原作で言うと、一本杉のあるドーラ港のポジションです。
でももっと近代的に栄えてるイメージで。
第287期ハンター試験の予選会場であるタナン。
この街からスタートして、受験者は一次試験の会場を目指す事になっている。
「これはまた」
「凄い人ごみ」
飛行場が街の外れにあったため、飛行船から降りた二人はとりあえず中心街の方に足を向けるが、そこはお世辞にもガラがいいとは言えない風体の輩でごった返していた。
「これみんな受験者だよね?」
「そう、なんだろうな」
次の目的地に行くというバスに我先にと群がる輩、賞金目当ての腕試しをカモにする出し物、怪しげな土産物屋、安っぽい香りだがそれがまた胃を刺激する屋台、さながら祭りのような雰囲気だ。
「とりあえず情報収集も兼ねてどこかで食事するか」
「う、うん。お腹も空いてきたし」
アシルはそれ程でもないが、ゴツかったりムサかったりする男の比率が異様に高いこの空間はアニタには少しクルものがあったようだった。
逃げる様に喧騒から離れ、年期を感じさせる落ち着いた雰囲気のこじんまりした洋食屋に入る。
アシルが先に立ち、少し重みのある木製の扉を開けると、扉に付けられたベルが入店を告げる。
店内は清潔な白と木の茶色で目に優しく、曲名は分からないがクラシックの緩やかな調べが流れている。
その外の喧騒を忘れさせてくれる雰囲気に、二人からホッとした息が漏れる。
「いらっしゃいませ。お二人様ですか?」
「はい」
「こちらにどうぞ」
店の雰囲気で行くとここで接客してくれるのは品のいいお婆さんがイメージにピッタリだが、実際に対応してくれたのはアニタとそう歳の変わらない活発なそうなお姉さんだった。
少し時間が遅いため店内に他の客はいなく、中ほどの席に通される。
「今はランチタイムになりますので、メニューはこちらからお選びください」
「おススメはありますか?」
「郷土料理をアレンジした『ほよほよ鶏のステーキ、南瓜ソースの煮込み鍋風』がおススメですよ」
「じゃあ、俺はそれで」
「私はこっちのドリアをお願いします」
「はい、少々お待ちください」
そうして出てきた料理に舌鼓を打ち、幸福感と共に食後の珈琲を楽しみながらそろそろ情報収集でもとアシルが思っていると、
「ランチタイムも終わりだし、良かったらお邪魔させてもらってもいいかな?」
「喜んで」
情報源の方から飛び込んできてくれた。
ウエイトレス姿でアニタの隣りに座った女の子はレーネと言って、アニタと同い年の17歳。
この店は家族でやっていて、お孫さんなんだそうだ。
基本的には同性のアニタが話し、ある程度世間話を膨らませていると、レーネの方から話を切り出してきた。
「あなた達もハンター試験の受験者なんだよね?」
「うん」
「じゃあ、これからコールセンに向かうと」
「そっ」
次の目的地については飛行船を降りる際に船長から教えられている。
「私が言うのも何だけど、のんびり食事してていいの?」
「目的地は分かってても、それまでにどんな罠があるか分からないから、まずは食事も兼ねて情報収集。何かない?」
「そうねぇ~~~~」
悪戯っ子っぽい笑みを浮かべるレーネに、アニタがスッとチップを差し出す。
「あなた達の前に来てたお客さんが、バスは罠だって言ってた」
効果覿面だった。
しかし、まだ何かありそうな顔。
アニタはさっきのチップの横にもう一枚並べる。
「徒歩でも普通に向かってはダメなんだって」
もう一枚。
「これは街の人の噂たけど、どうもコールセンとは正反対の方角に歩いて行く人がチラホラいるらしいよ」
さらに一枚。
「でも不思議なんだよね。その先は一本道で、集落が一つあるだけなんだよ? その先は森とか山とかしかないし」
ダメ押しの一枚。
「………………う~ん」
ここまで良かったテンポが急に止まる。
さっきまでとは違いどこか困ったような表情で首を傾げるレーネ。
アニタが一枚じゃ足りないのかと追加しようとするが、なぜかその手をレーネが止め、
「私のスリーサイズは84.62.89」
「「は?」」
今まで黙っていたアシルまでアニタと同時に疑問の声を上げる。
「いや、さっきので出せる情報なくなっちゃってさ。でもチップ引っ込めさせるわけにもいかないじゃない? だから」
そう言って、さっさとチップをしまうレーネ。
「(だからってなぁ)」
と心の中で呟きながら、アシルの視線は自然と目の前のウエイトレスの胸部に注がれ――――――
「痛っ」
「どこ、見てるのかな?」
笑顔だけど目が笑っていないアニタ。
「ごめんなさい」
足を踏まれたアシルはすぐに謝る。
いや、アシルとアニタの関係性で謝る必要はないのだが、幼い頃からシャルロットに調教(?)されてきたアシルはこういう場面でつく下手な言い訳は火に油を注ぐことになるだけだと経験上刷り込まれているので、反射的に謝ってしまうのだった。
そのやり取りを興味深げに眺めていたレーネは、
「ところで、二人は恋人だったりするのかな?」
「「えっ?」」
勘違いの爆弾を投下した。
「命の危険のある超難関ハンター試験に挑む年若きカップル。映画みたいで素敵だね」
「ち、違っ、わ、私達は別にそういうんじゃなくて、ただの知り合いって言うか、協力者って言うか」
「落ち着け、バニッシュさん」
初めて見るアニタの反応にも冷静にツッコミを入れるアシルだが、
「そ、そうっ!! 師匠よ、師匠。この試験が終わったら色々教えてもらう約束になってるから、弟子の私としては師匠が女の人にセクハラ紛いの視線を向けない様に注意する義務があるの」
パニック継続中のアニタには届かなかった。
そんな苦しい言い訳をするアニタに、面白い玩具を見つけたようにニヤニヤとした表情のレーネはさらなる追撃を加える。
「色々って?」
「色々は色々よ」
「ふ~ん、言えない様な事なんだ?」
「ち、違っ、そういう意味じゃ」
「若い男女が二人っきりで、アニタは何を教えてもらうつもりなのかな~?」
店内に響き渡ったアニタの絶叫はもはや言語化できるしろものではなかったという……。
色恋沙汰に耐性のない所を散々弄られたアニタは最後にはおかんむりになり、苦笑いで謝るレーネの店を後にしてからもそのフラストレーションは一向に治まらない様で、現在進行形でアシルの後ろで何やらブツブツ文句を言っている。
アシルはアシルでさわらぬ神にたたりなしという事で、商店街で非常食や薬などの装備を整えながらレーネからの情報の裏付けを行い、そして十分な確信を得たと判断して、コールセンとは反対方向に進む一本道のルートを歩いている。
「ちゃんと聞いてる? いい? もし念についてアナタが教えてくれるとしても破廉恥な事したらダメなんだからね」
「はいはい、分かってますよー」
「ホントにレーネったら勝手な事を……って、ここどこ?」
アシルが何回目か分からない適当な受け答えをしていると、ようやくアニタは現実に帰って来たようだ。
「そのレーネに教えてもらった道。一応他の所でも裏取ったし、たまに風に乗って血の匂いがするから当たりの可能性が高い」
と、答えつつ
「(そんな情報はなかったけど、危険な魔獣がいるだけの可能性もあるけどな)」
胸中で付け加える。
「血の匂い……する?」
アニタはクンクンと鼻を空に突き出す。
「食材集めでそういう感覚も鍛えてきたからな。常人より鼻が利くんだ」
「へぇ~、便利」
その辺の感覚の有る無しは、危険な生物のいる山や森に入る者にとって死活問題となる。
「ところでバニッシュさん」
「アニタでいいよ。私もアシルって呼ぶし」
「OK、アニタ。血の匂いから分かる通り、この先から冗談なしで死ぬ可能性がある」
アニタは真剣な表情になり、一度深呼吸して頭を切り替えてからしっかりと頷く。
「アニタの目標は復讐の成功だ。今無理をしてハンター試験に合格しなくても、念を覚えてから来ればずっと安全で楽に合格できる。念の修行にかかる年月を考えれば、再受験も修行の一部で時間的なロスはない。今アニタの目の前にある選択肢は、命を危険にさらしてでも今回合格し正規のルートで念を学ぶか、対価は必要だが安全第一で裏ルートで念を学ぶかの二つ。どっちが正しいなんて正解はないけど、復讐を成功させるために引き際だけは間違えないようにして欲しい」
「分かってる。大事なのはこの手で復讐を成し遂げること。焦って失敗しては元も子もない」
「そうだ」
確認するように、視線を合わせ頷き合う。
「死ぬような無茶はしない。でも、今の実力でどこまで通用するかやるだけやってみたい」
「袖触れ合うも多生の縁。できる範囲でサポートしてやるよ」
「……ありがと」
「その度に貸しが増えて行くけどな」
「お、お手柔らかに」
ファーストコンタクトは最悪だったが、ここに来てようやく笑いあえるようになった二人。
目標が復讐という暗いものであっても、笑っちゃいけないわけじゃない。
楽しかったり、嬉しかったり、生きるためのエネルギーは力になる。
復讐を成し遂げてもアニタの人生は続く。
その先でも笑っていられるように、笑い方を忘れちゃいけない。
アニタの笑顔を見て、そう思うアシルだった。
サブタイトルに四文字熟語を使いたかったんですが、呉越同舟じゃ意味が合わなくて、そして他に思い付かず断念。
仲良くなって一緒に行動したり協力したりする様を表す四文字熟語、どなたかご存じないですか?
受験者はライバル同士だから呉越同舟でも間違ってはいない気もするんですが「敵同士が一時的に協力する」だとどうにもイメージに合わなくて……。