ハンター試験最終試験は、残った10名で「落としたい者」を各自投票し、1番投票数の多かった者と投票した者全員で戦い、負けた方が失格という変わったシステムの試験で、合格人数、試合回数が決まっていない事からそこに駆け引きの要素が生まれている。
戦闘を回避する方向で動くアシルとアニタだったが、他のメンバーはというと―――――――――――。
「また面倒くせぇテストだな、おい。ゴン、クラピカ、どうする」
「そうだな。試験官が言った最後の一人まで云々はないと見ていいだろう」
「そうなのか」
「あぁ、それならトーナメントやバトルロワイヤルでいいからだ。わざわざ投票という回りくどい手段を取っているのは、求められている戦闘力の中に相手の力量を計り、適わない相手の場合は回避または撤退を選ぶ事ができるかという項目が入っていると考えられる。人数を考えると、試合数はあって1回か2回。そんな所だ」
「つまり弱い奴を狙えばいいって事だな」
「そういう事だ」
「俺は……」
「ゴン?」
「俺はヒソカとやりたい」
「無茶だ。ゴンもアイツの強さは分かっているはずだ。賢い選択ではない」
「そうだぜ、ゴン。ライセンスまでもう少しなんだ。わざわざヤバい橋を渡るこたぁない」
「うん、分かってる。でも俺、アイツから逃げて合格できても素直に喜べないと思うんだ」
「ゴン……」
「ちっ、仕方ねぇなぁ」
「レオリオっ」
「いいじゃねぇか、クラピカ。好きにさせてやれよ。どうせ言ったって聞きゃあしないんだろ」
「ごめん」
「いいって事よ。その代わり手助けはしねぇぞ。俺は卑怯だろうが何だろうが絶対合格して医者になるんだからな」
「うん、レオリオなら絶対良いお医者さんになれると思う」
「へへ、当然だぜ」
「ふぅ、全くお前たちは……」
「クラピカ……」
「すまないな、ゴン。私にも譲れないものがある。そのためにライセンスが必要なんだ」
「気にしないでいいよ。これは俺の我が侭だから」
・ゴン→ヒソカ
・クラピカ→ポドロ
・レオリオ→ポドロ
「厄介なテストね」
「こういう時、真っ先に狙われるのは女子供って相場が決まってるもんなんだが」
「だが、何よ」
「どうも残ってる面子は甘ちゃん揃いみたいだねぇ」
「え、本当に」
「あぁ、視線が全然こっちに来ない。強いて言やぁアニタんとこくらいか」
「それなら上手くすれば」
「戦わなくて済むんじゃないか」
「それにしてもよく分かったわね」
「スナイパー、ナメんなよ」
「じゃあ、頼りなるスナイパーさん。一番人気のないのは誰かしら」
「元針男だね」
「あぁ」
「アニタの連れが言うには超危険人物。ま、元がアレじゃあみんな避けたいだろうね」
「それならピエロだって」
「見てみな」
「あ……」
「あの坊やは熱烈なアピールを隠す気もないみたいだよ」
「そうみたいね」
「で、どうする」
「う~~ん、逆に一番人気は誰そう」
「武道家のオッサンとチンピラとイケメン少年」
「あぁ、方向性が分かったわ」
「ピエロと坊やは相思相愛。アニタ達は私達を選んで戦闘回避。針男はよく分からないけど、後はガチンコバトルがしたいと」
「チンピラとイケメンはタッグでしょうから、針男が武道家を狙うなら三票。そうじゃないと二票で戦わなくちゃいけなくなるか。1回戦って終わりなら私達も武道家を狙えばいいけど、次を考えるならチンピラとイケメンのペアは邪魔ね」
「かと言って、オッサンと針男のターゲットが分からないとこっちも選びようがないか。よし、ちょっと待ってな」
「え、ちょっと」
数分後……。
「オッサン、チンピラに入れるってさ」
「まさか直接聞きに行くとは思わなかったわ」
「意外とすんなり教えてくれたぜ」
「ま、まぁいいわ。じゃあどう動くか決めましょう。このまま行くと武道家が落ちる可能性が高い。私達が協力するならチンピラを潰せる」
「坊やに入れて、ピエロと戦ってるのを傍観してるって手もあるな」
「ピエロがこっちに手を出して来なければね」
「……アリそうだな」
「却下ね」
「却下だ」
「話を戻しましょう。1回戦でチンピラを潰した場合、2回戦もまた武道家と共闘してイケメンと有利に戦える可能性が高いわ。逆に武道家を先に潰した場合、2回戦にチンピライケメンペアと共闘しようとすると標的に困る事になるわね。だからその場合はアニタ達に共闘を持ちかける事になると思う」
「そしたら4対1で戦える上にアニタの連れの実力も拝めるか。うん、そっちにしようぜ」
「……そうね。そうしましょうか」
・スパー→ポドロ
・ポンズ→ポドロ
「(ここにいるのは、厳しい試験を勝ち残ってきた猛者たち。故に女子供と侮る気はないが、武人として己自身が本気を出せないのであれば仕方がない。加えて強者と闘うのは武人の本懐だが、相手の力量を見極め、無謀と勇気を履き違えないのもまた武人としての器量というもの。そうすると候補はわずかに2人。女性と見間違える程の美少年と、どう見ても堅気には見えない男。スピードで翻弄するタイプとパワータイプと見ていいだろう。どちらとやっても良い勝負ができると思うが、より相性の良い相手を選ぶとするなら男の方か)」
・ポドロ→レオリオ
「(キルが試験受けに来てたのは驚いたけど、無事に送り返せて良かった。ハンターとして登録するのはキルにはまだ早いから。第二次成長が落ち着く18まではじっくり体を鍛え抜いて、それから念を覚えさせる)」
「301番イルミ」
「(キル程の才能なら1年もあれば一端の使い手になれるだろうし、3年もすればブラックリストハンターに襲われても心配なくなる。ライセンスはそれからでいい。キルは自分がゾルディックで常に命を狙われている自覚が薄いから心配。針が入ってるから無茶な事はしないだろうけど、お兄ちゃんの変装に気付かなかったり、ギャンブルで熱くなったり、肝心な所でまだまだお子様だからその辺もしっかり鍛えてあげないと)」
「301番イルミ・ゾルディックっ!!」
「なに」
「なに、じゃない。投票だ。早くしろ」
「あぁ、44番……と405番以外だったら誰でもいいんだけど(ヒソカは面倒くさいし、キルとの約束だからあの子供には手出せないし)」
「知るか。誰でもいいならさっさと適当に選べ」
「仕方ないな~~。じゃあ、はい」
・イルミ→スパー
「(いい眼だ。真っ直ぐで力強い。念を覚えたら絶対強化系だろう。僕と相性バッチリ。くっくっく、それに彼、このシステムじゃ僕と戦えないって気付いてないみたいだね。まぁ肩透かしを喰らってガッカリする顔を見るのも面白そうだ)」
・ヒソカ→ゴン
というわけで最終試験、1回戦の投票結果は以下の通りとなった。
4票:ポドロ
2票:スパー
1票:ゴン、ヒソカ、ポンズ、レオリオ
選ばれたポドロは4対1で戦わなければならない厳しい状況に一瞬顔を歪めるが、人生の大半を費やした武の道で培われた精神力ですぐに気持ちを立て直し、逆に闘志に満ちた獰猛な笑みを浮かべる。
「(4対1とは相手にとって不足はない所かむしろ過分な状況。これだけこちらが不利ならば女人だろうと手加減している余裕はない。そう考えればこの劣勢も悪くはない)」
それに対して多勢に無勢で攻める事になる4人はというと、良い意味では肩の力が抜け、悪い意味ではいささか緊張感に欠けていた。
その中で比較的冷静に現状を見据えていたクラピカが「数の暴力で押し切るのも有効だが、次がある事を考えると安全にかつ効率的に勝利を掴むために最低限の連携が必要だ」と考え、試験官に時間が欲しいと具申するが、あえなく却下される。
理由は、数で勝(まさ)っている上に策まで弄(ろう)しては不公平過ぎるという至極もっともなものだった。
これは裏を返すと、1人で立ち向かわなければならない側は、その連携の悪さの隙をつけという事でもある。
それに瞬時に気付いたクラピカが注意を喚起しようと口を開くも「それでは、始めっ!!」その声は試験官の試合開始の声によってかき消されてしまう。
それと同時に先手必勝とばかりに飛び出すポドロ。
立ち位置としては、ポドロ、スパーとポンズ、クラピカとレオリオが一辺10m程の距離を離して正三角形を作っている。
ポドロが最初に狙ったのはスパー。
見た目で唯一飛び道具を持っているのを危険視したためと、やはり最後に1対1で女性を相手にするのを嫌ったためだ。
銃を構える前に一気に懐に飛び込まれたスパーは苦し紛れにライフルを鈍器として打ち下ろすが、ポドロは片手を添えるだけでその軌道をそらし、がら空きのみぜおちを下から突き上げる様に掌底を打ち込む。
体が浮く程の一撃に意識を刈り取られた彼女が自分の方へ前のめりに崩れ落ちる所をそのまま背に載せ、遠心力をつけて近くにいたポンズに投げつける。
ポドロの初撃に驚いたポンズはバックステップで間合いを空けていたが、行動を共にしていたスパーが投げつけられた事でとっさに受け止めるという選択をしてしまう。
しかしこれは悪手で、悲しいかな体格差と勢いに負け後方へ転がる様に押し倒されてしまう。
それは敵に無防備な姿を晒してしまう致命的なミスであるはずだったが、対象がポンズであったためにそれは彼女に有利に働いた。
倒れた衝撃でポンズの帽子から防衛本能に従い大量の蜂が現れたのだ。
これには追撃しようとしていたポドロも大慌てで回避を選択するしかなく、しかし勢いがつき過ぎていたため直進するエネルギーを殺すにはタイムロスが発生してしまう事から、エネルギーはそのままに方向だけズラすのが精一杯であった。
だが結果的に見ればこの選択は正しく、もし一旦停止してからバックステップをしていた場合、迫る蜂の方が早く囲まれてしまっていただろう。
しかし正しい選択をしたからといって、それはイコールで無傷で切り抜けられた事にはならない。
ポドロは飛び退いている最中に肌が露出している首筋、右手の甲、左足首に文字通り刺す様な痛みを感じ、着地と同時に振り払うが、時すでに遅し。
神経系の麻痺毒が患部の感覚をじんわりと犯していく。
幸い、と言っていいか判断の難しい所だが、蜂の毒はそこまで強力ではないため大量に刺されない限り行動不能にはならない。
しかし感覚が失われた事によって、利き手の拳は上手く握れず、片足の踏ん張りが利かないため体のバランスが崩れてしまっている。
視線で少年と男を牽制しながらそれを確認したポドロは、己の勝利の可能性が限りなく低くなった事を悟った。
故に葛藤が生まれる。
武道家たる者、引くべき時には潔く引くべきだという考え。
いや、地に足を付けて立っていられている内に負けを認めるなど武人の恥という考え。
どちらも正しく、それ故に決断できない。
迷っているポドロだが、同時に周囲への警戒を解いてはいない。
ライフルを持っていた女人はまだ意識が戻っていない。
蜂を従えた女人は気絶した女人の下から這い出すと、意識がない状態で巻き添えをくわない様に上に載っていた女人を壁際へ移動させ様としている。
木刀二刀流の美少年と素手の男は蜂に警戒しつつ、こちらの出方を窺っている。
ポドロはもしこのまま戦った場合のシミュレーションを瞬時に行う。
蜂に刺されながら特攻し、女人の意識を一撃のもとに刈り取る事は可能だと思うが、己もそこで力尽きる事が目に見えているため、その手段を取るならばそれは最後だろう。
かと言って、少年と男を同時に相手にするのは分が悪い。
1対多の場合はいかに各個撃破するかがポイントだ。
ゆえに少年と男、どちらを主に相手をし、もう一人を牽制するか。
どちらを先に倒したいかと言えば一撃の力のある男の方だが、フットワークの軽い少年を牽制しながら戦うのは得策ではない。
よって、己、少年、男と直線になる様に誘導しながら戦うのがベスト。
足のハンデからフットワークでは敵わないだろうが、フェイントを織り交ぜて誘導するのは難しい事ではないだろう。
そこまで考えて戦う気満々の自分に気付き、クッと自嘲が漏れる。
齢50を越えて引き際を考えられるくらいには賢くなったが、結局その場になってみれば戦う以外の選択肢はやはり選べない。
「(これも性分か。ならば仕方ない)」
開き直りとも言うべき精神状態だったが、それゆえに清々しく、覚悟は決まり、思考が攻勢に切り替わる。
「(手が使えなければ肘で、踏ん張りの利かない足なら膝を撃ちこめばいい。そのために距離を潰す)」
気持ちが決まり、やるべき事も定まれば、後は行動するだけ。
「行くぞっ!!」
ポドロは気合の咆哮をあげ、クラピカへ向けて飛び出した。
最終試験1回戦。
結果は、奮闘空しくポドロの脱落となった。
距離を詰めたいポドロと、相手の意図を読み機動力を生かした徹底したヒット&アウェイで攪乱したクラピカ。
そこに背後を取るように動いたレオリオがチャンスは少ないものの要所要所で攻撃を加えて行き、例えるなら削り勝ちという内容だった。
ちなみにスパーは試合中に目を覚ましたが傍観に徹し、ポンズも空気を読んで特に何もしなかった。
結果だけ見れば大方の予想通りだったが、過程に目を向ければ、長年にわたり武を修めてきた者に対する評価が甘かったと言わざるを得ないものだった。
今回は難産でした。
しかも最後はダイジェストに……。
ポドロにスポットを当ててみたかっただけなんですが、戦闘描写苦手なためにとんだ災難となってしまいましたorz