虚無の果実~雪風と真紅の魔王~   作:ヒロジン

14 / 15
第13話 「2人の王女 ハルケギニアの『森』 ③」

「……改めまして、わたしはヴェルザンディ……貴方たちが始祖と呼んでいる『始まりの男 ブリミル』の手で作られた『人造人間』よ……」

 

 

目の前の女性は笑顔でそう言った。「わたし、これから友達と買い物に行くの!」 とでも友人に言うかのように、ごく自然にそう言った。

 

だが……その内容に問題があった。今、彼女はなんと言った……わたしの聞き間違いだろうか……『人造人間』という部分はいい。ゴーレムのようなものだろう……問題は『誰が』という部分だった。

 

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あ、あんた今『始祖』っていったわよね!?」

 

「えぇ。正確には肉体はブリミル様に、人間の脳にあたる部分は使い魔の1人であるミョズニルトン様に創っていただいたのよ」

 

「始祖ブリミル……たしか本に書いてあったな。ハルケギニア最大の偉人だと……」

 

「い、偉人なんてもんじゃないわよ! 『始祖』って言ったら、六千年前にハルケギニアにやってきて系統魔法を広めた私のご先祖様……神様として崇められてる存在じゃない!」

 

 

イザベラの言うとおりだ。目の前の女性はにこにこと笑ったままわたし達を見つめていた。もし彼女が嘘を言っていないなら……彼女は『神』に創造されたというのだろうか?

 

 

「神様か……どうにも胡散臭い話だな。それが真実だという証拠でもあるのか?」

 

「証明できる物証は残念だけど持ってないわ。それにあの方の手でわたしが作られたのは事実だけど、実際に触れ合った期間はそう長くないもの……どうすれば納得してもらえるかしら?」

 

「……3つほど俺の質問に答えてもらおう。貴様の出自が真実なら、筋の通った回答ができるはずだ」

 

「わかったわ。知っていることは全て応えるわ」

 

「まず1つ……貴様の連れというそこのインベスに関してだ」

 

 

カイトはライオンインベスを指差してそう言った。

 

 

「貴様の話では、そのインベスは理性を保っているとのことだったが、通常のインベスが知性を持っているなど俺は聞いたことがない……森の力を制御することに成功した超越者……俺たちが『オーバーロードインベス』と呼んでいた個体なら話は別だが、そういうわけでもないようだしな……」

 

「それなら簡単よ。彼……レオ君はインベスになる前はきっとメイジだったのよ」

 

「……どういうことだ?」

 

「ハルケギニアのメイジは全てマスター……始祖ブリミル様の血を受け継いでいるってことは知っているわよね。マスターはあなたが言ったように森の力を制御することに成功した超越者の1人だった……そしてその力は断片的に子孫にも受け継がれているのよ」

 

「……なるほど。ようは生まれながらに毒に耐性を持っていたということか?」

 

「そういうこと。まぁ、インベスになってから1人で森を彷徨っていた時間が長くて喋り方を忘れちゃっているみたいだけど、装置を解して意思疎通はできているわ。多分そのうち喋れるようにもなると思うわよ」

 

 

ヴェルザンディという女性はそういうとインベスのほうにちらりと視線を向けた。わたしたちの視線に気づいたインベスは丁寧にお辞儀をした。

 

 

「なるほどな……では、次の質問だが……こいつを見ろ」

 

 

そういうと、カイトは懐から魔法学院に『異界の果実と紺板』として納められていた変身が可能なタイプのドライバーとマツボックリの錠前を机の上に置いた。

 

 

「これは……あなたが使っているベルトとほぼ同じものね。で、この錠前が森の果実を加工して作った錠前ね」

 

「そうだ。先日メイジがこいつを使用したときに使用者が急激に衰弱する異常が起こった。貴様が森に関する知識を持った技術者だというなら、その原因がわからないかと考えたんだが……」

 

「……少し見せてもらっていいかしら……」

 

 

カイトの「好きにしろ」という言葉を聞いた彼女は、真剣な表情でドライバーと錠前を手に取った。それから数分ほど彼女はじっくりとそれらを観察し、満足げな表情で机の上に戻した。

 

 

「ありがとう……大体の仕組みと使用方法は理解できたわ」

 

「見ただけでわかるのか?」

 

「見た目は人だけど、わたしは普通の人間ではないもの……それで、カイト君への回答だけど……その異常ってベルトに錠前を嵌めこんだ直後に起こったのかしら?」

 

「そうだ……なにかわかったのか?」

 

「きちんと調べてみたらよりはっきりすると思うけど、たぶん私の考えていることが異常の原因だと思うわ……」

 

 

そのとき、それまで黙って2人のやりとりを聞いていたイザベラが机を勢いよく叩いた。

 

 

「……ちょっと、あんたたち……このわたしを無視して話を無視するなんていい度胸じゃない。っていうかあんた……ヴェルザンディとか言ったかしら? わたしをこんな場所まで呼んだなのなら、わたしにわかるように始めから話しなさいよ! そのベルトにしろ、あの化け物にしろ、わたしはほぼ何もわかっていないんだから!!」

 

彼女の言葉の通りだった。カステルモールは顎に手を当てて、話の内容を理解しようとしていたが上手いこと言っていないようだった。わたしも初めて聞く単語ばかりで、頭の中は疑問符で一杯だった。なにより、始祖が『ヘルヘイムの森』と深く関わっていたことに驚きを隠せなかった。

 

 

「ごめんなさい、そういうつもりはなかったのだけれど……そうね、それじゃあ森や私……マスターのことを含めて、順を追って説明しましょうか? と言っても、あの方から聞いただけの話も入っているけど……この説明をしたほうがカイト君の解答もやりやすくなると思うから……」

 

 

わたしたちの選択肢は、頷くこと以外にはなかった。メイジにとって、始祖ブリミルは自分たちのルーツといっても過言ではない。興味がないわけがなかった。

 

 

「ありがとう。じゃあ、話しましょうか……」

 

 

========================

 

 

昔々……今から6千年以上前のお話……

 

 

まだハルケギニアと呼ばれていなかったこの大地に、1人の青年がやってきました。光り輝く金色の髪と染みひとつない白い服がいっそ神々しささえ感じさせるその青年は、この世界とは違う世界からやってきたのです。

 

 

青年の居た世界は、奇妙な植物による自然災害による壊滅的な被害を受けていました。口にした生物を怪物に変え、その怪物を媒介に侵食を続けるその植物を、人々は全てを無に還す破壊の権化……『虚無の悪魔』として恐れました。

 

 

青年は彼の師匠である女性とともに、植物の持つ『世界そのものを破壊し創り変える』という力に着目し、植物が持つエネルギーに指向性を持たせて操作する技法……彼の師匠が『魔法』と名付けたその力で世界を救おうと戦いの日々を送っていました。長い戦いの末に、青年と師匠はその植物の侵食を食い止め、世界を救うことに成功しました。そして、荒廃した世界を生き残った人々と共に立て直そうとしました。

 

 

……けれど、人々は彼らを受け入れませんでした。彼らは戦いの果てにあまりにも強大な力を手に入れてしまっていました……人々は『ニンゲン』ではなくなってしまった2人を、『虚無の悪魔』と同じように恐れたのです……人々からの迫害の果てに師匠を失った青年は自身の体から溢れ出る『力』を可能な限り封印し……悲しみと後悔を抱えたまま、自分の存在が許される場所を求めて旅立ちました。

 

 

そして、青年は精霊の力に満ち溢れた大地へとたどり着きました。もともとその場所に住んでいた人々から温かく迎えられた青年はその場所をとても気にいり、彼はその場所を第2の故郷にすることを決めました。青年は持っていた力「魔法」を自分のためでなく、人々のために使いました。時には病に苦しむ人を助けたり、時には襲い掛かる猛獣や野蛮な部族の兵隊を退けたり……そんなことをしているうちに、いつしか青年はその集落のリーダーとなっていました。その大地に伝わっていた魔法と呼ぶべき技法は精霊の力を借りて行うもので、精霊と関わる力が弱かった人間にとって、青年はまさしく『奇跡を起こす神様』に見えたのでしょう。

 

 

同じ頃に自分の力の研究をしていた青年は、「別の生命と契約し、自らのパートナーとする」魔法を完成させ、3人のパートナーを自身の使い魔としました。青年は彼の持っていた『生命や世界そのものの理に干渉する力』を使い魔たちや自分をしたう人々たちに分け与えました。

 

使い魔の3人には、『あらゆる武器を使いこなす力』『あらゆる魔道具を使いこなす力』『あらゆる幻獣を乗りこなす力』を込めたルーンをそれぞれの体に刻むカタチで与え、人々には

4つの元素を司るこの大地の精霊たちに敬意を払い、旧来の魔法を『火・水・風・土』という属性をつけることで『森のエネルギーを用いて世界を構成する小さなツブに干渉する』というより体系化して扱いやすくした『系統魔法』として与えたのです。そして、いつしか彼らは自らが率いる集団を『マギ族』と名付けました。

 

 

しかし、その大地であまりにも異質で封印してもなお強大な力を持つ青年や彼の力を受け継いだマギ族たちを敵視する集団も数多くいました。部族の代表としてかれらと解り合おうと青年は彼らを説得しましたが、最終的にはいつも戦いへと発展しました。マギ族たちはその度に『魔法』の力で敵対する集団部族を退け、その後に今まで居た地を去り、新しい居住区を探すという生活を送っていました。

 

 

再び放浪の生活を送ることになった青年は、深い悲しみに襲われました。自分がこの強大な力を持っている限り……全てのイノチと解り合えることはできないのではないかと……部族を背負う青年は、その弱音と悲しみを飲み込みながら彼を慕うものを連れて旅路の先頭を歩き続けていました。

 

 

そんな旅が何十年も続いた頃……大地を悲劇が襲いました。青年の元居た世界を襲った植物『虚無の悪魔』が、何の因果かこの大地にも現れたのです。植物の脅威を知っていた青年は、自分の使い魔と使い魔の1人との間に授かった3人の子供たち……そして、魔法に最も長けた弟子の1人に、それまで打ち明けていなかった自分の過去と『虚無の悪魔』と呼ばれた植物の真相について語りました。そして、彼らと別れ、森の植物からこの大地を救うために戦う旅に出ると告げました。

 

 

真相を打ち明けられた彼らは、自分たちが持つ『力』の出自に困惑しましたが、同時に今まで青年が抱え続けた『過去』と『苦悩』を知ることになりました……それぞれの顔を見回した彼らは、自分たちの想いが同じだと悟りました。そして、長く続いた沈黙を青年の妻となった使い魔が破りました。

 

 

「私たちはあなたの『左手』であり、『右手』であり、『頭脳』であると誓った。あなたが『運命』と戦うというのなら、私たちも戦う。あなたが今まで抱えてきたモノは、わたしたちが一緒に抱えるから……」

 

 

彼女の言葉に、他のみんなも大きく頷きました。青年は困惑しましたが、結局は戦いへの参加を認めました。その話合いの後、青年たちはこれまでマギ族が居住区とした場所のうち4箇所に魔法の力を使って大規模な拠点を作り、またその場所で『虚無の森』に対抗するための装備・魔道具を開発しました。

 

数年後、森に対抗する拠点・装備を整えた彼らは、全てのマギ族をそれぞれの拠点に分散させたのちに大地を救うために行動を開始しました。青年の子供たちと弟子が他のマギ族たちを守る為に拠点に残り、青年と使い魔3人が『虚無の森』の侵食を食い止めるための鍵である『たった1つの果実』を探す旅に出発しました。

 

 

集落に残った3人の子供たちと弟子は、他のマギ族たちと力を合わせて4つの拠点を守りました。青年が旅立ったあとの集落には、森の力を悪用するもの、マギ族と森の力の関係性に気づいたもの、森の毒に侵された異形の怪物たちなど様々な敵に襲われましたが、青年と使い魔たちが争いを終わらせることを信じて戦い抜きました。

 

 

 

 

……そして、その日は突然やってきました。大地全体を巨大な金色の波動が駆け抜けぬけたのです。その波動を受けた『虚無の森』の植物と森の毒に犯された怪物たちは全て、天に現れた巨大な裂け目に飲み込まれていきました。裂け目が閉じたとき、マギ族の皆は確信しました。青年と使い魔たちが大地を森の危機から救ったのだと……

 

皆は青年の帰りを待ち続けました。子供たちと弟子は波動が放たれた東方に一番近い拠点に集まり、世界を救った英雄の帰りを待ちました。

 

 

……しかし数日後、彼らの元に戻ってきたのは2人の使い魔だけで、青年と子供たちの母である使い魔の姿はそこにはありませんでした。その目に光はなく、頬には涙を流した後がくっきり残っていました。

 

子供たちと弟子は青年ともう1人の使い魔はどこか? と使い魔に尋ねました。その言葉を聞いた使い魔の1人が嗚咽を漏らして崩れ落ちました。もう1人の使い魔は沈黙のあとに、搾り出したかのような小さく掠れた声で彼らにこう告げました。

 

 

『…………あの方たちは、もうこの大地にはいない……虚無の悪魔を封印するために……自ら……自ら犠牲となることを選ばれた…………』

 

 

 

========================

 

 

「……わたしもそのときその場に居たの。戦いに勝利したマスターや使い魔の方々を迎えるために……あのときの使い魔の方々とあの方のご子息の悲しむ様子は…………見ていられなかったわ……」

 

 

ヴェルザンディの表情が曇った。そのときの想いを飲み込むかのように、彼女はカップに口をつけ飲み込んだ。

 

 

彼女の話を聞いたわたしは驚きを隠せなかった。彼女の言葉が真実なら、わたしたち『メイジ』の使う魔法は、ヘルヘイムの森の力を根源とするものだというのだ。カイトの世界の人間がヘルヘイムの力を『果実の鎧』という形で利用したように、始祖は森の力を『魔法』とういう形で利用した……世界が変われば、同じ力の利用方法も随分変わるものだなと感じた。

 

彼女の話が本当なら、わたしは今神話ともいうべき物語をその当事者から聞いていることになるが、先ほどまでと違い妙に心は落ち着いていた。隣に目をやるとイザベラも普段あまり見せない真剣な様子でヴェルザンディの話を聞いていた。わたしと彼女はガリア王家の血を引いている。父さまにも聞いたことがなかった遠い昔のご先祖さまの話だということが、わたし達の興味を惹いているのだろう。

 

 

「…………どういうことよ? その森との戦いで始祖様は死んだってことなの?」

 

「それは違うわ……使い魔の方がたの話だと、マスターとその奥方は『自分自身の命』を対価にした魔法を発動したの。森の植物と森に寄生された生物全てをハルケギニアと隣り合う別次元に隔離したのよ。そして別次元を自らの命を鍵にして、完全に封印してしまった……」

 

「……それが今わたしたちの居るこの世界ということ?」

 

 

わたしの問いにヴェルザンディはこくりと頷いた。

 

 

「……そのあとはどうなったのよ?」

 

「……残された人々は悲しみを乗り越えて、前へと進むために歩き出したわ。ご子息とお弟子さんは4つの拠点となった場所にそれぞれの『国』を作って、マギ族全体をもっと繁栄させようとしたの」

 

「4つの国……『トリステイン』、『ガリア』、『アルビオン』、『ロマリア』の4つってことね……」

 

「そうよ。一方で使い魔の2人とわたしはマスターが虚無の悪魔を封印したこの世界へ行く手段を探したの。ミョズニルトン様は言っていたわ。マスターは自分の命そのものを鍵に変えた。なら、ブリミル様を見つけて彼の代わりに新たな鍵を用意できれば彼を解放できるってね……

 

長い年月をかけてブリミル様の封印になんとか穴を開けてこの世界に来ることができた使い魔の方々とわたしは、この封印された世界のどこかにいるマスターを探すための拠点を作ったの。その拠点が、今わたしたちが居るこの場所ってわけ……」

 

 

そう言った彼女は天井を見上げた。彼女が口にした長い年月が実際にはどれほどの長さだったのかわたしにはわからないが、彼女の様子からそれがとてつもなく長いものだったのだろう……

 

 

「それで、結局『ブリミル』は見つかったのか?」

 

 

カイトの問いに彼女は首を横に振った。

 

 

「封印された世界のどこかに居ることはわかっているんだけど、結局居場所の検討すらついていないわ……そんな感じでマスターを探しているあいだに、使い魔のお1人『ヴィンダールヴ』様が亡くなられたの……」

 

「戦いで命を落としたということか?」

 

「いえ、単純に死期が来てしまったのよ……そして、残されたミョズニルトン様は、わたしに1つの命令を与えたの」

 

「命令? どういうことだ?」

 

「ミョズニルトン様はヴィンダールヴ様が亡くなられた段階で、マスターを救うための時間が自分には残されていないと悟ったの。そしてあの方はブリミル様の最後の魔法である封印が永久的なものではなく、時間と共に少しずつ劣化していることに気がついた……

 

だからあの方はマスターを救えないならば、せめてあの方が命を賭して発動させたこの『封印』とハルケギニアに残った『マギ族』たちを守ろうと考え、そのために残り少ない命を賭してこの世界を封印している魔法に干渉して、エネルギーを充填させる方法と装置をこの拠点の地下に開発したの。そしてこの場所の管理と封印魔法とマギ族たちに何かあったときの最終手段となるようにわたしに命じたの……その数日後に、あの方も天寿を全うされたわ……

 

そのあとわたしは生命維持装置の中に入って眠りについた。封印魔法に異常があれば目覚められるように設定してね……そして数年前に目が覚めて、今日貴方たちと出会ったというわけ……これがわたしの話せる情報の全てよ」

 

 

そういって、彼女は話を締めくくった。話をまとめると、彼女はこの封印された別世界の管理者のようなもので、わたしたちが居るハルケギニアを守るための手段として、先人たちから使命を預かっているらしい…………ここで、わたしはあることに気がついた。彼女は最後になんと言った……『封印に異常があれば目覚める』そう言わなかったか?

 

 

「…………え? って言うことはなに? あんたが目覚めているっていうことは、その『封印』の魔法に異常が起きたってこと?」

 

 

どうやらイザベラもわたしと同じ結論に至ったようだった。

 

 

「そうなの……目が覚めたわたしは異常の原因を調査したわ。そしたら、わたしが目覚める直前に封印魔法になんらかの力が干渉してハルケギニアとこの世界を繋ぐ『裂け目』ができていたことがわかったの。その後も裂け目は頻繁に出現するようになって、最近じゃあ一日に1回以上は必ず現れるようになっているわ」

 

「……ヴェルザンディ、そのなんらかの力というのはこの錠前のことか?」

 

「可能性はあるわね……この錠前の機能の一つである『使用者の居る次元と隣接する森に侵食された次元を繋げる裂け目を作る』という力で封印に一時的に穴が空いちゃったわけだし……小さな裂け目でも何度もできれば影響は出てしまうでしょうね……」

 

「……その封印は強力なものだと聞いたが、案外脆いものだな……」

 

「……調べてわかったのだけれど、昔と比べて封印自体にかなり干渉しやすくなってしまっているの。経年劣化してしまったのだと思うわ……」

 

「……封印が解けるとどうなる?」

 

「ひとつの世界が消滅する……それがこのハルケギニアにもどう影響するかはわたしにもわからないわ。消滅……融合……それ以上にもっと恐ろしいことが起こるかもしれないわね……」

 

 

その言葉を聞いたわたしは思わず唾を飲み込んだ。以前カイトがわたしとシルフィードに森の危険性を語ったとき、彼はハルケギニアに未曾有の危機が迫っていると言った。このヴェルザンディという女性の言葉が真実なら……ハルケギニアは文字通り存亡の危機に直面しているのだ……今、この瞬間にも…………

 

「……今の話でハルケギニアが危険な状況にあるってことはなんとなくわかったわ。で、カイトだっけ? あんた別の世界から来たって言っていたけど、そのベルトは一体なんなのよ? 話に出てきた森の植物絡みの代物だってことはわかるけど……」

 

 

ヴェルザンディの話を聞いたイザベラがカイトにそう問いを投げかけた。

 

 

「俺の居た世界もここと同じようにヘルヘイム……この女が言うところの『悪魔』に侵略されてな。このベルトと錠前はその森を研究していた組織……正確にはその組織に所属していた1人の天才が作り上げた対ヘルヘイム用の装備だ。貴様らの『系統魔法』と似たような立ち位置だな」

 

「……なるほどね。さっきみたいに果実を直接口にしないように無害なものに変えちゃうための装置ってわけね。でも、メイジには使えないっていうのはなんでなのよ? ヴェルザンディ、あんたの話なら私たちってその植物のエネルギーを身体の中で作り出して魔法として使える人間ってことでしょ? むしろ余計にパワーアップしそうなものじゃない?」

 

 

イザベラは納得が言ったように笑ったあと、そう質問した。ヒステリーを起こしやすい従姉妹だったが、昔から頭は切れる人だった。先ほどのヴェルザンディとカイトの話でベルトについて彼女なりに理解してしまったようだ。

 

 

「エネルギーを入れる容器が大きければね。あの錠前に含まれるエネルギーは普通のメイジには大きすぎるのよ……」

 

「……パワーアップしすぎるから、駄目ってことかしら? 肥満みたいな……」

 

 

ヴェルザンディとイザベラの会話を聞いたカイトも納得が言ったように「なるほど」と呟いたが、わたしにはイマイチ理解できなかった。カステルモールに視線を向けると、彼も理解できていないようだった。

 

 

「つまりこういうことか……このカップがメイジの精神力の器でこのコーヒーが精神力……ヘルヘイムの持つエネルギーだ。通常のメイジはこの器満タンに精神力が入っているとする。魔法を使用するたびにカップの中身は減っていき、そこから徐々に回復していくわけだ」

 

 

カイトはそういいながらカップにコーヒーを満タンに入れたあと、カップを口に当て半分ほど飲み干した。

 

 

「メイジがこのドライバーを使って錠前からエネルギーを取り込むと容器の容量を遥かに超えたエネルギーが容器に注がれる。結果、余剰エネルギーが溢れ出て暴走してしまうというわけか……」

 

「そういうこと。エネルギーを生成する機関を持っていない人間なら、取り込んだエネルギーは肉体へとすぐ流れて吸収される。

 

だけどメイジの場合は肉体に吸収される前に、元々持っている精神力と混ざり合って、その結果器官が制御不能になってエネルギー暴走しちゃうっていうのがわたしの見解よ」

 

 

二人の説明でわたしも納得できた。なるほど。昨日フーケの身に起こった異常は、精神力の暴走だったのだ……ルイズの使い魔の少年がドライバーを使ったとき、わたしも使ってみたいと一瞬思ったのだが、使わなくて正解だったようだ。

 

 

「……つまり、ヴェルザンディ殿。彼の持っているそのベルトの技術は、根本的に我々メイジには使えないということでしょうか?」

 

「不可能ではないけれど、精神力を制御する器官は個人によって性質がかなり異なるの。このマツボックリの錠前レベルのものならともかく、カイト君が使っている錠前と同じレベルのものを使うなら、ドライバーと錠前に専用の調整をかけないと厳しいでしょうね」

 

「そうですか……まぁ、ベルトと錠前は彼の持っているものだけでしょうし、余計な心配でしたね」

 

「……このハルケギニアにこのロックシードをばら撒いている連中が居る」

 

 

カイトの言葉でイザベラとカステルモールが驚いたような表情で彼を見た。

 

 

「俺がこの世界にやってきてすぐの話だ。成り行きで傭兵団と戦ったんだが、その頭目がこの錠前を持っていた。部下に話を聞いたら、頭目はこいつを素性の知れん男から買ったそうだ……今このハルケギニアにはこの錠前とベルトを使って何かしでかそうとしている連中が間違いなく存在している……」

 

 

ここでカイトはヴェルザンディに視線を移した。

 

 

「ヴェルザンディ、これが最後の質問だ……貴様が俺たちをここに呼んだ理由だ。俺の考えでは貴様も俺が追っている連中に気づいていたんじゃないのか?」

 

「えぇ。カイト君に会うまで確証はなかったけど、封印された『虚無の悪魔』……貴方が言うところのヘルヘイムの森の力を悪用しようとしている集団が存在することはわかっていたわ」

 

 

彼女はそこで一度言葉を区切り、部屋に居るわたしたち全員を見回した。

 

 

「私の目的は封印に起きた異常の原因の解明とその原因の排除……だけど、この場所の管理もあるから、長くこの場所を離れることができないの。とはいえ、協力者を探そうにも私が関わっていることは話が大きすぎて完全には理解してもらえない可能性が高いことも分かっていた……」

 

「なるほど。だから俺というわけか。ロックシードを使っている俺なら、ヘルヘイムの森のことを知っている。ついでに、王族であるタバサやそこの女を巻き込めば、ハルケギニアでの調査も進展するだろうからな……」

 

「その通りね。わたしが貴方たちをここに呼んだ理由は、わたしの目的に協力して欲しかったからなの。危険だってことは分かっているけれど、このままだとハルケギニアはきっと大変なことになってしまうわ……カイト君、タバサちゃん、イザベラちゃん、カステルモール君、私に協力してくれないかしら?」

 

 

彼女はそう言って丁寧に頭を下げた。場を静寂が支配した。

 

 

「……俺はもとよりロックシードをばら撒いている連中を潰すことが目的だ。結果的にヴェルザンディ、貴様と同じ目的を持っているというわけだ」

 

「そうね。それなら一緒に……」

 

「だが、俺はまだ貴様を完全に信用しているわけではない。貴様が本当にブリミルの関係者かどうかも完全に証明されたわけではないからな……故に、『協力』はできんが『共闘』ならしてやらんこともない」

 

「……ごめんなさい。その二つは何が違うのかしら?」

 

「貴様に手を貸すというわけではないということだ。俺は貴様を利用し、貴様は俺を利用する。お互いに利用しあい、裏切りや嘘があればその時点で即縁を切る……今はそういう関係のほうが貴様にも都合がいいだろう……貴様とて、俺を完全に信用しているわけではないだろうしな……」

 

 

カイトの言葉を聞いたヴェルザンディは呆けた表情のあとに、クスクスと笑った。

 

 

「カイト君って面白いわね。貴方の世界の人たちはみんな貴方みたいなのかしら?」

 

「貴様に言われる筋合いはない……タバサ、これが俺の判断だがお前はどう考える?」

 

 

カイトがわたしにそう問いかけた。ヴェルザンディ……始祖の関係者だという彼女の話には確かにそれなりの説得力があった。だが、カイトの言うように完全に信用できるかと聞かれたら、答えはノーだ。

 

ゆえに、カイトの提案した『お互いに利用しあう』という関係は妥当な落としどころだとは思う。そう考えたわたしは「わたしもそれでいいと思う」とカイトに伝えた。

 

 

「……待ってたわ……ずっと……」

 

 

ふとそんな声が聞こえた。わたしが声のほうに視線を向けると、従姉妹が嬉しそうな表情でニタニタと笑っていた。

 

 

「このガリアに人知れず大きな危機が迫ってる……いいじゃない、いいじゃない! 面白い! 最高に面白くなってきたわ!! ヴェルザンディ! わたしもあんたに協力することにしたから、ありがたく思いなさい! やっとよ……やっと王家の……父上のお役に立てる……」

 

 

心底嬉しそうな表情でイザベラはそう言い放った。こんな表情の彼女を見たのは久々だった……わたしの心の中で何かが燃えるような感覚がした。

 

 

「そうか、よかったなお姫様……しかしだ、俺はヴェルザンディと共闘するとは言ったが貴様はそこには入っていないぞ」

 

 

カイトの言葉に従姉妹は一瞬呆けたような表情になった。

 

 

「……あんた何を言ってるのよ。そこの人形娘はわたしの玩具なのよ! だったら!! その連れのあんたもわたしの下僕でしょうが!! どうして主人の言うことが聞けないのよ!!」

 

 

机を思いっきり叩いて、従姉妹はヒステリーにそう言い放った。普通の平民なら、彼女の様子で尻込みしてしまうのだろう……だが、彼はそんな従姉妹の様子など関係ないと言わんばかりに言葉を続けた。

 

 

「タバサが貴様の玩具? 俺が貴様の下僕? 笑わせるな。なぜ貴様のような弱者に従わねばならん?」

 

「わたしは王の娘よ! 王女なのよ!! なんでそんな態度がとれるのよ!!」

 

 

そう言いながらイザベラは懐から杖を抜き、カイトに突きつけた。わたしは思わず身構えた。だが、当のカイトはゆっくりと立ち上がりイザベラの方に歩き出した。

 

 

「止まりなさい!! それ以上近づくと魔法を使うわよ!! 来ないでよ!! 来ないで!!」

 

 

イザベラの言葉を無視して、カイトはゆっくりとイザベラのもとへ歩いていく。普通、この状況なら余裕の表情を浮かべているのはメイジである従姉妹のはずだった。しかし、当のイザベラは額からだらだらと汗を流し、握った杖はブルブルと大きく震えていた。カイトはいつもの表情のままゆったりと歩を進め、イザベラの前へとたどり着いた。部屋はしばらくの間、静寂に包まれた。

 

 

「……なんでよ……わたしは……わたしは王族なのよ……なんで……なんで……」

 

 

従姉妹の手から杖が落ちた。杖と同時に、彼女の目から流れ出た大粒の涙が床に流れた。

 

 

「……貴様が王族だからどうした。貴様が振りかざしている力……地位や権力なんてものは、あの森の前では何の意味のないものになる……」

 

「あんたに何が分かるって言うのよ!! 魔法が使えないくせに!! 平民のくせに!! どんなに勉強を頑張っても『魔法』の才能がないだけで『無能王の娘』と馬鹿にされる!! 練習して必死に覚えた魔法も、そこの人形娘はあっさり自分のものにしてしまう!!」

 

 

従姉妹はわたしを指差しながら泣きながら叫んだ。

 

 

「父上はすごい人なのよ!! ちょっと変わっているけど、ガリアをきっちり治めてる! 欲深い貴族の連中に好き放題されてる無能なトリステインや新教徒の反乱のひとつろくに押さえ込めないドン臭いアルビオンとは違うわ!! でも、どいつもこいつも『魔法』が使えないだけで、無能呼ばわり!! 魔法が使えたそこの人形娘の……『エレーヌ』とその父親ばかり持て囃す!! あんたに何がわかるのよ……あんただったらどうするっていうのよッ!!」

 

 

イザベラは子供のように泣きじゃくった。嗚咽を漏らし、ひたすらにワンワンと泣きじゃくった。そんな姿を見ていたわたしの心は……メラメラと怒りが燃え上がっていた。この人の言い分なんてどうでもいい……そんな言い訳聞きたくない……あなたは……あなたの父親は……わたしの……わたしたち家族の運命を滅茶苦茶に…………

 

 

「俺だったらか……そうだな。俺ならば取る行動はひとつだ……世界を壊し、作り上げる。俺が望んだ新しい『世界』をな」

 

 

カイトの言葉は、従姉妹やわたしだけでなく、無言で2人のやりとりを見守っていたカステルモールやヴェルザンディの表情を変えた。

 

 

「……世界を……壊す……?」

 

「そうだ。貴様が憎んでいるのは『魔法』を絶対とする今の世界のルールそのものだ。俺が貴様の立場なら弱者に鬱憤晴らしをするような無駄なことはしない……憎むべき世界を壊すための方法と手段を探しているだろう」

 

「……で、でも……わたしは……魔法が使えない……」

 

「それがどうした。魔法はあくまで力だ……己の強さを証明するため、己の野望を叶えるための力ならもっと別な手段をとってもいいだろう。現に貴様の父親は魔法など使えなくても謀略と政治を以ってこのガリアを治めている……それが善か悪かは別の話だがな……」

 

カイトは淡々とイザベラにそう応えた。彼女は彼の言葉を聞いて、天啓を受けた信者のような表情になっていた。

 

 

「貴様には親からもらった権力と祖先からもらった魔法しか力がないのか? 貴様自身の力は……強さは持っていないのか?」

 

 

「……わたしには……なにもないの……なにも……ないのよ……」

 

「なければ今から作り上げればいい。今まで無駄に時間を過ごしたハンディはあるだろうが……」

 

 

そこでカイトは言葉を区切ってわたしをチラリと一瞥し、再びイザベラに視線を向けた。

 

 

「……貴様がライバル視しているタバサ……シャルロットは貴様の父に運命を狂わされてから、自分なりの強さを手に入れているようだぞ。あいつは死地を何度も潜り抜け、貪欲に知識と力を貪り……己の果たさんとする決意を氷柱のように研ぎ澄ませている……母親を貴様らの手から救い出すという目的のためにな……」

 

「ッ!? カイト!!」

 

突然の発言にわたしは驚いた。それは……そのことは彼女に言ってはいけないことだ! だが、こちらに向けたカイトの表情からは「ここは任せろ」という意志が伝わってきた。

 

 

「……そう……なの?」

 

「そうだ。その目的のために、あいつはひたすら己を磨き続けている……だが、貴様はどうだ。権力を振りかざし、他人の弱みにつけ込んで弄ぶ。そんなやつが強くなれるわけなどあるまい……強くなることを諦め、他人の弱みを卑劣に利用する。俺が貴様の行動でもっとも許せんのはそこだ。

 

貴様がシャルロットにコンプレックスを抱いているのはわかった。だが、貴様はあいつと競いあう以前に同じ土俵にすら立っていない。もし貴様が変わりたいと……変身したいと思うなら、貴様自身の強さのカタチを描き、それを求めればいいだけだ。その気概があるのなら、俺は貴様と共闘してやってもいい……あとはイザベラ・ド・ガリア……貴様次第だ」

 

 

カイトの言葉を、従姉妹は黙ったまま……しかし、とても真剣な表情で聞いていた。そんな2人のやりとりを見ていたヴェルザンディがクスクスと笑い出した。

 

 

「なにが可笑しい?」

 

「……ふふっ、ごめんなさいね。系統魔法をどうでもいいなんていう子を始めて見たから可笑しくって。マスターや昔のマギ族たちはそれを考えるのに必死だったのにね」

 

「……貴様の主人も世界を救うために、魔法を生み出したんだろう? だったら、魔法の才能でその人物の評価が決まってしまう今の世界は貴様の主人も望んでいないのではないか?」

 

「……そうかもしれないわね……それにしても、予想外の展開になってきたわね。じゃわたしはイザベラちゃんを応援しようかしら? タバサちゃんにはカイト君がいるみたいだしね」

 

 

ニコニコと笑いながら、ヴェルザンディはそう言った。その表情はなんとなく、むかし母さまがわたしに向けた笑顔と同じように感じた。

 

 

「あんたが? わたしを?」

 

「そうよ。なんていうのかしら……頑張ろうとする子は応援したくなっちゃうの。それに一応始祖ブリミルの関係者だし、魔法は使えなくても知識はたくさん持っている。もちろん、魔法以外の知識もね。だから、イザベラちゃん……あなたが新しい自分に変わるっていうなら、わたしが協力するわ。その代わり、わたしがあなたの力を借りたいときは、力を貸して欲しい……どうかしら?」

 

 

部屋にいる全員の視線がイザベラに集まった。イザベラは少しの間考え込んだあと、涙を拭って叫んだ。

 

 

「えぇ……やってやるわよ。ヴェルザンディ、カステルモール、カイト……そして、エレーヌ!! 今この瞬間、わたしは変わるわ! 今はまだカタチすらわからないけど、いつか必ずガリア王家の名に……父上の名に恥じない『強さ』を身に着ける! だから、わたしと共闘して……いや、してください! お願いします!!」

 

 

イザベラはそう言って頭を下げた。その姿に以前の彼女はどこにもなかった……そんな彼女の姿を見たわたしの頭は、真っ白になってしまった。

 

 

「……姫殿下がそうおっしゃらずとも、わたしは常にあなたの側にいる所存です」

 

「決まりね! うん、やっぱりあなたたち全員を呼んでよかったわ」

 

 

カステルモールとヴェルザンディはそういったが、わたしはどう彼女を思えばわからなくなってしまった。たとえ彼女が変わろうとも、彼女の父親がやったことは許せるわけがない。イザベラと視線が合った。イザベラはまっすぐにこちらを見つめていた

 

 

「……エレーヌ。あなたがわたしを許せないのはわかってる……わたしはあなたに取り返しのつかないことをしてしまった。きっと殺しても殺したりないでしょうね……」

 

 

そう言ったあと、彼女は自分の頭に乗せていた王冠をテーブルの上に置いた。

 

 

「あんたの連れのおかげで気づかされたわ。自分がいかに馬鹿だったか……怨んでくれて構わない。牙を剥くのも構わない。だけど、ひとつ約束させて欲しい……すぐには約束できないけれど、あなたのお母様……叔母上の心はわたしが全てを賭けて必ず取り戻す。そして二度と危害が及ばぬようにする。

 

 

それから……この一件が終わるまでわたしや父上への怒りを抑えて欲しいの……こんなこと本当ならわたしに言う資格はないけれど、ガリアに危機が迫っているのに肝心の王族であるわたし達が足引っ張りあっている場合じゃない。あなたならわかるでしょう? お願い、エレーヌ……」

 

 

彼女の表情は真剣そのものだった。彼女の言うことは最もだ。だけれど……父さま……母さま……わたしはどうすればいいのだろうか……

 

 

「自分のしたことを棚に上げて、随分と虫のいい話だな……その約束が果たされなかったときはどうする気だ?」

 

「言ったでしょう、必ず取り戻すって……二言はないわ!」

 

「……そうか。ならば俺からは何も言うまい。裏切れば容赦はしないがな……あとはタバサ、お前はどうする?」

 

 

カイトはわたしにそう言った。カイトは従姉妹との共闘を認めた。だが、わたしが従姉妹と共闘するかを決めるのは私自身が決めろと言う意味だ。カイトは相変わらず彼自身を含めて、誰に対しても厳しいのだと思った。彼のその言葉で、少し冷静になることができた。

 

 

悩んでいても仕方ない……彼女自身に直接恨みがないことはないが、それは些細なことだ。わたしの目的のひとつは母さまの救出だ。そこは履き違えてはいけないのだ。

 

 

「……わかった。ただ、あなたを完全に信用したわけじゃない。利用する……今までと同じように……」

 

「……わかったわ……ありがとう……」

 

 

 

**********************

 

 

イザベラが新たな決意を固めた数時間後、話し合いと今後の方向性を固めたのちにタバサたちをプチ・トロアに送り返したヴェルザンディが先ほどまで話し合いをしていた部屋にレオと呼ばれていたインベスとともに戻ってきた。

 

 

『……お帰り、ヴェル。お疲れだったね』

 

 

突如部屋のモニターに剣のようなアイコンが移り、部屋にあるスピーカーから中年の男性の声が聞こえた。

 

 

「ただいま、ジーク……上手く流れに乗ってくれてよかったわ」

 

 

ヴェルザンディは椅子に座ると背もたれによりかかり、思いっきり背伸びをした。

 

 

『そうだな……異世界の「超越者」の協力を仰ぐことができたのは幸先がいいな。おまけに、現代のガリア王家とも関わりをもつことができた。だが……あのカイトという青年……彼を信用していいのだろうか? 見ている限り、中々変わった人物だったが……』

 

「……アノヒトナラダイジョウブデスヨ……」

 

 

酷くくぐもって、カタコトの低い声が聞こえた。声の主は、部屋の隅に居たレオと呼ばれたインベスだった。

 

 

「アノジョウマエデツナガッタカラワカルンダ……アノヒトハツヨイ……ソレデモッテ、ソウハミエナイカモシレナイケド、ヤサシイヒトダトカンジマシタ……」

 

「……そうね。でも、完全に信用するにはまだ早いわ。彼、『禁断の果実』についても知っているみたいだったし……真実を知って、どういう行動にでるかわからないもの……」

 

『そうだね……とりあえず、一歩前進ということで喜ぼうじゃないか。我々の目的に向かってのね……』

 

「えぇ……それじゃあ、今日は休むわ。明日からイザベラちゃんに付き合ってあげないといけないから、色々考え事もしたいし……」

 

『わかった……わたしも休むとしよう……』

 

「オヤスミ……ヴェルノアネサン……」

 

 

その声とともにモニターの画面は消え、インベスも部屋から出て行った。1人部屋に残ったヴェルザンディは懐から小さな機械を取り出した。彼女は知らなかったが、それは地球のスマートフォンに酷似した小型の液晶端末だった。

 

電源を入れると、正面の液晶には1人の男性と3人の女性が移っていた。その中にはヴェルザンディも居て、写真の人物は皆幸せそうな笑顔を浮かべていた。

 

 

「……マスター……サーシャ姉さま……ファフニール姉さま……」

 

 

ヴェルザンディはとても悲しそうな表情を浮かべながら自身の額を右手で押さえ、彼女意外誰もいない静かな部屋で小さくそう呟いた。

 

 

第14話に続く

 




いかがだったでしょうか?

やっと今後の方向性も固まって、
ようやくゼロ魔原作一巻までの内容終了ということで一区切りつきました。

次回以降の彼らの活躍をご期待ください。

0605 追記・加筆

0630 追記・加筆

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。