虚無の果実~雪風と真紅の魔王~   作:ヒロジン

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序章  「捻じ曲がり、交わる運命」

目が覚めると、少女は自分が地面に直接仰向けに寝転がっていることに気がついた。

 

体の下や周りには見たこともない奇妙な形の植物が生い茂っており、状況がよく飲み込めぬまま彼女はゆっくりと体を起こした。

 

どうやら彼女がいる場所は森の中にあるひらけた場所のようだった。彼女のいる場所や遠くに見える山の斜面には青々と植物が生い茂っている一方、目の前には広大な灰色の平地が広がっていた。

 

そこには彼女の他に奇妙な……いや、見るものに奇異を通り越して恐怖を感じさせる異形の生物が群れをなしていた。大きさは人間と同じくらいで、全身は昆虫のそれのような灰色の外殻で覆われたその生物は、聞くものを不快にさせる鳴き声をあげながら彼女に背を向け蠢いていた。

 

未だ状況が飲み込めずただその異形をぼんやりと見つめていた彼女であったが、ふと足音が後ろから聞こえたので振り返った。

 

そこにはこれまた見たこともない奇妙な鎧を着込んだ人間が立っていた。鎧は赤、銀、黄の三色を主として構成されており、兜の両側には2本の角がつけられていた。右手に携えられた円錐型の槍や、腰に巻かれているバックル部分が異様に大きく、ナイフのような部品や手にした武器が描かれた「錠前」のようなものが取り付けられた「ベルト」が彼女の目を惹き付けた。

 

騎士はゆったりとした歩調で彼女の傍まで歩き、彼女の目の前で立ち止まった。

 

 

「待っていろ。すぐに終わる」

 

 

そう言葉を発した彼はその意味を理解できない彼女をおいて、異形の群れに向かって歩を進める。異形の群れも騎士の存在に気づき、まるで君主を迎える家臣のように左右に開き道を作った。

 

異形が退いたことによりできた道の先には同じような異形の群れがあり、同じようにその中央に開かれた道を何人かの人影がゆっくりとこちらに向かって進んでいた。遠くてはっきりとは見えなかったが、彼女の目には反対側の人影たちも目の前の騎士と同じように鎧を身につけ、手に武器を携えているように映った。

 

異形の群れの中央から騎士が抜け出ると、異形たちは再び集まり1つの群れとなった。そして、一瞬の静寂の後、異形たちは叫び声を上げて前方に走りだした。

 

彼女の目には見えないが、先ほど聞いた騎士の声とおそらく反対側の人影たちのものであろう雄たけびが平地に響きわたる。未だ状況が飲み込めない彼女の目の前では今まさに騎士と異形による合戦が始まろうとしていた…………

 

 

********

 

 

「…………」

 

トリステイン魔法学院に設けられた自室で少女は目を覚ました。ベッドの横に置いてあった自分の眼鏡をかけなおし窓の外を見つめると、ガラスに写った自分の姿の向こうに2つの月が浮かんでいた。真夜中に目覚めてしまったということを彼女は実感した。

 

 

「……またあの夢……」

 

 

ガラスに映った自分の姿--年の割りに小柄な体躯、短く切られた青い髪、、眼鏡のレンズの下にある無表情な顔を見つめながら、『タバサ』はそう呟いた。

 

ここ最近、彼女は同じような――気がつくと見知らぬ平地の上で倒れており、会ったことも見たこともない騎士に意味ありげに言葉を投げかけられ、目の前で騎士と異形の化け物とが入り乱れた合戦が始まる――という内容の夢を何度も見ていた。そしていつも戦いが始まるか始まらないかというところで朝を迎えるのだった。

 

だが今日は真夜中に目が覚めてしまった。よりによって明日は自分たち二年生の「使い魔召喚の儀式」が行われる重要な日である。とはいえ、眠気は全く感じないので二度寝というわけにもいかず、タバサはため息をつくとベッドから離れて部屋の中にある椅子に座った。 

 

 

「……集中できない……」

 

 

読書でもして朝まで過ごそうかと思った彼女であったが、先ほどの夢の光景が頭から離れず、本の内容はあまり頭に入ってこなかった。前までは目が覚めると夢の内容は漠然と覚えているだけだったが、今回ははっきりと夢の内容を思い出すことができたためであった。

 

あの異形の怪物はなんなのか?

 

あの騎士は誰なのか?

 

なぜあの騎士はあんな言葉を自分に投げかけたのか?

 

そして……何故自分はあんな夢を何度も見ているのか……

 

彼女の疑問は膨らむばかりで、肝心の読書は全く進まなかった。思考を切り替えようと彼女はふと窓に視線を移す。それは無意識といっていい行動だったが、その結果彼女は奇妙な光景を目にすることになる

 

「…………?」

 

窓の向こうには学院の外にある草原がいつもと同じように映っているのだが、ある一点の空間に文字通り『穴』が空いていた。その穴からは無数の『植物』が、それぞれの茎を絡ませながら天に向かって勢いよく伸びていた。そして一分も経たないうちに、その植物は葉が青々と生い茂る一本の『大木』となった。その光景は異様だがとても幻想的で、タバサの目に印象深く刻まれた。

 

 

「…………」

 

 

タバサは思考する。あの場所で誰かが魔法を使ったのか? ……だが、植物を成長させる魔法ならまだしも空間に穴を空ける魔法など見たことも聞いたこともなかった。

 

本来なら教師の誰かを起こしに行くのが正しい判断なのだろう。しかし、彼女は急いで身支度を整えると、まるで大木に引き寄せられたかのように「フライ」の魔法を使って窓から飛び出していた。

 

数分後、タバサは先ほど窓から見えた木の根元に降り立った。周囲にメイジがいる可能性を考えいつでも魔法を放てるようにしていたが、木の周辺にはメイジの気配は感じなかった。警戒を怠ることなく、彼女はゆっくりと木に近づいた。

 

改めて見てみると立派な大木である。目測だが5メイル以上で、木の上半分には青々と葉が生い茂り、下半分は幾つもの根っこが絡み合って地面にしっかりと根を下ろしている。そして、木の幹には白い紙が何枚もついた縄が巻かれていた。

 

杖を構えつつ、タバサは木の周りをゆっくりと歩く。そして木の裏側にまわったところで、彼女は木の根元で何かが倒れていることに気がついた。

 

 

「ッ!? …………人……間……?」

 

 

目を凝らしてみると、それはうつ伏せで倒れている人間の男だった。身長は170セント以上ある細身の青年で、黒地に赤いラインが入った袖のないコートを赤い7分袖のシャツの上に羽織っていた。どうやら完全に意識を失っているようでぴくりとも動かなかった。

 

タバサはその青年に近づくと、レビテーションの魔法を使い仰向けにする。露になったその顔立ちはとても整っており、服装や茶色の毛髪と合わせて凛々しい印象である。外傷などは見られなかったがかなり衰弱しているようで、呼吸は弱々しく額には大粒の汗が幾つも浮かんでいた。

 

精神力の使いすぎで気絶してしまったのか?――という考えが一瞬タバサの頭をよぎったが、青年の周囲や所持していたものに杖のようなものは見当たらなかった。

 

だが……彼の少ない所持品の中には、夢の騎士が装備していたベルトと同じ「バックル」とそこにとりつけられていたものに酷似した3つの「錠前」があった。地面に置いたそれをタバサはしばらくの間じっと見つめていた。

 

 

「…………」

 

 

数分後、タバサはそれらを自分の懐にしまうと、ここに来たときと同じように「フライ」のルーンを唱える。何かが変わる――錠前を手にした彼女はそんな予感を感じながら、青年を運ぶ人手を呼ぶために学院へ向かって飛び立った。

 

 

********

 

 

――天を獲る――

 

 

世界を己の色に染める……

 

 

その「栄光」を「君」は求めるか?

その『重荷』を『君』は背負えるか?

 

 

人は……己一人の命すら思うがままにはならない……

誰もが逃げられず、逆らえず、運命という名の荒波に押し流されていく……

 

 

だが……もしもその運命が君にこう命じたとしたら?

 

 

「世界を変えろ」と……

 

「未来をその手で選べ」と ……

 

 

人は運命に抗えない……

 

 

だが……世界は《彼ら》に託される…………

 

 

 

第1話へ続く

 




0123 冒頭加筆 タバサの容姿

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