そんな苦悩の最中、彼はタバサ、そして彼女の使い魔イルククゥとともにトリスタニアの街へと繰り出す。戦いとはかけ離れた平和な日常は戒斗の心に彼が愛した過去の沢芽市の光景を思い返させた。
だが、そんな平和は突然打ち破られる。人攫いを生業とする傭兵団からイルククゥと攫われた少女を解放した戒斗たちの目の前に現れたのは、かつて戒斗たちの世界を蝕んだ災厄「ロックシード」と「インベス」であった。
それらを前にした戒斗は侵略者への怒りと新たな決意を胸に、戦極ドライバーを装着し、「アーマードライダー バロン」へと変身した。
過去の戦いでの賜物か、戒斗は戦闘においてインベスたちを圧倒する。一方でタバサも苦戦の末、初級インベスを撃破することに成功し、異世界初のインベスとの戦闘は戒斗とタバサの白星で幕を閉じたのであった。
気がつけば辺りはすっかり暗くなり、窓の外には月が出ていた。彼が話し始めたのが夕方であったから、それほど私たちは話に集中していたのだろう。私が召喚し『シルフィード』の名づけた彼女もそれは同じようだすった。
この数時間、私とシルフィードは彼に様々な問いを投げかけた。それらは大きく2つに分けることができた。1つはあの「インベス」という怪物についてのもの、もう1つは彼やあの女頭目が使った「ロックシード」という錠前、そして彼が使用した「センゴクドライバー」というベルトについてのものであった。
彼は私たちの質問に、彼の過去の経験や彼のいた「ザワメ」という街で起こったことを交えながら丁寧に説明してくれた。そして、私たちは自分たちの置かれた現状を少しだが理解することができた。
あの怪物「インベス」についてだが、あの怪物は元々普通の動物や人間だったものが、ある原因で変貌したものであるらしい。その原因とは……彼いわく、「異世界からやってきた植物による侵略」を受けた結果であるとのことだった。
彼の話だと世界、時空を超えて生い茂る特異な植物があるらしい。その植物は根を下ろした場所で生物の「食べたい」という本能に強く働きかける特性を持った「果実」を実らせ、その果実を食べた生物の命を蝕み、他の生物に新たな種を植え付けるだけの傀儡にしてしまう恐ろしい習性を持っている。その結果、傀儡となった生物の成れの果てがあの「インベス」という怪物だということだった。
彼のいた世界「チキュウ」はその植物に侵略され、空間にできた裂け目から徐々に彼のいた世界に侵食を行っていたそうだ。それに気がついた人々がその植物、及び植物の出所である森のような異空間を調査するために「ユグドラシル」という研究機関を作り、「ヘルヘイム」と名づけたその森の調査及び植物の研究を開始した。彼の世界の滅亡を回避するために……
彼……「カイト」が生まれたザワメはその森へと繋がっている「クラック」と呼ばれる裂け目が頻繁に出現する土地だったそうで、その研究機関は彼の生まれた街を強引な手段で開発し、自分たちの研究と調査を行いやすい土地へと変え、その後も調査を続けた。
その結果、ユグドラシルに所属していたある一人の科学者が森の果実を錠前に変化させることで無害化し、果実の持つ強大なエネルギーを人体に吸収するためのアイテムとして「果実を加工した錠前 ロックシード」と「果実のエネルギーを取り込むベルト センゴクドライバー」の開発に成功した。
これらのアイテムの完成を受けて、組織は街の若者をロックシードとドライバーの実験の実験台に利用するために、彼らがそれらのアイテムを使うように誘導し、結果として若者たちの間ではロックシードの機能で召喚されたインベスを用いた「インベスゲーム」が盛んに行われたそうだ。
カイトはドライバーのデータをとる実験台の一人として選ばれた人物で、ロックシードの正体や森の侵略という事実を知ったあとは、自分たちを利用した組織や森から街に侵攻するインベスを相手に戦いの日々を送っていたらしい……果実の鎧を身に纏った戦士「アーマードライダー」として……
「……今話したことがこの錠前とベルト、そしてあの怪物の真相だ。誰がどんな目的でロックシードをこの世界に持ち込んだかはわからんが、今このハルケギニアにはかつてない滅亡の危機が迫っていることは確かだ」
錠前、ベルト、怪物の真相を語り終えたカイトはそう話を切り出した。
「……ハルケギニアもその『森』に侵食されている?」
私は自分の仮説を口に出す。
「そこまではわからん……だが、いずれにせよ、この世界にあの森の果実そのものと言っていい錠前が持ち込まれ、何も知らない連中にばらまいているやつらがいることは紛れもない事実だ。俺たちの世界でユグドラシルがしたようなことをやっている連中がな……」
「そう……これからどうするの?」
わたしの質問に、戒斗は数秒の沈黙の後に応えた。
「とりあえず、あの傭兵団の連中から話を聞くしかないだろう。今のところ、あの連中が唯一錠前をばら撒いている連中との繋がりだ。夜が明け次第、街へ向かう……そこから先はそこでの結果次第だ。いずれにせよ、この場所に長居する理由はなくなった」
カイトのその言葉は、彼が未知の脅威と一人で戦うということを意味していた。
「一人で戦うつもり?」
「そうだな。だが、別にどうということはない。俺が前に居た場所でやってきたことを繰り返すだけだ」
わたしには彼の言葉が理解できなかった。このクモンカイトという男は彼の居た故郷とはなんの所縁もない世界を襲う危機と戦うと言っているのである。自己犠牲にもほどがある……そう思ってしまった。
「……『何故?』という表情だな」
どうやら表情にでてしまっていたようだ。隣を見ると、わたしの使い魔も同じ想いだったのか、困惑の表情を浮かべていた。
「勘違いするな。目の前に困っている人がいるなら助ける……なんていう、ヒロイックな話ではない。そういうのは、『アイツ』のやることだ……俺は俺の『敵』を打ち砕く……ただそれだけだ」
カイトはそう言い切った。それは紛れもない本心なのだろう……わたしは勘違いをしていたのだ。彼の心に『自己犠牲』の気持ちなど欠片も存在しないのだ。自分の定めたルールに反するものを打倒する……混じり気のないそんな想いが彼を突き動かしているのだと悟った。
「……カイト、1つ聞きたいのね?」
カイトの話を今まで黙って聞いていたわたしの使い魔が声を上げた。
「なんだ?」
「今のカイトの話はとても難しくて、正直理解できてないところのほうが多いのね。だから、いきなりハルケギニアが滅びるなんて言われても実感が湧かないのね。本当に世界が滅びるなんて言えるのね?」
彼女の問いに数秒の沈黙の後に彼は答えた。
「……俺たちのいた星と繋がった別世界、そこは森の侵略に抗えず滅んだ世界だった。人も動物も文明も全てが森に飲み込まれて消えていった。もう少し遅ければ、俺たちの星もそうなっていただろう……あの森と関わるということはそういうことだ」
「そう……なのね……カイト、わたしはそんなのごめんなのね! せっかくお姉さまやカイトと出会えた場所を滅茶苦茶にされたくなんかないのね! もしお姉さまが許してくれるなら、わたしもカイトと一緒に戦いたいのね!」
「……そうか……勝手にしろと言いたいところだが、シルフィード。お前の主人は俺の戦うべき連中とは違う別の何かと戦っている。その想いは、先にタバサに向けるべきだ」
「えっ? そ、そうなのね、お姉さま?」
わたしは頷いた。だが、わたしも彼女と同じ想いだった。世界が滅ぶなんて想像もできないが、少なくともその事実を知りながら、黙っているわけにもいかないと感じていた。わたしには救い出さなければいけない人が居る……ただ、その人を救ったあとで世界が滅んでは何の意味もないではないか……
「……わたしも世界が滅ぶなんて見過ごせない。なにより、わたしはあなたに助けてもらった恩がある。わたしにできることなら協力する」
「俺への恩返しなどどうでもいいことだ。お前には戦うべき相手が居るんだろう? 戦うべき相手がいるなら、先にそいつと戦え。後になって後悔してからでは遅いぞ」
どうやら彼はこの問題を一人で抱え込む気満々のようだった。だが、ここで彼と別れるのは嫌だった。わたしは彼に命を救ってもらった借りがある。それに、彼の「強さ」からは学ぶべきことが多くあるはずと感じていたからだ。
『借りがある』……ふと、わたしの頭の中に昨日の彼の言葉が浮かんだ。
『お前は俺が利用するに値するかを見定めろ。俺もお前が力を貸すに値するかを見定める』
その言葉を思い出したわたしは、考えをまとめ上げた。
「昨日あなたはわたしに借りがあるといった。でも今日わたしは、あなたに命を救われた。これで互いに借りは消えた」
「そんなこと気にするな。俺がお前を助けたのは、俺が俺の敵を倒した結果にすぎん……今日の戦いで、お前は『強い』とわかった。お前への借りは、別の形で必ず返す」
彼の言葉にわたしは「そう言うと思った」と呟き、話を続けた。
「でも、それはわたしも同じ。わたしはあなたを見つけただけ。別にあなたに借りを作ったつもりもない。わたしもあなたに借りを返したい……だから、お互いに納得できるようにする」
「どういうことだ?」
「あなたが思っている通り、わたしにはわたしの『戦い』がある。あなたがわたしに、借りを感じているというのなら、わたしの『戦い』に協力して欲しい。お互いの『戦い』に協力することで借りを互いに返しあう……あなた次第……」
「……利用しあうというわけか……」
そのとき、「ちょっと待つのね!」とわたしの使い魔が割って入ってきた。
「お姉さまが何かと戦っているなんて初耳なのね! お姉さま、わたしにも詳しく教えて欲しいのね!」
「……わたしには今、命をかけて助けたい人が居る……」
そう切り出し、わたしはわたしの身の上の話を語った。今は捨てた、『シャルロット』としての身の上の話だ。
**********
「……母親を助け出すこと……それがお前の目的か……」
戒斗の言葉にタバサは頷いた。彼女曰く、現在名乗っている「タバサ」という名は偽名であるというのだ。本名は「シャルロット・エレーヌ・オルレアン」といい、トリステインの隣国「ガリア」の現国王の姪――つまりガリアの王族であるらしい。
彼女の談によると、彼女の父「オルレアン公 シャルル」は、数年前に現国王「ジョゼフ一世」に謀殺され、彼女の母も特殊な毒薬を飲まされ心を狂わされ、今も屋敷に軟禁されているらしい。
タバサはジョゼフや彼の元に着いた貴族の手により厄介払いのようなカタチでこの学院に留学させられており、時折任務中の事故死を目的とした危険な任務に従事させられている。だが、これまで受けた任務を彼女は全て解決することに成功していた。
「お姉さま……いえ、シャルロット様はお姫様だったのね……」
自分の主人の素性を知り、思わずそう呟いたシルフィードだったが、タバサは首を横に振った。
「今のわたしは『タバサ』……『シャルロット』じゃない」
「そうなのね……でも、そのジョセフとか言うやつなんてひどいやつなのね! お姉さま、わたしはお姉さまの力になるのね!」
使い魔であり彼女に心酔しているシルフィードはジョセフに怒りを露にしながら主人の目的に全力を尽くすことを誓った。
「ありがとう……カイト、あなたはどうする?」
タバサは戒斗をまっすぐ見つめた。彼もまたタバサの瞳を真っ直ぐ見つめていた。そんな2人をシルフィードは心配そうに見つめていた。
「……お前はお前の強さを持っていることがわかった今、お前に力を貸さない理由は何もない。お前への借り、母親の救出という形で返させてもらおう」
その言葉に、シルフィードの顔に笑顔が浮かんだ。「お姉さま、やったのね!」とタバサに抱きついた。
「だがタバサ、忘れるな。いつだって最後に頼れるのは自分自身だ……お前の母親を助けるのは俺でもシルフィードでもない。お前が……お前自身が助けるんだ」
「わかってる……わたしは……かならず……かあ……さまを……」
タバサの視界がぐらついた。先の戦いでの疲労と、協力者を得られたことの安堵感からか、睡魔が一気に襲ってきたようだった。
「とにかく、今日は休め。お前がそんな状態では何も始まらん」
「そうなのね! おねえさま、とにかく今日はもう寝ちゃうのね!」
「……うん……カイト……シルフィード…………ありが……とう…………」
タバサは2人に感謝の言葉を述べたタバサはふっと眠ってしまった。
「おねえさま……こんなに小さいのに、一人で頑張ってたのね……」
そう言いながら、シルフィードは彼女に布団をかけなおした。
「あぁ……こいつは『強い』……シルフィード、お前も疲れているだろう。今日はもう休め」
「そうするのね。じゃあ、カイト! これからもよろしくなのね」
「あぁ……」
そういうと、シルフィードは学院の近くの森に戻り、戒斗は部屋にあった椅子に腰掛け眠りについた。長い長い一日が、ようやく終わりを告げたのだった。
**************
数時間後、駆紋戒斗はハルケギニアでの3度目の目覚めを、タバサの部屋の椅子で迎えることとなった。部屋の窓にかかったカーテンからうっすらと夜明けとともに空に上った太陽の光が差し込み、明かりのついていない部屋をうっすらと照らした。戒斗は椅子から立ち上がり、壁にかけてあったコートを羽織る。そのとき、寝巻き姿で眠るタバサが視界に入った。その表情は普段の無表情ではない、年相応の女の子のあどけなさがあった。
「……どこの世界でも同じか……」
形は違えど、タバサと同じように幼年期にそれまでの生活の全てを奪われ、強くなることを強いられた戒斗はそう呟かずにはいられなかった。彼がタバサに協力することを決めたのは、彼女と過去の自分を重ねていたという点も大きかったのである。
ユグドラシルという巨大な存在に過去の全てを奪われた沢芽市の二の舞にならぬよう、自分と自分を慕う仲間たちの居場所を守るため、誰の手も借りずに駆紋戒斗という男は戦った。誰の手も借りず一人きりで、優しさを含めた全ての弱さを切り捨てて戦い……結果、世界を滅ぼす魔王へと至り……そして、敗れた。彼はその結末に少しも後悔などなかった。
目の前で眠る少女の中に自分と同じような強さが芽生ええていることを戒斗は感じとっていた。だが、それゆえに彼女が自分と同じ、あるいはそれ以上に過酷な運命を歩むだろうということも感じていた。そうなったとき、果たして彼女は耐えられるのだろうか……そんな疑問が戒斗の頭をよぎった。
「……お前は俺のようにはなるな、シャルロット……」
眠る彼女にそう呟くと、戒斗は「お前の朝食を持ってくる」と書置きをし、部屋を後にした。昨日彼女を学院に運びこんだ際に授業を終えたコルベールと鉢合わせた戒斗は、「街で人攫いをしようとしていた傭兵団と交戦し、精神力の使いすぎで気を失った」という内容で彼に事情を伝えた。状況を理解したコルベールは戒斗にタバサの部屋に一晩滞在することを許可し、また明日の朝食を室内でとれるように手配をするとのことだった。
現在、戒斗はタバサと自分の朝食をとるために、学院の本塔に向かっていた。夜明けに近い時間帯のため、女子寮から本塔への道中は誰もいなかった。本塔に向かう道中、戒斗は昨日の事件について思案を巡らせていた。誰がこの世界にロックシードを持ち込んだのか、あのインベスたちは自分の知っている森からやってきたのか、ハルケギニアは森に侵食されているのか……だが、どれも情報が少なすぎるため、結局何も考えはまとまらなかった。
だが、思案によってわかったこともある。それは、戒斗自身の考えが少しだけ変わってきているということだった。戒斗は今、この世界を救うために戦おうとしているわけだが、以前の彼ならば考えもしないようなことだった。
生前、世界を『破壊する』ことを、目的としていた彼が、今は世界を、そしてこの世界を『守ろう』としているのだ。
『……あいつに感化されすぎたか……』
戒斗の脳内に『葛葉紘汰』という男の顔が浮かぶ。「全てを見捨てず守る」という戒斗とは違う強さと誓いを抱きながら、『正しい弱き人々を救う』という彼と同じ理想を持った男だった。戒斗は思わず、口元を歪めた。
「……お前がここに居たなら『ガラにもない』と笑いそうだな……だがな、これはお前が見せた強さのカタチだぞ、葛葉……」
かつて捨て去った「優しさ」を少しずつだが取り戻しつつある『魔王』だった男は、誰も知らない最果ての地にいるはずの戦友に向かってそう呟きながら、足を進めた。
***********
本塔の地下にある厨房では、コックや給仕の人間が朝食の準備のためにあわただしく働いていた。働く人々の熱気やスープから立ち込める湯気やらで、少し肌寒い外とは対象的にかなり熱かった。戒斗の額にも一筋の汗が流れ、彼はそれを拭いながらコックの一人に声をかける。
「少しいいか?」
「あん? 今忙しいんだ。誰だかしらねぇが、後にしてくれ!!」
顎鬚を蓄えた恰幅のいい中年のコックはぶっきらぼうにそう答えた。
「タバサという生徒の朝食を受け取りに来た。コルベールから話が通っているはずだ」
「タバサ?……あぁ、あのよく食べる嬢ちゃんか。その子の朝食ならそこに置いてあるよ! おい、シエスタ! こいつに渡してやってくれ!」
コックがそう叫ぶと、食器の準備をしていた給仕の一人が返事をして戒斗のもとへやってくる。カチューシャでまとめた黒い髪が印象的な少女であった。
「はじめまして。シエスタといいます。えっと、三日前に学院の外で倒れられていた平民の方ですよね?」
「あぁ。駆紋戒斗だ……噂になっているような言い方だな」
「えぇ。ミス・ヴァリエールが平民の男の子を召喚されたことと滅多に人と関わらないミス・タバサがあなたと街に出かけられたこと。いま給仕たちはこの2つの話題でもちきりになっていますよ」
「ほう? 人間が召喚されるというのは珍しいことなのか?」
メイジと使い魔について知識のない戒斗はシエスタに尋ねる。
「教師の方も前例がないことだと言っておられました。基本的に動物や幻獣の類が呼ばれますので……あっ、ミス・タバサの朝食の件でしたね。こちらにご用意させていただいています。ミスタ・コルベールからの指示で、カイトさんの朝食も入っています」
シエスタはそう言うと近くのテーブルから大きなバスケットを持ってきた。中には肉や野菜が挟まった大きなサンドイッチ、数種類のフルーツ、水とワインのボトルが入っていた。
「……朝からずいぶんと豪勢だな」
「ミス・タバサはとてもよく食べる方なのですよ。それに本来の朝食はもっとすごいですよ。部屋までお持ちすることができないので、今回はサンドイッチにしましたが……」
彼女が言うように皿に盛り付けられている料理は、高級レストランのそれを思わせるような豪華さだった。濃厚なソースがかかった肉料理が戒斗の目に留まる。
「なるほど、確かに豪勢だ」
「でしょう! わたしもここで働き始めたときは驚きました」
そのとき、厨房の別の場所からシエスタを呼ぶ声が聞こえた。
「もう仕事に戻らないと……では、お料理お願いします」
「あぁ……忙しいところすまなかったな」
戒斗の言葉にシエスタはにっこりと笑う。
「お仕事ですので気になさらないでください。もしよかったらまた今度お話聞かせてください。あなたとミス・タバサがどういう関係なのか、色々噂になっていますので……」
「関係もなにもただ世話になっているだけだがな……まぁ、いい、話くらいはしてやる。気が向いたらな……」
そう言うと戒斗はバスケットを肩にかつぎつつ、厨房を後にした。シエスタはそんな彼に手を振りながら見送り仕事に戻った。
**********
タバサの部屋の前まで戻った戒斗は部屋のドアをノックする。数秒後、部屋の中から「入って」とタバサの声が聞こえてきた。それを確認した戒斗はドアを開けて部屋に入る。タバサは寝巻き姿のままベッドの上で本を読んでいた。
「調子はどうだ?」
「もう歩ける」
戒斗は「そうか」と呟き、ベッド横のテーブルの上にバスケットをおいた。数分後、静かな朝食が始まった。ゆっくりと食べる戒斗とは対照的に、タバサは静かに……だが、もくもくとサンドイッチを食べ進めていた。まだ五分ほどだが、バスケットの中身はもう3分の1ほどしか残っていない。
「……ほんとうによく食べるんだな」
「昨日ほとんど食べてない。これくらい問題ない」
「そうか……」
6切れ目のサンドイッチと4杯目のワイン、フルーツを3つを無表情でぺろりと平らげたタバサを見て、戒斗はポツリと呟いた。五分後、タバサは全てのサンドイッチとフルーツを平らげた。持ってきたワインも一本丸々空けてしまった。タバサの表情はいつもと変わらない鉄面皮だが、どこか輝いているように戒斗は感じた。
「コルベールからの言伝で、今日の授業は大事をとって安静にしていろ、とのことだが……今日は休むか?」
「もう大丈夫。街に行くなら早いほうがいい。それに、一応貴族のわたしがいた方が交渉は上手くいく」
「……わかった。だが、まだ万全ではないだろう? 無茶はするなよ」
戒斗の言葉にタバサはこくりと頷いた。戒斗は部屋の外に出て、タバサの身支度が整うのを待った。部屋のドアに背を預けタバサを待っている間、別の部屋から出てきた生徒が物珍しそうに戒斗に視線を送っていた。そんな視線を無視していると、彼に一人の生徒が声をかけてきた。
「は~い、カイト! あの子の調子はどうかしら?」
赤い長髪と褐色の肌、そして他の学院の女子生徒とは異なる妖艶な雰囲気を纏った彼女は親しげにカイトに話しかける。彼女の名はキュルケといい、タバサの数少ない友人の一人である。傍には彼女の使い魔である巨大な火トカゲを連れていた。
「キュルケか。もう立てるといっていたが、まだ万全ではないだろう」
戒斗とキュルケは昨日学院に戻ってきた際にすでに会っており、タバサが目覚める前に戒斗の素性やキュルケとタバサの関係などの話を通じて自己紹介を済ませていた。気絶したタバサを寝巻きに着替えさせたのも彼女であった。
当初は素性不明の戒斗に不信感を露にしていたキュルケであったが、彼の持つ気高い雰囲気と別世界から来た人間という話、傭兵と交戦した際に少女たちを救ったという話、そして何よりも孤独を好むあの「タバサ」と共に行動しているという事実から、ひとまず彼を信用してもいいと判断していた。
「そうなの……今日は一日休むのかしら?」
「いや、今日はこれから街に行く。昨日の件で詰め所に捕らえられている連中に用がある」
カイトの言葉にキュルケはため息をついた。
「ということは、あの子も行くのよね……その傭兵たちと何があったか知らないけど、そんなに急がないといけないことなのかしら?」
「早いにこしたことはないな。あいつには休むかと聞いたんだが……」
「あの子意外と頑固だからね~……あの子に何かあったら頼むわね」
「無論だ……それよりも、さっきから騒がしいな」
戒斗とキュルケが話し始めてすぐに、真下の部屋からけたたましい声が聞こえてきた。どうやら男子と女子が言い争っている声のようだ。「かわすな!」だの、「殴るな!」だの物騒な声が聞こえてくる。
「あぁ、あの声ね。さっき『ルイズ』っていう子の部屋に行ってきたんだけど、そこでちょっかいかけたから、それであの子の使い魔と揉めてるんじゃないかしら。あの子、使い魔召喚で平民を喚んじゃったのよ」
「さっき厨房で聞いたな……若い男と聞いたが」
「えぇ、あなたより少し若い少年よ……たしか、『ヒラガサイト』とか言っていたかしら……あら、そういえばあなたの名前と感じが似てるわね」
「ヒラガ……まだなんとも言えんが、もしかしたら俺と同じ国の人間かもしれんな……」
「まぁ! じゃあ、ルイズったら別の世界から人間を召喚したわけ!?……まぁ、でも見た感じ、名前や服以外は普通の男の子ってかんじだったけどね。あなたと違って」
キュルケの言葉に戒斗は「まるで俺が普通ではないような言い草だな」と表情を緩めながら呟いた。
「あなたが普通ならこの学院の男子生徒は普通以下ばかりになるわ。気づいてないかもしれないけど、あなたはそこらへんの男とは全く違う魅力を持っているわ。おまけに話が本当なら、凄腕のメイジ殺しみたいだし……」
「くだらん。他人がどう思おうと俺が俺であることに変わりはない」
「フフッ、そうよね。わたしもそう思うわ。この国の貴族に聞かせてあげたいわ」
そんな話を二人がしていると、部屋のドアが内側からノックされ、制服姿に着替えたタバサが部屋からでてきた。
「あら、おはようタバサ!」
「おはよう。昨日はありがとう」
「気にしないで。それよりも出かけるって聞いたけど、大丈夫なの?」
「私は大丈夫……朝食始まる」
「あっ、すっかり忘れてたわ! じゃあ、タバサ、カイト! また後でね!」
そういうと、キュルケは女子寮の出口に向かって走っていった。タバサは彼女を小さく手を振りながら見送った。
「元気な女だ……俺たちも出発するぞ。シルフィードを呼んでくれ」
「……今日はあの子で街に行けない」
「ん? どういうことだ?」
タバサの話だと先ほど着替え終わった際、部屋の窓からシルフィードを呼んだのだが、やってきたシルフィードに近くの森に作り掛けているねぐらを完成させてしまいたいので、今日は勘弁してほしいと言われてしまったらしい。タバサ自身、シルフィードをある程度ほったらかしてしまったことに罪悪感があり、許可を出してしまったとのことだった。
「まぁ、仕方ないな。だが、どうやって街まで行くんだ? 徒歩というわけにも行くまい」
「馬を借りる。街まで2時間」
「思ったより時間がかかるな……いや、待て。馬で行くより、もっと楽な方法があった。着いて来い」
そういうと戒斗は女子寮の出口に向かって歩き出した。頭の中で疑問符を浮かべながらも、タバサは彼の背についていった。
************
タバサと戒斗が街に再び向かった日の夕方、トリスタニアのとある建物の中で2人の人間が話をしていた。部屋の窓はカーテンで覆われ、中央にある机の上に置かれた蝋燭の小さな火がうっすらと部屋を照らしていた。
「……で、閣下からの指令とはなんだ? 私も忙しい身なのだがな……」
白い仮面に黒いマントを羽織った男はそう呟いた。年若い、力強い声だった。
「はい。先ほど諜報員から連絡が入りまして……先日、我々の販売班から『ロックシード』を買った傭兵の一団が投獄されたとのことでした。閣下からの指令は、そのものたちから極秘に話を聞きだし、その後全員の始末をお願いしたいとのことです」
もう一人の黒いローブを羽織った男の言葉に、仮面の男は首をかしげた。
「あぁ、あの連中か……しかし、投獄とは解せんな。連中は人攫いをやってはいるが、関所の役人と通じていると聞いていたが?」
「いえ……どうやら、頭目が呼び出したインベスのコントロールを失い、その頭目がインベスに殺され自らもインベスとなってしまったようです。しかも、そのインベスたちは何者かの手で全て倒されたとのことでした。我々が売ったロックシードもその何者かに回収されたようです」
「インベスを撃破した謎の輩か……そいつが我々と同じようにロックシードを使用している可能性は?」
「まだなんとも……ただ、その可能性は高いと思われます。下級ならともかく上級インベスを撃破するのは、スクウェア・クラスのメイジでも一苦労ですからな……」
「そうだな。いずれにせよ、我々に関わった人間以外でこれの存在を知る人間がいることは我々の目的にとって大きな障害だ。早急に排除する必要があるが……そのときは『こいつ』の出番になりそうだな……」
仮面の男は懐から右手で何かを取り出した。それは緑色の果実が描かれた錠前であり、男が右側面のスイッチを操作すると錠前が開くと同時に、静かな部屋に錠前から発せられた音声が響き渡った。
『ライム!!』
第5話に続く
0320 タイトル変更
0416 最後のパートの会話部分を少し修正 今後の展開のため
0428細部修正
0611 鎧武外伝第二弾の情報を受け、オリジナルのロックシードの描写を変更
0106 感想欄でご指摘いただいた箇所を修正・加筆