目隠し行の精度を完璧にするには、先ずは周囲に存在するチャクラを感じ取る必要がある。
その感覚、精度を高めるために、豹馬はシシンに五感断ちの修行を行ったのだ。
五感を経つことで体内に存在する脈絡系の流れと、チャクラの存在をより密に感じさせようとしたのである。
結果として、それは豹馬の想像を超えた形で大成功に終わったといえるだろう。
シシンは当初の目的であった五感断ちの行にて自身の体内に流れる脈絡系とチャクラの存在に気付いただけではなく、自身の肉体をチャクラを使って制御する方法まで身に付けたのだ。
豹馬はこの術を、『雲体風身の術』と名づけた。
コレは傀儡の術と呼ばれる、ある砂隠れの忍が得意としていた術の応用である。本来はチャクラを操り、人形などを操作する術なのであるが、シシンはソレを自身の身体に使ったのだ。
結果、脳からの指令では完全に使い切ることのできない身体能力を、ほぼ100に近い状態で使用することが出来るようになった。
これは、生物という観点で見ればかなりのアドバンテージである。
しかし、ならば何のデメリットもないのか? といえば、そんな事はない。当然デメリットは存在する。
人間に限らず、生物が何故に身体能力の全てをフルに使うことが出来ないのか? それは、仮に全力を使えば自らの力によって肉体が破壊されるからである。
その為に生物は、生まれながらに脳に
だからこそ先日の修行の後に、シシンは筋力の限界を超えて肉離れを起こしてしまったのだ。
つまり、今現在のシシンにとって雲体風身の術とは何の役にも立たない術と成ってしまっている。
……まぁ、自身の身体を自在に操れるということは、全く意味が無いとも言えないのだが、少なくとも一番の強みである
しかし、使えない術ならば使えるようにすれば良いのである。
幸い、何が理由で使えないのか? というのは難しい問題ではない。その問題部分を、もっとも適した方法で解決していく。
その為に――
「初めましてだな、少年! 青春してるかぁーーっ!」
豹馬の選択した方法は、肉体を強く頑強に鍛えあげることであった。
今現在、シシンの目の前にはマッシュルームカット? それとも坊ちゃん刈りだろうか? 太い眉毛に濃い下
(変な人……)
である。
奇抜極まる格好だと言い換えることも出来る、その人物の見た目であるが、この怪しい人物こそ豹馬の用意した、『肉体を強く頑強に鍛えあげるために、最も適した人材』である。
「俺の名前はガイ。マイト・ガイだ! 今日から君の特別講師と成った木の葉一熱い男だ! よろしく頼むぞ!」
「……ぃよ、よろしくお願いします」
若干頬を引き攣らせながらシシンは挨拶をするが、その視線は現場に一緒に来ている豹馬へと向けられていた。
もっとも豹馬の方は
「…………」
と、ただ黙して黙っており、どうやらシシンの視線に答えるつもりはないらしい。
シシンは内心で大きな溜め息を吐くと、半ば諦めたかのように目の前の特別講師――マイト・ガイへと意識を向けるのだった。
ガイは親指を立ててサムズアップしており、どういう原理かは不明だがキラリと歯を輝かせていた。
「……さて、甲賀シシン。俺は、お前の直接の師である室賀豹馬殿から、剛拳を扱うに足る肉体改造を頼まれている。本来ならば、未だ成長期前の忍たまに過酷な訓練をさせるものではないのだが――」
とつとつと語るガイ。
登場して直ぐの暑苦しそうな態度とは裏腹に、根性論ではなくある程度の常識を元にトレーニングをしているようだ。
シシンは思わず、内心で安堵の息を吐いた。
が、
「自らを追い込み、さらなる高みに登りたいという熱い叫びを! 俺は豹馬殿を通して聞いた! ソレを聞き、俺は魂が震えた、心に熱いモノがこみ上げてきた! その思いに答えるにはもう、俺自身が鬼となってお前を指導するしか無いだろう!」
「……え?」
すぐに引きつった表情へと早変わった。
其処まで熱い何かを語った記憶が無いシシンは、勢い良く豹馬のことを睨むように見る。
しかし豹馬の方は口元に小さく笑みを浮かべるだけで、目の前の
しかし豹馬に止めるつもりがない以上、シシンに目の前の人物から逃げることは出来そうにもない。
目の前の人物から感じる威圧感は、紛れも無くシシンよりも遥かに格上。上忍レベルの実力者だろう。
そもそも甲賀一族の権力を使って呼び寄せた講師が、どこぞの馬の骨等ということが有るわけもない。
「さーて、先ずは軽いランニングからだ。いきなり過度な運動は筋肉を痛めてしまうからな」
「ラ、ランニング? 野山を駆けるような、アレか?」
幾分怯えたような口調で尋ねるシシンに、ガイは「あぁ!そうだ!」と言いながら大きく頷いた。
ランニング――と言うよりも、体力をつけるために走ることならば、いつもやっている事だ。
突飛なことをさせられるのではないか? と、若干怯えていたシシンは、ガイの言葉に安心し
「――但し。この重りを身体に付けてな!」
一気に奈落に落とされた。
「お、重り、ですか?」
「そうだ! 俺が特注で作ってもらった一品、その名も根性バングル! 今回は初心者用に、重さも控えめだぞ!」
ガイの手に握られているのは、使い込まれた金属の塊である。
見たところ手や足に装着させるのであろうが……見た目からして、その重量は並ではなさそうである。
口を『ぽかん』と開けてガイの言葉を聞いていたシシンであるが、そんなことをしている隙にガイによって手足と身体に重りを装着させられてしまう。
なんという早業だろうか?
シシンがそのことに気がついたのは、全身に重りからくる重量を感じてからであった。
「ガイ
「はっはっは! ソレはそうだろう。重りを付けてるんだからな!」
「こんな物を付けて、最初は軽く走るのではなかったのですか……?」
「そうだぞ。この状態で軽く流してみようか!」
「あ、あの……コレで動くとか、かなり辛いんですが?」
「面白いことを言う奴だな、甲賀シシン! 辛くなくては修行に並んじゃ無いか! アッハッハッハッハ!」
バンバンとシシンの肩を叩きながら、ガイは大声を上げて笑っている。どうやら冗談でも何でも無く、本当にこの状態でランニングをしなければならないらしい。
両腕、両脚、そして身体にと、体の各部に重りを付けられているのだが、その重量は一つ何㎏程なのだろうか?
少なくともシシンには、この状態で全力で駆けまわることなど出来そうにはない。
「いよぉっし! 今日は修行の最初の日だからな。俺も一緒に行くとしよう。目指すは、卍谷の山にある中腹だ」
「あ、あの場所か……!」
シシンにとって特別に好きな場所。
其処が目的地となったようだ。本来ならばその程度の距離を動くこと自体は大したことではないのだが、如何せん今のシシンは全身に重りを身に付けている状態だ。
とてもではないが、楽な道行ではないだろう。
「さぁ、行くぞシシン! 全力全開、青春フルパワーだ!」
「は、はい」
「声が小さい! もっと元気よく声を出せ!」
「は、はい!」
何とも力強く、暑苦しい指導の仕方であるが、今日この日、この時に行われた修行がシシンが最強の武技を身に着ける事となる最初の一歩である。
長く険しくなるであろう、体術という格闘能力を極めるための始まり。まぁ、それは――
「どうしたどうした! そんなことで強くなれると思っているのか! 気合を込めろ!
かなりの部分を精神論に偏ったモノで、そのうえ
「ガイ
「この馬鹿者がぁ!」
体罰にも秀でた方法であった。
バチーンッ! と、
ほんの僅かに弱音を口にしたシシンの頬を、ガイはなんら躊躇なく全力で張り倒す。
突然のことに理解が追いつかないシシンは、張られた衝撃で地面を滑ると直ぐ様に視線をガイへと向けた。
まぁ、それは当然
『いきなり何を――』
といった、非難の言葉をぶつけるツモリであったからだが
「お前は、お前って奴は……」
ガイの反応が斜め上すぎて、シシンは文句をいうことが出来なくなってしまう。
ガイは、ハラハラと涙を流し号泣しているのだ。
「強くなるというのはどういう事か、お前は解らないのか!」
「つ、強くなるということ?」
「強くなるということは、すなわち限界を超えるということだ。今の自分の殻を破り、新たな自分へと生まれ変わる。ソレこそが強くなるということなのだ!」
指を突き付けて力説をするガイに、シシンは思わず『成歩』と納得をしてしまう。かなり抽象的でアレな説明であるのだが、しかしその内容自体は間違っては居ないからだろう。
「シシン! 今のお前の身体に付けられているその重り! ソレこそが、今のお前の限界そのものだ! ソレを克服しろ、乗り越えろ! その試練に耐え切り、乗り越えた先にこそ、新たなる甲賀シシンが待っているのだ!」
何を無茶苦茶なことを、暑苦しく言っているのだ――と、シシンは内心では激しく思っている。しかし困ったことに、今現在のシシンの
しかも自分よりも圧倒的に強く、理不尽な存在だ。
溜め息一つ吐きたい気分になったシシンであるが、それをグッと飲み込むと。
「――分かりました、ガイ
用意されてしまった修練を先ずは熟そうと、ガイに向かって言うのだった。ガイの方はその言葉に納得をしたのか、
「よーっし! よくぞ言った、シシン! さぁ、気合入れていくぞ!!」
声を張り上げて先に進んでいく。
シシンはガイが背中を向けた所で小さく溜め息を吐き、遅れないように力を込めながら進むのであった。
※
その日の修行は凄惨を極めた。
根性バングルなる奇妙な物を身に付けさせられたシシンは、山中のランニングを終えるとただ只管に筋トレをすることを課せられたのだ。
それは
「腕立て始め! 俺が良いと言うまで続けるんだ! 少しでも速度が遅くなるようだったら熱血指導が飛ぶからな!」
や、
「腹筋と背筋をやっていくぞ! 強い筋肉を付けるには体幹の頑強さが大切だからな!」
だったり、
「ぃよーっし! タンパク質の摂取をするぞ! 動物性のタンパク質も必要だが、その前に俺が特殊調合したこの漢方飲料DXも飲め! 筋肉の疲れが嘘のように取れるからなぁ!」
等といった内容である。
今までも筋力トレーニングをしてこなかった訳ではないのだが、ガイがシシンに課してくる内容はどれも限界ギリギリの物が多い。
まぁ、それを潰されること無くやりきってしまうシシンも大概なのかもしれないが、正直体術の講師を呼んでおきながら、やることは筋力トレーニングばかりだということに疑問も持ってしまう。
もっともそれはガイ曰く、
「体術の基本は何と言っても強い体だ。コレは剛拳だろうが柔拳だろうが関係なく、ソレをすることが出来る強い肉体がなければ意味が無い。その為、体術を扱うのであれば1に筋トレ2に筋トレだ。しかし、飾りのような太い筋肉は付けさせんぞ? 必要なのは強く引き締まった良質の筋肉だけだからな!」
とのことだ。
コレはつまり、ガイのトレーニングは基本的に筋力の向上を主眼に置くために、根性バングルを付け続けると言う事である。
……まぁ、シシンとしても既に
ソレを鍛えること自体に文句は無い。
不満が有るとすれば、それはガイの施す熱血指導のノリに着いて行けないということくらいだろう。
もっとも、ガイのそう言った暑苦しい態度や台詞は、修行中に萎えかけるシシンのヤル気に、多少なりとも発破をかけるカンフル剤になっているのだが。
「――……あぁ、身体がダルぃ」
一時的にヤル気に発破をかけても、疲れが溜まることには代わりはない。ガイが甲賀の里に顔を出すようになってから僅かに1ヶ月、その一ヶ月でシシンはモノの見事に潰れかけていた。
因みに、今現在はまだ昼の時間。
なんとシシンは日の昇っている内に登校することに成功したのであるが、コレは別にシシンのスキル向上があった訳ではない。
単純にシシンを迎えにうちはホタルが来るようになり、シシンの手を引いて歩くため登校時間が短縮されただけなのだ。
最初、そのことに難色を示した見張り役の
まぁ、ついでに言うとシシンも最初は恥ずかしいからと嫌がっていたのだが、2~3日もすると慣れたようで今では普通に手を引かれて登校をしている。
もっとも、流石に行きも帰りもでは修行にはならないため帰りに関しては度々ホタルの引率を断っていた。
「アンタ、日に日にやつれてない?」
ぐだぁーっとしているシシンに対し、ホタルが顰め面を浮かべながら声をかける。心配……しているのだろうが、その表情はどちらかと言うと呆れの色も含んでいるように思える。
「あぁ……。最近、新しく体術の特別講師と言うやつが来るようになってな。その
首をゴロンと捻ったシシンは、机に突っ伏した姿勢のままにホタルを見つめて返事をする。
なんとも物臭に見えなくもない行動であるが、ホタルは特に気にした様子もない。
「特別講師って、甲賀の人の誰かってこと?」
「いや。甲賀の権力を使って、現役の上忍を連れてきたようだ」
「なにそれ?」
「なんでも、体術においては木の葉で一、二を争うとか言う忍だ。マイト・ガイとかいう」
「マイト……ガイ?」
「……うむ。キノコみたいな髪型で、太い眉毛をした暑苦しい性格の大人であった」
「私、出来れば会いたくないかも」
グッタリとしながらガイの容姿と性格について語るシシンだが、その所為で1人ガイに関して誤解する人間が増えたようだ。
まぁ、シシンの言っていることは間違いではないので否定しにくいのだが、言葉で感じるほどにガイはとっつきにくい人物ではない。
「でもさ、シシン。この前は変な修行やってて、今回は体術の修行って……ちょっと頑張り過ぎじゃないの?」
「変な修行ではなく、チャクラを感じ取るための修行だ。――まぁ、俺自身やり過ぎではないか? とは思うのだが、困ったことに今の俺にはソレを拒否する自由が無いのだ」
「自由がないって……シシンってば甲賀の次期頭領なんでしょ? 偉いんじゃないの?」
「次期頭領というだけで、今の俺は下忍以下の忍たまだぞ。前に
「どういうこと?」
「なんでも、『弟子は弟子という生き物であって、人間ではない』とか言っておったな」
思わず口元をヒクッと動かして表情を強ばらせてしまうホタル。
ホタル自身、自宅で自主練もするし、家族や同じうちは一族の者に修行を観てもらうことは多い。
だが、其処には適度に気遣った優しさがあり、流石に『弟子』=『人間ではない』などといった図式は成り立たない。
前回に甲賀の里を訪れた時も薄々感じていたことであるが、もしかしたらアソコは皆が皆で、頭のネジが数本ほど吹き飛んでいるのではないだろうか? と、ホタルは思った。
「まぁ、特別講師自体いつでも居るわけではない。あの人も上忍であるため忙しい身の上だからな。だから、講師が主導で行う訓練も時折になっているのだが、それ自体が死にそうな程に過酷な修行であるし、ソレ以外に豹馬が俺を見るときも筋トレ自体は無くならぬ」
薄っすらと涙を浮かべながら言うシシンの様子に、ホタルは若干だが憐れむような気持ちになる。
普段から超然と――しているわけではないが、何処か飄々とした態度を取っているシシン。
そのシシンが、珍しい位にヘコタレテいるではないか。
この日、ホタルは一つの決断をするのであった。
それは……
「ねぇ、シシン。今日の放課後って空いてる?」
突然の質問に、キョトン――と言うよりも、ドンヨリとしたまま視線を向けるシシン。ホタルはそんなシシンに、ちょっとした笑みを浮かべているのであった。