虚無の果実~雪風と真紅の魔王~   作:ヒロジン

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第5話 「2人の過去 新たな出会いと闇の暗躍 ②」

時刻は正午を少し回ったころ、トリスタニアからトリステイン魔法学院へと続く街道を走る1つの影があった。薔薇の花を思わせる深紅と深緑のボディに二つの車輪がついたそれは、馬が全速力で走る速さを常に保ちながら学院へと進んでいた。

 

ハルケギニアの人々からすると『鉄の馬』とでもいうべき代物である、ユグドラシルがヘルヘイムへの移動手段として開発したオフロードバイク型ロックビークル『ローズアタッカー』

 

 

このロックビークルに跨るのは、所有者である駆紋戒斗と彼に同行しているタバサと名乗る少女であった。ハンドルを握りマシンを運転する戒斗の腰に後部座席に座ったタバサがつかまっている状態であり、彼女の頭には少々大きいヘルメットがかぶせられていた。

 

今日の朝に街へと出かけた二人は、昨日の事件で投獄された傭兵たちがいる詰め所を訪れ、面会を願い出た。一応貴族であるタバサが願い出たことと、幾分かのチップを渡したことで、二人は犯罪者の引渡しの報酬という形で面会の許可を勝ち取り、傭兵の生き残りの中から最も立場が上だった男に話を聞いた。当初は昨日の事件のトラウマで錯乱状態の男だったが、30分ほどしてようやく落ち着いたのか戒斗たちの質問にポツポツと答え始めた。

 

男の話によると傭兵たちがロックシードを手に入れたのは一ヶ月ほど前で、昨日と同じように攫った娘をトリステインの貴族に引き渡す際にその場に同席していた商人から買ったそうだ。その商人はちょうどその貴族とロックシードの商談をしていたそうで、その光景を見ていた女頭目が興味を抱いたとのことだった。

 

その商人は黒いローブを纏った怪しげな雰囲気の男で、特殊なマジックアイテムを専門に扱う商人ということで貴族や女頭目に商談を持ちかけたそうだ。ロックシードに関しては、「精神力を使わず護身用の幻獣を呼び出すことができるマジックアイテム」という触れ込みだったらしい。また購入のあと継続的に使用した場合、現在開発中のロックシードと連動したマジックアイテムを優先的かつお得な値段で提供すると語っていたそうだ。いわく、それは「人間の限界を打ち破るマジックアイテム」という触れ込みであったそうだ……。

 

傭兵から聞き出せたのはここまでで、詰め所を後にした戒斗とタバサは街の仕立て屋で戒斗の替えの衣装の作成を依頼し、青年用のシャツや下着を数点購入して学園への帰路へとついていた。行きと同じように時速60キロをキープしたままローズアタッカーを走らせること約30分、行きの感覚だとあと30分もあれば学院に戻れるというところまで来ていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 

街への道中と同じように二人はそれぞれ思案に没頭していた。だが、二人の考えていることは全く別のことであった。戒斗は行きと同じように現在この世界で起こっている現象についての思案をしていた。街で衛兵から得たロックシードを売る謎の商人の存在、彼の推察通り何者かがこの国にロックシードをばらまいているのは間違いないようであった。

 

加えて男の発言から、連中が新しいマジックアイテムの開発を行っていることも判明した。内容から察するに、それはおそらく彼が所有するドライバーのようなロックシードに変換されたヘルヘイムの実のエネルギーを体内に取り込む装置、あるいはこの「戦極ドライバー」そのものかもしれない。

 

連中の目的は不明だが、このまま放置しておけば大きな災いの火種になるということを再認識した戒斗は、この先自分がとる行動についての思案に没頭しつつも、初めて二輪車に乗るタバサに気を遣いながらローズアタッカーのハンドルを握っていた。新たな生を受けた異世界で生きる『今』を駆け抜ける彼であったが、それゆえに『過去』を振り返る余裕は今の彼にはあまり残っていなかった。

 

一方でタバサは行きの道中は初めて搭乗する二輪車への驚きと、戒斗の背に掴ることに集中していたためあまり考え事はできていなかった。だが今はそれにも慣れ、思案する余裕ができた彼女の脳内に浮かんできたのは、先ほどの傭兵の話ではなく、昨日戒斗が彼女とシルフィードに語った戒斗が経験した森の侵略の話であった。

 

昨日の体験と戒斗の話から錠前へと形を変えた果実によってハルケギニアにとてつもない危機が迫っていることは理解できた。そして、自分と行動している青年は、その世界を襲った危機と戦い、結果森という危機を排除することに成功したことも知った。しかし、肝心の『世界の危機を救った方法とその結末』について戒斗はあまり深くを語らなかったのである。

 

まだ数日の付き合いであるが、タバサは自分が体を預けている青年「駆紋戒斗」という男が、彼自身のことや必要ではないと判断したことを自分からあまり語らない人間だということをなんとなしに理解していた。彼自身、昨日の話の中で、「地球に迫った脅威」と「ハルケギニアに迫る脅威」は脅威の根本である「森の果実」に関しては共通しているが、今回は地球で開発されたロックシードという技術をこの世界に持ち込んだ「首謀者」がいるという点で大きく異なったものであるということを語っていた。加えて昨日はタバサもシルフィードも疲弊していたため、今話す必要のない内容だと判断し、あえて話さなかったのだろうとタバサは考えた。

 

だが、タバサとしては彼とその仲間が地球の沢芽市という街で繰り広げた戦い――その結末が気になっていた。未だインベスという片鱗しか見ていないが、これから自分たちが立ち向かおうとしている「森」の脅威に戒斗はどう立ち向かったのか……そして、どのような『最後』を迎えたのか……

 

戒斗とであった初日、彼があの大木の根元で語ったあの言葉……

 

 

「……果たすことは叶わなかった。だがその代わり、俺と同じ理想を俺と別のやり方で成そうとした男が、望んだ『未来』を勝ち取った……」

 

 

あれは彼が森との戦いによって命を落としたのか……それとも別の意味を持っているのか……その意味をタバサは未だに図りかねていた……

 

 

「……学園が見えたな」

 

 

いつか戒斗が語ってくれるときはくるだろうか、そんなことを考えていたタバサの耳に戒斗の声が聞こえた。前方を見ると、学園の本塔と外壁が視界の中央に小さく映っていた。

 

 

「タバサ、お前はとりあえず飯を食べてこい。俺はコルベールのところに行って、学院に住み込めないか交渉を進める。お前の事情を考えるなら、街に住むよりそのほうが都合がいいからな」

 

「わかった。あなただけで駄目なら私も口添えする」

 

 

まだ出会ったばかりで、それぞれ抱えるものも違う2人……

 

タバサの過去を知り、己の過去を二度と繰り返させないと誓う戒斗

 

己の過去を語り、戒斗が彼の過去の全てを語るときを待つタバサ

 

ちょうど真上に差し掛かった太陽が見下ろすなか、2人を乗せたローズアタッカーは学園へと突き進んでいた。

 

 

 

 

**********

 

 

学園の傍の森でローズアタッカーを降りた2人は、その森に繋いであった学院の馬に乗り換え、学園へと戻った。ローズアタッカーの存在は目立つため、学院の門番には一応馬で街へ向かうことにしてあったからである。

 

 

時間はちょうど昼食まであと少しという時間であり、タバサは自分の席に、戒斗はコルベールがいるであろう一階上のロフトに向かって足を進めた。戒斗がロフトに到着すると学院の教員が幾つかのグループが歓談に興じていた。

 

その中からコルベールを発見した戒斗は人を掻き分けながら、ズカズカと我が物顔で歩いていく。周りからの視線を一切気にせず、一直線にコルベールへと迫った。

 

 

「そうですか、ミセス・シュヴルーズがそんなことに……って、ミスタ・カイトじゃないか? 私になにかようかね?」

 

「この学院の生徒や教員以外が使う場所以外で空いている部屋はないか? 宿代を払う代わりに一室部屋を借りたい……」

 

 

戒斗の提案にコルベールは驚いたような表情をとる。

 

 

「ふむ……先日は街に住むと言っていたが、何かあったのかい?」

 

「あぁ……当面の目標はできたんだが、それにはタバサの協力が必要不可欠だ。寝床は近い場所にしておくほうがいいと判断した。無論、ただとは言わん。お前が学院長とやらに口ぞえしてくれるなら、お前の好きそうな話を幾らでもしてやる」

 

「ほ、本当かい!? いや、だが……う~ん……」

 

コルベールが目を瞑り思案していると、ロフトの奥から一人の老人が歩いてきた。

 

 

「おやおや、どうやら目覚めたようじゃな。で、おぬし……『カイト』と言ったかのう。わしに何かようかね?」

 

 

長く白い髪と髭が特徴的な老人であった。それこそ、ファンタジーに出てくる高齢の魔法使いをそのまま映し出したような人物だ。

 

 

「わしはオスマン。この学院の長を務めておる。コルベールから話は聞いておるぞ、何でも異界からやってきたとな」

 

「ほう、貴様が学院長か。単刀直入に言うが、一室部屋を貸してくれないか?」

 

 

戒斗の言葉に傍で話を聞いていた教師が「勝手にずかずか入り込んできておいて、オールド・オスマンになんと無礼な!?」と怒り立ち上がったが、そんな彼をオスマンは「よいよい」と収めた。

 

 

「さて、カイトとやら。部屋を借りたいとのことじゃったが、それはどういう理由でなんじゃ?」

 

「当面の目的はできたが、それにはタバサの協力が必要だ。ゆえに近い場所に寝床を構えたい。それだけの話だ」

 

「ふむ、ミス・タバサか……先日お主を助け、また昨日お主が助けたという生徒じゃな……羨ましいのう、若い女子と青春を謳歌しておって……わしだっておぬしのように若い頃はイケメンでのう……それはもう女子からはモテモテで……」

 

 

そう言ってオスマンは若い頃の独り語りを始めた。戒斗の中で、この目の前の老人に対する印象が『色ボケじじぃ』に決定した瞬間であった。

 

 

「で、そのときにわしの魔法がオークの額を貫き、その美女を救って……おっと、つい昔を思い出してしまったわい。で、部屋の件じゃったな。おぬしには学院の生徒を救ってもらった恩があるから無碍にはしたくないのじゃが……あいにく、使用人ようの部屋はこの春の雇用でもういっぱいなんじゃよ」

 

「そうか……ならば、仕方ない。邪魔をしたな……」

 

 

そう言って踵を返した戒斗であったが、その背をオスマン氏が呼び止めた。

 

 

「待ちたまえ。もし君とミス・タバサがよいというのであれば、ひとつ特例を出そうと思うのだが……」

 

 

************

 

 

「私の部屋に?」

 

「あぁ……お前さえ構わないなら、お前専属の使用人という扱いで、お前の部屋に滞在してもいいとのことだ。どうする?」

 

 

先ほどの話から十分後、生徒の昼食が行われている『アルヴィーズの食堂』の真ん中のテーブルの一角で、テーブルに座ったタバサとその傍に立っている戒斗がそんなやりとりを繰り広げていた。無論、周りの生徒のヒソヒソ話や視線は完全にスルーである。

 

 

「本を読んでいる間静かにしてくれるなら、私は構わない」

 

「わかった。では、しばらく世話になる。午後はどうする?」

 

「二年生の午後の授業はお休み。使い魔とコミュニケーションをとる時間になっている」

 

「つまりは暇というわけか……ならば、俺は図書館にでも行って来よう。今後のためにも、この世界のことをよく知っておく必要がある」

 

「図書館は生徒じゃないと入れないから、わたしもあとで行く……それから」

 

 

そう言ってタバサは戒斗に小さな袋を渡した。中にはドニエ硬貨とエキュー硬貨が幾つか入っていた。

 

 

「食事はしばらくそこから工面して。必要ならもう少し渡す」

 

「お前からは昨日もらった金がある。これは俺には必要ないものだ」

 

「……言い方が悪かった。それは昨日のお礼」

 

「……わかった。では、また後でな」

 

 

そう言うと戒斗は食堂の出入り口へと踵を返し、タバサは手を振って戒斗を見送った後に黙々と食事に戻った。食堂を出た戒斗は裏手にある厨房に向かおうとしたのだが、その道中で建物の壁に手をつき、困り果てた表情をしている少年を発見した。

 

 

「はぁ……腹減った……くそ……」

 

 

そんなことを呟く少年であったが、戒斗の目には彼が非常に興味深く映った。というのも、彼の着ている衣服が、学院の男子生徒が着るものでも、使用人が着るものでもなかったためである。青と白で構成された二色のパーカーに黒いズボン、青いスニーカーという格好は、戒斗が元居た地球の少年の格好を思わせた。

 

 

「……そういえば、今朝キュルケがそんな話をしていたな……」

 

 

そう呟くと、戒斗はその少年に近寄り話しかけた。

 

 

「おい、貴様……少しいいか?」

 

「ん?……えっと、俺のこと? って、いうか……あんたは?」

 

「俺は駆紋戒斗。ここで数日前から世話になっている……貴様がここの生徒に使い魔として召喚されたという人間か?」

 

「そうだけど……なぁ、あんた! 『日本』、それか『地球』って言葉知らないか!?」

 

 

戒斗の格好を眺めていた少年は何かに気がついたのか、まくし立てるように戒斗に質問する。

 

 

「知っているもなにも、俺は日本の沢芽市出身だ。と、いうことは貴様は日本人か?」

 

 

「そう! そうなんだよ!! なぁ、あんたはどうやってここに来たんだ!? 日本に帰れる方法を知らないか!?」

 

 

少年は一縷の望みを託すかのように戒斗に問いかける。だが、少年の希望は戒斗が首を横に振ったことで絶たれた。

 

 

「……俺は使い魔として召喚されたわけではないが、どうしてここにいるのかもわからん。気がついたら、この学院の近くに倒れていたそうだ」

 

 

「そう……なのか……あんたも俺と同じってわけか……」

 

 

少年は少し落ち込んだようだったが、同郷の人間と出会えたことで元気が出たのか、自分のことを語りだした。

 

 

「俺は平賀才人……東京で高校生やってたんだけど、パソコン修理してもらって家に帰る途中で気を失って……目が覚めたらベッドの上で使い魔として契約させられてたってわけさ……」

 

 

ため息をつきながら、少年はそう名乗った。

 

 

「えっと、戒斗さん……だっけ? 沢芽市って言ってたけど、もしかしてニュースで話題になってた沢芽市か? ほら、えっと……ユグドラシルっていう変な生物使って世界中にテロ起こそうとしてた企業の本拠地になってたっていう……」

 

「……平賀才人、それはいつ知った話だ?」

 

 

戒斗が才人に話を聞いたところ、彼がここに召喚される数日前に、ニュースでユグドラシルの行おうとしていた「プロジェクトアーク」……戦極ドライバーの量産限界が10億台であることから、地球がヘルヘイムに完全に侵略される前に全世界の人口を10億人まで間引くという人道の欠片もない計画の実態が組織を見限った科学者の手により報道機関に流され、全世界でニュースとして配信された。

 

この事実に戒斗は首をかしげた。彼の最後の記憶……高司舞と語り、沢芽市を見守ると誓い眠りについたのは、そこから半年以上経ったあとである……サモン・サーヴァントは時間すらも超越するというのか……そんなことを考えていると、才人が戒斗に声をかけた。

 

 

「なぁ、戒斗さん。あんたはここに来る前はどういう状況だったんだ? 隔離されてた街のど真ん中にいたんだろう?」

 

「俺か? 俺がここにやってきたのは、貴様が召喚された時間より半年以上経ったあとだ。あの怪生物は駆逐され、街も復興し始めていた。どういう経緯でここに来たかは……イマイチ覚えていない」

 

 

今ここで真実を喋っても長くなる上に意味のないことなので、戒斗は適当に才人の質問に返した。

 

 

「そっか……ならさ! 俺と一緒にさ、日本に戻る方法を探すことを手伝ってくれよ!! 俺やあんたが一人でやるより、そのほうが見つかる可能性が高いだろ?」

 

 

才人からしてみれば、目的を共有できる同郷の人物を発見できたということで、戒斗の存在は文字通り『希望』であったのだろう。だが、彼の抱いたそれは目の前の青年の言葉で打ち砕かれた。

 

 

「……貴様はあそこに戻りたいのか?」

 

「当たり前だろ! あんただってそうじゃないのか?」

 

「生憎だが……俺はあそこに戻る理由がない。むしろ……この世界でやらねばならんことが山ほどある。貴様の手助けをしている時間などない」

 

 

予想外の回答に才人は困惑した。

 

 

「戻る理由がないって……あんたの帰りを待ってる人だっているんじゃないのか? えっと、家族とかさ?」

 

「いないわけではない……だが、あそこに戻る前にやらなければならんことがある。それだけの話だ。貴様がすぐにでも戻りたいというなら、貴様が勝手に方法をさがせばいい。いずれにせよ、俺には関係ないことだ」

 

 

地球に今すぐにでも戻りたい才人と戻る気が全くない戒斗、そんな2人のイタチごっこはしばらく続くかと思われたが、それはその場に現れた1人のメイドによって中断されることになった。

 

 

「あの……どうなさいました?」

 

 

***********

 

 

「おいしい……おいしいよ! これ!!」

 

「よかった。お代わりもありますから。ごゆっくり」

 

 

数分後、食堂の裏にある厨房には賄いのシチューを夢中になってほうばる才人、そんな彼を笑顔で見つめるシエスタ、同じくテーブルに座り優雅にシチューを口に運ぶ戒斗の姿があった。

 

たまたま傍を通りかかったシエスタが空腹で死にそうだと言わんばかりの才人を見かねて、使用人たちが食べる賄いを分けてくれたのである。彼女は戒斗にもシチューを勧め、素寒貧の才人とは違い、戒斗は数枚のドニエ硬貨をシエスタに渡しシチューとパンを受け取っていた。

 

 

「ご飯、もらえなかったんですか?」

 

「ゼロのルイズって言ったら、怒って皿を取り上げやがった」

 

「まぁ! 貴族にそんなことを言ったら大変ですわ!」

 

 

才人の言葉にシエスタが驚いた。

 

 

「な~にが貴族だよ。たかが魔法が使えるくらいで威張りやがって……」

 

「勇気ありますわね……」

 

 

息を荒げてそういう才人をシエスタは唖然とした表情で見ていた。そんな時、戒斗の手に持っていたカップがソーサーにおかれ、カチャリと音が鳴った。

 

 

「つまりは主人の機嫌を損ねて、飯をもらい損なった……という話か?」

 

「……まぁ、そうだけどよ……だって、いきなり使い魔扱いしておいてあの仕打ちはねぇだろ! 自分たちはいいもの食べといて、俺だけ固いパン1つなんて……」

 

 

才人の言葉に戒斗はやれやれ、と言わんばかりにため息をついた。才人の話を聞く限り、そのルイズという才人を召喚したメイジが怒っている原因は、才人が彼女のことをこき使われた仕返しと言わんばかりにひどくからかったからである。

 

 

第三者の戒斗からすれば、才人とルイズの関係はガキの喧嘩にしか見えず、思わず笑ってしまったのであった。しかし戒斗の皮肉と態度が癇に障った才人は彼につっかかった。

 

 

「あんたはどうなんだよ! ルイズから聞いたぜ? タバサって子と一緒にいるって……どんな生徒かは知らないけど、俺はあんたみたいに貴族に尻尾振って金もらったりはしてねぇよ!!」

 

「ほう……周りからはそう思われているのか? 言いことを聞いた。才人、お前には礼を言わねばならんようだ……」

 

そう言ったあと、戒斗は椅子から立ち上がりゆっくりと才人の眼前に迫った。

 

 

「だが、タバサのために訂正させてもらおう。俺はあいつに尻尾を振ったつもりはないし、あいつから俺をしもべ扱いしたこともない。俺とあいつは今、それぞれの目的のために協力関係にあるだけだ」

 

「目的? なんかさっきもそんなこと言ってたけど、なんだよそれ?」

 

「貴様に教える必要のないことだ。そんなことより、明日からの飯の心配でもしたらどうだ? 地球に戻る術を探す前に、飢えでくたばりたくはないだろう?」

 

 

そんなやりとりを見ていたシエスタが場をなだめるように話題を切り替えた。

 

 

「……えっと、おふたりは同郷の方とさっきお聞きしましたけど……『ニホン』でしたっけ? そこではどんなことをされていたんですか?」

 

「おれ? おれはここの生徒と同じ学生だよ。まぁ、学んでたのは魔法じゃなくて、数学とか歴史だったけどさ。戒斗、あんたは何をやっていたんだ?」

 

「……俺は『チームバロン』というダンスグループのリーダーをやっていた。『ビートライダーズ』というストリートダンス集団、貴様なら聞いたことはあるのではないか?」

 

「ビート……ライダーズ……あぁ、そういえば学校の知り合いにもファンのやつがいたよ。へぇ、あんたストリートダンサーだったのか?」

 

「えっと……私にはイマイチわからないんですけど……ダンスというからには踊りをされていたのですか?」

 

 

2人の話に置いていかれたシエスタがポツリと呟いた。

 

 

「あぁ。もっとも、この世界のダンスとは趣向が違うがな」

 

「そうなんですか……あの、よかったら今度拝見させていただけませんか?」

 

「いいだろう。だが、今日はタバサを待たせているからまたの機会だな……さてシエスタ、美味いシチューだった。これからも世話になるとここの責任者に伝えてくれ」

 

「わかりました。ダンス楽しみにしてますね」

 

「あぁ……それから平賀、貴様は貴様でせいぜい地球に戻る算段を考えろ。主人に愛想をつかされて、そのへんに放り出されんうちにな」

 

 

そう言うと、戒斗は颯爽とコートを翻し、食堂へ向かって歩いていった。

 

 

「……なんか気障なやつだな。嫌味いうだけ言って出て行きやがったよ」

 

「あの人なりの励ましなのではないでしょうか。昨日もタバサ様の食事を朝早くから取りに来られてましたし、悪い人ではないと思います」

 

「いいやつかどうかも怪しいけどな……にしてもシエスタ、ほんとにおいしかったよ。ありがとう!」

 

 

才人はシエスタに頭を下げた。その目にはシエスタの親切に対する嬉しさからか涙が浮かんでいた。

 

 

「いえいえ。お腹が空いたら、いつでも来て下さいな。私たちがいつも食べているものでよかったら、お出ししますから」

 

「おれ金持ってないけどいいの?」

 

「カイトさんのことですか? あの方の場合は逆に受け取らないと失礼かなと思ったから受け取っただけです。このお金はここのみんなで使わせてもらいます。だからサイトさんは気にせずここに来てください」

 

「う~ん……ただ、あいつは金払ってんのに俺だけ何かしないっていうのもなぁ……そうだ! シエスタ、俺になんか手伝えることないか?」

 

 

***********

 

 

食堂前まで戻ってきた戒斗だったが、そこで食堂の中から出てきたキュルケと鉢合わせた。彼女はちょうどいいと言わんばかりに戒斗の腕を掴むと食事を続けていたタバサの右隣の席に戒斗を座らせ、自分はタバサの左隣の席に我が物顔で腰掛けた。

 

 

「……で、なんのようだ」

 

「なんのようって……また後で、話聞かせてっていったでしょ。昨日の一件とか色々話聞かせてよ!」

 

 

戒斗はちらりとタバサに視線を送ったが、目があったタバサの視線が、「任せた」というような雰囲気を持っていたため、仕方なくキュルケにぽつぽつと話出した。インベス絡みの内容を説明するわけにもいかず、街に買い物に出かけた際に人攫いの集団に出くわしたこと、その場にいた全員を叩きのめし攫われた少女たちを解放したところで頭目の魔法で負傷したこと、その後合流したタバサの援護を受け、激闘の末頭目を倒したことを上手いこと話を合わせてキュルケに説明した。

 

 

「なるほどね。その戦闘で精神力使い果たしちゃったってわけ。相手も中々の使い手だったのね」

 

「あぁ……正直タバサが来ていなかったら俺は死んでいたかもしれん」

 

「それはこちらも同じ。わたしひとりでは厳しかった」

 

 

食事を終えたタバサが、口元をナプキンで拭いながら会話に参加した。

 

 

「ふ~ん……ところで、あなたたちなんでそんな息ぴったりなの? 初対面のはずよね」

 

「……まぁ、『色々』あったということだ」

 

 

戒斗的にはタバサの夢の話やインベスとの遭遇、タバサが抱える過去を聞いたという部分をぼかす意味で『色々』という言葉をチョイスしたのだが、結果的にこの発言がまずかった。この『色々』という部分を過大解釈したキュルケは、

 

 

「えっ……あなたたち、出会ったばっかりでそんな深い関係に……」

 

 

と、見当違いの妄想を始め、それを大声で言うものだから周りの生徒のヒソヒソ話が余計に多くなった。タバサは親友に冷たい視線を送りながら「違う」という言葉を連呼し、戒斗は言葉を誤ったな、とこの状況に珍しく頭を抱えた。

 

 

だが、そんな三人のやりとりの最中、「スパーン」という景気のよい音が食堂に響き渡る。三人がその方向に視線をやると、茶髪の女子生徒が金髪の男子生徒の頬を引っ叩き去っていく光景が目に飛び込んできた。一分後には別の金髪の女子生徒が男子生徒と一言二言交わした後に、テーブルの上の酒瓶を男子生徒の頭にぶちまけるというこれまたショッキングな光景が繰り広げられた。

 

 

「……コントか何かか?」

 

 

その光景を見た戒斗が思わず呟いた。

 

 

「あれはギーシュ……多分、二股がばれたとかそんなんでしょう……あら? あれってルイズが召喚した……」

 

 

そう、ギーシュという頭がワインまみれになった男子生徒は何故か銀のトレイを持った才人に突っかかっていた。遠巻きに話を聞くと、どうやらギーシュが金髪の女子生徒からもらった香水入りの小壜を落とし、それを才人が拾ったそうなのだ。二股をかけている相手が近くにいるギーシュは壜の存在をスルーしたのだが、周りが囃し立てたおかげで二股をかけていた両方の女子生徒にばれてしまった。

 

気が治まらないギーシュは、小壜を拾った才人に逆恨み気味につっかかり、また才人も挑発的な態度をとったため、それがギーシュの神経を余計に逆撫でした。最終的にギーシュは才人に対して「決闘」を申し込み、才人もそれを受けた。

 

 

「ねぇねぇ。なんだか面白そうなことが始まるわよ!!」

 

 

先ほどの戒斗の発言を忘れたようにキュルケははしゃぎだしたが、

 

 

「くだらん……ガキの喧嘩だ。勝手にやらせておけ」

 

「どっちも子供……」

 

 

というふうに戒斗とタバサは興味なしというかんじであった。

 

 

キュルケが「見に行きましょうよ~」と食い下がる最中、先ほどまで才人の近くに居たシエスタが戒斗に気づき近づいてきた。その顔は絶望に染まり、身体は震えていた。

 

 

「カイトさん!」

 

「シエスタか……どうした?」

 

「どうしたじゃないです! お願いです、サイトさんを止めてください! あのままじゃサイトさん、貴族の方に殺されてしまいます!!」

 

 

シエスタは必死に戒斗に願い出た。その様子から、戒斗はこの世界の平民にとって貴族の持つ力がどのような印象なのかということを察することができた。

 

 

「……俺が言っても聞く耳は持たんと思うが、お前の頼みなら仕方ない。タバサ、少し付き合ってくれるか?」

 

「……わかった」

 

「じゃああたしも行くわ! あの少年、どこまで持つかしら?」

 

 

キュルケは楽しそうに、タバサは無表情に、戒斗は仕方なしというふうに立ち上がった。そんな戒斗の様子を見たシエスタは戒斗に問う。

 

 

「あなたは何とも思わないんですか? あのままだとあの人殺されちゃうんですよ!!」

 

「喧嘩の原因は半分はやつにある。決闘を承諾したのもやつの意志だ。もし死んだとしても、それはやつの自業自得だろう。それに死ぬと決まったわけではあるまい。ひょっとすると勝つかも知れんぞ?」

 

「無理です! 魔法の使えない平民が貴族に勝つなんて!!」

 

 

その言葉を聞いた戒斗は立ち止まり、シエスタのほうを振り返った。

 

 

「……シエスタ、今回の件はあの男にも原因がある。だが、もし仮にだ……この先のお前の人生でお前が貴族から一方的に理不尽な要求を突きつけられたとき、お前はそれに従うのか?」

 

「そ、そんなの……従うしかないじゃないですか。だって、わたしには魔法はつかえないですし……」

 

魔法が使えない「平民」……ハルケギニアにおける「弱者」であるシエスタは、メイジが持つ魔法という力に完全に屈服していたようだった。しかし、彼女の眼前にいる同じく魔法の使えない駆紋戒斗という男はそれを力強く否定した。

 

 

 

「いや、違うな。従うしかないというのは、お前に力がないからじゃない……今のお前が力に屈服し、強くなろうとする意志を持たない『弱者』だからだ」

 

 

戒斗の言葉の真意がわからず呆然とするシエスタに戒斗は言葉を続けた。

 

 

「強くなろうとしなければ何の力も得ることはできない……逆にいえば、強くあろうとあがき続ければなんらかの力を得ることができる……その点ではいきなり異世界に呼び出され、主人から飯を抜かれようとも元の世界に戻ろうとしているあいつはそこそこ評価できる。強者かどうかはわからんが、少なくとも弱者ではない……」

 

 

戒斗は再び踵を返し、食堂の外に出て行った才人のあとを追った。

 

 

「シエスタ、お前もついてこい。あの男がどこまであがくかは分からんが、強者に対しあがき続ける姿勢は見習うべきだ。なに、安心しろ。お前の頼みだ。あいつが死にそうになったら、そのときは俺が止めてやる」

 

 

第6話に続く




今回からいよいよ、原作主人公 平賀才人の登場です。
ルイズは話の展開上出番がありませんでしたorz

次回の話では登場すると思うので、ご期待ください。

それと本文を読んでいただければわかりますが、
才人がやってきた時間が原作と異なっていますが、
この作品ではこの設定でいきますので、ご容赦ください。

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0326 細部を修正・加筆

1116 細部修正

1218 細部修正・加筆

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