虚無の果実~雪風と真紅の魔王~   作:ヒロジン

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第6話 「2人の過去 新たな出会いと闇の暗躍 ③」

魔法学院にある5つの塔、その「火」と「風」の塔の間に、ヴェストリの広場はあった。時刻は昼過ぎ、広場の中央には2人の人間が向かい合って立っており、周りには人だかりが出来ていた。

 

中央の2人のうち、1人は学院に在籍する二年生の「ギーシュ・ド・グラモン」、もう1人は先日ルイズという少女によって地球から召喚された少年「平賀才人」であった。今、広場では2人による決闘が始まろうとしていた。

 

 

「諸君! 決闘だ!!」

 

 

己の杖である薔薇の造花を掲げ、ギーシュが高らかに叫んだ。それにより、周りの野次馬たちから歓声が巻き起こった。

 

 

「ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの平民だ!」

 

 

野次馬の生徒の1人がそう叫ぶ。それを聞いた才人は、「俺にだって名前はある」と心の中で苛立っていた。

 

 

「とりあえず、逃げずに来たことは誉めてやろうじゃないか」

 

「誰が逃げるかよ……で、どうすんだ? やるなら早くやろうぜ!」

 

 

そう言って才人はギーシュを挑発する。それを受けたギーシュもニヤリと笑った。今まさに闘いの火蓋が気って落とされんとしていた。観客の野次馬たちの間にも一瞬の静寂が訪れた。

 

 

「決闘か……この雰囲気……インベスゲームを思い出すな……」

 

 

だがそんな雰囲気を完全に無視し、才人に向かって野次馬たちの間を悠然と歩いてくる男が居た。そんな男は今この学院には1人しかいない――駆紋戒斗であった。

 

 

「君は……タバサとつるんでいる……」

 

「……なんの用だよ? 今いいところなんだから邪魔すんなよ」

 

「まぁ、そう言うな。おまえたちの『喧嘩』に興味はないが、一応頼まれたのでな……シエスタが心配していたぞ。貴様が殺されるとな」

 

 

戒斗の言葉を才人は鼻で笑った。

 

 

「死なねぇし、負けるつもりもねぇよ。貴族だかなんだかしらねぇけど、いい加減ムカついてんだよ。どいつもこいつも威張りやがって……魔法が使えるからってなんだってんだ」

 

「……まぁ、その意見には同感だ。魔法が使えるからといって、別にそいつが強いわけではない。だが……貴様は強いのか?」

 

「強いかどうかなんてしらねぇよ。ただ……こんなやつに頭下げたくないだけだ。喧嘩するのにそれ以上の理由がいるかよ」

 

 

そう語る才人の目を見た戒斗はとある男のことを思い出していた。馬鹿正直で、お人よしで、お調子者だが、一度決めたらその道をまっすぐ突き進む強さを持った男……目の前の少年から感じ取った雰囲気は、戒斗が出会った頃の「葛葉紘汰」という青年から感じ取ったものと似通った部分があった。そして、戒斗は察した――目の前の馬鹿には自分が何を言っても無駄だと言うことを……

 

 

「そうか……ならば、勝手にしろ。ギーシュと言ったか? 喧嘩の邪魔をして悪かったな」

 

「それは構わないが……君、これは誇り高き『決闘』だ。『喧嘩』などという下卑た言い方をするのは止めてくれないか?」

 

 

ギーシュのこの言葉を受けて、戒斗が笑った。

 

 

「誇り高いか……まぁ、いい。どちらでも俺には関係ないことだ。あとは貴様らで勝手にしろ」

 

 

そう言って、戒斗は人だかりから少し離れた場所に居るタバサやキュルケたちのところに戻った。そんな戒斗にシエスタが駆け寄った。

 

 

「カイトさん! なんで戻ってきちゃうんですか!? あのままじゃあの人が!!」

 

「俺がどうこう言ったところで、あいつは喧嘩を止める気はないらしい。ああいう馬鹿には何を言っても無駄だ」

 

 

戒斗の言葉にシエスタは「そんな……」と思わず、声を漏らした。一方、広場中央のギーシュは突然の乱入者に驚いたものの、目の前の平民と同じように無礼な態度をとった戒斗に腹を立てていた。

 

「全く、貴族に対する礼儀を知らんやつばかりだ……君はいいのかい? お仲間の平民君は君のことが心配みたいだぞ?」

 

 

ギーシュが才人を皮肉る。その言葉に才人はさらに苛立った。

 

 

「あいつが? 仲間でも何でもねぇよ。ただ俺に茶々を入れてきただけだ」

 

「そうかい。貴族に対する礼儀を知らんもの同士、仲間意識があるのかと思ったが……まぁ、いい。あのカイトとかいう平民にはあとで礼儀を教えるとして、まずは君に貴族への礼儀を教えてやろう!!」

 

 

ギーシュと才人が再び身構えるが、そのとき野次馬を掻き分け、再び2人に迫る1人の影があった。

 

 

「待って!!」

 

 

その影は1人の少女であった。タバサほどではないが、小柄で桃色の髪が特徴的な美少女であった。少女は2人の間に割ってはいると、ギーシュに食って掛かった。

 

 

「ギーシュ! いいかんげんにして! 決闘は禁止されているじゃない!」

 

「禁止されているのは貴族同士の決闘だよ。彼は平民……問題はない」

 

「それは……そんなこと今までなかったから……」

 

 

造花で才人を指しながらそう語るギーシュの言葉に、少女はどう反論していいかわからないかのように言葉を濁した。

 

 

「……『ルイズ』……もしや君はこの平民に、その『乙女心』を動かしているのか?」

 

 

そのギーシュの言葉で『ルイズ』と呼ばれた少女の顔は真っ赤になった。

 

 

「だ、誰がよ!! やめてよね! 自分の使い魔がみすみすボロクソにやられるのを、黙って見てられるわけないじゃない!!」

 

 

口から泡を飛ばしながらすごい剣幕で叫ぶ少女に、才人は「ボロクソって……」と呟いた。そんな様子を戒斗とキュルケ、そして本を片手にしたタバサが野次馬の外から見つめていた。

 

 

「あれが才人を召喚した生徒か……なんというか、気が強そうな女だな」

 

「名前はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。この国の名門貴族『ヴァリエール公爵家』の現頭首の第三女で、性格に関してはあなたの想像通りプライド高くて短気な子よ。しかしあの子もなんというか……自分の使い魔の面倒ぐらいきちんと見なさいよ……」

 

 

そういいながらキュルケは目を閉じため息をつく。

 

 

「どうした? まるで娘を心配する母親のような言葉だったぞ」

 

「ん~……まぁ、しっかりしてほしいってのは本当よ。ライバルとしてって意味だけど……私の家と彼女の家は領地が隣通しでね。私たちが生まれる前から色々とあるのよ」

 

「……なるほど、殺し合い奪い合いの関係というわけか……」

 

「そゆこと。だからもうちょっと頑張ってくれないと張り合いがないのよね~~……あ、始まるみたいよ!」

 

 

キュルケの声を受けて、戒斗は広場の中央に視線を戻した。そこには先ほどまでなかった青銅色の甲冑を身に纏った人形が才人の腹に拳をめり込ませている光景があった。人形のパンチをまともに喰らった才人はうめき声をあげてその場にうずくまる。

 

 

「あれは?」

 

「ゴーレムの魔法よ。土や鉱物を媒体にして主の命令に忠実な動く人形を作るの。あのギーシュはまだドットだから人間サイズのゴーレムしか作れないけど、高位のメイジには十メイル以上の大きさのゴーレムを操るとされているわ」

 

「ほう。風を起こしたり、土人形を作ったり……なんでもありだな」

 

 

戒斗がそんな呟きをしている最中、腹を押さえてなんとか立ち上がった才人にルイズがかけよった。

 

 

「わかったでしょ? 平民は絶対メイジに勝てないの!」

 

「……どいてろ……」

 

 

才人はルイズの静止を無視して立ち上がり、正面のギーシュを見据えた。

 

 

「ほう……手加減が過ぎたか?」

 

「いきなりだったから……ゆ、油断しただけだよ……」

 

「どうして立ち上がるのよ! 馬鹿ッ!!」

 

苦し紛れの言葉を吐く才人に、ルイズがわけがわからないといった風に噛み付いた。

 

 

「……さっきも言っただろ……ムカつくからだよ」

 

「えっ?」

 

 

才人の言葉にルイズが困惑する。

 

 

「メイジだか貴族だかしらねぇけど、お前ら無駄に威張りやがって……『魔法』が使えるのがそんなにえらいって言うのかよッ!!」

 

「ふむ……まぁ、君がなんと言おうと結果は見えている。やるだけ無駄だとは思うがね」

 

「……へっ、全然効いてねぇよ。お前の銅像、弱すぎ」

 

 

才人のその挑発で、ギーシュの顔から笑みが消えた。そして、ギーシュの生み出したゴーレム『ワルキューレ』による一方的な私刑が始まった。

 

 

顔、腹、腕、足――才人が立ち上がるたびにギーシュのゴーレムの攻撃が彼の体の至る所に襲い掛かった。八度目の攻撃で、才人の右腕が明らかにおかしい方向に曲がったのを見て、戒斗たちのとなりで決闘を見守っていたシエスタは思わず目を覆った。才人の顔面をゴーレムが踏みつけ、再び才人が地面に倒れこんだ。もう身体で怪我をしていない部位のほうが少ない状態の才人であったが、数秒の間をおいて彼はフラフラと立ち上がった。

 

 

「へぇ……まだ立つんだ」

 

 

才人が立ち上がったことに、キュルケは素直に驚きの声を上げる。彼女の隣で、戒斗はもはやぼろ雑巾のようになった才人を無言で見つめていた。そんな彼の隣で、タバサは戒斗がどういう意図で自分の隣で涙を目に浮かべて才人を見守っているシエスタという使用人をここに連れてきたのか、という点について思案していた。

 

 

「……シエスタ」

 

 

地面からフラフラと立ち上がる才人を見ていた戒斗がおもむろにシエスタの名を呼んだ。

 

 

「は、はい……」

 

「お前はあの男の姿を見てどう思う?」

 

「……私にはわかりません……なんで……なんで闘おうとするんですか? なんで立ち上がるんですか? 魔法の使えない私たちが貴族と闘ったって絶対勝てっこないんです!」

 

 

シエスタの言葉を聞いた戒斗はタバサに視線を移した。

 

 

「……タバサ、お前はどうだ? あいつが立ち上がる理由がわかるか?」

 

「……わからない。ただの喧嘩に命をかけるなんて馬鹿のやること」

 

 

戒斗の問いにタバサは淡々と答えた。

 

 

「……まぁ、お前の意見も最もだ。キュルケ、お前はどうだ?」

 

 

戒斗が今度はキュルケに話を振った。

 

 

「う~ん、そうねぇ……あの平民のことはわからないけど、私が闘うときは『自分の大切なものを守る時』よ。それを守るためなら、どれだけ傷ついても闘うわよ」

 

 

キュルケの言葉に戒斗は頷いた。

 

 

「そうだ。あいつは今、自分の中の譲れないものを守るために立ち上がっている。どれだけ傷ついても、何度地に這い蹲ろうとも……力を振りかざす貴族に頭を下げたくない、という最後のプライドを護るために立ち上がっている」

 

 

そう語りながら、戒斗は才人に視線を移した。ぼろぼろの才人に目に涙を浮かべたルイズが駆け寄り、才人を止めようと必死に説得している。

 

 

「プライドって……そんなもののために命を張るなんておかしいです! 死んだらどうしようもないじゃないですか!!」

 

 

戒斗の言葉にシエスタが叫んだ。タバサも彼女と同じように心の中で頷いた。

 

 

「そうだ。お前の言うとおり、死んでしまったらそれまでだ。だが……力に恐怖し跪き、己の一番大切なものを捨ててしまったら、その瞬間にそいつは死んだも同然だ。強いものに媚びへつらい、自分より弱いものを糧にすることしかできない『弱者』へと成り下がる……あの男にとって、『貴族に頭を下げたくない』ということは、どうやっても譲れない一線なのだろう……」

 

 

ここで戒斗はシエスタに向き合った。彼の性格を現したかのようなどこまでも澄んだ真っ直ぐな視線がシエスタを見つめた。

 

 

「シエスタ、お前にはあいつのような譲れないものはあるか?」

 

「わたしには……そんなこと考えたこともなくて……」

 

 

戒斗の問いにシエスタは言葉を濁した。

 

 

「なければ今から作ればいい。譲れない大切なもの、それがどんな小さなことでも、それを持った瞬間お前は強くなれる。それを守り続けれたなら……お前は『力』という恐怖に立ち向かえるだけの『力』を手に入れる」

 

「……私は平民です。どうやったって、魔法は使えません。強くなんてなれません……」

 

「魔法なんてものは『力』のひとつに過ぎない。俺は『どんなときでも誰かのために踊る』と誓い、踊り続けた女を知っている。あいつは非力ではあったが……間違いなく『強者』だった。あいつの言葉が他人を元気付け、あいつのために誰もが戦った。『力』に決まったカタチなどない、これだけは譲れないという何かを持てば、それがお前の『力』になる……」

 

 

そのとき、野次馬たちがいっそう盛り上がった。何度倒しても立ち上がる才人を見かねたギーシュが、錬金の魔法で一本の剣を作り、才人の目の前に突き刺したのだ。「これ以上続けたければ、その剣をとれ」とギーシュは才人に言った。それは「剣をとった瞬間に容赦はしない。謝るなら今だぞ?」という意味を込めたギーシュからの最終警告だった。

 

 

「だめ! 絶対だめなんだから! それを握ったら、ギーシュは容赦しないわ!」

 

 

そんなルイズの言葉を才人は無視して、剣を握ろうとする。

 

 

「あら……カイト、ちょっとまずそうよ」

 

「あぁ……喧嘩はここまでだな。馬鹿な男だが、ここで死なれるのも寝覚めが悪い」

 

 

そう言うと戒斗は広場の中央に向き直った。シエスタに背を向けたまま、彼は最後にこう言った。

 

 

「シエスタ……それにキュルケにタバサもだ。恐れてもいい。泣いてもいい。地を這いつくばってもいい……だが、いつどんなときでも強くなることを忘れるな。強くなることを忘れた『弱者』は、そいつ自身だけではなく……周りの全てを不幸にする。そんなどうしようもない存在に、お前たちは成り下がるな……」

 

 

************

 

 

「使い魔でいい。寝るのは床でもいい。飯はまずくたっていい。下着だって洗ってやるよ。生きるためだ、しょうがねぇ…………でも……下げたくない頭は、さげられねえッ!!」

 

 

戒斗が広場の中央に割って入ろうとしたその瞬間、才人が最後の力を振り絞って立ち上がり、剣を掴んだ。周りの野次馬から歓声が上がる。

 

そして、その瞬間に異変が起きた。才人の左手に刻まれたルーン文字が突然光りだしたのである。そして数秒後、才人に向かって襲い掛かったギーシュのゴーレム『ワルキューレ』は、才人の右手に握られた剣で横一文字に切り裂かれ、地面に落ちた。

 

 

この出来事に野次馬や外で見ていたタバサたちだけでなく、彼の傍で決闘を見守っていたルイズ、決闘の相手であるギーシュ、そして誰よりも今ゴーレムを真っ二つした才人自身が驚いていた。剣を握った瞬間に、才人は自分の体に纏わりついていた痛みが消えていくのを感じた。体が軽い、自分に襲い掛かるゴーレムの動きがひどくゆっくりに見えた。そして彼は確信した……「いける」と。

 

 

刹那、才人はギーシュ目掛けて突っ込んだ。ギーシュも慌てて、ワルキューレを呼び出した。数は全部で6体、先ほど切り裂かれたものを含めて彼が使役できるゴーレムの最大数である。

 

しかし、いずれの個体も才人の剣であっという間に切り裂かれ地に落ちる。その目にも留まらぬ剣でワルキューレを蹴散らした才人は、すでにギーシュの眼前に迫り、「続けるか?」と呟いた。その迫力にギーシュは尻餅をつき、がっくりとうな垂れてこう呟いた。

 

 

「ま、参った……」

 

 

その瞬間、広場がどよめき立った。『平民』は『貴族』に勝てないという通説を、平賀才人という異界の少年は打ち破ったのである。シエスタは信じられないという表情で才人を見つめ、キュルケは一瞬驚くもすぐに表情を獲物を見つけた狩人のそれへと変えた。タバサはいつもの無表情であったが、内心は驚いていた。そしてそれは、戦いに割って入ろうとした駆紋戒斗も同じであった。

 

 

『なんだ……あいつの左手の文字が光った途端に、動きが変わった……だが……』

 

 

歴戦の戦士である戒斗は、先ほどの才人の剣戟に違和感を覚えた。ゴーレムを切り裂いた彼の剣は確かに素早かった……だが、なんというか不恰好で洗練されていなかったのだ。彼自身もアーマードライダーに成りたての頃はそうだったように、いきなり身体能力だけが跳ね上がったかのような……そんな同じ感覚を才人から感じ取ったのだ。

 

 

一方で才人自身も自分の体に起こった変化に未だに戸惑っていた。あれだけ殴られたのに体が軽い。まだ何時間でも戦えそうな感覚さえ覚えていた。

 

 

「だ、だいじょうぶ?」

 

「あぁ! これぐらいへでも……」

 

 

才人のもとにルイズが駆け寄り声をかけた。そんな彼女を見た才人は、大げさに剣を一回転させて地面に突き刺し、剣から手を離した。その瞬間に才人の左手のルーンから光が消え、彼の体にとてつもない疲労感が襲い掛かった。それは才人が意識を手放すのに十分な量であり、支えられなくなった体が傍にいたルイズを巻き込んで地面に倒れた。

 

 

「ちょ、ちょっと!! どきなさいよ!!」

 

 

ルイズの言葉も空しく、才人は大きな鼾をかいて眠っていた。ルイズがバタバタと手足を動かすが、彼女の力では才人をどかすことは敵わなかった。

 

 

「……どうせ勝つなら最後まできっちり決めろ……」

 

 

見かねた戒斗はそう呟きながら、才人の体を引きずり起こし肩に担いだ。

 

 

「あ、あんたは?」

 

 

ここで初めて戒斗と顔を合わせたルイズが戒斗にそう尋ねる。

 

 

「俺は駆紋戒斗、聞いているかは知らんがこいつと同郷の人間だ。それより、この喧嘩はもう終わりだろう。今から俺はこいつを医務室に連れて行くが……貴様はどうする?」

 

 

「ど、どうって……着いていくに決まってるでしょ! そいつは私の使い魔なんだから!!」

 

 

ルイズのその問いに戒斗はかすかに口角を上げた。

 

 

「そうか、なら好きにしろ。タバサ、キュルケ、シエスタ、お前たちも来るか?」

 

 

戒斗にそう聞かれた三人はそれぞれ反応こそ違うものの、首を立てに振った。そうして先ほどの決闘の熱が冷め切らぬままに、貴族を倒した平民は同郷の青年に担がれて、ヴェストリの広場を後にした。

 

 

**************

 

 

 

 

それは……とてもノイズがかかった光景だった。

 

 

『誰○! ○か○○て○れ!!』

 

『お○○~○!! ○○い○~~~!!』

 

『○ゃ○ーーーッ!! ○が……○か○○○芽○ーーッ!!』

 

 

深夜のテレビ画面に映る砂嵐のように声は掻き消え、視界が歪む。ただ分かるのは……目の前の光景が、とても悲しく辛いものだと言うことだけだった。

 

 

そんな只中に、突如として放りこまれた少年は、ただ力の限り叫ぶことしかできなかった。

 

 

「……やめろ……やめろーーーーーッ!!」

 

 

少年のそんな力の限りの叫びは、悲しいかな……誰の耳にも届かなかった…………

 

 

 

 

**************

 

 

朝の光で才人は目が覚めた。寝ぼけ眼で辺りを見回した彼は、部屋の片隅に自分がこの世界にやってきたときに一緒に持ち込んだノートPCがあったことから、自分がルイズの部屋のベッドで眠っていたということを理解した。

 

 

「俺は……あいだッ!?」

 

 

ベッドから起きようとした才人は悲鳴を上げた。身体中の至る所が痛い。よく見ると全身に包帯が巻かれていた。その包帯と痛みで、才人は自分がギーシュという生徒と決闘をし、そして勝ったあとに気を失ったことを思い出した。

 

 

「そうか……俺……勝ったんだな……」

 

 

そう呟きながら、才人は自分の左手に刻まれたルーン文字を見つめた。今は感じないが、剣を握ったあの瞬間、この文字が光ると同時に身体から力が湧き出るの感じた。あれは一体なんだったのだろうか……そんなことを考えていると不意に部屋のドアがノックされた。

 

 

「失礼します……あっ、サイトさん! よかった……お目覚めになられたのですね!」

 

 

部屋に入ってきたのはシエスタだった。手には水の入ったコップとパンが乗ったトレーを持っていた。

 

 

「うん……えっと、俺は……」

 

「決闘のあと、カイトさんがあなたを医務室に運んで、そのあと治療したあなたをここまで運んでくださったんです。そこからはミス・ヴァリエールが付きっ切りで看病されていたんです。丸々二日、ずっとお眠りになっていたんですよ」

 

 

そういったシエスタは部屋の一角に視線を移す。才人がそこを見ると、机に突っ伏したままスヤスヤと眠るルイズの姿があった。

 

 

「……そっか、俺2日も寝てたのか……イタタッ!?」

 

「あ、動いちゃダメですわ! あれだけの大怪我では『治癒』の呪文でも完璧には治せません! ちゃんと寝てなきゃ!」

 

「そ、そうなの……?」

 

 

魔法の知識が全くない才人がシエスタに質問する。シエスタが言うには、治癒の呪文には秘薬と呼ばれるものが必要で、とてもではないが平民では手が出るものではないらしい。ルイズは自分の治療の際、その中でもかなり高価なものを治療に使ったとのことだった。

 

 

「そっか……こいつにも優しいところあるんだな……」

 

 

まるで人形のような可愛らしいルイズの寝顔を見つめながら、才人はそうポツリと呟いた。

 

 

「どうやら目が覚めたようだな」

 

 

そんなとき、空いていたドアの外から声が聞こえてきた。才人がドアの外を見ると、そこには駆紋戒斗が悠然と部屋に入ってくるところだった。

 

 

「あぁ、あんたか……見舞いに来てくれたのか?」

 

「勘違いするな。たまたま通りかかっただけだ」

 

「そうかい……でも、なんか色々世話になっちまったみたいだな? 一応礼は言っとくよ。ありがとな!」

 

 

才人の言葉に、カイトはフッと鼻で笑った。

 

 

「気にするな。俺も中々いいものを見させてもらった」

 

「……それはあれか? 俺がボコボコにされてたことへの皮肉か?」

 

「いや、違う……平賀才人、貴様も貴様なりに強い。それを知ることができたということだ……」

 

 

戒斗の要領を得ない言葉に、才人は首を捻った。

 

 

「……なんかあんたやたら難しい話し方するんだな。っていうか、あんたはどうなんだよ? 俺みたいに貴族と闘って勝てんのかよ?」

 

「無用な心配だ。すでに貴族の連中とは一戦交えている。まぁ、怪我こそしたが貴様のような辛勝ではなく、無難に勝ったがな」

 

「ほんとかよ~~……イマイチ信用できねぇなぁ……」

 

 

そんなとき、シエスタが才人に申し訳なさそうに声をかけた。

 

 

「あの……サイトさん。わたし、あなたに謝らないといけないことがあるんです……」

 

「えっ? お、俺に?」

 

「はい……サイトさんが貴族の方と闘うことになったとき、わたしあなたでは絶対に勝てないと思ってしまったんです。平民が貴族に闘いで勝つことなんてできない……そう思い込んでしまってたんです……」

 

「えっと……別いいよ。謝ることじゃないし。俺だって、自分でも何で勝てたのかイマイチわかってないからさ……」

 

 

才人がフォローを入れるが、それでもシエスタは喋り続けた。

 

 

「ほんとに、貴族は怖いんです。私みたいな、魔法の使えないただの平民にとっては……でも、今はそんなに怖くないです! 私、サイトさんを見て感激したんです! 平民でも、貴族に勝てるんだって!」

 

 

そう話続けるシエスタの表情は輝いていた。そんな彼女の表情や言葉が妙に照れくさくかんじ、才人は直りかけの右腕で後頭部をポリポリと掻いた。

 

 

「……カイトさん!」

 

 

シエスタが今度は戒斗に声をかけた。彼はその言葉に「なんだ?」とぶっきらぼうに答えた。

 

 

「この間カイトさんが言ったこと、今ならなんとなく分かる気がします。前の私は怖くて何もできなかった……でも、今は違います。私にしかできないことで、貴族の方にもできないことを……カイトさんがいう『力』を手に入れて見せます!」

 

 

「そうか……好きにしろ……さて、俺はそろそろ帰る。せいぜい、養生するがいい」

 

そう言いながら、戒斗は部屋から出て行く直前に才人に背を向けたまま一言呟いた。

 

 

「……それから平賀、いいものを見させてもらった代わりだ。俺たちの世界へ帰る方法を探すのを手伝ってやろう。無論、俺の目的の片手間にだがな……」

 

 

そういい残すと、戒斗は颯爽と部屋から立ち去った。

 

 

「印象と違っていい人なんですね、カイトさんって……」

 

「……まぁ、いいやつだとは思うんだけど……どうにもわかんねぇやつだな……」

 

 

こんな会話をしていた2人だが、そのあと睡眠から復活したルイズとひと悶着あったのは、また別のお話である。

 

 

**********

 

 

時は少し――才人が気を失ってから、一日が過ぎたトリスタニアの街へと場面を移る。市街地から少し外れた場所にある衛兵の詰め所付近には大きな人だかりが出来ていた。そこにあとからやってくる3人の男女の姿があった。

 

1人はいつものコートを羽織った駆紋戒斗、1人はいつものように無表情のタバサ、1人はこの間街に来たときのように学院の給仕服に身を包んだシルフィードであった。3人は昨日の事件でロックシードを保有していた傭兵団の生き残りから再度話を聞くために、彼らが拘束されている詰め所を訪れたのだが、如何せん人垣の山で一向に進めなかった。

 

 

すると、付近を仕切っていた衛兵の1人が戒斗たちに気づき、戒斗のチップを受け取ったことをばらすという脅しを受けて、人垣ができている理由を教えてくれた。

 

 

「……俺たちが昨日話を聞いた傭兵たちが、全員殺されただと……」

 

 

衛兵によると、昨晩のうちに戒斗たちと戦った傭兵の生き残りが全員殺されたのである。別々の牢屋に入れられていた囚人たちだったが、全員が感電死で悲鳴を上げる暇もなく絶命しており、衛兵たちは犯人探しに躍起になっているとのことだった。

 

 

ここで何も知らない人々ならば、この事件についてさまざまな憶測を繰り広げるのであろうが、戒斗たちにはこの事件を起こした犯人の目的がはっきりとわかっていた……

 

 

 

 

「十中八九、あの傭兵たちにロックシードを売りつけた連中による口封じだな……」

 

 

次の日、ルイズの部屋から戻った戒斗はテーブルに隣り合って座っているタバサにそう語りかけた。今のところ、ハルケギニアにロックシードがばら撒かれているという事実を唯一知り、その元凶を叩かんとしている2人だが、ここに来て彼らは元凶へと繋がる手がかりの一つを潰されてしまったのだ。

 

 

「これからどうする?」

 

 

タバサが戒斗にそう問いを投げかけた。

 

 

「……とるべき道は幾つかあるが、最も堅実なのはこの国でばら撒かれた他のロックシードを探すことだ。だが、今回の件で俺たちのことを連中に気づかれた可能性もある。この世界の知識と情勢を知りながら、慎重に調査を進めていくしかないだろうな……」

 

「わかった……じゃあ、続きを進める」

 

 

そういうと、タバサは目の前のテーブルの上に置かれた本のページを捲った。目の前に置かれている本は、貴族の子息が文字を学ぶときに使う教科書で、タバサが戒斗にハルケギニアの文字を教えているところだった。あくまで学生として学院にいるタバサとは違い、基本的に戒斗はフリーである。しかし、この世界の文字が読めないことによる調査の弊害を、ここ数日で戒斗は大きく体感していた。そこで、タバサに文字を教えてくれと頼んだのである。

 

タバサの丁寧な指導と、音声言語がわかることに加えて勉学が苦手でなかった戒斗は、順調にハルケギニアの文字を習得していった。だが,勉強の最中も、戒斗は脳内でタバサにも語っていない思案を巡らせていた。

 

 

それはローズアタッカーの「時空間転移システム」はこの世界でも使えるのかということである。何故そんなことを考えているのかというと、昨日の詰め所襲撃事件を受けて、戒斗は手段の一つとして『地球』に戻ることを考えていたのである。

 

もし敵がロックシードを扱うドライバーを完成させてしまえば、平等な条件で対抗できるのはドライバーを持つ戒斗だけなのだ。『あの男』の手で、地球からはヘルヘイムの植物はほぼ一掃されているが、人工物であるドライバーの現物、あるいは設計図はまだ残っている可能性は十分に考えられた。

 

 

『情報もそうだが、根本的に戦力が足りない……『ロックシード』に『ドライバー』……そしてそれを使う『アーマードライダー』が必要だ……』

 

 

同じ部屋、建物、場所にいようとも、誰もが違う想いを抱いたまま、時は刻々と過ぎていく。駆紋戒斗と平賀才人の邂逅……この出来事は、まだ物語のほんの序章に過ぎないのであった。

 

 

第7話に続く

 




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