ルッケンスの三男坊   作:康頼

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第三十八話

 「ねぇ、カナリス。 アンタはセヴァドスとレイフォン、どっちが天剣に相応しかったと思う?」

 

 突然、そう言ったのは、目の前の書類の山と格闘するグレンダンの女王様、アルシェイラ・アルモニスである。

 そんな彼女の隣で甲斐甲斐しく処理した書類を纏めるのは、側近であり、天剣授受者の一人であるカナリス・エアリフォス・リヴィン。

 仕事を開始してまだ数分で、完全に飽きてきているアルシェイラに、カナリスは苦言を呈しながらもその補助へと回る。

 

 「陛下、処理していただきたい書類がまだまだ残っているのですが」

 「いいじゃない。 こうして真面目にしてるんだから話し相手くらい、ね?」

 

 ここには、アルシェイラに物申すことができる同じく天剣授受者であり、王族でもあるティグリス・ノイエラン・ロンスマイアと、グレンダンで随一の念威操者であり同じく天剣授受者のデルボネ・キュアンティス・ミューラの年長組がいれば、アルシェイラも真面目に職務に取り組むことをするかもしれないが、ここにはカナリスとアルシェイラの二人しかいない。

 ここで、アルシェイラの機嫌を損ねて、脱走でもされた方が支障をきたす――そう考えたカナリスはアルシェイラの雑談に合わせることにした。

 

 「……はぁ、どちらが強いか、ということですよね」

 「そうね。 結果としてはあの時はレイフォンに軍配が上がったけど」

 「セヴァが勝ってもおかしくなかった、ですか」

 

 そうね、と楽しそうに笑うアルシェイラに、カナリスはその時の様子を思い出す。

 当時、片や大きな剣を引き摺るようにして現れたレイフォンと、対照的に小奇麗な服装にブカブカのガントレットをしたセヴァドスが闘技場に立った時の呆気にとられた観客に、対しカナリス達は思わず身を乗り出してしまうほどに食い入るように見てしまった。

 その時の互いの戦いぶりは、まさしく天剣争奪戦に相応しいほどの戦いぶりであり、過去を含めてあれ程の苛烈な戦いになった天剣争奪戦は他にはないと言えるほどであった。

 三時間の激闘の末、僅差で勝利したのがレイフォンであり、こうして最少年天剣授受者は最後の天剣授受者の席に座ることとなった。

 もしも、天剣がもう一本余っていたとしたら、セヴァドスも天剣授受者の仲間入りとなっていただろう。

 

 そんなことを思い出しながらカナリスは、アルシェイラの問に答える。

 

 「そうですね……私はレイフォンとは戦ったことはないですが、セヴァとは何度も模擬戦をしたことはありますが、正直なところ、彼が天剣を持っていても不思議ではない、そう思っています」

 「わお、高評価。 流石はカナリスお姉さんね」

 「ぶっ! し、知ってたんですか?」

 

 ニヤニヤと笑うアルシェイラを前にして、不敬にもカナリスは陛下の御前で吹き出すという彼女らしからぬ失態を仕出かすが、当のアルシェイラは気にした様子もなくニヤニヤと楽しげに笑みを浮かべながら答える。

 

 「グレンダンのことで私が知らないことはないわ」

 「デルボネ様をこんなことで起こさないでください」

 

 実際のところデルボネ本人がノリノリでアルシェイラと一緒に見ていたのは、カナリスは知らない。

 同時にカナリスが、セヴァドスに姉と呼ばれて嬉しそうにニヤニヤしていたのもバレている。

 

 「で、そんなお姉さんから見て、二人が戦ったらどうなると思う?」

 「そうですね、私は……」

 

 答えるカナリスの表情は、姉と呼ばれた時の優しい表情ではなく、戦闘のプロとしての天剣授受者としてであり、その答えにアルシェイラは特に驚くことはなかった。

 

 

 

 

 

 「お前はどっちが強いと思う、ニーナ」

 

 午後の訓練が始まろうとしたその時、ゴルネオの提案により、セヴァドスとレイフォンが戦うこととなった。

 今年圧倒的なまでの武芸の腕を持つ二人が現れたことにより、武芸者内ではどちらが強いか話し合ったことがよくあった。

 ニーナもその話は聞いたことがあったし、武芸者として全く気にならないと言えば嘘になるだろう。

 事実、急遽作られた闘技場に現れた二人から離れるようにして陣取る武芸者達の目は強い興味を秘めていた。

 

 「……わからない」

 「……そうか。 お前のことだから、レイフォンっていうと思ったぜ」

 

 シャーニッドに言われた通り、同じ隊の仲間であるレイフォンを応援するつもりであるが、どちらが強いかと言われれば、まるでわからないというのが答えとして正しい。

 ツェルニ最大の危機である千の幼性体を屠ったレイフォンに対し、セヴァドスは百戦錬磨の武芸者集団サリンバン教導傭兵団を圧倒した。

 その実績から見て、ニーナから言えるとしたら、二人共がこのツェルニの武芸者達とかけ離れた実力を秘めていると言うことである。

 そんなニーナの意見に同調するように、シャーニッドも神妙な面持ちで頷く。

 

 「同じ小隊の仲間としてレイフォンの方が強いと私は思っている。 ただ……」

 

 セヴァドスの戦っている姿をニーナは見た。

 暴力的で倫理の欠片もない力を振るう様は、ニーナには許容できないものであったはずだ。

 だが、とても楽しそうに、自由に力を振るい、舞うように戦う姿をニーナは羨ましく思ってしまった。

 品行方正であり、人類が生きるために授けられた尊い力を振るう者こそ武芸者と信じていたニーナだったが、セヴァドスの戦う姿を見て、それもまた武芸者だと感じてしまった。

 

 「結局、戦って見ないとわからねぇてことだな」

 「でも、私は反対です」

 

 二人を見守ろうとするシャーニッドの隣では、腰の剣帯から錬金鋼を抜いたナルキがいた。

 険しい表情を浮かべて、今にも駆け出しそうなナルキは、ニーナ達に向かって助勢を乞う。

 

 「先輩、今からでも遅くありません。 二人の戦いを止めるべきです」

 

 ナルキからしてみれば、あの不安定な様子のレイフォンとセヴァドスをぶつけるのは危険すぎると感じていた。

 二人の友人として傷つけ合う姿を見たくないという気持ちと、ナルキの親友の気持ちを考えれば何があっても止めに入るべきだと思っていた。

 そんなナルキの親友であるメイシェンも同じ気持ちであった。

 

 「私も……二人に傷ついてほしくないです」

 

 メイシェンの眼差しには、自分に危険が及ぼうとも、想い人と大切な友人の間に割って入ろうと思っていた。

 そして残るミィフィの答えは。

 

 「私はセヴァちんとレイとんは戦ったほうが良いと思う」

 「ミィっ!?」

 

 唯一、戦闘を肯定したミィフィにも、二人と同様の思いがあっただろう。

 だが、それでもミィフィは思う。

 

 「セヴァちんって自由気ままだし、本能のままに行動している感はあるけどさ、友達想いなんだよね」

 

 初日、大暴れをし、完全に孤立してしまったセヴァドス。

 そんな彼に話しかけたは、好奇心であった。

 レイフォンの友人ということもあり、話しかけてみると、セヴァドスがとても愉快な人物であり、実にミィフィ好みの人間であった。

 そして、思うほど暴力的ではなかった――正確には、威圧的ではないが、戦闘狂であったのだが。

 そんなセヴァドスだが、友人付き合いしてみると、思いの外マトモであり、何度も遊んでいるうちに、メイシェンやナルキ、ミィフィのことを大切に思っていることをわかってしまった。

 

 「その中でもレイとんは特別で、そんなセヴァちんだからこそ、レイとんのことも」

 

 手を伸ばせるんじゃないのかな?

 ミィフィの言葉に、ナルキとメイシェンの表情に迷いが生じる。

 だが、それでも二人の意思は固く、ミィフィも説得できるとは思っていなかった。

 しかし時は遅く、件の二人は既に刃を交えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ✝

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうしてお互いに対峙したのはいつだっただろうか?

 セヴァドス――彼とは何度も手合せしたことはあったが負けたことはなかった。

 だが、同時に勝ったとも思えなかったというのがレイフォンの正直な感想である。

 本当の意味で対峙したのは、あの時以来なのかもしれない。

 

 「こうして立っているととても懐かしい気分になりますね」

 

 饒舌に喋り笑みを浮かべるセヴァドスに対し、レイフォンは無言を貫いたまま右手に握りしめた錬金鋼を復元させる。

 その錬金鋼はグレンダンの天剣ではなく、ただの青石錬金鋼である。

 その当たり前の事実がこんなにもレイフォンを不安にさせるとは思っていなかった。

 そんなレイフォンの心境を知らないセヴァドスの言葉は段々と熱が籠もっていく。

 

 「このツェルニに来て、楽しいことの連続でした。 新たな友人に出会うことができ、グレンダンでは触れることができなかった知識や娯楽を得て、兄さんとも話がすることができました」

 

 そう考えるとツェルニに来たのも悪くない。

 そう言ったセヴァドスの表情を見て、レイフォンは一つ嘘を見抜いた。

 いや、正確には嘘と言うよりも、不満というのが正しいだろう。

 

 「けれど、物足りない、と言いたいんでしょ」

 「あ、わかりますか?」

 

 その瞬間、セヴァドスから発する闘気が、レイフォンの肌に突き刺さり、背筋を震わせる。

 

 「武芸者として、強い者と戦いたい。 それは当たり前の欲求ですよ」 

 

 本当に楽しそうに笑うセヴァドスを見て、レイフォンも思うことがある。

 

 「僕は貴方と違って、そんな欲求を覚えはありません」

 

 ただ、と言葉をレイフォンは繋げた。

 

 「負ける気はサラサラない」

 「そうですか……ならば、闘いましょう、心ゆくまでじっくりと、ね」

 

 こうして二人の武芸者は互いに刃を向けた。

 

 

 

 最初に動いたのは意外にもレイフォンの方だった。

 一瞬で、セヴァドスとの距離を詰めると、そのまま流れるような一振りをレイフォンは放つ。

 セヴァドスは慌てることなく、バックステップで難なく回避すると、続けざまに放つレイフォンの二連撃も、ガントレットで弾き落とす。

 一瞬の硬直に、今度は距離を詰めたセヴァドスの左拳が唸りを上げるが、レイフォンは体を捻るようにして回避する。

 一撃を避けたとは言え、ここは完全にセヴァドスの距離である。

 既に放たれていた右拳がレイフォンの横腹を抉ろうとしていたが、そこは元天剣授受者である。

 剣を振り抜いて、今度はセヴァドスの右拳を弾くと、レイフォンは左手に剄を込める。

 

 外力系衝剄の変化、九乃。

 

 振り抜かれた左手から放たれる剄の弾幕に、ようやく後退したセヴァドスは、大きく右足を振り上げる。

 

 外力系衝剄の変化、裂空牙。

 

 振り抜かれた右足から放たれる剄の斬撃を、レイフォンは一刀で断ち切った。

 

 「その程度ですか?」

 「いえ、ここからが本番ですよ」

 

 切り裂かれた剄の斬撃は、周りの砂利を巻き込むようにして砂埃によりレイフォンの視界を奪う。

 そのことにレイフォンが気がついた時には、既にセヴァドスの右拳が撃ち抜かれた。

 

 活剄衝剄混合変化、金剛剄。

 

 しかし、セヴァドスの拳は何かとてつもないほどの硬いものを殴ったように弾かれた。

 体勢を崩したセヴァドスに、今度はレイフォンの一撃が迫る。

 

 外力系衝剄の針剄。

 活剄衝剄金剛変化、廻世界。

 

 放たれた剄の槍は、セヴァドスの体を捉えることなく、そのまま遥か後方の宿舎の壁をぶち抜くだけとなった。

 

 「まさか、金剛剄ですか? 忘れてましたよ、貴方がとても器用だということを」

 「それはこちらの台詞ですよ。 初めて見る技でしたが、貴方のオリジナルですか?」

 

 天剣授受者の一人であるリヴァースの代名詞とも言える金剛剄を扱うことができるレイフォンに対し、自分の知識と能力を活かして次々に新たな剄技を生み出すセヴァドス。

 彼らのどちらが器用なのかはさておき、両者ともに天才と言える存在であることは確かだ。

 

 口から流れた血を拭き取るレイフォンに、再び攻守を逆転するかのようにセヴァドスが迫る。

 

 内力系活剄の変化、旋剄。

 

 再び距離を詰めたセヴァドスの右拳には、溢れんばかりの剄が纏わり付いていた。

 圧倒的な暴威へ対したレイフォンは、右手の剣を巧みに振るい、セヴァドスの一撃を逸らす。

 そのまま左手に剄を巡らせたレイフォンは、衝剄を放ってセヴァドスを後方に吹き飛ばした。

 

 「はっははっ!! 流石ですね、レイフォンッ!!」

 「よく笑っていられますね」

 

 外力系衝剄の変化、針剄。

 外力系衝剄の化錬変化、蛇流。

 

 振り抜かれた剣は、セヴァドスがいつの間にかつけていた剄の糸を伝った拳打の衝撃により、狙いが逸れる。

 先程弾いた時につけられたか、レイフォンがそのことに気づいた時には、拳による衝撃が一度だけに留まることなく、ほぼ同時に十発分着弾する。

 

 衝撃によりレイフォンの手から抜けた青石錬金鋼の剣は、空高々に宙を舞い、後方へと弾かれた。

 無手のレイフォンに対し、セヴァドスは圧倒的なまでの走力で懐に迫ると、拳を振るう。

 格闘戦では、圧倒的に不利なレイフォンだったが、致命傷を避けるようにセヴァドスの拳を流すように受け流す。

 しかし、それも一瞬であった。

 

 「せいっ!!」

 「がっぁぁ」

 

 セヴァドスの右回し蹴りが、レイフォンの鳩尾を捉える。

 骨が軋む音を聞きながら、レイフォンは弾かれたように後方へと吹き飛ぶ。

 

 常人なら即死であろう手応えに、セヴァドスは思わず笑みを零す。

 

 「金剛剄は間に合わなかったみたいですが、どうやら後方に飛んで威力を殺したみたいですね。 流石です、レイフォン」

 

 笑みを零すセヴァドスに、レイフォンは予備の簡易型複合錬金鋼を復元して剣帯から抜くと、その場で剣を一閃した。

 そして同時に、セヴァドスの右肩が切り裂かれた。

 笑みが驚きの表情へと変わり、鮮血を顔に浴びたセヴァドスへと、レイフォンは暗い視線を向ける。

 

 「忘れてましたか? 僕は金剛剄だけでなく、貴方の剄技を使えるんですよ」

 

 片膝をつくセヴァドスを見下ろすのは、元、天剣授受者であり、武芸の天才であるレイフォン・アルセイフであった。

 

 

 


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