虚無の果実~雪風と真紅の魔王~   作:ヒロジン

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前回のあらすじ

アーマードライダーバロンとして、ハルケギニアを襲う悪意と闘う覚悟を決めた戒斗は
タバサとシルフィードに自分の過去の一部と、インベス、そしてヘルヘイムの森についての情報を伝えた。

これを受けたタバサも、彼女の抱える事情を語り、戒斗の戦いに協力する代わりに、彼女の目的である母親の救出への協力を求めた。そんな彼女の過去を知った戒斗は、彼女の境遇に過去の自分を重ね、彼女に力を貸すことを了承した。

その翌日、戒斗はルイズ・フランソワーズという生徒によってハルケギニアに召喚された平賀才人という少年との出会いを果たす。彼とギーシュとの決闘を見た戒斗は、才人のルーンが持つ特殊な力とかつての宿命の男「葛葉紘汰」に似た人間性を感じ取り、彼が望んでいる地球への帰還の術を探すことに協力することを誓ったのであった。

だが、そんな中トリスタニアでは、ロックシードの存在を知る謎の一団が行動を始めていた……




第7話 「怪盗襲来 土くれのフーケを追え! ①」

私がクモン・カイトという男と出会ってから、一週間が過ぎようとしていた。この一週間で、私を取り巻く環境は少し変わった。その中心に居たのは紛れもなく、カイトという男の存在だった。

 

 

「目が覚めたか?」

 

 

今日も私が目覚めると、いつものように彼は既に起きており、部屋の椅子に腰掛けながら、私が渡した本を読んでいた。まだ夜明けを少し過ぎた頃だと言うのに……

 

 

「……おはよう」

 

「あぁ……着替え終わったら教えてくれ」

 

 

そういうと、彼は部屋に置いてあったバケツを持って部屋の外へと出た。私はその間に寝巻きから制服に着替える。彼の座っていた椅子の前に置かれたテーブルの上には、彼の国の言葉が書かれた紙が置かれていた。私にはその文字は読めなかったが、これまでのことを踏まえると、わたしが寝ている間に読んだ本の中で読めなかった箇所を記載しているのだろうということを私は知っていた。

 

着替え終わった私は部屋のドアをノックする。入るぞ、という声とともにカイトが部屋に入ってくる。手には女子寮の入り口にある水汲み場で汲んだのであろう水の入ったバケツを持っていた。頼んだ覚えはないのだけれど、わたしが着替えている間に洗顔と歯磨きに使う水をカイトが汲んでくるということは彼の習慣になってしまっていた。

 

 

「ありがとう」

 

 

わたしは彼に礼を言い、顔を洗って歯を磨く。彼はその間黙々と読書を進めていた。

 

 

「終わった」

 

「そうか。じゃあ、いつものを頼む。まずはこの本のここだ……この単語の意味がわからん」

 

「……これは『風石』。四元素の風の力が固まって出来た石。船を動かす燃料に使われたりする」

 

「なるほど、石油やガソリンのようなものか……やはり、地球になかったものが出てくるとわからんな……じゃあ次だ……」

 

 

そういうと彼は別のページの単語の意味を聞き、わたしはその意味を説明した。こんなふうに、ここ数日朝食までの時間に私が彼の文字の勉強の手伝いをするのが日課になっていた。彼がハルケギニアの文字の勉強を始めてまだ数日しか経っていないが、今では難しい文法や滅多に使わない単語、彼の居た世界になかったものや言葉意外はほとんど読めるようになっていた。

 

この短い期間でここまでの成果が出たのは、彼が何故かこの世界の言葉を話すことができるということも理由のひとつであるが、それよりも彼が文字を……いや、彼にとっての異世界である『ハルケギニア』の知識を覚えることにとても熱心だったということが大きかった。

 

 

この一週間、彼と行動を共にしてきたことで彼についてなんとなくだがわかってきたことがある。そのうちの1つは、彼が『強くなる』ことにとても拘るという点だ。それも自分だけでなく、周りの全ての人間に対しても同じようにその大切さを説くのである。

 

今、彼が熱心にこの世界のことを知ろうとしているのも、これから始まるであろう戦いに向けて、ハルケギニアの知識がないという弱さを克服するためなのだろう。かくいうわたしも、『目的』のために今まで必死に力を追い求めてきたが、他人にまで自分の人生哲学を押し付けようとする彼の『強さ』へのこだわりはただただ驚くばかりだった。

 

また、彼は『強さ』にこだわる一方で、彼の人生観に反する生き方をする人間を『卑劣な弱者』と蔑み、強く敵視していた。こういう言い方をすると、彼が『弱さ』を否定しているように聞こえてしまうが、実際はそうではない。彼は『力』を持たない『弱い人々』に対して一見厳しく接しながらも、彼らのことを想って『強くなれ』と激励の言葉を投げかけるのである。

 

彼が敵視する人間とは、自分の弱さを棚に上げて、嘘や卑怯な手段を使って、他人の弱みにつけ込もうとするような人物であった。そんな人間に対して、彼は激しい怒りを露にする。それが自分に向けられたものではなかったとしても、そのような行動をとった人間を嫌悪し、排除しようとするのである。私が彼のそんな性質を完全に理解したのは二日前のことだった……

 

 

***********

 

 

2日前、ちょうど昼食を終えたタバサと戒斗はキュルケに誘われ、学院の屋外にあるテーブルで食後のティータイムを楽しんでいた。といっても、キュルケが彼女の新たな恋について楽しそうに語るのを、タバサは本を読みながら、戒斗は紅茶を飲みながら聞いていたのだが……

 

 

「でね、明日あたりにあたしの部屋に彼を誘い入れてみようと思うの! それでね、カイト! あなたサイトと同じ世界出身じゃない? あなたの世界の殿方が好きそうなフレーズとかシュチュエーションとか教えて欲しいのよ!!」

 

「……平賀のことがそんなに気に入ったのか?」

 

 

ティーカップをソーサーに静かにおいた戒斗がポツリと呟いた。

 

 

「えぇ! 彼がギーシュを倒した時のこと……まるで伝説のイーヴァルディのようだったわ! あの光景を見て、あたし痺れたのよ! 情熱……あぁ、あの感覚は間違いなく情熱だわ……」

 

 

その光景を思い出しているのか、キュルケはうっとりとした顔で明後日の方向を見つめた。異世界の一般人と貴族の令嬢の恋……なにかの小説でありそうな展開だな、と戒斗は紅茶を口に運びながら思った。

 

 

「それで、どうなのよ!」

 

「どうと言われてもな……生憎、恋愛には疎くてな」

 

「え、そうなの? 意外だわ……あなたとてもモテそうなのに……ねぇ、タバサ。あなたもそう思わない?」

 

「……よくわからない」

 

 

本から視線を戒斗に向けたタバサは、ポツリとそう呟いた。

 

 

「まぁ、俺に近づいてくる女はいないことはなかったが……俺自身、恋愛に興味がなくてな。適当にあしらっていたら、向こうが勝手に離れて行った……結局、そんなことを繰り返しているうちに、俺に言い寄るやつはいなくなったな……」

 

 

そんな風に語る戒斗であったが、彼に歩みよってきた女性と彼から歩み寄った少女が1人ずつ居たことは口にしなかった……それはもう戒斗にとって過去の話であったし、それらはキュルケが語る『恋』とは違うと判断したからであった……。

 

 

「え~、もったいないわよ。カイト、恋はとてもいいものよ! 退屈な人生も、恋をするだけでとても熱くなれるわ……タバサ、あなたにも言っているのよ! 知識を得るのも大事なことだけど、人と恋をすることも同じくらい大事なことだとあたしは思うのよ」

 

 

キュルケはタバサの髪を撫でながら、まるで母親が娘に語り聞かせるようにそう言った。

 

 

「……まぁ、そう言ってやるな。キュルケ、お前にとって人生で一番大切なことは『恋をすること』なんだろう?」

 

「えぇ、そうよ。それがどうかしたの?」

 

「いや、単に価値観の違いの話だということだ。俺もタバサも、人生で一番大切なことが、『恋をすること』ではなかった……ただ、それだけのはなしだ」

 

 

戒斗のその言葉に、キュルケは眉を潜めた。

 

 

「……ねぇ、カイト。じゃあ、あなたの人生で一番大切なことってなんなのかしら? なんとなく、答えはわかるのだけど……」

 

「語るまでもないな……『強さを求めること』 それ以上に大切なことを俺は知らん……今も昔もそれは変わらん……」

 

 

戒斗の返答にキュルケはやっぱりという風にため息をついた。

 

 

「ねぇ、カイト。あなたの生き方に文句をつける気はないけど……そんな生き方で辛くないの? 恋や遊び……なにか楽しいことでもしてリフレッシュしないと、いつかくたびれちゃうわよ」

 

「新たな強さを手に入れることは辛いことばかりではない。それによって新たな出会いもあれば、新たな発見もある。今もタバサからこの世界のことを教わっているが、これはこれで中々面白い……」

 

「……へ~、ちょっとびっくりしたわ。なによ、あなたたち随分いい関係なんじゃない! これはあたしも負けてられないわ」

 

「だから、そういう関係じゃない……」

 

 

三人が談笑に華を咲かせていると、席の近くに1人の生徒がやってきた。

 

 

「やれやれ……実に嘆かわしいものだな。伝統あるこのトリステイン魔法学院の敷地内を、どこの馬の骨ともわからぬ平民が我が物顔で闊歩するなど……ミス・ツェルプストー、それにミス・タバサ……あなた方もそうは思わないだろうか?」

 

 

几帳面に七三に分けられた金色の髪を撫でながら、その男子生徒は目の前の戒斗に視線を向けた。視線を向けられた戒斗には、その視線の中に侮蔑と嘲笑の感情が込められていることがわかった。

 

 

「あら、ロレーヌ。貴方から声をかけてくるなんて久しぶりね……ところで、今のあなたの言葉だけど、一体どういう意味かしら?」

 

「そのままの意味さ。ここは名誉と伝統を重んじる神聖なる学び舎だ。ところが最近、あの『ゼロのルイズ』が連れてきた平民や、そこに座っている得体の知れない男がその品位を乱していると僕は思うのだよ。無論、僕だけじゃない……同じように思っている生徒は大勢いる。そこのところを、君たちはどう思っているのか確認しておきたくてね……」

 

 

ロレーヌと呼ばれた生徒は、本から目線を放そうとしないタバサに視線を移した。

 

 

「ミス・タバサ、君とその男がどういう関係かは僕の知るところではないが、君が自室にその男を住まわせているという事実は紛れもなく学院の品位の低下に繋がっていると僕は思うのだよ。君とその男が自室で不健全な行為をしている……なんて噂まで立っているくらいだ。その件に関して君は……」

 

 

嫌みったらしい口調でタバサを遠まわしに非難するロレーヌに、キュルケは切れる一歩手前だった。だが、ロレーヌの嫌味の言葉は、戒斗がわざと音を立ててソーサーにカップをおいたことによって妨げられた。

 

 

「黙って聞いていれば小煩い男だ。俺の存在が気に食わないのなら、俺に直接そう言えばいいだろう?」

 

 

「……随分と口の利き方のなっていない平民だな。いや、むしろ平民だから学がないのか? まぁいい。ならば、お望みどおり直接言わせていただこう。平民君、今すぐこの学院から出て行ってもらおうか?」

 

「あのね、ロレーヌ。カイトは学院長からこの学院に滞在する許可をもらっているのよ。あなたにそれをどうこうする権利はないでしょう?」

 

 

怒りをむき出しにしたキュルケの言葉だったが、ロレーヌはフフッ、と笑いながら言葉を続けた。

 

 

「言っただろう? この平民が学院にいることを快く思っていない生徒が大勢居ると……中には君たちのような『物好き』もいるようだが、大半の生徒はその平民が居ることを快く思っていないはずさ。僕たちはトリステインの未来を担う家を継ぐ選ばれた人物だ。そんな選ばれし者の学び舎に不快な存在が紛れ込んでいることを僕たちの家の者が知れば……どうなるかはわかるだろう? おっと、失礼。この国の貴族ではないミス・ツェルプストーや私生児のミス・タバサにはわからない話だったかな?」

 

 

この言葉でタバサの目の奥にも静かな炎が灯った。キュルケに至っては、額に青筋が何本も浮かんでいた。

 

 

「ロレーヌ……去年の仕返しのつもりなのかしら? 随分と女々しい真似してくれるじゃない……」

 

「なんのことかな? 僕は学院の品位を下げるこの平民に一刻も早くこの学院から出て行ってもらいたいだけだ。君たちが何を思っているかは知らないが、君たちが考えていることと……」

 

 

矢継ぎ早に放たれたロレーヌの言葉は、戒斗の「なるほどな」という一声によって遮られた。

 

 

「……なにがなるほど、なのかな?」

 

「おおよそ察しはついた、という意味だ。タバサ、キュルケ、お前たちはこいつと以前なにかひと悶着あったんだろう? そこでこいつはお前たちに負けた……違うか?」

 

 

戒斗の問いにタバサが無言で頷いた。戒斗が言葉を続ける。

 

「やはりな。でだ……こいつはその件でかかされた屈辱をどうにかお前たちに返せないかどうか考え続けてきたわけだ。で、先日から俺がお前たちと行動するようになったことで、お前たちの評価を下げる都合のいい大義名分ができたというわけだ。俺のことが目障りなのは事実なのだろうが、むしろタバサたちを辱めるいい材料ができたと思っているんだろう……」

 

 

そこまで言った戒斗は椅子から立ち上がり、ロレーヌと向き合った。視線を向けられたロレーヌ本人だけでなく、傍で見ていたタバサやキュルケにも、戒斗がロレーヌ向ける視線と表情に激しい怒りと嫌悪の感情が渦巻いていることが読み取れた。そう、この場でロレーヌの陰湿な言葉に腹を立てていたのは、タバサとキュルケだけではなかったのである。

 

 

「ロレーヌとか言ったか……貴様が俺のことをどう思おうが構わん。だが、俺の存在を利用してこいつらを遠まわしに侮蔑する貴様の言葉が耳障りこの上ない。今すぐ黙ってもらおうか……」

 

「……魔法も使えぬ平民風情が随分と大きなことを言うじゃないか? 僕は『風』のラインだ。先日、平民に遅れをとったギーシュとは違う。その気になれば、君の小さな命など一瞬で摘み取れるんだよ?」

 

 

――立場を弁えろ。殺そうと思えばいつでも殺せる――そんな意味が込められたロレーヌの言葉を、戒斗は鼻で笑い飛ばした。

 

 

「……貴様こそ随分と大きなことを言っていたな。自分はこの国の未来を狙う『選ばれし者』だったか……貴様のような『弱者』に担われては、この国の未来はどうしようもないようだ……」

 

「……今、なんと言った?」

 

 

額に青筋を浮かべるロレーヌに、戒斗は言葉を続けた。

 

 

「聞こえなかったか? 『弱者』と言ったんだ。己の受けた屈辱を、他人の弱みにつけ込むことでしか返せない卑怯者……そんな輩が国の未来を担う? なんとも滑稽な話だな!」

 

「黙れ!!」

 

 

怒りを抑えきれないロレーヌが戒斗に杖を向ける。近くに居た事情を知らないメイドが悲鳴を上げるが、杖を向けられた張本人の戒斗は一切の動揺を見せずにロレーヌと向き合っていた。

 

 

「ちょ、ちょっとカイト! 幾らなんでも言いすぎじゃ……」

 

 

キュルケが声をかけるが、状況はもはや止まらなかった。ロレーヌが声を荒らげて戒斗にくってかかる。

 

 

「……決闘だ! 君の言葉、今すぐにでも訂正させてやるぞ! 平民の分際でここまで僕を侮辱したんだ。命の保障はできないと思え!」

 

「いいだろう……貴様が勝ったら、煮るなり焼くなり好きにしろ。だが、俺が勝った場合は二度と俺の前で耳障りな発言をするな。その条件を呑むなら、貴様の言う決闘とやらに乗ってやろう」

 

「随分と余裕じゃないか。そんな軽口は勝ってから言いたまえ。まぁ、僕が君に負ける要素は微塵もありはしないがね……ミス・タバサにミス・ツェルプストー、君たちにとっては残念なお知らせだ。君たちのお友達の命は今日限りだ!」

 

 

そういいながらロレーヌはマントを翻し、「ヴェストリの広場で待つ」と言い残し、先に広場に向かって歩いていった。周りでは騒ぎを聞きつけた他の生徒が、

 

 

「おい、また決闘だぞ! 今度はロレーヌとタバサの連れの平民だ!」

 

「でも勝負にならないよ。だってロレーヌは『ライン』だぜ!」

 

「でも……噂じゃあの平民、メイジ殺しらしいぞ。ツェルプストーが吹聴してた……」

 

 

などと勝手に盛り上がっていた。そんな中、戒斗は何事もなかったかのようにタバサとキュルケに向き直った。

 

 

「……そんなわけで面倒なことになった。さっさと終わらせてくるから、待っていろ」

 

「え、えぇ……ねぇ、カイト? 幾らなんでも言いすぎじゃない? あんなガキの言うことにそこまで気にしなくても……」

 

 

キュルケには戒斗がロレーヌをあそこまで罵倒した理由がわからなかった。目の前の駆紋戒斗という男が、悪口を言われた程度で激昂するとは思っていなかったからである。

 

 

「……勘違いをしているようだが、俺はあいつに罵倒されたことに腹を立てているわけではない。実際、俺はかなり無理を通してこの学院に滞在しているわけだから、あいつの言葉は正論だ……俺がやつを許せない理由はただひとつ。あいつが俺の存在をだしにして、お前たちを罵ったという一点だ」

 

 

戒斗の想定外の言葉にキュルケは呆けた表情になった。

 

 

「……え、そこ?」

 

「そうだ。己の受けた屈辱を、他人の弱みにつけ込むことでしか返そうとするやつの行動が耳障りなことこの上なかった?だから敢えて挑発して、その気にさせた。あれ以上、煩わしい言葉を垂れ流されては敵わんからな……」

 

 

そう語る戒斗の表情から、タバサとキュルケの両名は駆紋戒斗という男が本心を語っていることを読み取った。彼は自分が侮辱されたことなどどうでもよく、自分を利用して彼女たちを罵るロレーヌの行為に対しての怒りというただ一点から、彼を挑発したのであった。

 

 

「あのね、カイト……そんなの聞き流せばいいじゃない……」

 

「そうはいかないな……やつをあのまま好き放題言わせておくなど、俺自身がどうやっても許せん。あいつは完膚なきまでに叩き潰す……タバサ、そういうわけだ。構わないな?」

 

 

戒斗は彼の表情や言葉を静かに聞いていたタバサにそう言葉を投げかけた。数秒の沈黙の後に、タバサは首を立てに振った。

 

 

「……ひとつだけ。目立つから『アレ』は使わないで」

 

「無論だ。じゃあ、行ってくる」

 

 

そう言うと、戒斗は踵を返しヴェストリの広場へと向かった。戒斗の実力を知らないキュルケの心配を余所に、タバサは駆紋戒斗という男が持つ本質の一端を理解した。そして、戒斗がロレーヌを必ず打ち倒すだろうということを感じ取っていた。

 

そして、そんな彼女の感覚を実証するかのように、決闘の開始からものの数秒で戒斗はロレーヌを下した。

 

立会人となったギーシュ・ド・グラモンによる開始の合図とともに呪文の詠唱に入るロレーヌであったが、一方の戒斗はその瞬間ロレーヌに向かって目にも留まらぬ速さで『ナニカ』を投擲した。

 

それは昨日、タバサの部屋に遊びにやってきたキュルケが持ってきた『サンク』というゲームに使うカードであり、地球にあったトランプとの類似点を気に入った戒斗がキュルケから拝借していたものであった。

 

風を切り裂きながら、すごいスピードで迫るカードをロレーヌは反射的に交わしてしまった。カードはロレーヌの顔の20セント横を通り過ぎたのだが、その瞬間それまで戒斗に向けられていたロレーヌの視線はカードに向き、また呪文の詠唱も止まってしまった。

 

戒斗は狙い通りに作り出したその隙を見逃さなかった。一瞬にしてロレーヌとの距離をつめ、彼が呪文を完成させるよりも早く、彼の右手に握られていた杖を蹴り飛ばしたのである。

 

 

「ウッ!?……そ、そんな……」

 

 

杖がなければ当然魔法は使えない。拾いにいこうにも、杖は数メイル先に吹っ飛んでしまっている。5メイル以上離れていた位置から一瞬でロレーヌに迫った瞬発力を持つ戒斗に接近を許してしまった今、杖を拾いに行くことは絶望的だった。ロレーヌは自分が目の前の平民に敗北したという事実を悟った。

 

 

「どうした? 何をそんなに戸惑っている? 杖が吹っ飛んだだけだろう?」

 

 

しかし、彼の想いに反して目の前の戒斗からそんな言葉が放たれた。ロレーヌの手から杖が離れた時点でこの決闘は終わったのだとロレーヌだけでなく、周りの生徒全員が感じていた。杖を相手の手から落とすという決着が、この時代での優雅な勝ち方と言われていたからである。

 

 

「き、きさま……僕をこれ以上辱めるつもりかッ!? 僕の杖はもう手を離れてしまったんだぞ!」

 

 

「それがどうした? 俺は魔法が使えないが、貴様は格闘ができないというわけではない。俺に格闘で挑んでくるなり、あるいはその中で隙を見て杖を拾う算段をするなり、やれることはいくらでもあるはずだ。何を早々に諦めている?」

 

 

ロレーヌが絶望している理由が本当に分からないといった表情で、戒斗はそう言った。

 

 

「そ、そんなことできるわけないだろう……」

 

 

屈辱からくる涙で目元を濡らしたロレーヌは搾り出すように呟いた。周りの生徒からも、「品がないわ」「敗者を侮辱するのはやめろ」などという言葉が戒斗の耳に聞こえてきた。戒斗はロレーヌから、周りの生徒に視線を移し、そしてため息をついた。

 

 

「……やはり貴様は弱い。俺の言葉を正させるんじゃなかったのか? 力を一時的に使えなくなっただけで、何もせずに敗北を認めるのか? ……それから、周りでどうこう言っている連中がいるが……貴様たちも等しく弱者の仲間入りだ」

 

 

戒斗は野次馬の生徒を振り返りそう告げた。

 

 

「貴様らの決闘の作法がどういうものか、俺には知ったことではない。だが、このロレーヌという男は俺を打ち倒す気で決闘を挑んだ。貴様らがいう魔法が使えない平民を一方的に魔法で嬲り、鬱憤晴らしという感覚で決闘という名の私刑を挑んだ。

 

そんな戦いのどこに品格や誇りがある? 貴様らが誇る魔法とやらは、そんな下劣な行為のために存在するものなのか?」

 

 

戒斗の言葉に、周りの生徒は当然怒りの感情を感じた。しかし、何も言い返せなかった。彼の言葉は、自分たちの全てを見透かしたように感じられたからだ。

 

 

「貴様らは貴族だ。この男が言ったように、いずれはこの国の未来を背負うだろう……そんな貴様らがこのざまでどうする。誇りも、意志も、夢も曖昧なままで、『魔法』や『地位』などという生まれたときからたまたま持っていた『力』に振り回される貴様らは、俺からすればひどく憐れで滑稽だ。

 

……本当に国を、『世界』を背負うと誓った人間は、『力』に振り回されない確固たる強さを持っている。力とは己の強さの証を立てるための手段だということを知っているからだ……そのことをわかっていないようなら、これ以上続けても時間の無駄だな……」

 

 

戒斗はそう言うと広場の外へ向かって歩き出した。野次馬の中を掻き分け、未だ広場の中央で呆然としているロレーヌと野次馬を背にした彼はこう呟き、タバサたちのところへ戻ってきた。「カイト! あなたってほんとうに強いのね! カッコよかったわ!」と戒斗の強さを賞賛するキュルケと「おかえり」と呟いただけのタバサの両名とともに戒斗は広場を離れた。

 

その場には、見ず知らずの平民に完膚なきまでに敗北したロレーヌと、彼と同じような気持ちになった野次馬たちが何も言えぬまま取り残された。

 

 

***********

 

 

……今、思い返してみたが本当に印象的な出来事だった。あの日以来、あの場に居た生徒で戒斗の陰口を言う者はなくなり、またその日のうちにロレーヌから私とキュルケに一年前の件と合わせて謝罪が成された。

 

 

「あの平民の言葉を聞いているうちに、感じたんだ。僕は『誇り』の持ち方を誤解していたんだとね。なんというか……僕たちより貴族らしい男だと思ったよ。ならば、本当の貴族である僕が負けてはいられないだろう?」

 

 

一通りの謝罪を終えたあと、ロレーヌはそう語った。それはキュルケやわたしが感じていた感情と同じだった。卑怯なことと己の弱さを嫌い、ただ純粋に「強さ」を追い求める彼の生き様は、貴族であるこの学院の生徒たちにとって、そうあるべき見本のように輝いて見えたのだろう。わたしも、もし普通の学生として彼と出会っていたなら、彼の生き様を将来の指針にしたと思う……

 

 

苛烈で、傲慢で、自分中心だけど、それゆえに妥協をゆるさずどこまでも高潔で純粋であろうとする人間……現時点でクモン・カイトという人間を、わたしはそう評価していた。

 

同時に彼の知識、決断力、生き様から学ぶべきことがたくさんあるとも感じていた。彼を完全に信頼しているわけではないが、少なくともわたしの目的への協力を彼に頼んだことは間違いではなかったと思っている。

 

 

「タバサ、聞いているか?」

 

 

 

不意にカイトの声が聞こえた。どうやら考え事をしていたせいで、彼の言葉が聞こえていなかったようだ。

 

 

「ごめん、考え事をしていた。なに?」

 

「そろそろ朝食の時間だが、行かなくていいのか?」

 

 

気づけばもうそんな時間だった。わたしは椅子から立ち上がると、マントを羽織った。

 

 

「お待たせ」

 

「あぁ。ところで、今日は授業が休みだそうだな?」

 

 

彼の質問にわたしは頷いた。今日は虚無の曜日であり、一週間の中で授業が休みになる休日であった。

 

 

「そうか。お前は何か予定があるのか?」

 

「とくにない。強いて言うなら、本を読むことが予定」

 

「わかった。なら俺も合わせよう。今日中にある程度の読みはカタチにしておきたい」

 

「了解。わからない言葉があったら聞いて」

 

 

わたしは1人の時間が好きだった。かあさまがああなってしまって以来、わたしにとってかあさまを救い出すことだけが生きる目的になり、他人への興味がほとんどなくなってしまった。むしろ、自分の領域を侵す邪魔者とさえ感じるようになった。そんなふうに氷のように心を閉ざすことしか、自分の抱える絶望を耐える術を知らなかったからだ。

 

 

だが一年前に親友と知り合い、またこの一週間でカイトとシルフィードという個性的な2人とも知り合った。それぞれ全く異なった人間性を持った3人だが、それぞれ学ぶべきところがあり、一緒に居て楽しいと感じた。3人の誰かと居るときは閉ざしたはずの心が解けたかのように温かい気持ちになれた。ただ本を読みながら片手間に相槌を打つだけでも、それだけで気持ちが紛れた。

 

 

そんなことを考えながら、部屋のドアを開けようとすると、ドアが勢いよく開かれて親友がすごい剣幕で入ってきた。

 

 

「タバサ! でかけるわよ! 早く支度をして!」

 

「キュルケか? こんな朝っぱらからどうした?」

 

「あぁ、カイト聞いて! 昨日サイトを部屋に招いたんだけど、色々あって口説きそこなったの。でね、さっき彼があの憎っくきヴァリエールと出かけたところを見たのよ!私は二人がどこに行くか突き止めなくちゃ行けないの! わかるでしょう!」

 

 

親友がカイトにすごい勢いで一方的に話しかける。あの状態の彼女は、1人の男性を口説き落とそうとしている狩人になっているのだ。

 

 

「……お前が必死なのはわかったが、なぜそこでタバサが行かねばならん? 理由を説明しろ」

 

「出かけた二人を追いかけたいんだけど、タバサの使い魔じゃないと追いつけないのよ! ねぇ、タバサ! 助けて!」

 

 

親友はそういいながら私の手を握った。本当に心からのお願い、といったような表情だった。わたしの心の氷がまた解けたような感覚がした。友人がこれほど頼み込んでおり、かつ彼女の願いは自分しか叶えられないのだ。なら、自分が動かないでどうする。わたしは頷いた。

 

 

「ほんとう? ありがとう!! ねぇ、カイト。あなたも来て欲しいわ。本当だったら、今日は街に出てサイトへのプレゼントを探す気だったの! 同郷のあなたからのアドバイスが欲しいのよ!」

 

「……まぁ、いいだろう。だが、俺のアドバイスがあてになるかはわからんぞ」

 

 

ため息をつきながらカイトはそう呟いた。わたしはシルフィードを呼ぶために、窓を開けて口笛を吹いた。窓の外は快晴だった。今までの部屋で過ごす虚無の曜日も悪くはなかったが、久々にあわただしくも、楽しい休日が始まるのだろう……わたしはそう確信した。

 

 

***********

 

 

虚無の曜日の1日前の深夜、学院の本塔は夜空に浮かぶ双月の光によって、幻想的に照らされていた。その本塔の外壁に、1人の人間が壁に垂直に立っていた。夜風にたなびく長く青い髪、顔と体型を隠すために全身をすっぽり覆うカタチのローブが特徴的なその人物は、今トリステイン中を騒がしている、貴族の所有する美術品やマジックアイテムばかりを狙うメイジの大怪盗「土くれのフーケ」であった。

 

 

「さすがは魔法学院本塔の壁ね……こんなに厚いとちょっとやそっとの魔法じゃどうしようもないじゃあないの!」

 

 

壁の厚さを足から伝わる感覚で測っていたフーケは苛立ちを隠さず呟いた。フーケが主に盗みを行う際に使う手段は2つあり、ひとつは「錬金」の魔法を使い壁に穴を空け、誰にも気づかれず目的の品を盗むというもの。もう1つは全長三十メイルはあろうかという「ゴーレム」を作り出し、金庫や衛兵を正面突破するというものであった。

 

この真逆の方法を使い分けることで、フーケはこれまで散々盗みを働いたにも関わらず、王室直属の衛士隊にも尻尾を掴ませていなかった。しかし、今回の目的のものが納められている学院の宝物庫は、そんな彼女でさえも苦戦を強いられる頑丈さであった。

 

 

まずかかっている『固定化』の魔法がとてつもなく強力なものであった。生半可な固定化ならば、フーケほどの土系統の使い手なら簡単に突破できてしまうのだが、すでに突破を試みた結果、穴をあけることはできなかった。

 

一方、ゴーレムで壁を壊すことも考えたが、壁の厚さ的にどうも厳しそうだとの判断をフーケは下していた。しかし、このまま黙って引き下がるような人物ではないフーケは、なんとかしてこの壁を突破できないかとここ数日考えこんでいるのだった。

 

 

「『異界の錠前』と『異界の紺板』……諦めるわけにゃあ、いかないねぇ……」

 

 

独自のルートで知った超極秘の宝物を前にして、フーケの闘志はメラメラと燃え上がっていた。

 

 

第8話へ続く

 




0611 決闘中の戒斗が投げたカードの描写を少し修正

0808 異界の果実→異界の錠前に変更

1101 細部修正

1113 フーケのセリフで今後の話に関する描写の食い違いがあったため修正

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