NARUTO-甲賀忍法帖-   作:ニラ

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07話

 

 

 さて、ホタルやヒナタが天膳と出会う少し前のこと……場所は、弾正屋敷……。

 

「――如何が成されましたか、シシン様? このような朝も早い時間から、そうも大声を出されて?」

 

 ドタドタ! と廊下を喧しく歩きまわっていたシシンを、豹馬が怪訝そうに首を傾げながら声をかける。

 シシンは目的の人物のほうから声が掛かったことで、その視線を豹馬へと向けた。

 

「豹馬! お前に聞きたいことが有る! ……普段から儂が行っておる目隠しの修行……アレは何のためのものだ! 何の意味があってアノようなことをさせる!」

「目隠し行の意味……?」

 

 声を荒らげて、文句を言うように捲し立てるシシンに、豹馬は首を傾げつつもの懐かしさを感じていた。

 昔、同じような質問をシシンの父親である甲賀弦之介(こうがげんのすけ)にもされた――と、思い出したからだ。

 思わず口元に笑みを浮かべかけるが、直ぐにそれを察してキュッと引き締める。

 

「――最終的な意味から説明をさせて頂ければ、私の使う忍術をシシン様へ伝授するため……ですな」

「豹馬の使う忍術……だと?」

「左様。私の生み出した忍術――『猫眼呪縛(びょうがんしばり)』」

「び、びょうがん?」

「……(ねこ)()と書きます」

「おぉっ成る程! ……名前は、あまり強そうではないな。して、凄い術なのか?」

「今のところ、私以外に扱えた忍はシシン様の御父上で在られた、甲賀弦之介(こうがげんのすけ)様だけに御座います」

「おぉおっ!」

 

 豹馬の言葉に興奮を覚えたのか、シシンは大きな声を上げる。まぁ、豹馬は『凄い術』だとは一言も言っていないのだが、此処ら辺はシシンが未だに子供だということだろう。

 

 ……いや、凄い術であることは確かなのだが。

 

「目隠しの行は、その猫眼呪縛を扱うために必要な感覚をユックリと養う為のものだったのですが……仕方有りませぬな。少しばかり、違った方法を取ることに致しましょうか?」

「違った方法?」

「順序としてはその手前ですが、コレを修得することが出来れば目隠し行の修行も一気に弾みがつくでしょう」

「……? そんな方法があるのなら、何故ソレをしないのだ? どう考えても、そちらを優先したほうが効率的であろう?」

 

 シシンは眉間に皺を寄せて、首を傾げた。

 豹馬の言い方によれば、それは基礎の部分に当たる修行だと言っているように思えたからだ。

 基礎を通り越して、いきなり応用をやれ――と言われても、それがマトモに身に付かないのは道理ではないだろうか?

 

 しかし、豹馬は幾分悩むように表情を顰めている。

 

「……シシン様。この行は大変な危険を伴うものです。当然、もしもという可能性も存在します。……それでも、この修業を行われますか?」

 

 念を押す様に、低い声色に成って脅しをかける豹馬。

 とは言え、シシンはそれ程に深く捕らえたりはしなかった。

 

「どうせ大人になれば、危険な任務とやらを幾つもやらされるのであろう? ならば少しくらいの危険など大したことはあるまい」

「……解り申した。シシン様、覚悟なさいませ」

 

 豹馬は眉間に皺を刻んだまま、言葉も少なくシシンに近づき、

 

「どうした? 豹――」

 

 トンッ! ――と、シシンの首の裏側を指突する。

 その瞬間、シシンは小さく呻くように「っ!?」と声を漏らすと、力を失うように倒れこんだ。

 

「……な、なにを……豹……」

 

 息苦しそうに豹馬を見るシシン。だが豹馬の方は慌てる様子もなく――

 

「シシン様、良くお聞きくだされ」

 

 落ち着いた口調で、豹馬はシシンへと説明をしていくのであった。

 

 

 

 ※

 

 

「む、天膳……? 何をしに来たのだ?」

 

 修練場に到着した面々を出迎えたのは、シシン――ではなく、室賀豹馬であった。よほどこの場所に天膳が居ることが不思議なのか? 豹馬は眉間に皺を刻んでいる。

 

 対する天膳は鼻を鳴らし、

 

「将来、我等が頭領となるシシン様の修練を、偶には見てみようと思うてな」

 

 と、何でも無いかのように返事をする。

 しかし、そんな二人とは別にホタルとヒナタの二人は――

 

「――っ、シシンッ!?」

「シシン君っ!?」

 

 と、かなり動揺した声を上げるのであった。

 その声に対するシシンの反応は……何もない。

 

 二人が声を上げたのは、そのシシンの状態に対してである。

 今現在のシシンがどのような状態なのか? と言うと

 

「…………」

 

 地面の上に倒れこみ、虚ろな表情を浮かべて虚空を見つめるようにしていた。春の風が流れて髪や肌を刺激しても、小さな虫がシシンの顔に降り立とうとも何の反応も示しはしない。

 何かが有ったことは明白だが、当のシシンの身内である二人は、そんなシシンの状態に特に意にも介しては居ないらしい。

 

「豹馬よ、今のシシン様はもしや……?」

「うむ。五感断ちの行を行っている最中よ」

「ちょ、ちょっと! シシンは! シシンはどうしちゃったのよ!?」

 

 声を荒げるホタルに、天膳と豹馬は不思議そうに首を傾げた。何をそんなにも慌てているのか? と。

 しかしホタルやヒナタにしてみれば、寧ろどうしてそんなに落ち着いていられるのか? と問いただしたいくらいであった。

 

「……ふむ。どうやら修行内容の意味が理解出来ていないと見える。良かろう。日向の娘が居るのであれば説明もし易かろうて」

 

 暫し考えた豹馬は、シシンに会いに来た二人に説明をし始める。この修練の意味と内容を。

 

「――何の事はない。要はチャクラの使い方を覚えるための修行だ。日向の娘よ、御主は人の身体に存在する経絡系というモノを知っておるな?」

「は、はい……! 父さんに聞いたことが有ります」

「経絡系って……なに?」

 

 急に話を振られたことで驚くヒナタであるが、何とか返事をする。ホタルはヒナタの言葉に首を傾げて尋ねた。

 

 経絡系とは簡単言ってしまえば体内に存在するもう一つの血管のような物である。体中至る所に根を張り、其処を通じてチャクラと呼ばれる物を運搬する路――のことだ。

 

 体内エネルギーと精神エネルギーの融合によって生み出されるというこのチャクラは、経絡系に依って体の隅々にまで運搬される。

 忍者はその経絡系に依って運ばれるチャクラを使い、数々の忍術を扱うことが出来るのだ。

 

「――忍の術とは言ってしまえば、そのチャクラを如何に上手く扱うことが出来るか? ということに帰結する。白眼(びゃくがん)のような能力が有れば、ソレを眼で見るということも出来よう。しかし、儂等のような普通の忍は、ソレを感じ取らなければ解り様もないのだ」

 

 普通の忍などと、一体どの口が言うのか――と、本当に普通の忍が聞けばそう言うだろう。

 しかし血継限界という、能力の資質を生まれ持って身に付けているうちはホタルと日向ヒナタは、その言葉に反論は出来なかった。

 

「故に、先ずは自信の身体の奥に流れるチャクラを知ることから始めねばならぬ。しかし、そのためには外界の刺激や情報は邪魔にしか成らぬのだ。故に、今のシシン様は身体の五感を奪われ、肉体の機能の尽くを剥奪された状態となっておる。虚空を見つめるように見えるのはその為よ」

 

 豹馬は一通りの説明をすると腕組をした。

 一応は豹馬の語った修練の内容は、コレで全部が全部というわけではない。そもそも、チャクラを感じ取るだけの修行であるのなら、こんな方法を取る必要はないのだ。

 コレは全てその先、室賀豹馬が扱う忍術をシシンに教え込むための布石なのだ。

 

 とは言え、何も其処まで説明する必要はないだろう。

 同じく木の葉の里に所属する者達とはいえ、ホタルやヒナタは甲賀ではないのだから。

 

 さて、ホタルとヒナタは豹馬の説明をちゃんと理解することは出来なかった。まぁ、聞いたことの有る言葉が出て来てはいたが、結局その内容自体を理解するには頭がついて来なかったのだろう。

 

 しかし、それでも一つだけ聞き逃さずに居た部分がある。

 

「ちょっと待って。身体の機能を剥奪って……なに?」

「……言葉通りの意味だが?」

 

 幾分怒ったように顔を顰めるホタルの問に、豹馬は不思議そうに返した。何をそんな風に声を荒らげているのか? と。

 

「五感を奪い、身体の機能を奪うというのはつまり、何も感じず何も出来ないと言うことを指す言葉じゃ。肉体を操る筋肉の動きは勿論、内臓器を含めた肉体の全てをな」

「ちょ、待ってよオジサン! 良く解らないけど……それって危ないんじゃないの!」

「誰がオジサンかッ!!」

 

 ホタルが言い放つオジサンの部分に反応し、天膳は吠えるように声を荒らげた。豹馬はそんな天膳にヤレヤレといった風に息を吐く。

 

「――安心いたせ。コレは我等甲賀の中では、比較的知れておる修行内容じゃ。時間さえ誤らなければ、どうということはない」

「しかし、流石にそろそろ危ないかも知れぬな……」

 

 豹馬の言葉を聞きながら、天膳は倒れこんでいるシシンを見つめてそう言葉を漏らす。

 どれだけの時間をそうしていたのかは解らないが、現在のシシンは顔色が冗談のように悪い。

 

「ふむ、確かにそろそろ時間か。……どれ、シシン様を目覚めさせ――ムッ?」

「どうした、豹馬?」

 

 シシンに近づこうとした豹馬だったが、不意にその動きを止める。

 余り悠長にしていられる状態ではないであろうに、何故止まるのか?

 

「コレは……シシン様の心の臓が、強く動き出しておる」

「……どういうことじゃ?」

 

 正直な所、聞き捨てならない言葉であるのだろうが、天膳はそのことに突っ込むことはしなかった。しかし変わってその意味を豹馬に促す。

 

 豹馬は眉間に皺を寄せ、意識を自身の聴覚へと集中する。

 

「――聴き間違えではない。今まで弱々しく動くだけであった心臓が、確かに力強い鼓動を繰り返しておる」

「まさか……。経絡の断ち方が甘かったのではないか?」

「いや……そんな筈は……」

 

 困惑する天膳や豹馬。

 しかし、そんな二人の反応にホタルは苛立ちを募らせていく。

 

「そんな話はどうでも良いじゃない! シシンは大丈夫なの!?」

 

 ホタルに言われてハッとしたのか、豹馬は倒れ伏すシシンに近づいてしゃがみ込んだ。

 

「シシン様、今目覚めさせ――ムッ!?」

 

 シシンの首裏に手を当てようとした矢先、再び豹馬の動きが止まった。

 

 カリッ……!

 

 微かに、そう、ほんの僅かにだがシシンの指が動いて地面を削ったのだ。途端に再び険しくなる豹馬の表情……すると程なく

 

「……――ぁ、ぅぁあああ……! あーあーあーあーあ!! よし、声は出るな!」

 

 と、シシンが声を張り上げたのだった。

 これには豹馬だけではなく、天膳も驚いた表情を浮かべる。

 逆にホタルとヒナタはホッとした表情を浮かべた。

 

「動いた……じゃと? しかも声まで?」

 

 思わず驚いた台詞を口走る天膳だったが、しかし驚いているのは豹馬も一緒であるらしい。

 眉間に皺を寄せて、そのシシンの様子を観察している。

 

「――後は、こう……むん!」

 

 シシンは声を出しながら四肢に力を込めると、その場からスッと立ち上がった。そして身体の伸びをするように大きく四肢を広げると、それに合わせて深呼吸をする。

 

「クーーーッ! ふぅ……やれやれ、やっと動けるように成ったか。危うく、そのままポックリと逝くかと思ったぞ」

 

 ゲンナリした表情を浮かべ、シシンは大きな溜め息を吐いた。

 

「シシン!」

「シシン君!」

「――ん? おぉ、ホタルにヒナタの二人か? 何をしておる、こんな所で」

 

 思わず声を上げたホタルたちに顔を向けたシシンは、不思議そうに首を傾げた。約1週間ぶりの再会であるが、何故二人がこのような場所に居るのかが解らなかったのである。

 

「何をしておる――って、心配したからに決まってるでしょ!」

「心配? ……何を心配したというのだ?」

「……ホタルちゃん、シシン君が学校に来ないからって……凄く心配してたんだよ」

 

 ヒナタの言葉に、シシンは少しだけバツが悪そうに顔を顰めた。

 

「が、学校か……? いや、サボった訳ではないのだ。そういう訳ではなくてだな、カナ~リ遅れていたのだが、ちゃんと学校には到着していたのだぞ?」

「嘘だ」

「本当だ。皆が帰り着いたような、日が暮れた時間にだが、な」

 

 言いながら、少しだけ寂しい気分になったのか? シシンは声量が小さくなる。しかし、そんなシシンの態度に返ってホタルは気を良くしたようで、僅かに笑みを浮かべていた。

 

「シシン、それって、ちゃんとって言わないでしょ」

「む……そうか?」

「う、うん。言わないと思う」

「…………そうなのか?」

 

 ホタルと、続けてヒナタにも同様の事を言われたシシンは、すかさず視線を豹馬や天膳へと向ける。

 豹馬はシシンの問に、首を左右に振って返事をした。

 

「残念ながら」

「安心致せ。シシン様の父親である甲賀弦之介もまた、入学の当初は遅刻の常習犯であった」

「それは……フォローのつもりなのか?」

 

 顎先に手をやりながら。昔を思い出すようにして言う天膳に、思わずツッコミを入れるシシン。

 寧ろそうなる前に止めろと、シシンは思うのだった。

 

「――シシン様、本日の修練はこれ迄にしておきましょう。普段とは変わった修行内容にて、余りに根を詰めすぎるのも宜しくは有りませぬ」

「む? ……もう良いのか? まだ、然程時間も経ってはいないと思うのだが?」

「本日は偶の休日に御座います。うちはと日向の児等も来ておりますので、今日くらいは良しと致しましょう」

「おぉ! 話がわかるな、豹馬!」

「しかし、お聞きしたいことが有ります故、暫し御時間頂きますぞ」

「妙に畏まっておるな? ……解った。ホタルとヒナタは先に屋敷へ。天膳、案内を頼んでも良いか?」

「――仕方有りませぬな。勝手に動かれても面倒にしか成りませぬからな。……其処の二人、儂の後に付いて来るが良い」

 

 上から目線の口調で、ホタルとヒナタに指図をする天膳。

 ヒナタは小さな返事を返したが、逆にホタルは『……偉そうに』と、顔を顰めている。とは言え、シシンが『直ぐに行くから待っていてくれ』と言うと、渋々といった風に天膳に付いて行くのだった。

 

 さて、豹馬から聞きたいことがある――と言ってその場に残ったシシン。何を聞かれるのか? と、首を傾げて反応を待つ。

 

「……単刀直入に聞きましょう。シシン様、如何にして経絡を絶たれた状態より回復されたのです?」

 

 豹馬の聞きたい事とは、やはりシシンがどうやって自分回復したのか? ということだった。

 通常、チャクラの経絡を絶たれれば、暫くの間チャクラを練ることが出来なくなる。まぁそれも、膨大なチャクラを有する者ならば自力で無理矢理に回復させることも可能だ。

 

 しかし、シシンは少ない訳でもないが、膨大な量のチャクラを持っているとはいえない子供である。

 しかも豹馬は単純に経絡を経っただけではなく、その五感も含めて絶っているのだ。普通に考えれば自力での回復など不可能なはず。

 

 にも関わらず、シシンは復帰を果たしたのだ。

 これは豹馬の常識としては有り得ない出来事なのである。

 

「――と、言われてもなぁ。豹馬の言う、その経絡系とやらは知らぬが、しかし俺の身体の中を流れていた『何か』が無くなったのは解っていた。あの時、倒れこむ俺に豹馬は言ったな? 『自身の身体の奥底に有るモノ、それを感じるように――』と。 ならば俺がすることは、基本的にはソレしか無いではないか?」

「……自らの肉体に流れる経絡を、自ら繋いだと言われるのですか? だが、それだけでは……」

「詳しいことは俺にも解らぬ。だが、身体の使い方を一つ覚えたような、そんな感覚だ」

「……っ!?」

 

 瞬間、豹馬はハッとしたように息を呑んだ。

 シシンの口にした言葉の意味、そしてソレがもたらすプラスとマイナスを理解したのだ。

 

「見ろ、豹馬!」

 

 言うやいなや、シシンはその場から飛び上がると修練場に在る丸太杭が多数に打ち付けられた場所へと飛び降りる。

 瞬身の術――ではない。

 単純に、自身の筋力だけでその動きをしたのである。

 

 子供が、チャクラの力も使わずにそれだけの動きをしてみせたのである。

 

「シシン様なにを!?」

「こんな動きも出来るぞ?」

 

 楽しそうにシシンは言うと、身体を前へと倒していき片足を持ち上げる。そうして前傾姿勢の状態で、掛かる体重の全てを片足だけで支えていた。

 

「この感覚は面白いぞ? 自分の体を自由に――つぁッ!?」

「シシン様――ッ!!」

 

 突然悲鳴のような呻き声を上げたシシンは、バランスを崩してグラリと身体を揺らす。

 

「ッ!?」

 

 慌てて体制を整えようとしたシシンであるが、その際に今度は別の箇所から痛みが走った。

 足を滑らせ、落下しそうに成るシシン。

 だが

 

 ポス……!

 

「危のう御座いますな、シシン様」

 

 倒れそうに成るシシンを、風のように現れた小四郎が受け止めていた。シシンはホッと息吐いた。

 

「こ、小四郎か? ……すまぬ、助かったぞ」

「いえ、礼には及びませぬ。ですが……豹馬殿? コレはどういうことなのですか?」

 

 ギロッと睨むような視線を、小四郎は豹馬へと向けた。小四郎が抱えているシシンは、今現在痛みに耐えるような苦痛の表情を浮かべているのだ。

 

「そう(いき)り立つでない、小四郎よ。力づくでも止めなんだ儂にも積が有ろうが、止める間もなく動かれてはどうすることも出来まい?」

 

 実際、止める間もなく動き出したのは紛れも無くシシンである。

 豹馬の説明をもう少し聞いていれば、このような結果にはならなかったかも知れない。

 

「シシン様は、限界以上に筋力を使いすぎたのだ。恐らくは、各部にて大小の筋断裂を起こして居るのだろう」

「筋肉疲労?」

「そうじゃ。……シシン様が先程使われたのは、身体操作の術に違いあるまい。チャクラを操り、何かしらの物体を操作する――というのは、御主も聞いたことが有ろう小四郎?」

「それは、まぁ……。極論を言ってしまえば、我々の扱う忍術にしても何かを操っているようなものですから」

「つまり、シシン様が行ったのはそれよ。自身のチャクラを操作し、肉体その物を自在に操る。だが、それも過ぎれば負担にしか成らんのだ。未だ子供でしか無いシシン様の身体では、思い通りに体を動かすには未だひ弱い」

 

 この説明にシシンは首を傾げ、小四郎は

 

「成る程……」

 

 と、頷いていた。

 ――まぁ、もう少しだけ解りやすく説明すれば、チャクラを使って自身の肉体を自在に操作したということだけ理解してもらえれば幸いだろう。

 

 とはいえ、だ。

 言葉にすると随分と簡単なのだが、内容自体はそれ程簡単ではない。何故なら自分が無意識に行っていることを、自身の意志の力で行えるようにする――ということだからだ。

 

 人の体は、元々全力を出すことが出来ないようになっている。

 これは全力を出すことで、自身の持つ筋力の強さに自身の肉体が耐えられないからだ。

 しかし、脳からの指令に依って肉体を動かすわけではないこの身体操作の術は、自身の肉体能力を容易に引き出すことが可能となる。

 

 言ってしまえば、何時でも火事場の馬鹿力を出すことが可能になるのである。

 ……もっとも、その結果が現在のシシンの状態な訳なのであるが。

 

「シシン様、一つこの豹馬と約束をしていただきたい。本日身に付けられたその身体操作の技。決してみだりに使いませぬよう」

「ダメなのか? ……便利だと思うのだが?」

「また、今日のような怪我をされます故。せめて御体を充分に鍛えるまでは御自重ください」

「怪我は嫌だな。……解った。俺だって何も、痛い思いをしたい訳ではないからな。豹馬の言う通りにしよう」

 

 取り敢えずは、シシンも好き好んで痛い思いをしたいわけでは無いようである。

 アッサリと頷いて返事をしたシシンに、豹馬は合わせるように頷いて返した。

 

「では小四郎よ、シシン様を朱絹(あけぎぬ)のところへ御運びして、怪我の治療を。うちはと日向の娘等が、シシン様を訪ねてきておる。あまり待たせる訳にもいくまい」

「うちはと日向? ……あの者達、また来て居るのですか?」

「そう言うな、小四郎」

「ですが……」

 

 何やら胸の内に溜め込むような物言いをする小四郎に、豹馬は控えるように促した。もっとも、小四郎自身も強く何かを言おうとは考えてはいないのか、言葉尻を弱くする。

 

 小四郎はチラリと一瞬だけシシンを見ると、

 

「申し訳ありません、シシン様。早々に怪我の治療へ向かいましょう」

 

 ニコッと笑みを浮かべた。

 シシンはそんな小四郎の表情に違和感を感じていたのだが、

 

「世話を掛けて済まぬ」

 

 とだけ言うのだった。

 

 小四郎はシシンを抱えたままに、瞬身の術を使って移動をする。

 豹馬はそんな小四郎とシシンを見送りながら、先程のシシンを思い出していた。

 

「……身体操作の術。あの術は、言うほど簡単に身に付けられる術ではない。シシン様の才は天分か?」

 

 頬に僅かな冷や汗を浮かべながら、豹馬は小さな唸り声を上げるのであった。

 

 


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