ルッケンスの三男坊   作:康頼

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第十二話

 先日の汚染獣――老性二期との戦いから一週間ほど過ぎた頃。

 死神すら裸足で逃げ出すだろう過酷な戦場で主役の一人を務めたセヴァドス・ルッケンスは、現在、学生寮の自室にて至福の時を過ごしていた。

 ベットに寝そべる体勢で、ペラペラと手に持った文庫書をめくりながら、傍らのテーブルの上に置かれた飲みかけのジュースに手をつける。

 他にもスナック菓子や色とりどりの野菜が挟まれたサンドイッチなどが机の上に並べられ、誰がどう見ても寛ぎ過ぎていると言えるだろう。

 

 「ふむ……何故、人質を取られたからって武器を放ってしまうのでしょうね、この主人公は」

 武器を捨てては駄目でしょう、と思わず本の感想を呟きながら、セヴァドスは本にしおりを差し込む。

 ベットから身体を起こすと、手に持った本をテーブルの上において、代わりにテーブルのサンドイッチを掴んで口へと運ぶ。

 

 「さて、と次は何を読みましょうか?」

 

 もぐもぐと、サンドイッチを頬張りながら、セヴァドスは部屋の隅にある本棚から新しい本を物色し始めた。

 

 その光景は、戦闘狂と名高いセヴァドスには似合わないように見えるだろう。

 それなりに付き合いのあるレイフォンですら、この光景を物珍しそうに眼を丸くするかもしれない。

 だがセヴァドスは、兄であるサヴァリスのように戦闘や力だけに興味、固執を示しているわけではない。

 ケーキなどの料理の食べ歩きを頻繁に行い、月に二回は映画館に赴き、放課後の空いた時間には図書館などにも通っている。

 本と言ってもセヴァドスが読む物は様々であり、歴代の卒業生の論文から、遠い過去の偉人の残した研究書、先程まで読んでいたミィフィお勧めの娯楽小説など様々の分野の書物を読むほどの本好きである。

 勿論、武芸者としての本質も忘れることなく、有名な武芸者の剄技書や、武芸者の大敵である汚染獣のことを記した研究書、武芸者の生命線とも言える錬金鋼についての錬金学の書物にも目を通している。

 最近では、ツェルニに来て集団戦闘というものにも興味を示しており、様々な戦術書なども読み漁っているくらいだ。

 

 これらの事実から、セヴァドス・ルッケンスという人間は、好奇心が旺盛な人間ということである。

 

 「そういえば、さっき書かれていた技って中々格好良かったですね。 今度試してみましょうか?」

 

 空想作品のとんでも技を実戦しようとする変態であることには変わりはないが。

 

 そんな平穏なセヴァドスの一時は、突如、鳴り響いた音楽により中断されることになる。

 軽快でポップな音楽を鳴り響かせる携帯端末に手を伸ばすと通話ボタンを押した。

 

 「おや、もうこんな時間ですか……もしもし」

 『遅い、遅いよっセヴァちんっ!』

 

 携帯を耳に当てると受話器の向こうから聞こえたのは、友人のミィこと――ミィフィの声である。

 「やあ、こんにちはミィさん。 実は今、貴方のお勧めの小説を読んでいました」

 『えっ? ああ、『愛憎のトライアングル』?』

 「いえ、そちらの方はもう読みましたよ。 中々最後の終わりは衝撃的でしたね。 恋愛とはあれ程までに恐ろしいモノなんだと再認識しました」

 『いや、アレを恋愛のスタンダードにしちゃったら普通に駄目でしょ?』

 

 セヴァちんは普通じゃないけどね、と感心したようにしみじみと頷くセヴァドスに、ミィフィの受話器越しのツッコミが入る。

 ちなみに本の内容を簡単に言うと、題名通り女と男の関係のドロドロさ現わした淡い恋心を抱いているメイシェンなどには見せれない作品となっている。

 

 「へぇ、そうなのですか?」

 『そうなのです。 で、何を読んでいたの?』

 「『聖騎士アルト・スロット物語』ですよ。 中々興味深い内容ですね」

 

 『聖騎士アルト・スロット物語』

  とある都市の有名な物書きが晩年に書いたもので、数十年前の作品と言え、根強い人気を誇る小説である。

  グレンダン育ちのセヴァドスは知らなかったが、交通都市ヨルテムでは爆発的人気を誇ったらしい。

 

 『それ面白いでしょ? 悪女に仕える誇り高き騎士。 様々な苦難が彼を襲おうとも、ただ一途に主である悪女のために生きた男の物語、特にラストと言ったら……』

 「ふむ、そういう話だったんですか? 私はこの話に登場する魔獣というものに興味が惹かれたのですが」

 『はははは、セヴァちんはそういうの大好きだよね?』

 「武芸者ならそう思うのが当たり前だと思いますが?」

 『私の周りには、そんなバトルマニアはセヴァちんくらいだね』

 だんだんとセヴァドスという人間がわかってきたのだろう、あっさりと笑って話を流すミィフィに対し、セヴァドスは何か思い出したように口を開く。

 

 「そう言えば、要件は何ですか?」

 『っああっ!! もうすぐ今日の第一試合が始まるしっ!! セヴァちんダッシュっ! 遅れたらジュース奢りだから!!』

 「わかりました。 すぐに行きますね」

 

 焦るミィフィと違い、いつもの様子でセヴァドスは慌てることなく電話を切ると、部屋の開かれた窓に足を掛ける。

 

 内力系活剄の変化、旋剄。

 

 爆発的な剄により高まった脚力により、セヴァドスはツェルニの空を駆ける。

 およそ一分後につくであろう試合会場に向けて、一陣の風が周囲の屋根を砕いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 「へぇ、思っていたより面白いですね」

 目の前で行われる試合を眺めながら、セヴァドスは口の中にポップコーンを放り込む。

 その隣にいたナルキも同様にセヴァドスの持つポップコーンの箱に手を伸ばすとそのまま中身を口へと放り込むと、意外だ、と声を上げる。

 「そうか? グレンダン出身のセヴァならレベルが低いって言うかと思ったけど」

 「まあ、レベルが高いとはお世辞でも言えませんね。 動きに無駄があり過ぎますし、剄技の完成度も低くて、剄息も稚拙です」

 「そ、そうか……」

 「ですが、楽しむというのと強いというのは別物ですよ」

 

 弱い試合に、そういう試合なりに面白いところはある、とセヴァドスはポップコーンを食べながら考えていた。

 勿論、実際に戦うなら強い者と戦う方が断然楽しめるが、観戦に関しては戦っているのが絶対に強者でなければならないというわけではない。

 観戦というのは、セヴァドスにとって映画を見ているような感覚である。

 

 気楽にそう言うセヴァドスに対し、ナルキとは反対側に座っていたミィフィが、セヴァドスのポップコーンに手を伸ばす。

 そのままポップコーンを口に放り込んだミィフィは笑いを堪えるように口を開く。

 

 「うわっ、言うね。 一応、ランキングが上位の試合だったんだけどなぁ」

 「そうなのですか?」

 

 ミィフィの言葉を聞き、セヴァドスは再び目の前の試合を、娯楽ではなく武芸として見てみる。

 稚拙な技に、微量な剄量、周囲の黄色い声援に応えるように誇らしげに手を振る武芸者達。

 まるで道化じゃないですか?

 グレンダンで生まれ、武芸に明け暮れたセヴァドスには、これが武芸とは到底思えなかった。

 だが、これがある意味、正常なのかもしれない。

 危機感がないというのは問題であるが、通常の都市ならば汚染獣を避けていくため、グレンダンのように毎週汚染獣と戦っているはずがない。

 つまり、異常なのはグレンダンであり、汚染獣に襲い掛かる狂った都市のほうだろう。

 しかし、それでもセヴァドスにとって、グレンダンは愛すべき故郷であり、グレンダン以上に心躍る場所はないと思っている。

 

 「セヴァドスくん……大丈夫?」

 「む? 何がですか?」 

 「いや、なんかさ……その笑みが怖かったって言うか……」

 「そうですか? 怖がらせて申し訳ございません」

 

 目の前の試合をただ黙々と見ていたセヴァドスを見かねてか、ミィフィを挟んだ位置に座るメイシェンが話しかけてくる。

 その隣では、珍しく顔を引き攣らせているミィフィの言葉に、セヴァドスは首を傾げながらも、とりあえず謝るしかなかった。

 それを見て、ミィフィは一度喉を鳴らすと、気を取り直したように笑みを浮かべる。

 

 「うん、そう言えば……はい、これ」

 「これは?」

 「うん、それはこの前セヴァちんに頼まれたやつだよ」

 

 ミィフィが鞄から取り出したのは、学園の売店で売られているどこにでもあるノート。

 ただノートの表紙には、㊙とミィフィの字が書かれていた。

 ノートを受け取ったセヴァドスは、表紙から一枚一枚ページを捲り確認していく。

 そこには、このツェルニに所属する武芸者のデータが書かれており、誕生日や出身都市、武器の種類など個人のデータから、対抗戦の勝率などの小隊のデータもそこには記されていた。

 つい先日に頼んだにも関わらず、ここまでの豊富な情報量を調べてきたミィフィに思わず、セヴァドスも感心したように声を上げる。

 「これは、本当に素晴らしい。 ありがとうございます、ミィフィさん」

 

 ノートにはミィフィの努力が鮮明に分かるほど記されており、セヴァドスはそんなミィフィに対して後日のお礼しようと考えた。

 

 「そう言ってもらえるとこちらも嬉しいね」

 「何が書いてあるんだ?」

 二人だけが話が進み、話に取り残されるようになったナルキが、ノートを気にしたように呟くと、セヴァドスは適当にページを開いた。

 

 「全小隊のメンバー表ですよ。 先日、ミィフィさん頼みましてね」

 「ふふふふふ、短期間だったから、まだ改良の余地ありだけど、中々の出来だったりするんだよね」

 「ミィ、凄い……」

 感心したように呟くメイシェンに、ミィフィは胸を反らすようにして自慢げに笑いを浮かべる。

 そんな二人に、セヴァドスは笑みを浮かべながら、セヴァドス本人も満足げにノートをペラペラとめくっていく。

 ノートのページをめくるセヴァドスの指が突然、とあるページで止まった。

 「おや、これは」

 「あ、そうそう。 このこと聞きたかったんだけど、この五年のゴルネオ先輩ってセヴァちんと同じ名前だよね? 関係者か何か?」

 

 セヴァドスの開いたページを見ながらミィフィが尋ねてくる。

 開かれたぺ-ジは、ツェルニの『第五小隊』のことについて書かれたものであり、その小隊の隊長にはゴルネオ・ルッケンスと記されていた。

 セヴァドスは何でもないように軽い口調でミィフィの質問に答えた。

 「ええ、私の兄ですよ」

 「兄っ?! おい、初耳だぞ」

 「私も兄さんがここにいることに、今初めて気付きました」

 「いや、おかしいだろう。 普通に考えて」

 セヴァドス本人も全く知らなかった事実に、ナルキは呆れたように溜め息をついた。

 普通、兄がいる都市くらい覚えているはずであるが、セヴァドスもゴルネオがこんなところにいるとは夢にも思っておらず、確かにゴルネオは五年前にグレンダンを出て、何処かの都市に留学したとまでは聞いていたが、まさかこの地にいるとは考えてもいなかった。

 

 「そういえば、兄さんとは全く連絡とか取っていませんでしたね」

 

 まさかこんな所で兄と会えると思わず、若干浮かれ気味のセヴァドスに、メイシェンは心配するように口を開く。

 

 「仲、悪かったりするの?」

 「いえ、仲良しですよ。 グレンダンではいつも遊んでくれました」

 

 思い出すのは、グレンダンでのゴルネオとの日々である。

 自分と外見も性格もよく似ている長男のサヴァリスと同様に、次男のゴルネオともよく組み手をして腕を競い合った。

 天剣授受者となったサヴァリスと違い、天賦の武芸の才はゴルネオにはなかったが、それでもセヴァドスにとって大切な兄の一人には違いがなかった。

 ———そう言えば小さい頃はよく本を読んでくれましたっけ、と思い出に浸っているセヴァドスを見て、ナルキは呆れたように目を細める。

 

 「ならやっぱり気付くだろ? ゴルネオ先輩は、セヴァにいうのは何だが、このツェルニ屈指の武芸者の一人だぞ?」

 「うーん、そこはほら、それは私はここに来て日が浅いですから」

 

 セヴァドスがこの地に来て約二週間。

 その間、セヴァドスは興味が赴くままにツェルニを探索していた。

 時にはナルキと仕事で、犯罪者や違反者を捕獲したり、時にはミィフィと街へ出かけて、カラオケやショッピングを楽しんだり、時にはメイシェンの働く店で、ケーキを満腹になるまで食べたり、時にはレイフォンにへばり付くようにして授業を受けたりと、かなり濃密な時間を過ごしてきた。

 思えば、戦うこと以外にこんなに時間を割いたのは生まれて初めてかもしれない。

 初めて都市を離れたせいで、セヴァドスは少し浮かれていたようである。

 そういうこともあり、セヴァドスは兄のゴルネオの存在に今まで気づかなかった。

 

 「じゃあさ、あとで兄さんにでも会ってくればいいじゃん」

 「そうですね。 この五年でどれくらい強くなったかも気になりますし」

 「それなら丁度いいかもしれないぞ。 今日のレイとんの隊の対戦相手は、ゴルネオ先輩率いる第五小隊だからな」

 

 ナルキにそう言われて試合の予定表を見ると、そこには『第五小隊VS第十七小隊』とデカデカと書かれていた。

 

 「本当ですね。 しかも次の試合じゃないですか?」

 「あ、本当だ。 どっちが勝つかな?」

 「んー、部隊の完成度なら第五小隊だろうがな……」

 

 ナルキの言う通り、ツェルニトップクラスの第五小隊の錬度に張り合えるのは、最強の小隊である第一小隊くらいだろう。

 だがセヴァドスは、それを赤子のように潰す存在が十七小隊にいることを知っていた。

 しかし、レイフォンはどのみち本気を出せないから、順当に第五小隊が勝つというのがセヴァドスの予想である。

 

 会場が一瞬、湧いたように声が上がる。

 視線を上げてみると、そこにはレイフォンのいる十七小隊の面々とゴルネオが率いる第五小隊が姿を現していた。

 遠くから見てもその姿を見間違えることはなく、ゴルネオ本人であり、兄弟で唯一似ていないその容姿も変わっていなかった。

 「うらやましいですね。 兄さんはレイフォンと戦えて」

 レイフォンに視線を向けるゴルネオを、観客席と言う遠い場所からセヴァドスは羨ましく見ていた。

 勿論、素手同士なら授業の際にやれないこともないが、剣を持ったレイフォンと戦う機会はそうそうないモノである。

 実際、セヴァドスはツェルニに来てからレイフォンと一度も戦ったことがない。

 「そうか? 私は、セヴァとレイとんが組み手しているの見ていると、怖くて心が折れそうになるんだが」

 「大丈夫ですよ。 そのうち、恐怖が楽しみに変わっていきますから」

 「それって、大丈夫じゃないだろう」

 「しっ、二人とも、もうすぐ始まるから」

 変態の仲間入りだろ、と返したナルキに割り込むように、ミィフィは口を挟む。

 フィールドでは、両小隊が配置につき、開始の合図を待っていた。

 その様子に見てメイシェンは心配そうに呟いていく。

 「レイとん、怪我しないといいけど……」

 「大丈夫ですよ。 それがだんだん楽しくなっていきますから」

 「「お前は少し黙ってろ」」

 ミィフィとナルキの声に重なるように、試合開始のサイレンが鳴り響いた。

 

 

 

 

 


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