虚無の果実~雪風と真紅の魔王~   作:ヒロジン

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第9話 「怪盗襲来 土くれのフーケを追え! ③」

「『異界の錠前』と『異界の紺板』 確かに領収いたしました 土くれのフーケ」

 

翌朝、土くれのフーケによって破壊されたトリステイン魔法学院の本塔の壁に、当人が残したと思われるメッセージが刻まれていた。昨夜の襲撃をうけて、学院内では蜂の巣をつついたような騒ぎが未だに続いていた。

 

宝物庫では、対応に集まった教師たちが口々に好き勝手な言葉を撒き散らしている。ある者は鮮やかに目的の品を盗み出したフーケに、ある者は逃走するフーケに何の手出しも出来なかった衛兵に、ある者は当日の当直をサボり自室で眠りこけていたミセス・シュヴルーズに怒りを露にしていた。部屋に呼ばれた衛兵数人とミセス・シュヴルーズは自分たちに処罰が下ることを恐れてガタガタと震えていた。

 

 

「……どいつもこいつも見苦しいにもほどがある……」

 

 

そんな部屋の空気をぶち壊したのは他でもない異世界からの来訪者である駆紋戒斗であった。彼の言葉にミセス・シュヴルーズの責任を追及していたギトーという教師が反応した。

 

 

「見苦しいとはなんという口の利き方だ!身の程を弁えたまえ!」

 

 

「ちょ、ちょっとあんた! いい加減にしなさいよ! 先生たちに失礼でしょう!」

 

 

戒斗の言葉に、それまで横でそわそわとしていたルイズが食って掛かった。貴族としての立場を重んじる彼女にとって、戒斗の先ほどの無礼な態度は我慢できなかったのであろう。戒斗の前に立ち、その澄んだ目で戒斗を見上げるようなカタチで睨み付けた。

 

 

「……いいんじゃよ、ミス・ヴァリエール。彼の言うことはもっともじゃ……よって集って女性を苛めるものではないぞ」

 

 

そんなときだった。部屋のドアが開き、学院長のオスマン氏がゆっくりと部屋に入ってきた。

 

 

「しかしですな! オールド・オスマン! ミセス・シュヴルーズは当直なのに、自室でぐうぐうと寝ていたのですぞ!責任は彼女にあります!」

 

「……では、この中でまともに当直をしたことのある教師は何人おらられるのかな?」

 

 

そう言ってオスマン氏はまわりを見渡した。教師たちは顔を伏せたままだった。名乗り出るものは一人もいなかった。

 

 

「さて、これが現実じゃ。責任があるとすれば、我々全員じゃ。私も含めてこの中の誰もが、まさかこの魔法学院に賊に襲われるなどと夢にも思っていなかった。ここにいるのは、ほとんどがメイジ……誰が好き好んで虎穴に入るのかっちゅうわけじゃ。じゃが……」

 

 

オスマン氏は壁に空いた大穴を見つめた。

 

 

「この通り、賊は大胆にも忍び込み、『異界の果実』と『異界の紺板』を奪っていきおった。我々は油断していたのじゃ。先も言ったが、責任は我々全員にある……で、犯行の現場を見ていたという生徒は誰だね?」

 

オスマンの問いにコルベールが「この4人です」とルイズ、タバサ、キュルケ、戒斗を指差した。使い魔扱いの才人は数に入っていない。

 

 

「ほう、君たちか……ふむ……」

 

 

オスマン氏は戒斗と才人を交互に見つめた。

 

 

「……では、その時の状況を詳しく話したまえ」

 

 

オスマン氏の言葉にルイズは昨晩の状況を詳しく説明した。突然巨大なゴーレムが現れ、壁を壊したこと。そのゴーレムの肩に乗っていた黒いメイジが宝物庫の中からケースを抱えて出て行ったこと。その後ゴーレムは城壁を乗り越え歩き出し、数キロメイル離れた場所で崩れ去りただの土になってしまったこと。

 

 

「ふむ……後を追おうにも手がかりなしというわけか……ときに、ミス・ロングビルはどうしたね?」

 

「それが……朝から姿が見えませんで」

 

「この非常時にどこにいったのじゃ」

 

 

そんなことを話していると、宝物庫のドアが開き、ミス・ロングビルが現れた。

 

 

「ミス・ロングビル! どこに行っていたんですか! 大変ですぞ! 事件ですぞ!」

 

「申し訳ありません。朝から、急いで調査をしておりましたの」

 

「調査?」

 

「そうですわ。今朝方、起きたら大騒ぎじゃありませんか。そして、宝物庫はこの通り。サインを見てかの有名な盗賊の仕業と知り、すぐ調査をいたしました」

 

 

落ち着き払った彼女の言葉に、オスマン氏はにっこりと微笑んだ。

 

 

「流石はミス・ロングビル。仕事が早いの……して、結果は?」

 

「はい。フーケの居場所がわかりました」

 

 

彼女の言葉に、この場に集まった者は皆驚いた。

 

 

「近在の農民に聞き込んだところ、近くの森の廃屋に入っていった黒ずくめのローブの男を見たそうです。おそらく、彼はフーケで、その廃屋がフーケの隠れ家ではないかと……」

 

 

ミス・ロングビルの言葉を聞いたルイズが叫んだ。

 

 

「黒ずくめのローブ? それはフーケです! 間違いありません!」

 

「……そこは近いのかね?」

 

「はい。徒歩で半日。馬で四時間といったところでしょうか……」

 

「すぐに王宮に報告しましょう! 王室衛士隊に頼んで、兵隊をさしむけてもらわなくては!」

 

 

コルベールがオスマンに進言するが、オスマン氏はすごい迫力で怒鳴った。

 

 

「ばかもの! 王室なんぞに知らせている間にフーケに逃げられてしまうわ! その上……身にかかる火の粉を己で払えぬようで何が貴族じゃ! 今回の件は我々魔法学院の問題じゃ! 当然我らで解決する!」

 

 

オスマン氏のこの言葉を聞いたミス・ロングビルは、にっこりと微笑んだ。オスマン氏はコホンと咳払いをすると、有志を募った。

 

 

「では、捜索隊を編成する。我と思うものは、杖を掲げよ」

 

しかし、オスマン氏の言葉を受けて、杖を掲げるものはいなかった。皆、困ったように顔を見合すだけだった。

 

 

「おらんのか? おや、どうした! フーケを捕まえて、名を上げようと思う貴族はおらんのか!?」

 

 

そんなオスマン氏の言葉を受けて、ついに一本の杖があがった。しかし、その杖を握っていたのはルイズであった。

 

 

「ミス・ヴァリエール! 何をしているのです! あなたは生徒ではありませんか! ここは教師に任せて……」

 

「誰も掲げないじゃないですか!」

 

 

ルイズは唇を固く結んでそう言い放った。真剣な目でぴしっと杖を掲げるルイズの姿は、美しかった。使い魔である才人はぽかんと口をあけながら、自分を召喚した少女に見とれていた。

 

 

そんなルイズの姿を見ていたキュルケだったが、ため息をついた後しぶしぶといった感じで同じように杖を掲げた。

 

 

「ふん。ヴァリエールには負けられませんわ」

 

 

そんな彼女の姿を見て、タバサも杖を掲げる。

 

 

「タバサ。あなたはいいのよ。関係ないんだから」

 

「心配……それに『無関係』じゃない」

 

 

キュルケの問いに答えたタバサは、後ろに立つ戒斗にちらりと視線を向けた。

 

 

「あなたはどうする?」

 

「聞くまでもないだろう。俺も『無関係』ではないからな……」

 

 

そう、戒斗とタバサにはキュルケ達が心配であるからという点を除いても、フーケ捜索隊に参加する大きな理由があるのだ。フーケが学院から盗み出した学園の秘宝である『異界の錠前と紺板』……その正体を知る戒斗と彼からその話を聞いたタバサからしてみれば、フーケをこのまま野放しにしておくわけにはいかないのである。

 

その事実を知らないキュルケは、友人の気遣いに感動し、ルイズは仲間を得て心強くなったのか目じりに小さな水滴を浮かべながら、タバサと戒斗にお礼を言った。

 

 

「タバサ……カイト……ありがとう……」

 

「気にするな……平賀、お前はどうするんだ?」

 

「お、俺ももちろん行くよ!……一応、俺はルイズの使い魔だからな」

 

 

そんな生徒やそのパートナーの様子を見ていたオスマン氏はにっこりと笑った。

 

 

「そうか。では諸君らに頼むとしよう!」

 

「オールド・オスマン! 私は反対です! 生徒たちをそんな危険にさらすわけには!」

 

「ならば、君が行くかね? ミセス・シュブルーズ?」

 

 

オスマン氏の言葉に、ミセス・シュブルーズは首を横に振った。

 

 

「彼女らはきちんと敵を見ておる。それにワシはそこまで悪い人選とも思っておらんぞ。よく見てみれば中々の精鋭が揃っておる。ミス・タバサは若くして『シュバリエ』の称号を持つ騎士だと聞いておるぞ」

 

 

オスマン氏の言葉に事実を知らない教師やキュルケ、ルイズが驚いた。金で買える爵位とは違う、純粋な功績に対して与えられる称号「シュバリエ」をタバサのような少女が持っていることは異例中の異例であるのだ。才人は意味が分からず、へぇ~と適当な相槌を入れた。

 

 

「それから彼女と現在行動を共にしておる青年……クモン・カイトは凄腕のメイジ殺しとのことじゃ。つい先日、ミス・タバサとともにとある傭兵団を壊滅させ、攫われた少女たちを助け出したという話はワシの耳にも入っておるぞ」

 

 

その言葉に教師たちがさらにざわついた。当のタバサと戒斗はどうでもよさそうに突っ立っていた。

 

 

「まじかよ……前に言ってたこと冗談じゃなかったのか……」

 

 

戒斗を見ながら、才人が驚きの声を上げた。

 

 

「ミス・ツェルプトーは、ゲルマニアの優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、彼女自身の炎の魔法も、かなり協力と聞いておるが?」

 

 

キュルケは得意げに、髪をかき上げた。それを見たルイズは次は自分の番だとばかりに可愛らしく胸を張った。

 

 

「それから……その……ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを排出したヴァリエール公爵家の息女で……その、うむ、なんだ……将来有望なメイジと聞いておる。しかもその使い魔は!」

 

 

オスマン氏は才人に視線を移し、話を続けた。

 

 

「平民ながらあのグラモン元帥の息子である、ギーシュ・ド・グラモンと決闘して勝ったという噂じゃ。このメンバーに勝てるという者がおるなら、一歩前に出たまえ」

 

 

前に出るものは居なかった。それを確認したオスマン氏は5人に向き直る。

 

 

「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」

 

 

オスマン氏の言葉を受けたルイズ、キュルケ、タバサの三人は、真顔になって直立し、「杖にかけて!」と同時に唱和した。それからスカートの裾を摘んで、恭しく礼をする。才人は慌てて上着の裾を掴みながら3人の真似をし、戒斗は突っ立ったままだった。

 

 

「では馬車を用意しよう。それで向かうのじゃ。魔法は目的地につくまで温存ように。ミス・ロングビル、彼女たちを手伝ってやってくれ」

 

 

ミス・ロングビルは「もとよりそのつもりですわ」と言い、頭を下げた。

 

 

「では、皆さん。早速出発しましょうか。馬車は私が……」

 

「待て。その前に聞いておきたいことがある」

 

 

それまで黙っていた戒斗が口を開いた。皆の視線が戒斗にあつまる。

 

 

「俺たちはこれから盗まれた宝とやらを取り戻しにいくわけだが、その宝についての情報を何も聞いていない。オスマン、その『異界の錠前と紺板』とやらはどういう代物だ?」

 

「そんなのフーケを捕まえれば一緒に取り戻せるじゃない。宝って言うくらいだから美術品か何かでしょう?」

 

「無論それがただの美術品なら問題ない。だが、ここは魔法学院……その宝とやらが強力なマジックアイテムというなら話は別だ。戦闘にも使えるものならなおさらな……」

 

 

戒斗の言葉に質問をしたキュルケが、なるほどと声をあげる。

 

 

「で、どうなんだ?」

 

「うむ、君の言うことも最もじゃ……じゃが、すまんのう。実はワシもよく把握しとらんのじゃよ……」

 

 

オスマン氏が困ったようにそう漏らした。

 

 

「あれらは何十年か前にトリステイン王家から寄贈されたものでのう。見た目は『錠前』のほうが果実のようなものが描かれた鍵穴のない錠前で、『紺板』のほうは刃物のような装飾がついた紺色の板じゃ」

 

「『異界』という言葉については何も聞いていないのか?」

 

「ワシも気になってそれらを持ってきた使者に聞いたんじゃが、『王室に寄贈されたときからこの呼び名だった。そもそもいつ寄贈されたかも詳しくわからない』と言われてのう。ぶっちゃけると、半ば厄介払いという形で押し付けられたんじゃよ……おお、そうじゃ。その使者が言っておったんじゃが、その『錠前』は決して開けてはならんとのことじゃ……」

 

 

「どういうことですか、オールド・オスマン? 開けたら何かあるんですか?」

 

 

ルイズがオスマン氏に質問する。

 

 

「ワシにもわからん。だが寄贈された箱の内側に『この錠前を開けるものには破滅がもたらされる。くれぐれも開けるべからず』という文言が刻まれておった。寄贈されていこう宝物庫に入れっぱなしで、ワシも存在を忘れておったくらいじゃ。もちろん開けてなどおりゃあせんよ」

 

 

「結局のところはよくわからないという話か……」

 

 

戒斗はそう言いながら、軽くため息をついた。タバサは錠前と紺板の正体について、この場の誰よりも情報を持っている戒斗が、何故今のような質問をしたのかを考えながら、戒斗をじっと見つめていた。

 

 

***********

 

 

学園を出発してから4時間ほどで、6人を乗せた馬車はフーケが潜んでいると情報があった森の入り口についた。道中で暇になったキュルケが黙々と手綱を握るミス・ロングビルの素性を根掘り葉掘り聞こうとしたり、そんな様子を見かけたルイズがキュルケを諌めたことで、

 

 

「あのゴーレムが現れたら、あなたはどうせ逃げ出して、その後サイトに戦いを任せて高みの見物でしょ?」

 

「誰が逃げるもんですか。魔法でなんとかしてみせるわ!」

 

「魔法? 誰が? 笑わせないで!」

 

 

と不毛な戦いを始めたり、見かねたサイトが間に入ってとりなしたりと色々あったが、戒斗は思案、タバサは読書で無言のままだった。

 

 

「ここから先は徒歩でいきましょう」

 

 

ミス・ロングビルの言葉に全員が後に続いた。

 

 

「なんか、暗くて怖いわ……いやだ……」

 

キュルケが才人の腕に手をまわしてきた。

 

 

「あんまりくっつくなよ!」

 

「だってー、すごくー、こわいんだものー」

 

 

ものすごい棒読みでキュルケがそう言った。ルイズはふんっ、と顔を背けた。

 

 

「キュルケ、ふざけるのもその辺にしておけ。もうここは敵地だ。いつそこらの茂みから魔法が飛んでくるかわからん……」

 

 

最後尾の戒斗がキュルケに釘を刺した。

 

 

「わかってるわ。でも、大丈夫よ。いざとなったら、私が贈った剣でダーリンが守ってくれるから!」

 

 

才人の背中に背負われた二対の剣のうち、自分が贈った剣を見つめながらそう答えた。ルイズの隣を歩いていたタバサには、彼女の怒りを堪える歯軋りの音が聞こえていた。

 

 

少し歩くと開けた場所に着いた。その中央に、炭焼き小屋のような廃屋があった。

 

 

「わたくしの聞いた情報だと、あの中に入っていったとのことです」

 

 

ミス・ロングビルがそう言うが、人の住んでいる気配は全くなかった。6人は打ち合わせをし、フーケがいるにせよ、いないにせよ、偵察兼囮役に小屋の中を確認してもらい、もし中にフーケがいるなら挑発して誘き出す。

 

ゴーレム作成のために土が必要となるフーケは小屋の外に必ず出てくるだろうから、そこを魔法で集中砲火しようという作戦になった。

 

 

「で、偵察兼囮は誰がやるの?」

 

 

才人の問いに作戦の概要を立てたタバサは「すばしっこいの」と答えた。

 

 

「俺か戒斗かだな……どうする?」

 

「剣を握れば貴様のほうが素早い。貴様が行くべきだな」

 

 

戒斗の言葉に才人は「しゃーねぇなー」といいつつ、キュルケからもらった剣を鞘から抜いた。その瞬間左手のルーンが光だし、才人の身体は羽でも生えたかのように軽くなった。

 

そのまま才人は一足飛びに小屋のそばに近づき、中を伺った。小屋の中は一部屋しかなく、中央にあるテーブルも崩れて使い物にならなくなっている暖炉も埃まみれで、やはり人が生活しているような気配は全くなかった。

 

 

才人は少し迷った後に、他のメンバーを呼ぶことにした。才人からの合図を受けた、残りの5人も小屋に近づいた。

 

 

「誰もいないよ」

 

「……ワナはないみたい」

 

 

魔法を使用したタバサはそう呟き、戒斗に視線を送った。

 

 

「とりあえず、中を捜索する。ルイズ、キュルケ、タバサ、お前たちは中を調べろ。フーケがここを根城にしていたなら、何か手がかりがあるかもしれん。残った俺たちで、フーケが戻ってこないか見張っている」

 

戒斗の言葉に3人が頷いた。

 

 

「では、わたくしは辺りを偵察してきます」

 

 

ミス・ロングビルがそう言った。

 

 

「……待て。周辺の森にフーケが潜んでいるなら、単独行動は危険だ。貴様も外を見張るのを手伝え」

 

 

この戒斗の言葉に、ミス・ロングビルは少しの間をおいて、わかりましたと答えた。方針が決まり、女子生徒3人は埃まみれの小屋の中に入っていく。そして数分もしないうちに、木製のケースを発見した。

 

 

「……間違いない。あの盗賊が持っていたものと同じものだ」

 

 

小屋からでてきたタバサが持ってきたケースを確認した戒斗がそう呟く。そして、タバサからケースを受け取ると、留め金を外してケースを開けた。

 

 

「これが『異界の錠前と紺板』……なによこれ? 確かに錠前と板だけど……」

 

 

中に入っていたものを見たキュルケがそう呟いた。ルイズ、才人も同じ感想であった。だが、戒斗は真剣な表情で中に入っていたものを手に取った。

 

 

中に入っていたものは3つ。1つはライダーインジケータに何も映っていない戦極ドライバー、あとの二つは「L.S.-01」「L.S.-10」と書かれたロックシードであった。ケースの上蓋の内側にはオスマン氏が言ったような文言が刻んであった。

 

 

「なにかのマジックアイテムなのかしら……才人、あなたは見たことある?」

 

「俺に言われてもな……戒斗、ちょっと貸してみてくれよ!」

 

 

戒斗はドライバーと茶色い果実が描かれた錠前を才人に手渡した。才人がドライバーを握ったその瞬間、才人の左手のルーンが光った。

 

 

「えっ!?……えっ、う、うそだろ!?」

 

 

ルーンの光が収まり、才人はそんな声を上げた。

 

 

「どうしたのよ?」

 

「……いやさ。今こいつを持った瞬間にさ……こいつらの使い方がわかったんだ!」

 

 

才人の言葉に他のメンバーは驚いた。

 

 

「ほんとうなの、ダーリン!?」

 

 

「あぁ! え~と、ここに当てると……」

 

 

才人がそう呟きながらドライバーを腰に当てると、ドライバーから銀色のバンドが展開され、ベルトのような形で才人の腰に装着された。

 

 

「お、いけた! で、次にこいつを開けると……」

 

 

そういいながら才人は手に持ったロックシードの開閉スイッチを開けた。

 

 

『マツボックリ!!』

 

 

ハイテンションな電子音とともに才人の真上の空間に裂け目が出現し、その中からマツボックリを象ったような金属の固まりがゆっくり降りてきた。

 

 

「うぉっ!? ほんとに出てきた? で、ここに嵌めて、こいつを倒せば……」

 

 

才人は驚きながらも、ロックシードをドライバーにセットし、カッティングブレードをぎこちない動きで倒した。

 

 

『ソイヤッ!! マツボックリアームズ! 一撃・インザ・シャドウ!!』

 

 

和風な電子音が流れると同時に才人の頭にマツボックリが被さる。その瞬間、才人の身体を黒いアンダースーツが覆い、メットパーツが装着されると共にマツボックリが鎧として展開される。変身が完了した才人の右手にはマツボックリを象った黒い長槍が握られており、その姿は『マツボックリを象った鎧を装備した槍兵』という井出達になった。

 

 

「……え、えっと……つまり、鎧を装着できるマジックアイテムだった……ってことなのかしら……」

 

 

自分の使い魔のシュールな変身シーンを見たルイズは若干、顔を引きつらせながらそう呟いた。

 

 

「あぁ……だけど、この鎧普通じゃないよ! かなり重たいはずなのに、全く重さを感じない……むしろ、着る前より早く動ける!」

 

 

才人は若干はしゃぎながらそう呟いた。

 

 

「使用者の身体能力を上げる魔法でもかかっているのかしら……っていうか、ダーリン! さらっと、錠前開けちゃってるけど、大丈夫なの!?」

 

「ん? あぁ、そういえばそんなこと学院長さんが言ってたっけ……今のところ、とくに問題はないけど……」

 

 

「そうよ、危険なモノかもってオールド・オスマンが言っていたじゃない! もしかしたら呪いか何かがかかってるかもしれないわ!」

 

 

ルイズの言葉に気味が悪くなった才人は、頭の中に入ってきた方法に従い、装着されたロックシードを閉じた。すると、光とともに鎧は霧散し、才人は元の姿に戻る。

 

 

「だ、大丈夫なの?」

 

「別になんともないよ……いや、でもほんとすごいお宝だよ、これ」

 

 

才人は両手のドライバーと錠前を見つめながらそう呟いた。

 

 

「……平賀、さっきその板と錠前の使い方がわかったと言っていたが、どういうことだ?」

 

「どういうことだって言われても……いきなりこう使うんだ、って感じで頭の中に入ってきたんだよ。このルーンっていうの? こいつが光って多から、何か関係があるのかもしれないけど……」

 

 

才人自身、何故この錠前と板……いやベルトと言ったほうが正しいアイテムの使い方がわかったのかよくわかっていなかったのだ。そんな才人の様子から、その言葉が嘘ではないと悟った戒斗はそれ以上言及しなかった。

 

 

「……フーケも戻ってこないようですし、一度学園に戻りましょうか。とりあえず、その錠前と板はわたくしが預かります。サイトさん、こちらに……」

 

 

ミス・ロングビルがそう言って手を差し出したので、サイトは彼女に錠前とベルトを渡そうとした。しかし、その寸前にミス・ロングビルの手が戒斗によって掴まれた。

 

 

「えっ!? カ、カイトさん? 何を?」

 

「演技はそこまでにしたらどうだ、ロングビル……いや、『土くれのフーケ』」

 

 

戒斗のその言葉にミス・ロングビルの表情が変わった。優しそうだった目がつりあがり、猛禽のような鋭さになった。

 

 

「えっ、ちょっと!? どういうこと?」

 

 

突然の出来事にキュルケが声を上げた。戒斗はミス・ロングビルの腕をすごい力で掴みながら返答する。

 

 

「そのままの意味だ。俺たちの目の前で宝を持ち去った盗賊がこの女だということだ」

 

「……なにか……証拠でもあるのですか?」

 

「疑う根拠はある。貴様の言動と行動は矛盾だらけだ。この女が学院に戻ってきたのは今朝の……10時ごろだったな。タバサ、ここまで馬車で何時間かかった?」

 

「4時間ほど……時間が足りない」

 

「そうだ。仮に足の速い馬を全力で飛ばしても3時間以上はかかる。どこに行ったかもわからん盗賊の根城を的確に見つけ出して、学園に戻ってくるなど奇跡に近い。お前が学園にこの場所の情報を持って帰ってきた時点で、俺は貴様を疑っていた。」

 

「ちょっと、待ちなさいよ! 仮にミス・ロングビルが犯人だったとしたら、今ここにいることが変じゃない。盗んだ宝を持って遠くに逃げればいいじゃない」

 

 

ルイズが反論する。

 

 

「俺もその点が気になっていた……だが、この状況から目的もわかった。わざわざ学院に戻ってきたのは、学院の連中を使って錠前の『実験』をしたかったからだろう……」

 

 

ミス・ロングビルの表情が一瞬ピクリと動いた。また、タバサも合点がいったのか、「なるほど」と、小さく呟いた。未だ話の流れが掴めないキュルケが聞き返す。

 

 

「実験?」

 

「あぁ。どういう経緯かは知らんが、こいつは学院に納められていたこの錠前と板の存在を知り、ターゲットとした。だが、箱を開けてみれば『開けると破滅がもたらされる』などという物騒な文章が目に飛び込んできたわけだ……売るにせよ、所有するにしろ、この女はこいつらの使い方を知る必要があった」

 

 

戒斗は全員を見回し、言葉を続ける。

 

 

「かといって、もし文言が本当なら自分で試してみるにはリスクが高すぎる。そこで、学院の連中を誘い出し、自分のゴーレムを襲わせることでわざと錠前を開けさせることを考え付いた。

 

この方法なら破滅とやらが降りかかるのは開けた学院の関係者だ。もし、何も起こらなければ、その時は味方ヅラのままさり気なく錠前と板を奪ってしまえばいいだけのことだ。

 

さっき偵察に行くと言ったのは、俺たちと別行動をとるためだったんだろうが……あてが外れたな……」

 

 

戒斗の話は一応の筋が通っていた。だがしかし、納得できないルイズは声を上げる。

 

 

「だからって、証拠もなしに彼女を疑うのは……」

 

 

「無論、今は何も証拠がない。だが貴様が聞き込みをしたというこの辺りの村に行けばわかることだ。村人全員に話を聞けば、貴様の行ったフーケの調査とやらが嘘だということがはっきりするだろう。多少の工作くらいはしたかもしれんが、詳しく聞けばそのうちボロが……」

 

「……そんな工作なんてしていないわよ。アジトに戻ってこの作戦を考え付いてから、その足で学院に戻ってきたんだから……」

 

 

そう言いながら、ミス・ロングビルは妖艶に笑った。それは自分がフーケである、という自白であった。

 

 

「ミス・ロングビル……じゃあ、やっぱり……」

 

「そう……『土くれ』のフーケはわたしよ。はぁ、我ながら即興で考え付いたにしてはいい考えだったのに、上手くいかないものね……矛盾があるのはわかってたけど、学院はパニックになってるだろうから誰も気がつかないと思ったのに……」

 

フーケの予想は概ね当たっていた。少し落ち着いて考えればわかる時系列の矛盾だが、関係者の中で教師陣とルイズはパニック状態、才人とキュルケはあくまで他人事という認識、タバサはフーケよりも奪われた錠前のほうに関心が向けられており、誰も彼女の言葉を疑おうとしなかったのだ。

 

これは学院に潜伏していた彼女が多くの教師や生徒から『有能で信頼できる学院長の秘書』としての演技を貫いていたことの賜物でもあった。この事件に関して客観的な判断ができ、かつ普段から他人の言動……というか嘘や欺瞞に敏感である戒斗がいなければ、彼女の計画はスムーズに進んでいただろう。

 

 

「キュルケ、こいつの体から杖を探し出して取り上げろ。このまま縛り上げて学院に連れ戻す」

 

「わかったわ」

 

「ふふふ……そんな手間をかけなくても、杖ならここにありますわ!」

 

 

彼女はそう叫ぶと同時に、戒斗に掴まれていないほうの腕の袖口から隠してあった杖を取り出し、短く詠唱する。その反応を予測していた戒斗は素早くフーケの腹に蹴りを叩き込もうとするが、次の瞬間、ルイズの背後に土で出来た巨大な手が出現し、彼女らに襲い掛かった。

 

 

「ルイズ!ッ? あぶねぇッ!!」

 

「えっ? きゃあー!?」

 

 

それに気づいた才人がルイズをかばい、才人がルイズに覆いかぶさるようなカタチで2人は地面に倒れた。その声を聞いた戒斗の意識が一瞬そちらに移ったタイミングで、フーケは戒斗の顔面に蹴りを放つ。戒斗はその蹴りを回避するが、その際にフーケの手を離してしまう。戒斗の拘束から解放されたフーケは、才人が落とした錠前とベルトを回収して、戒斗たちから距離をとった。

 

 

「あなたたちにはお礼を言うわ。この錠前と板……いいえ、ベルトの使い方を教えてくれありがとう。私の趣味に合わない効果だったのは残念だけど、それは仕方ないわね……じゃあそろそろ、わたしのゴーレムの下敷きになってもらいましょうか!!」

 

 

フーケがルーンを紡ぐと、周囲の土が集まり、巨大なゴーレムが一瞬で出来上がった。ゴーレムは戒斗たちに向かって拳を振り下ろす。

 

 

「走れッ!!」

 

 

戒斗の言葉に全員が同じ方向に駆け出した。数秒後、ゴーレムの拳が小屋付近に直撃し、その余波で小屋は木端微塵になった。

 

 

「タバサ、キュルケ! お前たちの魔法であのゴーレムは壊せるか?」

 

 

走りながら戒斗は2人に問う。

 

 

「わかんないけど、やってみるわ! タバサ!」

 

 

キュルケの言葉にタバサも頷き、足を止めた彼女たちは自分の得意とする火球と竜巻の魔法を同時に放った。だが直撃したゴーレムは何事もなかったかのように拳を振り上げる。

 

 

「やっぱ無理よ、こんなの! どうするの?」

 

「一旦退いて、体制を立て直す! タバサ、シルフィードを呼べ!」

 

 

タバサは素早く口笛を吹いた。10秒も経たないうちにシルフィードが、タバサの近くに下り立った。戒斗、キュルケ、タバサの三人はすぐにシルフィードの背中に飛び乗った。

 

 

「平賀、貴様も早く乗れ!」

 

「わかってる! ルイズ、お前も……って、ルイズ! 何やってんだッ!?」

 

 

あろうことかルイズはゴーレムと真正面から向き合っていたのだ。杖を抜き、ルーンを呟き、ゴーレムに向かって振り下ろす。ファイアーボールの魔法を唱えたはずだったが、ゴーレムの右肩あたりで小さな爆発が起こっただけだった。当然ゴーレムは構わず向かってくる。

 

 

「早く逃げろ! 敵いっこねぇだろ!」

 

「いやよ! あいつを捕まえれば、もう誰もわたしをゼロのルイズなんてよばないでしょ!」

 

 

才人に振り返りながら、ルイズはそう言った。目はとても真剣なものだった。ゴーレムは拳を振り上げ、ルイズやシルフィードたちをまとめて叩き潰そうとしていた。

 

 

「くそっ! みんな、先に行ってくれ! 俺はルイズを連れ戻す!」

 

 

才人はルイズの元へ走った。タバサは少々悩んだものの、戒斗の指示でシルフィードに指示を出す。指示を受けたシルフィードは空へと舞い上がった。

 

 

「ルイズ! なに意地張ってんだ! 死んじまうぞ!」

 

 

才人はルイズの肩を掴んだ。ルイズはぐっと才人を睨み付けた。

 

 

「あんた、言ったじゃない」

 

「え?」

 

「ギーシュにボコボコにされたとき、何度も立ち上がっていったじゃない。下げたくない頭は下げられないって!」

 

「そりゃ、言ったけど!」

 

「わたしだってそうよ!プライドってもんがあるのよ! ここで逃げたら、ゼロのルイズだから逃げたって言われるわ!」

 

「いいじゃねぇか! 言わせとけよ! タバサやキュルケも敵わないんだ! そんな何も知らない連中なんてほっとけよ!」

 

「わたしは貴族よ! 魔法が使える者を貴族と呼ぶんじゃないわ! 敵に後ろを見せない者を貴族と呼ぶのよ!」

 

 

その澄んだ瞳に大粒の涙を湛えながら、ルイズは叫んだ。そうこうしているうちに、シルフィードかルイズを狙うかで悩んでいたゴーレムの拳がついにルイズと才人へ振り下ろされた。

 

ルイズが何度も魔法を唱えるが、ゴーレムは止まらない。眼前にゴーレムの拳が迫ったとき、ルイズは死を覚悟した。だが、剣を握った才人がルイズの小さな身体を抱え、その場から思い切り跳んだ。その直後、2人の居た場所は拳の形に陥没していた。

 

「死ぬきか! お前!」

 

地面を転がった才人は、ルイズを抱き起こすと思わず彼女の頬を叩いた。辺りに乾いた音が響く。

 

「貴族のプライドがどうした! 死んだら終わりじゃねぇか! ばか!」

 

突然の出来事に呆気にとられていたルイズだったが、やがてボロボロと涙をこぼし泣き出してしまった。

 

 

「だって、悔しくて……わたし……、いつもばかにされて……」

 

 

才人は困ってしまった。こういうときどういう対応をすればいいのかわからなかったのもあるが、それ以上にルイズが抱えていた悔しさが自分の想像以上だったことを知ったからだ。

 

気が強く、生意気な彼女ではあるが……戦いなど嫌いなただの女の子なのだ。魔法が使えない……ただその一点が本来の彼女を大きく変えてしまっているのだと才人は感じた。

 

とはいえ、2人に感傷に浸っている時間などなかった。ゴーレムが再び拳を振り上げたからである。

 

 

「少しはしんみりさせろよ!」

 

 

悪態をつきながら、才人はルイズを抱え上げ走り出す。幸いなことにゴーレムの移動スピードは才人とほぼ変わらず、上空から2人を回収するためにシルフィードが才人の目の前に着地した。

 

 

「乗って!」

 

タバサが真剣な声で叫ぶ。才人はルイズをシルフィードの上に押し上げた。

 

 

「あなたも早く!」

 

 

タバサは珍しく焦ったように才人に言った。しかし、才人はシルフィードに乗らず、迫り来るゴーレムに向き合った。竜の背に乗ったルイズが怒鳴った。

 

 

「サイト!」

 

「早く行け!」

 

 

サイトは背中のキュルケからもらった剣を抜き、そう叫んだ。タバサは迷ったが、ゴーレムが拳を振り上げたのを見て、仕方なくシルフィードに上昇の指示を出した。

 

 

「悔しいからって泣くなよ、バカ……なんとかしてやりたくなるじゃねぇかよ……」

 

 

才人は小さくそう呟いた。剣をぐっと握り締め、覚悟を決めた……なんとしてでも、このゴーレムを倒し、フーケを捕まえると……

 

 

「ナメやがって。たかが土くれじゃねぇか……こちとら、ゼロのルイズの使い魔だっつの!」

 

 

第10話に続く

 




投稿時、 文章が途切れていたので修正しました

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