虚無の果実~雪風と真紅の魔王~   作:ヒロジン

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第10話 「怪盗襲来 土くれのフーケを追え! ④」

「ナメやがって。たかが土くれじゃねぇか……こちとら、ゼロのルイズの使い魔だっつの!」

 

 

そう叫ぶと才人は剣を掲げ、ゴーレムに向かって突進した。そんな彼の姿を見たルイズは、「サイト!」と叫び、上昇するシルフィードの上から飛び降りようとした。タバサがその身体を抱きかかえる。

 

 

「サイトを助けて!」

 

 

ルイズは怒鳴った。しかし、タバサは首を横に振った。才人に近寄ろうとすると、ゴーレムがやたらと拳を振り回すので、シルフィードを近づけることができないのだった。

 

 

途中で鋼鉄の塊に変わったゴーレムの拳が才人目掛けて飛んでくる。才人はその一撃を何とか回避して、拳に剣を叩きつけた。その瞬間、鈍い音共にキュルケが買った剣は根元から真っ二つに折れた。

 

 

「ゲルマニアの業物じゃなかったの!? あのくそ店主!」

 

 

キュルケが悪態をついた。それは実際に剣を握っていた才人も同じ想いだった。そのとき、背中のもう一振りの剣、デルフリンガーが声を上げた。

 

 

「抜け! 相棒!」

 

「抜けって……お前まで壊れちまうだろ!」

 

 

声を発する彼の錆付いた刀身を見ながら、才人はそう言った。

 

 

「死にたくなけりゃあ抜け! わかってんのか!」

 

「わかったよ! うっせーなっ!!」

 

デルフの言葉を受け、覚悟を決めた才人は鞘からデルフリンガーを引き抜いた。すると、左手のルーンが強く輝いた。身体がとても軽い……ギーシュという男子生徒と戦った時と同じように軽くなった。

 

 

「うぉおおおッ!!」

 

 

自分に振り下ろされたゴーレムの拳を容易く回避した才人は、ゴーレムの足元に突進し、剣を真横に振りぬいた。次の瞬間、ゴーレムの巨木のような足が真っ二つに切り裂かれ、地響きを立てながら膝を突いた。しかし、次の瞬間には切り裂かれた部分に土が集まり、数秒で元に戻ってしまった。

 

 

「くそ……これじゃ、負けもしねぇけど、勝てもしねぇよ……どうすりゃ……」

 

 

ちょうどその頃、上空を飛ぶシルフィードの上では、キュルケとタバサが肩に乗っているフーケをなんとか攻撃できないかと機会を探っていたが、ゴーレムの巨大な腕に阻まれていた。

 

 

「あ~、もう! 腕が邪魔すぎる! このままじゃダーリンが危ないわ!」

 

 

シルフィードの上に乗る全員の視線が才人に集中していた。ルイズは自分の使い魔の雄姿を見て、呆けたような表情で小さく呟いた。

 

 

「サイト……もしかしてわたしのために……」

 

 

タバサがジャベリンの魔法をゴーレムに放つが、左腕に防がれた。

 

 

「埒があかない……どうする?」

 

 

後方に乗っている戒斗にタバサが指示を仰いだ。しばらく無言で考え込んでいた戒斗だったが、何かを諦めたかのようにため息をついた。

 

 

「……タバサ、俺にレビテーションをかけてくれ。地上に降りる」

 

「ちょっと、カイト! いくら貴方でも、あのゴーレムの相手は無理よ!」

 

 

キュルケが思わず叫ぶが、戒斗は彼女を無視して立ち上がった。

 

 

「安心しろ、あのデカブツをつぶす手段はある。いくぞ、タバサ!」

 

 

その言葉と共に、戒斗は地面に向かって飛び降りた。レビテーションの魔法を受けた戒斗は、ちょうど真下に居た才人の隣に軽やかに着地した。

 

 

「戒斗!? 馬鹿野郎! なんで降りてきた!?」

 

「それはこっちのセリフだ。貴様こそあのデカブツに勝算はあるのか?」

 

 

戒斗はそう言いながら、才人の左手のルーンに視線を移した。

 

「貴様のその力、中々のものだ。だが、このままでは切って直してのイタチごっこにしかならんぞ」

 

「勝てるかどうかはわかんねぇ……でもな、あいつのあんな姿見せられて、退くわけにはいかねぇだろ……」

 

 

才人は上空を飛び回るシルフィードに視線を移す。彼の脳裏に先ほどのルイズの嘆きがフラッシュバックする。

 

 

「……そうか。何を言っても無駄のようだな……仕方ない……俺も加勢してやる」

 

「何言ってんだ! あんたがいくら格闘が強くても、あんなデカブツ相手に何も出来るわけねぇだろ!」

 

 

才人がこれまで得ていた駆紋戒斗という男のデータから考えれば、彼の言うとおりであった。同じことをゴーレムの上にいるフーケやシルフィードに跨るルイズ、キュルケも考えていた。いくら凄腕のメイジ殺し……対人戦闘に長けていても、全項数十メイルのゴーレムに攻撃手段などあるはずがないと……。

 

だが、タバサとシルフィードはそう思っていなかった。自分を降ろせと騒ぐルイズを静止し、シルフィードの背から飛び降りる際にはなった戒斗の『アレを使う』という言葉を2人は聞いていたのだ。

 

 

「何も出来ないか……本当にそうなのか、貴様の目で確かめてみるがいい!」

 

 

コートを翻し、戒斗は懐から取り出した自分の戦極ドライバーを腰に当てる。ベルトが展開されたあとに、掛け声と共に右手に握ったバナナロックシードを開錠した。

 

 

「変身ッ!!」

 

『バナナッ!』

 

「えッ!?」

 

 

 

才人が思わず声を上げた。キュルケ、ルイズ、フーケも驚きを隠せなかった。戒斗の頭上の空間にクラックが出現し、展開前のバナナアームズが出現する。人差し指に引っ掛けたロックシードを回転させた後に、ロックシードをドライバーにセットする。ファンファーレのような待機音声が流れる中、カッティングブレードを流れるような動きで倒す。

 

 

『COME ON! バナーナ・アームズ!! KNIGHT・OF・SPEAR!!』

 

異彩を放つ電子音と同時に、バナナアームズが戒斗に被さり、ライドウェア形成、アームズ展開という工程が一瞬の後に完了し、戒斗はアーマードライダーバロンとなった。

 

 

「戒斗! お前がなんでそれを……」

 

「話は後だ! 来るぞ!」

 

 

才人がゴーレムに視線を戻すと、振り上げられた鉄の拳が2人に振り下ろされるところだった。

 

 

「あぶねぇッ!?」

 

 

才人と戒斗はそれぞれ左右反対方向に跳躍し、攻撃をかわした。

 

 

「平賀! 貴様は右足を狙え!」

 

「わ、わかった!」

 

 

体勢を立て直した2人は、真正面のゴーレムの足元に向かって地面を蹴った。一瞬で距離をつめると、才人は右足を、戒斗は左足に手にした武器を振るった。次の瞬間、ゴーレムの足は切り裂かれ、バランスを崩したゴーレムは一瞬ぐらついた。だが、倒れる最中に足元のゴミを払うかのように右手をなぎ払う。追撃を加えようとした二人であったが、回避を優先し、後方に距離をとった。その一瞬の間にゴーレムの足元には土が集まり、すぐさま再生された。

 

 

「やはり再生するか……ならば一撃で粉々にするまでだ!」

 

 

そう呟いた戒斗はバナナロックシードをドライバーから取り外し、左手に新たなロックシードを手に取り、開錠した。

 

 

『マンゴー!!』

 

 

その音声と同時にバナスピアーと装着されていたバナナアームズが霧散し、同時に戒斗の真上の空間にクラックが開き、中からマンゴーを象ったアームズが降りてきた。再びファンファーレのような待機音が鳴り響く中、戒斗はドライバーのカッティングブレードを倒した。

 

 

『COME ON! マンゴー・アームズ!! FIGHT・OF・HAMMER!!』

 

 

音声と同時にマンゴーアームズが展開してマントのような形状になり、戒斗に覆いかぶさる。マンゴーの果肉を模したデザインのメットパーツがセットされると同時に、胸部と背面のアーマー展開する。スピードや瞬発力を犠牲にバナナアームズ以上の防御力とパワーを兼ね備えた重戦車形態「マンゴーアームズ」へのアームズチェンジはものの数秒で完了した。

 

 

「叩き潰せ、ゴーレム!!」

 

 

フーケは、ゴーレムを操作し戒斗を狙う。鋼鉄に変わったゴーレムの腕が戒斗に迫るが、戒斗は新たに出現した大型メイス「マンゴパニッシャー」を両手で握り、ゴーレムの拳目掛けて振りぬいた。

 

マンゴパニッシャーが触れると同時に、ゴーレムの鉄の拳が轟音とともに粉々に砕け散った。破壊の衝撃は拳だけでは収まらず、右腕の肘より下は完全に崩れてしまった。

 

 

「平賀! もう片方の腕を切り落とせ!」

 

「わかった! ウォーーーッ!!」

 

 

戒斗の言葉を受けた才人は身軽になった身体で跳躍し、体勢を崩したゴーレムの左腕目掛けて剣を振るう。狙い通りに左の腕は真ん中からばっさりと一刀両断された。

 

 

「とどめだ!」

 

『COME ON! マンゴー・オーレ!!』

 

 

その言葉と共に、戒斗はカッティングブレードを二回倒す。マンゴパニッシャーにエネルギーが充填されると同時に、戒斗はその場で、ハンマー投げをするようにぐるぐると回転する。投げるのは手にした大型メイス、狙うポイントは両腕という盾を失ったゴーレムの胴体部分である。

 

 

「ハァー……セイィーーーッ!!」

 

 

エネルギーが十分に蓄積されたタイミングで、戒斗は両腕を離した。マンゴパニッシャーは一直線にゴーレムの胴体へと吸い込まれる。衝突と同時に先ほどのものとは比べものにならない爆音と衝撃波が辺りを襲う。数秒後、思わず地面に伏せた才人の目線の先には、上半身が跡形もなく吹き飛んだゴーレムの姿があった。

 

 

「すげぇ……」

 

 

ゴーレムの哀れな姿を見た才人は思わず呟いた。一方の戒斗は、マンゴパニッシャーの直撃と同時に姿を消したフーケを探していた。その時、羽音と共に上空からシルフィードが降りてきた。

 

 

「サイト!!」

 

 

シルフィードが地面に降り立つと同時に、ルイズは才人の元に駆け寄ろうとした。その瞬間、戒斗の脳裏に嫌な考えが巡った。

 

 

「来るな!!」

 

 

声に出したが、一瞬遅かった。次の瞬間、ルイズの足元の地面が陥没し、膝下が完全に地面に埋まってしまった。

 

 

「きゃあああッ!?」

 

「ルイズッ!?」

 

 

直後、悲鳴を上げるルイズの近くの地面からフーケが姿を現した。どうやらゴーレムが破壊されたと同時に地中に身を隠していたようだ。タバサ、キュルケは杖を構えるが、フーケの「動かないで!!」という声が響いた。

 

 

「全く今日はなんて日なのかしら。まさかわたしのゴーレムが粉々になるなんてね……全員杖と武器を捨ててちょうだい! それからカイト……あんたはその鎧を外して、ベルトと錠前を捨てなさい!」

 

 

フーケはルイズの顔に左手で握った杖を向けながら言った。従わなければルイズが無事では済まない……口に出してはいないが、フーケはこの場の全員をそう脅していた。仕方なく、タバサ、キュルケは杖を、才人はデルフリンガーを近くに放った。戒斗も変身を解除し、ドライバーとバナナ、マンゴーのロックシードを足元に捨てた。

 

 

「よしよし……それでいいのよ」

 

 

口角を上げ、凶悪な笑みを浮かべたフーケはレビテーションの魔法を唱える。すると戒斗の足元にあったマンゴーのロックシードがフーケの手に収まった。

 

 

「さてと、この場で全員始末するのは確定として……せっかくだからカイト、あなたは犠牲者第一号として、わたしのゴーレムと同じ末路を辿ってもらうわ」

 

 

その言葉と同時にフーケは才人から奪ったドライバーを腰に装着した。

 

 

「貴様の要求に従おうが従わなかろうが、結局は同じか……卑怯者が」

 

 

戒斗はフーケに悪態をついた。

 

 

「当然でしょう。もしここで貴方たちを生きて帰せば、今後のわたしの活動に支障がでるじゃない。ただでさえ今回はトラブル続きだったって言うのに、冗談じゃないわ」

 

 

勝ちを確信しているフーケは、その後も今回の盗みの準備で自分がどれだけ苦労したか、という内容の話を喋り続けた。まともにやり合えば、勝ち目が薄い戒斗たち相手に優位に立っていることが、彼女を饒舌にさせていた。

 

タバサは油断しているフーケの隙をつけないか、と思考を巡らせていた。しかし、油断しているといっても彼女の杖は、恐怖で震えているルイズの顔に向けられたままである。足元に放った杖をとろうと一瞬でも動いた瞬間に、ルイズは無事では済まなくなるのは揺るがない事実であった。

 

 

そんなとき、前方にいる戒斗が背中側に右手を回した。なんだろう、とタバサが戒斗の右腕を見つめていると一瞬のうちにサンクのカードが現れた。目の前の青年は、このまま黙って死を待つようではないらしい。タバサはいつでも動けるように身構えた。

 

 

「さてと、少し喋りすぎたかしら……じゃあ、そろそろあの世に送ってあげる。ええと、このスイッチを押せばいいのかしら?」

 

 

フーケはそう言いながら、マンゴーロックシードのボタンを押す。次の瞬間、電子音とともにフーケの頭上の空間が裂け、アームズが出現した。

 

 

「おおっと? 結構大きいわね」

 

 

今まさに自分の頭部に被さらんとする金属の固まりをフーケは思わず見上げた……見上げてしまった。ドライバーの詳細をよく知らないものなら、誰でもやってしまう反応……その瞬間を待っていた戒斗は、右手のカードをフーケの左手に放った。放たれたカードはフーケの左手に寸分たがわず命中し、衝撃で彼女の杖をはじき落とした。

 

 

同時にタバサも素早く自分の杖を拾い上げ、素早く唱えたジャベリンの魔法をフーケ目掛けて放った。だが、杖を弾き飛ばされたフーケもタバサの攻撃を察知し、素早く身を翻し、氷の槍を回避した。

 

 

「ちっ……器用なまねするじゃない!」

 

「モグラのような真似をする貴様ほどではない……平賀、ルイズを守れ!」

 

「わかった! ルイズ、大丈夫か!?」

 

 

ドライバーとバナナロックシードを拾い上げた戒斗は、才人にそう言った。才人もデルフリンガーを拾い上げ、ルイズのもとへ走った。タバサとキュルケは戒斗の後ろで杖を構え、戒斗はバナナロックシードを開錠し、『変身』の掛け声と共に再びバロンへと変身し、バナスピアーを構えた。

 

 

「色々やってくれたが、それもここまでだ……終わりにするぞ」

 

「終わり? 何を言っているのかしら? まだ私には『コレ』があるわ!!」

 

 

フーケは右手に握ったマンゴーロックシードを開錠し、ドライバーにセットした。

 

 

『ロックオン!!』

 

 

ドライバーにロックシードがセットされたことで、辺りにエレキギターのような待機音が鳴り響く。

 

 

「……フッ、フフフ……アハハハハッ!! いいじゃない、これ!! 力が漲ってくるわ!!」

 

 

フーケはそう言いながら、絶好調といった様子で高笑いを続けた。ヘルヘイムの果実が持つ毒素が取り除かれた純粋なエネルギーが、ドライバーを通して供給されているためだと戒斗は悟った。だが、数秒後目の前の盗賊の様子がおかしいことに気づいた。

 

 

「アハハハハ!!……ハハ……ハハハ…………」

 

 

高笑いを続けるフーケだが、次第に目が血走り、焦点がぶれ始めた。よく見てみれば全身が細かく痙攣しているようで、次第にふらつき始めた。よく見れば、ドライバーとセットされたロックシードから火花が散っていた。

 

 

「……ハ……は……ガハッ……あぁ……アァァァーーーーッ!?」

 

 

次の瞬間、フーケは口と鼻から大量に出血し、そのまま地面に倒れた。頭を抱えたまま狂ったように叫び声を上げ、地面を転がった。

 

 

「なんだとッ!?」

 

 

突然のことにタバサたち学院の生徒組はもちろん、戒斗も驚きを隠せなかった。戒斗はすぐさまフーケに駆け寄り、暴れる彼女を力づくで抑え込み、ドライバーからロックシードを取り外し投げ捨てた。

 

 

「おい!! しっかりしろッ!!」

 

「……あ……あ………」

 

 

ドライバーからロックシードが外れたことで上空に展開していたマンゴーアームズが霧散し、同時にフーケの痙攣も収まった。しかし、彼女の状態は悲惨だった。全身から汗や涙、涎や血液などのありとあらゆる体液が漏れ出しており、息も絶え絶えといったふうに衰弱しきっていた。意識もはっきりしていないようで、目に光は宿っていない。

 

 

「……ティ……ファ……ニア…………」

 

 

どこを見ているのかわからないような虚ろな目のまま、フーケは空に向かって手を伸ばし、そばにいる戒斗でも聞き取るのがやっとというような小さな声でそう呟き、そのまま意識を手放した。

 

 

「うそ……死んじゃったの……」

 

 

ルイズが思わず呟いた。だが、戒斗は首を横に振った。

 

 

「意識を手放しただけだ……だが、えらく衰弱している。このままでは死ぬかもしれないな……」

 

 

戒斗の言葉にルイズは安心したように息を吐いた。

 

 

「……どうする?」

 

「シルフィードに乗せて、学院に連れて帰る。こいつには聞きたいことが残っているからな……」

 

 

**************

 

 

「……そうじゃったか。諸君、ご苦労であったな……」

 

 

数時間後、学院に戻った戒斗たちの報告を受けたオスマン氏はそう呟いた。意識の戻らないフーケは拘束した状態で、医務室で寝かせていた。戒斗は才人やルイズから何故ドライバーを持っているのか、と聞かれたが、先日の傭兵団との一件の際に傭兵団から奪い取ったと適当に話を合わせておいた。

 

 

「それにしても、ミス・ロングビルがフーケだったとはな……。美人だったもので、何の疑いもなく秘書に採用してしまった」

 

 

オスマン氏の話によると、数ヶ月前に街の酒場で給仕をしていたフーケと知り合い、セクハラをしても何も言わなかったことから、自分に気があると勘違いして「秘書にならないか?」と言葉をかけたそうだ。

 

オスマン氏に愛想よく接したのは学園に潜り込むためのフーケの策略だったのだろうが、学院長室に集まった戒斗、タバサ、才人、ルイズ、キュルケ、コルベールの6人は呆れるしかなかった。

 

生徒たちの冷たい視線に気づいたオスマンは、コホンと咳払いをし、顔つきを厳しいものへと戻す。

 

 

「さてと、君たちはよくぞフーケを捕まえ、学園の秘宝を取り返してきた。錠前と紺板は再び宝物庫に納めておいた。使用者の命を危険に晒すマジックアイテムなど、使わないのが一番じゃろう。」

 

 

オスマン氏の言葉に才人と戒斗以外の三人は頭を下げた。オスマン氏はそんな生徒たちの頭を笑顔で撫でながら、言葉を続ける。

 

 

「フーケは拘束した状態で、医務室で治療しておる。えらく衰弱しておるのでな……ある程度回復したところで、街の衛士に引き渡す予定じゃ。君たちの『シュバリエ』の爵位申請を宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう……といっても、ミス・タバサは既にシュバリエの爵位を持っておるから、精霊勲章の授与を申請しておいた」

 

 

ルイズとキュルケの顔がぱあっと明るくなった。心なしか、タバサも嬉しそうだった。

 

 

「ほんとうですか?」

 

 

キュルケが震えた声で言った。

 

 

「ほんとじゃ。いいのじゃ、君たちは、そのぐらいのことをしたんじゃから」

 

 

喜ぶキュルケとは対照的に、ルイズは才人と戒斗を見つめた。今回の一件で活躍したのは、自分たちメイジではなく、平民の彼らだと思っていたからだ。

 

 

「……オールド・オスマン。サイトとカイトには何もないんですか……」

 

「残念ながら、彼らは貴族ではない」

 

 

オスマンは首を横に振った。だが、ルイズは納得できなかった。

 

 

「でも、だからって何もないっていうのはあんまりです! この2人が居なかったら、わたしたちはきっと今頃フーケに殺されていました! だから……」

 

 

その時、ルイズの肩に才人が手を置いた。

 

 

「いいよ、ルイズ。お前のその言葉だけで十分だ」

 

「でも……」

 

「いいんだって! 俺は貴族じゃないんだし、爵位なんてもらったってどうしようもないだろ」

 

「……いや、その子のいうことも最もじゃ。爵位は無理じゃが、なんらかの形での報酬をサイト君とカイト君には約束しよう!」

 

 

オスマン氏のその言葉でルイズの顔が明るくなった。オスマン氏はぽんぽんと打った。

 

 

「さてと、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。秘宝も戻ってきたことじゃし、予定通り執り行うとしよう!」

 

「そうでしたわ! フーケの騒ぎですっかり忘れていましたわ!」

 

「今日の主役は君たちじゃ。用意をして来たまえ。せいぜい、着飾るのじゃぞ!」

 

 

その言葉にルイズとキュルケは一礼をして、部屋から退出しようとした。

 

 

「あれ、戒斗? お前は行かないのか?」

 

「俺とタバサは別件で用がある。お前は先に行っていろ」

 

 

才人の問いに戒斗はそう答えた。

 

 

「そっか……じゃあ、また後でな」

 

 

才人はそういうとルイズに続いて部屋を出た。同時にコルベールも退出し、部屋にはオスマン氏、戒斗、タバサの三人が残った。

 

 

「……さてと、わしに何のようかなカイト君?」

 

「……用件はこいつについてだ」

 

 

戒斗はそう言いながら懐から自分のドライバーとロックシードを取り出した。

 

 

「ふむ……これは君が持っていた『センゴクドライバー』じゃな。用件はあれじゃろ? なぜ、学院に君の世界『チキュウ』で作られたこれらがあるのか……ということじゃな?」

 

 

この言葉にタバサは驚いた。戒斗のほうに視線を向けると、彼も驚きを隠せないようだった。

 

 

「こいつの名称まで知っていたのか……」

 

 

戒斗がドライバーについて、自分が知っていることをわざわざ学院長に尋ねたのは、学院長がドライバーのもたらす効果について喋った場合、周りの人間の反応を確認したかったからであった。

 

あの時点で戒斗はミス・ロングビルがフーケだとほぼ断定していたが、協力者が教師に紛れ込んでいるという可能性を考え、オスマン氏の話を聞く態度や表情から共犯者がいないか判断し、また同時に『ロングビル=フーケ』という自分の推理が当たっているか探ろうとしたのだ。結果的にオスマン氏が何も知らないと嘘をついたため、水の泡となったのだが……

 

 

「……君たちになら話してもいいかもしれないのう……これを見てくれんか?」

 

 

そう言ってオスマン氏は机の下から二つのケースを取り出し、蓋を開けた。1つは先ほど戒斗たちが奪還したドライバーと2つのロックシードが入ったケース、そしてもう1つのケースには同じように2つのドライバーが入っていた。ただし、こちらのケースに入っている二つのドライバーにはカッティングブレードが付いておらず、量産型の戦極ドライバーが完成する以前にユグドラシルの研究員が使用していた変身機能のついていないプロトタイプのドライバーだと戒斗にはわかった。

 

 

「……驚いたな。どこでこいつを手に入れた?」

 

「もう30年も前の話じゃ。森を散策していたわしは、ワイバーンに襲われた。そこを一人の男性が救ってくれたのじゃ。学者のようなかんじの中年の男性じゃたが、そのベルトとそこのスイカの錠前を使ってワイバーンを倒したのじゃ」

 

「ワイバーンを倒す……そこまでの力が?」

 

 

いくらアーマードライダーといえ、凶暴かつ空を自在に飛び回るワイバーンを倒すという光景をタバサは想像できなかった。

 

 

「そのスイカのロックシードは特別でな。ワイバーンがどれだけ凶暴かは知らんが、おそらく可能だろう……それよりオスマン、このドライバーを持っていた男は今どうしている?」

 

「死んだよ。その時の……いや、わしと会う以前に負った怪我が悪化してのう。彼の話じゃと、所属していた組織の拠点が襲撃され、そこから無我夢中で逃げ出したら、いつのまにかハルケギニアに来ていたそうじゃ。故郷にいる奥さんと息子にそのドライバーを持って帰るんだと最後まで呟きながら、逝きおったわい……」

 

 

オスマンはプロトタイプのドライバーを見つめながら、悲しそうに呟いた。

 

 

「……その男はユグドラシルの研究員だったんだろう……おそらく、ユグドラシルタワーが陥落した際に、なにかの弾みでこの世界に紛れ込んだ……のか?」

 

 

戒斗はこの事実に釈然としていなかった。ユグドラシル崩壊と彼がこのハルケギニアへ来る直前の時期はそれほど開いていないはずだ。だが、実際は30年という長い年月が流れている。これは明らかに異常なことだったが、この場で考えても埒があかないと悟った戒斗は、オスマンに向き直る。

 

 

「貴様がドライバーの詳細を知っているかはわかった。だが、なぜ俺がこのドライバーを持っていると知っていた?」

 

「あぁ、それなら簡単なことじゃよ。ミス・タバサが気絶している君と初めて出会ったときに、実はわしもあの場所にいたんじゃ」

 

 

タバサは驚いた。そんな気配は全く感じなかったからだ。

 

 

「魔法で姿を消しておったからのう……しかし、あの時は驚いたわい。寝る前になんとなく窓の外を見たらいきなり大木が生えて、しかもその場所に言ってみれば、ドライバーと錠前を持った君が居たんじゃからのう」

 

 

ホホホ、とオスマン氏は笑った。つまり、この老人は戒斗がただの平民ではないことを知っていたからこそ、フーケの捕獲作戦に参加させたのである。どこまでも喰えないじいさんだ、と戒斗は目の前で笑う好々爺の評価を一部改めた。

 

 

「さてと、戒斗君。お互い話したいことはあるじゃろうが、とりあえず今は保留とせんか? わしも舞踏会の準備があるでな」

 

「……いいだろう。別の男に同じ内容の話をしなくてはならないからな。まとめて話したほうが楽だろう」

 

「別の男?」

 

 

タバサの頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

 

 

「マホメットだ……まだあの時渡したメモの説明をしていなかったな。こいつがそれだ」

 

 

戒斗から手渡されたメモには、

 

 

『今このハルケギニアに未曾有の危機が迫っている。最悪、ハルケギニア中の人間が化け物へと変わり果てる。俺はその危機の根源を断つために動いている。お前が借りを返したいというのなら、とあるアイテムについて探ってくれ。詳しい話は、後日別の場所で話す』

 

 

と書いてあった。合点のいったタバサは戒斗にメモを返した。

 

 

「そういうわけでオスマン、どこかで時間を作ってくれ。マホメットに伝書鳩を飛ばす必要がある」

 

「では、3日後の夜明けに学院の近くにある森の中でどうじゃ。そこなら内緒話をするのにうってつけじゃろう」

 

「わかった。ならば、話はそこでだ」

 

「そうじゃな……ところで、カイトよ。お主は以前、わしに当面の目的はできたと言っておったのう。それを聞かせて欲しいんじゃ」

 

「どういうことだ?」

 

 

カイトの問いにオスマン氏はホホホ、と笑った。

 

 

「少々、気になってのう。おそらく君の目的はそのベルトと錠前が絡んでおる。その力はあまりにも強大じゃ……世界を文字通り創り変える力だと、恩人は言っておった。クモン・カイトよ、君は元居た世界とは違うこの『ハルケギニア』で何をしようというのかのう?」

 

 

オスマン氏の表情がとても真剣なものになった。

 

 

「わしは実際に見たわけではないが……わしは君たちが『インベス』や『ヘルヘイム』と呼んでいた存在についても恩人から聞いて知っておる。だからこそ、わしはあのドライバーと錠前を宝物庫に入れ、封印したのじゃ。だれぞが、良からぬことを企まぬ様にのう……カイト君、君はこの大きすぎる力を使って何をしようというのかね?」

 

 

オスマン氏は杖を握りながら、そう戒斗に言葉を投げかけた。オスマン氏の威圧感にタバサの額に一筋の水滴が流れた。返答しだいではここで……という無言の圧力が戒斗にかかっているようだった。

 

 

「……俺の居た世界を襲った災厄……それがこのハルケギニアでも繰り返されようとしている。卑劣な『弱者』の手によってな……俺はそんな『弱者』たちが好き勝手にのさばるのが許せないだけだ」

 

 

戒斗はそう応えた。全くの淀みのない彼の本心であった。その言葉を聞いたオスマン氏は、にっこりと笑った。

 

 

「そうか……ならば、わしから言うことはなにもない。すまなかったのう」

 

「気にするな……話は変わるがオスマン、貴様はこのドライバーを使ったことがあるか? フーケが使用したとき、ドライバーがありえない誤作動を起こしたんだが……ひょっとしたら使ったのが『メイジ』だったからかもしれん」

 

 

オスマン氏は頷いた。

 

 

「恩人が亡くなった後に、興味本位で一度だけのう……だが、正直後悔したわい。その時はそこのマツボックリの錠前を使ったんじゃが、ベルトにはめたとたんに、ものすごいエネルギーが体に流れ込んでくるのを感じたんじゃ。そこまではよかったんじゃが、数秒も経たないうちに血管が破裂しそうなほど動悸が早くなったり、体の中の魔力が暴走するような感覚に襲われてのう……速攻で、ベルトを取り外したよ。じゃから、ケースにあんな謳い文句を書いたんじゃよ。誤って誰かが使わんようにのう……」

 

「……やはりそうか……どうやらお前たちメイジには、こいつらは相性が悪いらしいな……」

 

 

学院への帰路で、戒斗は才人たちにドライバーについての嘘の経緯を説明する傍ら、ドライバーと錠前の動作テストを行った。だが、戒斗の持っていた錠前とドライバーはもちろん、学院にあったドライバーとロックシードを戒斗が使っても、なんの問題もなく正常に作動したのだ。試しに才人にもう一度変身させてみたところ、やはり同じように問題なかった。

 

このことから、戒斗は『地球で開発されたドライバーと錠前をメイジが使用した場合、なんらかのエラーが起きる」という仮説を立てていた。それが先のオスマン氏の発言で、ほぼ裏づけされたと感じていた。

 

 

「君やサイト君が普通に使えたということはそういうことなのかもしれんのう……」

 

「そうだな……それから、もうひとつだ。『ティファニア』という名に心当たりはないか?」

 

「……いや、聞いたこともない名じゃ。なんのことかの?」

 

「フーケが気絶する前に呟いた名だ。貴様なら何か知っているかと思ったんだが……」

 

「そうじゃったか……わしも彼女の素性は知らんが、もしかすると彼女も誰かのために戦っておるのかもしれんのう……」

 

 

オスマンは水ギセルを咥え、数秒後息を吐いた。

 

 

「……少し気になることがあってのう。わしは宝物庫にしまっておったドライバーの存在をほとんど口外したことはないんじゃ。そりゃあ、当時の教師の一部は知っておったが、今の学院にその時のことを知るものは残っておらん」

 

「……どこからかベルトと錠前の情報が漏れたということ?」

 

「そういうことじゃ、ミス・タバサ。誰かがどこからか宝物庫の錠前とベルトの存在を知り、それをフーケに盗み出させようとした……そう考えるのが自然じゃ」

 

「……その話が本当なら、あの女をこのまま衛士に引き渡すのは危険かも知れんな。俺とタバサが戦った傭兵たちの生き残りが全員殺された。錠前をこの世界にばらまいている連中は、まだこの事実を公の場に晒したくないらしい……」

 

「衛兵に渡したところで、殺されるか……あるいは敵に利用されるかか……いずれにせよ、彼女から改めて話を聞かねばならんようじゃのう……まぁ、その件も含めて、後日話そうではないか。舞踏会、楽しんできなさい」

 

 

「あぁ……では、また三日後に……タバサ、待たせたな」

 

 

戒斗の言葉を受けて、タバサはオスマン氏に一礼をして部屋から出た。戒斗も無言でタバサに続こうとしたが、オスマン氏の「待ちなさい」という声に後ろを振り返った。すると、そこにはレビテーションの魔法を受けたドライバーの入ったケースが二つ宙に浮かんでいた。

 

 

「このドライバーは君が持っていてくれんかのう。君なら間違った使い方はせんじゃろうと見込んでのお願いじゃ」

 

 

戒斗は「いいだろう」とケースを受け取り、退出した。一人部屋に残ったオスマン氏は、過去に自分を救ってくれた恩人の雄姿……巨大なスイカの鎧に身を包み、ワイバーンが巨大な双刃刀の一撃の下に地に伏した30年前の光景を頭に思い浮かべながら、水ギセルをふかしていた。

 

 

「さて……これから忙しくなりそうじゃわい……」

 

 

 

第11話へ続く

 

 




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