「話があるから来てほしい」
カリアンにそう言われ、レイフォンは生徒会室の扉を叩いた。
扉はほどなくして開かれ、秘書に案内されたレイフォンが部屋に入るとそこには
「っ!! お前は」
「いや、二日ぶりさ、ヴォルフシュテイン」
そこにいたのは、先日都市警の依頼で遭遇した武芸者。
サリンバン教導傭兵団の長を務めるハイア・ライアであった。
「何故、お前がここにいる?」
「そんなの決まっているさー、この部屋の主に呼ばれただけさ」
ニヤニヤと笑みを浮かべるハイアから視線を、窓の外を眺めていたカリアンに向ける。
「どういうことですか?」
「ふむ、それを説明する前に、レイフォン君もかけたまえ、君もだハイア君」
カリアンの言葉にレイフォンは来客用ソファに腰を落とすと、その向かい側にハイアが座り、そして彼の隣にいた眼鏡をかけた少女も彼に続く。
レイフォンやハイア達が座ったことを確認すると、秘書の女性が全員分の紅茶を用意してそのまま部屋から退室する。
これでこの部屋にいるのは、レイフォンにカリアン、そしてハイア達の四人である。
「さて、二人ともどうやら紹介は必要なかったようだね」
「会長、どういうつもりですか?」
目の前に座るハイアは、先日の一件で指名手配されている人物である。
そんな人物を部屋に招き入れ、茶菓子を出すカリアンの考えが理解できなかった。
何より、目の前の男の危険さは、刃を交えたレイフォンが一番理解することができた。
「何、悲しい行き違いというわけさ。 どうやら彼らも運ばれた荷物の中身は知らなかったようだ」
「まさか信じたわけではないですよね」
胡散臭いカリアンの笑いに、レイフォンは視線を鋭く睨み付ける。
しかし、睨み付けられたカリアンは何処吹く様子で、いつも通りの笑みを浮かべて飲み物を口に含む。
「ああ、しかし彼らにこういうものを渡されてね」
「……それは?」
「読んでみるといい」
カリアンから投げ渡された冊子をレイフォンは一枚一枚めくっていく。
数ページをめくり、レイフォンは漸くその意味を知ることができた。
「脅されたというわけですか?」
「正確には、お互い臭いものには蓋をしよう、ということになったわけだ」
購入名簿。
そこに書かれていたのは、違法酒である『ディジー』を購入した者の名前が記載されていた。
そして、その名前の人物達をレイフォンは知っている。
つまり、こういうことだろう。
この名簿の事実がツェルニに広がると、間違いなく武芸科の信頼は地に堕ちる。
いや、それ以上にこの事実が学園都市連盟にでも知れ渡ってしまえば、ツェルニの存続が危ぶまれることになるだろう。
レイフォンを無理やり武芸科に入れて、ツェルニの存続を目指すカリアンからすれば絶対に避けなければならない問題である。
そして、サリンバン教導傭兵団もこの事実を隠したいはずだ。
この世界でグレンダンの名を上げたのは間違いなくサリンバン教導傭兵団のおかげである。
故に名誉や武勲は計り知れないものであり、他の都市の武芸者達からも一目置かれる存在がこのような密売に加担したとされれば、間違いなくその名誉に傷がつくだろう。
「私は彼らが持ち込んだことへの事実に目を瞑った代わりに、ツェルニの武芸者が違法酒を買ったとする事実の証拠を消してもらった」
「で、こっちはそのおかげでこうして堂々と歩けるというわけさ」
余裕に満ちた表情で茶菓子を頬張るハイアに、レイフォンは視線を反らすように自分の飲み物を口にする。
レイフォン自身、ハイアの行動にもカリアンのやり方にも納得しているわけではなかったが、既にこの話は完結をしていた。
一学生であるレイフォンが口を挟む問題ではなかった。
「では、僕を呼んだ理由は?」
「それは第十小隊についてだ、この件にはまだ一つだけが残っている」
第十小隊、それはシャーニッドの古巣であり、彼の盟友であったディン・ディーが隊長を務める小隊。
そして、『ディジー』を購入した人物であった。
「彼らは、このディジーを既に服用している。 この事実が知れ渡れば、ツェルニは都市対抗戦を迎える前に終わってしまうだろう。 だからこそ、内密に処理する必要がある」
「それは僕に彼らを殺せと……?」
「いや、そんなことは望んでいない。 ただ彼らに静かに舞台から降りてもらおうというわけさ」
カリアンは簡単にそう言ったが、レイフォンにはそれらしき手段は思い付かない。
実力で圧倒的なまでに蹴散らせばいいというわけではないだろう。
そんなレイフォンの疑問に答えたのが、話の流れを見守っていたハイアであった。
「そこで、元天剣授受者様、サイハーデンの担い手の出番というわけさ。 使えるんだろう? 封心突さー」
「実はすでにハイア君から技の詳細は聞いている。 この技ならば、彼らに大怪我を負わすことなく、倒すことができる」
そうなれば後は私が彼らと話をつけよう、とカリアンが口にするが、そう簡単にいくものではない。
封心突———簡単に言えば全身を巡る剄路に針状の凝縮した衝剄を撃ち込み、剄路の働きを止めて神経や肉体に影響を与える技である。
つまり、相手の身体に正確に打ち込む技術が必要になるのだが、レイフォンにとってそれは問題ではない。
問題、それは———
「問題は、剣を使っている天剣授受者様に、サイハーデンの刀技が使えるかということさ」
挑発めいたハイアの言葉に、レイフォンは苛立ちを隠せなかった。
「部外者は黙っていろ。 もしくは用が済んだんならさっさと出ていけ」
「はぁ、こっちは親切心で言っているだけさー。 ただ俺っちもまだ要件は全部済んでないからここで待たせてもらうさ」
ソファにどっぷりと座ったハイアは、隣の少女が挙動不審な様子なのにも気にすることなく、再び注がれた紅茶を口に運ぶ。
「おや、君との交渉は既に終わったと思っていたのだが?」
「それは今回の件だけさー。 言ってみれば今度の話はサリンバン教導傭兵団の悲願とでもいうべきか」
「悲願……?」
一瞬だけ笑みを消したハイアに、レイフォンは思わず聞き返すと、ハイアは勿体ぶった口調で口にした。
「そう、廃貴族さ」
・ ・ ・ ・ ・
地獄の鍛錬のない休日。
シャーニッドはセヴァドスに連れられて、貴重な休日に商業区の中を歩いていく。
休日ということもあり、シャーニッドもセヴァドスも普段着ている制服ではなく、私服なのだが、二人とも目立つ容姿のため、道歩く女子生徒達から羨望の眼差しを受けている。
シャーニッドも自分自身がモテることは理解していたが、目の前を歩く男はそれを凌駕しているように思えた。
戦闘狂なところさえ直せば、と後輩の残念さに少しの安堵と心配をしているシャーニッドに対し、当のセヴァドスは周りの目を気にすることなく目的地に向かっている。
「はい、着きましたよ」
「着きましたよって、ここケーキ屋じゃねぇか」
程なくして、辿り着いた所はシャーニッドも何度か足を運んだことがあるケーキ屋であった。
今日の目的は小隊員として推薦する人物への顔合わせということになっていたので、思っていたような場所とは違い戸惑うシャーニッドを他所に、セヴァドスは店の扉に手をかける。
「ええ、私の行きつけです。 とりあえず中に入りましょうか?」
「はぁ、男二人でこんなところに来るとは思ってなかったぜ」
先に店に入っていくセヴァドスの後ろをシャーニッドは歩いていく。
シャーニッド達を迎えたのは、セヴァドス達の友人であるメイシェンであった。
メイシェンの制服姿を、凝視していたシャーニッドの隣でセヴァドスが右手を上げる。
「あ、セヴァちん……」
「こんにちは、メイさん。 ミィさんは?」
店内を見渡すセヴァドスに、メイシェンは店内の奥の方を指さす。
そちらの方からは賑やかな声が聞こえていた。
「ミィならあそこに」
「おお、相変わらず愉快な人ですね。 とりあえず、ブルーベリーケーキを一つ、シロップだくだくの、フルーツ多めで。 飲み物はとりあえずいつものでお願いします」
「あ、俺はブレンドでいいわ」
「はい、かしこまりました。 ごゆっくりどうぞ」
手慣れた様子でメイシェンにメニューを頼んだセヴァドスに倣って、シャーニッドも店内を横断する。
どうやら時間帯が朝ということもあり、店内には客の姿はあまり見受けられなかった。
一番、奥のテーブルにたどり着いたシャーニッド達を迎えたのは、顔見知りの人物であった。
「いらっしゃいませ、ご主人様! ご飯にします?お風呂にします?メイドにします?」
「ケーキにします」
何故か、メイドの姿をしたミィフィとセヴァドスが、いぇーいと互いにハイタッチを行う。
バチバチとお互いの手を重ねあう二人を見て、シャーニッドは羨ましそうに口をする。
「楽しそうだな、お前ら」
「紹介します、こちらの五月蠅いメイドがミィさん」
「はーい、五月蠅い担当のミィフィでーす。 先輩、おはようございますー」
紹介をされても、何度も顔を会わしているため、名前も知っている。
突然の紹介に戸惑うシャーニッドを他所に、セヴァドスはもう一人の人物の紹介をする。
「で、こっちで恥ずかしそうに顔を隠しているメイドが、お目当ての人物でございます」
「はぁ?」
セヴァドスの手の先には、長身の身体を器用に丸めたナルキの姿があった。
彼女も何故か、ミィフィ同様のメイド服であったが、何故かスカートの丈はやけに短かった。
スラッとしたしなやかな足に、シャーニッドが視線を奪われていると、ミィフィがセヴァドスの肩を叩く。
「セヴァちん、さっきからナッキが恥ずかしがって動こうとしないんだよ」
「ふむ、ナッキさん、ご主人様が来ましたよー」
両手を上げて、とても良い笑顔を浮かべるセヴァドスに、ナルキは顔を伏せながら声を荒げる。
「誰がご主人様だよっ!! ああああああっ! だから私は賭け事が嫌なんだよっ!!」
「別にお金をかけてないんだからいいじゃん。 一位が最下位に命令するだけの簡単なゲームだよ」
「そうですよ、ナッキさん。 可愛いですよー」
「あ、レイとん用に写真撮っておこうか?」
「いいですね。 カメラは用意してますよ」
「やめろよっ!!」
とても楽しそうな二人に遊ばれる玩具となった後輩に対して、シャーニッドは気の利いた言葉は残せなかった。
「なんていうか、頑張れよ」
「ちょっ!? 助けてくださいよっ!」
「シャーニッド先輩、他人事のように言ってますけど、彼女はこれから貴方のチームメイトになるんですよ?」
写真を撮り続けるセヴァドスが不思議そうな顔をして言うが、そんなことはシャーニッドも初耳であった。
何より、当のナルキもそんな事実を知っているはずもなく———
「はぁ?! どういうことなんだよ!」
「え? ナッキさんに第十七小隊に参加してもらおうと思っているんです」
当たり前のように答えるセヴァドスに、ナルキは額に汗を滲ませながら慌てて噛みつく。
「いやいや、私は都市警の仕事があるから小隊員なんて無理だし、なりたいとも思ってない。 何より私自身の実力が小隊員として伴っていないだろ!」
「大丈夫です、ナッキさんだったら小隊員としてもやっていけると思いますよ。 いざとなれば私もお手伝いしますから」
ナルキの拒否にも、セヴァドスは慌てることなく、ニコニコと笑みを浮かべたまま表情を崩すことはしない。
そんなセヴァドスの様子に、ナルキの表情が段々と焦りが見え始める。
シャーニッドはその心境を大いに理解はできる。
セヴァドスの起こした行動には、常に被害者が現れるからだ。
「いや、しかし」
「シフト次第では、都市警の仕事も、小隊員も両立できないことはありませんよ。 何より小隊員になれば、ナッキさんのスキルアップにもなります」
否定をしようにも、セヴァドスの口撃から逃れる術をナルキは持ち合わせていない。
「でも……」
「それに困ったことに第十七小隊は今、人数不足で次の小隊戦に出れない状況なんですよ。 私が参加できればよかったのですが、一応第十四小隊に所属している身ですから」
「う……」
「もしも、第十七小隊に参加してくださるなら、罰ゲームの一日メイドを辞めてもいいですよ?」
段々と押されてきたナルキに対し、セヴァドスは飴とも言える提案を出してくる。
セヴァドスの発言に、ナルキは今の自分の服装を思い出した。
「なっ?! しかし、私の意志はそんなことで……」
「いいのですか? これから十時間以上、ナッキさんはメイドさんにならなくてはいけないんですよ? あと何回、ご主人様と呼べばいいんでしょう?」
確実に罠だとしても、意思を曲げることになったとしても、もういいんじゃないか——
ならば、この状況(ふくそう)から逃げ出せればいいのではないか?
そんな諦めが、ナルキの脳裏を過ぎっていた。
「うう……」
「フォーメッドさんから承諾は既に得ています。 ナッキさんには期待しているから頑張ってくれないか、だそうです」
「事後承諾じゃないか……」
上司まで抑えられ、ようやくこの状況下でナルキは自分が完全に嵌められていることに気がついた。
昨日のカードゲームの罰ゲームにしろ、上司への事前連絡にしろ、全てはセヴァドスの掌の上の出来事であった。
こうなればナルキにできることはもう何もなかった。
「やりましたよ、チームメイトゲットですね」
「お、おう」
にこやかな笑みを浮かべるセヴァドスに、シャーニッドは声を詰まらせながら頷く。
涙目のナルキには悪いが、小隊員を増やしたいシャーニッドが彼女を助けることはできなかった。
ただ、小隊では気遣ってやろうと、セヴァドス被害者の会のメンバーとして同情的な目を向けるしかなかった。
「けど、いいのか? 嫌がっている相手をどうこうするのは俺の趣味ではないんだが?」
「ああ、大丈夫ですよ。 いつも授業では私とレイフォンが相手していますが、そろそろ次の段階に進んでもいいと思っていたんです。 実際、本人は気づいてませんが、当初よりも大きく成長してますよ」
ナルキは確かの本人の思っている通り、現時点では小隊員としてのレベルには達していないかもしれない。
だが、セヴァドス達に負けないように、と喰い付いてくる意思を持つ数少ない武芸者の一人である。
潜在能力も悪くないことから、恐らく来年には小隊員になることも可能だろう。
ならばこの機会に、小隊員として訓練をしておけば、武芸者としても、夢である警察官になる上でもプラスになることだろう。
セヴァドスの思惑を聞かされたシャーニッドは、感心したように口にする。
「なんて言うか、ちゃんと友人してるじゃねぇか?」
「はい、こう見えて友達を大切にする派なんですよ」
ただ純粋に笑みを浮かべるセヴァドスの表情に、シャーニッドは袂を分けた二人の友人を想う。
友人としてできること———
「ああ、そうだな。 友達は大切にしないとな」
彼らと戦うのは三日後。
シャーニッドは、あの時の歪みを直そうと決意した。