ルッケンスの三男坊   作:康頼

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第二十三話

 「こんにちわ」

 「帰れ」

 

 授業が終わり、学生達が放課後の街へと向かう中、セヴァドスは一人で、錬金科の研究室の一室を訪れていた。

 そんな突然の来訪者に、部屋の主の一人であるキリクは、不機嫌を隠すこともしない表情でドアを閉めようとしたが、一瞬のうちに手を滑りこまされたセヴァドスにより、無情にもドアは再び開かれた。

 

 「おおー、書物がいっぱいですね。 む? これは研究書……ですか? 『多重錬金鋼複合理論』……ふむ、興味があるので貰っても大丈夫ですか?」

 「人の話を聞け。 おいハーレイ、こいつはお前の客だろ?」

 「えっと、僕の客というわけではないんだけど……とりあえずその本は置いてくれる? 一応、それ僕達の研究成果だから」

 

 キリクの脇をすり抜けて、ずかずかと研究室に押し入るセヴァドスに対し、ハーレイは呆れた表情で押し止めた。

 そんなハーレイの言葉にセヴァドスは残念そうに研究書を置いた。

 

 「なるほど、残念です。 む、こちらは試作の錬金鋼ですね? 試してみていいですか?」

 「おいっ!!」

 「ちょっ、僕に怒鳴らないでよっ!? 基本的にこの子って人の話を聞かないんだから!」

 

 素直に研究書を諦めたセヴァドスだったが、既に興味は作業台の上に置かれた試作中の錬金鋼に向かっており、そんな彼を見て、キリクが普段では想像できないほどの怒鳴り声を上げてハーレイを睨みつける。

 完全に八つ当たりであったが、それでもハーレイは何とかセヴァドスの前から錬金鋼を回収して奥の棚へと片付けた。

 ハーレイはセヴァドスを大人しくする為に、冷蔵庫に取ってあったケーキ(ハーレイの分)とドリンク、あと彼の好きそうな娯楽書籍を目の前において何とか椅子に座らせることに成功した。

 速読を行い、満足そうにケーキを口へと運ぶセヴァドスの姿は何故か上品に見えて、レイフォンが言っていたグレンダンでの名家出ということを実感した。

 

 「で、どうしたの? 突然訪ねてきたけど」

 

 特に親しくもないセヴァドスがわざわざ訪ねてくる理由に、ハーレイは特に思い当たることはなかったが、今までのセヴァドスの起こしてきた行動を顧みると、早い内に要件を聞いて追い出した方がいいだろう。

 そう考えたハーレイの考えは決して間違いではなかったが、正解とは言えなかった。

 そもそも、こうして部屋に入れてしまった時点で、既にことに巻き込まれていることにはハーレイは気づかなかった。

 ハーレイの問いかけに、セヴァドスは手に持ったフォークと書籍を置くと飲み物を口に含む。

 そして、いつもの笑みを浮かべたセヴァドスはこう切り出した。

 

 「あ、そうです。 この前の老生体と戦ったときにレイフォンが使っていた錬金鋼を思い出しまして、私の分も作ってほしいです」

 「本当に突然だっ!?」

 

 要件すらも突然なことに、ハーレイは思わず大声を上げながらつっこんでしまう。

 突拍子のない無茶なお願いに対し、驚きをみせたハーレイとは対照的にキリクは至って平静を維持したままセヴァドスに視線を向けた。

 

 「というわけでどうですかキリクさん。 この私に錬金鋼を一つ作っていただけませんか?」

 「死ね」

 

 セヴァドスのお願いにキリクは非情な一言で切り返した。

 カリアンですら、言葉一つでセヴァドスを切り捨てることができないのだから、ある意味キリクは剛の者と言っていいだろう。

 だが、相手が悪かった。 ここで始まるのがセヴァドスクォリティーであり、諦めない男セヴァドスである。

 キリクから切り崩すのは難しいと判断したセヴァドスは、標的の矛先を変えた。

 

 「……ふう、というわけですが、どうしましょうかトーマスさん?」

 「何がっ?! というよりトーマスって誰?!」

 

 突然、話を振られたトーマス改めハーレイは再び大声を上げる。

 何故僕に聞くのとか、何故僕に相談するのか、とかいろいろ言いたいことがあるが、一番声を荒げて憤慨したのは自分の名前についてである。

 基本的に影が薄く、稀にアイツ誰だっけ? とかは言われたことがあるハーレイだが、今までトーマスと自信満々に呼ばれたことはなかった。

 あっているのは字数と『ー』の部分だけである。

 そもそも、ハーレイとセヴァドスは、先程も言った通り何度か練武館にて会い、言葉も交わしたこともある。

 一番腹が立ったのは、殆ど初対面のキリクの名前を憶えているのにも関わらず、間違わずに言えることだ。

 いや、そもそも人を全然違う名前で自信満々に呼ぶ方がおかしいのでは、とハーレイが考えていると、何故か二、三度頷いたセヴァドスが首を傾げながら訪ねた。

 

 「ふむ、トーマス・ハーレイさんでしたよね?」

 「そういうこと?! うん、惜しいっ!って違うからハーレイが名前だから!」

 「ハーレイ・トーマスさん!」

 「違うよ! ハーレイは合ってるけど、トーマスは要らないよ!!」

 「では、何とお呼びすればいいですか?」

 「ハーレイでいいよっ!!」

 「では、ハーレイさん。 私に私だけの錬金鋼を作って貰えないでしょうか?」

 「うん?! 常識的に考えて、はい作りますとは言わないよね、普通」

 

 普通とは何か?

 セヴァドスと話していると、常識という基準値が解らなくなってきたハーレイを見て、キリクは舌打ちをつく。

 

 「おい、漫才がしたいならさっさと出て行け」

 「別に僕は漫才がしたいわけじゃないよっ!?」

 

 いつの間にか漫才の相方にされてしまったハーレイは声を高らかにあげる。

 ハーレイ・トーマス? 彼はツッコミ属性を得た瞬間だった。

 普段以上の存在感を現わしたハーレイの隣で、話を戻し始めたセヴァドスが口を開く。

 

 「で、どうでしょうか? 勿論、素材と研究費については私が出しますよ」

 「そういう問題じゃない。 そんな暇は俺達にはない」

 

 正確には時間を作ることくらいはできるだろう。

 ただ、キリクは目の前の男に自身の作品を渡す気はなかった。

 キリクは、職人である。

 自分が認めた相手にしか渡すつもりはない。

 前回、レイフォンの使った複合錬金鋼も都市の危機のためだったからであり、決してレイフォン自身を認めて作ったわけではないのだ。

 レイフォンは武芸を捨てようとしていたが、セヴァドスは違う。

 武芸を捨てることもなく、努力も惜しまない優等生だろう。

 だが、その純粋すぎる固執をキリクは危険だと判断した。

 キリクの答えを聞いて、セヴァドスは残念そうに眉を下げる。

 

 「ふむ、そうですか、それは残念ですね。 あの複合錬金鋼はとても良いものだったんですが。 確かに重量等の問題はありましたが、それでも錬金鋼の特性の長所を繋ぎ合わせたコンセプトは、に私好みですが」

 「うん、アレは作った自分でもなんだけど、面白い仕上がりになったと思うよ」

 

 若干の苦手意識のあったセヴァドスからの賛辞であったが、ハーレイは満更でもなさそうに頬を赤く染めて笑みを浮かべる。

 しかしちょろいハーレイと違い、キリクはセヴァドスの心理を知ろうと彼を睨みつけていた。

 そんなキリクの視線すら、セヴァドスはいつもの笑みでかわしていく。

 

 「そんな貴方達に作っていただきたいのです。 私だけの錬金鋼を」

 

 いつものように笑顔を浮かべたセヴァドスのその言葉だけはやけに真剣に聞こえた。

 遠く何かを見るセヴァドスの姿を見て、キリクは問わなければならなかった。

 

 「そんなものを作ってどうする? 現状、お前は間違いなくツェルニ最強には違いはないはずだ」

 

 ツェルニの武芸者達は勿論のこと、汚染獣も手持ちの錬金鋼で問題なく対処できるのをセヴァドスは証明している。

 完成された状態で、試作型の錬金鋼を持つ方がよっぽど危険を伴うことになるだろう。

 キリクの考えを、セヴァドスは肯定するように頷いて答えた。

 

 「確かに現状において、あの代物が必要になる可能性は少ないでしょう」

 「ならば———」

 「故郷には、まだまだ私よりも強い人達が存在します」

 

 キリクやハーレイは知らない。

 セヴァドスの故郷であるグレンダンに至高の武芸者達がいることを。

 彼らに並び立ち、そしていつか———

 

 「私は彼らを倒してみたいんですよ」

 

 ただ強くなりたい、強くありたい。

 それがセヴァドス・ルッケンスを構成する根本的な思いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 所々に街灯の光が点在する夜空の下で、甲高い金属音と炸裂音が辺りに響き渡る。

 レイフォン・アルセイフとハイア・ライア。

 グレンダンでも数少ないサイハーデンの担い手達が、遠いツェルニの地ににて互いの立場からぶつかり合っていた。 

 

 「っは、どうしたヴォルフシュテインっ!!」

 「……少し黙ってろ」

 

 言葉とともに互いの斬撃がぶつかり合う。

 剣と刀。

 お互いに握った武器は違っていたが、その剣筋や動き、癖などはやはり酷似していた。

 厄介だ、とレイフォンは内心でそう呟く。

 刃を交えてみると、剄量を頼らない純粋な刀での戦い方だからこそ、剄量はそう多くないだろうと予想できた。

 だが、剣の腕前は間違いなく達人級。

 レイフォンと同等クラスの腕前であり、間違いなく剄量さえあればハイアは天剣を握ってもおかしくはない人間であった。

 

 外力系衝剄の変化、針剄。

 外力系衝剄の変化、渦剄。

 

 レイフォンの放った衝剄の針状の刃は、ハイアの周囲に囲むように発せられた衝剄の壁により叩き落とされた。

 お返しとばかりに、巻き上がった砂埃の中から現れたハイアの斬り上げるような斬撃に、レイフォンはその体を浮かせた。

 

 「ぐっ」

 「惜しいっさ!」

 

 態勢の崩れたレイフォンに対して、ハイアは追撃の蹴りを放って、レイフォンの身体を後方へと追いやった。

 態勢を崩したレイフォンの首筋に、ハイアの斬線が通り抜ける。

 寸前のところで、屈んでよけることができたレイフォンの頭部に衝撃が走る。

 ハイアの蹴りをまともに食らったレイフォンだったが、衝剄を纏った剣を振るって目の前にいたハイアの身体を後方へと吹き飛ばした。

 右頭部から噴き出した血を拭うレイフォンに対し、ハイアは左頬の切り傷から溢れる血を拭って互いに相手の動きを見逃さないようににらみ合う。

 相手の指一本の動きすら見逃さない、全神経を相手に向けたレイフォンに、ハイアは口元を釣り上げた。 

 

 「流石に天剣授受者、流石にやるさー。 けど、いつまでそんなのを使ってるんだ?」

 「お前には関係ない」

 

 ハイアの視線の先には、レイフォンの握る———剣であった。

 サイハーデン刀争術は、あくまで刀術であり、剣術ではない。

 故に小さな違いでも大きな違いを生むことになる。

 

 「関係あるさー。 天剣のことを抜きにしても、お前もサイハーデンの人間さー。 ………そうされると手を抜かれている気分になる」

 「事実、そうだとしたら?」

 

 レイフォンの解り易い挑発に、ハイアの笑みが消える。

 

 「死んでも後悔するなよ」

 

 発した言葉と同時に濃密な殺意と怒気がハイアの体から剄と共に漏れ出した。

 刀を腰元へと戻した構え———それはレイフォンも知っていた。

 

 焔切り。

 

 師父デルクに教えてもらい、幼い頃に習得した忘れることのできない思い出の中の剄技である。

 無論、今のレイフォンでも使うことができる剄技ではあるが、レイフォンは焔切りを———サイハーデン刀争術を封印している。

 もしも、この場でレイフォンがサイハーデンの技を使えたとしても、ハイアに簡単に勝てるとは思わなかった。

 焔切りを放とうとするハイアに対抗すべく、レイフォンの手に握る剣には破裂寸前までの剄が流れる。

 余計なことを考えず、目の前の不審者を倒す。

 集中力の増したレイフォンを見て、対峙する———ハイアは笑う。

 

 両者がぶつかろうとしたその時———突如、この場に発砲音が響き渡る。

 同時に何人ものの声と足音が辺りに響き渡る。

 どうやら、都市警察の人間が集まってきたようだった。

 

 『ハイア、時間切れだ』

 「ち、未熟者が揃っても……だが、ここで暴れるのは得策ではないさー」

 

 名残惜しそうに刀を腰へと戻すハイアは、突然、この場に現れた念威端子の指示通りに撤退し始める。

 

 「じゃあな、ヴォルフシュテイン」

 「逃がすと思うのか?」

 

 追われているハイアと違い、レイフォンは追う側の立場である。

 逃げる理由のないレイフォンは、ハイアを追い詰めようとするが、ハイアの視線の先にあるものに動きを止める。

 それは、上官の指示を仰ぐナルキの姿であった。

 

 「別に構わないさ? その様で追いかけてこれるならさ」

 「っち!」

 

 一瞬のレイフォンの動揺をついて、ハイアはこの場から消えるように離脱した。

 再び巻き起こる砂煙に、念威操者の支援のないレイフォンでは難しいだろう。

 

 「ハイア……サリンバン教導団」

 

 再び迫る脅威に、レイフォンは刃を置くことは許されなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 『派手に暴れたな』

 「別にこの程度は、簡単な挨拶さ」

 

 都市警察の追跡を難なく逃げ切ったハイアは、飛来するフェルマウスの端子に話しかける。

 その表情はいつもより明るく、そして機嫌がよかった。

 レイフォン・アルセイフ。

 確かに剣の腕は自分自身に匹敵するほどの実力者であった。

 ハイア自身もあれほどの実力者達と斬り合ったことはそう多くはない。

 だが、所詮はその程度であった。

 簡単に勝てるとは思わないが、絶対に負けるとも思わない。

 つまり、ハイアは天剣に届く力を持っていると証明されたのだった。

 

 『ハイア、気を抜くなよ』

 「わかっているさ。 ったくフェルマウスは俺っちの父ちゃんか?」

 『私はお前の父親ではない。 お前の父親はリュホウ、だからお前は』

 「いらない詮索は無用さ。 俺はただあいつが気に入らないだけだ」

 

 フェルマウスの忠告に耳を貸すことのないハイアは、聞く耳を持たない様子であったが次の言葉で動きを止める。

 

 『そうか、ならば錬金鋼を新調しておくのだな。 それではもう使い物にはならない』

 「っ! ……流石は天剣授受者さ」

 

 戦闘による興奮か、自分自身の持つ錬金鋼の破損に気づかなかったハイアは、苦々しくレイフォンのいるであろう方向を睨み付ける。

 もしも、あのまま戦闘が続いていれば———

 

 『ところでこれからどうする? 一応、仕事を終えたわけだが』

 「ん? まあ、そうなるな。 けど、折角のチャンスだから、さ」

 

 このまま引き下がるわけにはいかなくなった。

 今度こそ決着をつけて、自分自身の実力を証明しなければならない。

 

 『まあ、好きにするといい』

 「へぇ? 止めないんさ?」

 

 再戦に燃えるハイアを、フェルマウスを止めることはしなかった。

 普段なら小言の一つでも言いそうなフェルマウスに、ハイアは不思議そうに首を傾げる。

 

 『私も少し気になっていることがある』

 「珍しいさ、フェルマウスが気にすることがあるなんて」

 

 何なのさ?と念威端子に視線を向けたハイアに、フェルマウスは端子越しで答える。

 

 『先程も言ったが、この都市にはもう一人天剣授受者級の武芸者がいる』

 「知っているさー、グレンダンのボンボンだろ」

 

 確かにレイフォンの後を追うようにグレンダンの武芸者が入ってきたことは知っている。

 それが、あの名門のルッケンス出身で、レイフォンに匹敵するほどの武芸者ということも知っていた。

 だが、名家というぬるま湯に浸かった武芸者に、ハイアは負ける気なんてさらさらなかった。

 

 『侮るような発言は止めておいたほうがいい。はっきり言って、彼は異常だ』

 「何さ、念威操者の勘ってやつか?」

 

 フェルマウスのいつも通りの忠告を、ハイアは話半分で聞いていた。

 フェルマウスの心配症はいつになっても変わらないからだ。

 

 『さあな、ただここでのやるべきことを終えたなら、この移動都市から去った方がいいだろう』

 「それを決めるのは団長であるこの俺さー」

 

 レイフォンと決着をつける。

 そして——

 

 「天剣級を二本折っての凱旋は、いい手土産になるさー」

 

 もう一人の武芸者を倒す。

 不敵な自信に満ち溢れた表情でハイアは笑った。


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