別にボリュームがあるわけじゃありませんが、ハンター試験ではこの話が自分的にはメインだと思っています。
「ふざけんな、このクソアマっ!! メンチだかコロッケだか知らねぇが、テメーなんざ試験官として認められるかっ!! こうなったらテメーをふん縛ってハンター協会に直訴してやる」
そう言うが早いか上体を低くし、体型に似合わぬ俊敏な動きのタックルで掴みかかるトード。
「「「「「なっ!?」」」」」
体格差、体重差は明確でメンチだけでなくアシルもまとめて吹き飛ばされる図をギャラリーが脳裏に描いた次の瞬間、トードの突進はビデオの一時停止ボタンを押したかのように不自然に停止し、次いで意識がないのか全身を脱力させ、その場に崩れ落ちた。
そして先程までトードの頭部が位置していた空間には、顎を蹴り上げたアシルの蹴りと頭に振り下ろされたメンチの踵落としがさながら龍の咢(アギト)の様に位置していた。
「さっすが私達♪ 息ピッタリね」
「試験官に手出すとかアホなのか」
周囲が言葉を失っている中、当の本人達はいたって平常運転。
死の危険も折り込み済みなハンター試験らしく気遣う素振りすらないのが、異常と言えば異常に見えるかもしれない。
「ケチも付いたし、メンチ姉、そろそろ始めてくれないか」
「そうね。このまま私達vsその他大勢でもいいんだけど、会長から任されてるわけだし、しっかりと美食ハンターらしい試験をやらないとね」
ようやく試験が始まると聞いて、場の空気が引き締まる。
トードに気を割くお人好しはこの場にはいない。
「聞きなさい。二次試験の内容を発表するわ。その名もズバリ、美食ハンター体験ツアー。一次試験は体力を見せてもらったから、二次試験ではハンターらしくハント能力を試させてもらうわ。内容はいたってシンプル。この周辺のB級食材以上を1人1個ハントしてきてちょうだい。言っとくけど楽じゃないからね。命の危険を覚悟しなさい」
食材はその希少性や入手難度によってSからEのランクに分類されており、大まかに一般人がハントできる上限がBランクとされている。
ちなみにSランク食材は絶滅危惧種である事が多く、国から依頼された幻獣ハンターなどによって保護管理されているのがほとんどだ。
その場合は事前に国に申請して許可を取ってからという事になるのだが、なぜかそれでも幻獣ハンターの抵抗に遭うケースも多く、美食ハンターとの間で戦闘が発生している。
「ま、でも私もいきなり行けと言うほど鬼じゃないわ。飛行船の中にネットに繋がった端末や図鑑を用意してあるから各自で調べてから行きなさい。夜行生物もいるからタイムリミットは24時間。明日の13時にここに集合よ。それでは二次試験始めっ!!」
メンチの号令に我先にと飛行船へ向かう男たちを見送り、周囲にギャラリーがいなくなったのを確認してからアシルは再度メンチに声をかける。
「メンチ姉はもう昼、食べたのか」
「いいえ、私も受験生の狩りの邪魔にならない所で何か捕って来ようと思ってたから」
「じゃあ試験がてら俺とアニタで蟹と卵取ってくるから、酢飯用意しといてくれないか」
「オッケー、蟹ちらしね。一時間で戻って来なさい」
「了解。と言うわけで、行くぞ。アニタ」
「え、え、」
メンチとのやり取り以降、自分の世界に入っていたアニタは事態に付いて行けず、アシルにされるがままになる。
そして、
「きゃああああああああああっ!!」
アシルに抱えられ、せっかく登ってきた崖をノーロープでバンジーダイブ。
スカイダイビングの経験者でもなければ体験できない高さ1000mの自由落下運動。
二人の体重を足し合わせ空気抵抗を加味すると、着水までの所要時間は約19秒。
着水時の速度は時速260kmにも及ぶ。
下が水だろうと普通なら衝突の衝撃でグシャグシャになる所だが、アシルはオーラを対象に纏わせる周(シュウ)でアニタを包み、二人まとめて堅(ケン)をする事で衝撃に耐え、その勢いのまま滝壺の底まで潜る。
水深は200m、陽の光が届かない暗闇の中、視界を凝(ギョウ)でわずかばかりでも補いつつ、円(エン)を足元に広げて目標を探す。
10分もしないうちに無事に捕獲を終え、浮上。
岸に上がり、草の生えた所まで移動する。
「アニタ、起きろ~~」
「あ、あれ……」
頬をペチペチ叩かれて目を覚ますアニタ。
実は着水する寸前に気を失ってしまっていたのだ。
覚醒に従い、徐々に現状を理解していくアニタ。
そして、
「な、なんて事すんのよ。このバカアシルーーっ!!」
「おっと」
怒りの鉄拳はサラッと躱される。
気持ちは何となく分かるが、だからと言ってわざわざ殴られる気はないアシル。
しかし拳は躱せても、涙目で睨むアニタからは逃げられない。
とりあえず話題を変えて気を反らそうと、目の前に網に入った蟹を突き出す。
「なによ」
「これは『ココクラブ』って蟹で、この滝壺の底、水深200mに生息する蟹だ。光が届かなくなる深さを保障深度って言うんだが、そこでは光合成が行われないために植物性プランクトンが存在いない。落ちてきた餌はバクテリアによって分解され無機化、栄養豊富でかつ水が綺麗になり、温度も低いから水質も安定している。『海洋深層水』って聞いた事あるだろ。まぁ、ここは淡水だが。それだけ聞いてもそこで生息している蟹が美味い事が伝わると思うが、それだけじゃない。これだけの水深は普通だったら海にしか存在しない。そして途中で食べられてしまいこの深さまで落ちてくる餌は決して多くない。だが、ここは例外だ。上流から流されてきた餌が滝の落下の衝撃で粉砕され、そのまま湖底まで沈んでくる。もちろん途中でそれを狙っている魚も多くいるが、海に比べればその比率は段違いだ。つまりこの蟹は栄養豊富な水と十分な餌によって育まれた珠玉の一品というわけだ」
「そ、そう、なんだ」
アニタの気を逸らすつもりで話し出したアシルだったが、食べ物の話という事で途中から完全にノッテきてしまい、その勢いに圧されアニタは若干引いていた。
まぁ、結果オーライと言えなくもない。
「じゃあ、次は卵を取りに行くぞ」
「嫌な予感がビシバシするんだけど、やっぱ聞かなきゃ駄目だよね。うん」
諦めも肝心である。
「卵って事は鳥だよね。巣はどこにあるの」
「あそこ」
「あそこって……」
アシルの指差す先は、
「滝?」
「そう。滝の裏だ」
「……マジで」
「マジだ」
「マジですか……」
重ねて言うが、諦めも肝心である。
幸い、飛び降りた下りと違い、上りは悲鳴を上げるほどの速度ではなかった。
なかったが、2時間かけた最初とは段違いではあった。
1kmを約10分、平地ならちょっと早いかな~くらいだが、背負われた状態で、かつフリークライミングでその速さは正直冷や汗ものである。
アシルの両手が塞がっているためお互いの胴をロープで結び、手は首に、足も胴に回してコアラのような体勢で背中からアシルにしがみついているアニタ。
緊張と恐怖からその手足についつい力が入ってしまうのも致し方ないと言えよう。
飛び降りる際も再度登っている今この時も文字通りおんぶに抱っこなアニタだが、崖の中程までたどり着いた所でようやく仕事が与えられた。
卵の確保である。
この卵の親は『ウンディーネの使い』と呼ばれる小型で瑠璃色をした鳥で、滝裏の岩肌のくぼみに巣を作っており、滝が水面に叩き付けられた際に起こる上昇気流に乗って巣に戻る習性をしている。
その姿は滝壺に突入する事で一度死に、復活して再び滝から飛び立つ様に見えた事から、周囲の幻想的な風景と相まって「これは水の精霊様の使いなのではないか」と言われたのがそのまま名前の由来となっている。
さておき、一羽の親鳥だけが割を食わないように複数の巣から一つずつ頂戴して、昼食だけでなく朝食の分の卵も確保する。
「到着っと」
アニタとしては「無事に」、アシルとしては「危なげなく」崖の上まで登りきり、胴に回した命綱を外すとアニタは自力で登った時とは違った意味の疲労感でその場にへたり込んだ。
「私、もう遊園地の絶叫コースターで叫ばない自信がある」
「あんなのハンター目指してる奴には子供騙しだろ」
「でしょうねっ!! バンジーどころか飛び降り自殺だって1000mも落ちないってのっ!!」
「貴重な体験が出来て良かったな」
「なわけあるかーーっ!!」
「どうどう、落ち着け落ち着け」
「誰のせいだと思って」
「俺だが」
「確信犯かっ!!」
「まぁ、それだけ大声出せれば大丈夫だろ」
そう言って差し出された手をまだ怒鳴り足りないと睨みつけながらも渋々ながら取り立ち上がる――――――が、
「ん?」
最初に異変に気付いたのはアシル。
「え、あ、な、なにこれ」
次いで本人であるアニタも自身の変化に驚く。
「……精孔が開いてる」
「精、孔?」
「アニタ、自分の体から湯気みたいなものが出てるのが見えるか」
「う、うん」
「それがオーラだ。念能力の根幹をなすもの、生命力そのものだ」
「これがオーラ……」
「一般人は一部の例外を除いて精孔が閉じていて、間からわずかにオーラが漏れ出ているのが普通なんだが、今のアニタは精孔がいくつか開いてしまっているみたいだ」
考えられる原因は、やはり先程の1000mダイブ。
気絶するほど強く自身の死を意識した事と、アシルのオーラを全身を感じていた事で、本能的に目覚めたのだろう。
これは実は珍しい事ではない。
死に瀕した絶体絶命のピンチに通常では考えられない様な力が出る。
よく言う『火事場の馬鹿力』がそれに当たる。
まぁ完璧に不可抗力だが、開いてしまったものは仕方ない。
「アニタ、オーラはイコール生命力だ。つまり今のまま通常より多くのオーラを出し続けると、そのうちまた気絶する羽目になる」
命に関わる場合もあるが、アニタの場合、全ての精孔が開いたわけでもなさそうなので、わざわざ大袈裟に言って必要以上に畏縮させる事もない。
「どうすればいいの」
アシルの気遣いは功を奏し、真剣な表情で聞き返すアニタに動揺は見られない。
「一次試験の前にバンガローでやった様に座禅を組んで気を落ち着かせ、流れ出るオーラを体に留めるように纏うんだ」
「さっき飛び降りた時にアシルが包んでくれたみたいに?」
「そうだ」
気絶しながらもわずかにその温かさと力強さを覚えていたアニタ。
「やってみる」
そう言って座禅を組んだアニタだったが最初から上手くいくはずもなく「もう一度アシルのオーラで包んでもらえない」「手を握って欲しい」「背中から抱き締めて」など意味があるか分からない四苦八苦の末、徐々にオーラの流出を抑えていき、一時間後には不安定ながら何とか纏(テン)の様なものを行う事ができた。
が、結局そこで力尽きてしまい、意識を手放す事になってしまった。
「お疲れさま」
聞こえずともそう言葉で労い、アシルはお姫様抱っこで頑張ったアニタを飛行船へ運ぶ。
しかし待っていたのは、
「遅いっ!! 何やってんのよっ!!」
お怒りのお姉さま。
いや、待たされていたのはお姉さまの方なのだが……。
「あ、ごめん、メンチ姉。でも、とりあえず先にアニタを休ませてあげたいんだが、ベット貸してもらえるか」
「いいけど、どうしたのよ、その女」
「崖を飛び降りる時に周(シュウ)で覆ってたら精孔がいくつか開いちゃったみたいでさ。さっきまで纏(テン)を急いで覚えてたんだよ」
「何やってんのよ、アンタは」
「面目次第もない」
「まぁ、開いちゃったもんは仕方ないわ。でも、」
鼻先にビシッと指を突き付けられる。
「こうなったら最後までしっかり責任取りなさいよ」
「あぁ、分かってる」
その答えに納得が行ったのか先導する形でメンチが前を歩き、客室に案内されたアシルはベットにアニタを寝かせ、ナイフを外し、靴を脱がせ、タオルケットを胸元までかける。
寝息は安定しており、特に心配のいらなそうな様子にホッと胸を撫で下ろす。
簡単には起きないだろうが、そこは気を遣って退出を選択する。
しかし部屋を出た所で、
「でもね、アシル」
「ん?」
先に部屋を出たメンチが振り返り、距離を一歩詰め、アシルの頬に両手を添える。
「責任って言っても、恋愛とか結婚じゃないからね」
「わ、分かってるよ」
不意打ちだったため不覚にも動揺してしまったアシル。
それに満足したメンチはパチンと軽く挟んでいた頬を叩き、踵を返す。
「そっ、ならいいわ。じゃあチャッチャとご飯作ってしまいましょ。もうお腹ペコペコよ」
アシルは置いて行かれない様に姉貴分の背を追いながら「敵わないな」と胸中で呟く。
アシルから見てもブラコンぎみなメンチだが、アシル自身も「俺も大概だな」と自分のメンチに対する想いを自覚しているのだった。
現実世界の素潜りの世界記録が100mオーバーだったので、保障深度と合わせて水深200mという地上では無茶な設定にしてみました。
でも素潜りに関しては、H×Hの世界観ならゴンやキルアならイケそう……。
さておき、
アシルとアニタはこれで合格してますが、次回も二次試験が続きます。