ルッケンスの三男坊   作:康頼

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第十六話

 重々しい音とともに解放されたゲートの先には、死に満ちた広大な世界が待ち構えていた。

 人類が生きることを許されない領域に、セヴァドスは学園都市に来て二回目の都市外任務に就くことになる。

 一回目は老性二期との戦闘、そして今回は何が起こるのだろうかと、セヴァドスは隠しようがないほどに心を踊らせていた。

 

 「全く、学園都市も捨てたものではありませんね」

 

 グレンダンでも都市外戦闘は数えきれないほど行ってきている。

 だが、強者揃いのグレンダンとひよっこの集まりであるツェルニとでは、危険度がまるで違いすぎるのだ。

 まさしく、生きるか、死ぬか――の危険な任務にセヴァドスは思わず自身の胸の高鳴りを抑えることができなかった。

 ヘルメットなどの都市外スーツを纏ったセヴァドスは、隣で停車していたランドローラーのサイドカーへと飛び乗る。

 そして、隣の運転手に気持ちの良いほど透き通る声で挨拶を交わした。

 

 「では兄さん、今回はよろしくお願いしますね」

 「ああ」

 

 ランドローラーに跨る人物――セヴァドスの兄であり、第五小隊隊長ゴルネオ・ルッケンスだった。

 先日ようやく病院から退院できたゴルネオの挨拶は、やはり無愛想で固かった。

 外へ出るためへの緊張か、それとも隣のセヴァドスへの感情か?

 だが、それはセヴァドスが考えることではない。

 特にゴルネオの様子を気にすることもなくセヴァドスは、そのままゴルネオの――背後の座席シートに捕まっているシャンテに話しかけた。

 

 「シャンテさんもよろしくお願いします」

 「しゃぁ!!」

 「ふふふ、いつも元気ですね」

 

 セヴァドスの挨拶とともに差し出された右手は、動物が威嚇するような唸り声を上げるシャンテの手により叩き落とされた。

 もしも、ヘルメットをかぶっていなかったら噛みつこうとしていたのではないか?

 それほどの剣幕で威嚇するシャンテに、セヴァドスは気分を害すこともなくただ笑みを浮かべていた。

 そんな二人に、ゴルネオは呆れた様子で溜め息をつく。

 

 これから行われるのは、第五小隊と第十七小隊の合同探索任務である。

 ツェルニが所有するセルニウム鉱山の前を陣取る廃都市内の探索で、カリアンの推薦の元、第十七小隊と第五小隊が選ばれた。

 カリアン曰く、都市外スーツの数からこの二つの小隊が選ばれた、と言っていたが恐らく特記戦力とされるレイフォンとフェリがいることが十七小隊が選ばれた理由で、そして、第五小隊が選ばれた理由はもう一人の最強武芸者、セヴァドス・ルッケンスの兄がいるゴルネオが隊長を務めているからだろう。

 

 そのことを悟っていたゴルネオは、目の前で騒いでいる二人を見ていると先を思いやられる気持ちだった。

 

 「二人とも、時間だ」

 「うっ」

 「わかりました」

 

 ゴルネオは二人の賑やかな会話に割って入ると、徐々にランドローラーのアクセルを吹かし始める。

 少し離れた場所では、既に準備万端なのか、第十七小隊の面々ランドローラーに乗り込んでこちらの様子を眺めていた。

 無論、そこにはレイフォンとフェリの姿があり、セヴァドスはその姿を確認すると右手を振ってみた。

 そんな行動の返答は、視線を逸らして無視されるというものと、端子越しに舌打ちを響かせられるという結果に終わった。

 その対応に少しだけ悲しい気分になったセヴァドスが大人しくサイドカーの座席に座ると、ゴルネオはアクセルを回し、エンジン音とともに発進した。

 タイヤの擦れる音を響かせながらセヴァドスの乗るランドローラーは、汚染された大地へと着地するとそのまま止まることなく先頭を走り始める。

 「先導は第五小隊が行う。 十七小隊は後方を頼む」

 『わかりました』

 

 ゴルネオが指示を出すと、十七小隊の念威繰者であるフェリの声が端子越しに響く。

 その言葉を第十七小隊の総意と考えたゴルネオは、ランドローラーを走らせ、先頭に躍り出る。

 砂埃を上げて進む先は、広大な大地。

 巻きあがる砂利が、ヘルメットを叩く音を聞きながら、サイドカーに乗るセヴァドスは呟く。

 

 「ふむ……都市外スーツがなければ風を感じて、さぞ気持ちいいんでしょうね」

 「だが、そうなると五分であの世行きだがな」

 「確かに、では諦めるしかありませんね」

 冷静なゴルネオの態度に、セヴァドスはおや、と内心軽い驚きを覚えていた。

 先日、訓練で打ちのめしたせいで、よそよそしい態度や無視をしてくるのではないかと思っていたため、ゴルネオの気負いを感じさせない普段通りの態度は意外であり、その態度は懐かしくもあった。

 その姿は幼い頃、よく面倒を見てくれた兄の姿を思い出させるもので、ゴルネオの顔は何処か吹っ切れているようにも見えた。

 

 「そういえば、兄さん。 大通りの近くにあるケーキ屋に行ったことはありますか?」

 「いや、それがどうしたのか?」

 「実は知り合いが働いていまして、中々そこのケーキが絶品なんですよ。 今度行ってみませんか?」

 「ああ、構わない。 来週、時間を開けておく」

 「はい、お願いします」

 

 セヴァドスの振る世間話にゴルネオは、特に気にした様子もなく返答を返す。

 その光景は、完全に蚊帳の外で見ていたシャンテにはまるで理解できなかった。

 シャンテとゴルネオは、三日程前にセヴァドスに病院送りにされている。

 しかし、ゴルネオは自然体そのものだった。

 

 「基本的にツェルニの武芸者は、まだまだ基礎が出来ていないですね。 ムラがあったり、効率が悪すぎます。 汚染獣と戦った時、極度な疲労を感じませんでしたか?」

 「ああ、数体の幼性体を倒した時、異常な身体の重さを感じたな。 全く不甲斐ない話だが」

 「では、まずは技ではなく基礎を鍛え直すべきでしょう。 実際鍛えられた拳で、雄性体の頭も一撃で吹き飛ばせますしね」

 「それは無理だろう?」

 「無理ではありませんよ。 実際、兄さんが少し基礎を鍛え直すだけで、幼性体に苦戦することはなくなるでしょう」

 「本当か?」

 「ええ、実際、兄さんは才能あると思いますよ。 ルッケンスの門下でもそうそういない程の、ね」

 「天才のお前を見ているとそうは思えないのだがな」

 「否定はしません。 私と兄上が天才なら、兄さんは秀才といったところでしょう」

 「この前、才能がないと潰しに来た奴が言って良い台詞とは思えないな」

 「はい。 今のは冗談です。 って何を落ち込んでいるんですか? 確かに昨日の手合わせは駄目駄目の最悪と呼べるモノでしたが、最後の一撃は中々、目に瞠るモノでしたよ」

 「あれか……俺もよくあの時のことを覚えていないのだがな」

 「雑念が飛んだからじゃないんですか? そもそも兄さんは色々考えすぎなんですよ」

 「……耳が痛い話だな」

 時には控え目な笑い声を上げ、時には呆れたように溜め息をつき、時には落ち込みように肩を落とす。

 それでも二人は、楽しそうだった。

 特にゴルネオのその姿は、長い付き合いになるシャンテですら、そう見ることができないもので、まるで重い荷を下ろしたかのような自然な表情で――

 「ゴルが笑っている……けど、何故か寂しいな」

 二人に聞こえないように、シャンテは小さく呟く。

 その声色は、少し悔しそうで、嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 ランドローラーを走らせること半日。

 そこでセヴァドス達を待ち構えていたものは、巨大で脚の部分がへし折れ、朽ちた廃都市であった。

 肉眼で確認できるほど所々の外装が破損し、地面に跪くような形で存在する廃都市を、セヴァドス達は見上げるようにして眺めていると、同様にその光景を眺めていたシャーニッドが呟く。

 

 「汚染獣にでも襲われたか?」

 

 外壁や脚などの損傷具合から、汚染獣の仕業以外には考えつかなかった。

 

 「恐らく……そうだと思います」

 

 いつも以上に真剣味のあるシャーニッドの言葉に、この中でも最も経験を積んでいるレイフォンが肯定の言葉を返すと、その場には重苦しい空気が流れた。

 移動都市の死。

 それは誰もが目を背けるほどの悲惨な光景で、他人事ではない身近にある恐怖だった。

 特にツェルニは今、所有している鉱山は一つ。

 次に戦争に負けでもすれば、この廃都市のようにツェルニも同じ道を辿ることになるかもしれない。

 「まあ、弱肉強食の世界ですからね」

 

 誰もが口を開くことなく、そのことを考えている中、ただ一人だけ空気を読むことなく、セヴァドスがいつもの調子で口を開く。

 セヴァドスにとって、この都市の滅びの経緯などに興味はなく、ツェルニの行く末を心配する気はない。

 それよりも、これから行われる廃都市探索という任務の方にセヴァドスの気持ちは向いていた。

 だが、その考え方はある意味、的を得ている。

 いつまでもこの場で立ち止まっているわけにもいかない。

 死んだ他都市より、生きているツェルニの安全確保のほうが大切だ。

 そう割り切ったゴルネオは都市上空を指差す。

 「エアーフィルターは生きているようだな」

 この場所からでも、都市を覆うように存在する空気膜を確認することは容易なことだった。

 それ以外にも、都市部にまだ青々しい木々が存在したことから、都市のシステムは完全には死んではいないことが推測できる。

 

 「探索がしやすくて助かりますね」

 

 息苦しいヘルメットを脱げることに喜びながらセヴァドスに、隣のフェリに話しかける。

 

 「さて、妹さん。 念威端子を飛ばして上の様子を確認してください」

 「何故、私に聞くんですか? 念威繰者は私以外にもいるはずですが?」

 

 しかし、返ってきた答は冷水のような視線とともに取り繕う暇もない拒絶の混じった言葉だった。

 だが、そんな辛辣な返答にもめげず、セヴァドスは何でもないように口を開く。

 

 「え? だって友達じゃないですか」

 「何を寝ぼけたことを言っているんですか? 戦い過ぎて遂に頭がイカレましたか?」

 セヴァドスの発言に心底嫌そうにフェリは答えると、そのまま鬱憤を晴らすかのように罵倒を叩きつけるが――向けた相手が悪かった。

 相手はツェルニ屈指の変態である。 

 

 「はははは、これは手厳しいです。 ねぇ、レイフォン」

 「だから、僕に振らないでくださいっ!」

 何でもないように笑うセヴァドスは、同意を求めるように隣にいたレイフォンに話を振る。

 楽しそうなセヴァドスとは反対に、レイフォンは巻き込まれたことに思わず大声を上げてしまう。

 

 「妹さん、レイフォンもこうして反省しているのです。 許してやってはいけませんか?」

 「え? 僕が悪いのっ!?」

 「レイフォン、いきなり叫ばないでください。 端子越しでも響きます」

 「なんて、理不尽っ!!」

 

 珍しく大声を上げるレイフォンの姿を見て、シャーニッド達は何処か悲しそうな視線を送っていた。

 

 「はぁ……頼む」

 

 呑気とも言える会話を聞いていたゴルネオは、呆れ返った様子で見ていたがいつまでもここで暇を潰しているわけにもいかず、自分の隊の念威繰者に向かって状況を尋ねた。

 

 「はい……私の探索した範囲では生命反応は確認できませんでした」

 「こちらも同じです」

 「なら、探索はもういいんじゃねぇか?」

 

 二人の念威繰者の報告を聞き、シャ-ニッドが面倒そうに答える。

 第五小隊の念威繰者はツェルニでも優秀な者だが、それ以上に念威の天才であるフェリの探索能力なら、この場から都市の中を調べることは造作もないことでだった。

 だが、シャーニッドの提案が採用されることはなかった。

 

 「そういうわけにもいくまい。 念威繰者を疑うわけではないが、自分達の目でも確認しておいた方が良いだろう」

 「私も兄さんの意見に賛成ですね。 何よりこのまま帰るのは、実につまらない選択です」

 「貴方の意見は最終的にそうなるんですね」

 

 平常運転のセヴァドスの言い分に、レイフォンが思わずツッコミをいれていると、ふと自分達を見る強い視線を感じた。

 視線の先には、十七小隊隊長を務めるニーナの姿があった。

 ニーナはこちらに気付くことなく、ただ一転――正確には、フェリと会話を行うセヴァドスの方を見ていた。

 ここ最近はまるで覇気がなく、ぼっとしていることの多いニーナだが、セヴァドスを見る視線の強さは異常と言っていいほどに熱が帯びていた。

 ニーナらしからぬ、異常な様子にレイフォンは心配からか、思わずニーナに声をかける。

 

 「隊長?」

 「うん? ああ……そうだな。 私も確認するべきだと思う」

 

 その声色は普段通りのものだったが、やはり出会った当初のあの眩しい意志は感じられなかった。

 変わり果てたニーナの姿はレイフォンは嫌な予感がしたが、今専念するべきことがある。

 ニーナのことはツェルニに帰ってから考えようと、レイフォンは現問題に集中すべく、ニーナのことを思考の隅へと追いやった。

 

 「決まりだな。 まずは別れた方が効率がいい。 そうだな……十七小隊はここからあの折れた脚を使って上に昇ってくれ、俺達第五小隊は向こうの出来ている亀裂の穴から潜り込んで都市の下部から探索しよう」

 

 ゴルネオの指差したところには、汚染獣の爪痕なのか、人が容易に潜ることができる程の亀裂が出来ていた。

 本来ならここから反対側の方から回る方が良かったが、流石に都市を半周するの時間を浪費し、骨が折れる行動である。

 故に、上と下からの同時探索をゴルネオは提案した。

 

 「別れるのかよ? 確かに効率はいいかもしれねぇが、危険じゃねぇか?」

 

 「ホラー映画のようにがぶりといくんじゃねぇ?」とからかうように笑うシャーニッドの意見だが、その考えは決して的外れなものではない。

 都市外での任務は危険そのもので、一歩間違えば、死の大地に放り出されるということである。

 そして、何よりそれを行うのは学園都市のいう未熟な武芸者達、戦力の分散は下策ではないか?というのがシャーニッドの見解だろう。

 しかし、ゴルネオの提案した同時探索の場合、確かに危険度は上がるかもしれないが、探索速度が二倍になるため、この廃都市での滞在時間が短縮できるという利点があった。

 そして何よりゴルネオには、危険から身を守る護衛という意味での戦力にはアテがある。

 

 「なるほど……別れたところを化け物が襲っていくというやつですね? ますます楽しみです」

 「やべぇ……俺、こいつ苦手だわ」

 

 何故か楽しそうに目を輝かせるセヴァドスに対し、シャーニッドは顔を引き攣らせてセヴァドスから距離を取る。

 シャーニッドの感想は十分理解できるが、悲しきことにその目の前の男こそがアテの一つである。

 

 「とりあえず、探索を開始するぞ。 来い、セヴァ」

 「分かりました」

 

 ゴルネオに呼ばれてその後をついていくセヴァドスの姿に、シャーニッドは不思議そうに首を傾げる。

 

 「ん? ゴルネオさんよ。 そいつはそっちに付いていくのか? 人数的にはこっちの方が明らかに人少ないんだがな」

 

 シャーニッドの言う通り、十七小隊はフェリを入れて四人。

 対する第五小隊は、念威繰者を入れて六人、セヴァドスを入れると七人にもなる。

 つまりは第五小隊の方が三人も多くなり、念威繰者を除く戦闘員は倍違うことになる。

 そう――数――ではそうなるのだ。

 

 シャーニッドの指摘に、ゴルネオは当たり前のように口を開く。

 

 「簡単なことだ。 戦力では同等だろう?」

 

 ゴルネオはそれだけ言うと、一度だけレイフォンに向けて視線を送る。

 レイフォンとセヴァドス。 この二人さえ分かれてさえいれば戦力は同等。

 数の問題は二の次になる。

 そのことは、やはりゴルネオにとって、無視できない感情が湧きあがってくることになるが、それでもそれが現在取ることができる最善の方法と言える。

 

 「行くぞ」

 

 一瞬レイフォンの方に視線を向け、セヴァドスを引き連れて廃都市の中に入っていくゴルネオの後をシャンテを含む第五小隊の隊員は追いかける。

 

 「行っちまったか。 まあ、いつまでもここにいるわけにも行かないわな」

 「そうだな、私達も別の所から入ってみよう」

 

 視線を受けたレイフォンを始めとする十七小隊の面々は、ゴルネオの反応に首を傾げながら廃都市に向かって行だした。

 

 こうして第五小隊と第一七小隊合同の廃都市探索任務が開始した。

 


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