ルッケンスの三男坊   作:康頼

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第三十四話

 「あのー、何でクォルラフィン卿がいらっしゃるのですか?」

 

 遠くの地へと行ってしまった幼馴染、レイフォンに会いに行くために、養父デルクからの預かり物を抱えて放浪バスへ乗り込んだリーリンを待っていたのは、奇人変人の集団で知られグレンダン最強を誇る天剣授受者の一人、サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンスである。

 リーリンの指定座席の隣に座り、足元には雑誌の山があり、右手には書籍、左手にはサンドイッチと完全にリラックス状態のサヴァリスは爽やかな笑みを浮かべる。

 

 「ああ、気にしなくてもいいよ、僕にも目的があってね。 こうしてグレンダンを出ることになったけど、まあ旅のお供程度に思ってくれればいいよ」

 「はぁ……」

 

 完全にリラックス状態のサヴァリスにリーリンは生返事にしか返すことができない。

 そんなリーリンの様子にも全く気にすることのなく、サヴァリスは足元の雑誌の山を片付けて、道を作る。

 サヴァリスの前を横切って席に座ったリーリンに対し、サヴァリスは足元に置いてあった鞄の中を漁り始める。

 

 「難しく考える必要はないと思うけど……例えば、僕が君というお姫様を守る騎士様っていうのはどうだろう?」

 「あ、はい」

 

 にこりと爽やかな笑みを浮かべたサヴァリスが、鞄の中から取り出した飲み物をリーリンに手渡す。

 飲み物を口に含みながら、リーリンは目の前の天剣授受者に視線を向ける。

 ———マイペースと言ったらいいのか、本当に自由な所は誰かにそっくりである。

 そんなサヴァリスを含めた変わり者で知られる天剣授受者の面々に囲まれてレイフォンも苦労したんだなと考えていたリーリンだったが、よくよく考えてみると、当のレイフォンも変わり者であることに気づき、口を一の字にして黙るしかなかった。

 そんなリーリンを見て、サヴァリスは不思議そうに首を傾げる。 

 

 「あれ、おかしいな? セヴァから送ってもらった本には、女性なら感激して泣いて喜ぶって書いてあったんだけどな」

 「人それぞれだと思います。 ところでクォルラフィン卿って」

 

 放っておくと話が進まない、そう思ったリーリンは、サヴァリスが首を傾げている間に、単刀直入に聞き出した。

 若干、無礼に当たるかもしれないリーリンに対し、サヴァリスは特に気にした様子もなく、何処かで見慣れたような笑みを浮かべる。

 

 「折角の旅のお供なんだから、名前で呼んでほしいな。 あ、ルッケンスはセヴァと一緒だから、セヴァみたいに名前の方でお願いするよ」

 

 それでも会話のペースはあくまでサヴァリスの方にあり、もう若干諦めつつあるリーリンは話を続けることにした。

 

 「……では、サヴァリス様と」

 「様もいらないんだけど、まあそれは今は置いておこうか。 で、何か聞きたいことでもあるのかい?」

 「その、セヴァって元気にやってるんでしょうか?」

 

 リーリンの聞きたかったこと、それはよく孤児院に遊びに来ていた友人であるセヴァドスのことである。

 レイフォンの事件の後、殆ど会うことが無くなり、有名なセヴァドスの行動は逐一リーリンの耳にも入っていたが、何故か知らないがセヴァドスもレイフォンと同じツェルニに転入することになった。

 目の前のサヴァリスとセヴァドスは兄弟ということもあり、連絡を取っているのではないかと思ったのである。

 

 「うん、そうだね。 病気一つなく、学業にも学園生活にも満喫しているみたいだよ」

 「そう、なんですか?」

 「友達もできたみたいで、ゴルネオ——ああ、もう一人の弟とも一緒に遊んだりしてるみたいだよ」

 「そうですか、安心しました」

 

 レイフォンと違い、社交的で明るく話し上手のセヴァドスは、友達の一人や二人簡単そうに思えるが、戦闘狂という残念な性質により友達作りの難易度が跳ね上がっている。

 実際、リーリンもレイフォンがいなかったら話すこともできなかった存在だろう。

 

 「そういえば、君達のところによくセヴァが遊びに行っていたようだね」

 「はい、レイフォンに会いに来てたみたいですけど、よく孤児院の皆の遊び相手になってもらいました」

 

 だが、純粋で素直の性格でもあるセヴァドスは、その面さえ除けば頼りになる友人には違いはなかった。

 

 「迷惑はかけていないかい? セヴァは世間知らずもいいところだからね」

 「いえいえっ!! 本当に助かってました!! レイフォンってセヴァの前だと呆れたり、怒ったりしてくれたんです」

 

 今思えば、隠れて賭け試合を行っていた時、レイフォンも何処か元気がなかった。

 そんなレイフォンをセヴァドスが元気づけてくれたこともあった———稀に、お互いに暴れ始めて、建物とかを吹き飛ばしていたこともあったが。

 友人の少ないレイフォンにとって、セヴァドスは自分の感情を出すことができる貴重な存在であるということには違いはなかった。

 嬉しそうに笑うリーリンを見て、サヴァリスは微笑んで口にする。

 

 「君はレイフォンのことが好きなのかい?」

 

 突然、投下された爆弾発言に、リーリンは右手の飲み物を落としそうになる。

 

 「うぇっ!! ちょっ、いきなり何言いだすんですか!!」

 「うん、セヴァからの手紙に書いてあったんだ」

 「他人の恋愛事情を、手紙なんかで情報共有しないでくださいっ!!」

 

 とりあえず、ツェルニに着いたら、セヴァドスとはじっくりと話しておかなければならないと、リーリンは心に誓った。

 

 「ちなみにセヴァから聞いた話だと最近、レイフォンは小さい女の子に興味があるみたいだよ」

 「……詳しく教えてください」

 

 同時にレイフォンにも聞かないといけないことができたリーリンであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 「っ?」

 「はぁはぁはぁはぁ……どうした、レイフォン?」

 

 誰かに呼ばれて気がしたレイフォンは後ろに振り返ってみたが、そこにいたのは額に汗を滲ませて肩で息をするシャーニッドしかいなかった。

 周りにはレイフォン達だけではなく、他の隊の小隊員がシャーニッドと同じように疲れ果てていたり、既に力尽きたようにグラウンドに倒れている者もいる。

 

 「いえ、何でもありません。 ところで、シャーニッド先輩大丈夫ですか?」

 「見りゃわかんだろ、全然大丈夫じゃねぇよ」

 

 全く呼吸の乱れを見せないレイフォンに対し、先輩の意地なのか足を止めることのないシャーニッドだが、表情にはいつもの余裕はなく、呼吸も乱れていた。

 額に滲む汗を拭い、足を止めることなく走り続けるシャーニッドの口からは愚痴が溢れる。

 

 「つか、いつまで走らせるつもりなんだ? 既に丸一日走りっぱなしで、足元のコンディションも最悪だろ」

 

 シャーニッドの言う通り、走り始めて時計の時針が3周目に差し掛かろうとしており、空からは真っ赤な太陽がグラウンドを照りつけ、足元はグラウンド中央に設置した櫓に立っているセヴァドスが定期的に水を撒いているせいで、酷く泥濘んでいる。

 狙撃手として、時折配置につくために悪路を走ることもあるシャーニッドでも足元の泥に足を取られそうになっていた。

 

 「しかし、分かりきっていることとは言え、お前は全く問題なさそうだな」

 「えっと、グレンダンにいた時は、三日間寝ずに汚染獣と戦ったことがありますので」

 

 昔、元同僚であったリンテンスとサヴァリスと共に、名付きの汚染獣老性六期との死闘を行ったことを思い出す。

 あれほどまでに命の危機に晒されたことはなく、少しでも動きが止まってしまえば、汚染獣の攻撃だけではなく、リンテンスやサヴァリスという味方の一撃を受けることになるかもしれない状況に追い込まれたことがあるレイフォンからすれば、たったの丸一日走り続けただけで疲れるというのは余りにも温い環境だと思ってしまう。

 そんなレイフォンの言葉に、シャーニッドは心底嫌そうな顔で首を横に振る。

 

 「うえー、絶対無理だわ、俺には」

 「だが、走っているだけでいいなら幸せだと思うぞ」

 

 そう言ったのは、シャーニッドを後ろから追い抜いてきたゴルネオであった。

 シャーニッドとは違い、愚痴一つ漏らさずに淡々と走り続けていたゴルネオの表情にはまだ余裕があり、流石はツェルニの武芸長と言ったところだろう。

 レイフォンやセヴァドスという存在に比べると、ゴルネオは極一般的な学園都市の武芸者の範疇であったが、それでも他の小隊員に比べても頭一つ飛び抜けた存在である。

 最近では、弟のセヴァドスと訓練を行い始めてから一皮剥けたとも言われており、始めて出会ったときよりも貫禄というものが滲み出ていた。

 

 「ゴルネオの旦那は生真面目だねー」

 「ふん、武芸長になった者がこの程度で音を上げていたらどうする。 だが、他のやつらは、既に足が止まっている者もいるようだが……」

 

 立ち止まったり、歩き始めたりしている小隊員の姿に、先が思いやられるとため息をつくゴルネオに、レイフォンもシャーニッドも同意する。

 だが、止まっている者の中には疲れているからではなく、練習の意図に納得できないため歩いている者の姿もあった。

 

 「はぁーしっかし、いつまで走らせるつもりなんだ?」

 「安心しろ、もうすぐ終わる」

 

 グラウンドの中央の櫓に設置された巨大な時計を見たゴルネオが答えると、櫓に登っていたセヴァドスがサイレンを鳴らす。

 

 「はい、 お疲れ様です! では次の訓練に移る前に休憩を挟みましょう。 柔軟は忘れないように!」

 

 そう言って櫓から飛び降りたセヴァドスは、何処かに向かって走り去ってしまう。

 そんなセヴァドスを見ていた小隊員達は、地面に腰を下ろして呼吸を整えていた。

 

 「なんか、すげーぶっ飛んだことされそうに思ってたんだか、思ったよりも普通だな」

 「実際の訓練内容は、武芸者一人一人の質を上げるつもりで訓練は組まれている。 言ってみれば、ツェルニの武芸者はそこから始めないといけないというわけになるのだがな」

 

 シャーニッドの言う通り、レイフォンも怪我人続出の過酷な訓練を行われると思っていたが、蓋を開けてみれば極々普通の武芸者の訓練、どちらかと言えばゴルネオの言う通り。武芸者というよりも基礎体力の向上のための訓練と言うべきだろう。

 

 「一人一人の基礎能力を高めることにより、武芸者としての成長、ひいては武芸科全体のレベルの向上となるわけだな。 そこまで来て、ようやく戦術や戦略の話になってくるわけだが……」

 「武芸大会を目の前にしてそんな呑気にしていいのか?」

 「だが、質が揃わぬようでは、どのみち勝つこともできん」

 

 前大会の二の舞いになるだけだ、とゴルネオの言葉に、シャーニッドも顔を顰めはしたものの反論はしなかった。

 ニーナもそうであったが、レイフォン達新入生よりも、前大会を経験した者の方がその辺りのことはよくわかっていることだろう。

 

 「しかし、エリプトンの言う通り、時間がないことも確かだ。 故に今日の夜に中核となる人間だけ集めて、戦略会議を行おうと思っている」

 

 ゴルネオの曰く、戦略会議自体は何度もヴァンゼの時から行っているらしく、大凡の戦略は決まっているようであった。

 

 「戦略会議ねー、それは旦那の弟さんも絡んでんの?」

 「ああ、本人曰く人を指揮したことは多くないから、何とも言えないらしいが、戦闘のプロとしての視点は大いに助かっている」

 「なるほどね、それならレイフォンも参加した方がいいんじゃねぇの? この都市で唯一、アイツと同格の武芸者だろうしな」

 

 俺達では考えつかないことを思いつきそうだ、と笑っているシャーニッドの意見を、ゴルネオも賛同したのか小さく頷いてレイフォンに向かって視線を向けた。

 

 「そうだな。 アルセイフ、今夜、俺の部屋で今後のツェルニの武芸科の方針を会議を設けている。 大会まで残り僅かな時間しか残されていないことを考慮して何度も話し合っている暇はない。 俺達とは経験値が違いすぎるお前の視点が必要だ」

 「その、僕は……」

 

 ゴルネオの言葉にレイフォンは答えることができない。

 確かにレイフォンは、老性体という化け物級の汚染獣を倒してきた経験はあるが、都市同士の戦争、ましてや人を率いて戦ったこともなく、チームとして戦ったのもツェルニに来て、初めてのことである。

 レイフォン自身も、そのような会議で自分の経験が活かせるなど思ってもいない。

 そんなレイフォンを気にすることなく、ゴルネオは隣にいるシャーニッドにも声をかける。

 

 「エリプトン、それにアントークやロスにも参加するように言っておいてくれ」

 「俺もかよ……」

 「当たり前だ。 話し合い次第では、部隊を率いてもらうようになるかもしれん」

 

 ツェルニ随一の狙撃手としての視界の広さ、ツェルニ随一の戦術部隊であった第十小隊員であった経験から、ゴルネオはシャーニッドのことを高く評価していた。

 だが、当の本人は突然と提案に動揺を隠しきれないでいた。

 

 「いやいや、それは俺のキャラじゃねぇっていうか」

 「ただの兵と指揮官では、負うことになる責任が違うだろう。 だが同時に与えられる権限も変わることになる。 友やお前自身の約束を果たすためには、どのような力も持っておいたほうがいい」

 「ダンナ……」

 「ふ、まあ、お前が選ばれるかに関しては、何とも言えないがな」

 

 冗談混じりの、それでいて何処か温かみのある笑みを浮かべたゴルネオは、力強い歩みで背を向けて去っていった。

 そんなゴルネオの姿に、シャーニッドは感心したのか、目を細めて小さく頷く。

 

 「なんつうか、ゴルネオのダンナ、昔よりも余裕というか自信っていうか、なんか逞しくなったよな」

 「そう……ですね」

 「まあ、これもセヴァの奴に扱かれているからか」

 

 俺のときも苦労したわ、とシャーニッドもしっかりとした足取りで前を向いて歩いていく。

 シャーニッド、ゴルネオ、そしてセヴァドスの姿を思い出し、レイフォンは知らず知らずのうちに溜息をついていた。

 

 「……本当に、凄いな」

 

 武芸を辞めると決めたのにもかかわらず、惰性のように武芸をしている自分と思うがままに自分を高めていくセヴァドス。

 そんな彼と通じることで、ツェルニの人間が吹っ切れて、成長していくその姿を見せつけられることとなったレイフォンは、セヴァドス・ルッケンスという存在を初めて羨ましく思った。

 


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