セヴァドスがハイア達サリンバン教導傭兵団との出会った頃。
遠く離れた試合会場で、ミィフィは珍しく額に冷や汗を流しながら、隣の席に視線を向ける。
「あのーゴルネオ先輩?」
「今の俺はセヴァだ」
そう答えたのは、何故か長い銀髪のカツラを被った第五小隊隊長のゴルネオ・ルッケンスであった。
決してその弟であり、ミィフィ達の友人であるセヴァドスでは断じてなかったが、当の本人(ゴルネオ)は自分自身をセヴァドスと言い放った。
ミィフィの隣にいるメイシェンも、セヴァドスが来ると思っていたのにも関わらず、強面の武芸者の登場により完全に身体が固まっていた。
そんな二人を見て、ゴルネオは困惑しているのはこちらだと言いたくなる。
そもそも今回、ゴルネオがこのような茶番に付き合っているのには、セヴァドスからの頼みだからであった。
凄まじく上機嫌のセヴァドスを見て詳しい理由は聞かなかった(嫌な予感がしたので聞きたくなかった)が、どうやら今回は会長であるカリアンも絡んでいるようであった。
———会長も絡んでいることだ、そう大事にならないだろう、いやならないと信じたい、信じさせてほしい。
ぶつぶつと呟くゴルネオに、隣のミィフィ達は席を一つ隣へとずらしたのだった。
そんなゴルネオの苦悩を気にすることなく、セヴァドスは笑みを隠すこともせずに、目の前の来客者を観察する。
発する剄の流れ、足の動き、視線の先、それらをセヴァドスは一つ一つ確認をしていく。
———間違いなく彼らは戦闘集団。 それもグレンダンでも中々いなかったほどの。
期待を裏切らない武芸者達に、セヴァドスの笑みは益々深くなっていく。
「サリンバン教導傭兵団、数多の移動都市を渡く流浪の戦闘集団であり、グレンダンの名を広めた立役者。 結成当初の目的は、狂った都市の電子精霊を捕らえること。 つまりは廃貴族を狙う集団というわけですね」
サリンバン教導傭兵団の目的などには、セヴァドスは全くの興味はない。
ただサリンバン教導傭兵団の団長だったものを知っている。
リュホウ。
レイフォンの武芸の師であるデルクの兄弟子であり、サイハーデン刀争術の担い手である。
そんなリュホウが既に亡くなっていること、そして彼の武芸の血脈は次世代に受け継がれていること、そんな彼が作り出した戦闘集団はまだ健在であることをセヴァドスは知っていた。
グレンダンにいたら出会うことのなかったかもしれない幸運に、この地から遠く離れた場所で日常を謳歌しているだろうアルシェイラに対し、セヴァドスは感謝を込めた。
「ああ、そういえばアンタはルッケンスの人間、俺っち達の事情も少し知ってるわけさー」
目の前の青年の言ったことは、正解でもあり、不正解でもある。
確かにセヴァドスは、ルッケンスの人間であるが、リュホウやサリンバン教導傭兵団のことを教えてくれたのはレイフォンの師であるデルクであり、廃貴族のことは女王陛下であるアルシェイラの口から伝えられていた。
ただそのような事実は、今からは始まるだろう闘争からすれば取るに足らない事実である。
『少しよろしいでしょうか?』
「む、かまいませんよ」
興奮の余り、身体中の血が高ぶっていくセヴァドスの頭上に、一枚の念威端子が宙を舞う。
冷静で無機質な、しかし微かな動揺が見られる声にセヴァドスは快く言葉を返す。
『ありがとうございます。 貴方はどうやって私の念威から逃れたのですか? 先程、私は貴方が試合会場に入ったのを確認しています』
「なるほど、その件ですか」
疑問を擁す念威端子からの声に、セヴァドスは自らネタ晴らしを行うことにした。
まずセヴァドスは、ここ最近自分自身が誰かに見られている気がしており、最初はその見事な手際からフェリ辺りが自分を監視していると考えた。
しかし、フェリならそのうち何か反応するだろうと思っていたが、待てど待てどフェリからの反応はなかった。
そんなとき、カリアンからの連絡が届き、今回の件の説明を受けたのであった。
「私も会長さんから貴方達のことと、廃貴族を探していることを聞かされました。 レイフォンも、会長もその存在のことを知らなかったようですが、私は一度、廃都市で出会っていましたし、ニーナさんに取りついていることも知っていました」
その偶然が、今回のような幸運を生み出すことになった。
セヴァドスは、すぐにカリアンにニーナをここへ隠すことを進言し、自分は護衛としてここに潜んでいたのである。
自分がここにいれば、サリンバン教導団傭兵団も仕掛けてこないだろう、と言ってカリアンを安心させたが、セヴァドスは、自分の思惑を通すためにある方法を思いついた。
「試合会場には身代わりさんに行って貰い、私はここで潜伏していたというわけです」
監視ということもあり、念威端子は常にセヴァドスを遠くから観察していたため、セヴァドスの兄であるゴルネオの変装に気づくことはなかった。
念のため友人であるミィフィとメイシェンに変装ゴルネオの脇を固めてもらい、セヴァドスはニーナと同じベットに入るという予想外の行動でサリンバン教導傭兵団の監視から逃れたのである。
『こちらの動きは読まれていたということですか』
「そういうことですね。 で、これからどうしましょうか?」
こうして彼らの誘拐は頓挫してしまったことになるが、この程度で辞められてしまってはセヴァドスとしても面白くない。
そんなセヴァドスも思惑を知ってか知らずか、向こう側としてもこれだけで終わらせるつもりはないようである。
「アンタが大人しく廃貴族を渡すっていうのはどうさー」
「ふむ、確かに私もグレンダンから頼まれているようなものですね」
誘拐の次は、交渉ということだろう。
確かに彼らの言う通り、セヴァドスはアルシェイラから見つけたら捕まえてくれと頼まれている。
この状況下で廃貴族を宿したニーナを捕まえることは容易だろう。
「そうさー俺っち達がグレンダンに帰ったら陛下にアンタがグレンダンに戻れるように頼んでみるさー。 アンタだってこんな都市にいるのは不本意のはずさー」
「……なるほど、それは魅力的な提案ですね」
「こっちは廃貴族を運べてラッキー、アンタはグレンダンに戻れてラッキーさー」
その提案は、双方に十分の利点のある内容だった。
傭兵団側は、グレンダンに廃貴族を運び、その任を終えることができ、セヴァドスは、楽園であるグレンダンに戻ることができる。
そうなれば向こうで首を長くして待っているだろうサヴァリスとも戦うことができる。
いつものように他の天剣授受者とも拳を交えることができる。
そんな彼らの提案にセヴァドスは———
「あ、お断りします」
あっさりと断った。
あまりの返答の軽さに、彼らが固まっているのを他所に、セヴァドスは自分の考えを口にする。
「よく考えてみると、私に全くメリットがないんですよ」
そもそもセヴァドスは、ツェルニに強制的に留学させられたが、レイフォンのように追放されているわけではない。
勿論、一年も経ってないうちに帰ってしまえば、アルシェイラから文句の一つでは言われそうだが、ツェルニへの強制送還はされそうである。
故にハイア達サリンバン教導傭兵団の助力は、セヴァドスにとって全く必要ではないものであった。
「ツェルニの生活も気に入ってますし、何より色々な発見と興味が至るところに溢れています。 友人もできましたから、すぐにグレンダンへ帰る気はありません」
確かにグレンダンのように、戦い概のある人間が大勢いるわけもなく、汚染獣も頻繁にやって来ない。
戦うものとして物足りなさがあるのは、決して否定はできない。
しかし、グレンダンにはなかった錬金鋼への新たなアプローチ、様々な食材に研究された料理技術、平和ボケしたかのような娯楽の数々。
それらは十分にセヴァドスの好奇心を擽るものであった。
「もしも、グレンダンに廃貴族を運ぶことになるなら、私がグレンダンに連れていきますよ。 もしよろしければその時、陛下にちゃんとお伝えいたします。 彼ら、サリンバン教導傭兵団の皆様は頑張っていましたよ、と」
こうすれば、貴方達の苦労も報われますね、というセヴァドスの好意に、目の前の赤毛の少年は大きくため息をつく。
「なるほどさー、噂には聞いていたが、本当にアンタは変わってるさー。 つまりは……俺達サリンバン教導傭兵団を舐めているっていうわけだろ?」
「ふふふふふ、別に舐めているわけではないですよ。 そもそも私がこのような任を受けたのは貴方達と戦えるからです」
もうこれ以上の会話は必要ないだろう。
これからは待ちに待った楽しい時間。
セヴァドスの我慢は限界まで来ていた。
「さあ、戦いましょうか」
・ ・ ・ ・
「ここでは思う存分戦えませんね」
そう言って、セヴァドスは眠りにつくニーナを右肩に担ぐと、そのまま左手を窓側に向ける。
セヴァドスの体に青い剄の流れを感じた瞬間、ホテルの壁が吹き飛び、その先に真っ暗なツェルニの夜が映し出される。
「では行きましょうか」
こちらに振り替えることなく、ぽっかりと空いた穴に足をかけると、そのままホテルから飛び降りた。
そんな彼にハイアは冷静に、フェルマウスへと指示を出す。
「後を追うさ、俺達もすぐに追いつく」
フェルマウスの念威を先行させ、セヴァドスに続くようにホテルから飛び降りたハイアは、視界の遠く先にいるセヴァドスに迫らんと一気に駆け出した。
ハイアの後を、ホテル内を囲んでいた団員達が続き、念威を通じて指示を送る。
「俺が追いつくまで手を出すなさー、方角からしてだいたい行きたい場所はわかるさー」
そもそもこの地域一帯は老朽化が進み、人の流れも少ない。
入院患者のニーナをこのようなところに運んだということに、少し違和感を感じていたが、こうしてハイア達とやり合うことを考えれば、この地域一帯は戦場として最適だろう。
恐らく、この状況を作り出したのは、あの胡散臭そうな生徒会長殿だろう。
「つまり、会長さんはアレが俺達に勝てると思っているわけさー」
舐めれている。
未熟者ばかり集まる都市の支配者ごときの人間に。
ハイアは今まで色々な曲者達と渡り合ってきた経験が、幾多の戦場を乗り越え結果を出してきた事実もある。
たとえ、それが天剣授受者の最候補とする天才だろうが、サリンバン教導傭兵団の団長である自分が負けるわけがない。
ハイアの読み通り、セヴァドスの走力は格段に落ちてきた。
この場で迎え撃つつもりだろう。
「どうしたのさー、逃げるのはもう止めたのか?」
「いえいえ、中々いい場所に辿り着いたと思いまして」
ひと際高いビルの上に立ったセヴァドスは、周囲を見渡しように傍観している。
そんなセヴァドスに追いついたハイアは、腰元の鋼鉄錬金鋼の刀を抜く。
それを合図として、セヴァドスの周囲を団員達が取り囲む。
総勢15名。
まだ何人かは追いついていなかったり、周囲を警戒させているが、これで十分だろう。
「さて、もう一度聞いておくさー。 廃貴族を渡せ」
「それは難しいご相談ですね。 だって私は戦いたいんですから」
その言葉をきっかけに、セヴァドスは頭上へと大きく飛ぶ。
「ではこの人をよろしくお願いしますね」
セヴァドスは笑みを浮かべたまま、右肩に乗せていたニーナを両手で持つとそのまま放り投げた。
その先には、出遅れたミュンファが虚を突かれたかのように目を丸くさせていた。
「え? きゃっ!!」
「なっ!?」
ニーナの身体は何とかミュンファが受け止めることができたが、彼女自身も空中にいたため、そのまま落下していく。
突然のセヴァドスの奇行に、ハイアの視線が一瞬、向こうに取られた瞬間———既にカレはそこにいた。
「さて、お互いこれで気にするものはありませんね」
「ちぃっ!」
迫る右拳をハイアは何とかかわして避けることができたが、うなりを上げたセヴァドスの剛腕が風を切り裂き、衝撃波がアスファルトを抉る。
躱したとはいえ、ここはセヴァドスの距離。
流れるような動きで、再びハイアに襲い掛からんとするセヴァドスを止めたのは、後方から襲い掛かった団員の斬撃である。
「へぇ、今のについてくるとは、流石サリンバン教導傭兵団、最高ですよ」
「がはっ……」
首を刈り取らんとする一撃は、セヴァドスの残像しか捉えることしかできずに空を斬った。
お返しとばかりに放たれたセヴァドスの右拳が男の脇腹に突き刺さり、苦悶の声を上げる。
軋みと骨が砕かれた乾いた音とともに武器を取り落とした男をセヴァドスは右足を振り抜いて吹き飛ばす。
「この野郎っ!」
「舐めるなよっ!!」
「待てっ!」
ハイアの制止を振り切った二人の団員がセヴァドスに迫るが、目の前の怪物からは笑みが消えることはない。
「やはり、その辺りの武芸者とは違いますね。 グレンダンにいた頃でもそう味わうことのない緊張感ですよっ!!」
振り下ろされた剣を、セヴァドスの右腕から放たれた衝剄の刃により砕かれる。
外力系衝剄の変化、風花穿。
セヴァドスの放った衝剄の槍が横腹に突き刺さり、
外力系衝剄の変化、裂空牙。
振り抜いた右足から放たれた鋭利な衝剄の刃が。二人の武芸者を巻き込むような形でビルの上から落下した。
一瞬のうちに三人の団員を倒したセヴァドスの危険性に、ハイアが動いた。
内力系活剄の変化、旋剄。
先程のお返しと言わんばかりに、セヴァドスに詰め寄ったハイアの一閃。
その一撃を、受け止めたセヴァドスにハイアは二の太刀を放つ。
「っ! 流石は傭兵団の団長ですね、今の一撃は流石にヒヤリとしました」
「何を言っているさー、こっちもアンタを甘く見てたさー」
ハイアの一撃は、セヴァドスの右肩に微かな切り傷を残しただけだった。
相変わらず楽しそうに笑みを浮かべるセヴァドスに対し、ハイアも軽口を叩きながら他の団員に指示を送る。
目的のモノは既にミュンファが確保し、そのまま停留所に向かっている。
フェルマウスの念威からの情報では停留所には人は配置されていない。
つまり、ハイア達の目的は目の前の男を止めれば達成ということになる。
「お前らは撤収準備さー。 コイツは俺っちがやる」
「しかし、ハイア……」
『了解した」
セヴァドスの危険性を感じ取った団員達は、不安を隠せない様子でハイアの方に視線を送るが、副団長であるフェルマウスだけはハイアの指示に従った。
団長と副団長の決定により、セヴァドスを取り囲んでいた団員達は次々にビルの上から飛び降りていく。
その様子を、セヴァドスは特に慌てることなく見送っている。
「追わないのさー?」
「ええ、だって貴方がここに残っているじゃないですか?」
ハイアの言葉に、爛々とした眼をしたセヴァドスがワラウ。
その表情に、ハイアは冷や汗を流しながら静かに呼吸を整える。
「アンタは俺っちが斬るさー」
「それは楽しみですね」
迫りくる怪物を斬る。
それがハイアの目的であり、天剣奪取の道であった。