『第五小隊隊長 ゴルネオ・ルッケンスと同隊副隊長 シャンテ・ライア 緊急入院』
ツェルニの報道雑誌の一つである『週刊ルックン』のトップ記事を詰まらなそうに眺めるセヴァドスは、思わず溜め息をつく。
「ふむ、今週は四コマ漫画『移動都市つぇるにくん』は休載ですか」
トップ記事の一ページ前の目次の中に自身のお気に入りのコーナーがないことに気付き、落胆した気分を隠せないでいた。
あのシュールで下手すぎる絵と意味不明の内容の薄さが、何故かセヴァドスのツボを刺激した。
それ以来、『週刊ルックン』を購入した際は欠かさずに読んでいるのだった。
「仕方がありませんね、とりあえずは、と……おや? これはミィフィさんの書いた記事ですか? ……ふむ、『これで決まりっ!! 今日から貴方は人気者』ですか? 今度ドロン氏に教えてあげましょう」
クラスメートで、先日レイフォンと共に友人になった男のことを思い出しながら、内容を覚え始める。
読書に耽るセヴァドスの周りには山積みになっている本が、周囲を囲んでいた。
総数五十以上のそれらは、一日でセヴァドスが全て読破したものである。
「ふむ……中々面白かったですね」
最後の書物だった『週刊ルックン』を読み終えたセヴァドスは、本を閉じて書物の山の上に積むと、近くのベットへと身体を預ける。
書物という時間つぶしが無くなったせいで、完全に暇と化しているのだ。
ならば、外出でもしましょうか?といって行動するのがセヴァドスだったが、現在にはそれは不可能である
そう、セヴァドス・ルッケンスは現在――
「ふむ……留置所に入るのは初めてですが、あまり面白いモノではありませんね」
都市警察本部がある地下の留置場にて、拘束されてる身であった。
この状況に置かれることになった原因は、数時間前に起きた出来事によるものだ。
錬武館にてゴルネオを倒し、そのゴルネオの搬送のために病院への連絡をつけたセヴァドスはそのまま何事もなかったかのように寮へと戻ったのだが、寮の前で待ち構えていた都市警察の人間に連行されたのである。
常識的に考えて、この対応は当たり前のことだ。
ツェルニの武芸者達の中で優秀な人間で構成された小隊員を相手に訓練だと言ってもあれほどの怪我を被わせれば捕まるのは当たり前だろう。
だが、悲しいことに拘束された当の本人はまるで反省していなかった。
「ふむ……そろそろ脱獄に挑戦してみましょうか」
六時間の留置所生活を満喫し、ややこの退屈な現状に飽き始めたセヴァドスは、この閉鎖された空間から逃れるためにベットから跳ね起きた。
そもそも行動力と好奇心と非常識が人一倍強いセヴァドスが、この空間で大人しくいること自体不可能に近いのだ。
セヴァドスが鉄格子に手を掛けようとしたその時、突然薄暗かった部屋に光が差し込んだ。 そして頭上に設置された蛍光灯に光が灯ると、かつかつと足音を鳴らして部屋の中へと入ってきた。
「セヴァ、大人しくしているか? 暴れていないだろうな?」
赤い髪のスラリとした長身の女性、ナルキ・ゲル二。
友人でもあり、共に同じ職場で働いて――いた仲間であり、セヴァドスを捕まえた張本人でもある。
ナルキの登場に、セヴァドスは先程まで退屈そうにしていた表情を輝かせた。
「はい、勿論ですよ、ナルキさん。 ところで、そろそろ脱獄しようと思いますので、少しそこをどいてくれませんか?」
活剄により、微かに身体が光るセヴァドスは、目の前の鉄格子を握りしめる。
その非常識な行動に、ナルキは呆れたように溜め息をつく。
彼女自身もセヴァドスの奇行に慣れてきたおかげだろう、ナルキは面倒くさそうに口を開く。
「それは、世間一般的に暴れると言う行為なんだがな……とにかく脱獄はやめてくれ。 本を持ってきただろう?」
そう言ってナルキは山積みになった本を指差す。
しかし、ナルキは忘れていた。
セヴァドスは、字のごとく『天才と馬鹿は紙一重』という存在だということに。
「アレですか? もう既に読み終えましたよ」
「何? この短時間でか?」
「はい、よろしければ全部、説明しましょうか?」
「いや、悪いが遠慮させてもらう」
何の気負いもなく当たり前のように言ってのけるセヴァドスの提案を、ナルキは顔を少し青くさせながら丁重に断った。
ナルキ自身、頭を使うより身体を動かす方が性に合ってる上、目の前に積んでいる書物は些か難解すぎるものがある。
錬金学で使う教材らしいが、明らかに一年生の読むものではない。
そんな専門知識を語られてもナルキにとって苦痛と言っても過言ではない。
「しかし、同じグレンダンの出身の武芸者とはいえ、随分と頭の違いがあるんだな」
感心したように本をパラパラとめくり、すぐに理解することを諦めて本を閉じたナルキは、目の前のセヴァドスの非常識さに感心しながらも、もう一人のグレンダン出身の友達であるレイフォンのことを思い出す。
同じ都市で、武芸の天才と謂える二人だが、学力の面では大きく違っていた。
方や転入の際に学年問わずツェルニで学力トップの点数を叩き出したセヴァドスに対し、方や入学試験の奨励金Dランクでナルキ以上に勉強が苦手で、脳筋の称号を得た程の豪の者であるレイフォン。
余りの頭の出来に、ナルキはレイフォンに思わず同情した。
そのことを知っているセヴァドスの笑みに少しだけ苦みが出る。
「レイフォンは勉学が苦手ですからね。 それに私はこう見えて勉学は得意ですから」
「その代わりに常識がないがな」
今まで起こしてきた問題を思い出しながら、ナルキはセヴァドスの言葉を冷たく切り捨てる。
事実、現在進行形で牢に入っている人間にとって耳の痛い言葉だったが、セヴァドスには通じることなく、笑顔を返される。
「グレンダンの武芸者に常識を説かないでください」
「その言葉を信じるなら、私は絶対にグレンダンに行きたくないな」
セヴァドスの言い分に、ナルキは話半分に聞いて、呆れたように呟く。 だが、ある意味セヴァドスの言葉は正しい。
確実にセヴァドス以上の変わり者は、両手の指の数以上に存在しているのだから。
ナルキのつれない返答を聞き、少し残念そうに思っていたセヴァドスは、突然、何か思い出したように口を開く。
「あ、でも、メイシェンさんは、行ってみたいんじゃないのですか?」
「気付いていたのか?」
セヴァドスの言葉に、ナルキは心底驚いたように目を丸くする。
ナルキの親友の一人であるメイシェン・トリンデンは、現在、レイフォン・アルセイフに恋をしている。
親友であるナルキ達には分かりやすいほどの反応をしているが、悲しいことに当のレイフォンには全く気付かれていなかった。
そのため、レイフォン以上に空気の読めないセヴァドスがそのことに気付いていることは、ナルキにとって驚愕の事実と言っていいだろう。
驚くナルキを見て、セヴァドスは得意げに鼻を鳴らすと、一冊の本を差し出した。
「ええ、この本に書いてある症状を見て、そうだと気付きましたよ」
「『愛憎のトライアングル2』……なんか嫌だな……その気付き方は」
「しかも、ミィの奴が持ってた続編だぞ……」と顔を青くさせながら呟くナルキを見ながら、セヴァドスは思った以上に時間が経っていることに気付き、中断された脱獄の準備のため、鉄格子に再び力を込め始める。
だが、セヴァドスの脱獄を再び遮る者が現れた。
「入るぞって……何だ、ナルキもいたのか?」
扉を開き、入室してきたのは、ナルキの上司に当たるフォーメッドである。
ナルキの存在に気付いて首を傾げるフォーメッドに、セヴァドスは愛想の良い笑みを向ける。
「はい、暇でしたから世間話をしてもらっていました」
「そうか、なら喜べ、釈放だ」
フォーメッドの突然の宣告に、ナルキは目を細めて一度だけセヴァドスを見ると、再び視線を上司の方に戻して尋ねた。
「釈放ですか……? 確か反省を兼ねて、一夜はここで過ごしてもらうのでは」
「だったんだがな、会長命令だそうだ。 何でも至急、頼みたい用があるそうだ」
カードキーを指し込み、鉄格子が開かれるとセヴァドスは嬉々とした様子で肩を回しながら、牢の外へを出る。
フォーメッドから返却された錬金鋼を、腰に巻いたベルトに挟むと、武芸科の制服の上着に袖を通す。
「ふむ、トラブルですか……ということは退屈はしなさそうですね」
楽しそうな事が起こりそうだ、という予感にセヴァドスはひと際頬を釣り上げた笑みを浮かべると留置室から出る。
そんなセヴァドスの後ろ姿を見送る二人はその場で思い思いに呟く。
「血生臭くなければいい、と思う私は、少し毒されたのだろうのでしょうか」
「俺はこいつが自分の部下じゃなくなって、かなり嬉しいがな」
セヴァドス・ルッケンス。
彼は現在、無職である。
・ ・ ・ ・ ・
生徒会室。
学園都市ツェルニを経営、そして各部門を統括する生徒会の長――カリアンは、目の前の報告書類を見て思わず溜め息をついてしまう。
幼性体の襲来、そして先日の老生体の遭遇、そして今回と、何故今年はこうも問題があるのだろうかと山積みの問題に、思わず痛む頭を手で押さえてしまう。
ただでさえ、所有するセルニウム鉱山が残り一つという崖っぷちという現状だ。
もう少し穏便にならないものかと弱音を吐いても、目の前の問題が消えることはなかった。
だが、同時に思いがけない幸運にも恵まれ、レイフォン・アルセイフという剣を得た。
レイフォンの存在は間違いなくツェルニの救世主になるだろうと、カリアンは自身の運が最悪ではないことに感謝した。
しかし、最近では運は悪いのではないか、と密かに思っている。
「彼の場合は少し複雑だね……」
手に持っていた書類を机の隅に置くと、その隣に置いてある書類に目をおとす。
セヴァドス・ルッケンス。
そして彼が起こした数々の問題がずらりと記載されていた。
通常なら退学処分でも可笑しくないほどの問題児だが、その反面、恐ろしく優秀な人材であることは確かだ。
武芸の面では、ツェルニ最強であるレイフォンと並ぶ実力の持ち主であり、学力面では学年トップクラスの成績を修めている。
無論功績はそれだけではなく、錬金科の研究室にまで顔を出して、新型錬金鋼の開発に貢献しているという事実も存在する。
そんな人間を、この危機的状況下で手放せるほどカリアンの神経は太くなかった。
「まあ、今回のような任の際は、彼みたいな人間がいた方が心強いだろうしね」
テーブルの隅に置かれた書類にはこう書かれていた。
『ツェルニ進行方向に、不審な都市アリ』
再びツェルニの前に暗雲が立ち込めていることに、カリアンは微かな不安を感じた。