虚無の果実~雪風と真紅の魔王~   作:ヒロジン

15 / 15
学院を襲った盗賊「土くれのフーケ」を撃退した戒斗は、ハルケギニアにロックシードを流通させている組織への戦力として彼女と共闘関係を結んだ。そんな折、タバサの所属するガリア王国北花壇騎士団の団長であり、彼女の従姉妹である「イザベラ」から召集の命令が下された。

宮殿についた戒斗はイザベラに奴隷のように好き放題扱われるタバサの姿を目撃し、イザベラに対して激しい怒りを露にした。

時を同じくして、インベスを召喚するために開いたクラックが何者かの手によりジャックされ、クラックの向こう側から現れたガーゴイルに導かれ、戒斗、タバサ、イザベラ、イザベラの護衛であるカステルモールはクラックの向こう側に広がる森に足を踏み入れる。

森へと足を踏み入れた一行は、岩肌に隠された研究所のような施設で、謎の女「ヴェルザンディ」と邂逅する。彼女は自らを始祖「ブリミル」の関係者と語り、ハルケギニアに錠前を流通させている集団を壊滅させるために戒斗たちと手を結びたいと提案してきた。

この提案を戒斗は「利用しあうだけの関係」という形で呑み、また「ガリア王国の危険の排除」という点でイザベラとも利害が一致し、「タバサの母親の心を取り戻す方法を探し、彼女らの安全を保障する」という約束をした上でカステルモールとともに戒斗、タバサと共闘することを誓った。




第14話 「泣き虫な少年と優しき侍女 ①」

「土くれのフーケ」による宝物庫襲撃の騒動から1週間が経過していた。この事件は魔法学院の歴史に刻まれるほどの大きな事件ではあったが、日々の喧騒の中で事件は過去のものになっていた。生徒や職員の関心は1週間後に迫った『使い魔の品評会』へすでに移っており、この行事の主役である二年生たちは自分の召喚した使い魔に芸を教えるのに必死になっていた。

 

彼らが張り切る理由としては、トリステインの王女である「アンリエッタ姫」が出席するとの連絡が学院に入ったからであり、ルイズ・フランソワーズやギーシュ・ド・グラモンなどのトリステイン王家に仕える貴族たちは特に力が入っていた。

 

一方で、この品評会にほぼ興味がない2年生が一人居た。ガリア王国出身のタバサのことである。使い魔に芸の仕込む時間をということで二年生の授業はここ数日午前中までとなっており、2年生は基本的に校内か自室で芸の特訓に励んでいたのだが、彼女は学園の近くに出現した大木の側に使い魔のシルフィード、そして駆紋戒斗と共に居た。

 

地面に置かれた巻貝から流れる軽快な音楽に合わせて、大木の下でタバサは舞っていた。額や髪からは汗が流れ、その雫に日の光が反射しキラキラと輝いていた。踊っている彼女の表情は真剣そのものだったが、彼女をよく知る者ならその表情がどこか楽しげであることが読み取れるだろう。

 

 

「ッ!!…………はぁ……はぁ…………」

 

「すごい! すごい! おねえさま、お上手だったのね!!」

 

 

音楽が終わり、汗だくになったタバサは袖口で額の汗を拭った。彼女の踊りを見ていたシルフィードは満面の笑顔と大きな拍手で主人の舞を褒めちぎっていた。

 

 

「……ほら、こいつを使え」

 

 

そう言いながら、戒斗はタバサにタオルを差し出した。差し出されたタオルをタバサは「ありがとう」といって受け取った。

 

 

「……どうだった?」

 

「今までで一番よかったぞ。これまで指摘していた箇所もきっちり改善できていた。あとは表情だな……仕方ないかもしれんが、踊り手の表情も大事なポイントのひとつだからな」

 

「……がんばる……」

 

 

そう言ったタバサの表情は彼女の知人以外にはいつもの無表情に見えた。一番の課題の克服はまだまだ先になりそうだな、と戒斗は思った。

 

 

「でも、おねえさまはすごいのね。わたしはちっともカイトの言うように踊れなかったのね……」

 

「いや、お前も素質は悪くない。服を着ていることに慣れて、毎日練習すればいずれ結果は出てくるはずだ。タバサはジャンルが違うが元々踊りをやっていたから、その経験が活きているんだろう……」

 

 

実際、戒斗の想像以上にタバサはダンスが上手かった。彼の指導が上手かったのもあるが、課題として用意した1つの曲……沢芽市のダンスグループである『ビートライダーズ』のメンバーたちがインベスゲームの終焉を誓い開催した「合同ダンスイベント」の時に使った曲だったのだが、それをタバサは数日でかなり踊れるようになっていた。

 

もし、彼女がビートライダーズのメンバーの前で踊れば、彼らはきっと驚いて「一緒に踊ろう!!」と笑顔で勧誘したことだろう……そんな光景が容易に想像できた。懐かしい面々の顔が脳裏に浮かび、戒斗の顔に笑みが浮かんだ。

 

 

「……どうしたの?」

 

「いや……お前の踊りを見たビートライダーズの連中が、お前を勧誘する光景を想像してな……ほら、しっかりと水分補給をしておけ。脱水症状で倒れるぞ」

 

「……ありがとう……カイト……あなたは今のままでいいの?」

 

 

戒斗から受け取った水筒から口を離したタバサが、不意にそう問いかけた。

 

 

「どういう意味だ?」

 

「ルイズの使い魔の男の子は、チキュウに帰りたがっている。彼の両親もきっと彼の帰りを待っている……カイト、あなたの仲間もきっとあなたの帰りを待っている……」

 

 

仲間のもとへ帰らなくていいのか? タバサの問いはごくごく自然なものだった。戒斗という青年が見せた数少ない純粋な笑顔だったからだ。

 

 

「……待っているかは、微妙なところだな……あいつらなら俺のことなど忘れて好き勝手やっているだろうさ……」

 

 

そうはぐらかした戒斗だったが、今でも沢芽市でビートライダーズとして活動していた時間は、彼の中から色褪せることはなかった。ザック、ペコを筆頭としたチームバロンの面々やアーマードライダーとして共に戦ったメンバーたち……ヘルヘイムとの戦いをへて、皆本当に強くなっていた。彼らが居たからこそ、戒斗は再び人間の可能性を信じる気になったのだ。

 

 

だが……彼らの中に自分の居場所はすでにないと、戒斗は決断していた。どんな想いがあれ、自分は彼らと袂を別ったのだ.それに……目の前の危なっかしい少女を放っておくわけにもいかなかった。

 

 

「……そう……わかった……」

 

 

タバサはそれ以上何も言わなかった。戒斗がタバサの表情の変化を理解できるように、タバサも駆紋戒斗という人間のことを少しずつだが理解できるようになっていたのだ。そんなとき、学院から昼の3時を告げる鐘の音が聞こえてきた。

 

 

「もう3時か……まだ続けるか?」

 

 

戒斗の問いにタバサはこくりと頷いた。そのあと、三人は日が暮れる直前まで大木の下で踊りの練習を続けた。もともと体力作りという理由で戒斗から地球でのダンスを教わることに決めたタバサだったが、今では純粋に踊ることを楽しんでいた。戦いに身を投じる際に氷のように凍らせた彼女の心は、この一瞬だけ15歳の少女に戻っていた。

 

 

====================

 

 

1週間前、戒斗とタバサは始祖ブリミルの関係者だという『ヴェルザンディ』とガリア王国の王女である『イザベラ』とその部下である『カステルモール』の5人は、ハルケギニアにロックシードを流通させている組織に対して共闘することを誓いあった。

 

話がひと段落したタイミングで、5人は今後の各々の役割について話し合った。ヴェルザンディは拠点がある平行世界側から、ハルケギニアと繋がったクラックの観測を行うとのことだった。

 

彼女曰く、平行世界とハルケギニアがクラックで繋がった際の座標は毎回変わるらしく、そもそも平行世界の全容も完全に把握しきれていないとのことだった。今回プチ・トロワにできたクラックを固定化できたのは、レオと呼ばれている彼女の連れのインベスが戒斗に再び召喚されたことで、「インベスが帰るためのクラックが同じ場所にもう一度出現する」という読みがたまたま当たっただけであるそうだ。

 

 

「……地球に開いたクラックの場合は、別世界側の座標が変わるなんてことはなかったが……何か違いでもあるのか?」

 

「そもそもこの平行世界についてもよくわかっていないの。ハルケギニアの地形と対応しているわけでもないし、どこまで続いているのかもわからない……封印やクラックが観測できる範囲はこの拠点の半径1万アルパンから外はわたしにも未開の地というのが現状ね……」

 

「そうか……まぁ、今わからないのなら仕方ない。より詳しく調査を進めろ」

 

「えぇ……それとカイト君。1つお願いがあるの……あなたの持っているドライバーと錠前を貸してもらえないかしら? 」

 

「……貴様に複製できるのか?」

 

「少し勝手は違うけど、機械いじりなら得意分野よ。実物もあるし、森に関する技術だから知識もある……どのくらいかかるかははっきり答えられないけれど、必ず再現させてみせるわ。もちろん、イザベラちゃんやタバサたちメイジでも使えるように調整したドライバーにもトライしてみるつもりよ」

 

 

あなたが私を信用してくれるならね……その言葉を添えて、ヴェルザンディは戒斗に答えを迫った。彼女の問いに戒斗は少し悩んだ。彼女の言葉をそのまま受け取るなら、これからの戦いの際に戦力を増強という点で願ってもない提案だった。

 

だがしかし……仮に彼女がドライバーを作ってしまった場合、今後彼女が敵対した際にそのまま技術を戦力として使われる可能性がある。おまけに戒斗には過去に設計者が秘密裏に仕込んだ自爆装置により自分が使っていたドライバーを壊されてしまった過去がある。今手元にあるドライバーを貸すということは、それらのリスクを伴うことだった。

 

 

「…………いいだろう。ただし、言ったからにはきっちり作り上げろ。それから妙な真似はするなよ」

 

「ありがとう。心配しなくても余計なことなんてしないわ。今はあなたの力を借りなければいけないからね。あと、あなたの居た『チキュウ』の機械が他にあればそれも一緒に貸して欲しいわ。ドライバーの基盤とか人工知能とかの参考にしたいから……」

 

彼女の言葉を受けて、戒斗はオスマンから預かったドライバー2機とマツボックリロックシード、それから記録媒体を抜き取ったスマホを机の上に置き、スマホについてヴェルザンディに簡単に説明した。

 

 

「ありがとう……それで、カイト君。あなたはこれからどう動くつもり?」

 

「とりあえず情報収集だ。貴様と出会う前に、すでに何人か協力者になりそうなやつらに声をかけている。そいつらを通じて、ロックシードをばら撒いている連中の手がかりを追ってみよう……俺とタバサも時間があれば街に出て、情報を集めるつもりだ」

 

「わかったわ。イザベラちゃん、あなたはどうする?」

 

「そうね……わたしのところには、ガリア王国中から問題ごとが集まるの。その中から、あなた達がいう錠前をばら撒いている連中の手がかりがないかチェックしておくわ。あと、個人的に団員を何人か動かして、錠前について探らせてみるわ……それから……」

 

 

イザベラはヴェルザンディに向き直った。

 

 

「ヴェルザンディ、あなたわたしに協力してくれるって言ったわよね。なら……あなたが知っている限りでいい。わたしに本当に魔法の才能がないのか調べて欲しいの。そしてもし才能がないんじゃなくて、努力不足ややり方が間違っていただけなら……わたしを強くして欲しい。いざ戦いになったときに、みんなの足手まといにならないように……」

 

「……一応聞くけど、優しいほうがいい? それとも死ぬほど辛いほうがいいかしら?」

 

「……みんなの隣に一秒でも早く立てるようになりたい。それがわたしの望みよ」

 

 

イザベラの表情を見たヴェルザンディはやれやれと言ったようにため息をついた。

 

 

「……わかったわ。じゃあ、やれるだけやってみるわね」

 

「ありがとう……それからカステルモール、さっき言った件であなたに頼みがあるの」

 

「頼み……ですか?」

 

 

驚いたような表情のカステルモールにイザベラは話を続けた。

 

 

「えぇ。カイトの話だと、連中はトリステインだと首都にまで足を伸ばしているみたいじゃない。このリュティスがそうなっていないとは言い切れないわ。あなたには今までわたしの警護を任せていたけど、そこからは一旦外すわ。その代わり、リュティスで調査をして欲しいの。連中の手がこのガリアに迫っていないかを知っていく必要があるわ……」

 

「はぁ……しかし、なぜ私なのでしょうか?」

 

「あなたはここでの話を聞いているし、ことの重大さを理解してると思ってる。知っている人間にお願いしたほうが、手間が省けるでしょ。それに……さっきのカイトとの戦いで、あなたは最後まで立っていた。あなたなら危ない目に遭っても、切り抜けられるって思ったの……もちろん、嫌なら断ってくれてかまわない。どうかしら?」

 

 

カステルモールは悩んだ。彼の真の忠義はタバサことシャルロットに捧げられている。イザベラに従っているのは、あくまでも演技だ。一方で彼も『森』による脅威を知った今、この件から逃げようとは思わなかったし、イザベラの言うように事情を知っている自分がガリアの調査を行うのがベストな選択であることも事実だと理解していた。

 

 

どうしたものか、と考えていると、たまたまタバサと目が合った。表情はいつもの無表情だったが、彼女の頭が小さくこくりと動いた。

 

 

「……わかりました。その任務お引き受けいたします」

 

「ありがとう。費用はわたしが全額負担するから好きに使いなさい。ここからはヴェルザンディとの特訓で、遊んでいる場合じゃないからね……それと自分の命を最優先しなさい」

 

 

カステルモールは深く敬礼した。こうして、各々の今後の方針が決まったところで、異世界の会合はお開きとなった。ヴェルザンディは手元の機械を操作した。すると部屋の中にクラックが出現した。どうやら先ほど4人がやってきたプチ・トロワに繋がっているようだ。

 

「さっきのクラックを今開いたやつに繋ぎなおしたわ。それからカイト君、イザベラちゃん、これを持っていって……」

 

 

そう言うとヴェルザンディはカイトとイザベラに小さな箱のような機械を手渡した。手の平サイズの金属で出た箱で、側面の1つにはボタンがついていた。

 

 

「それは発信機よ。それがあればハルケギニアでの場所がわかるから、そのポイントにクラックを開きなおすわ。この施設と直接行き来できたほうが便利でしょ」

 

「なるほど……連絡はどうするんだ?」

 

「側面のボタンを押せばこっちと通信で繋がるようになっているわ。いい場所を見つけたら、連絡をちょうだい」

 

「わかった。あとで連絡しよう」

 

「わたしも後で連絡するわ……じゃあ、ヴェルザンディ。またあとでね」

 

「はいは~い。待ってるわ カイト君やタバサちゃん、カステルモール君もこれからよろしくね!」

 

 

そう言葉を交わした後、4人はプチ・トロワに戻った。異世界に行く前に、部屋で気絶していた人間は部屋から追い出し、部屋には誰一人入るなと伝えてあったので、クラックを見たものはこの4人以外誰も居なかった。

 

 

イザベラはそのまま部屋のドアを開けた。ドアを開けるとそこには騒ぎを受けて待機していた十数人の衛兵が整列していた。

 

 

「姫殿下! ご無事ですか!? 殿下に刃を向けた無礼者はどこへ!?」

 

「まだ部屋に居るわ……でも、もういいの。全員下がりなさい」

 

「しかし! 殿下を狙った無礼者をこのまま帰すわけには……」

 

「下がりなさい。これは命令よ……それから、今日ここで起こったことは全て忘れるように警備と使用人の全員に伝えなさい。話題にしたり他言すれば……覚悟してもらうわ」

 

 

そう言われれば、衛兵は何も言えなくなってしまい、疑問を抱いたまま彼らは持ち場に戻った。

 

 

「……じゃあ、三人ともこれからよろしく。エレーヌ、カイト……トリステインのほうは任せたわ。カステルモール、あなたも今日は下がりなさい。明後日までに東薔薇騎士団には話をつけておくわ。許可が下り次第、すぐに任務に取り掛かって頂戴」

 

「かしこまりました。では、エレーヌ様、カイト殿……わたしはこれで……」

 

「あぁ……タバサ、俺たちも戻るぞ。オスマンやマホメットと話をつけなくてはな……」

 

「うん……」

 

 

タバサはそのままイザベラと言葉を交わすことなく……いや、視線すら合わせることなく宮殿を後にした。イザベラもイザベラで、タバサとそれ以上言葉と視線を交わすことなく、自室へと戻った。

 

 

===========================

 

 

こうして、イザベラとカステルモールと分かれた戒斗とタバサは、再びシルフィードに乗ってトリステインへと舞い戻った。そこからはオスマンとマホメット、フーケとの打ち合わせなどが合ったが、特に新しい情報が入ることはなく一週間が過ぎていた。夕刻前、ダンスの練習を終え、入浴を行うために浴場へと向かったタバサと別れ、戒斗はとある用件のため、学院長の部屋へと1人向かっていた。

 

 

「……俺だ……」

 

 

部屋の前に到着した戒斗は、部屋のドアをノックしたあとにそう言った。すると中からオスマン氏の「君か……入りなさい」という声が聞こえた。戒斗は辺りの様子を確認すると、そのままドアを開け室内に入った。

 

 

「あら、時間ぴったりね。ミス・タバサは一緒じゃないの?」

 

「話の内容なら俺が伝えればいいだけだ……それに俺1人のほうが、生徒に見つかったときに余計な詮索もされないと思ってな……」

 

 

部屋の中には3人の人物が居た。1人はオスマン氏、1人は緊張した表情を浮かべるコルベール、そして最後の1人はミス・ロングビルとして学院に潜入していたフーケであった。彼女は、潜入時と同じ格好で来客用の椅子に腰掛けていた。

 

5日ほど前、学院に監禁状態という扱いになっていたフーケはオスマン氏の手引きで学院から抜け出しており、、オスマン氏は教師陣に「フーケは衛士に引き渡した」「ミス・ロングビルはフーケとの戦いで負傷し、治療に専念するためにしばらく学院を離れた」と伝えていた。脱出の方法は『フェイス・チェンジ』の魔法で戒斗を王室からの衛士に偽装して連れ出すというものであり、その対応を目撃した衛兵を完全に騙すことができていた。

 

 

フーケの正体を知る人間のうち、戒斗・タバサ・オスマン・コルベールの4人は繋がっており、才人・ルイズ・キュルケには緘口令が敷かれていたため、学院内の他の人間はフーケがミス・ロングビルだったという事実は誰も知らなかった。

 

「ふむ……では、全員揃ったことだし、始めるとするかのう……おや? ミスタ・コルベールよ。何をそんなに緊張しておる?」

 

「……オールド・オスマン。先日捕らえた盗賊と同じ席に座って会議をするなんて状況になれば、普通の人間はこんな表情になりますよ……」

 

「それは失礼したね……でも、仕方ないでしょう? 目の前のお兄さんが、この卑しい盗賊に情けをかけてくれたんだから……」

 

 

ハハハと笑いながら、フーケはそう言った。もっとも彼女自身、戒斗に借りを作った気はさらさらなく、戒斗自身も貸しを作った気はさらさらなかった。『利害の一致』による共闘……フーケと戒斗の関係はそれ以外のなんでもないのだ。

 

 

「……はぁ、オールド・オスマン。こんな気苦労が増えるなら、あの夜あなたを追わなければよかったですよ……」

 

 

そう言いながら、コルベールは後退が目立つ自身の頭部を右手で押さえ、自分がこの場にいることを決定付けた5日前の出来事を思い出していた。

 

 

その日、コルベールは当直担当であり、当直室に持ってきた本を読んで過ごしていた。

 

フーケの事件以降、彼はこれまで当直をサボっていたことに責任を感じ、真面目に当直を行うと決めていた。数年ぶりの当直だったが、次の日の講義は午後からであり、買ったばかりの本を読みふけっているうちに夜は更けていった。

 

夜明けまで2時間ほどという時間になったころ、尿意を覚えた彼は当直室を離れ、一番近い本塔の便所に用を足しに行った。出すものを出してすっきりしたコルベールは、再び当直室に戻ろうとしたのだが、そのとき近くの廊下から足音が聞こえた。

 

 

「ん? こんな時間にだれだ……まさか賊か?」

 

 

フーケの一件もあったので、彼は杖を抜いて物陰に隠れた。しかし、数秒後コルベールの視界に移ったのは学院長のオスマン氏だった。彼は辺りを伺いながら、いつになく真剣な表情で本塔から出て行った。

 

 

「オールド・オスマン? なぜこんな時間に……」

 

 

学院長の行動を疑問に思ったコルベールは好奇心から彼の後を尾行することにした。オスマン氏はそのまま火の塔のある方角へと歩いていった。コルベールはオスマン氏に見つからないように、建物や木の陰に隠れながら後を追いかけた。

 

 

数分後、火の塔前の広場に到着したコルベールはさらに意外な人物を目撃した。

 

 

「待たせたのう、2人とも……ミスタ・マホメットはもう到着しておるのか?」

 

「あぁ……さっき伝書鳩が来た。向こうに行っているフーケとも合流したそうだ。俺たちも行くぞ」

 

「…………」

 

 

そこに居たのは駆紋戒斗とタバサ出会った。戒斗はいつものコート、タバサも制服にマントを羽織っており、会話からも偶然ではなく待ち合わせをしていたようだ。

 

コルベールは思わず声を漏らしてしそうになった。なぜこんな夜中にこの3人が会っているのだろうか? そして、今戒斗は会話の中で「フーケ」と待ち合わせていると言った。彼女は本塔地下の使用していない倉庫に閉じ込めているはずだ。コルベールの頭には無数の疑問符が浮かんでいた。

 

 

「了解じゃ……その前に2人に謝らなければならん。気をつけてはおったんじゃが……コルベール君、出てきなさい」

 

 

オスマン氏はコルベールのいる建物の影に視線を移しながらそう言った。コルベールは鳥肌が立った。気配は完全に消して尾行していたからだ。

 

 

「チュー、チュー」

 

 

不意にコルベールの足元から、鳴き声が聞こえた。足元に目を向けるとそこには白いハツカネズミがコルベールを見つめていた。そのネズミにコルベールは見覚えがあった。いつもオスマン氏が連れている使い魔のモートソグニルだ。どうやらオスマン氏の命令で、周囲の様子を探っていたようだ。コルベールはため息をついて、3人の前に姿を現した。

 

 

「……すいません、オールド・オスマン。つい好奇心に負けてしまいまして……しかし、こんな時間に何故その2人と? それに今聞き違いでなければ、「フーケと落ち合う」とおっしゃりませんでしたか?」

 

「ふーむ……どうするかね、カイト君? 事情を説明してしまえば、自動的に彼を巻き込むことになってしまうが……」

 

 

オスマン氏の問いを受けた戒斗は、しばらくの沈黙のあとでコルベールに視線を向けた。

 

 

「……コルベール。もしもの話だ……この『ハルケギニア』という世界が存亡の危機に陥っているとする。滅びの原因である怪物がそこら中を歩き回り、見境なしに生物に襲いかかっている。またその怪物の持つ力と同じ力を得た人間が、己の欲望を満たすために他人を利用し、食い物にしている。そんなどうしようもない、この世の終わりのような環境に貴様が立たされたとする……」

 

「……カイト君、何が言いたいのかね?」

 

「そんな状況に陥ってしまったとき、お前ならどう行動するかという質問だ。コルベール……絶望しかないそんな状況で、お前ならどう行動する?」

 

 

コルベールは最初、戒斗が適当な話で話題を逸らそうとしているのだと思った。だが、戒斗の目や表情を再度確認したとき、そうではないと彼は悟った。目の前の青年は、真剣な表情でコルベールの答えを待っていた。

 

 

「……そうですね。正直なところ、わたしは『闘い』というものが嫌いだ。自分が助かるためだけなら、闘いなどせず逃げ出すだろうね……」

 

 

コルベールは自虐気味に笑いながらそう言った。その言葉を戒斗は真剣な表情で聞いていた。

 

 

「……だが、わたしはこの学院の教師だ。生徒たちの安全と彼らの未来を守るという責務がある。もし、彼らに危機が迫るというなら、わたしは君のいう怪物と闘うだろう。わたしは臆病者だが……その責務から逃げ出すほど愚か者ではないよ……」

 

 

コルベールは静かにそう言った。だが、彼の言葉にはしっかりとした意思が込められていた。その言葉を聞いた戒斗は、小さく笑みを浮かべた。

 

 

「なるほど、それがお前の『強さ』か……タバサ、オスマン。マホメットとフーケが待っている。俺たちも行くぞ」

 

 

そう言うと、戒斗はコルベールに背を向けた。そしてそのままの状態で、後ろにいるコルベールに向かって言葉を放った。

 

 

「コルベール、お前は合格だ。俺たちの話に興味があるなら、勝手について来い……ただし、貴様は今、人生の岐路に立っていることを忘れるな。俺たちの話を聞いてしまえば……後戻りはできんぞ……」

 

 

そう言うと、戒斗はタバサに指示を出し、2人はレビテーションの魔法で学院の外壁を超えていった。オスマン氏もフライで同じように学院の外へ出た。コルベールは少し悩んだ後に、フライの魔法を唱えた。

 

 

学院から近い場所にある森に入った4人は無言のまま森の中を進んだ。しばらくすると木々が少ない広場のような場所があり、そこにはミス・ロングビルの格好をしたフーケと白い馬を連れたマホメット氏が居た。マホメット氏の側には、申し訳なさそうな表情をした彼の娘のルデアが何故か立っていた。

 

 

「2人とも待たせたな……ん? マホメット、なぜルデアが居る?」

 

「ミスタ・カイト、お久しぶりです。その件ですが……申し訳ない。誰にも悟られないように出てきたつもりだったのですが、感づいた娘が馬屋で待ち伏せておりまして……」

 

「…………」

 

 

ルデアは無言のままだった。戒斗は「そうか」と呟いたあと、ルデアのもとに近寄った。

 

 

「……なぜここにいる、ルデア?」

 

「……カイト様、これから皆さんがするお話は、以前わたしが目撃した怪物と関係があるお話ですよね?」

 

 

彼女の問いに、戒斗は頷いた。

 

 

「……だったら、わたしは知りたいです。怖いですけど……あの怪物や錠前がなんなのか、知っておきたいんです。お父様が関わるならなおさら……何も知らないのは嫌なんです」

 

 

 

 

その言葉を聞いた戒斗はため息をついた。彼は集まった面々から少し離れ、全員と正面から向き合った。

 

 

 

「……タバサ以外にもう一度聞いておく。俺がこれから喋る話を聞けば、お前たちはこの世界に迫る危機を知る。そして、どうしようもない危険な運命に巻き込まれるだろう……俺の生まれた世界でもそうだった。こいつの存在を知った人間は『知った』というその事実だけで、過酷な運命に巻き込まれる……もう一度聞くぞ。俺の話を聞く覚悟はあるか?」

 

 

問いを投げかけられた全員が真剣な表情で頷いた。それを確認した戒斗は、タバサとシルフィードに話した内容の話を始めた。

 

彼の世界を襲った『ヘルヘイム』という災厄の存在、災厄の元凶である果実を口にした生物の成れの果て『インベス』と元凶である果実を加工した『ロックシード』の存在、そしてロックシードがこのハルケギニアに何者かの手により持ち込まれてしまったことを語った。

 

戒斗の話に、ロックシードやインベスの実物を見たことがないマホメット氏とコルベールは半信半疑という様子だったが、戒斗がマンゴーロックシードでインベスを召喚してみせたり、実際にアーマードライダーに変身し、あたりにサイレントの魔法をかけた上で、「バナナスカッシュ」で地面を抉ってみせると、彼らの表情は疑問から驚愕へと変わった。

 

 

「……これで俺の話は終わりだが、ここからが本題だ」

 

 

変身を解除したあと、戒斗は集まった面々に改めて向き直り話を切り出した。

 

 

「俺の目的はこの錠前をこの世界で流通させている連中を探し出し、叩き潰すことだ。タバサ、フーケとはすでに話をつけて、連中に対して共闘することになっている。オスマン、マホメット、ルデア、コルベール……今の話を聞いて、お前たちはどうする? 俺に協力するか、聞かなかったことにしてこの場を去るか……決めるのはお前たち次第だ」

 

 

戒斗が4人に問いかける。4人はしばらくの間沈黙が続いた。

 

 

「……はぁ……ミスタ・カイト。こんな重要な話をしておいて、2択もなにもないでしょう。わたしはあなたに借りがあり、その錠前を売っている人々を放置すれば国が危ない……選択の余地などないではありませんか……」

 

 

そんな皮肉を言いつつもマホメット氏は戒斗に右腕を差し出した。

 

 

「リスクと損しかないこの話に首を突っ込むことは商人として考えれば愚の骨頂です。しかし、それであなたへの借りを返し、家族や商会の未来が手に入るなら乗る価値はあると判断しました。わたしにできることなら何でもおっしゃってください。できるかぎりの範囲で、あなたの目的のお役に立つことを約束しましょう」

 

「……わかった。よろしく頼む」

 

 

マホメット氏が差し出した右手を戒斗は握り返した。二人の表情は、それは真剣なものだった。

 

 

「……マホメット氏の言う通りじゃ。放っておけばおくだけ事態は深刻になるだけなら、事情を知る君と協力しておいたほうがいいじゃろう。秘宝を取り返してくれた借りもあるしのう……」

 

 

マホメット氏に続き、オスマン氏も戒斗に協力することを宣言した。戒斗は彼の言葉に無言で頷いた。

 

 

「……わ、わたしもカイトさんに助けてもらった恩を返したいです! わたしにもできることがあるなら、わたしも協力させてください!」

 

 

オスマン氏に続き、ルデアもそう宣言した。それを聞いた戒斗はルデアのもとに近づいた。

 

 

「……いいのか? この間のように俺が守ってくれるわけではないぞ?」

 

「……正直怖いです。でも、お父様が関わっているのに、見ているだけなんて嫌です。それにカイトさん言っていたじゃないですか。どのみち関わることになるって……だったら、そのときに備えて、今からやれることをやっておきたいんです」

 

 

彼女の声は震えていたが、迷いは感じられなかった。戒斗はここで彼女に「関わるな」と言うこともできた。だが、彼はそうしなかった。ルデアは今、彼女の今後の運命を自分の意志で決めたのだ。それがどんな危険な選択であったとしても、それに横から水をさすことを駆紋戒斗という男はよしとしなかった。「最後に信じられるモノは自分自身の強さだけ」という戒斗の根幹を成す考えは「自分の運命を決めるのは自分自身でなければならない」ということでもあるからだった。

 

 

「……わかった。ただし、ルデア。正直に言って、今のお前に手伝えることはない。だから今は商会の仕事を手伝って、経験と知識を積み上げろ。それはこの先、俺やマホメットの力となるはずだ」

 

「わかっています。少しでも皆さんの力になれるように頑張ります……お父様、勝手に決めてしまって御免なさい……」

 

 

ルデアはマホメットに頭を下げた。マホメット氏は首を横に振った。

 

 

「……私も若い頃は、商売で色々無茶な決断をした。娘よ、お前の成長を期待し、私はお前の決断を尊重しよう。だが、無理はしてはいけないぞ」

 

 

父親の言葉に娘は真剣な表情で頷いた。その様子を見届けた戒斗は、最後の1人に視線を向けた。

 

 

「正直、世界が滅ぶなどと言われても未だに信じきれない……だが、カイト君。君が冗談を言うとも思えない。それに……」

 

 

コルベールはタバサに視線を向けた。

 

 

「ミス・タバサ、君もカイト君に協力すると言っていたね。 正直なところ、生徒である君にこんな危険なことに関わって欲しくないのだが……わたしが駄目だと言っても聞かないのだろう?」

 

 

タバサは無言で頷いた。コルベールはため息をついた。

 

 

「ならば、わたしには生徒を守る義務がある。それにカイト君の話が本当なら、いずれ無関係の生徒も巻き込まれる……カイト君、いち教師であるわたしにできることがあるなら何でも言ってくれ」

 

「わかった……オスマン、コルベール、マホメット、ルデア、フーケ……そしてタバサ。これから俺たちは共闘関係だ。目的はロックシードを扱う連中の壊滅だ。異議がなければ、右腕を掲げろ!」

 

 

そう言うと、戒斗はバナナロックシードを持った右腕を上に掲げた。オスマン、コルベール、マホメット、ルデア、タバサの5人もそれぞれ右腕を上に掲げた。今ここに、異世界の青年駆紋戒斗をリーダーとした謎の組織に対する「レジスタンス」とでもいうべき集団が誕生したのであった。

 

 

 

それが5日前の出来事であり、その後戒斗はマホメット、フーケ、オスマン、コルベールの4人にそれぞれにロックシードをばら撒いている集団に関する調査をする指示を出していた。今日4人が学院長室に集まったのは、その調査の報告のためであった。

 

 

一番初めの報告者はコルベールであった。彼の調査対象は学院の生徒で、生徒でロックシードを持っている人間がいないかどうかを調査するというものであった。全学年のクラスで授業を受け持っているコルベールは、「学院長の指揮のもと風紀の乱れを調べるため」という名目で、授業の際に抜き打ちの持ち物検査を行った。

 

戒斗自身やビートライダーズの人間がそうであったように、ロックシードを所持している人間は出来る限りそれを携帯するであろうという戒斗の判断からの調査であったが、結果的に該当者は1人もなく、コルベールと学院長への不満が高まっただけであった。

 

その学院長は、教師に対してコルベールと同じような検査を行ったがこちらも成果はなかった。だが、「たまたま検査のときに持っていなかった」場合や「これから所持してしまう」場合も考えられるので今後もこの調査は継続していく方向で話はついた。学院全体の家捜しをすれば手っ取り早いのだが、さすがに情報を伏せたままの調査は現実的ではないと没になっていた。

 

 

フーケは自身が行ったトリスタニアの裏社会での調査、マホメット氏のトリスタニアを拠点とする商人に対する調査の報告を行った。フーケは自身が学院にある錠前とドライバーの情報を入手するきっかけとなった男を探ったのだが、結局素性はわからなかった。また裏社会の人間たちの間では、金持ち相手に錠前型のマジックアイテムを売りつける集団がいるという噂は広がりつつあったが、素性が全くわからない連中だということしかわからなかったそうだ。

 

 

「……昔から裏社会にいる連中が手を出したということではない……そういうことか、フーケ?」

 

「そういうことだね。今の裏社会の連中とは全く別の集団ってことになるね……いずれにせよ、その錠前をばら撒いている連中は相当ヤバイってことは確かだね……」

 

 

4人の表情がより一層深刻なものになった。既存の裏社会と全く関係を持たない組織……それはつまり「外部との繋がりを持たずとも全てを簡潔できる」という組織の規模の大きさをもの語っているからだ。

 

 

「……話を変えるぞ。フーケ、マホメットからの報告はどうだ?」

 

「預かってるよ。ちょっと待ってな、今読むから……」

 

 

マホメット氏は丁寧にまとめられた報告書をフーケに手渡していた。それによると、商人間の情報網を駆使して「錠前」の情報を探った結果、表社会の商人の間で錠前が扱われているという事実はないとのことだった。

 

 

ただ、「錠前型のマジックアイテム」の存在は有力な商人の間では少し噂になっており、トリステインの有力貴族が所有しているところを見た商人仲間もいたとのことだったが、実物を見たわけではなく噂レベルに留まっているとのことだった。

 

 

3人の報告を聞いた戒斗は、今この場にいるメンバーとは別の協力者……始祖ブリミルの関係者だという人造人間「ヴェルザンディ」が行っている「ロックシード及びドライバーとメイジとの関係性」の調査結果を報告することを告げた。彼女の存在について戒斗は、イザベラやガリア王家とタバサとの関係を伏せた上で、「平行世界からロックシードを使う戒斗にコンタクトをとってきたブリミルの関係者」という形でコルベールたちに伝えていた。

 

 

「始祖ブリミルの関係者ねぇ……その女本当に信用できるのかい? 胡散臭くて仕方ないんだけど?」

 

 

フーケがそう言ったが、オスマンとコルベールも同じ意見だった。5日前に戒斗から存在を知らされただけで、実際に彼女と会ったことのない彼らからすれば当たり前の話ではある。

 

 

「俺もそう思っている。だが、少なくともあの女がヘルヘイムやメイジに関して深い知識、そして現代のハルケギニアのものとは比較にならない科学力を持っていることは確かだ……こんなものを1週間で作り上げるくらいだからな……」

 

 

そういうと戒斗は懐から目の前にあるテーブルに何かを置いた。

 

 

「これは……「異界の紺板」かい?」

 

 

机の上に置かれたものは、カッティングブレードのついていない戦極ドライバーだった。オスマン氏が極秘に所有していたものと見た目は全く同じであった。

 

 

「あぁ……もっと詳しく言えばあの女……ヴェルザンディがオスマンの持っていたドライバーを改造した『メイジ用ドライバー』だ。変身機能は付いていないが、お前たちメイジの魔法の元となる力の回復能力に特化させたドライバーだそうだ」

 

 

ヴェルザンディとの接触からまだ1週間しか経っていないが、戒斗はタバサの部屋に設置した装置によってできたクラックを使い、ヴェルザンディの研究所に何度も足を運んでいた。戒斗が今彼らに見せたドライバーは、昨日ヴェルザンディが完成させた代物であり、タバサとイザベラの協力を得て実用化に成功したサンプルの1つだった。

 

ヴェルザンディがロックシードとメイジの相性をより詳しく調査した結果、通常の戦極ドライバーとロックシードをメイジとメイジ以外の人間が使用する場合では決定的な違いがでるとのことだった。

 

 

「ドライバーを介してロックシードを使用した場合、ロックシードに保存されているエネルギーは『アームズの形成』『装着者の肉体強化』の用途で使われる。アームズを形成する機能のないこのドライバーの場合は、肉体の限界を超えることがないように調整されたエネルギーが装着者の体に供給されるようだ……」

 

 

戒斗が手に持ったドライバーを見せながら説明を続ける。

 

 

「だが、お前たちメイジの場合は設計者が想定していなかったエネルギーの行き先として、お前たちが『精神力』と呼んでいる力を溜め込む器官を持っている。詳しくはわからんが、あの女の話だとその器官の有無が、普通の人間とメイジとの違いのようだ……」

 

「なるほどねぇ……でも、それがあんな風に影響してくるんだい? あのときは死ぬかと思ったよ……」

 

 

先日、ドライバーの使用で前後不覚に陥ったフーケはそのときのことを思い出したのか苦々しい表情で戒斗に問う。

 

 

「その器官はかなり繊細で、おまけに脳や身体の各器官とも深く繋がっているようでな。許容量を超えたエネルギーが流れ込んだ場合はコントロールが効かなくなるそうだ。しかもアームズの形成や肉体の強化と違いドライバー側が想定していない現象のために際限なくエネルギーが錠前から供給されるらしい……」

 

「なるほど……ようするにわたしは精神力をコントロールできなくなって暴走させちまったってわけかい?」

 

「そういうことだ。で、こいつはメイジの精神力の容量を把握して、体に送り込むエネルギーを調整する機能を取り付けた代物だ。俺もタバサが使っているところを見たが、ロックシードによるエネルギー供給を挟む事で、トライアングル級の魔法を連発していたな……」

 

 

戒斗の言葉にメイジ3人は驚きの声を上げた。変身機能こそオミットされているものの、「短時間で精神力を回復させることができる」というこの装置の機能は、例を見ないほど革新的なものであったからだ。

 

一方で、戒斗はこのドライバーは問題だらけであるということを語った。1つはこのドライバーの制御装置は全てのメイジに使えるものではなく、各個人ごとに調整が必要なオーダーメイドな代物であるという点であった。

 

戒斗の手元にあるドライバーはタバサ用に調整されたものであり、しかも数時間に渡る検査によってタバサの体質を徹底的に調べ上げ、そこから2日ほどかけて専用のプログラムを作るという工程を得て出来上がったものである。

 

最も既製品が有ったとはいえ、たった1週間かそこらで戦極ドライバーの技術を把握し、かつ新しいプログラムを加えたヴェルザンディの技術力は異常であるのだが、現段階ではこのドライバーを量産し、コルベールたち協力者のメイジに装備してもらうということは現状不可能だった。

 

次に制御装置があるとはいえ、Aクラスのロックシードなどエネルギーを大量に含んだ錠前を使うと、一度に供給されるエネルギーの量が装置の限界を超えてエラーを起こすという点であった。実際の実験でも、タバサはヴェルザンディの指示でDクラスに該当する「ヒマワリロックシード」しか使用していなかった。彼女曰く、「Cクラスまでなら問題はないが、それ以上だと制御装置が機能不全を起こし、精神力が暴走する危険がある」とのことだった。つまるところ、このドライバーに組み込まれたプログラムはまだまだ完成途中の代物であるということだった。

 

そして何よりも一番大きな問題として、この制御装置やドライバーの改造を行ったのが未だ正体が不確かな「ヴェルザンディ」だということだった。当初戒斗はヴェルザンディからタバサに持ちかけられた『ドライバーの実験の被検体になってほしい』という要望に難色を示していたのだが、タバサがその要望を承諾したため仕方なく実験を許可していた。

 

現状、ヴェルザンディしか適任がおらず、1週間という短い期間で戒斗たちの戦力増強に貢献する偉業を成し遂げたとはいえ、過去の経験から完全に彼女を信用していない戒斗としては、信用のできない彼女にしかドライバーを作れないという現状に危機感を抱いていた。

 

 

「ふーむ……結局のところ、まだまだ不確定な部分しかないということですか……」

 

「まぁ、仕方あるまい。規模が規模の話じゃ……カイト君、引き続きワシらは生徒や教師に注意を払っておくぞ。君もそのヴェルザンディという女性の監視を頼む」

 

「あぁ……フーケ、裏社会での情報収集引き続き任せたぞ」

 

「わかってるわよ。マホメットさんにも今日の話と調査の続行を伝えておくわ……」

 

 

一通りの報告を済ませたところで、会議は終了した。フーケはフードを被ると窓から飛び降り、夜の闇へと姿を消した。戒斗とコルベールは部屋から退出したあと別れ、戒斗はそのままタバサの部屋へと戻った。

 

 

部屋のドアをノックすると、中からタバサの「入って」という声が聞こえた。戒斗が部屋に入るといつもの制服姿のタバサがベッドに腰掛けて本を読んでいた。戒斗はタバサ用のドライバーを彼女に返すと、先ほどの会合での内容を説明した。

 

 

「……結局、進展はなかったということ?」

 

「あぁ……まぁ、仕方あるまい。こればかりは、今後の結果に期待するしかないだろう……」

 

 

そう戒斗が呟いたとき、テーブルに置かれていたヴェルザンディからの発信機がひとりでに光り、ピーピーと小さく鳴り出した。それはヴェルザンディからの通信の合図であった。戒斗は椅子から立ち上がると、装置を操作した。

 

 

「……俺だ。どうした?」

 

「あ、カイト君? 例のロックシードをばら撒いている連中の件で、ちょっと気になる情報が手に入ったのよ」

 

「なんだと?」

 

「イザベラちゃんのお仕事から入った話なんだけど、なんでもリュティスにある魔法学院で『生徒が怪物を目撃した』っていう内容なのよ。詳しい話をしたいから、ちょっとこっちまで来てくれないかしら?」

 

「わかった。今すぐ行くから待っていろ……タバサ、聞いたとおりだ」

 

 

戒斗の言葉にタバサも頷き、彼女はマントを羽織り、杖を手に持った。その間に戒斗は装置を操作し、部屋の中央にヴェルザンディの拠点に繋がるクラックを出現させた。二人はこの数日で通りなれたクラックを通り、ヴェルザンディのもとへと向かう。彼らが裂け目を通り抜けたタイミングで、クラックは独りでに消滅した。

 

第15話に続く

 




160730 「当直」が「宿直」になっていたため修正

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。