ルッケンスの三男坊   作:康頼

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第四話

 学園生活において第一印象とは、極めて大事なものである。

 印象が良ければその人の周りには人が集まることとなり、悪ければその逆となるだろう。

 つまり、印象が良く人と接する回数が増えれば、それだけ友人を作る機会があるということだ。

 無論、一人でいるのが楽しいという嗜好の持ち主もいるが、一般的に見れば人という生き物は誰かがいないと不安になる生き物である。

 それは学園生活の中でも同じことであり、友人がいるからこそ、楽しい学園生活が迎えることができるという考えは決して間違いではないだろう。

 そういう意味では、自分は運が良かった方だと、レイフォンは思っていた。

 入学式で新入生の喧嘩を止めた時に、メイシェンを助けた行為の結果として彼女とその友人である、ナルキ、ミィフィという友人と知り合うことができた。

 そのきっかけのおかげで、こうして友達になることができたのだから、その一連の流れはまさしく幸運と言っていいものである。

 事実レイフォン・アルセイフという人間は、幼馴染からすぐに他人と親しくなれないという有り難くない太鼓判を押されている程の男だった。

 もし、メイシェンを助けなければ、そして彼女達に出会っていなければ、いまだに親しい友達ができていなかったかもしれない。

そのことはレイフォン自身も薄々と自覚しており、だからこそ友達になったメイシェン達の有難みを人一倍噛みしめていたのであった。

 

 ……長々と説明して何が言いたいのかというと、つまりレイフォンはツイていたのだ——ほんの昨日までは……

 

 「ふむ……手加減というのは案外難しいものですね。 今までそういうのは無縁でしたから中々苦労しましたよ」

 

 手加減できてねぇよ、とレイフォンは力いっばいツッコミを入れたいところだが、それをすると隣にいるコレが喜ぶので無視をすることにした。

 いや、それ以上にセヴァドスが編入してきたおかげで、今までの楽しい学園生活が壊れるのではないか、という不安がレイフォンの心を絞めつける最中である。

 「しかし、小隊ですか。 ツェルニのエリート集団、実に興味があります」

 

 普段と変わらない笑みを浮かべるセヴァドスだが、彼は間違いなく学園デビューに失敗していた。

 正確には、当初は成功していただろう。

 基本的に明るい性格で、社交性は根暗なレイフォンを遥かに凌ぐため、特に問題なく初対面のクラスメート達とも親し気に話していた。

 そのままいけば、間違いなく多くの友人ができただろう。

 

 転校初日の今日起きた、ほんの数時間前に起きたあの恐怖の戦闘訓練がなければ……

 

 レイフォン達にちょっかいをかけようとした三人の三年生達は、そのまま笑顔を絶やさないセヴァドスの手によって瞬殺された。

 その後三人は、その場を取り仕切っていた先生役の六年生の手によって、すぐさま医療科の者が呼ばれ、そのまま病院へと搬送された。

 あの傷からして当分復帰することは叶わないだろう。

 いや、もしかすると今回のことがトラウマとなり、武芸者としては既に死んでしまったかもしれない。

 周りが確実にひいているのに対し、そんな惨状を起こした張本人は、鼻歌交じりに機嫌良さそうにナルキとレイフォンに話しかけたのである。

 

 せっかくですから、続けましょうか? と。

 

 三人の先輩を潰したことを全く気にも止めていないセヴァドスの姿に、その場にいた武芸科の人間は彼の技量と精神に恐れ、明らかに距離を取ってしまっていた。

 先程まで比較的友好的に話をしていたナルキですら、明らかに警戒と嫌悪の目で睨みつけているほどにだ。

 その後、その噂は瞬く間に広まって、最終的には彼に話しかける者は、レイフォン一人となってしまったのである———半ばその役割を押し付けられるような形で。

 

 グレンダンという同郷ゆえか、唯一の小隊員だったせいかは、レイフォンにはわからないが、貧乏くじを引いたことや今までの平穏の日々が過ぎ去ったということだけは、嫌なほどに理解はできた。

 とりあえず隣の元凶をぶん殴ってやりたい衝動に駆られるが、ここで手を出せば、戦闘狂―セヴァドス―を喜ばすだけであることも。

 

 レイフォンは気持ちを落ち着かせながら、隣で上機嫌に鼻歌を歌うセヴァドスを見る。

 本当なら、放課後の小隊訓練に彼を連れていくつもりはなかったが、どのみちセヴァドスの性格だと何れはここを訪れることになるだろう。

 ならば面倒事は初日に終わらしておこう、前向きなのか後ろ向きなのかわからない結論に至ったレイフォンは、腹を括ってからセヴァドスに話しかけた。

 「先に言っておきますけど、絶対に暴れまわらないように」

 「わかっていますよ。 流石の私も一日目からは行動を起こす気はありません」

 なら二日目以降はどうする気だ、とか、初日から大暴れしてるだろ、と再びツッコミを入れたくなるレイフォンだが、セヴァドスを相手にする場合、無視するのが一番被害が来ないということは今日一日で思い出していた。

 ならば、このまま無視をしておこうと考えたレイフォンは、話しかけてくるセヴァドスに対して適当に返事を返し続けた。

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 そんなレイフォンの気遣いに構うことのないセヴァドスは、ツェルニでの学園生活初日をそれなりに楽しんでいた。

 グレンダン育ちで、グレンダンから出たことなかったセヴァドスにとって、他の武芸者達がどんなものかを経験することができた。

 無論、ここにいるのは学生という未熟者の集まりであったが、それでも手合せできたことはセヴァドスにとって意味のあるものだった。

 

———とりあえずあれくらいの手加減をしておけば大丈夫ということですね。

 

 自分自身の行動にうむうむと納得するセヴァドス。

 もしも、レイフォンがその考えを聞いていたら、やりすぎです!と言っていたかもしれないが、不運なのかそれとも幸いなのか、レイフォンはセヴァドスの先を歩いており、セヴァドスの考えていることに気付くはずがなかった。

 

———それに、鍛えるというのも楽しそうですね。 よくよく考えると、同世代だとレイフォンとクラリベールしか戦ったことありませんし。

 

 それ以外だと、兄であるサヴァリスやその他の天剣授受者しか戦ったことのないセヴァドスは、これからの学園生活に夢を馳せていた。

そんなこと考えているセヴァドスだったが、その足は確実にツェルニのエリート武芸者達が集まる錬武館へとに向かっていた。

 初めての旅に、普通の学園生活。

 好奇心が人一倍強いセヴァドスにとって、それらは良い刺激であったが、やはりその身は武芸者。

 戦いこそ最上、そう掲げる兄のサヴァリスと同様に、セヴァドスも戦うことが一番好きなのである。

 小隊というシステムは既に転入の際にカリアンから聞いていた。

 エリートと聞いて、セヴァドスが一番に思い付いたのは、グレンダンの天剣授受者達であった。

 勿論、過度な期待はしていないつもりであったが、それでも期待に胸を膨らませていた。

 

 「流石にさっきの三人みたいなのではなさそうですしね」

 「? 何か言いましたか?」

 

 思わず言葉を漏らしたセヴァドスに、前を歩いていたレイフォンが振り返る。

 そんなレイフォンにセヴァドスは笑みを浮かべたまま、ステップを踏むような上機嫌な様子でその横を抜けていく。

 

 「いえ、なんでもありませんよ。 それより早く向かいましょう」

 「わかりました」

 

 再び先を歩くレイフォンの後を追うように錬武館に向かって歩き出した。

 ほどなくして、練武館へたどり着いたセヴァドスは興味深そうに、キョロキョロと周囲を見渡しながら、レイフォンの後を追って入館する。

 レイフォンの後を追っていると、何度か館内で数人の武芸者とすれ違う。

 そんな彼らを見て、セヴァドスは少しだけ落胆した。

 その様子を見ていたレイフォンが首を傾げながら声をかけてきた。

 

 「どうかしましたか?」

 「いえ、擦れ違う武芸者達を見ても、そう変わらないな、と思いましてね」

 確かに小隊員の方が剄量が多く、動きもマシであった。

 だが、それは先程倒した三人の武芸者達に比べてである。

 正直、エリートと聞いていたので、もう少し期待していたのだが、残念な結果になってしまいセヴァドスは珍しくため息をついた。

 

 「レイフォンは、どう思います?」

 「どう、って言われても……」

 

 レイフォンの反応は間違いなくセヴァドスが感じたことと同じことを指していた。

 しかし、レイフォンからは特に不満等は感じられず、セヴァドスは首を傾げる。

 

 「ふむ、まあいいです。 そういえばここは学園都市でしたね」

 学園都市がそういう所だと事前に聞かされていたために、切り替えの早い性格のセヴァドスはすぐに普段通りの笑みを浮かべて何でもないように歩き始める。

 そう、別にセヴァドスは、この学園都市の生徒が目的でこのツェルニに転入していなかった。

 セヴァドスがここを決めた理由は、すでに隣にいるからである。

 

———レイフォンと戦えるなら、おつりが出るくらいですし、物足りなければ鍛えてみるのもいいかもしれませんね。

 

 もしかすると、凄い才能を秘めた者もいるかもしれませんしね、と考えたセヴァドスは、不満に覚えたこの環境が悪くないように思えていた。

 再び機嫌を戻したセヴァドスは上機嫌で、レイフォンの後をついていく中、ふと何か忘れているような気がした。

 小骨が喉に刺さった、何とももどかしい感覚。

 何かを忘れているような気がする、とセヴァドスは首を傾げた。

 

 「どうかしましたか?」

 「いえ、少し考え事をしていたのですが、まあ思い出さない程度のことですから」

 

 思考を巡らせていたせいで、その場に立ち止まっていたセヴァドスに、レイフォンは不審そうに声をかける。

 その呼びかけに、セヴァドスは何でもないように思考を切り替えると、再びレイフォンの後を歩き始めた———その忘れられた事実をセヴァドスを思い出すのは少し先の話であった。

 

 そうこうしているうちに、廊下を歩いていたレイフォンの足が止まり、その先には『十七小隊』というネームプレートが掲げられていた扉があった。

 ここが目的地なのだろう。

 

 「へぇ、ここですか」

 「はい、とりあえず入りますよ」

 

 手慣れた手つきでレイフォンが扉を開くと、セヴァドスもその後に続いて部屋へと入る。

 訓練場だけあって、それなりに広く頑丈な作りになっている室内をセヴァドスは見渡していると、部屋の隅にツナギを着た少年の姿が見えた。

 いそいそと周囲に散らばっている器具を一つ一つ手に取ってチェックしていく少年に向かって、レイフォンが話しかける。

 

 「こんにちは、ハーレイ先輩」

 「あ、レイフォン。 準備できているよ」

 

 レイフォンの存在に気づいて立ち上がったツナギの少年―――ハーレイは、器具を片手にこちらに歩いてきた。

 

 「ごめんね。 すぐ済ませるから。 とりあえず、錬金鋼を貸してくれる?」

 「わかりました」

 

 レイフォンが腰の青石錬金鋼(サファイアダイト)を抜いて復元させると、ハーレイは手慣れた手つきでそれを受け取る。

 そのまま錬金鋼に機器を取りつけて、手前のモニターで数値を見比べる光景をレイフォンは黙ってその場で待っていた。

 その隣でセヴァドスも並び立つとぽつりと呟いた。

 

 「ふむ、やっぱり剣を持つんですね」

 「……もう持つ気はありませんから」

 

 少し残念そうに呟くセヴァドスの言葉に、レイフォンは少しだけ声を詰まらせて答える。

 レイフォンの武芸の根本は、サイハーデン刀争術という流派である。

 その名の通り、剣ではなく刀を用いる武術であるが、セヴァドスはレイフォンが刀を持っているところを一度も見たことがなかった。

 それゆえ刀を持ったレイフォンと一度は戦ってみたいとセヴァドスは常々思っていたが、今日までその願いが叶ったことはない。

 

 「何の話って……アレ? 君は」

 

 突然の話に首を傾げていたハーレイだったが、ようやくセヴァドスの存在に気付いたように声を上げた。

余程作業に集中していたのか、来客の存在に気付かなかったことに気まずそうに頬を指で掻くハーレイに、全く気にした様子がないセヴァドスが笑顔のまま自己紹介を始める。

 

 「ああ、申し遅れました。 レイフォンの親友のセヴァドスです」

 「ハーレイ先輩、彼の言うことは半分以上は聞き流した方がいいですよ」

 

 明らかな誇張発言をするセヴァドスに対し、レイフォンはあしらうように冷たい口調で口を開く。

 言葉に棘があるレイフォンの姿に、ハーレイは一瞬戸惑いを見せるが、ある程度の解釈をして頷いた。

 

 「えっと、つまりレイフォンの知り合いというわけだね。 僕はハーレイ・サットン。 この第十七小隊の錬金鋼の整備をしているよ」

 「よろしくお願いします。 しかし、なるほど……中々見事なものですね。 その歳でそこまでの技術を持つ者はグレンダンでもそうはいませんよ」

 

 ハーレイの計器などの器具を触る手つきを見て、セヴァドスは感心したように口を開く。

 勿論、世辞など言わないセヴァドスの言葉は常に彼が思っていることである。

 セヴァドス自身、天剣を目指す武芸者として錬金鋼の整備の大切さは身に染みており、彼自身その手入れを自分自身で行っていた。

 故に、簡単そうに行うハーレイの動きに思わず、感心の声を上げてしまったのである。

 そんなセヴァドスから褒め言葉を受け取ったハーレイは、満更でもなさそうに少し顔を染めて照れてしまう。

 

 「え? そうかな?」

 「はい、いつ頃から、ダイトメカニックに」

 「ダイトメカニック?」

 「グレンダンでは、錬金鋼を調整や修理するものをそう呼んでいるんですよ」

 「そうなんだ。 実は実家が錬金鋼技師……ああダイトメカニックでね、幼馴染とかの錬金鋼を幼い頃から弄ってたんだよ」

 笑顔を浮かべてハーレイとの会話を楽しむセヴァドスの隣で、一人話に入れないレイフォンはそういえば、とグレンダンでの日々を思い出す。

 

 戦闘狂の性質を持つセヴァドスだが、兄のサヴァリスと違い、別に戦いだけに興味を示しているわけではなかった。

 その中でも武芸の次に夢中になっていたのが錬金鋼、つまりは錬金学である。

 上を、天剣授受者を目指すセヴァドスにとって、錬金鋼は重要な存在であった。

 そもそも、天剣授受者への挑戦は、圧倒的なまでに天剣授受者が有利である。

 無論、才能や経験が他の武芸者と違い、ずば抜けている天剣授受者だが、もしも挑戦者がその強さに匹敵する時、勝敗を決めるのは自分自身の力を如何に最大限まで使うことができるか、である。

 そうなると間違いなく天剣を持っていない挑戦者が不利となる。

 故に錬金鋼を研究し、自分自身の力を引き出すことができる物が必要です、とセヴァドスが楽しそうに言っていたのをレイフォンは思い出していた。

 

 もしかすると、貧乏なグレンダンより、このツェルニの方が錬金鋼の研究をしやすいのかもしれない。

 そんなことをレイフォンが考えていると、突然訓練場の扉が開いた。

 

 「お、ハーレイ。 例の物、できているか?」

 

 だるそうに欠伸をしながら歩いてくる青年。

 一歩踏み出すたびに、背中から尻尾のような長い金髪が揺れる。

 シャーニッド・エリプトン。

 レイフォンの所属する十七小隊の狙撃手である。

 シャーニッドは、初めて見るセヴァドスに一度は視線を向けるが、すぐに興味をなくしたように視線を反らし、ハーレイに近づいていく。

 

 「あの方は誰ですか?」

 「え、シャーニッド先輩だよ。 四年生でこの十七小隊の狙撃手」

 

 シャーニッドは興味を持たなかったが、セヴァドスの方が興味を持っていた。

 セヴァドスの問いに、レイフォンは当り障りのないように伝えると、セヴァドスはシャーニッドの方に再び視線を見る。

 何か、興味を引くことでもあったのだろうか?

 じっとシャーニッドを見つめるセヴァドスに、レイフォンは不審そうに視線を向けていると、セヴァドスは案の定行動を開始した。

 まるで挨拶代りに、と指先で剄弾を作って放とうとしたセヴァドスに、レイフォンは一瞬の判断で腕を抑えた。

 

 「言っていませんでしたか? 暴れるなって」

 「別に暴れる気はありませんよ。 少し反応が見たいだけです」

 

 それが暴れるということだ、と悪そびれもなく言うセヴァドスに対し、レイフォンは呆れながら剄弾を握りつぶすと、そのままセヴァドスとシャーニッドの間に体を割って入れた。

 レイフォンの行動に、セヴァドスは楽しそうに笑みを浮かべるだけでそのままおとなしく引き下がった。

 そんな物騒なやり取りをセヴァドスとしているレイフォンの目の前では、シャーニッドがハーレイから受け取った錬金鋼の感触を確かめるかのように、くるくると手のひらで回転させていた。

 その様子を見ていたセヴァドスは、何かに気付いたかのようにシャーニッドに尋ねる。

 

 「ところで、その錬金鋼は、黒鋼錬金鋼(クロムダイト)のようですが?」

 

 シャーニッドの手に持たれているのは、頑強さで定評がある黒鋼錬金鋼(クロムダイト)であった。

 狙撃手――つまり、銃に最も適しているのは軽金錬金鋼(リチウムダイト)である。

 黒鋼錬金鋼なら、頑強さを生かして鉄槌などの大型の武器に適しているのだが、とレイフォンが首を傾げていると、セヴァドスが何かに気づいたように笑みを見せた。

 

 「もしかして銃衝術ですか?」

 「おっ、よく知ってんな。 って、ところでお前はどちらさん?」

 「申し遅れました。 私はセヴァドスと言いまして、レイフォンの……」

 「先輩、銃衝術なんて使えたんですね」

 

 二度目のセヴァドスの自己紹介に、レイフォンは今度は途中で止めに入った。

 そんなやり取りを不思議そうに見ていたシャーニッドは、セヴァドスの質問に答える。

 「ああ、まぁ、こんなの使うのはかっこつけたがりの馬鹿か、相当の達人かのどっちかだろうけどな」

 

 にやりと笑うシャーニッドに、セヴァドスも負けじと満面の笑みを返す。

 

 「なるほど、では貴方は達人というわけですか?」

 「いいや、買ってくれるのはありがたいが、俺は馬鹿のほうだぜ?」

 「そうでしょうか? 確かに達人という段階には達してなさそうですが、馬鹿ではありませんよね?」

 「ちょっと、すみません」

 

 段々と笑みが深くなり、目を輝かせるセヴァドスの肩を、レイフォンは掴んでそのまま後ろへとひきづっていく。

 そのままセヴァドスを部屋の隅まで引き摺ったレイフォンはその手を放す。

 

 「貴方は馬鹿ですか? 人の話を聞いていないんですかっ?」

 「少し味見をする程度ですよ。 銃衝術という珍しい相手ですから、楽しめそうです」

 「楽しいのは貴方だけです」

 

 入学していつもより気が高ぶっているのだろうか、普段以上に面倒くさいセヴァドスに対し、レイフォンは思わずため息をついてしまう。

 まさか、これから毎日コレと付き合わなければならないのだろうか?

 これからの六年間が不安でいっぱいになりそうなレイフォンに対し、セヴァドスはいつもの満面の笑みを返す。

 

 「まあ、とりあえず今日は止めておきますよ。 学園生活は始まったばかりですから」

 「絶対に喧嘩売らないで下さいよっ!! 貴方は昔から面倒事しか呼ばないんですから」

 「ふぅ、レイフォン。 怒ってばかりで疲れませんか? 誰かが怒ることはエネルギーを消費するだけだと言ってました。 もっと思うがままに生きてみてはどうですか?」

 「貴方は少し遠慮を覚えてくださいっ!!」

 

 全く話の噛み合わないセヴァドスに、レイフォンの口調は段々と激しくなっていく。

 このままだと、ぶん殴ってしまいそうだ、そんなことを考えてしまうレイフォンを救うかのように、再び訓練場の扉が開いた。

 

 「……遅れました」

 

 現れたのは、天使……ではなかった。

 眠たげにとことこと訓練場に入ってきた銀髪の少女に、真っ先にシャーニッドが声をかける。

 

 「よっ、フェリちゃん。 今日も可愛いね」

 「それはどうも……」

 

 シャーニッドの軽口を流すようにして歩く少女――フェリ・ロスにレイフォンも挨拶をする。

 

 「こんにちは、フェリ先輩」

 「こんにちは……」

 

 レイフォンの挨拶に愛想のない返答を返すフェリ。

 さらに挨拶をするハーレイに返事を返す、フェリの前にセヴァドスが躍り出た。

 しまった、と慌ててセヴァドスを捕まえようとするレイフォンよりも、セヴァドスの方が行動が早かった。

 

 「初めまして、お嬢様。 迷子かな?」

 「は?」

 

 何故か慈愛に満ちているセヴァドスは、流れるような動きでフェリの頭に撫でる。

 そんな行動にレイフォンも、そして当人のフェリも動きを止めてしまった。

 そして、セヴァドスはすぐさま次の行動に移す。

 

 「ふふふ、怖がることはありませんよ。 私が貴女の母上を探してあげますよ」

 

 まずは迷子センターへと向かいましょうか、真剣な声でされど笑みを絶やさないセヴァドスを見て、レイフォンは昔のことを思い出して現実逃避した。

 

 そういえば、彼って子供好きだったよね……

 

 孤児院で子供たちと遊んでいるセヴァドスの姿を思い出し、フェリの念威端子が舞うのを見ていた。

 その端子を操る念威繰者――フェリからは大量の念威が漏れ出している。

 念威繰者って感情をあまり出さないんだっけ、軽く意識が飛んでいるレイフォンの視線の先には、目を輝かせたセヴァドスの姿が見えた。

 フェリの念威の才能は、天剣授受者のデルボネに匹敵するのではないか?

 そんな才能を見て、興奮しているセヴァドスからレイフォンはゆっくりと距離を取った。

 そしてそのまま流れるように、窓ガラスを突き破って外へと飛び出した。

 その瞬間、背後から爆発音が流れて世界は逆転した。

 

 

 

 

 

 


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