「さて、それでは何をして遊ぶか?」
弾正屋敷の中庭、其処に有る庭園内を歩きながら、シシンはニコニコと笑みを浮かべて言った。
チラッとサスケ達を見るシシンは偉く御満悦なようで、随分と表情が崩れている。どうやら同年代の子供と接する機会が、普段のシシンには無いようである。
「御主達は――」
「サスケだ」
「ホタル!」
「……あ、えっとヒナタ」
「解っておる。何も、名を尋ねた訳ではない。何をするか、皆に聞こうと思っただけだ」
シシンは言うと、腕組をしながら順番に視線を向ける。
最初に視線が止まったのは、同年代の少年であったサスケである。
「サスケは何がしたい?」
「俺は断然、忍者ごっこだな!」
「む、忍者ごっこ? 俺たちは、大きくなったら忍者に成るのだぞ? それなのに、何故に忍者ごっこを?」
「良いだろ! 別に! それに将来忍者に成るなら、その為の修行をしたいんだよ!」
「忍者ごっこ――修行かぁ……ホタルは?」
余り乗り気ではないのか、シシンは若干表情を暗くしながらホタルへと尋ねた。サスケはそんなシシンにムッとした表情を浮かべるが、既に視線を別方向へ向けているシシンは其のことに気が付かなかった。
まぁ、ホタルも其のことには気が付かず、意見を求められたことでニコッと笑みを浮かべている。
「屋敷の中の探検!」
「それは駄目だ」
「なんでよ!? っていうか、少しは悩んでよ!」
「
「ぶー!」
「『ぶー』ではない」
仏頂面に成って不満を口にするホタルに、シシンは眉を顰めた。腕組をして居るその姿は、やはりと言うか年齢には似つかわしくない様相である。
「修行に、屋敷探検……それなら、ヒナタはどうなのだ?」
「わ、私!?」
「ヒナタにも聞かなくは、不公平であろう?」
「……その、日向ぼっこ、とか」
「むぅ、日向ぼっこか……。御主等、見事に意見がバラバラだな」
「そういうお前は、いったい何がしたいんだよ?」
「ソレが一番の問題だ」
眉間に皺を寄せていたシシンに、サスケはやはりムッとしたままの表情で尋ねてくるも、シシンは首を捻って悩みだしてしまう。
腕を組んだままであるが、お手上げといった所だろう。
とは言え、ここで各人が好き勝手にしてはソレはソレで問題である。シシンは再び、皆にとって納得の行く方法を考えようとした。
すると、それを見つけた一人の男性が現れる。……筑摩小四郎であった。
「おや? シシン様、このような場所で一体何を?」
「んぉ? おぉ、小四郎ではないか!」
「えぇ。小四郎に御座いますよ」
ニパァッと笑みを浮かべたシシンに、小四郎は穏やかな表情を返してくる。小四郎はシシンの様子から何かを悩んでいることに気がついたようで、次いで視線をグルっと他の3人へと向けた。
「あぁ、成る程。そういう事でしたか」
「解るのか?」
「多少は。ですが、詳しい説明を御願いしますよ」
「うむ!」
小四郎はサスケ達を見て、皆の意見が噛み合っていないのだろうと――判断した、事実その通りで、シシンは小四郎に説明をする。
小四郎はシシンの説明を一通り聞き終えると、顎先を擦るように手を当てた。
「そうですねぇ。俺としては正直な所、サスケ君の意見を推したいところですが」
「むぅ、修行か……」
小四郎は、チラッとシシンの様子を眺めながら意見を口にする。しかしどうやら、シシンの様子を見る限り余り修行はしたくはないようである。逆にサスケの方はと言うと、この場に現れた年長者(小四郎)が、自分の意見に賛同してくれたことで随分と嬉しそうだ。
小四郎はサスケの変化に目聡く気が付くと、軽く膝を曲げてサスケと目線を同じくする。
「サスケ君は、何故修行をしたいんだい?」
「……それは」
「サスケ、恥ずかしがらずに言っちゃえば?」
「五月蝿いホタル! ……そ、その、兄さんに、追いつきたくて」
「兄さん?」
恥ずかしそうに、ボソボソっとした小さな声で言ってくるサスケ。小四郎は其の言葉に聞き返すように首をひねった。すると、ソレに答えるように返してきたのはホタルである。
「私たちのお兄ちゃんで、うちはイタチって言うんです。4歳? 年上で、学校も去年卒業したって」
「あぁ、成る程。あのイタチか」
「知ってるの!?」
「あぁ、うちはイタチのことは有名だからな」
目を見開き、何やら嬉しそうな顔を浮かべているサスケ。
小四郎はサスケの反応が面白かったのか、若干笑いがこみ上げてしまう。
サスケはグッと手に力を込めて、ブルブルと腕全体を震わせている。
「シシン! 俺はもう、誰が何と言っても修行するぞ!」
「小四郎~……」
「あ、あはは……申し訳ございませぬ」
力強く宣言するサスケにシシンは辟易とした表情を浮かべ、小四郎へと非難めいた声を零した。小四郎はそれに対して、若干顔を引き攣らせる。
「あ、それでしたら! 山へと入って散策等されては如何ですか? 俺もこの後、山へと入る用事がありますので思いついたのですが」
「山へ? 随分と急だな。何が有ったのだ、小四郎」
「いえ、その……」
「言い難いことなのか?」
ジッと見ながら尋ねるシシンに、小四郎は少しだけ困ったように表情を曇らせた。一度だけチラッとシシン以外の3人にも視線を向けるが、しかし隠さなければいけないこと――でもないため、小四郎は観念したように口を開く。
「実は、今朝方より天膳様が居られませんので、俺はこれより捜索を……」
「またか? 天膳はホトホト良く居なくなる奴だのぉ」
言い難そうに口にする小四郎とは対照的に、シシンは若干呆れたような口調である。しかし、それを聞く他の者達は何がなんだか解らないため、頻りに首を傾げていた。
「どうする、皆。山での散策でよいか? 山を歩けば足腰が強う成る、見慣れぬ場所を歩いて探検気分も味わえる、野山から差す陽の光を浴びて日向ぼっこのような事も可能じゃろう」
シシンは纏めた内容を皆に伝え、それぞれの意見を再び聞こうとする。しかし、やはり先程の小四郎の言葉が気になるのだろう、3人はちょっとだけ悩む素振りをしている。
「私は、別に良いよ」
「わ、私も」
「俺も別に良いけどさ。……その、天膳って人のことは良いのかよ? そんなにゆっくりとしててさ」
「うん? まぁ何時もの事じゃからな。それ程に急がんでも大丈夫じゃろう」
「いつもの事?」
やれやれ――といった仕草でシシンは言うが、普通に考えれば行方不明者が出たということである。それを何故に、こんなにも落ち着いていられると言うのだろうか?
まぁ、恐らくソレほどまでに、この一族の中では『良く有ること』なのだろう。
他所から見れば、傍迷惑なことだろうが。
「よし。それでは皆、早速山へと行こうではないか。こんな所で、庭池の鯉と睨めっこなどしておっても、面白くはあるまい?」
「そうだな。よーっし、それじゃあ誰が最初に山の頂上まで行けるかを競争しようぜ」
「え?」
「はぁ?」
口元を吊り上げて、笑みを浮かべながら提案するサスケだったが、しかしヒナタはそれに驚くように、そしてホタルは巫山戯るなと言いたげに眉間に皺をよせる。
「私は、走るのはちょっと……」
「走りたければ、サスケが一人で走りなさいよ。そんな面倒なことに、私たちを巻き込まないでよね」
「おま!? 兄さんに追い付きたくないのかよ!」
「追い付きたいけど、私はユックリでいいの」
サスケの提案を、にべもなく拒否するホタル。
まぁ、ヒナタも拒否の姿勢を見せては居たが、ホタルと比べると意思表示が苦手なようである。
「まぁまぁ、落ち着け。それなら俺とヒナタとホタルはユックリと散策、サスケが一人で全力ダッシュをすれば良いではないか?」
「なんで俺が一人で走らなくちゃいけないんだよ!」
「だって、走りたいのだろう?」
「修行だ!」
3対1に別れると言ったシシンの言葉に、サスケは当然のように難色を示した。まぁ、ソレはそうだろう。何が悲しくてボッチに成らなくてはならないというのか?
声を上げるサスケをシシンはジッと見ると、次にホタルとヒナタの二人を見る。そしてその後に大きくため息を吐くと、再びサスケに顔を向けるのだった。
「――解った。ソレならば、俺と勝負をするということで良いか?」
「お前とか?」
「なんだその顔は? この山は甲賀一族の庭も同じなのだぞ? 余所者のうちは一族には負けはせぬ」
「へぇ、面白いじゃねぇか。じゃあ勝負をしてやるよ。俺が勝ったら……そうだな、お前の持ってる手裏剣を貰うぞ」
「手裏剣をか? ……まぁ良かろう。俺も勝った時には御主の持っておる手裏剣を頂くとしよう」
シシンとサスケはお互いの言葉にニヤッと口元を吊り上げてみせる。
「見よ、サスケ。此処からでも確認できるだう? 流石に頂上までは行きすぎだから、あそこに視える切り出し部分を目的地にしようではないか。何方が先に着けるかを競うぞ」
「良いぜ。アレくらいの距離なら楽勝だ」
「ほぉ、大きく出たな? まぁ良い。そうでなければ――面白くないわ!」
カラカラと笑みを浮かべていたシシンだったが、突如表情を一変させて駆け出していった。サスケはそれを、眼をパチクリとさせながら眺めていた。
数瞬の間、茫然とするサスケであるが
「――ぁあっ!? 巫山戯んなオマエ! なにイキナリ初めてるんだよ!!」
と、シシンの行動の意味に気がつくと全力で駆け出して行くのであった。
「シシン様。楽しそうで何より」
元気いっぱいに走って行くシシンの後ろ姿を眺めながら、小四郎は笑みを浮かべてそんな感想を口にし
「……ウチの弟も相当だけど、甲賀の跡取りも相当だわ」
「…………」
同じく残される形となったホタルとヒナタは、半ば呆然としているのであった。
※
「山を走るのは久しぶりだな! いつもは詰まらぬ、『ばらんす修行』ばかりだったからな!」
「待てシシン! ズルいぞ!」
「フハハハ! 忍びとは、相手の隙を突くのが常道――と、
「誰だソイツは!」
「鼻毛の伸びるジジイじゃ!」
「化物じゃないかよ! 巫山戯るな!」
軽やかな足取りで山道を駆けて行くシシンに、その後を然程離れることもなく付いて来るサスケ。小さな岩などは物ともせず、障害物と成るであろう自然物を軽よかに避けながら二人は突き進む。それはとても、4~5歳程度の子供とは思えないスピードである。
もっとも、道に慣れているシシンは兎も角として、初挑戦のサスケがその後ろを離れずに付いて来る辺り、流石は『うちは一族』と言うべきだろうか?
「出遅れたくせに、よう頑張る奴じゃのぉ?」
「出遅れたんじゃなくて、オマエがズルをしただけだろ!」
「人聞きの悪い事を言う奴め、友達を無くすぞ?」
「うるせぇ!!」
呆れたように肩を竦めるジェスチャー織り交ぜて走るシシンに、サスケは怒鳴り声で返した。しかも、
「いい加減に――」
走りながら器用に足元の石を拾い上げると、
「――正々堂々としろ!」
それをシシンに向かって投擲してくる。
「のわっ! 何をするか! 当たったら痛いじゃ済まんぞ! 怪我するではないか!!」
「だったら止まれ!」
「阿呆か貴様は! 今な神聖な勝負中なのだぞ!」
「何処が神聖な勝負だ! コノ!」
「だから危ないと――止めぬかぁ!」
走りながら器用に石を投げるサスケと、ソレを紙一重で避けるシシン。どっちもどっちで器用だと思うが、走りながらの投擲ではコントロールはつき難い。
そのため、
「この野郎!」
サスケの投げた1つは狙いを外し、あらぬ方向へと飛んで行く。
「何処を狙っておるのだ! この下手糞め!」
「なんだと!」
狙いを外したサスケを揶揄するように、声を上げて挑発をするシシン。サスケはまんまとソレに載せられて、怒り沸騰な状態で石を投げ続けるのであった。
さて、当然のことだが、外れた石の行方などシシンに取ってはどうでもいい事なので気にすることはしなかったのだが――その石の1つは藪の奥、木々に囲まれた更なる奥で1つの不幸を生むことに成る。
シシン達より遠く離れたその場所で
「――ガァッ!?」
突如、後頭部へと強かに直撃を果たした石ころに、その人物は悲鳴を上げることと成った。何が何やら解らない内に、その人物はその一撃によって酷いダメージを負ってしまう。
羽織袴を身に纏い、特徴的な眉毛をしたその人物……その人物こそが
「ヌグ、ふ、不覚。この天膳が、ら、落石如きに気が付かぬとは!?」
小四郎の探し人、薬師寺天膳その人なのであった。
天膳は痛む頭を手で押さえ、首を左右に振ると意識を保とうと気合を込める。この時の天膳は、日頃の溜まった鬱憤を晴らすために、『日課の散策』と言う名の『仕事のボイコット』中であったのだが……。まぁ、コレは天罰なのかもしれない。
しかし、ふとその時、彼を囲んでいる藪の一部が
『ガサ、ガサガサ――』
と、音を立てて揺れた。
天膳は朦朧とする意識の中、その方向へと目を向ける。
すると其処には
「ガフ、ガフガフ!」
涎を垂らし、天膳を見つめる巨大熊が1頭。ざっと見ても、天膳より頭2~3つ以上は大きな身体つきをしている。血走った眼で、何を狙っているのかは一目瞭然といった顔で、熊は天膳の事をジッと見つめているのだ。
「ぬ、ぬぅ……」
「……グルゥ」
一瞬、天膳と熊の両者間に静寂が訪れる。
しかし、ソレを破ったのは野生である熊のほうではなく、なんと天膳の方であった。
「フ、フフフ……」
相手が飢えた熊だと解った天膳は、その口元に笑みを浮かべる。
もっとも、傍から見ればその様子は自暴自棄にしか見えない笑い方である。天膳はふらつく身体で腰元の刀に手を伸ばすと、それを勢い良く抜き放って巨大熊を睨み返した。
「長い人生、こういう事もあろう。一時、一時の出来事を楽しむのも、また人生。このような出来事があっても良かろう。さぁ熊よ、この天膳を襲いたければ襲うがいい! だが、腐ってもこの
「ガァオオオオオオオ!!」
「ヌォ!? まだ早い!?」
残念なことに、長い長い口上も、熊が相手では効果が出なかったらしい。
頭部への投石によるダメージを負った状態で、自身の身の丈をこすような大きな熊に襲い掛かられた、薬師寺天膳。
彼の闘いは、まだ始まったばかりである。