ルッケンスの三男坊   作:康頼

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第四十話

 それは、ずっと言えなかったことだ。

 

 初めて彼と会ったのは、レイフォンが十の時の天剣争奪戦でだった。

 孤児院を救うための唯一の方法として、天剣授受者になることを決意したレイフォンには、立ち塞がる敵はいなかった。

 自分よりも倍以上の身長と年齢の武芸者相手でも、レイフォンは一片の負ける気すらなかった。

 数度の戦闘で、観客から歓声が上がる中、あっさりと決勝の舞台に立ったレイフォンの前に立ち塞がったのは、小奇麗な服に身を包んだ自分と同じくらいの少年であった。

 肉つきや肌艶も良く、ほつれの見当たらない戦うには不向きな服、清潔な髪や全く曇ることのない笑顔を見て、レイフォンは正直羨ましさと苛立ちを感じた。

 自分達とは違う恵まれた存在に苛立ちをぶつけるように、レイフォンは戦った。

 だが、その少年は強かった。

 師であるデルクを除けば、レイフォンが戦った中で一番の強敵であり、唯一勝てないかもしれない、とそう思ってしまったほどだ。

 

 しかし、結果としてレイフォンは、その少年に何とか勝つことができた。

 その時の勝敗を分けたのかは未だに解らない。

 ただ覚えているのは、その少年の眼がキラキラと輝かせてこちらを見ていたことだった。

 

 それが、セヴァドス・ルッケンスとの出会いだった。

 

 次に会ったのは二日目の孤児院の玄関口であった。

 体に包帯を巻いたまま、笑みを浮かべたセヴァドスに、酷く困惑したことを覚えている。

 レイフォンに敗れた者は、悔しそうにそして恨み籠った眼で睨み付けるしかなかったが、その点セヴァドスといったら、悔しいよりも嬉しい、レイフォンが放った技などに興味を持ち、こと細かく自分が負けた相手に質問を繰り返していた。

 そんなセヴァドスの行動を、レイフォンは理解できなかったが、何故か敗北感を覚えた。

 もしも、自分がその立場だったら、セヴァドスのような行動は取れたのか?と。

 

 その後、リーリンとその日のうちに仲良くなり、次の日には孤児院の皆と遊んでいる姿を見て、自分にはないセヴァドスの魅力に初めて嫉妬した。

 

 そして、そこからセヴァドスとの付き合いは続いていく。

 レイフォンが、何故かリンテンスに技を教えてもらうことになった時も、セヴァドスは錬金鋼を復元したままその光景を楽しそうに眺めていたり、

 リヴァースと食事をしていたらいつの間にか隣でご飯を食べていたり、

 カナリスの説教を受けてるときは、何故か優雅に足を組んで椅子に座ったまま、おやつを食べていたり、

 クラリーベルとセヴァドスの悪戯に、何故かレイフォンも巻き込まれて、ティグリスから逃げたこともある。

 

 そして、レイフォンの違法賭け試合の参加にも、セヴァドスは恐らく気づいていたのだろう。

 だが、それでも何も言わない彼の姿にレイフォンは救われた気がした。

 もしも、あの時セヴァドスに助けを求めたら、あの間違いは起こらなかったかもしれない。

 しかし、レイフォンとセヴァドスの関係は変わっていただろう。

 頼ってしまえば、レイフォンの中で何かが崩れる気がした。

 

 彼のように裕福な家に生まれていたら、皆をもっと簡単に助けられたかもしれない。

 彼のように明るい性格ならば、養父や皆に苦労をかけなかったかもしれない。

 彼のように才能に恵まれていたら、もっと上手くできたかもしれない。

 

 レイフォンにはずっと言えなかったことがある。

 レイフォンにとって、セヴァドスは、友人であり、好敵手であり、悪友であり、恩人であり、憧れであり、好意的な存在であり、

 

 

 

 

 最も憎い(うらやましい)存在であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うっ」

 「レイフォンッ!!」

 

 誰かに呼ばれた気がして、目が覚めるとそこは知らない天井と見慣れた顔が見えた。

 レイフォンの顔を覗き込んでいたのは、心配そうな目でこちらを見つめるフェリであり、レイフォンと目が合うとゆっくりと顔を離していく。

 少し頬を赤く染めたフェリに、レイフォンはこうして見下ろされるのは新鮮な気がした。

 

 「大丈夫ですか? 何処か痛い所はないですか?」

 「えっと……大丈夫ですよ?」

 

 そう言ってみるも、思った以上に声が掠れて力が籠らない。

 何より全身から発する痛みは、全然大丈夫ではなかった。

 身体を起こそうにも力が入らないため、レイフォンはベットに身体を沈めたまま、フェリの方に視線を向ける。

 ようやく普段の調子を取り戻したフェリは、一度喉を鳴らすと普段よりもやわらかい表情で口を開く。

 

 「どうやら状況を把握できていないようなので、説明させていただきますが、貴方は重度の剄脈疲労と全身の筋肉疲労、そして骨折や罅、裂傷などで一週間寝ていました」

 「一週間も、ですか?」

 

 驚いた拍子に身体を起こした時、全身から鋭い痛みが走る。

 再び、ベットに崩れ落ちたレイフォンに、フェリは慌てて顔を寄せてきた。

 そんなフェリの姿は新鮮であったが、それ以上に自分自身がここまでの怪我を負ったのはいつ以来だろうと、痛みからか眼を細めた。

 入院しているという事実は理解できたが、何故レイフォンはここに運ばれたのか思い出せなかった。

 その様子を、観察するように眺めていたフェリが、先に口を開く。

 

 「ゆっくり休んでください。頭を強く打っていますから、まだ最低でも二週間ほど検査入院することになると思います」

 「そうですか……」

 

 さらに二週間もこのままなのか、と入院費の心配をし始めたレイフォンだったが、どうやらカリアンがその辺りを上手くしてくれるみたいで如何にか助かったと肩の力を抜く。

 その後、フェリが呼んでいた主治医の先生の話を聞いたりしている内に、見舞いだと、ニーナやシャーニッド、メイシェン達、ゴルネオ達が病室を訪れた。

 流石に、起きてすぐということもあり、皆、簡単に話をするだけで、そのままレイフォンに負担がないようにと長居をせずに病室を退室していった。

 そうして残っていたのは、いつの間にか戻ってきていたフェリとレイフォンの二人っきりになっていた。

 

 「そろそろ、休んだ方がいいと思います」

 「そう……ですね」

 

 少し話疲れてしまったのだろう、先程まで寝ていたのにも関わらず、全身の痛みと酷い眠気により、レイフォンはそのままベットに沈める。

 

 「おやすみなさい、レイフォン」

 「ええ、おやすみなさい、フェリ」

 

 起きた時と同様に、フェリに見つめられながら瞼を閉じたレイフォンはそのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 フェリは、眠りについたレイフォンの手を握り締めると、ゆっくりと音を立てないように椅子から立ち上がる。

 同時に銀色の髪が、淡い光を纏い、花びらが窓から通り抜けるようにしてフェリの右肩に止まる。

 そしてフェリはゆっくりとレイフォンの病室を出ると、その足で屋上へと続く階段を昇っていく。

 

 階段を上り切り扉を開くと、フェリは無表情の眼を微かに釣り上げる。

 

 「私を呼びつけるとはいい度胸ですね」

 

 珍しく怒りを露わにするフェリに対し、屋上のフェンスに腰かけていたセヴァドスは景色を眺めるようにして眼を合わせることをしなかった。

 

 「で、どうですかレイフォンの様子は?」

 

 あまりのセヴァドスの態度に、フェリは念威爆雷をぶち込んでやろうか、と考えてしまったが、さっさと用事を済ませたいのはフェリも同じであった。

 

 「無事、とは言えませんね。全身至る所に傷などのダメージがあり、極度の疲労もあるようで、すぐに眠ってしまいました」

 

 しかし、命には別条もなく、何か障害が残るということもないそうだ、という事実はフェリを安心させた。

 だが、一つ気になっていることがある。

 

 「しかし、少し混乱しているようで、まるで自分が何故ここにいるのか理解ができないようにも見えました」

 

 だからなのか、ここ最近気を病んでいたレイフォンの表情ではなく、少し気の緩んだ表情を見せていた。

 ―――まるで時間が遡ったかのように。

 

 「そうですか」

 

 しかし、目の前の男はそれにすら反応しない。

 いや、そもそも目の前の男は何者なのだ?

 あのどんな時でも浮かべていた憎たらしいほどの笑みはなく、無表情に近い表情を浮かべるのは誰か。

 その場にいるだけで、胸が締め潰されそうな威圧感を纏い、誰でも話しかけやすかったあの気軽な雰囲気は、見る影もなく、鋭利な剣をこちらに向けられているように感じた。

 

 「それはよかったです。もうレイフォンが剣を握る必要はないでしょうから」

 

 話は終わりと、そのまま屋上から飛び出そうとしたセヴァドスは「そういえば……」とふと思い出したのか、フェリに向かって振り返った。

 

 「どうやら始まるようですよ。都市対抗戦が」

 

 それだけ言い残し、セヴァドスはフェリの視界から消え、念威探索圏内からも消失した。

 セヴァドスがいなくなった屋上で、フェリは両足の力が抜けたかのように尻餅をつく。

 同時にフェリはようやく思い出した。

 あの時、レイフォンが執着していたと思っていたが、そもそもの前提が間違っていた。

 本当に執着していたのはセヴァドスの方であったということを。

 

 セヴァドス・ルッケンスこそ、本当の化け物である。

 この言葉は、逃げるようにツェルニから去っていったハイアが残した言葉である。

 これを兄であるカリアンから聞かされた時、単純にその武芸者の力量のことを指しているのだと思っていた。

 だが、先程セヴァドスの眼を見た時に気づいてしまった。

 その言葉は、文字通りの言葉であったということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠く離れた地、グレンダンにて。

 薄暗い部屋の隅で、男が一枚の写真を取り出した。

 そこに映っているのは、今は亡き最愛の妻の笑顔である。

 男にとって、彼女と過ごした日々は忘れることのできない大切なものであり、眼を瞑れば未だに彼女のことを鮮明に思い出すことができる。

 しかし、もう彼女と会うことはできない。

 だからこそ、彼女の最後が目に焼き付いて離れなかった。

 その光景が、長年に渡って男を苦しめることとなった。

 彼女との思い出は忘れることができない、つまりあの時の悪夢も未だに思い出してしまう。

 

 だからこそ、男は思った。

 あの存在が許容できないと。

 

 一番姿形が彼女に似て、奔放な性格も瓜二つ。

 だからこそ、その姿を見るだけで怒りがこみ上げてくるのだ。

 

 故に男は決意した。

 その存在を消し去ってみせる、と。

 

 グレンダンにいた時には行動に移すことはできなかったが、遠く離れた場所ならば事を起こすことができる。

 妄執と化したその願いを叶えるため、男はゆっくりと歩き出した。

 

 


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