美食(?)ハンターのちマフィア?   作:もけ

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美食ハンターのハントとは

 初めてのオーラの枯渇で何時起きるとも知れないアニタの分の材料は別に取っておき、アシルとメンチは一足先に自分たちで作った『蟹のちらし寿司』に舌鼓を打つ。

 

 余談だが、テーブルには蟹味噌を合わせ味噌に使った味噌汁と、メンチが持参してきた漬け物が一緒に並べられている。

 

 参考までに、一つ星ハンターであるメンチの料理となると、この一食だけで軽く20万Jはする。

 

 薄利多売なら別だが外食のコストの内訳は材料費が20%未満、それに光熱費や店舗の維持費、一番高い人件費を日数や1日の売上、出る皿数で頭割りにして足し合わせて、だいたい値段の半分くらいを利益としているのが一般的だろう。

 

 だが、美食ハンターの場合は人件費が普通の職人より高くなるのが常で、先程のメンチの場合なら半分の10万Jがメンチの取り分になるだろう。

 

 ちなみに、B級食材である『ココクラブ』の市場価格は平均で1匹8000から10000J。

 

 個体数が少なかったり捕獲に命の危険があるわけではないが、素潜り200mは現実的ではない上に、ダイビングの装備一式担いで一次試験の行程を歩いてくるのはもっと現実的ではない。

 

 と言うことで残る手段は飛行船で装備を持ち込む事だが、それだけでは採算が合わない。

 

 かと言ってそれ以上価格を上げては買い手が付かない。

 

 八方塞がりである。

 

 唯一採算を合わせられるとしたらココの滝の観光ツアーを企画してオプションとしてダイビング、まぁ素人に200mまで潜れと言うのも無理があるので、料理として提供すると言うならイケるかもしれないが、人気が出る見込みは少ないだろう。

 

 つまり、ただ潜って取って来るだけの蟹がB級食材に指定されているのは、そういった諸々の事情で市場に出回る事が少ないのを考慮しての事である。

 

 さておき、食後に緑茶を飲みながらマッタリした所で今後の話になる。

 

「あんた達の試験はさっきので合格として、アシルはこの後どうするとかあるの?」

「そうだな……朝昼と魚介だったから夜は肉が食べたいからその調達と、卵はあるから後は朝食のパンに塗る蜂蜜でも取って来ようかと思ってる」

「この辺で蜂蜜と言えば『流れ蜂』ね」

「あぁ、だからそっちは夜中。肉の方はメンチ姉も言ってたけど他の邪魔にならない所で捕るよ」

「そ、じゃあ付き合うわ」

 

 「ちょっとコンビニ行ってくる」そんな感じの気軽な返事が返ってきた事にアシルは少しだけ意表を突かれキョトンとした表情になる。

 

「久々に会ったわけだし俺は嬉しいけど、今更だが試験官が持ち場を離れていいのか?」

「問題ないわ。試験官の仕事はハンター試験に相応しいお題を出す事とその結果を正しく評価する事で、別に監視してなきゃいけないわけじゃないのよ。受験生同士のいざこざも含めて命の危険は折り込み済みだしね。例えば今回の私の試験で言うと、別に自分でハントしなくてもハントした誰かから奪ってもOKってわけね」

 

 締める所はキチンと締めるメンチだが多分に気分屋な所があるため100%信用するとはなかなか行かない困ったちゃんだが、今回はちゃんとした根拠があったため一安心と胸をなで下ろすアシル。

 

「まぁ実際問題、俺たちのハントでも他のハンターに邪魔されるわけだしな」

「そういうこと。だから明日の13時までは私もフリーよ」

「なら気兼ねなく一緒にいられるな。メンチ姉は何かお目当てがあったりするのか」

「別にこれと言って何かあるわけじゃないけど、そうね……昼がアッサリだったから夜はワインに合う様なガッツリとしたパンチの利いたものがいいわ」

「う~~ん、それだと鳥の腹に詰め物してオーブンで丸焼きとかどうだ」

「いいわね。滝の下で探すとなるとキーウィがいいかしら」

 

 キーウィと言う名の鳥は、異世界の話になるが、ニュージーランドの国鳥に指定されている飛べない鳥で、体長はおよそ40cm、体重は2kgほど、尖ったクチバシで地中のミミズや落ちた果実などを食べている。

 

 ちなみに、その卵の様な丸いフォルムは果物のキウイフルーツの名前の由来となっている。

 

「了解。あ、でもちょっと待っててくれ」

 

 飛行船にはメンチの他にもちゃんと乗組員や連絡員、警護を担当する黒服が乗船しているので伝言を頼むのも手なのだが、少しでも混乱は少ない方がいいだろうとアニタが目を覚ました時のために水差しの置いてあるサイドテーブルに、試験は無事合格したこと、アニタが念に目覚め気絶したくだり、夕食の食材を取って来る旨(むね)の書き置きを残しておく。

 

「お待たせ」

「あの女は?」

 

 説明しなくても弟分の行動はお見通しのようだ。

 

「まだ夢の世界」

「ま、目覚めたばっかじゃ仕方ないわね」

 

 二人にとっても体験した通過儀礼ではあるが、念に目覚めた時のそれはもう遥か過去の出来事であって「そんな事もあったな」程度の実感のこもらないあやふやな記憶になってしまっている。

 

「じゃあ、行くわよ。しっかり付いて来なさい」

「OK、メンチ姉」

 

 腰のベルトに包丁を差しただけの身軽なメンチと、飛行船にあった大鍋を背中に、腰にはロープを下げたアシルが飛行船を出ると、残り数段の階段から両足で軽くポンとジャンプする勢いで、何の気負いも感じさせる事なく崖から飛び降りた。

 

 先ほどはそのまま湖に飛び込んだアシルだが、今回は二人とも適度に岩の出っ張りに指を掛け、落下の勢いを殺しながら下まで降りていく。

 

 無事に下までたどり着いた二人は、狩りの基本、獲物に気付かれないように絶(ぜつ)を行い気配を消して自然に溶け込む。

 

 しかしここで森ならではの注意点がある。

 

 絶で気配は消す事ができるが物理法則を覆せるわけではないので、いかに無音足歩行を心掛けたとしても草むらを歩けば音が鳴ってしまうのだ。

 

 耳のいい動物が相手では、それは致命的なミスになってしまう。

 

 では、どうすればいいか。

 

 答えは、地面を歩かなければいい。

 

 と言うことで、周囲への影響を最小限に抑えるために木の上を跳び渡る。

 

 しかも飛び移る際、飛び立つ際には幹を利用し、枝のしなりにまで気を配る。

 

 それでも空気の振動は伝わってしまうので瞳に凝(ぎょう)、出来れば隠(いん)を行い、なるべく遠くから獲物を先に発見。

 

 その後はケースバイケースだが、待ち受けるか、狙撃するか、細心の注意を払いつつこっそり近付くか、逆に全速力で一気に近付くかして捕獲する。

 

 野生の動物の感性を軽視していてはハントはままならないだろう。

 

 さて、狩りの基本を押さえた所で、アシルとメンチに話を戻そう。

 

 二人は左右に分かれ、一定の距離を保ちつつ、ハンドサインで合図しあいながら森を進む。

 

 念能力者はオーラの形態を変化させ空中に文字を書く事もできるが、それよりもハンドサインの方が早く、そもそも念文字を書くためには一部とは言え絶または隠を解かなくてはならないので本末転倒になってしまう可能性がある。

 

 ちなみに二人の使っているハンドサインだが、これはアシルの実家で使われているもので、メンチが修行に来ていた際、一緒に狩りに出る機会も多々あったために彼女も習得したのだ。

 

 森に入り5kmほど移動した所で、メンチが前方70m付近に複数のキーウィを発見した。

 

 キーウィは群れを作ったりはしないが、外敵に襲われた際に逃亡の可能性を上げるために複数で行動している事が多い。

 

 メンチはアシルに指示を出し、自分は木の上で包丁を構え待ち受ける。

 

 アシルは気付かれない様に時計回りに大きく迂回し、ターゲットをメンチと挟み込む形になった所で絶を解除、追い込みにかかる。

 

 アシルに気付いたキーウィ達はバラバラの方向に一目散に逃げ出すが、アシルのいる位置を時計盤の12時とすると6時の方向に走ったキーウィが、殺気すら隠した頭上からのメンチの一撃で倒れ伏す。

 

「お見事」

「当然ね」

 

 攻撃する際はどうしても殺気、またはそれに準ずる攻撃する意志が出てしまうものだが、これはハントする上で極力隠さなければいけないものだ。

 

 念の基本である四大行の一つ、纏(てん)をより高次元に引き上げるための精神修行で点(てん)と言う座禅などを組み精神を統一させる修行があるが、これでは一つの意志の下、揺るぎない個を確立させるだけで意志自体を消しているわけではない。

 

 先ほどのメンチの様に意識を完璧に近い形で消すためにはその先、無の境地を目指す必要があるが、これは1年や2年、ましてや10年以上修行しているアシルやメンチでさえもまだまだ至れない至高の頂(いただき)である。

 

 行動に意志を乗せない。

 

 それは人間にとって筆舌に尽くしがたいほど困難な事なのだ。

 

 それゆえに実は裏技がある。

 

 殺し屋などがよく用いる方法だが、対象の命に対して虫ほどにも価値を見いださず、道端の石ころを何の気なしに拾う程度の感覚で刈り取るのだ。

 

 こうしてしまえば殺す側の意識は無ではないにしろ限りなく無意識に近付ける事ができる。

 

 そのための心を鈍化させる修行は非人道的である事は想像に難くないが、手っ取り早く、かつ確実であると言わざるを得ない。

 

 動物は自然の一部であるがゆえに人間とは比べ物にならないほど気配に敏感であり、それは音や匂いや空気の振動、気圧や磁場の変化だけに止まらず周辺にいる生物の意志の察知にまで及ぶ。

 

 これはオーラに意志が乗るからと考える事も出来るが、絶(ぜつ)の状態でも殺気をこめれば気付かれてしまう事から、もっと他の超常的な何かを察知していると考えられている。

 

 つまり狩りをするに当たって意志を消す事は必要なプロセスであり、それが出来ない場合は長距離からの狙撃か身体能力に頼った真っ向勝負を選ばなければならない。

 

 念能力者であれば発見さえ出来れば後は真っ向勝負で大概はどうにかなるが、それではより高みを目指す事が出来なくなってしまうので、向上心がある人物は日々の精神修行を疎かにはしない。

 

 さておき、キーウィを仕留めたアシルとメンチは一旦滝まで戻り、血抜きをするためにキーウィの首を落としロープで逆さまに吊す。

 

 その間に背負ってきた大鍋に水を張り、火を起こして湯を沸かす。

 

 血が抜けきった所で湯に潜らせ羽を毟り、臀部(でんぶ)を切り取って内蔵を取り除く。

 

 ここまでが一般的に言われる『シメる』と言う行程になる。

 

 アシルがキーウィをシメている間にメンチは別行動。

 

 周辺を散策しながら木の実や香草、キノコなどを集める。

 

 血を洗い流してから肉をロープで腰に吊し、アシルにとっては本日三度目となる崖登り。

 

 慣れるのを通り越して、若干面倒くさくなっているため緊張感も何もあったものではないが、それが凡ミスに繋がらないのは経験のなせる技である。

 

 飛行船に到着し、再度アニタの休んでいる部屋に顔を出したアシルだが未だアニタは眠り姫。

 

 サイドテーブルに置いておいた書き置きを更新し、キッチンへ戻ってメンチと共に肉の仕込みをする。

 

 ついでに、アニタの分で余っていた酢飯はいなり寿司に。

 

 作業が一段落した所で時刻は17時過ぎ。

 

 昼を食べたのが15時くらいだったので夕食は遅く取るとして、夜行性の『流れ蜂』の蜂蜜ハントで夜更かしする事を考えると少し仮眠を取っておきたい所だ。

 

「メンチ姉、夜中のハントのために少し仮眠取って来るよ」

「そうね、じゃあ私もそうしようかしら」

「夜も一緒に行くのか?」

「嬉しいでしょ? 感謝なさい」

「へいへい」

「あら、随分と反抗的な態度じゃない」

「いや、これは照れ隠しだ。メンチ姉とはなかなか会えないから一緒にいられて嬉しいよ」

「んも~~、アシルったら何時の間にそんなに気の利いたこと言えるようになったの? お姉ちゃん、もうメロメロよ」

「母さんやシャルに日々教育されてるからね」

「グッジョブだわ。二人とも」

「……喜んでもらえて何よりだ」

「じゃあ、ご褒美にお姉ちゃんが一緒にお昼寝してあげるわ」

「え、と、それは遠慮」

「さ、行くわよ。アシル」

「ちょ、メンチ姉っ」

「はいはい、駄々こねないの」

「そういう問題じゃ」

 

 そのまま強引に、かつなし崩し的に同衾する羽目になったアシル。

 

 お互いの名誉のために言っておくが、やましい事は何もなかった。

 

 しかし、アシルが睡眠を取れたかは本人のみ知る所である。

 




森の中でのハントは大変なのですよ~~という回でした。
あまりハードルを上げ過ぎると受験生が大変な事になりますが、臆病な草食動物以外にも攻撃的な肉食動物や動けない植物もありますからきっとどうにかなる事でしょう。
次回もまだ二次試験です。
主人公は合格したのに大人しくしてないですね。

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