というか、それしかありません。
今作のアニタは、アニメと比べて口調と性格が変わっています。
ハンター試験の予選が行われるタナンへ向かう飛行船内。
ラウンジは先頭にあり、進行方向が一面ガラス張りになっていて一望できるようになっている。
そんな子供ならガラスにへばり付き目を輝かせ、カップルなら自分たちだけの空間を形成していそうな絶景ポイントだが、今は気まずい空気に支配されていた。
原因は、ラウンジを独占している二人の男女。
そもそも服装からして場違いである。
男、アシル・ブルールは深いカーキ色のミリタリージャケットとパンツに黒のコンバットブーツ。
女、アニタ・バニッシュも趣は違うが似たような武骨な格好をしている上に、こちらは所々切れたり汚れたりしている。
しかも、違うテーブルに付いているのにも関わらず、アニタは険悪な雰囲気を隠そうともしていない。
そんなアニタを視界の端に収めながら、アシルは次の行動を取りかねていた。
バトルロワイヤルの最後の30分間、アシルとしてはアニタと戦う気はなかったのだが、それではアニタが納得せず、妥協案として「乱取り稽古でアニタが一撃でもアシルに入れられたら真剣勝負に応じる」としたのだが、案の定と言うか終始アニタが手玉に取られる形でタイムアップとなった。
その結果ゆえのアニタのおかんむりである。
「(どうしたもんかね)」
アシルは女の子に甘い。
それはフェミニストや女誑しとかではなく、幼い頃から「女の子には優しくしなさい」とシャルロットに躾けられてきたからだ。
それはもうアシルの魂レベルに刻み込まれてしまっている。
だが今回は「どう優しくするか」でアシルは悩んでいた。
アシルは、復讐には賛成だ。
だがさっきまでの組手で、暗殺を生業にしている相手に対してアニタでは実力不足だと判断している。
では、どうするべきか。
その答えを出すためには情報が足りず、それを得られたとしても前提条件によっては意味のないものになってしまう。
「(でもまぁこのまま放置って選択肢はないからな)」
アシルは話す内容を頭の中でまとめてから、アニタの目を盗んだ隙に絶を行い、そっとアニタの正面の席に座る。
別に驚かせる意図はなく、ただ近付く過程で逃げられたくないがためだ。
突然の椅子の軋む音に驚くアニタだが、その原因がアシルだと分かるとあからさまに不機嫌な視線を向けて来る。
その反応は織り込み済みだったアシルは何でもない様に振る舞い話しかけようとするが、
「バニッシュさ――――――」
「何も言わないで」
アニタに機先を制されてしまう。
そしてアニタは手も足も出なかったストレスをまとめてぶつける様に一方的にまくし立てる――――――が、
「どうせアナタも復讐なんて止めろ。復讐なんて虚しいだけだとか言うつもりなんでしょ? そんなのはもう聞き飽きてるの。所詮は他人。同じ境遇、大切な人が殺された事のある人にしか私の気持ちなんて分からない。私は両親の仇を討つまで絶対に諦めたりしない」
「悪いんだけど、俺は復讐には賛成だ」
「……………………え?」
予想外のアシルの切り返しに、さっきまでの威勢はどこへやら、アニタはまさに鳩が豆鉄砲くらった様な素の表情を浮かべる。
「でも、バニッシュさんの実力はお世辞にも高いとは言えないとさっきの組手で分かった」
「ぐっ」
触れられもしなかった事実にアニタは反論できず言葉に詰まる。
「だからこそ聞きたいんだけど、親の仇が誰だか分かってるなら教えて欲しい」
「なんでそんなこと聞くの?」
せめてもの抵抗のつもりなのか、素直に応えようとはしない。
「有益な情報を提供できるかもしれないから」
「有益な情報?」
「あぁ」
アニタはその答えを訝しむ様にしばらく考え込んでいたが、話しても不都合はないだろう結論付け、仇の名を告げる。
「ゾルディックとはまた……」
「知ってるの?」
「一般的な知識くらいは。ククルーマウンテンに居を構える世界最強の暗殺一家だろ? 家が地元の観光名所になってるっていうのにプロのブラックリストハンターが手も出さない超大物じゃないか」
アニタが船長の問いに対して暗殺一家と答えていた時点で嫌な予感がしていたアシルだったが、予想以上の大物に驚きを通り越して呆れてしまう。
しかも、その中の誰かまでは分からないらしい。
「それでも私は…………」
「諦めない」そう、アニタの瞳が語っていた。
その暗く冷たい、しかし激しい確固たる決意に、アシルは「ふぅ」と一息付いてから事前に考えていた要件を切り出す。
「バニッシュさん、さっきも言ったけど俺は復讐には賛成だ。 俺だって大切な人が理不尽に殺されたら泣き寝入りなんて出来ないだろうから。 だけど、返り討ちに遭うのは論外として、刺し違えるのも駄目だと思ってる。 何で相手を殺すのに自分の命を捨てなきゃいけない。 親御さんを無残に殺したゲス野郎の命と、親御さんが愛を注いできたバニッシュさんの命は決して等価なんかじゃないだろ? それに仇を討った後に親御さんの墓前に報告に行かなきゃいけない。 だから仇討ちは前提条件として自分が死なない事が絶対だと思ってる」
復讐を止めるのではなく、復讐を成功させるために死んではいけないという新しい考え方にアニタは目を見開く。
「世界最強と名高いゾルディック相手に安全を期すなら、金にモノを言わせて、寝込みに回避不可能な量のミサイルを撃ち込むとか、罠にはめて毒ガスとか、目には目をの精神でやり方はいくらでもあるけど、そういうのは――――――」
「そういう卑怯な手段は出来れば使いたくない」
「じゃあ、やっぱり自分の手で?」
「うん」
「そっか」
半ば予想できた答えだったが、その答えの難易度を考えると頭が痛くなってくる。
が、無駄死にさせるのは忍びない。
現状ではゼロの可能性を数%くらいには上げてあげたいアシルは話を続ける。
「それならバニッシュさんは絶対に知らなきゃいけない技術がある」
「技術?」
「そう。こっからは機密情報になるけど、いいか?」
「えぇ」
「高いぞ?」
「なっ」
「冗談だ。貸し1な」
「……分かった」
どさくさに紛れて貸しを作っておく、したたかなアシル。
とは言っても、アニタが暴走しそうになった時の交渉材料として使う腹積もりなのだが……。
「ハンター試験には表と裏がある。表は俺たちがこれから受ける試験だ。そして裏は、表を合格したものだけが学ぶ事が出来る『念』の習得」
「念…………」
「念とは生命エネルギーをオーラとして扱う技術の事で、ザックリと分かり易く言うと超能力が使えるようになる。例えばこんな風に」
そう言うが早いか、アシルがアニタの手に触れた途端、
「え、あ、な……にを……」
アニタは意識をなくし、机に突っ伏した――――――が、数秒後にすぐに覚醒する。
「う、ううん……って、あ、あれ?」
正面のアシルを見て、周りを見て、もう一度アシルを見て、やっと現状を思い出したようだ。
「今のが?」
「そう、俺の念能力。能力を他人に知られる事は命取りだから、詳しくは教えないけどな」
アニタの表情に不満の色が窺えるが、アシルは華麗にスルー。
別にバトルを専門にする気はアシルにはないが、美食(?)ハンターだって食材を巡って戦う機会がないわけではない。
しかもマフィアと縁故を持つなら注意してし過ぎるという事もない。
「体験してもらって分かったと思うけど、念能力者に対して非能力者はあまりに無力だ。それは『雪山登山に普段着で行く様なもの』と例えられるほどに。そしてそんなハンターにも手が出せない犯罪者はもちろん――――――」
「念能力者って事ね?」
「あぁ」
「何でアナタはその事を…………って、ご両親がハンターだって言ってたっけ」
「そういうこと」
アニタは背もたれに体重を預け、目を閉じ、情報を整理する。
目の前の少年に30分間の組手で全く歯が立たなかった事を思い出し、そこから自分と仇の戦力差を推し量ってみるが、世界最強の肩書が話を行く以前よりもさらに遥か遠くに感じられた。
「それを今教えてもらう事は?」
「しない。しない方がいい。どんな技術も付け焼刃が一番悪い。それに俺から聞くよりも試験に合格して、ちゃんと指導の資格を持ったハンターに習った方がバニッシュさんのためになる」
「じゃあ、何でこんな話を?」
「試験を受ける前から不謹慎な事を言うようだけど、バニッシュさんが試験に落ちた時の保険だな」
「それって」
「連絡してくれれば、俺が直接教えるか、信頼の置ける人を紹介するよ」
「もちろん条件次第だけどな」と付け加えておく事も忘れない。
そんなアシルの復讐に直接的に協力する姿勢が余程意外だったのか、キョトンとした素の表情になるアニタ。
それを「可愛いな」と思いながら、しかし指摘したら引っ掻かれるのが目に見えているので胸中に留め、アシルは補足を入れる。
「念の基本の習得だけなら個人の資質にも因るけどおよそ半年から一年。そこから応用を身に着けて、それを実践に耐えうるものにするのにまた半年から一年。だから最低でも一年、出来れば五年は見て欲しい。それだけやっても相手がゾルディックじゃ厳しい事に変わりはないけど」
「五年……」
可愛かった表情は苦虫を噛んだ様に歪む。
「誰も強制はしない。バニッシュさんが決める事だ」
俯くアニタ。
アシルはそれ以上何も言わずただ待っていた。
そして――――――
「大丈夫。やってみせる」
再度開かれた瞳には覚悟の光りが灯っていた。
その後は互いの携帯番号を交換し、オーラを感じるための瞑想や座禅といった修行を看ている間に、飛行船は目的地に到着した。
ゾルディック家に喧嘩売るとか自殺行為すぎる。
運良くおびき寄せたのが一発で親の仇だったとしても、そして何とか勝てたとしても、その後絶対に報復される。
このままだとアニタの運命は死亡フラグ満載だ。