「ん~~、やっぱり美味しいわね。スターハニーは」
「この口当たりと香りがクセになるな」
「アシルにも会えたし、こっちの食材も久しぶりに食べられたし、試験官やってホント良かったわ」
「メンチ姉、やりきった感出すのはまだ早いぞ」
「分かってるわよ。美食ハンターとしての本番はこれからだからね。腕が鳴るわ。アシルも手伝いなさいよ」
「応ともさ」
朝からテンションの高い姉弟だが、少し現状に対する説明が必要だろう。
まず流れ蜂の蜂蜜だが、これは問題なくハントに成功している。
ただその方法は直前に見ていたポンズのスマートな所作とは正反対で、意外にも力業に頼ったものだった。
一見すると絶(ぜつ)で気配を消せばポンズと同じ事が出来ると思われるかもしれないが、匂いと体温から蜂に対してそれは通じない。
それ故、アシルはオーラの形態変化で体から一定距離離した状態で全身に念の膜を張り、防御と空気の確保を行いつつ巣の解体作業を行った。
もし後からハントに来た者がいたなら、周囲の汚染された空気で散々な事になっていただろう。
次にメンチの口にした『スターハニー』という名称だが、これは『流れ蜂』を『流れ星』にして『蜂蜜』と一緒に英語に変換してから縮めただけのもの。
商品名としてはこちらが正式名称になっている。
ちなみにスターハニーの特徴は、スッキリした後味で甘さは控え目だが、それでいて香りは花を直接口に入れたかの様に強い。
そして最大の特徴は、融点が人の体温と同じなために口溶けがとても滑らかな点だ。
最後になぜ会話に参加しているのがメンチとアシルだけかと言うと、当然アニタがこの場にいないからだが、未だに前日の昼間から寝続けていると言うわけではない。
アニタはアシルが夜中にハントから帰って来て顔を出した所で一旦目を覚ました。
真っ先に気絶前後の事を聞こうとしたが、昼夜と食事を抜いていたためにお腹が可愛らしい反乱の声をあげ、とりあえずは食事だろうとアシルが作った『ボイルした蟹の足』『蟹味噌の味噌汁』『いなり寿司』に舌鼓を打った。
食事をしながら説明を聞き、一息ついた所でせっかくの感覚を忘れないためにさっそく再度纏(てん)の修行を行うが、まだ全ての精孔が開いていないため歪な纏になってしまわない様にまずは精孔を開く事が先だろうと纏をしつつ精孔が閉じている部分を意識してオーラを押し出す様にイメージし、擬似的な練(れん)を行ったところ狙い通り精孔は全て開いたが、お陰でまたオーラを使い切ってしまい、アニタはそのまま眠りに落ちてしまった。
ちなみに寝落ちしたアニタをベットに運んだアシルは割り当てられた部屋に戻ったのだが、なぜかベットはメンチによって占領されており、悩んだ結果ソファーを選択したのは余談である。
二次試験の締め切りは時刻は13時。
朝食後メンチは早めに戻って来る受験生に対応するために飛行船の外でスタンバイしており、その横で黒服たちが長テーブルを設置していく。
特にやる事もないアシルはメンチの手伝い。
受験生が持ってきた食材をメンチが最適な方法で処理していくのをサポートする。
トリケラトプスを2m程に小型化した様な硬い皮膚と凶悪な角と牙を持った猪、三大大型種の一つで体長が10mを越えるものもいるクロコダイル、丸まって身を守るだけでなく毒の針を飛ばしてくるヘッジホッグ、地中から顔を出す前の僅かな期間だけに爆発する性質を持つそれを掘り起こさなければならない竹の子、獰猛な人喰い熊や集団で襲ってくる吸血蝙蝠などが巣くう洞窟に自生する発光するキノコ、はたまたその最奥に位置する地底湖においてピラニアの様な肉食魚に守られて浮かぶ離れ小島に生える食用苔、フェイクな果実を背中に生やし狩りをする巨大陸亀に囲まれた本物の果実などなど、様々な食材が受験生によって持ち込まれる。
そしてタイムリミットの13時。
時間までに食材を持ち帰れた受験生は38名。
出題したメンチ自身も想定していた事だが『食材を一人一つハントしてくる』という縛りが、複数ある食材を集団でハントすると言う抜け道を可能とし、これだけの合格者を出す結果となった。
「実行した人達もいるから分かったと思うけど、この試験の裏のポイントはチームワークよ。意外に思うかもしれないけど、ハンターが単独行動を取るのは稀(まれ)なの。つまりアンタ達がハンターになって任務に当たる際、その達成にはチームワークの存在が必要不可欠になるわ。各々優先順位が違ったり隠し事も当然あるでしょうけど、利害を一致させて足並みを揃えられる様になりなさい。信頼できる仲間に巡り会えれば最高だけど、いきなりは無理でしょうからまずはお互いに信用できるように歩み寄る事からかしらね」
第一印象とは打って変わって真面目でまともな試験官に対して受験生たちが驚きの声と共に見直そうとした所で、
「ま、その辺は自己責任で好きにしなさい。それよりも今は料理よ、料理♪ アンタ達に美食ハンターの何たるかを教えてあげるからちょっとそこで待ってなさい。普段はこんなサービス滅多にしないだからね。有り難く思いなさい」
シリアスな空気が一転。
「アシル、行くわよっ!!」
「応っ!!」
しかしそれをマルっと放置したまま当の試験官は弟分を引き連れて飛行船の中へと消えて行ってしまった。
「料理バカか……」
誰かが呟いた言葉にその場全員の気持ちが代弁されていた。
しかし呆れていた受験生たちも実際に自分たちが取ってきた食材が料理になって出てくると手の平を返したように口々に賞賛の声を上げる。
「うめぇぇぇぇっ!! こんなウマいもん食ったことねぇ」
いつも以上に雄叫びをあげるチンピラ。
「あぁ、これも、これも、それにこれもっ!! みんな素晴らしい料理だ」
普段のクールなイメージが崩れているのにも気付かずに箸を動かし続ける美少年。
「へぇ~~、美食ハンターって言うだけあってウチの料理人より美味いな。って、ゴンっ!! 皿ごと持ってくなっ」
「んあ?」
子供たちも嬉しそうに食べている。
「あっ、この風味は流れ蜂の……。漬け込む時間はなかったからお肉に塗りながら焼いたのかしら。やるわね」
「これは美味い。くっくっく、店に行くのが楽しみになっちゃうよ」
「うめぇ、うめぇ」
「ホントうめぇな」
「あ、兄ちゃん。それ俺が取ってきたのに」
「カタカタカタ」
「俺は忍者、俺は忍者、俺は忍者。羨ましくない、羨ましくない、羨ましくない」
端の方で一人ブツブツ言いながら自前の固形食を涙ながらにかじっている自称忍者以外は概ね好評のようだ。
一通りの料理を作り終えてアシルがすっかり立食パーティー会場になっている場に出てくると、
「アシル」
「アニタ、体調は大丈夫か。どこか変に痛かったり怠かったりしてないか」
「うん、もうすっかり。心配してくれてありがと。それよりアシルの分も取り分けてあるから一緒に食べよ。私もうお腹ペコペコ」
「待っててくれたのか。先に食べてて良かったのに」
「食事は一緒に食べた方が美味しいでしょ」
「そうだな。ありがとう、アニタ」
「えへへ、どういたしまして。さ、食べよ食べよ」
「あぁ、いただきます」
「いただきます」
料理をしない人間には分からない事だが、意外と料理人は料理をしながら味見と称してつまみ食いをしているものなので、成長期で食べ盛りのアシルとしては、さすがに足りているとは言い難いが、かと言って空腹かと聞かれれば否と答えるだろう。
しかしわざわざそんな事を言ってアニタの気分を削いでも仕方がないので、言葉を飲み込み有り難くアニタと食を共にする。
で、実際の裏側がどんな感じだったかと言うと、
「このソース、オリジナルね。やるじゃない、アシル。なかなかの味だわ」
「メンチ姉こそ、このジャポン料理のアレンジなんてさすがの一言だ」
「ほら、こっちの内臓使っちゃいなさいよ」
「赤ワイン煮か? メンチ姉も好きだな」
「いいじゃない。役得よ役得」
「じゃあ、コレもらいっ」
「あぁっ!? せっかく処理した地雷竹の子の刺身を」
「役得役得」
こんな和気あいあいとした感じである。
さておき、メンチによる第二次ハンター試験は、受験生たちの胃袋に美食ハンターの力量を存分に示した所で無事終了と相成った。
「ごちそうさまでした」
「「「「「ごちそうさまでした」」」」」
家を出発してから試験会場へ向かう予選中に一泊、一次試験中の強行軍で一泊、二次試験のハント中に一泊、そして三次試験へ向かう飛行船の中で一泊、既にアシルが家を出てから四泊が経っている。
そんな四泊目を迎えた飛行船の展望デッキではアシルがシャルロットに電話をかけていた。
「メンチ姉さんも相変わらずね」
「あぁ、でも俺も久しぶりにメンチ姉と料理できて楽しかったよ」
「話聞いてると私も久しぶりに会いたくなっちゃったかも。今度お父様にお願いして出張料理人とかお願いできないかしら」
「メンチ姉も忙しいから頼めても随分先になるんじゃないか」
「でも、頼まなかったらもっと会えないでしょ」
「それは確かに」
アシルと幼なじみでありポワゾンのお得意様であるシャルロットは、メンチがポワゾンに修行に来ていた時分より面識があり、アシルと共に姉貴分として慕っている。
ちなみにメンチはアシルを溺愛してはいるが、アシルのお嫁さん最有力候補としてシャルロットを認めている。
まぁ、お嫁さんは自分でも構わないと思ってはいるが……。
「それにしてもアニタさんが念に目覚めちゃったのは不可抗力とは言え驚きね」
「あぁ、まさか火事場の馬鹿力的に目覚めるなんて予想外だ」
「ちゃんと最後まで責任取りなさいよ」
「それ、メンチ姉にも言われたよ」
「当然よ。乙女を傷物にしたんだから」
「変な誤解を招く言い方をしないでくれ」
「本当に誤解なんでしょうね」
「神に誓って潔白だ。手も触れていないとは言わないが、誤解を招く様な事は断じてしていない」
「そう、ならいいわ」
「むしろメンチ姉の方が問題だったくらいだ」
「メンチ姉さんはねぇ……あのブラコンは諦めてるわ」
「酷い言いようだな」
「シスコンのアシルには私の気持ちなんて分からないわ」
「シスコン言うな」
「違うの」
「否定はしない」
「駄目じゃない」
こんな会話をしているが、この二人、まだ恋人同士ではない。
マフィアの娘という立場上、軽々しく交際など不可能なのだ。
親の跡を継ぐという理由がアシルがハンターを目指す一番の理由だが、二番目に来る理由はそのネームバリューによってシャルロットの周囲を黙らせるためだったりする。
ちなみにその周囲には敵も含まれている。
シャルロットの父親は非合法な事に手は出しても筋の通らない非人道的な事を嫌い、一般人にあまり迷惑をかけないマフィアとして知られている。
しかしこれは昔気質という意味では全くなく、現実的で長期的な経営戦略によってだ。
ドメーヌファミリーの表立った利益は裏表併せたカジノや風俗店、警備会社や金融会社、建築会社などから上がってくる。
これらは当然利用者がいてこそなので、ドメーヌファミリーにとっても地域の健全な発展は望ましい事なのだ。
麻薬が蔓延している様な社会は失業率や犯罪発生率が上がってしまい、短期的には莫大な利益が得られたとしてもその未来は先細りになってしまう。
そのため麻薬は御法度、それに加えて揉め事の仲裁や自警団のような事までしている。
しかし一般には知られていない一番の利益は軍需産業が上げている。
政府や軍の下請けという形で携帯食から銃や戦車、戦闘機まで幅広く手を出している。
皮肉な事だが地元警察の使っている銃も『made In ドメーヌ』であり、マフィアはそれよりずっと高性能な武器を多数所持している。
そんな安定した成長を続けるドメーヌファミリーを敵視する他勢力も当然おり、チャチなちょっかいをかけられるのは日常茶飯事として、人質にされる危険もある事から家族の安全は最優先事項となっているため、部外者のアシルがシャルロットの側にいるためにはハンターの肩書きが必要だと考えるのも当然だと言えよう。
さて、アニタについての会話のシーンで疑問を感じた人もいるかもしれないが、シャルロットも実は念が使える。
アシルの影響もあるにはあるが、その大半はマフィア故にと言っていい。
先にも挙げたが、物心付いた時分から日常的に身辺警護されているシャルロットは、その過程で非常識な現象を見る機会が少なくなかった。
子供というものは総じて好奇心旺盛であり、基本的にアクティブなシャルロットがそれを放っておく事など出来るわけもなく、護身術感覚で念を覚える事を親に認めさせてしまったのだ。
だが、親にも譲れない一線はある。
護身のために学ぶのだから危険を冒すのは論外として、精孔を開くのも真っ当でいて安全な方法を選び、念を覚えてからも命の危険のあるハンター試験を受ける事は認められていない。
ちなみにシャルロットが精孔を開き切るまでにかかった期間は5ヶ月、纏をマスターするのにそこからまた5ヶ月、絶と発は同時に修行を進め3ヶ月で満足の行くものになり、基本の四大行を経て応用から自らの発を形にするまで、しめて5年の歳月がかかったが、シャルロットは15歳にして一端の念能力者となっている。
系統と発について本人のいない所で告げ口するのは無粋と言うものなので、ここでは割愛させていただく。
ただヒントとして「とてもシャルロットらしい能力である」とだけ言っておこう。
何となくシャルロットについて先出ししてしまいましたが、詳細は内緒です。
ハンター試験はこの二次試験がメインだったので、この後は飛ばして行きたいですね。