某日、奉仕部部室。
ようやく奉仕部内の冷戦状態が解け、紅茶のいい香りとなごやかなムードが漂う部室内。由比ヶ浜は三浦たちと用事があるのか部室には顔をださずに今日は雪ノ下と二人きり。思えばこういう時間も久しぶりかもしれない。失って気づくもんだな、こういう大切な時間は。だがしかし今日は雪ノ下の様子がおかしい。本を読むふりをしてこっちを見てきたり、口を開きかけてはつぐんでしまったりとだ。
餌をもらうときの鯉か、お前は。
雪ノ下の淹れてくれた紅茶を飲みながら、ガガガ文庫の新刊のラノベを読む。幸福で優雅なひととき。お互いに読書をしつつ、各々の時間を過ごす。だが雪ノ下からの視線を感じる。なんなの、俺のこと好きなの? ぼっちは人一倍自然に敏感なんだよ。
「今日は終わりにしましょうか」
「おう」
いつものように雪ノ下が言う。俺は本をしまって帰り支度を済ませていると部室を去ろうとした俺を雪ノ下が俺を引き止める。
「比企谷くん今週の日曜あいてるかしら。もちろんあいてるわよね。限定版のパンさんグッズが出たんだけれども気になるだけであって別にあなたとデ、デートというわけではないわ。私のショッピングに付き合って頂戴」
早口で言い切る雪ノ下。久しぶりだな雪ノ下のマシンガントーク。大抵こういう時は恥ずかしいから早口になるのだ。窓辺の夕日に淡く照らされた雪ノ下は幻想的でつい見惚れてしまう。絵画みたいだなほんと。夕陽に照らされる雪姫みたいなタイトルで。普段の俺ならば、いつもゆるゆりしてる由比ヶ浜といけよ、とかいって軽くかわすのだが。
「あぁ、行くか」
「……そう。なら、今週の日曜あけといて頂戴ね」
そう言い残すと彼女は部室を去っていった。最近雪ノ下との距離感が掴めない。彼女が部室から去る時、微笑んでいたのはきっとパンさんグッズが楽しみだったからだろう。きっと。
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デー……ショッピング当日。
小町に雪ノ下とショッピングにいく件を伝えると、小町が血相を変え、曰く『比較的マシなファッション』を見繕ってくれた。デート帰りにお土産買ってきてね、とあざとい笑顔を俺に向けて。いや、別にでででーとちゃうし!
抜け目ない妹に変な感心をしつつ、待ち合わせ場所にいくと優雅な佇まいの雪ノ下がいた。遠目でみても溢れ出る気品と上品さ。その雪ノ下のいる場所だけファンタジーの世界から切り取ったような錯覚を覚えた。彼女に声をかけようと駆け寄ろうとした瞬間、他の男が彼女に声をかけた。
「今、暇?」
「私は今デー……こほん。ショッピングの待ち合わせをしている最中なのよ。あなたと付き合うほど暇じゃないの」
「へー、デートなんだ。君に見合う男って相当なイケメンなんだろうね」
中肉中背で金髪で耳にピアスをあてた粗悪そうな笑みを浮かべるナンパ男。それに対し一瞥しただけで目を伏せる雪ノ下。興味なしとばかりにそっぽを向かれたナンパ男は気分を悪くしたのか語気を強める。
「ねーねー、そんな待たせるような男ほっといてさ……いこーよー。ね? 楽しませるからさ!」
「しつこいわね。行かないと言ったら行かないわ。……何度も言わせないで」
某戸部を思わせるようなナンパ男のだる絡みに俺も苛立ちが募ってきた。修学旅行からの一件からシリアスな雰囲気が続き、雪ノ下と色んな意味で距離を置いていて気づかなかったが雪ノ下雪乃は元々好戦的なのだ。
自身の正義のためならば、なにがなんでも我を通す女。それが雪ノ下。
最近は由比ヶ浜と百合ってるからか忘れてたが根本的なところは変わっていない。いつ喧嘩に発展してもおかしくない。雪ノ下といえど弱いところもちゃんとある女だ。力で押し込まれたら勝ち目はない。ナンパ男と雪ノ下の押し問答が続く中、この状況をみて唐突に俺は雪ノ下の言葉をを思い出す。
ーーいつか、私を助けてね。
一色の生徒会依頼の時も本心を語らなかった彼女がようやく口に出したであろう本音であり本心。ジェットコースターのせいでその先の言葉を紡ぐことができなかったが。
ナンパ男と雪ノ下の一触即発の雰囲気に俺は一芝居うつことにした。
「ゆ、雪乃」
どうしよう、声震えてないかな。会いたくて会いたくて震えるってまさにこれだな。違うか。違うな。
驚きで目を見開いてる雪ノ下を尻目に構わず続ける。
「なに?彼氏?」
ニヤニヤしながら顔を近づけてくるナンパ男。こええ。よくこんな明らかにガラの悪そうなやつの前で平然といられるな、雪ノ下。戦々恐々としながらも明らかに年上であろうそのナンパ男に俺は平静を装いつつ続ける。
「彼氏ですよ。申し訳ないですが俺の雪乃に手を出さないでください」
話の主導権を握らせず、踏み込ませない。後で枕元に叫びたくなるような恥ずかしい台詞をいう。黒歴史は芋づる式で思い出すから嫌なんだよなあ。罰ゲーム告白とか比企谷菌とかな。ナンパ男の背中越しの雪ノ下の顔を恥ずかしくて見れない。
「そっかあ。せっかくの上玉だったんだけどなあ。邪魔者は去るとするよ」
意外に引き際のいいナンパ男は俺の腐った目に気圧されたのか去り際に笑顔をキメて群衆に紛れ消えていった。……なんだよ、一悶着あると思って身構えちゃったじゃん。常に最悪を想定して動くぼっちの悲しき性。なんなら土下座をするまでもあった。どんだけ情けないんだよ、俺。そして待ち合わせ場所である時計台の下に残された雪ノ下と俺だけが残される。彼女は怒りのせいなのか顔をうつむかせているようだ。時間の流れが遅く感じる。なにこれ超気まずい。
「あ、あなたという人は」
「悪かった、雪ノ下。いや、これは違うんだ、えっと……ごめん」
平謝りするしかない。ナンパ男に絡まれてる雪ノ下を助けるためとはいえ彼女の自尊心を傷つけてしまった。素人が三文芝居をうったのが悪かったのだ。俺はおとなしく学芸会で木の役をやるのがお似合いだ。正直、木の役とかいなくてもいいんじゃないかと思うよね。
これに限りはどんな罵詈雑言も受ける覚悟だ。
「ばか」
そう聞き取れないぐらいの微々たる声を残し彼女はすたすたと先を歩いてってしまう。拍子抜けした俺はぽかんとしてしまう。彼女はうつむいたままだから表情をうかがうことはできない。最近彼女との距離感がつかめなくなっている。だからさっきのような暴挙にでてしまったのだろうか。
いつか彼女との関係も決着をつける時がくるのだろうか。
ただひとつ言えることは。
「道、そっちじゃないぞ」
彼女は地図の距離感はいまだにつかめずにいるみたいだ。