忍界大戦
各国の擁する忍び達が、各々の利害と里のために血で血を洗う争いを繰り返す地獄である。第一次、第二次、第三次……と、世界中の国々を巻き込んで行われるこの戦争は、僅か数十年ほどの間に頻発したものだ。
その為か各国家に存在する忍びの里は、他国の里と睨み合い、憎み合う様になってしまっている。そんな世界情勢の中、とりわけ大きな力を有する国が五つ存在する。
“影”の名前を持ち、各里のトップに君臨する五影と呼ばれる忍び達。即ち火影、風影、雷影、土影、水影。火影の居る火の国、風影の居る風の国、雷影の居る雷の国、土影の居る土の国、水影の居る水の国――と、これら五つの国を持って忍び五大国と呼ばれている。
そしてそんな忍び五大国と呼ばれる国々の中でも、一際大きな国土と力を有している火の国。そしてそんな火の国を支える屋台骨と成っているのが、国の奥地に存在する忍びの集落……木ノ葉隠れの里である。
そんな木ノ葉隠れの里に存在する深い山の囲まれた地、通称『卍谷』。
此処には古くから火の国に根付いている、甲賀一族と言う
木ノ葉隠れの里、卍谷、甲賀一族の頭領、
そこは並の家屋ならば優に4~5軒は納まるのでは? というほどに巨大な平屋敷である。
その中の一室に、屋敷の主である年老いた男性――
「随分と久方ぶりじゃな? のぉ、日向の宗家よ。思いの他、壮健そうで何よりじゃ」
「いえ、弾正様もお変わりないようで」
顎髭を摩りながら言う弾正の言葉に、日向家の現当主――日向ヒアシは頭を垂れたままに答えた。その様子に弾正は「ふむ」と言葉を漏らすと、僅かにだが眼を細めてみせる。
「ヒアシよ、そう畏まるでない。今や儂ら甲賀一族は、先の大戦や九尾事件のおりで里内での発言力を大きく低下させておる。こうして挨拶などに来るのも、古くから里に根付いておるような一部の者だけじゃ」
「弾正様、我等は甲賀の者達の働きを忘れるなど――」
「唯の愚痴じゃ、そう真面目に返すな」
『カッカッカッ』と、喉を震わせて笑う弾正に、ヒアシは苦笑を浮かべた。
そして、
(この人は昔から変わっては居ないな……)
と、そう思うのだった。
さて、そんな二人のやり取りを不思議そうに見ている人物がいる。それは、ヒアシの横にチョコンっと座っている少女であった。
歳の頃は5つか6っつといったところか?
短く切り揃えた髪の毛に、ヒアシ同様に特徴的な瞳をした可愛らしい女の子だ。
幾分おどおどした雰囲気はあるが、しかしその視線はヒアシへと向けられていて驚いたように眼を見開いている。
弾正はそんな少女に軽く目配せをしたが、直ぐにその視線をヒアシへと戻した。
「時にヒアシよ、今日わざわざ儂の所に来たのは……」
「はい。娘のヒナタを、弾正様にお目通りさせようと思いまして」
弾正の言葉にヒアシは頷いて返すと、ポンっと隣にいる少女――日向ヒナタの背中を押した。ヒナタはそれにドキッとすると、おどおどした雰囲気のままにペコリと頭を下げる。
「あ……その……日向ヒナタです」
ジロッとした弾正の視線が怖かったのか? それとも生来の性格なのか? ヒナタは小さな声でそう言うと、そのまま押し黙ってしまった。弾正はそんなヒナタの反応を見て「ふむ……」と頷いてみせる。
「ヒアシよ、この子が日向の?」
「はい。私の第一子です」
「ふむ……そうか」
弾正はヒアシの言葉に頷いて見せると、再びその視線をヒナタへと向けた。ヒナタはその視線を受けて、再びビクッと体を震わせると俯いてしまう。
「誰か居らぬかっ!」
突然、弾正が声を上げた。
すると部屋の障子がスッと開かれ、廊下には一人の黒装束の男性が膝をついた状態で待機している。
「何か御用でしょうか? 弾正様」
「ふむ、
「シシン様を?」
訝しげに首を傾げた小四郎と呼ばれた忍びだったが、部屋内に居るヒアシとヒナタを見ると納得したように頷いた。
「畏まりました。今の時間でしたら
「うむ、頼むぞ小四郎」
「はっ」
小四郎は弾正の言葉に頭を下げると、障子を閉めて其の気配を消した。瞬身の術と言われる高速移動忍術を使ったのだろう。
その場に残された弾正、ヒアシ、ヒナタの三人だが、しかし会話が弾む様子は特にない。
弾正が時折に『近頃の里内の様子は――』などと、ヒアシと世間話のような会話をするが、まだまだ子供であるヒナタにはどうにも居心地の悪い空間に成るのであった。
NARUTO~甲賀忍法帖~
弾正の屋敷から然程離れていないような場所にある、修練場の一角。
その開けた場所に、二人の人物が立っている。
一人は羽織袴を身に付けた長髪の男性で、厳格そうな雰囲気を持った中年男性だ。もっとも、その容姿からは本当に中年なのかと疑いたくなるほどの活力を感じさせる。
彼の名前は、
彼は甲賀一族の先代頭首である、
もう一人の人物、甲賀シシン。
一般的な黒の忍び装束を身に纏い、伸ばした髪の毛を後ろ手に縛ってポニーテールのような髷を結っている。
長い睫毛が特徴的な整った容姿をしており、現在は積み上げられた岩の上で一本足で立ち、ユラユラと揺れながらバランスをとっていた。
「随分と上手くなられましたな、シシン様」
豹馬はその顔をシシンへと向け、満足そうに笑みを浮かべて声をかける。だが当のシシンは、そんな豹馬に対して不満気であった。
「豹馬。褒められるのは素直に嬉しいが、お前は眼が見えていないではないか?」
ムスッとした表情のまま、シシンは豹馬に文句を口にする。
そうなのだ、豹馬はその目を閉じきっており、とてもシシンの様子が見えているようには思えない。
だが豹馬は、そんなシシンの言葉に軽く口元を緩めて笑みを零した。
「目で見えては居らずとも、感じ取ることは出来ます
「むぅ? 見ずとも判るとはどういうことだ?」
「いずれ、シシン様にも判るように成るでしょう」
「ん、んぅ……?」
唸るようにして首を傾げるシシンに、豹馬は小さく笑みを零す。
しかし、こうして軽口を言い合っては居るものの、シシンと豹馬がこのような修練を開始してから既に一刻以上は経過をしている。
その間をずっと同じ姿勢で過ごしているシシンと、そしてそんなシシンを『随分と上手くなった』で済ませてしまう二人の感性は、どうやら現代日本のそれとは大きく違うようである。
「なぁ、豹馬。俺はいつになったら、ちゃんとした忍術修行が出来るのだ?」
「忍術修行?」
今にも崩れそうな岩の上で、シシンは豹馬に問いかける。その口調はまるで愚痴を言うかのようで、豹馬はそんなシシンに首を傾げていた。
「俺が豹馬に修行を付けられるようになって、もう随分と経つぞ? だがその間、忍術の修行など何もしておらんではないか?」
「ですから、こうして修行をしておるのではないですか?」
「これは忍術ではなく、『ばらんす感覚』の修行であろう――ッと」
一瞬ふらっとフラツイたシシンだったが、それでも身体を上手く使って姿勢を保つ。
豹馬はやはりそんなシシンに笑みを浮かべて
「どのような術を使うにしても、まず重要なのは自分自身の体力にございます。如何に優れた技術を持とうとも、それを扱うのは人の身体ですぞ、シシン様」
「む、うぅむ……先は長い、ということか」
眉根をしかめてそう言うシシンだが、とは言え嫌がっているようには見えない。
それだけ、シシンが豹馬の事を信頼しているという証なのだろう。そんなシシンに、満足そうな笑みを向ける豹馬。そんな穏やかな雰囲気の修練場に
「修練中に失礼します、シシン様、豹馬様」
「む?」
「おぉ! 小四郎! よく来たのぉ!」
突然現れるように小四郎がやって来た。
豹馬は軽く視線を(眼を閉じてはいるが)向け、シシンは小四郎が現われたことを素直に喜んで声をかける。
「しかし、どうしたのだ小四郎? まだ昼前だと思うたが?」
石の上でバランスを取りながら、不思議そうにシシンは首を傾げた。小四郎は思わず笑みを浮かべそうになるが、口元をキュッと引き締めて視線を返す。
「弾正様より、言伝を預かっております。シシン様は急ぎ、屋敷へと戻られますよう」
「む、どういう事なのだ小四郎? 弾正様の命とあらば従うが、何故このような時間に」
「それが、急な話では有るのですが、日向の宗家が弾正様に御目通りに来まして、弾正様はシシン様を顔合わせすると」
「……成る程な。ヒアシ殿は御息女を連れて参ったか。解った、そういうことならば致し方無い。――シシン様、本日の修練はここ迄といたしましょう。急ぎ屋敷へと戻りますぞ」
「わ、解った。解ったが……ひょ、豹馬、小四郎」
「?」
「どうしました、シシン様?」
小四郎の説明に納得した豹馬は、シシンに修練の中断を指示したのだが、当のシシンは少しばかり震えるような声で返事をしてくる。
豹馬と小四郎は、何事かとシシンへ視線を向ける。すると
「あ、脚が、ピクピク痙攣している……。スマヌが降ろしてはくれぬか?」
心底申し訳なさそうに表情を歪めて、シシンは豹馬と小四郎に言うのであった。