美食(?)ハンターのちマフィア?   作:もけ

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二次試験の最後を飾るのは蜂です

「メンチ姉、あれ」

「あちゃ~~、ブッキングしちゃったか」

「どうする?」

「さすがに試験官が受験生の邪魔しちゃマズいわよね」

「だよな」

「残念だけど、私は諦めるわ」

「んじゃ、さっさと帰るか」

「何言ってんのよ」

「え?」

「あんたは受験生なんだから別に何の問題もないじゃない」

「……そう言えばそうだった」

「しっかりお姉ちゃんの分も取って来るのよ」

「了解(って、さらっとアニタの分をスルーしたな)」

「何か言った?」

「いや、別に」

「そっ」

「おう」

「じゃ、そういう事で後よろしくね」

 

 そう言い残して去っていくメンチの後ろ姿を見送ってからアシルは視線を戻す。

 

 目の前には紫色に輝く幻想的な花畑。

 

 その花の名は『鏡天花(きょうてんか)』。

 

 大地に夜空を写す鏡。

 

 夜の内だけに咲く花。

 

 見た者を魅了して止まないその美しさは、しかし儚くも一時の夢でしかない。

 

 昼間摘んだ花は二度と咲く事はなく、咲いている花を摘んだとしてもその輝きは瞬く間に失われてしまう。

 

 それ故に、どんなに美く咲こうとも手折ろうとする者はいない。

 

 星空にいかに手を伸ばそうとも届かないように、写されたソレもまた人の手には入らない。

 

 そんな鏡天花の花言葉は「届かぬ想い」。

 

 歴史書の中では、国王や天皇といった尊き身分の方の身代わり、影武者を指して使われる事もあった。

 

 この鏡天花、その花自体も貴重ではあるが別にここでしか咲いていないと言うわけではない上に採取しても意味がないので、今回のターゲットではない。

 

 ただし、間接的には関係をしている。

 

 メンチとの会話でも名前が挙がっていたが、アシルが狙っているのは『流れ蜂』という鏡天花の蜜だけを集める蜂で、名前から予想が付くと思うが、鏡天花という地面に映った星空を飛び回る流れ星のような様(さま)からもじって名前が付いている。

 

 ちなみにこの流れ蜂、鏡天花の蜜を主食にしているために自らもホタルの様に淡く発光している。

 

 さて、この流れ蜂の蜜がなぜB級食材に認定されているかと言うと、流れ蜂は普通の蜂のように毒針で刺すのはもちろんだが、真に注意しなくてはならないのは口から吐き出される幻覚作用のある分泌液である。

 

 これは直接接触だけでなく、流れ蜂の羽ばたきによって素早く気化し、辺り一帯の空気を汚染する。

 

 そして前後不覚になった所に待ち受けている末路は、神経伝達物質を阻害する麻痺系の毒針を刺された事により引き起こされる呼吸困難による窒息死だ。

 

 せめてもの救いと言えなくもないのは、見ている幻覚の内容によっては、それはそれで安らかな眠りに付ける可能性がある点だろうか。

 

 だがそれは当の本人の主観の内であって、他人が受ける印象はそれとは大きく異なる。

 

 窒息死のその先があるのだ。

 

 流れ蜂についての冒頭部分でその食性について『鏡天花の蜜を主食にしているために自らもホタルの様に淡く発光している』と説明したが、主があれば副もあるのが当然で、つまりは流れ蜂は肉食でもあるとそういう事である。

 

 隔離指定を受けるほどトップクラスの危険度ではないが、一般的なスズメバチとは比べ物にならないくらいには危険だと言えよう。

 

 ここまでの説明で「鏡天花は見たいけど流れ蜂怖い」と思った方もいるかと思うが、ポイントさえキチンと抑えていれば安心していい。

 

 流れ蜂は一般的な蜂と同じく巣に近付きさえしなければ襲って来る事はないので、ガイドを立てて安全なルートを選んで来れば危険はないのだ。

 

 さて、一通りの説明が終わった所で話をアシルに戻そう。

 

 木の上から鏡天花の花畑を見下ろす位置にいるアシルの視線の先には、中華系の民族衣装のような露出の全くないパンツルックに小柄な体系には不釣り合いな大きな帽子をかぶった女性が見えている。

 

 小柄で可愛らしい顔立ちのせいか15の自分と同い年くらいに見えるが、何となく年上だとアシルの直感が囁いている。

 

 17のアニタより2つ3つ上、そんな感じがする。

 

 しかしなぜか合法ロリという単語が頭をよぎるが、そこまで幼児体型でもないだろうと脳内で反論しつつ、それも併せて馬鹿な考えだと頭を振って雑念を祓い、視線を戻して改めて彼女を観察する。

 

 今の彼女もそうだが、一次試験を見る限り受験生の中には頭に大量の釘を刺した見るからに危ない男と、戦闘狂(バトルジャンキー)の気でもあるのかちょっかいをかけてきたヒソカと名乗った怪しいピエロ以外に念能力者はいないと思われる。

 

 そして見る限り彼女の持ち物は足元にあるドラム型のバックのみ。

 

 件の流れ蜂に限らず、蜂の巣を攻略するにしても準備がなさ過ぎる。

 

 その事に好奇心が刺激されたアシルは帽子の彼女の成り行きを見守る事に決めた。

 

 シチュエーション的には夜中に一人でいる可愛らしい女性をストーキングするという誉められた行為ではない所か犯罪チックな行為だが、そこは気にしたら負けという事で目をつぶる。

 

 観察すること十数分、彼女に流れ蜂ではない別の蜂が近付いたかと思うと、その蜂に先導される形で彼女が動き出す。

 

 見失わない様に、かつ距離や音に細心の注意を払いつつ後を追う。

 

 そして彼女が足を止めたその先には、一部が淡く発光する木があった。

 

 それこそが流れ蜂の巣。

 

 流れ蜂は木のウロに巣を作る習性があり、自身の出す光が集まる事で巣ごと淡く発光して見えるのだ。

 

 他の蜂の生態を少しでも知っている人なら「土の中に巣を作ればいいのに」とその目立つ習性に疑問を感じるかもしれないが、これは皮肉でも不可抗力でもなく罠なのである。

 

 流れ蜂は基本的に自ら積極的に狩りをする事はないが、肉食でもあるためこうして餌をおびき寄せ捕食するのだ。

 

 逆に言えば、その危険性さえ認識していればその目立つ巣は容易に回避できるという事でもあるので、無用な危険を避けたい側にとっては有り難い習性と言える。

 

 さて、帽子の彼女はどうやって流れ蜂の巣を攻略するのかと期待した目を向けていると、信じられない事が起こった。

 

 ゆっくりとした動作ではあるが、特に何をしていると言うわけでもなく、自然な動作でそのまま巣に近付くとポケットから出した折りたたみ式のナイフで慎重な手つきで巣を解体していき、蜂蜜の貯蔵庫である部分だけ取り出すと解体した部分を元に戻し、そのまま巣を離れた。

 

 その間、彼女の衣服や肌に流れ蜂がとまる事もあったが、それは群がって攻撃するといった様子では全くなく、木や何かの様にただ障害物としか認識していない様子であった。

 

 ハンターと言う未知なるものを追い求めるハイリスクな職業を選ぶ人種は、方向性は様々なれど総じて好奇心旺盛である。

 

 アシルもそれに漏れず、彼女が何をしたのか知らずにいられるほど枯れてはいない。

 

 彼女が十分に巣から離れた所で、正面に回り込み進路を阻む。

 

「っ!?」

「こんばんは」

「アナタは……試験官とイチャついてた人」

「あぁ~~っと、あれは姉弟のスキンシップって事でスルーしてもらえると嬉しいんだが」

「姉弟にしては随分と破廉恥なスキンシップだったけど」

「愛情表現が過剰な人なんだよ」

「そもそも姉が弟の試験官って問題じゃない」

「血は繋がってないんだ。姉貴分と弟分って感じで」

「ふ~~ん」

 

 それはそれでどうかと思う彼女のアシルに向ける視線は冷ややかだ。

 

 それに対してアシルは咳払いをして誤魔化す。

 

「本題に入っていいか」

「どうぞ」

「さっきのハント、流れ蜂の巣でのアレはなんだ」

「覗き? いい趣味ね」

「違う。俺も蜂蜜を取りに来たんだが先客がいたから遠慮してたんだ」

「覗きだけじゃなくストーキングまで」

「人を変態みたいに言うな」

「冗談はさておき」

「(自分で言っておいてそれかよ)」

 

 自分から話を戻すのもどうかと思い、文句は胸中に留める。

 

「わざわざ自分の手札を晒す馬鹿はいないと思うけど」

「もっともだが、このままだと気になって仕方がない」

 

 オーラに少し力を込める。

 

「……やる気」

「ハンター試験は受験生同士のいざこざを認めているな」

 

 彼女の表情が緊張で強張る。

 

「勘違いしないでもらいたいんだが、獲物を横取りするつもりもないし、犯そうとか殺そうとかも考えてない。どうやったか教えてさえくれれば手荒な事はしないと約束しよう」

「それを信じろと言うの」

「試験についてはもう合格してるんだ。ココクラブって言ってな。あの滝壺の底にいる蟹なんだが、それを取ってきてランチの蟹チラシにしたよ」

 

 証拠もない説明だけでは判断が付かないため彼女は警戒を解かない。

 

「それに俺は実家の店を継ぐために美食ハンターになるんだ。どこぞのピエロと違って快楽殺人者や戦闘狂じゃない」

 

 悪食の集いであるポワゾンでもさすがに人間は食べない。

 

 そこから数秒、彼女は睨み、アシルはそれを受け止めていると、今度は彼女が口を開く。

 

「……ねぇ」

「なんだ」

「犯す云々は否定してもらえないのかしら」

「大丈夫だ。好みじゃない」

「アナタ、何様っ!?」

「冗談だ。無理矢理ってのは好きじゃない。安心してくれ」

「はぁぁ、アナタいくつよ」

 

 アシルの反応に呆れたのか彼女の口調が少し素に戻る。

 

「15だが」

「見えないわね」

「よく言われる」

「サバ読んでない」

「読むなら20って言うさ。未成年は色々と不便だからな」

「まぁそれもそうね」

 

 そこでまた沈黙が降りるが先ほどあった緊張感は薄れている。

 

「……私には聞かないの」

「女性に年齢を聞くのは失礼だろ」

「……20歳よ」

「まぁ、予想通りだな」

「そうなの? よく分かったわね。いつも下に見られるんだけど」

「家が客商売してるから参考例が多いんだ」

「レストラン?」

「あぁ、一見様お断りの完全予約制レストラン」

「随分と敷居のお高い様で」

「材料も料理も特殊だからな。一般人には見せられんってだけだ」

「そう言われると逆に気になるわね」

「所謂ゲテモノ料理が平気なら、ハンター試験に合格した後なら名刺やるよ」

 

 ハンターなら稼ぎも良く、ヒソカみたいなタイプじゃなければ問題ない。

 

「ゲテモノ?」

「そ、ゲテモノ」

「アナタ、もしかして『ポワゾン』の」

「なんだ、ここにも知ってる奴がいたよ。ウチはアングラなはずなんだが」

 

 非常に狭い範囲のクチコミだけだと言うのに、短期間に2人も知っている人間がいるなどどんな確率だろう。

 

「ウチの実家から食材を卸した事があるわ」

「何という偶然」

「全くね」

 

 ここで二人の間の緊張感は完全に霧散した。

 

「取引先じゃ無碍にもできない。改めて自己紹介させてもらうが、俺はアシル・ブルール、15歳。実家はリストランテ『ポワゾン』。家を継ぐために美食ハンターを目指してる」

「私はポンズ・マスケラード、20歳。実家は養蜂家をしてるわ。君の家に卸したのは蜂の子だったから、きっと炊き込みご飯ね。ハンターを目指してる理由は、世界中の蜂を研究する事で至高の蜂蜜を作り出すため。そして将来的には蜂蜜料理をメジャーなジャンルに押し上げてみせるわ」

「と言う事は、マスケラードさんは蜂のスペシャリストって事か」

「ポンズでいいわ。後、さん付けもいらない。受験生同士対等でいきましょ」

「了解した。じゃあ改めて、ポンズが蜂のスペシャリストなら例えば蜂を大人しくさせたり騙したりする薬品みたいなのを持ってるって事か」

「ま、そういう事ね。それに」

 

 ポンズが指を鳴らすと帽子から大量の蜂が出てくる。

 

「私は蜂使いなのよ。時間をかけていいならどんな蜂でも支配下に置ける自信があるわ」

「変わってるけど、ポンズの夢には最適な能力だな」

「でしょ」

 

 アシルは念能力という意味で言ったが、ポンズには当然のように伝わらない。

 

 アシルは、きっとポンズは操作系か放出系になるだろう予想する。

 

 蜂を直接操るなら操作系だが、フェロモンなどを使って操るなら放出系の方が合っているからだ。

 

 そして穴場狙いなら特質系か具現化系。

 

 特質系は全く予想もつかない方法でとなり、具現化系なら虫かごの様な能力なんて使い勝手が良さそうだ。

 

 まぁこれらは蜂を前提にした予想であって、実際は強化系なんてオチがあるかもしれず、念能力に目覚めてからのお楽しみだろう。

 

「じゃあ謎も解けた事だし、俺も蜂蜜取って来るよ」

「アシルはもう試験に合格してるのよね」

「ん? あぁ、朝食のパンに塗ろうと思ってさ」

「余裕ね」

 

 若干引き気味で苦笑いのポンズ。

 

「まぁ子供の頃から親に鍛えられてるからな」

「ポワゾンって事はご両親もハンターって訳ね。納得だわ」

「そういうこと。じゃあ行ってくる」

「気を付けて」

 

 ポンズが最後まで言い切る前に視界からアシルが消える。

 

 それに一息こぼしてからポンズはふと思う。

 

 彼は丸腰だったけど、どうやって流れ蜂の攻撃を避けるつもりなんだろうと。

 




原作ではキメラアントの兵隊に頭を弾かれ、そのまま捕食されてしまった可哀想なポンズさんの登場です。
バックグラウンドはもちろんねつ造です。
アシルとはポジション的に商売仲間ですかね。
アニメのみに登場する船のシーンが今作にはありませんが、世界中を旅したいポンズにとって幻獣ハンターは都合のいいパートナーでしょうから、ポックルとは結局行動を共にしそうです。
死亡フラグを折りたいんですが、展開が思い付かないorz

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