「ふぅ、びっくりしましたね」
訓練場を吹き飛ばすほどの念威爆雷を喰らっても傷一つ負わなかったセヴァドスは、レイフォンに懇願されるように錬武館を追い出されてから、先程の出来事を思い出していた。
まさか、ツェルニに来てアレほどの念威繰者に出会えるとセヴァドスは夢にも思っていなかった。
「せっかくですから、グレンダンに誘ってみましょうか? 陛下も喜びそうですし」
女の子も大好きだからなおのこといいだろう、とグレンダンに帰った時に土産話が一つ増えたこと、もしかすると、学園都市にはまだ出会ったこともない傑物がいるかもしれない、と期待で胸を膨らませたセヴァドスは、まるでステップを踏むかのように軽やかな足取りで商業エリアの人波を避けていく。
既に辺りは暗くなっているため、流石に何処の店にも人が溢れかえっていた。
夕食はどこで取りましょうか?と周囲の店をキョロキョロ見渡していたセヴァドスだったが、
「あれは……」
暗闇を照らすように光るライトとイルミネーションの下を歩くセヴァドスだったが、突然何かに気がついたように足を止める。
セヴァドスの視線の先には、見覚えのある女性が一人で立っていた。
ミィフィ・ロッテン。
転入初日にレイフォンから紹介された三人娘の一人である。
近づいていくセヴァドスの視線に、ミィフィも気がついたのか、笑みを浮かべたままこちらに向かって手を振る。
「おーい、セヴァちん」
「やはりミィフィさんでしたか」
笑みを浮かべて手を振り返すセヴァドスに、ミィフィは上機嫌な声で答えた。
「正解~。 ところで、どうだった小隊見学?」
レイフォンの後についていったので、セヴァドスがどこに行っていたのか知っているのだろう。
ミィフィの質問に、セヴァドスは素直に思ったことを答えることにした。
「ええ、中々楽しめましたよ」
元々学園都市ということもあり、レイフォン以外には期待を持っていなかったセヴァドスだが、フェリという圧倒的なまでの才能に出会ったことは、セヴァドスのツェルニの株を急上昇させる要因となった。
「そう? いや、セヴァちんってかなり強いじゃん? だから物足りないかなって」
「まあ、確かに物足りないところはありますが、楽しみだってありますから」
レイフォンという好敵手に、フェリという未知なる才能、幸先よく彼らに巡り合ったセヴァドスは、まだまだ素晴らしい才能を秘めている者がいるのではないか、と期待に胸を躍らせる。
それに、もしも楽しめなければ、楽しめるようにすればいい、そう考えていたセヴァドスの目の前で、ミィフィが突然目を光らせる。
「ふーん……ところで、どう? 今、ひま?」
突然のミィフィの誘いに、セヴァドスはこれからの予定を思い出す。
今日はバイトの初日ではあるが、まだバイトまでに十分に時間はあった。
「ええ、特に予定はありませんよ」
「よしっ! なら少しその店でも寄って話でもしていこうよ」
セヴァドスの返答に、気分を良くしたミィフィが指差すのは、一軒のレストラン。
清潔感のある白い外観で、光り輝くイルミネーションが浮き上がって見える。
まるで光のアートだ、と幻想的な光景に目を奪われたセヴァドスの隣にミィフィが立つと、メモ帳を片手に店の情報を口にする。
「この店、タウン誌で人気トップ10に入るくらいに人気なんだよね」
「へぇ、それはすごいですね」
身ぶり手ぶりと元気のいいミィフィの説明と先程の幻想的な光景に、好奇心旺盛なセヴァドスは興味深そうに頷くと、その反応を見ていたミィフィも、にやりと笑みを浮かべて、肩にかけてある鞄から雑誌を取り出した。
「でしょ? それに、ほら」
「ん? ――カップル特製ディナー、ですか」
ミィフィの手により開かれた雑誌のページには、目の前の店の特集が組まれており、様々な料理やデザートが紹介されていた。
その中でも特に目立ったサービスは、カップルで来たお客様に提供するスペシャルディナーコースである。
「うん、かなり豪勢らしくて、まだうちの雑誌では取り扱ってないんだ。 というわけで、一緒についてきてくれる人を探していたわけ」
「なるほど、別にかまいませんよ」
「よっしゃっ、なら行こうか」
意気揚々とレストランの中へと歩いていくミィフィの後を、セヴァドスは笑みを浮かべたままついていく。
「お、中々いい感じだね」
ミィフィの言う通り、ややこじんまりとした店内だが、柔らかい光を放つ照明が暗い店内を照らしている。
店内の座席は満席となっており、その大半は、カップルだろう男女二人組の客で互いに仲睦まじげな空気を漂わせていた。
流石は人気店ですね、と感心していたセヴァドスの服の袖をミィフィが引っ張る。
ミィフィとともにウェイターに案内され、入口から一番奥の席に案内されると、メニューを渡されて簡単な説明を受けた。
説明といっても別段変わったことはなく、忙しそうに次のお客様を出迎えに行くウェイターを見送り、メニュー表を見る。
そこには様々な料理の写真と品数が並んでいたが、一番に目を引いたのはミィフィの言っていたカップル限定のディナーである。
六種類のメイン料理に六種類のサラダ、そして十種類のデザート、お好みのドリンクという構成のコースメニューとなっていた。
そのメニューをミィフィに向けると、ミィフィも同じ写真を指さしてにんまりと笑う。
「料理は選択して決めるんですね」
「うん。 しかもこのディナーで作る料理は、カップル限定だから食べれない人も多いんだよね」
ミィフィはそう言ってメニューを楽しそうに見ているが、セヴァドスの周りにはカップルしかいなかった。
青春真っ盛りの学園都市だからと思ったが、もしかするとカップル以外は入りにくい店なのかもしれない。
では、レイフォンと一緒に来るのは難しそうですね、と微かに落胆しているセヴァドスに構うことなく、ミィフィは話しかける。
「ねぇねぇ、サラダはこのカリカリ芋のシーザーサラダにしようか? 一番人気って書いているし」
「そうですね。 メインとデザートは二つ頼めるようですが?」
「本当だ。 じゃあさ、パスタを頼まない? 前評判だとここってパスタが絶品らしいよ」
「そうなのですか?」
「うん、何でも生麺を一日寝かしたとかで、もちもちした触感が人気なんだって」
力説するミィフィの意見に習って、セヴァドスは二種類のパスタに視線を向ける。
一つはチーズと卵が混ざり合ったトロトロのクリームソース系、もう一つはあっさりとした海鮮系の魚介パスタであった。
セヴァドスは、自分の好みであるクリームソース系――半熟卵と厚切りベーコンのカルボナーラを頼むことにした。
そんなセヴァドスを見て、ミィフィは何処か恨めしそうに呻く声を上げる。
「うえ、流石男の子だね。 私はこっちの海鮮系にするよ。 クリーム系は後で苦しむことになるし」
「? そうなのですか?」
武芸者のセヴァドスには、女性特有の問題を抱えるミィフィの言葉が理解できずに首を傾げている。
机の隅に備え付けてある呼び鈴でウェイターを呼ぶと、ミィフィが手早く料理を注文すると、二人は料理ができるまで世間話でもすることにした。
話の内容は、セヴァドスの暴走ともいえる奇抜な行動の数々で、ミィフィはその話を聞いて声をあげて笑っていた。
他にも映画や本などの娯楽的な話、学園での勉強の話など、話題は幅広く広がり、喋り手は交互に交代するほど話題は尽きなかった。
「――へぇ、そんなことがあったんだ」
「ええ、ナルキさんからは完全にドン引きされてしまいましたが、何故でしょうか?」
そして話題は、午後にセヴァドスが起こした訓練場の事件に切り替わる。
噂は広まり、簡易な内容はクラスどころか学園に流れつつあったが、ミィフィは詳しく知りたかったらしく、興味深そうにセヴァドスの話を聞いていた。
「まあ、ナッキは真面目だからね……武芸者らしいっていうの?」
「そうですね。 そこが彼女の良いところではありませんか?」
セヴァドスが友人であるナルキを褒めると、ミィフィは自分のことのように嬉しそうに頷いた。
「おっ、よく見てるね。 何? もしかして気があったりする?」
「はい、鍛えれば中々強くなれそうですから」
一年生でまだまだ未熟なナルキだが、伸びしろはあるとセヴァドスは睨んでいた。
無論、天剣になれるという並はずれた才ではないが、頑張れば小隊にはなれるのではないかというのが、セヴァドスの見解である。
そんなセヴァドスに対し、ミィフィの言葉の意図は少し違っていたようで苦笑いをしていた。
「あははは、そう意味じゃないんだけどな……」
「おや、どうやら料理の方が来たようですね」
そうこうしているうちに、料理ができたようで、ウェイターが料理を運んできた。
テーブルに置かれたパスタから湯気が立ち込めており、それと同時に食欲が湧く臭いがしていた。
故郷のレストランよりも質が良さそうな料理を見て、セヴァドスは思わず関心してしてしまう。
「へぇ、これは期待できますね」
「そうだね。 よし、食べようか?」
「そうですね。 暖かい時に食べるのが一番おいしいものですから」
手を重ねて、目の前の料理に一礼すると、セヴァドスはパスタをフォークに絡めていく。
トロトロの半熟卵を潰し、真っ白なホワイトソースと混ぜ合わせると、そのまま口へと運ぶ。
味の方は、予想を上回るものであった。
料理の腕も悪くはないし、何より素材が良かった。
食糧難に陥ったことがあるグレンダンよりも、このツェルニに使われているものの方が、明らかに質が良い。
グレンダンでももう少し改善しないのでしょうか?と他人事のように考えるセヴァドスだったが、目の前の料理の誘惑に勝てず、再び食べることに没頭していく。
ミィフィと違い、大盛りを頼んでいたセヴァドスだったが、普段の運動量もあり、次々に胃へと収めていく。
四分の三ほど食べ終えて、ふと顔をあげてみると、こちらの方を見ているミィフィと目があった。
「少し食べますか?」
「え、いいの?」
「構いませんよ」
気になっていたのだろうか、身を乗り出しそうなくらいに喜んでいるミィフィに、セヴァドスは新しいフォークとスプーンを使って小皿に移していく。
「うん、ありがと。 私の少し分けるからね」
「ありがとうございます」
ミィフィから受け取ったぺペロンチーノを口に運ぶと、セヴァドスは満足そうに頷いた。
向かい側に座るミィフィも、念願のカルボナーラを食べて満足したようで、鞄から取り出したメモ帳に感想や評価などを書きこんでいく。
その後会話も交えた食事会は続き、デザートを食べ終えた後、ミィフィは苦しそうにしながらも満足そうに口を開く。
「あーおいしかった。 けど、明日体重計に乗るのが怖いかも」
「デザートを食べていた人間のいうセリフではありませんね」
「だってさ、セヴァちんがおいしそうに食べてたし」
「まあ、私はこの程度のエネルギーなら今日中にでも消費できますし」
武芸者ならこの程度の食事量は何でもないものでセヴァドスは何でもないように口にすると、それを聞いていたミィフィは少し恨めしそうにこちらを見る。
「まあいいか、そう何度も来れるところじゃないし」
「む? お相手の方がいないからですか?」
「違いますー、そうだけど違いますー」
さらっと失礼なことを吐くセヴァドスに、ミィフィは特に不快感を浮かべることなく笑みを返す。
「まあ、セヴァちんの言ってることは最もだけど、それよりも、ここそれなりに値が張るところだしね」
ミィフィの言う通り、このレストランは通常の店より値段が少しばかり高めに設定されていた。
もちろん、それに担うほどの質の料理であったが、学生が何度も足を運ぶことはできないだろう。
だが、それは普通の学生である場合である。
「では、私が払いますね」
何でもないように伝票を取ったセヴァドスに、ミィフィは驚くように声を上げる。
「えっ? いや、ここは私が払うよ。 だってセヴァちんは、今日ここに来たばかりだし」
奢るつもりだったのだろう、先ほどまでの笑みを一転してミィフィの申し訳なさそうな声に、セヴァドスは一枚の書類を鞄から取り出す。
「問題ありませんよ。 私は奨学金はAランクですし、バイトも決まっています」
「うぇっ?! そうなのっ? って本当だ」
セヴァドスの手によりお机に置かれた書類には、しっかりとAランクの文字が書かれていた。
因みにこの評価は、生徒会長であるカリアンから交渉したわけでもなく、編入の際の論文の出来とテストの点数が極めて良かったためについた正当な評価である。
つまりこのランク差がレイフォンとの頭の出来の差である。
「それに武芸者の手当もありますから、この程度の出費は問題ありませんよ」
それ以外にも、実家から――正確にはサヴァリスからも仕送りもあるため、特にお金に困る状況でもなかった。
「うーん。 じゃあさ、私に頼みたいこと、とかってある?」
流石に奢られるだけでは悪いと思ったのか、交換条件を出すミィフィに、セヴァドスは少しだけ考えるように目を瞑る。
友人にご飯を奢るくらい何でもないことだが、どのみちミィフィに頼みたいことがあったのでこの提案は丁度良かった。
「じゃあ、小隊に所属する全武芸者のデータとかって集められますか?」
「え、別にいいけど何に使うの?」
「それは後のお楽しみということでお願いします」
誤魔化すように楽しげに笑うセヴァドスの表情を見て、ミィフィは少しだけひいていたが、追及はしてこなかった。
小隊員のデータ――そんなものを使い道は一つである。
これからの未来に心を弾ませるセヴァドスに気付いた様子もなく、ミィフィは何か思い出したかのように口を開く。
「ところでセヴァちんって、バイトは何をするの?」
ミィフィの問いに、現実に戻されたセヴァドスは何でもないように答える。
「都市警察っていうものですよ。 編入の際に聞いたら、これほどまでに武芸者としての天職はないと思いましてね」
この後、仕事です。と言ってセヴァドスは素敵な笑顔を浮かべる。
セヴァドスの転校初日は、まだまだ終わらない。