虚無の果実~雪風と真紅の魔王~   作:ヒロジン

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第3話 「再臨 紅きアーマードライダー! ②」

「ウォオオオッ!!」

 

 

右手のバナスピアーを構え、バロンとなった戒斗は最も近くにいる沢芽市で「ビャッコ」と呼ばれていた個体に近いインベスに突撃する。対するビャッコインベスも奇声を上げながら右手の発達した爪を振り上げ迎え撃った。

 

 

「ハァッ!!」

 

 

だが、その爪が振り下ろされる前にバナスピアーの鋭い一撃がビャッコの左胸に突き刺さる。悲鳴のような唸り声をあげひるんだビャッコに、戒斗は更なる追撃をかいける。

 

 

目にも留まらぬバナスピアーの一閃、大砲の一撃を思わせるような威力のキックが何度もビャッコの身体に叩き込まれ、真横に振るわれた最後の一撃を受けたインベスは体液を撒き散らしながら地面を転がる。

 

 

「問題なく動くようだな。性能も大きく変わっていない…」

 

 

ビャッコを吹き飛ばした戒斗は、腰のドライバーに手を当ててそう呟いたあと、ビャッコの近くに落ちていた「LS-07」と書かれたロックシードを拾い上げた。それをそのまま放置して別の個体に拾われると面倒なことになることを彼は身をもって体感していたからである。

 

 

「さて……敵は7体か……」

 

 

今の戦闘で戒斗の存在を認識したインベスたちは、彼を脅威とみなし、彼の正面へと集まっていた。吹き飛ばしたビャッコも傷を修復させながらフラフラと起き上がり、その赤い眼で、戒斗を睨み付けていた。

 

 

「ふん……来るならこい。何体でも相手になってやるッ!!」

 

 

その言葉に応えるように、三体の灰色の虫のような外見を持つ「下級インベス」が、戒斗に飛び掛る。ただ腕を振り下ろすだけのシンプルな攻撃ではあるが、スピードと破壊力に加えてインベスがもつ特性を合わせれば生身の人間にとっては十分脅威となる代物であった。

 

しかしアーマードライダーとなり、身体能力が超強化された戒斗にとってインベスたちの攻撃は鈍重の一言に過ぎなかった。畳み掛けるように繰り出される波状攻撃をなんなくかわし、カウンターの要領でバナスピアーの鋭い突きを炸裂させる。

 

 

『COME ON!! バナナ・スカッシュ!!』

 

 

地面を転がるインベスたちを尻目に、戒斗は戦極ドライバーのブレードを左手で一回倒した。独特の電子音が鳴り響いたあとに、バナスピアーに黄色いエネルギーがチャージされる。地面からようやく起き上がったインベスを待っていたのは、文字通り『バナナ』の一閃だった。

 

 

「ハァッ!!」

 

「ギェアアアッ!?」

 

 

バナナを象った極太のエネルギーの槍が、三体のインベスの身体を順番に貫く。断末魔の悲鳴を上げ、三体の下級インベスは爆発の後に四散した。

 

 

「……強い……」

 

 

アーマードライダーへと変身した、戒斗の戦いを見守っていたタバサの口から、そんな言葉がこぼれでた。彼女が見た奇妙な夢に出てきた異形と騎士、その両者が目の前で戦いを繰り広げている。だが、その凄まじさは彼女の想像をはるかに超えるものだった。

 

無論、それはタバサが弱いと言うわけではない。彼女の年齢で系統を3つかけ合わせられる「トライアングル」に到達するものは極々まれであり、トリステイン魔法学院の生徒で本気を出した彼女と闘って勝てる生徒はいなかった。さらに、「力を持つもの=メイジ」という図式が成立しているハルケギニアでは、魔法が使えないために武器を手にとって戦う騎士はよほどのことがない限りメイジ相手には敵わないというイメージを持たれていた。。

 

 

だが…目の前の戒斗が変身した騎士は、そんなイメージを粉々に打ち砕いた。まず、鎧を装着する前から人間離れしていた戒斗の身体能力が、更に上昇している。普通鎧を着れば、その分動きは防御力の代償として鈍重になるものだが、タバサの全身全霊をかけて放った魔法で昏倒させるのがやっとだった緑の化け物を、武器による斬撃と蹴りだけで魔法以上にダメージを負わせている。

 

また、その後の虫の化け物による連撃を交わした際の反射神経、瞬発力や、スクエアクラスの魔法に匹敵するほどの破壊力を持った奇抜な技もさることながら、あれだけの戦いをしても目の前の騎士からは「疲労」の色が全く感じられなかった。

 

メイジの魔法は精神力という力をエネルギー源として発動されるため、いくら本人の力量があろうとも、精神力を使い果たすと魔法は使えなくなる。トライアングルクラスのタバサとて、あと2.3回トライアングル級の魔法を放てば、精神力が底をつき倒れ数日は魔法が使えなくなってしまうだろう。

 

自分が一瞬足を止めるのがやっとだった緑の化け物を蹴散らし、かつ緑の個体ほどの強さはないにせよ、三体の化け物を鎧袖一触といったように瞬殺したという事実は、その腰のベルトと錠前がとてつもない力を持つ代物だということをタバサに理解させた。

 

しかし、それ以上に彼女を驚かせたのは戒斗自身がその力を『使いこなしている』ということだった。メイジでも同じことがいえるが、強大な力を持つことが――この場合は一度に掛け合わすことができる属性の数が戦闘力の高さに匹敵するわけではない。

 

学院の教師で例をあげると、ミセス・シュヴルーズという年配の女性教師がいる。彼女はトライアングルクラスのメイジだが、温厚な性格と実戦経験は皆無に等しいことから、今回のような未知の存在との戦闘になった場合、最悪平民並みに何もできなくなってしまうだろう。強大な戦闘能力という「力」を持つことと、恐怖に立ち向かおうとする強い意志力や戦いの中で培った経験という「力」を持つことは全くの別物なのだ。

 

「駆紋戒斗」という存在はその両方の「力」を持ち合わせていた。彼の戦い方は、ベルトと錠前がもたらす力と目の前の化け物たちがどういうものなのかということを理解したうえで、目の前の怪物たちに全く恐怖することなく強い意志のもと行われていた。

 

加えて、武器裁きや身のこなしが完全に素人ではない。強大な力に振り回されているのではなく、自分の武装を完璧に使いこなしている実戦経験を積んだ人間の動きだった。タバサ自身、これまでの短い生涯の中で何度も生死を賭けた戦いを生き残ってきたのだ。彼女には戒斗の動きから、彼が自分と同じかそれ以上の密度で戦いの渦中に身を投じてきたように感じられた。

 

 

「ガァアアアッ!!」

 

「グルルルルル!!」

 

 

タバサがそんな思考をめぐらせている間にも状況は動いていた。青い虫と緑の虎の個体――戒斗のいた場所では青い甲虫のような外見の「カミキリインベス」とビャッコインベスが、2体がかりで戒斗に攻撃を加えていた。カミキリインベスがその長い触角を鞭のようにしならせ、勢いよく振るう。バナスピアーでそれを叩き落す戒斗だったが、その隙をつきビャッコインベスが先ほどのお返しと言わんばかりに右腕を振り下ろした。

 

 

「ガッ……グッ……ハァアアアッ!!」

 

 

しかし、攻撃を受けた戒斗はすぐさま立ち直り、手にした槍をインベスたちに振るう。衝撃で火花と体液が辺りに飛散する。2体の怪物たちは騎士からある程度距離をとり、硬直状態に入った。

 

 

しかし、残った2体の下級インベスの視点は別の方向に向けられていた。そう、タバサやイルククゥたちがいる方向である。インベスたちは騎士を襲うより彼女たちを獲物としたほうがやりやすいと判断したのか、奇声を上げながら彼女たちのほうへとゆっくりにじり寄ってきた。

 

 

「!? こ、こっちに来るのね!!」

 

 

恐怖からかイルククゥが声を上げる。その声は戒斗にも届き、彼は思わず後ろを振り返る。

 

 

「チッ……ッ!? こいつら……!!」

 

 

その一瞬の隙を目の前のインベス2体が見逃すはずもなく、彼らは隙を見せた戒斗に攻撃をしかける。彼一人ならこの状況を切り抜けることはさほど難しいことではなかったが、後ろにこれだけの守るものを抱えてしまってはさすがの彼でも厳しかった。彼女たちを逃がしたいのはやまやまだが、少女たちの何人かは気を失っているためそれは不可能であった。

 

 

「ギェーー!!」

 

「グワォーー!!」

 

 

そうこうしている間にインベスたちが少女たちに迫る。イルククゥは今度こそ駄目だと目を瞑った。自分も傭兵たちのように目の前の怪物と同じようになってしまうのだ――そんな恐怖が彼女たちの心を支配した。

 

 

「……ラナ・デル・ウィンデ!!」

 

 

だが、未知への恐怖を目の前にしても彼女の――タバサと名乗る少女の心は折れてはいなかった。彼女の唱えたルーンにより、怪物二匹の正面に空気の塊が出現し、次の瞬間には彼らを真後ろにふっ飛ばしていた。風系統の魔法「エア・ハンマー」である。

 

 

「ッ!?……タバサか!?」

 

 

戒斗は驚いた。正直なところ、彼女の援護は期待していなかったからである。だが、そんな彼の想像に反し、タバサはいつもとは違う強い意志を秘めた声で叫んだ。

 

 

「この2匹は任せて!あなたはその二匹をお願い!」

 

「……いいだろう。そっちは任せたぞ! ハァアアアッ!!」

 

 

彼女の意志を受け取った戒斗は、目の前のインベスに槍を振るう。それまでの牽制を織り交ぜながらの攻撃とは全く違う、一秒でも早く目の前の障害を排除せんという意志が込められた猛攻である。バナスピアーの胴体部分による打撃から、インベスの胸部へキック、肩・胸・頭部への連続突きと流れるような連続攻撃にインベス2体は狼狽する。

 

一方のタバサも、すぐさま次の詠唱に入っていた。自分が先ほど吹き飛ばした二匹のインベスのうちの一匹に狙いを定め、特大の「ジャベリン」を放つ。怪物たちの再生力を考慮した上で、一撃の破壊力を重視した魔法の選択であった。

 

 

「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース!!」

 

 

詠唱完了とともに放たれた巨大な氷の矢がインベスの一体に突き刺さり、インベスは断末魔を上げて爆発する。ライン・トライアングルクラスの魔法を短時間で何回も発動させたことによる負担が、猛烈な疲労感となって彼女を襲う。タバサは杖を地面に突き刺しながら踏ん張り、飛びそうになる意識を奮い立たせて第二の槍を放つべく詠唱に移る。

 

 

「ラグーズ……ウォータル……イス……イー……サ……」

 

 

口が震え、上手くルーンを紡げないことに苛立つタバサに向かって、激昂したインベスは勢いよく向かってくる。右手を振り上げ、その豪腕をタバサに振るおうとしていた。

 

 

「……ハガ……ラース!!」

 

 

だが、すんでのところで詠唱が完成し再び氷の槍がインベスに向かって放たれる。

 

 

「ギェエエエエエッ!?」

 

 

氷の槍がインベスの脇腹をぶち抜き、インベスは悲鳴のような鳴き声を上げながら地面をのた打ち回る。同時に精神力を完全に使い果たしたタバサの身体からも力が抜け、そのまま地面にうつ伏せに倒れこむ。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

全身から汗が噴出し、視界がぼやける。短期間で精神力を急激に消耗したことの反動である。だが、タバサはそれでも意識を手放すわけにはいかなかった。魔法の発動直前手元が狂い、胴体狙いの攻撃が逸れてしまったからである。槍を受けたインベスはフラフラと立ち上がり、ゆっくりとタバサのほうに迫ってくる。

 

 

『……だ……め……たち……あがら……ないと……』

 

「ちびすけ!! 危ないのね!!」

 

 

薄れゆく意識の中で、タバサは必死にルーンを唱えようとする。だが、彼女の口からは掠れた吐息しか出てこなかった。ようやく恐怖の呪縛から解放されたイルククゥが駆け出すも、インベスの腕は今まさにタバサに振り下ろされんとしていた。

 

 

『……かあ……さま……』

 

 

自分に死が迫っている――いや、自分も目の前の化け物と同じ存在に変えられてしまう。それが目の前に迫っていることを悟ったタバサは、心の中で彼女が最も愛する人物を思い出した。

 

 

 

「ガァアアアアッ!!」

 

「ッ!? ギェエエエッ!?」

 

 

だがその瞬間、タバサの隣の空間が裂け、そこから一体の赤い影が飛び出し、唸り声を上げて目の前のインベスに襲い掛かった。攻撃を受けたインベスは悲鳴を上げて爆散した。

 

 

「か……怪物が怪物を襲ったのね……」

 

 

そうイルククゥがポツリと呟いた。そう、裂け目から現れた影とは目の前で戦っている怪物たちと同じインベスであった。赤い体色に左腕の異常発達した爪と黒い翼、炎を象ったような鬣が特徴的な個体で、沢芽市では「ライオンインベス」と呼ばれていたインベスである。

 

 

「間に合ったようだな」

 

 

イルククゥの耳に戒斗の声が聞こえる。彼女がそちらに視線を向けると、2体のインベスを圧倒し地に伏せさせる戒斗の姿があり、その左手には彼が持つもう1つのロックシードが握られていた。ライオンインベスはタバサたちを襲うことなく、戒斗の前までゆっくりと歩いた後に、片膝を地に着けながらこうべを垂れた。それは君主にひれ伏す従者を表したような光景であった。

 

 

「カイト……そいつ……あなたが呼んだのね?」

 

「あぁ……」

 

 

そう、目の前のライオンインベスは戒斗がロックシードの機能の一つを使って召喚した個体であった。戒斗は他のBクラスやCクラスの呼び出すインベスの制御が楽なロックシードを持っていれば最初から行うつもりだったのだが、さすがに上級インベスを完全に制御しながら2体の上級インベスを相手にするのは難しいと判断したため今まで使用しなかったのである。

 

だが、戒斗の想像に反しタバサがダウンしてしまい、やむを得ず使用したのだが、結果的に戒斗の抱いていた『完全制御が難しい』という点は杞憂に終わった。まだ戦極ドライバーを手に入れた当初の頃ならばいざしらず、現在戒斗は目の前のライオンインベスの制御にほとんど集中していない。むしろ、インベスの方から戒斗に従い、歩み寄っている状態であった。それはベルトやロックシードの性能がどうこうというわけではなく、戒斗自身がインベスにとって『特別な存在』であることを意味していた。

 

 

「……また喚ぶかも知れんが構わんな?」

 

 

戒斗の言葉にインベスは深く頷き、新たに出現した裂け目に飛び込み姿を消した。裂け目が消えた向こうでは、戒斗の猛攻により地に伏していたインベス2体がフラフラと起き上がるところであった。

 

 

「……さて、カタをつけるぞ!!」

 

 

そう呟きながら、戒斗は左手でドライバーのブレードを三回倒す。

 

 

『COME ON!! バナナ・スパーキング!!』

 

「ハァー……セイーーッ!!」

 

「「ギェアーーーッ!?」」

 

 

ドライバーの音声とともに、バロンは勢いよくバナスピアーを地面に突き刺す。次の瞬間、インベスたちの付近の地面から無数のバナナを象ったエネルギーの槍が出現する。戒斗の攻撃により満身創痍の彼らはその槍を交わすことはできず、何度も身体を滅多刺しされ悲鳴とともに爆散し、無に帰った。

 

 

インベス2体の消滅を確認したバロンは、ドライバーに装着されたロックシードを閉じる。光とともに変身が解除され、戒斗は普段の姿へと戻った。戒斗はすぐさまタバサのところに駆け寄り、彼女を抱き起こす。

 

 

「……かい……と……」

 

「今は休め。あとは俺に任せろ」

 

 

掠れた声で自分の名を呼ぶタバサに優しく語りかけた。その言葉にタバサは頷き意識を手放した。彼女の表情を間近で見ていた戒斗には、気を失う直前に彼女が一瞬微笑んだように見えた。

 

 

「か、カイト……ち、ちびすけは……タバサさまは大丈夫なのね……?」

 

「気を失っているだけだ。おそらく、魔法の使いすぎだろう……それよりも……」

 

 

そう言いながら戒斗は振り返る。彼の視線の先には傷口から生えた無数の蔦に苦しむ数人の傭兵たちの姿があった。

 

 

「あいつらのほうが問題だ。イルククゥ、お前はそこの女たちの面倒を見ておけ」

 

「わ、わかったのね。みんな、もう大丈夫なのね!」

 

 

戒斗の指示を受けたイルククゥは攫われた少女たちを優しく励ます。そんな彼女から視線を外し、戒斗は地面で苦しむ傭兵の一人へと歩み寄った。泣き叫びながら傷を押さえる彼の手を跳ね除け、戒斗は緑に輝く傷口に右手で触れる。

 

 

「やれるか……いや、やらなければ面倒なことになる」

 

 

そう呟いた戒斗の右手から傭兵の傷口と同じ緑色の光が溢れる。光を受けた傷口の芽は見る見るうちに枯れ果て、光が収まったあとには普通の切り傷が残るだけであった。悲鳴を上げていた傭兵の表情も幾分穏やかになり、数秒後には気を失って倒れた。

 

 

「……昨日よりはマシだがまだ痛むな……」

 

 

腹部の傷を押さえながら、戒斗はイルククゥたちに見えないように残りの傭兵たちの傷口から生えた芽を同じように枯らしていった。恐怖から解放されたことへの安堵から涙を溢れさせる少女たちを元気づけることで精一杯だったイルククゥはそのことに気づかなかった。

 

 

*************

 

 

「……ここ……は……?」

 

 

気がつくとタバサは自室のベッドに横たわり、天井を見つめていた。一瞬夢でも見ていたのかと思った彼女であったが、身体に力が入らないことと服装が寝巻きに変わっていること、ベッドの横の椅子に腰掛けながら自分を見つめるイルククゥと腕を組み考え事をしているかのように窓の外の夕日を見つめる戒斗の姿を見て先ほどの戦闘が夢ではなかったことを理解した。

 

 

「タバサさま!? カイト! タバサさまが目をさましたのね!!」

 

 

イルククゥの言葉に戒斗もタバサの覚醒に気づいたようで、ベッドの近くまで歩み寄った。

 

 

「私はどうしてここに?」

 

「少女たちと傭兵たちを街の衛兵に任せたあとで、お前を連れて学園に戻った。コルベールの話だと精神力の使いすぎだそうだな。2・3日安静にしていれば精神力はもとに戻るそうだ」

 

 

そういいながら戒斗はテーブルの上に何故か置いてあった果物がたくさん入った籠の中からりんごを手に取ると、傍においてあった小さなナイフで手際よく皮を剥き、食べやすい大きさにカットし皿に盛り付けたのちにタバサに手渡した。

 

 

「こいつはさっきこの部屋に来たお前の親友という女からのお見舞いだ。お前を着替えさせたのもそいつだ。それから……これはお前が起きたら渡してくれ、と言われていたものだ」

 

 

そう言って、戒斗がタバサに手渡したのは小さな封筒だった。タバサが封を切ると中には便箋があり、そこには彼女の親友の字で、

 

 

『色々あったみたいだけど、今はゆっくり休んでちょうだい。話はまた今度ゆっくり聞かせてね。それから……いい男見つけたみたいね! ちょっとお話しただけだけど、クールで素敵な殿方だと感じたわ!! あなたに負けないように私も頑張るわね!! あなたの親友の「微熱」より 』

 

 

という内容の文章が書いてあった。

 

 

「…………そんなんじゃない」

 

「どうした?」

 

 

戒斗の問いにタバサは「なんでもない」とぶっきらぼうに返事をして、りんごを一切れかじった。

 

 

「……まぁ、いい。それよりタバサ、こいつがお前に言いたいことがあるそうだ」

 

 

戒斗はそう言いながら隣に視線を向ける。そこには暗い顔をしたイルククゥの姿があった。

 

 

「なに?」

 

「………ごめんなさいなのね………」

 

 

イルククゥは小さくそう呟くとタバサに頭を下げた。

 

 

「攫われたときはもう駄目かと思ったのね…カイトやタバサさまが助けに来てくれなかったらいまごろ……しかも、2人が戦ってるのにわたしは何もできなかったのね……そのせいで……タバサさまは……えっく……えっく……」

 

 

泣き出すイルククゥを見かねた戒斗はため息をつき、口を開きかけた。だが、その前に彼女の主人であるタバサはベッドから身を乗り出し、イルククゥの頭に手を乗せた。

 

 

「あなたが居なかったらあの子たちを助けることはできなかった。だから気にしなくていい」

 

「タバサさま……ゆるして……くれるのね?」

 

 

イルククゥの問いに彼女はこくりと頷いた。

 

 

「それから……その呼び方やめて。変なかんじがするから」

 

「きゅい……なら、『お姉さま』ってよんでもいいかしら? 私のほうが身体は大きいけれど、なんだかそう呼ぶのが相応しいような気がするのね」

 

 

イルククゥの問いに、タバサは再びこくりと頷いた後に一言ぽつりと呟いた。

 

 

「……シルフィード」

 

「え? それ、なんなのね?」

 

「考えてたあなたの名前。『風の妖精』って意味」

 

 

タバサの言葉にイルククゥもといシルフィードの顔に笑顔が戻った。

 

 

「素敵な名前なのね! きゅい! 可愛いのね! 嬉しいのね! きゅいきゅい!!」

 

 

親からプレゼントを与えられた子供のようにはしゃぐシルフィードによって、タバサの部屋には明るい空気が流れた。二人の掛け合いを見守っていた戒斗、相変わらずの無表情のタバサの表情も心なしか緩んだように感じられた。

 

 

「……カイト」

 

 

タバサが駆紋戒斗の名を呼んだ。

 

 

「あなたには感謝する。あなたが居なければ、私たちは今ごろどうなっていたかわからない」

 

「気にするな……結果的に俺もこの世界でやるべきことが見つかったからな……」

 

「やるべきこと?」

 

 

タバサが戒斗の言葉の意味を問う。

 

 

「この『ハルケギニア』に俺たちの居た『地球』から持ち込まれた争いの種…俺はそれを持ち込んだやつと持ち込まれた種の全てを滅ぼす。そのために俺はここに呼ばれた……そう確信している」

 

「争いの種って……戒斗やあの傭兵が持っていたあの錠前や私たちを襲った怪物たちのことなのね?」

 

「そうだ。あの怪物の名は『インベス』という。そして……」

 

 

懐からバナナロックシードを取り出しながら戒斗は話を続ける。

 

 

「この錠前の名は『ロックシード』……どちらも俺の過去の戦いに関わるものだ。インベスに遭遇した以上、お前たちには俺の経験した戦いを……今ハルケギニアに迫っている危機について知る権利がある……聞く勇気はあるか?」

 

 

一瞬の静寂がタバサの私室を包み込んだ。戒斗の問いにタバサは無言でゆっくりと頷いた。シルフィードも少し考えたのちに、「知りたいのね」と力強く応えた。2人の返答を受けて、かつて「地球」で起こった出来事を話し出した。

 

 

第4話に続く

 




0215 タバサに名づけられる以前からイルククゥがシルフィードになっていた部分があり修正

0320 タイトル変更

0402 感想でご指摘を受けた箇所の修正

0428 細部修正

1219 細部修正

160620 シュヴルーズの呼び名がミセスではなくミスになっていたので修正


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