二次試験が終わり、一晩飛行船に揺られてたどり着いた先は、山から一転して一面の大海原……という事もなく、相変わらず眼下に広がるのは見渡す限りの森、森、森。
現在アシル達が立っているのは森の中にそびえ立つ剥き出しの岩山、その頂上部分。
だが不自然に平らな事から、人の手が入っている事がうかがえる。
「南の島でバカンス気分でサバイバル試験とか期待してるんだが、なかなかそうも行かないか」
そんな愚痴をこぼすアシル。
受験生たち全員が飛行船から降りた所で不意に地面の一部、人一人が通れる程の範囲、10cm程の厚みのある石板が下から持ち上げられる形で開き、周囲が驚きと警戒に染まる中、一人の男性が這い出てきた。
吹けば飛ぶようなヒョロッとした体型にちょっと長めの赤い髪、しかしまず目を引くのはその派手な色彩だろう。
白い羽根の付いたオレンジ色の帽子から赤い髪がはみ出し、黄色いシャツをアンダーの黒が引き立てる。
下は緑のタイツに茶色のブーツ。
「……なぜ、タイツ?」
随分と奇抜な好みをしている御仁のようだ。
「俺は三次試験の試験官、トレジャーハンターのトラップ。もちろん偽名だ。家の事情ってヤツでな。家は代々続く大盗賊一家なんだが、面倒くさい事に当主はこの名前を使わなくちゃならないシキタリなんだ」
念能力の事を考えれば名前を知られる事はリスクになりえるため、伝統芸能の家に見られる名前の襲名とは違った側面があるのかもしれない。
「勘違いしてる奴がいるかもしれないが、家がやってる『盗賊』ってのは、一般人を襲って金品を強奪するようなチンケなやつじゃねぇ。まだ誰も足を踏み入れた事のない未知なる遺跡を探検し、その奥深くに眠るお宝をゲットするトレジャーハントを生業にしている由緒正しい盗賊一家だ。そこんとこ勘違いするんじゃねぇぞ」
確かに盗賊と聞くと最初に頭に浮かぶのは粗野で粗暴な強盗団だ。
自己紹介でわざわざ訂正を入れるくらい勘違いされてきたのだろう。
苦労がしのばれる。
「んで、てめーらの試験だが、てめーらが今立ってる足の下が試験会場だ。ここは元は山をくりぬいて作った天然の要塞でな。敵に攻められた時のために色々とトラップが仕掛けられている。そりゃもうテンコ盛りって感じでな。しかも、今やそれも俺自ら改良を加えたスペシャルヴァージョン仕様だ。試験官からの愛の鞭に嬉しくて涙が出てくるだろ」
「こいつ最悪だ」誰かが呟いた。
「まぁ、巨大なアスレチックコースとでも思ってくれればいい。ただし、命がけのな」
最後の言葉と共に受験生たちを脅すように試験官から一瞬オーラが放たれる。
それを防ぐ手段のない非能力者の受験生たちは得体のしれないプレッシャーに圧されるが、それで怖気づく様な臆病者はここにはいない。
……訂正、一人だけ尋常じゃない表情で飛行船の物陰まで退避した少年がいた。
「ふん、いい面構えだ。じゃあ始める前にてめーらで好きに三人組を作りな。この試験はスリーマンセルで挑んでもらう。ルートによっちゃあ一人じゃ解除できないトラップとかあるからな」
メンチの二次試験で必要性を説かれたチームワークが、次でさっそく試されるようだ。
「さてと、アニタ、後一人どうす」
「アシル、ごめん」
「は?」
アシルは当然アニタと組む事を前提にもう一人をどうするか相談しようとした所、いきなり両手を合わせたアニタに頭を下げられる。
「えっと、どうした」
「今回は私、アシルとは別行動しようと思ってて」
「なんでまた」
「それは……言えない」
「ふ~~ん」
最初は驚いたが、すぐに持ち直したアシルはアニタの言葉を吟味する。
最後まで責任を持つと覚悟を決めた直後のこの申し出には正直戸惑う部分もある。
加えて、念に目覚めたばかりのアニタをフォローできない状況に不安がないと言ったら嘘になる。
しかし、同時に過保護過ぎるのもどうかと思うのもまた本音。
数秒悩んだ末に選んだ答えは、
「ま、いいんじゃないか」
軽い感じの同意であった。
「ホントにごめん。でも、ありがと」
「怪我しない様になるべく纏(てん)の状態でいる様にな」
「分かった」
「じゃあ。ゴールで会おう」
「うん、またね」
後ろ姿を見送っていると、どうやら女性同士で組むつもりらしく声をかけている。
片方は小柄な体型に大きな帽子がトレードマークのポンズと、もう片方はライフルを背負った20台後半と思われる長身な女性だ。
アシルの目には、狩りは狩りでも人間を狩っていそうなタイプに見える。
さておき、自分はどうするかと思い周りを見渡すと、針男とピエロの念能力者二人組みと、一般人だが優秀と言っていい二人組が目に付いた。
二次試験通過が38名、3で割ると2余るので、アシルが入らなかった方が2人組みという事になりそうだ。
「悩むまでもないな」
迷わず一般人の方に声をかけるアシル。
まぁ、当然の選択と言えよう。
二次試験では悪目立ちしかしていなかった自覚があるアシルだが、一次試験において途中アニタを背負うなど驚異的な体力を見せたのが功をそうしたのか快く迎え入れられた。
試験官が二人組を容認している事から三人でなくても試験は合格できると推察でき、足手まといが出来るくらいなら二人でいいと考えていたらしい。
とりあえず、まずは自己紹介からと簡単なプロフィールを交換するが、
「二人ともコスプレなのかツッコミ待ちなのかどっちだ」
「どっちでもねぇよっ!!」
「彼はどうあれ、なぜ私まで」
「てめーも敵かっ!!」
耐えきれなかったアシルの疑問に、二人とも憤慨している様子。
一人は自称忍者のハンゾー。
彼から名刺をもらったアシルが即座に「ないわ~~」と切り返しそうになった事については共感してもらえると思う。
仮に忍者のコスプレだとしても、いやむしろ本物だからこそイメージというものを大事にしてもらいたい思うのはワガママなのだろうか。
しかし一次試験を見る限り、あの強行軍を常にマシンガントーク全開で難なくこなせる異常な体力と、崖登りで見せた身のこなしは非念能力者の受験生の中では間違いなくトップクラス。
だからこそ余計に色々残念に感じてしまうアシルだった。
そしてもう一人は一次試験の最中に上半身の裸を晒した事で周りにいた男達の心の支えを完膚無きまでに打ち砕いた中性的な顔立ちに金髪の美青年クラピカ。
チンピラ風の男やお子様たちと一緒に行動していたのはアシルも目に留めていたが、スリーマンセルという事で自分から外れたそうだ。
子供たちのために年長のチンピラを残したのか、はたまた身体能力で劣るチンピラを気心の知れたメンバーで組ませてやりたかったのか、どちらにしても彼は随分とお人好しなようだ。
「いいかっ!! 俺はれっきとした正真正銘本物の忍者だ。昨今の忍者は営業努力くらいするもんなんだよ」
「また夢の無い事を」
「世知辛い世の中だな」
「うるせー。夢じゃ腹は膨れねぇんだ」
「ところで、なぜ私までコスプレ呼ばわりされなけばならないんだ」
「いや、だってその民族衣装は一部じゃ有名過ぎるだろ」
「っ!?」
「そうなのか」
「あぁ、もしクラピカが本物なら命の危険のあるそれは隠すべき事だろう」
「……」
「だから趣味の悪いコスプレかと思ったんだが、どうやら俺の勘違いだったらしい。生き残りがいたとはな」
「知って……いるのか」
「当時、結構ニュースで騒がれてたからな。俺以外でも気付いてる奴がいると思うぞ」
「そうか」
「余計なお世話かもしれないが、気を付けた方がいい」
「忠告、感謝しよう」
アシルが目を付けた民族衣装だが、これはクルタ族と呼ばれる一族のものだ。
世界7大美色の1つとされているクルタ族の『緋の眼』。
普段は特に変わり映えしない瞳の色をしているのだが、感情の高ぶりによって瞳が赤く染まる。
そしてその状態で眼球を摘出すると、瞳の色は永遠に緋色の輝きを保ち続ける。
人体収集家やそれに連なる外道共によって、瞳目的で襲われる危険があるため一族は外界との関係を極力断ち、さらに拠点を転々と変える事で身を守っていた。
余談だが、外界との関係を望まない理由は実はもう一つある。
それも緋の眼に由来する事なのだが、緋の眼発動時、往々にして攻撃的な感情に支配された時、クルタ族には身体能力が爆発的に上がるという性質がある。
その性質ゆえに感情に任せてやり過ぎてしまう傾向があり、過去のいくつかの事件から近隣住民から「悪魔」と恐れられ、無用なトラブルを避けるために自ら距離を置くという選択を取った経緯がある。
さて、事件が起こったのは5年前。
クルタ族が一族丸ごと虐殺され、全ての遺体から眼球がえぐり出されるという惨劇が起こった。
しかも死体の状態から、感情を高ぶらせ瞳の色をより鮮やかにするため、弱い立場の者を非道な方法で執拗に傷つけていた可能性が高いと報道された。
当時そのニュースは世界中を騒がせ、その人を人とも思わない残虐な手口によって、その年の世界10大ニュースにも選ばれるほどショッキングな出来事として人々の口に上がった。
つまりクルタ族の民族衣装を着ているという事は、誰かに命を狙われる危険があるという事に他ならない。
伊達や酔狂なら笑い話にも出来るが、本物で、かつ自覚していながら着ているとなると、その覚悟の深さも知れようと言うもの。
実際に緋の眼を見ない事には確実とは言えないが、見る者が見ればすぐ分かるような民族衣装を命の危険をおかしてまでファッションで着る馬鹿はいない。
つまり目の前の彼は本物のクルタ族の生き残りという事になる。
そうすると「彼が何を目的にハンターライセンスを求めているか」これは容易に想像がつく。
つまりはアニタと同じという事だ。
しかし、アシルは彼に関わる気はない。
「他人の事情に安易に踏み込むべきではない」という常識的な配慮がないわけでもないが、アニタの場合はあまりに本人が危なっかしかった事と、加えてシャルロットの調教、もとい教育の賜物でアシルの優しさが9対1で女性に向けられる質のせいであり、目の前の彼には残念ながら当てはまらない。
故にアシルが彼に割く配慮と言えば、この三次試験を彼が無事に合格できるように必要最低限より多めに協力しようと心掛けるぐらいである。
そんなアシル達男性陣は置いておくとして、13組中、紅一点のチームに目を向けよう。
武器はナイフだが見た目は武道家然としたアニタ。
太極拳を使いそうな服装に目立つ帽子のポンズ。
見るからに傭兵家という格好で肩にライフルをかけているスパー。
女三人寄れば姦しいとは良く言ったもので、三次試験の遺跡内部、周囲を警戒しながらも会話に花が咲く。
「ねぇねぇ、アニタは彼とどういう関係なの」
「彼って、アシル?」
「他に誰がいるのよ」
「まぁ、そうだよね」
「あぁ、あの試験官と修羅場ってたやつか」
そして年齢に関係なく恋バナに関して女性の関心は高い。
「メンチさんはそういうんじゃないから」
「アシルもそう言ってたけど信用できるの?」
「アシル? 言ってた?」
「あぁ、うん、二次試験の最中に彼に会ってね。少し話したのよ」
「……へぇ」
「ちょ、そこ引っかからないでよ。お互いの実家に取引があったってだけで、私達には特に何もないんだから」
アニタが纏(てん)をしている事で剣呑な雰囲気がダイレクトに伝わり焦るポンズ。
誤解で嫉妬されては面白くない。
「ウソウソ、アシルは見た目通り紳士だから変な勘ぐりなんかしてないよ」
「ほぅ、見た目通りかはさておき、随分と高く買ってるんだな」
「うん、優しくて気配りが出来て強くて守ってくれて、ホントはちょっぴりエッチだけど、でも無節操に手を出す人じゃない」
「加えて、一つ星の美食ハンターと肩を並べて料理ができる男ってか」
「しかも実家はVIP御用達のレストランで、その跡取り息子……って、何その完璧超人」
ベタ褒めのアニタにスパーが乗っかりポンズがツッコむ。
「それだけの男なんだ。周りの女も放っておかないんじゃないかい」
「うん、メンチさんいわく、マフィアのお嬢さんですぐ銃を抜くのが玉に瑕だけど、同性ですら振り返るくらいの美人で、なおかつ完璧なプロポーションをした幼なじみがいるんだって」
「待って。前半に聞き流しちゃいけない部分があった気がするわ」
「私が言うのも何だが、物騒なお嬢様だな」
「まぁ、いくら撃ってもアシルが全然平気だからって言うのもあるらしいんだけど」
「それも凄いわね」
オーラで強化した身体能力だけでも躱し続けられるアシルだが、全身に硬(こう)をすればそもそも普通の銃弾は効かない。
「参考までに聞きたいんだが、あの坊やはどんくらい強いんだ」
「アシルいわく、受験生の中ならトップ3に入るって。ちなみに4位から10位までは空席で、11位に同着で99番の少年と294番の忍者の人だって言ってた」
「はんっ、随分と大きく出たな」
鵜呑みにする気のないスパーは鼻で笑って切り捨てる。
「トップ3の他の2人は?」
「ピエロと顔面針男。戦ったら瞬殺、逃げても無駄、もし対面したらすぐ命乞いしろって言われてる」
「そ、そんなになんだ」
ドン引きしながらも自分も注意しようと心に決めるポンズ。
「坊やの言ってる事を信じるんなら、坊や自身もそういう手合いって事になるんだが」
「とりあえず私は本気で30分間ナイフを振り続けてカスリもしなかった」
「銃弾避けられるならそのくらい余裕そうよね」
「ま、次の試験辺りで実際に見られるかもしれないからな。せいぜい楽しみにしてるさ」
「ところで話を戻すけど、それで彼とマフィアのお嬢様は付き合ってるの?」
「まだだって」
「まだって事は」
「うん、お互いに好意は持ってるみたい」
見るからにドンヨリした雰囲気を醸し出すアニタ。
纏(てん)をしているから始末が悪い。
「おいおい、そう落ち込むなって。そりゃあひっくり返せば、まだ付き合ってないって事だろ。じゃあ、早い者勝ちだ。今夜にでも押し倒しちまえ」
「お、おし、押し倒すって」
さっきまでの雰囲気が一転、スパーの発破に盛大にキョドるアニタ。
「処女なんてな大事に取っといても意味ねぇぞ。惚れてるなら問題ねぇ。さっさと捧げちまいな」
「さ、さささ捧げ」
アニタ、許容オーバーでショート。
「過激ね」
「おっ、まさかポンズも処女かよ」
「良い相手がいないだけよ」
「じゃあ、噂の坊やなんてどうだ」
スパーが意地の悪いにやけ顔をする。
ポンズはそれに面倒臭そうな視線を返しつつ、
「悪くはないわね」
「駄目」
適当にお茶を濁そうとするが、ショート状態から一瞬で立ち直ったアニタが冷たい声で否定する。
纏(てん)も復活しており、そのオーラは周囲の気温を下げる程だ。
「だ、大丈夫、心配しないで。他人の男に手を出したりはしないわ」
「ホントね?」
「私の夢に誓って」
「そう……。あっ、何かごめんね。ムキになっちゃって」
「こ、怖かった」
アニタのオーラに圧され、若干涙目のポンズ。
「ヤンデレってやつか。初めて見たな」
「誰がヤンデレかっ」
他人には丸分かりでも、そういったものは本人は認めたがらないものである。
そんな感じでいまいち緊張感に欠けながら、しかし道行きは順調に遺跡を進んでいく女性陣であった。
試験官のトラップは、『フォーチュンクエスト』からのパクリですが、本人ではなく子孫という妄想です。
クルタ族の虐殺ですが、『シーラが怪我が治りそうになる度に自ら悪化させていた点』『その彼女がクラピカにあげたD・ハンターという本』『事件現場に残された「我々は何ものも拒まない。だから我々から何も奪うな」という流星街の決まり文句』と、旅団が緋の眼目当てに虐殺しただけと考えるにしては若干収まりの悪い展開でした。
そこで、個人的にはシーラが本に複数の付箋を貼っていた事に注目したいと思います。
ミステリーならまだしも冒険譚に付箋を貼ったりするのは違和感があります。
そして彼女はハンター志望。
もし、あれが宝の地図のような物であり、彼女がクラピカと会ったのは偶然ではなく、そもそもクルタ族の集落を探していたとして、クルタ族から必要な情報を収集し終わるまで怪我を繰り返し滞在を引き延ばしていたとしたら……。
そして彼女が消えて約6週間後に虐殺は起こっている。
つまりD・ハンターに記されたクルタ族しか入手できない何かを流星街から盗んだ……とは考えられないだろうか。
そして虐殺された死体を『発見したのは森に迷い込んだという旅の女性』となっている事から、盗む過程でバレテしまい、心配になって村に戻ってみれば……という事ではないだろうか。
なんて考察をしてみました。
作品に活かせるかは分かりませんけどね。