ルッケンスの三男坊   作:康頼

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第一七話

 第十七小隊と別れ、廃都市に侵入するために亀裂の中へと潜り込んだセヴァドスと第五小隊の面々は、薄暗い通路の中を念威端子の光を目印に歩いていく。

 通路には、セヴァドス達の歩いた時に聞こえる足音と通路を奔るすき間風の音以外になにも聞こえなかった。

 機関部特有の金属音が響くこともなく、セヴァドス達がいなければ、ここでは風の音しか聞こえないところだったかもしれない。

 いつから、この都市がこんな風になってしまったのかはわからないが、ただこの廃都市を見てセヴァドスも寂しさを感じた。

 ―――少し昔のことを思い出しそうですね、と。

 そんな柄にもない感傷を振り払うように、セヴァドスは隣のゴルネオに話しかける。

 

 「しかし、兄さん意外と冷静でしたね」

 「何の話だ」

 「レイフォンですよ。 もう少し睨みつけたりするかと思っていました」

 からかうようにセヴァドスは口を開くと、ゴルネオはヘルメットの中で渋い顔を作る。

 先日、この件でセヴァドスとゴルネオは揉めていたのにも関わらず、この場でこんな話をするセヴァドスの空気の読めないところに他の小隊員は固唾を飲んで見守っていた。

 そんな中、ゴルネオは重々しく、ゆっくりと口調で自身の心情を話し始めた。

 

 「……確かに蟠りはある。 ガハルドさんが俺にとって恩人であり、奴がその敵であることも変わらない。 だが……」

 

 ガハルド・バーレンは、ゴルネオにとって、セヴァドスの言うようなどうでもいい存在ではなかったのは間違いない。

 ゴルネオも、ガハルドのことを全て知っていたわけではなく、それでもガハルドが、ゴルネオの支えであったことには違いなかった。

 

 そう胸中を漏らすゴルネオに、セヴァドスはなるほど、と小さく頷き返した。

 人が人のことをどう思うかなんて、それこそ人の自由である。

 レイフォンがセヴァドスにとって恨みの対象にならないように、ゴルネオにとってガハルドは恩人だったということだ。

 

 「それでいいんじゃないんですか? ガハルドもあの世で嬉しく思ってますよ」

 「勝手に殺すな……まあ、いつかガハルドさんが起きた時、いろいろ話してみようと思う」

 

 憑きものが取れたような笑みを浮かべるゴルネオに、セヴァドスは満足そうに頷いた。

 

 「そうですか……今の兄さんなら少しは楽しめそうですね」

 

 先日の手合わせは、セヴァドスにとって満足とは言えないもので、確かに最後の一撃は悪くはなかったかもしれないが、それ以外は話にならないほどの酷いモノだと言える。

 今のゴルネオなら、少しは満足させてくれるのではないか、と挑戦的な視線をセヴァドスは考えたのだが、当のゴルネオは、先程まで笑っていた笑みを強張らせ、表情を青くさせる。

 

 「そ、それはまた今度にしないか? 今は任務に集中するべきだろう」

 「ふむ、確かにそうですね」

 

 ゴルネオの言う通り、今は探索中である。

 やるべきことはまだまだあるだろうし、折角の廃都市探索任務という珍しいことを楽しまないのは損だろう。 

 いつ足場が崩れるかもわからない廃都市でやり合っても満足に戦えないだろうし、何より当のゴルネオは退院をしたとはいえ、まだまだ本調子ではない。

 ならば、と。

 

 「では、帰って少しゆっくりしましたら、思う存分に戦いましょうか? せっかく兄さんと久しぶりに戦えるんですから、ルッケンスの秘奥も使ってみたいですしね」

 

 軽い言葉でセヴァドスがそう言うと、ゴルネオは顔を青くさせたまま息を呑む。

 逃れられない運命を悟ったのか、ゴルネオは一度だけ小さく頷いた。

 

 「お手柔らかに頼む」

 「はい、最近手加減というものを覚えましたので、安心してください」

 

 ゴルネオにとって全く信用のない言葉を吐きながら、セヴァドスは集団の先頭を歩き始める。

 話を終え、静まり返った面々は、順調に探索をしていく。

 汚染獣のような外敵も見つからず、やはり生存者もいない。

 ただ、そこには沈黙が存在するだけである。

 特に異変のない光景に、セヴァドスは言いようのない違和感を感じた。

 しかし、違和感は解消されることもなく、ただセヴァドスは目の前の現状を調べていく。

 どれだけ歩いただろうか、機関部の半分ほど探索を終えた頃、先頭を歩いていたセヴァドスの足が止まった。

 

 「おかしいですね」

 「何がだ?」

 

 足を止めて、セヴァドスは目の前の壁を触る。

 そこには、剣で斬ったかのような斬痕が残っており、足元には人間の血のような黒いシミが残っていた。

 

 汚染獣に襲われて滅んだ廃都市。

 そういう見解だったが、そうなると少しだけ腑に落ちないことがあった。

 セヴァドスはその場にしゃがみ、注意深く調べ始めると、背後のゴルネオに向かって疑問を口を開いた。

 

 「先から人の遺体らしきものが見当たりません」

 

 これが先程まで感じていた違和感の正体だった。

 血痕などは先程から幾つか確認できたが、そこに人間の遺体は存在しなかった。 

 

 「それは、襲撃した汚染獣が喰らったのではないか?」

 「それなら、食べ残しがあるはずです」

 

 幼性体でも人よりも巨大な汚染獣の口は、人を食いちぎった際に、手や足を残すことがある。

 ゴルネオの言う通り、汚染獣に丸呑みされたということになれば、この都市で死んだ全ての人間がそうなったということになる。

 つまりは、少なくとも食べ残しなどが残っていてもおかしくないはずだ。

 微かに香る臭気からして、骨が腐ってなくなるほどの長い時間は経過していないように思えた。  

 

 「しかし、その食べ残しも見当たりません。 まるで誰かが片付けたようです」

 「馬鹿な、それこそありえない。 誰がそんなことをする?」

 「さあ、何処かの掃除好きの妖精が片付けたんじゃないですか?」

 

 ゴルネオの疑問にセヴァドスはこの少ない情報量で答えを出すのは難しかったようだ。

 冗談交じりにそうは言ってみるが、この不可解な状況からして妙な信憑性がある答えに思えた。

 

 「とにかく、ところどころ血の痕がありますが、そう荒れた様子はありません」

 

 稀に壁が抉れたり、傷が入ったりしていたが、恐らく武芸者が戦った際にできた戦痕だろう。

 ここでの情報収集は終えたといっていい。

 

 「上に登りませんか? レイフォンたちの班達と情報を共有して都市部の捜索に移った方がいいと思いますが」

 「確かに機関部にはそう異常は見られないようだな。 なら行こう」

 

 ゴルネオの号令とともに第五小隊の面々は頷き、そのあとに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 機関部の探索を切り上げ、念威操者を通してレイフォン達と情報交換を終えたセヴァドス達は都市部へと昇ると、そのままレイフォン達と反対側の都市部を調べ始める。

 だが、そこでも人の遺体らしきものは発見できず、ただ不気味な雰囲気だけが都市部を包んでいた。

 

 「向こうの話ではシェルター内にも生存者および遺体などは存在しなかったようだ」

 「へ、向こうの調べるのが下手糞なだけじゃないか」

 「いえ、そんなヘマはしませんよ」

 

 レイフォンと、そして何故かフェリが気に入らないシャンテは、ゴルネオの肩に乗ってそう毒づくが、流石にそんなミスをするはずがなかった。

 何より、フェリが本気で念威を行えば都市中を隅々まで確認できる力を持っていることをセヴァドスは知っている。

 

 「となると放浪バスで逃げた、かだな」

 「まあ、確かに逃げたものもいるはずでしょうが、普通に考えれば定員オーバーですね。 それに常識的に考えて一人の遺体すらないというのは奇妙な話です」

 

 実際は奇妙どころではない。

 間違いなくホラーな話である。

 再びその場に嫌な空気が流れ始めると、ゴルネオは気疲れしたように肩を落とす。

 

 「となると早い内に合流した方がよさそうだな」

 「その方がいいと思いますよ。 私もレイフォンと組めばある程度は守りながら戦えると思えますし」

 

 ゴルネオの提案は、セヴァドスにとっても有り難いことだった。

 ここで汚染獣が現れてもセヴァドスが倒すことは可能だが、被害を零に抑えるには余程の運が必要となる。

 しかしセヴァドスの発言は、シャンテの癪に障ったらしい。

 シャンテは、舌打ちをつくとそのまま怒鳴り声をあげる。

 

 「っち、さっきからレイフォン、レイフォンって……お前はどっちの味方なんだっ!?」

 

 ゴルネオが相棒であり、友人であり、想い人であるシャンテには、先程からのセヴァドスの態度が許せなかったのだろう。

 実際先日もそのことでセヴァドスに襲いかかったシャンテはゴルネオと一緒に病院送りにされていた。

 今にも錬金鋼を抜こうとする臨戦態勢のシャンテに対し、ゴルネオはシャンテの右肩を掴んで止める。

 

 「シャンテ、やめろ」

 「けどさ……」

 

 激しくいきり立ったシャンテとは、対照的にセヴァドスは普段通りの笑顔を浮かべながらのんびりとした様子で当たり前のように答えた。

 

 「ふむ……味方とそういうのではなくて、兄さんは兄さんで、レイフォンは友達なだけですよ」

 「シャンテ、この話はある程度解決している。 あとは俺が答えを出すだけだ」

 

 覚悟の決めたようなゴルネオの表情に、シャンテも怒りを収めるしかなかった。

 だが、シャンテとセヴァドスが揉めたおかげで、第五小隊間の空気はギクシャクしたように沈黙が続く。

 この状況見かねたゴルネオは、直ぐに十七小隊との合流を提案すると、その提案に対し反対することもなく、すぐに念威を使ってフェリとの連絡を取り始めた。 

 

 フェリ達が指定した合流地点は、都市中央部の領主館だった。

 流石に、都市の権力者である領主の館は、遠くから見てもわかりやすいほどの大きなものであった。

 セヴァドス達が、屋敷に辿り着くとそこには、シャーニッドが錬金鋼を復元させて見張りを行っているのが見えた。

 シャーニッドはこちらの存在に気がつくと、肩の荷が下りたと言わんばかりに脱力し、呑気にこちらに手を振る。

 

 「よっ、どうにかそっちも無事だったようだな」

 「はい、残念ながら何もおきませんでした」

 「そちらも問題なかったようだな」

 

 セヴァドスを間に挟みつつ、シャーニッドはゴルネオとともに施設の中へ足を踏み入れる。

 その後ろをセヴァドス、シャンテ、残りの第五小隊のメンバーが続いていく。

 施設内は薄暗く、通路の端の方まで確認できないほどの暗さだったが、この都市の状況を考えると贅沢も言えない。

 

 「電気が通ったのは助かったよな。 下手すりゃレーションで晩飯を終える羽目になってた」

 

 シャーニッドの言葉に、ゴルネオ達第五小隊の面々の顔も綻ぶ。

 元々、都市での行動についてそれほどまで重要視していなかったツェルニのレーションは、はっきり言って不味い。

 こんな不気味な状況で不味いレーションでも食べていれば、その場のモチベーションも下がる一方だろう。

 故に、普通の料理が食べれるということは、この状況下ではありがたいことである。 

 

 「部屋分けはどうする?」

 「ああ、それはあとでニーナと話してくれよ。 とりあえず今は飯の時間だぜ」

 

 先頭を歩くシャーニッドは、数多くの部屋の前を通り抜けると、その歩みを止めることなく目的地へ向かう。

 その後をセヴァドス達が追いかけると、突然立ち止まったシャーニッドの前の部屋の中からは芳しい香りが漂っていた。

 

 「うおっ! すげぇな、アイツ」

 「へぇー、相変わらず良い腕してますね」

 

 部屋の中では、既にニーナとフェリが椅子に座って待機しており、台所の方ではレイフォンが包丁を握って料理をしていた。

 シャーニッドの言葉に、料理に集中していたレイフォンがこちらへ振り返る。 

 

 「あ、料理の方は今終わりました」

 

 エプロン姿が妙に様になっているレイフォンが、のほほんとした様子でテーブル中央に鍋を置くと、部屋中に食欲がそそられる美味しそうな臭いが漂い始めた。

 鍋の中には魚や野菜、肉などが煮込まれており、ゴルネオ達はすでに食べ頃の鍋の香りに思わず唾を飲み込んだ。

 

 「素晴らしいですね。 ところで食材はどうしたのですか?」

 「途中で家畜や魚を捕ってきました。 都市の浄化システムが生きてたのはこちらとしては嬉しい話です」

 

 にこやかな笑みを浮かべながら椅子に座るセヴァドスに対し、レイフォンは忙しくレーションのパンなどを食器の上に盛り付けていく。

 

 「なるほど、つまり盗品ということになりますが、兄さんはどうします?」

 「それは嫌味か? 作った料理を食べないのはもったいなさすぎるだろう」

 

 ゴルネオの言う通り、ここで食材を捨てる方が罰が当たるというものだろう。

 席に座るゴルネオに習うように、第五小隊の面々も座り始める。

 

 「だな。 よし、じゃあ暖かいうちに食おうぜ」

 

 最後に座ったシャーニッドが、料理に手を伸ばしたことから、食事が開始される。

 第五小隊と第十七小隊の合同の食事会となったため、その場が段々と賑やかになっていく。

 シャーニッドは、第五小隊の人間の楽しげに話を行い、フェリとニーナは黙々とレイフォンの隣の席で料理を口に運ぶ。

 セヴァドスも手に取った魚の串焼きを齧りつきながら頬を緩めて感想を漏らす。

 

 「ふむ……やはりレイフォンの料理は美味しいですね」

 

 セヴァドスの意見に同意見なのか、海鮮だしのスープを呑んでいたシャーニッドも上機嫌に頷く。

 

 「だな。 しかし、都市外に出てるのに、こんな料理が食えるのはありがたいよな。 流石は十七小隊のエースアタッカーだな」

 「痛っ、痛いですよ、シャーニッド先輩」

 「で、シャンテ先輩は食べないんですか」

 

 バシバシとレイフォンの背中を叩くシャーニッドの隣では、唯一料理に手をつけていなかったシャンテにセヴァドスが話しかける。

 食欲がないわけではないだろう。

 先程から料理に視線を釘づけになっているシャンテが、唾を呑み込むとレイフォンを睨みつけた。

 

 「誰が食べるかっ!? こいつの料理なんてっ!!」

 

 シャンテの明らかに敵意に満ちた視線に対し、何故そんな視線を向けられるか見に覚えのないレイフォンは首を傾げる。

 そんなレイフォンに対し、セヴァドスは笑いながらとその肩を叩く。

 

 「おや、凄い嫌われようですね」

 「レイフォン、お前、何かしたのか」

 「え、いや……」

 

 椅子を蹴り飛ばし、威嚇するシャンテの反応に、先程まで楽しげに向こうで話していたシャーニッドがこちらに視線を向けていた。

 シャーニッドだけではない。

 フェリにニーナ、そして第五小隊員達の視線を集めることとなったレイフォンだが、当の本人もこの状況を理解できず、困惑の表情を浮かべるしかできない。

 そんなレイフォンに、助け船を送る者がいた。

 挙動不審なレイフォンに、隣にいたセヴァドスは何か思いついたのか、一度頷いてから自信満々の笑みを浮かべる。

 

 「成程、流石レイフォン。 貴方には、やはりロリータハンター、略してロリハンの称号を上げましょう」

 「へ?」

 

 セヴァドスの突拍子もない言葉に、レイフォンは思わず呆けた声を上げてしまう。

 だが、セヴァドスは分かっていますと言わんばかりの輝かしい笑顔でレイフォンに向けて力強く親指を立てる。

 

 「分かっています。 二号さんなんでしょう? 全く、困った性癖ですが、私はそれくらいで友人を止めたりはしませんよ。 こう見えて私は友人に対しては寛容な態度をとることができるんですよ」

 「突然、何を言ってるんですか?!」

 

 助け船は、まさしく泥舟であった。

 先程より収拾のきかない状況下に陥ったレイフォンに構うことなく、セヴァドスのエンジンがかかっていく。

 

 「大丈夫です。 妹さんは一号さんですから」

 「そろそろ頭でも吹き飛ばしましょうか?」

 

 突然話に巻き込まれたフェリは、念威で髪を光らせるほどの怒りを露わす。

 いつも以上に鋭い眼つきのフェリに対し、セヴァドスはどこ吹く風といった様子で、この状況を楽しんでいた。

 今にも大乱闘が始まりそうな雰囲気の中、ゴルネオは呆れたように溜め息をつく。

 

 「セヴァドス、飯時に暴れるのはやめろ。 ロス、弟が馬鹿なことを言って悪かった」

 「了解です。 兄さん」

 「ちっ、ふんっ!」

 「何でっ!!」

 

 妙に聞きわけの良いセヴァドスに対し、振りあげた拳の降ろすところが見つからなかったフェリは、とりあえず隣のレイフォンの脛を蹴飛ばしたと、静かに着席しては再び食事の没頭する。

 悲鳴を上げるレイフォンを尻目に、ゴルネオは隣のシャンテの席の前に料理の入った皿を置く。

 

 「シャンテ、お前も食べろ。 探査はまだ続くんだ。 食える時に食って、腹を満たしておけ」

 「わ、わかったよ、ゴル……」

 

 有無を言わせない静かな圧力を放つゴルネオに、シャンテはしぶしぶ料理に手を付けると、一気に料理を掻きこんでいく。

 ようやく収拾がついたことを確認するとゴルネオは、視線をレイフォンへと向ける。

 

 「アルセイフ」

 「……何ですか」

 

 脛を抑えるレイフォンに、ゴルネオは自分の空になった皿を突き出すと、

 

 「まだ、料理は残っているのか?」

 

 固い表情のまま、御代わりを催促した。

 


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