの中心人物となった英雄。
その彼の、英雄に至るまでの軌跡。

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ガンダムシードの銀紙KYさんです。運命的には唯一の良心とも言うのではないでしょうか。


戦い・駆り立てる想い イザーク・ジュールの軌跡

 海の潮風というものにはなかなかなれることができなかった。

 

 それはそうだろう。イザーク・ジュールは風に靡くプラチナブロンドの髪を押さえながら、透き通るように青い海を見つめる。

 

 彼は第二世代のコーディネーターだ。通常、遺伝子操作を受けて生まれた人物のことを指すその言葉は、地球上では忌み嫌われるものでしかない。よりよい存在、より優れた能力を求めて今はナチュラルと言われている従来の人間が生み出した新たな種。そして、遺伝子改良という手法により先天的に獲得したその優れた能力により、生みの親であるはずのナチュラルから嫉視を受け、ついにはナチュラルとは敵対する存在にまでなってしまった。

 

 第一世代と呼ばれる、両親がナチュラルであり、遺伝子操作を受けて誕生した人々の歴史は、差別と弾圧の歴史だった。それゆえに、言われ無き迫害から逃れるために彼らは宇宙へと活路を、そして安住の地を求めた。

 

 “プラント”

 

 それは、従来、地球連邦が植民政策として進めていたスペースコロニー方式の新天地ではなく、コーディネーター達による独自の技術で建造された、まったく新しい方式の巨大衛星都市を指す。

 

 イザーク達、第二世代のコーディネーターは、ほとんど例外なく、このプラントを故郷としていた。それゆえ、地球に下りるのは初めてであり、またプラントにおける擬似重力とはことなる重力の井戸の底の感覚には、地球に下りて幾日か立つイザークでもいまだ戸惑うことの方が多い。

 

「イザーク」

 

「…アスラン」

 

 イザークに声をかけたのはアスランだった。同僚であり、今は一時的とはいえ、イザークの上官に当たる少年。その手に握られているのは一着の軍服だった。それが誰のものなのか、イザークにとっては聞くまでも無いことだった。

 

「ディアッカは?」

 

 アスランがもう一人の同僚の名を呼んだ。そういえば先ほどまでイザークの側にいたはずの少年の姿が見えない。

 

「ここにいるよ」

 

 突然、上から声が降ってきた。声のした方に顔を向ければ、ディアッカがそこにいた。おそらくはイザークと同じように海を見ていたのだろう。ただ、意味も無く、一人で。

 

 その瞳には、普段のディアッカが持っている、斜に構えた冷笑の色は伺うことはできなかった。

 

「ディアッカ、降りてきてくれ。これから、ニコルの葬送を、しようと思う」

 

 ニコル。

 

 その少年はもういない。

 

 先ほどの戦いで、戦死したのだ。彼らにとって仇敵とも言える、ストライクと呼ばれるモビルスーツの手によって。

 

「・・・っっっっ!」

 

 イザークが顔をかきむしるかのように手を顔に当てる。自らが立てた爪が、皮膚に食い込む感覚。しかし、そんな痛みがなんだろう。イザークは、かつて宇宙でのストライクとの戦闘で傷を負った。その借りを必ず返すと誓った。だから傷も残した。借りを返すまで、この傷を治す気はない。そう思って、必死に奴を、ストライクを追ってここまで来たのだ。

 

 それはただ、自分個人の感情にしたがって、それだけのはずだった。

 

 だが、その結果、イザークたちは、仲間を失った。

 

 ニコル。

 

 決してイザークと仲が良いわけではなかった。むしろアスランの方と気があっていたようだった。繊細でどちらかというと気が弱く、ピアノを弾くのが好きな、戦士には似つかわしくない軟弱ものと、イザークもディアッカも侮り、馬鹿にしていたものだ。

 

 そのニコルが死んだ。イザークが、ストライクを今まで落とすことができなかった、その弱さのために。

 

 俺が、もっともっと強ければ、そう、イザークは思う。あいつはたった15で、しかも宇宙でも、プラントでもなく、こんな地上なんかで命を落とすことなんてなかったはずだった。

 

「イザーク、やめてくれ」

 

 アスランが強い力で、イザークの血にまみれた手を抑える。その手は震えていた。おそらくは、イザークと同じ思いを抱えているがために。アスランの心。それが痛いほどイザークにはわかった。そのためだろうか、イザークはアスランの手を力づくで振り払うなどということはできなかった。

 

「離せ」

 

 一言、吐き捨てるように言うと、アスランは黙って手を離した。イザークとアスラン、二人の視線が絡み合う。

 

「アスラン! イザーク!」

 

 その二人の間にディアッカが割って入ろうとする。つい先ほどのロッカールームのやり取りを思い出したのだろう。そうだ、本来なら、仲間同士で諍いが起きたとき、いつも抑え役にまわるのはニコルで、ディアッカも、イザークも、むしろ油を撒いて回る側だったはずなのに。

 

「わかっている、ディアッカ……アスラン、その服を貸せ!!」

 

「あっ」

 

 アスランからひったくるようにその軍服を、ニコルの赤い制服を奪う。その赤の服は、ラウ・ル・クルーゼの部隊の証であり、エースパイロットの証明だった。それはつまり、全ザフト軍の憧れの的でもあったのだ。

 

 だが、それも着るものがいてこその話だ。もう、ニコルはこの世のどこにもいない。

 

「こんなものーーーーーー」

 

 イザークは叫び、ニコルの軍服を、海に向かって投げた。驚いたアスランが止める暇も無く、その赤い軍服は風に飛ばされ、しばらく先の海に落ちた。そして、水を吸い、そのまま沈んでいく。

 

「イザーク!」

 

 アスランが普段の冷静な彼に似つかわしくなく、声を荒げる。しかし、それに答えたイザークの声は、そのアスランの声をさえ、打ち消すほどの勢いを持っていた。

 

「ストライクを、倒す。ニコルの仇だ!!」

 

 イザークが絶叫する。その叫びは、純粋な怒りの響きを持っていた。イザークの挑むような瞳を受けたアスランが、そしてディアッカが一瞬、気おされたように黙り込み、それから深くうなずいた。

 

 この瞬間、アスラン、ディアッカ、そしてイザークの3人は、本当の仲間になった。

 

 ただひとつの目的を果たす仲間として。ストライクを倒す、ただそのためだけに力をあわせることに。

 

 そして、イザーク・ジュールにとって、これまで抱いてきた戦争というものへの認識が、この日から、一転することになる。

 

 

 

 

 イザークは、プラント最高の意思決定機関である最高評議会メンバーの一人、エザリア・ジュールの息子である。

 

 アスランも、ディアッカも、そして戦死したニコルもまた、評議会メンバーを父母に持つ。そのためもあって、以前からイザークはアスランやディアッカに対するライバル心をむき出しにしていた。

 

 特にアスランだ。軍歴ではイザークの方が半年ほど長い。イザークはこの戦争が始まる前からすでに軍属であり、ディアッカもまたそうだった。そして、アスランやニコルたちは志願兵として、開戦後に軍に入っている。そう、あの“血のバレンタイン”、ユニウス7の悲劇の後に。

 

 戦争というものは、一口に軍属と言っても、色々な技能を持つ職種に分かれている。たとえば通信兵や操舵主、整備班、管制など、多岐にわたるが、やはり花形となるのは戦場の主役である、モビルスーツのパイロットと言えるだろう。

 

 イザークはもちろん、MSのパイロットへの道を選んだ。そして、300時間に及ぶシミュレーションをこなし、いよいよ卒業試験ともいうべき最終模擬戦を行うところまで来ていた。

 

 この模擬戦の如何によって、今後の所属部隊が決まるのである。イザーク自身は心に決めていた隊がひとつあり、その部隊はザフト全軍でも屈指のエースが率いる部隊である。自らの希望を通すため、また、その部隊にふさわしい技能を持つことを証明するためにも、イザークは負けるわけにはいかなかった。

 

 そして、そこで初めて出会ったのがアスランだった。それが因縁というべきものなのかどうか、今に至るまでわからない。ただ、わかっていることは二つだけだった。ひとつは、MSパイロットの適正数値が、イザークはSランクをマークし、全体の2位という好成績を記録、十分な技量と才幹を万人に示し、希望通り、歴戦のエースパイロット、ラウ・ル・クルーゼの部隊に編入できたこと。

 

 そして、アスラン・ザラがイザークよりもより高い評価であるSSランクをマークし、乞われて、イザークと同じく、クルーゼ隊に編入されたという事実だけだった。

 

 各ランクは、実際に戦場で得られたデータに基づいたものであり、データ上の数値でありながらも、極めて正確な評価を各パイロットに与えることができる。Bランクをマークすれば、それは現実として戦場でも通用する、ほぼ十分なパイロットレベルであるとされていた。

 

それがSランクともなれば、エース級の腕前ということである。そしてSSランクともなれば、戦場で収集された数多くのデータの中でも最高の数値のものだった。

 

現存するザフト軍兵士の中で、このSSランクパイロットに認定されているのは“仮面の男”ラウ・ル・クルーゼと、“砂漠の虎”アンドリューバルトフェルトのみ。

 

 そして、アスランがSSランクであり、自分自身がSランクであるという事実は、自らの才能を頼み、エリートとしての自負を持ち生きてきたイザークにとってのはじめての敗北感を味あわせるものだった。

 

 その自分より上に立つ存在であるアスラン・ザラとともに、いくつかの作戦行動に参加していくたびに、アスランはSSランクは決してまぐれではないことを実績で示していった。

 

 冷静な判断力、そして戦場における瞬間的な行動力。エースを名乗るに相応しいだけの力量をアスランは敵にも味方にも見せ付けていくことになる。

 

 だが、それはイザークにしても同じだった。戦場での彼の働きぶりもまた、アスランに勝るとも劣るものでは決してない。そして、ディアッカやニコル、ミゲルやラスティも。

 

 戦争初期から一貫して称えられてきた、“仮面の男“、ラウ・ル・クルーゼ率いるクルーゼ隊の常勝神話は途絶えることは無く、その響きには、まさに伝説を思わせるかのような神がかり的なイメージをもさらに加えられていく。

 

 クルーゼ隊の持つ呼称は、隊長その人の力量は疑いようもなかったが、むしろ彼ら若き兵士たちによってその勇名を高らしめたといって良い。だが、このころのイザークは、まだ個人的な功名心と、アスランへのライバル心のみで戦っていた。それは、あるいは幸せなことだったのかもしれない。

 

 戦争に疑問をさしはさむことなく戦えることほど、幸福なことはないだろうことを、イザークはその後、知ることになるのだから。

 

 

 

 

 寒い。

 

 アラスカの空はもっと寒かったのだが、そう思い、イザークは顔を上げた。

 

「ザフト・連合、両軍に伝えます。アラスカ基地はまもなくサイクロプスを起動させ、自爆します。両軍とも、直ちに戦闘を停止し、撤退してください」

 

「下手な脅しを!!」

 

 ふざけたことを言うモビルスーツと思った。あの時点で、アラスカの基地はほぼ落ちていた。メインゲートはすでに破れ、ザクト軍の基地侵入がすでに始まっていた。イザークならずとも、地球軍の時間稼ぎにしか思えなかったのは当然だった。

 

 しかし、そのモビルスーツの火力は圧倒的だった。その場で対抗できるモビルスーツは、イザークの駆るデュエルしかない。次々と無力化され、撃墜されていく僚機を見て、イザークは、反射的にそのモビルスーツ、フリーダムに切りかかっていった。

 

「ええーーい」

 

 右腕に持ったサーベルを振るう。フリーダムはシールドでその刃を受けた。かわされたと判断した瞬間、イザークは空いている左腕でフリーダムに一撃を加えようとするが、読まれていたのか、その拳を受け止められてしまう。

 

「やめろと言ったろう。死にたいのか!!」

 

 触れ合った機体同士、相手パイロットの声が聞こえる。

 

「何!!」

 

 舐めたことを!! その声になぜか苛立ちを感じた。勢いをつけ、振り払う。フリーダムが体制を崩すところへ、デュエルの振り上げたサーベルがそのままきりつけられる。

 

 やった、イザークがそう思った瞬間、フリーダムは従来のモビルスーツではありえない機動性を発揮し、その切っ先を交わした。そのまま空中で姿勢を建て直し、バーニアを蒸かす。姿勢制御に成功したフリーダムは、サーベルを抜き、寝かした刃を水平方向に薙いだ。

 

「うわああ!!」

 

 輝く刃が、目前に迫る。イザークは叫びながらも死を覚悟した。今からではどうやってもよけられない。もし、その刃がデュエルのコクピットを薙げば、イザークは痛みはもちろん、自らの死をも知覚することすらできなかっただろう。

 

「うわっ!」

 

 だが、その刃はデュエルの腹部に突き立つことは無かった。フリーダムは、とっさに剣閃を下げ、デュエルのコクピットではなく、両脚部を切断したのだ。

 

「!?」

 

 斬り抜け、デュエルの後ろに回った敵は、自分を殺さなかったことに驚き、振り返ったイザークに、さらに呼びかけていた。

 

「早く脱出しろ! もうやめるんだ!!」

 

 そのままグゥルから叩き落される。海面にぶつかる直前、イザーク隊の一人が乗るディンに救われた。ディンに捕まれ、そのまま離れていくデュエルを、フリーダムは追うそぶりすら見せない。

 

「あいつ…なぜ…?」

 

 わからなかった。敵は倒すもの。やられる前にやること。それがイザークが教えられていた戦場のありかただった。ましてや、相手はナチュラルなのだ。本来抑止手段として使うべきである核を、わずかなすれ違いから簡単に使ってしまうような相手。理性など期待できないイカれた集団なのだということを、イザークは、母から繰り返し、教えられていた。

 

 ユニウスセブン。

 

 イザークもコーディネーターだ。その一語は、あまりに深く、悲しい意味を持つ。あの悲劇を繰り返さないこと。プラントを、守ること。“

 

 なのに、あのフリーダムのパイロットはイザークを殺さなかった。そして、その後、アラスカは彼の言うとおり、サイクロプスを起動させた。その結果、ザフト全軍の8割を巻き込む爆発を起こした。もし、フリーダムがサイクロプスの存在をメインゲート前のみとはいえ、知らせてくれなかったらイザーク達もまた、死んでいたかもしれない。

 

 次の攻撃目標は、パナマ、だ。今はボズゴロフ級潜水母艦で移動中である。クルーゼとも合流を果たし、地球軍に残された最後のマスドライバーの破壊を行う。それにより、数的に著しく劣勢となった現状を打開するための作戦だ。 

 

 これまでは、ザクト軍は、圧倒的な兵器の力、ジンというMSで、数で勝る連合を圧倒してきた。言うならば、あまりに劣弱なモビルアーマーを主力とする地球軍など、イザークにとっても、そして他の多くのザクト軍パイロットにとっても、ひ弱な存在でしかなかった。

 

 だが、アラスカでの戦力の損耗、そしてストライクに代表される地球軍のMS配備のうわさは、イザーク達兵の立場でさえ、容易に恐怖を覚えることでもあった。それは、突き詰めれば、ユニウスセブンの悪夢が再びなされるのではないか、ということだ。

 

 前はそうでもなかった。だけど、今は実感してわかる言葉がある。

 

「我々は我々を守るために戦う…戦わなければ守れないのなら、戦うしかないのです」

 

 それは、アスランの父であり、今はザクト評議会議長であるパトリック・ザラの言葉だった。そして、それは、全ザクトの兵士の心情、国民の言葉でもあった。

 

 かつて、クルーゼのもとで勇名を競い合った仲間たち。しかし、ミゲル、ラスティ、ニコルはすでに戦死し、ディアッカは生死不明、アスランは本国へ転属になった。アスランとはいずれともに戦う日も来るだろう。今となってはアスランと功を競うなどという考えも無い。ただ、プラントを守るために戦う、それだけが今のイザークの思いだった。

 

 今はイザークも一隊を任せられている。クルーゼが司令としての職務につく以上、戦場で実戦部隊の指揮をとるのはイザークの役目だった。評議会委員、エザリア・ジュールの息子として、そして、歴戦のクルーゼ隊の生き残り、アークエンジェルやパナマでの戦いなどでの比類なき武勲。そういった肩書きや勇名は今や人的資源が枯渇しているといって良いザクト軍内にあってひときわ輝くものでもあった。今のイザークの立場は、自分自身が思うよりもずっと重いものでもある。その期待をまた、イザークはよく感じ取り、またそれに答えようと懸命だった。

 

「イザーク・ジュール。デュエル、出るぞ!」

 

 バイザーをおろす。戦う。ナチュラルと。なぜなら、戦わなければ、守れないからだ。

 

 それは、プラントを守るため。そして、守るために死んでいった、ミゲルやニコル達の意思を継ぐためだ。

 

 カタパルト射出。一瞬の後、Gから開放された後の浮遊感に身を任せてしまいたくなる。何故か、一瞬、フリーダムのパイロットの声が脳裏に蘇った。だが、イザークはすぐに目を伏せ、そして再び顔を上げたときは既に戦いに赴く戦士の眼差しを取り戻していた。

 

 グゥルの速度を上げさせる。前方で火線が交錯しているのがわかる。パナマには、今連合の主力部隊が集結している。つまり、あそこに、敵が、いる。なら、やつらを倒すのが、イザークの指名だった。

 

「くらえーっ!」

 

 戦いに馳せる思いを乗せたイザークの声が、戦場にこだましていった。




昔書いたものを転載しました。10年前か……この頃は本当にシードが好きでしたね。今でもシードは大好きです。運命なんてなかったんや。
続きを書くならイザーク主役で運命ですね。書いたら改変しまくりますとも。ええ、蝙蝠や教祖なんてフルボッコにしてやります。あ、シンくんは好きです。スパロボZは公式だと思います。


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