ルッケンスの三男坊   作:康頼

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第一話

 槍殻都市・グレンダン。

 

 数多にある移動都市の中でも、武芸者達なら一度は耳にするだろう武芸都市である。

 武芸の本場とも呼ばれるほど、グレンダンでは武芸が盛んであり、大小合わせれば年間五十回以上の武芸大会が行われ、それに比例するように都市には百を超える武門が存在している。

 都市が抱えている武芸者の数とその質を考えると、まさしく他の都市を圧倒する最強都市の名に相応しく、月二回以上という頻度の汚染獣襲来にも生き残っているのもそう呼ばれる要因かもしれない。

 しかし、その常識からかけ離れた汚染獣との遭遇率から、都市がわざと汚染獣を狙って襲っているようにも見え、電子精霊が狂った都市、最狂都市とも言われている。

 

 汚染獣すら恐れる都市、グレンダン。

 そんな最強都市には、少し他の都市とは違った風習がある。

 十二人の至高の武芸者。

 王家から認められ、民から崇められる絶対的強者。

 その強さは、並の武芸者が千人いたとしても敵わないだろうと言われている。

 都市の守護者たる彼らには、グレンダンに伝わる秘奥にして最高の錬金鋼『天剣』が与えられ、その勇ましい姿から、都市に住む人々に『天剣授受者』と呼ばれ、尊敬された。

 

 一騎当千の猛者である、十二人の怪物集団の一人に、サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンスという名の男がいる。

 若干十五才で、天剣『クォルラフィン』を与えられ、グレンダンの数ある武門の中でも名門の一つ『ルッケンス』家の長男という、まさに天才の名に相応しい男である。

 そんなサヴァリスだが、巷では戦闘狂と呼ばれるほどの大の戦闘好きで、一度はグレンダンを統べる女王陛下アルシェイラに暗殺という名の喧嘩を売りに行ったほどの馬鹿野郎でもある。

 そんなある意味人間として終わっているサヴァリスには、二人の弟がいる。

 

 一人はゴルネオ・ルッケンス。

 兄であるサヴァリスと違い、常識があり、礼儀も備わった、極めて善良な人間である。

一般的な武芸者思考の持ち主であるゴルネオだが、武芸の腕は兄サヴァリスに比べると雲泥の差であり、そのことがコンプレックスとなり、現在は遠く離れた学園都市ツェルニに席を置いている。

 

 そして、もう一人。

 サヴァリスから十以上も歳の離れた末弟である彼は、次男のゴルネオと違い、天剣授受者であるサヴァリスに優るとも劣らない武芸の才を持っていた。

 

 この物語は、そんな彼、ルッケンスの三男坊が思うがままに楽しく、のびのびと、自由に、他人を振りまわして暴れまわる、青春学園物語である。

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 グレンダンの都市の中央に聳え立つ王宮から、数キロ離れた市街地の外れ。

 

 人気の少ないこの場所に現在、溢れんばかりの大勢の人間が集まり、目の前の光景に歓声と野次を上げていた。

 その熱気は、武芸大会に匹敵するほどのもので、そんな人々の視線の先では、二人の男達がじりじりと視線を交えていた。

 一人は、天剣授受者である乱闘大好きな青年、サヴァリス。

流れるように風で靡く銀髪に構うことはなく、目の前の獲物に好戦的な笑みを浮かべながら、熱い視線を送り続けている。

 視線には、闘気や殺気など様々なものが混ざり合っており、並の武芸者なら震えあがるところだが、視線浴びる少年は、目の前のサヴァリスと同様の笑みを浮かべていた。

 その光景は、まさしく目の前のサヴァリスの写し絵のようだった。

 無論、笑みを浮かべていることだけではなく、髪の色に、瞳の光、顔つきなどの容姿に身にしている服装と、全てがサヴァリスに瓜二つであり、唯一の違いを上げるとするならば、兄と違い銀髪の後ろ髪が肩の辺りで切り揃えられていることと、背丈などの身体つきが一回りほどサヴァリスより小柄であること、顔にまだ幼さが残っていることくらいだろう。

 

 少年の名はセヴァドス・ルッケンス。

 サヴァリスの歳の離れた弟である。

 

 そんな瓜二つの兄弟だが、彼等はただひたすら視線を交わし続けているだけで動こうとしなかった。

 無論、彼らがやっていることはにらめっこなどではなく、日課となっている楽しい――真剣――な稽古である。

 互いに見合い、隙を探す彼等は、観客から時間すら止まっているようにも見えた。

 永遠に続くような沈黙――がそれはすぐに崩れることとなる。

 観客の誰かが息を呑んだ――その瞬間、

 二人は弾かれたように動き出す。

 

 外力系衝剄の変化、剛昇弾。

 互いに向けられて放たれた衝剄の砲弾は、二人の対する中間でぶつかり、爆音を立てて弾けた。

 その際に発生した衝撃の波が、周囲にいた観客に襲いかかるが、当の本人達は、全く気にする様子もなく、目の前の相手に向かって拳をぶつけ合う。

 

 「くふ、はははは!! 楽しいな、セヴァっ!! また腕を上げたのかい?!」

 「成長期ですからねっ!! 身長と共に日々成長していますよっと」

 「へぇ……その疾風迅雷の型、随分と様になっているよ。 もしかすると道場の中でも一番筋が良いかもしれないね、っと」

 「ぐっ」

 

 弟の成長に上機嫌に笑うサヴァリスは余裕に満ちた様子で、木々をへし折るほどのセヴァドスの蹴りを受け止めると、そのままお返しとばかりに凄まじい速さの蹴りを、可愛い弟の横腹に向かって放った。

 それをセヴァドスは紙一重で受け止めるが、余りの威力に、遥か上空へと打ち上げられた。

 

 痺れる腕を抑えながら、頭上に向かって球体状の衝剄を放つと、その上に飛び乗った――正確には重力に反した逆さまという状態なのだがら足の裏に球体を乗せていることになる。

 そのまま頭上――地面の方に視線を向け、こちらに迫ってくるサヴァリスを確認すると、それを迎撃するために足元の球体を蹴った。

 

 内力系活剄の変化、旋剄。

 

 活剄により踏み出されたセヴァドスの足は、爆発的な加速を生み、迫るサヴァリスに詰め寄ると、一瞬のうちにサヴァリスを地面へと叩き落とした。

 ――が、不覚の一撃を受けたとはいえ、天剣授受者である。

 サヴァリスは、地面に叩きつけられる前に体勢を立て直すと、凄まじい音を立てながら着地をした。

 その際、周囲に土砂が飛び交い、観客に悲鳴が上がるが、サヴァリスの興味は唯一人であった。

 ゆっくりと降りてきたセヴァドスに向かって、サヴァリスは近くにあった石を拾い、――投擲した。

 所詮は石ころ。

 しかし、超人であるサヴァリスが投げれば、銃弾の速度を越え、殺人兵器と化す。

 

 風を切り裂きながら迫る石礫の弾丸を、セヴァドスは、何でもないように叩き落とした。

まるで蚊を叩き落としたような動作と冷静な反応に、投擲したサヴァリスは力強い拍手を送った。

 

 「うん、良い反応だね」

 「ありがとうございます。 ですが、いずれは兄上を越えるつもりですから」

 「ははははっ、うれしいことを言ってくれるね。 セヴァのそういうところ、僕は好きだよ」

 「私も兄上の強さは大好きです」

 

 互いに褒め称え、笑みを浮かべながら、二人は互いに向かって走り出す。

 駆ける二人の全身には、青く眩いくらいに発光した剄が流れ、その姿はまさに閃光である。

 

 「へぇ、この速さにもついてこれるのかい?」

 「はい。 もう少し速くても問題ないですよ?」

 「ははは、全く楽しいねっ!!」

 

 加速していく二人は、ピンポールのように弾け、周囲の建物を足場として、拳や蹴りを交え合う。

 頬を掠め、横腹を抉り、衣服を血で染める二人の表情は、一向に変わることのなく、大声で笑いながら、周囲を無視した大技の衝剄を放つ。

 

 「うえ、やばいぞっ!! 屋根が降ってきやがったっ!」

 「馬鹿、そっちに逃げるなっ!! 巻き込まれるぞっ!!」

 「ちょっ、誰か人を呼んで来いっ!!」

 「誰を呼ぶんだよっ!!」

 

 楽しげな兄弟と違い、巻き込まれた観客にとって、もはや災害であり、この場は死地と化していた。

 先程まで上げていた歓声は、全てへと悲鳴に変わっており、人々は必死に逃げ惑う。

 だが、当の本人達は全く気にすることなく、寧ろ熱を帯びたように過激になっていく。

 

 「楽しいなっ!! お互い錬金鋼は使ってないけど、どうする? 使ってみようか?」

 

 サヴァリスは、素手での手合わせでは満足できないのか、腰に下げた錬金鋼を使うことを提案する。

 無論、錬金鋼を使うことにより、先程とは比べ物にならないほどの被害が被ることになるのだが、完全に気分に乗ったサヴァリスにはそんなことはどうでもいい話であった。

 しかしその提案は、以外にもセヴァドスにより却下された。

 

 「流石に、それは無謀ですよ。 天剣に普通の錬金鋼が、勝てるわけないじゃないですか」

 

 セヴァドスの言い分は最もである。

 天剣授受者の資格というのは、技量などの強さをだけではない。

 膨大な剄量を持ち、通常の錬金鋼では許容量を超えてしまうために力を発揮できないことも含まれている。

 

 つまり、サヴァリスと同等の膨大な剄を持つセヴァドスでは、普通の錬金鋼は足枷となっているのだ。

 そのことを知っているサヴァリスは、残念そうに肩を落としていたが、ふと何か思いついたかのように口を開く。

 

 「それならセヴァ、今度天剣継承戦に出てみないかい? 今ならレイフォンの天剣が余っているからさ」

 

 一年程前に、地位を剥奪されたために担い手がいなくなった天剣『ヴォルフシュテイン』。

 唯一の所有者のいない天剣の存在を思い出したサヴァリスは、明日の晩御飯を決めるかのような気軽さで勧めてくるが、天剣を得るということはそう簡単ではない。

 天剣はこのグレンダンにとって重要かつ、名誉のあることであった。

 それ故に、グレンダンにいる腕自慢がその地位を欲するために、日夜鍛錬に汗を流しているのである。

 つまり天剣を持つということは、槍殻都市グレンダンの猛者達を倒して、その頂点に君臨しなければならないのだ。

 確かに担い手のいない天剣を得るのは、サヴァリスなどの現役の天剣授受者から奪うよりは比較的に簡単な方法かもしれないが、それでもその道のりは険しいの一言では表せないほどであった。

 無論、名門ルッケンスに生まれ、天剣授受者の兄を持つセヴァドスは、流石にそのことを理解していたようで、少し困ったようにセヴァドスは、兄の申し出に先程と同様に断った。

 

 「出ませんよ。 私が天剣を取ってしまうと、兄上とのキャラ被りが深刻じゃないですか?」

 

 訂正。

 非常識なのは、サヴァリスだけではなかった。

 さすがは戦闘狂の弟。

 かなりぶっ飛んだ思考の持ち主である。

 

 だが当の本人には、その問題は大変深刻だったようでしきりに頷きながら考えていた。

 しかし、強ちおかしな理由ではないかもしれない。

 顔などの容姿は、双子のように似通っており、武芸に関しても、ルッケンスという同門でその才覚も同等。

 好きな食べ物も、着る服のセンスも、同じという奇跡のシンクロもあり、思春期?まっ盛りのセヴァドス少年なら、そういうコンプレックスを抱いてもおかしくないはずだ。

 

 故に天剣を持ってしまうと、持っている錬金鋼も同じになってしまう。

 そのことはセヴァドスにとって我慢できないことである。

 しかし、武芸者の高みを目指す者として、天剣に興味がないはずがない。

 

 「それに、天剣を得るなら兄上から奪う方が気持ちよさそうです」

 「そうかい? それならどのみち僕は戦えるから、別にいいかな」

 

 虎視眈々と自身の座を狙っているセヴァドスに満足したのか、サヴァリスは、嬉しそうに頷くと、 話は終わりと言わんばかりに拳を固める。

 その姿にセヴァドスも笑みを深めると、迫りくるサヴァリスに向かって拳を振り抜いた。

 

 再び、戦闘という災害が発生しようとした――その時、 突如、空から降り注いだ巨大な光に、二人は為すすべなく飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 「全く、アンタ達は懲りずに毎日、毎日……人の迷惑を考えなさいよ」

 

 グレンダン王家の王宮にある謁見の間。

 様々な調度品が納められた間の玉座には、都市を統べる女王陛下――アルシェイラが座っていた。

 普段は、王座も影武者に座らせている彼女だが、今日は違っており、大変めんどくさそうに溜息をついていた。

 そんなアルシェイラの前には、丸焦げになっている二つの物体が転がっていた。

 先程まで場外乱闘していたルッケンス兄弟である。

 

 二人は、アルシェイラが放った勁弾により倒れ、此処まで連行されてきたのだ。

 その時の攻撃により、二人の身体は包帯まみれとなっており、明らかに常人なら確実にベットの上の住人になる程の大怪我である。

 そんな重症患者の二人だが、全く懲りていない様子で顔をあげると、笑みを浮かべたまま口を開く。

 

 「いえいえ、それは陛下もじゃないですか? この前、カナリスさんが嘆いてましたよ」

 「そう言えば、幾ら陛下とは言え、一般人の女性の方の胸を人が行き交う往来で揉むのはいかがなものかと思いますが?」

 

 反省どころか、天下無敵の女王様に向かって思うがままに口を開いていた。

 その姿に、笑みを浮かべたまま青筋を立てていたアルシェイラは、指先から衝剄を放ってセヴァドス達を吹き飛ばした。

 短い悲鳴を上げながら壁に叩きつけられる二人に向かって、アルシェイラはがぁっと吠えた。

 

 「あーもう、うるさいわねっ!! 私は女王、そんな些細なことは許されるのよっ!!」

 

 それはそれでどうかと思う発言をするアルシェイラに対し、攻撃を受けたサヴァリスとセヴァドスは、震える足を抑えながらゆっくりと立ち上がり、楽しげに笑い声を上げる。

 

 「ふふふふ、やはり陛下は最高だ……また今度、反逆してもいいですか?」

 「なるほど、では今回は私も参戦してもいいですか?」

 「駄目に決まっているでしょうが、今度やったら二人とも打ち首にしてやるからね」

 

 首元を切るジェスチャーをするアルシェイラを見て、セヴァドスは眉を下げながら残念そうに呟く。

 

 「ふむ……それは残念ですね」

 「なら、セヴァ。 今度一緒にリンテンスさんに喧嘩でも売りに行かないかい?」

 「兄上、それは魅力的な提案ですね」

 「あんたら二人、リンにでも切り刻まれてきなさい」

 

 グレンダン最強が駄目なら、天剣最強に喧嘩を売りに行く。

 ここまで来ると、怒りを通り越し、さらに呆れを通り越して、思わず感心してしまうほどである。

が、それが何度も続けば疲労へと変わる。

 グレンダン一の非常識であるアルシェイラですら、二人の変人を相手するのは些か疲れてきた。

 それ故に、アルシェイラは前々から考えていたことを実行することにした。

 

 「アンタ達は、いいかげん暴れすぎだから、罰を与えることにしたわ」

 

 罰。

 今まで制裁とばかりに殴り飛ばしてきたが、この二人にはまったく無意味であることはアルシェイラは痛いほどに理解していた。

 そこで、今回は少し変えてみることにしたのだ。

 そのことを知らないサヴァリス達は、笑みを浮かべて身体を動かし始める。

 

 「罰ですか? では準備運動を念入りにしておかなければなりませんね」

 「前は、二人で十秒も持ちませんでしたから、とりあえず今回は、十秒越えを狙いましょうか?」

 

 勘違いをし、準備運動を始める二人を見て、アルシェイラはニヤリと悪どい笑みを浮かべる。

 

 「まずは、サヴァリス。 アンタはこれから三ヶ月間、汚染獣戦及び争奪戦の参加を禁止よ」

 「え?」

 

 突然下されたアルシェイラからの罰に、サヴァリスは珍しく顔を強張らせ、言葉を失ったように放心してしまう。

 しかし、それも無理もないことである。

 戦闘狂であるサヴァリスにとって、闘争とは呼吸に等しいほどの当たり前のことであり、一番の楽しみでもある。

 特に老生体との命懸けの戦いは、最高の一時に違いはなかった。

 それを奪うと言うことは、鳥から翼を奪うようなほどの残酷なことであった。

 

 茫然とする兄に対し、隣の弟は清々しいほどの良い笑みを浮かべる。

サヴァリスが、当分戦場に出ないことにより、自分自身の汚染獣戦の時の獲物が増えると考えたからだ。

 

 「あーご愁傷様です。 ですが兄上の分まで私が……」

 「で、セヴァドス。 アンタは、グレンダンから期間内追放よ」

 「え?」

 

 だが、次にアルシェイラの口から飛びだした言葉に、セヴァドスも隣の兄同様、思わず言葉を失ってしまった。

 天剣授受者と女王陛下がいる最強都市グレンダンで生まれ育ったセヴァドスにとって、他の都市なんて興味が湧く存在ではなく、魅力を感じるはずもなかった。

 つまり追放勧告は、セヴァドスにとってハリネズミの針を剥ぎ取るほどの暴挙である。

 

 「へ、陛下っ! 私は別に追放されるほど悪いことなんてしていませんよっ!」

 「いや、普通に考えて処断されてもおかしくない発言してるわよ、アンタら」

 

 挙動不審な動きをして詰め寄ってくるセヴァドスを、アルシェイラは正論を吐きながら蹴飛ばす。

 無論、普通の人間がここまで暴挙を繰り返していたら、処断されることは間違いないだろう。

 この措置は、アルシェイラの恩情というものかもしれない。

 

 「も・ち・ろ・ん・断ればわかっているわよね? この女王陛下のお・ね・が・い・を」

 

 断れば殺す。

 圧倒的なほどまでの殺気を纏うアルシェイラに、ルッケンス兄弟は肩を落とすしかなかった。

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 「という罰を与えられてしまったのですが、どうすればいいと思います?」

 「素直に受ければいいと思いますが」

 

 机の前で訴えるセヴァドスに対し、カナリスは机の上の書類を処理しながら、興味がなさそうに答える。

 先程の混乱状態から冷静になったセヴァドスは、先程出された罰を撤回してもらうために、天剣授受者の一人であり、アルシェイラの右腕でもあるカナリスに相談を持ちかけていた。

 だが、彼女の返答は予想通りのものである。

 人一倍忠誠心のあるカナリスに、相談すること自体が間違いなのであるが、相談する人間がいなかったのである。

 普段、セヴァドスが相談すると言ったら、アルシェイラとサヴァリス、祖父、祖母的存在のティグリスとデルボネ、そしてしっかり者の姉的存在カナリスである。

 アルシェイラとサヴァリスは当事者であり、デルボネは現在睡眠中、ティグリスは先日、彼の孫娘であるクララことクラリベールといっしょになって彼の住む屋敷で暴れまわったのである。

 そのせいで温和なティグリスが、鬼のように怒っており、当分会いに行くことは不可能となっていた。

 

 つまりは、消去法でカナリスしか残っていなかったのである。

 

 「そこを何とかお願いします。 貴方の忠告なら陛下も聞いてくださります」

 「陛下が私の忠告を聞いてくれたことなんてありましたか?」

 

 カナリスの自虐とも言える発言に、セヴァドスはなるほどと頷く他ない。

 参謀、女王補佐とも言える彼女だが、一度もアルシェイラは彼女の忠告を聞いたことはない。

 つまりは、期間追放は逃れることができないようだ。

 その事実に肩を落とすセヴァドスを見て、カナリスは溜め息をつきながら、机の棚から二枚の書類を取り出す。

 

 「せっかくですから、外の世界に出て色々なものでも見てくればいいでしょう」

 「これは?」

 

 手渡された書類をセヴァドスは受け取り、書類に目を向ける。

 一枚目の書類には、学園都市のことが書かれており、二枚目はその学園都市の入学願書であった。

 その書類に書かれていた学園都市の名は、聞き覚えがあった。

 

 「ここなら、貴方も納得するんじゃないんですか?」

 「ありがとうございます、カナリスさん」

 

 カナリスの粋な計らいに、セヴァドスの先程の落ち込んでいた表情が一変、花が咲き誇るような満面の笑みに変わっていた。

 

 「しかし、こうなると早めに出た方がいいですね」

 「そういうと思って、既に放浪バスの券は取っていますよ」

 「おお、流石はカナリスさん。 このお礼はいつか」

 

 カナリスの手際のいい手腕に、セヴァドスは感動しながら放浪バスのチケットを受け取ると、上機嫌でその場を後にした。

 

 ゆえに気付かなかった。

 カナリスの手際が良すぎることに。

 まるで、事前にこの決定が決まっていたかのように準備がされていたことに。

 

 「あんな笑みを向けられると、流石に罪悪感が湧きますね」

 

 疲れたように溜め息をつきながら、カナリスは一枚の書類を再び机から取り出す。

 その書類には、先日、カナリスがアルシェイラに提案した案が記入されていた。

 それをもう一度だけ確認すると、カナリスは書類をクシャクシャに丸めて、部屋の隅のゴミ箱へと放り投げた。

 

 「まあ、あの子なら問題ないですね」

 

 純粋で、順応性のある弟分の旅路を祈りながら、カナリスは再び書類整理へと没頭した。

 


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