日は夕暮れ。
地響きと共に離れていく移動都市を、会長室から眺めていたカリアンは微かな安堵とともに重い腰を下ろした。
数時間前まで行われていた学園都市による都市対抗戦は、ツェルニの圧勝により幕を閉じた。
先程の戦いだけを見れば、今年の対抗戦でツェルニが負けることはないだろう、と武芸者でもないカリアンでも容易に理解することができた。
誰よりも勝利を願っていたカリアンは、生徒会長としてできることをやってきたつもりである。
故にその勝利に安堵したことは嘘ではなかったが、だがそれでも思い描いていた勝利ではなかった。
勝因はたった一人の武芸者がいたこと。
その事実がツェルニに勝利を齎し、武芸科の存在意義を破壊した。
「私は、ツェルニの長として勝たなければいけなかった。 私が愛したツェルニを守るために」
崖っぷちのツェルニを、彼女が愛したツェルニを守りたかった。
その思いはカリアンだけではなく、都市に住まう多くの住民が願ったことだろう。
「結果、私がしたことは都市の延命だけであり、一人の前途ある青年の在り方を歪め、学園都市という存在を汚しただけなのかもしれない」
君はどう思う、とカリアンに問いに、椅子に重く腰かけたヴァンゼが口を開く。
「俺に、結果を出すことができなかった俺には、お前を責めることができん」
ここまで都市を追い込むことをしてしまったのは、ヴァンゼ達武芸科であり、結果としてその打開策としてカリアンが外来の武芸者を確保する行動に移った。
その行動が勝利に繋がったことは間違いではなかった、とヴァンゼは何も文句をつけるつもりはなかった。
だが、ヴァンゼもカリアンも、二人の武芸者の存在を読み間違えたことこそがこのような結果に繋がったのだと思い知った。
「すまなかったね、ゴルネオ君」
カリアンの謝罪は、ヴァンゼの向かい側で肩を落としたゴルネオに向けられた。
謝罪を受けたゴルネオは、顔を上げることも出来ず、ただ小さく肩を震わせた。
「いえ、間違えたのは俺でした。 俺が、アイツに、セヴァに全てを押し付けてしまった」
それはゴルネオの懺悔であった。
他にもやりようはあったのだ。
ゴルネオは、セヴァドスのレイフォンへの執着を知っていた。
レイフォンの異常の報告を受けていた。
セヴァドスならば、何とかできるのではないかと思ってしまった。
だからこそ忘れてしまっていた。
兄である自分より遥かに強いセヴァドスも、まだ16の子供であったということを。
「気づくべきでした」
セヴァドスは、ツェルニに来て色々なことに興味を惹かれていた。
ゴルネオは、それを良いことだと思い、武芸以外のことも学んでほしいと思っていた。
本人もそう思っているのだと、額面通りに考えてしまったが、実際は戦えない不満から逃れるために、違うモノに興味を持っていたのだ。
毎日、心ゆくまで戦うことができたグレンダンとは違い、ツェルニではセヴァドスとまともに戦うことができるのはレイフォンだけである。
途中、ハイアという達人と戦うことで、満足したかに思えたセヴァドスだが、アレはレイフォンという存在がまだ残っていたから満足しただけである。
そして何より、そのレイフォンという存在は、セヴァドスにとって特別なものだった。
「止めるべきでした」
レイフォンと戦い、勝利したことによりセヴァドスは、何かに気づき、おかしくなってしまった。
その様子には誰もが気づいていたのにも関わらず、誰も止めることができなかった。
「俺は武芸長としても、兄としても失格です」
ゴルネオの懺悔を聞いて、二人は何も口にすることができなかった。
気づいた時には、既にもう動き始めていたのだから。
「今日の試合、私一人でやらせてくれませんか?」
待ちに待った都市対抗戦のその当日。
最後の作戦の打ち合わせに集まったカリアンやゴルネオ達部隊長の前で、セヴァドスは唐突に口を開いた。
先日、レイフォンと戦って以来、笑うことが殆どなくなったセヴァドスの言葉に、その場にいた全員が一瞬呆然とし、反論をしようと口を開いたが、誰一人声を上げることができなかった
此方を見回すセヴァドスの眼を見るだけで、全身に震えが奔り、口を上手く動かすことができない。
ゴルネオも、ヴァンゼも、シンも、その場にいる武芸者達が金縛りにあったように動けなくなる中、椅子に腰かけたカリアンだけが口を開くことができた。
「この一戦は、ツェルニの命運をかけることになるだろう。 この場において、そのよう……」
「勝利を、間違いのない完全な勝利を提供しましょう」
カリアンの強い口調を遮るように、セヴァドスは何でもないように口にした。
その言葉は、カリアンにとって最も必要な言葉であった。
思わず、口を閉じるカリアンを見て、セヴァドスは少しだけ口元を緩めると、カリアンの目の前に立った。
「勝つことが、このツェルニを救うことだと聞いています、それ以外は全て二の次ではないのですか?」
敗北は許されない。
その言葉は、セヴァドス以上に、この場にいる全員が思っていたことであり、その肩に重く圧し掛かった。
そんな彼らの姿を見て、セヴァドスは久しぶりに笑みを零した。
「ご心配なく、何も本当に私一人でするわけではありませんよ。 あくまで攻め手は私一人で、時間は、そうですね……30分ほどいただければ問題ありません」
そう言ったセヴァドスの言葉は、その場にいる武芸者達に逃げ場を作った。
「それに私一人が攻めれば、自然に向こうの眼は私に集中します。 そこでツェルニの武芸者面々で攻め込めば、完全な虚をつくことができますよ」
セヴァドスにそう言われ、その場にいた武芸者達の頭には、以前話し合っていた作戦を思い出す。
囮となる突出した部隊を展開し、相手の戦力を集中、引き寄せることで、後方に控えた主力にて刈り取るという釣り作戦だが、突出した部隊をセヴァドスと置き換えると十分作戦として成り立っている。
守備主体の作戦も、既に話し合っていることもあり、展開する部隊の配置は容易にすることができる。
そもそも、セヴァドスは圧倒的な実力のため、何処かの部隊に組み込んだとしても浮いた戦力となり、最終防衛の戦力として遊軍とされていた。
故に、セヴァドスの提案に乗ったとしても、戦略戦術に大きな変更はなく、セヴァドスを囮として使うのならば、間違いなく相手の注目は完全に一身に受けることとなるだろう。
大きな反対はなく、消極的な賛成となる空気の中、ゴルネオとカリアン、ヴァンゼは微かな不安を覚えた。
先程まで語った戦術は、あくまでセヴァドスが――正常だった時の話である。
しかし、セヴァドスは先のレイフォンとの決着の後から人が変わったように物静かになってしまった。
実際、兄であるゴルネオも、殆どセヴァドスと話すことができずにこの日を迎えてしまっている。
セヴァドスの変貌を見て、ゴルネオは武芸長としてその意見を却下しようとしたその時。
「わかった。 許可しよう」
「っ!? 会長!?」
カリアンが、セヴァドスの提案を許可した。
その言葉に、その場にいたゴルネオ達が驚愕している中、セヴァドスだけが動じることなく前だけを向いていた。
「ただし、時間の設定は設けない。 こちらが動くべきと判断したら、速やかに武芸長の指示に従う。 例えそれが30分経っていなかったとしても、だ」
それが最大限の譲歩だ、と言ったカリアンに、セヴァドスは笑みを消して、カリアンの眼を見据える。
「十分です。 約束は必ず守らせていただきます」
しっかりと頷いたセヴァドスは、要件は終わったとばかりに振り返ると、そのまま誰とも眼を合わせることなく扉を開いて退出していく。
扉が閉まってしばらくして、ゴルネオがセヴァドスの後を追うように執務室から退出していった。
その光景を見ていたカリアン達は、今年の対抗戦は違う意味で荒れるかもしれないと云いようもない不安に襲われた。
・ ・ ・ ・ ・
学園都市マイアス所属のロイ・エントリオは、思わず首を傾げてしまった。
試合開始のサイレンが鳴り響き、いよいよ都市対抗戦が始まると思いきや、向こう側から現れたのはたった一人の武芸者であった。
ゆっくりとした足取りは、まるで散歩をしているようで、まるで戦意というものを感じられなかった。
「一人なのか?」
「いや、何かの作戦なのかもしれん」
ロイ以外のその場にいた部隊長も困惑のあまり思わず首を傾げていると、それは突然始まった。
外力系衝剄の変化、風花穿。
ロイが気が付いた時には、既に見慣れた右腕は面白いほどの折れ曲がっていた。
折れ曲がった骨が腕から突き破っているのだろう噴き出す血を見ながら、ロイはようやく状況を理解した。
「う、うわぁ…っべ!?」
叫び声すら上げられないまま、ロイは二撃目の攻撃を顎に喰らい、そのまま地面に膝をつける。
指先一つ動かせないまま、ロイは朦朧とする意識の中、自分の部下や同僚が破壊されていく光景を見る。
ああ、多分これは夢だ。
余りに現実離れした光景に、ロイは自ら夢から覚めるべく、ゆっくりと瞼を閉じた。
外力系衝剄の変化、裂空牙。
放たれた一撃は、数人の武芸者を巻き込みながら遥か後方へと吹き飛ばしていく。
噴き出した血が、まるで霧のように飛ぶのを見ながら、セヴァドスは、背後から迫る二人の武芸者の頭部を掴む。
鍛え上げた握力で、そのまま二人の武芸者を持ち上げると、そのまま地面に叩き付け、迫り来る集団に衝剄を使って吹き飛ばす。
外力系衝剄の変化、剛昇弾。
衝剄で完全に体勢を崩された武芸者達をまるでボーリングのごとく、衝剄の球で巻き込んでいく。
その一瞬をついて、建物の上に潜んでいた狙撃手達の剄弾の雨が、セヴァドスに向かって放たれる。
凡そ200程の剄弾に、セヴァドスは慌てることなく歩みを進める。
活剄衝剄金剛変化、廻世界。
セヴァドスが誇る最高の防御剄技。
迫る弾丸は、セヴァドスの周囲を纏うように発せられた剄の層により、推進力を奪われると同時に高速回転しながら放たれた衝剄により、そのまま持ち主の元へと帰る。
まさか自分が放った弾丸が帰ってくるとは思わなかったのだろう、多くの狙撃手が身体を打ち抜かれて悲鳴を上げる中、セヴァドスは周囲に転がっていた武芸者に手を添える。
外力系衝剄の化錬変化、粘糸。
伸縮性のある糸をくっつけられた武芸者を、セヴァドスのそのまま振り回して、周囲で警戒していた武芸者達を薙ぎ倒す。
鉄球代わりに使われた武芸者がボロボロになると、新しい武芸者にくっつけて再び同じ要領で部隊を薙ぎ払っていく。
そうしているうちにほんの数秒ほどで、その場で立っている武芸者がセヴァドス一人となると、逃げる数人の頭部を建物の壁に叩き付けて、周囲の気配を探る。
その場にいる敵が全滅したことを確認すると、セヴァドスは新たな狩場を目指して動き出す。
活剄衝剄化錬混合変化、雷神蒼々。
稲妻と化したセヴァドスは、そのまま建物の壁を蹴り上り、上空に躍り出ると、そのまま武芸者が一番多く集まっている主力部隊に向かって飛雷する。
その速度は、並みの念威操者では感知できず、気づいた時には既に遅かった。
着地と同時に放たれた衝剄は、推進力も合わさり凄まじい衝撃波となって、マイアスの武芸者達を吹き飛ばした。
ほぼ一撃で七割の武芸者の戦闘力を奪ったセヴァドスは、そのまま向こうの武芸長に当たるだろう大男を一撃で仕留めると、目にも止まらぬ速さで周りの者達を屠っていく。
活剄衝剄混合変化、千人衝。
時には、自身の分身すら現わせて、人数差を引っ繰り返し、
外力系衝剄の変化、咆剄殺。
時には、進行に邪魔な建物を吹き飛ばし、
サイハーデン刀争術、水鏡渡り。
逃げる武芸者すらも確実に潰していく、
傷一つつかないのにも関わらず、セヴァドスの腕や服、足などには少なくない返り血がついていく。
笑み一つ、言葉一つ、発しないセヴァドスの姿に、マイアスの武芸者は戦うことを諦めて、ある者は絶対に見つからないように建物の地下に息を潜め、ある者は逃亡を図ろうと都市外縁部まで逃げていく。
その光景を見て、セヴァドスはぽつりと言葉を漏らす。
「弱い、弱すぎる」
自身を恐れるように見る目。
命乞いをするかの如く媚びる目。
平常を装っているのにも、視線が合うこともない目。
同じ道を歩いてきたのに、自分を化け物のように見る目。
友だと思っていた者からの、自分を化け物のように見る目。
「私が間違っていたのですか?」
セヴァドスは、ただ強くなろうとしただけだ。
誰よりも理解をしてくれた尊敬できる兄に追いつくために。
誰よりも強く、誰よりも自由な陛下に憧れたために。
誰よりも格好良く、確固たる存在の天剣授受者達と肩を並べるために。
そして何よりも、武芸者としての姿を見せくれた友と歩いていくために、セヴァドスは強くなりたかった。
「もう帰ろう」
だからこそ、セヴァドスにできることはもう何もなかった。
この地、ツェルニですべきことはもうない。
後何戦あるかわからない都市対抗戦を全勝して、義理を果たしてこの地を去ろう。
それがセヴァドスの最後にできる仕事であった。
ここまでの話の流れ。
レイフォン 「勝った」
セヴァドス 「すげぇ!」
ガハルド 「化け物」
セヴァドス 「天剣(笑)」
ゴルネオ 「化け物」
セヴァドス 「修行しよう」
ニーナ 「化け物」
セヴァドス 「それがどうした」
ハイア 「化け物」
セヴァドス 「何か惜しい」
レイフォン 「化け物」
セヴァドス 「ショック!!」 今 ココ