ーサラ・ヒューイットー
昼食を摂り終え、早速街の東側へとやってきたんですが…。
なんていうか、東へ進めば進むほど街の雰囲気が暗くなっていく気がします。
通りを歩く人の表情も明るくないだけでなく、なんかピリピリしてるんですよね。
雰囲気が暗いというのは、この区画がいわゆるスラムと言われる所だからなんでしょう。
でも、緊張感が漂う理由がわかりません。
ヨミアエルという魔族がいるからといって、区画一帯がピリピリするとは思えませんし。
普段からこんな張り詰めた空気だとも考えられません。
ならば酒場で聞き込みをするしかありませんね。
ただ、素の状態では相手にされないどころか、変な輩がまとわりつくのはわかりきったことなので、「
顔が見えて舐められるのも嫌なので、フルフェイスの兜で顔も隠しました。
これなら変な手出しをする人もいないでしょう。
準備万端で酒場の扉を開けて、カウンターに座りました。
酒場に入ってきた私にいろんな視線が刺さりますが、全部無視で飲み物を注文し、さっさとマスターに本題を尋ねます。
「すいません、アルコールは苦手なので何か果汁をお願いします。それと少し聞きたいことがあるんですが…」
「はぁ、なんでしょう?」
「なんかこの区画、空気が張り詰めてる感じがするんですが、どうかしたんですか?」
マスターのおじさんは困ったような表情を一瞬浮かべ、すぐに元の無表情に戻ります。
「あんた、この辺の人間じゃねぇだろ?」
「まぁ、そうですが」
「だったらすぐに帰んな」
「それはどういう…」
「いいから何も言わずにここを出てくれ。注文も取り消しだ。早く逃げ…」
「オイ、マスター。この人は飲み物ほしいって言ってんだから、出してやれよ」
そういう男は私の右隣のカウンターに座り、左隣にも別の男が座ります。
後ろにも気配がしますが、それ以外の客は逃げてしまったんでしょうか?
「なあ、あんた何しにここにきたんだ?」
右隣のトカゲの男が尋ねてきます。
「この界隈に賞金首が出没したという噂話を聞いたんで、捜しに来たんですよ」
「その賞金首って、ひょっとしてヨミアエルのことか?」
「ええ、そうです。ご存知なんですか?」
「ああ、知ってるぜ。あいつがどこを寝床にしてるのかも知ってる。俺たちが案内してやるぜ」
「本当ですか?それは助かります」
「いいってことよ。俺らもあいつが来て大変だったんだ」
「鎧の人、悪いことは言わない。早く逃げ…」
「うるせーぞ、マスター!ごちゃごちゃぬかすんじゃねえ‼︎ささっ、ついてきてくんな」
トカゲの人を先頭に、私が後ろにつき、さらにその後ろの左右にトカゲの仲間と思しき連中が付いてきます。
まぁ、これはどう考えても罠でしょうね。
こいつらはヨミアエルの部下か何かでしょうか?
それとも敵対組織か何か?
実はこいつらもヨミアエルも誰かの部下なのか?
そこらへんはついていけばわかるでしょう。
トカゲについていくと何かの工場跡と思われる場所に辿り着きました。
「それでヨミアエルはどこにいるんでしょうか?」
「残念ながらあいつはここにいねぇよ。ここはあんたみてぇな賞金稼ぎを処分するための場所だ。報酬をもらってヨミアエルの奴はボスの護衛をしてるが、あいつの出る幕でもねぇ。あんたはここで終わりだよ」
トカゲのその一言で、あちこちから手に獲物を持った男たちがぞろぞろ出てきました。
人数で言えばヘカテスで潰した盗賊団より多いですね。
魔法使いもいるあたり、こいつらのボスとやらは随分金回りがいいのかもしれません。
どういうやつがボスなんでしょうね?
「というわけで非常に申し訳ないが、あんたはここでおしまいだ。最期に言っておきたいことはあるか?」
「私の他にも賞金稼ぎは来ましたか?もし来てたら、その人はどうなりました?」
「賞金稼ぎは来たさ。ヨミアエル狙いの奴らがな。だから酒場で張ってたんだよ。残念ながらみんな土の中だ。あんたが4人目だよ」
「わかりました。それだけわかれば十分です。
魔力の氷のフィールドを形成し、ついでにここで異変があったことを示すために氷の柱で廃工場の屋根を突き破らせます。
「お、おい⁈なんだこいつは?魔法部隊攻撃だ!弓も射ちまくれ‼︎」
トカゲが命令を出しつつ自身も魔法で攻撃してきます。
まぁ魔法は私自身の能力で吸収し、弓矢は魔法障壁で全く届かないんですけどね。
あちらの攻撃が終わって、その余波で周りの氷が霧のように漂ったんですが、それが晴れたらそこにいるのは無傷の私。
さすがにここまでして、私に傷一つ負わせられないと力の差がわかったんでしょう。
「撤s…」
トカゲは逃げる指示を出そうとしましたが、その前にトカゲ以外の襲撃者を「
その光景に唖然とするトカゲ。
すぐさま糸で縛って逃げられないようにだけしておきます。
「さて、あなた方のボスがどんな人で、ヨミアエルがどこにいるかも吐いてもらいましょうか」
「その必要はない」
声がした方に目をやると、全身骨が剥き出しの男?が立っていました。
この人が15万ドラクマの賞金首、魔族のヨミアエルなんでしょう。
「私の仕事は依頼主の安全を守ること。居場所をもらそうとした貴様も危険とみなし、排除させてもらおう」
私がいるのにそんなことさせるわけないでしょう。
「勝手に話を進めないでください。そもそもこのトカゲさんはまだ何も話してないのに、いきなり殺します宣言はどうなんでしょうね?それに私の第1の目的はあなたですので、捕まえさせてもらいますよ」
「やれるものならやってm」
何か言ってましたが、それを無視して「凍てつく氷柩」に閉じ込めました。
口を動かす前に手を出せ、とラカンさんも言ってましたしね。
さて、あとはボスが問題ですね。
とりあえず、確認しましょう。
「ボスは誰でどんなことをしてる人ですか?言いたくないなら言わなくてもいいですよ。その代わり他の方と同じように氷柱に閉じ込めますが、あなただけは地中に埋めさせてもらいます。いつになるかはわかりませんが、いつかは掘り出してもらえるでしょう。それが何年後か、何十年後か、はたまた何百年後になるかはわかりませんが」
「わかった、言う!言うから勘弁してくれ‼︎」
トカゲの顔が必死なものに変わります。
まぁ、あちらの用心棒があっさりやられたんですから、仕方ないでしょう。
「ではお願いします」
「俺たちのボスはイートン・バッカス、世界中で武器を売買する仕事をしている。ただしそれは表の顔で、裏では強力すぎて使用が禁止されたマジックアイテムや、呪われた武具や防具を売りさばく非合法の商人だ。世界中に拠点を持ち、ここブロントポリスにも拠点がある。曰く付きの品だって幾つかあるし、帳簿とかの証拠になる物もあったはずだ。ここを出て東へ3ブロック先の3階建の武器屋にいる。もういいだろ?これで勘弁してくれ!」
「なるほど、わかりました。でも逃げられたら困るので氷には閉じ込めますね。大丈夫、土には埋めませんから」
そう言った途端、トカゲが糸で縛られてるのに、逃げようともがき出しました。
「やめてくれ!頼む‼︎勘弁しt…」
「凍てつく氷柩」
別に命を取るつもりはなかったんですけど、トカゲは命の危機を感じたのか見逃してくれと懇願してきました。
しかし、そういうわけにはいきません。
衛兵に捕まれば氷柱からは解放されるでしょう。
ヨミアエルの氷柱だけは、ここに放置して誰かに手柄を横取りされるわけにはいかないので、影の袋に収納しました。
これで15万ドラクマは確保できました。
ついでに武器商人も潰しておきましょう。
術式兵装を解除して鎧姿のまま、トカゲが吐いたイートンがいると思われる武器屋にやってきました。
1階部分は表の武器屋なんでしょうね。
普通に剣や盾、弓、斧といった大小様々な武器が並んでいます。
「いらっしゃいませ、何かお探しでしょうか?」
ここの店主と思われる人に声をかけられました。
この人はイートンの裏の顔も知ってるんでしょうか?
「いえ、ここにイートン氏がいると聞いて、珍しい物を見つけたので買い取ってもらおうかと思ったんです」
そう言った瞬間、店主の目が一瞬だけこちらを値踏みするかのような視線を向けてきました。
すぐに愛想笑いを浮かべましたが、これは裏のことも知ってそうですね。
「イートン様にご用ですか。でしたらこの店の裏に階段へ通じる入り口がありますので、そちらへどうぞ。階上にはそちらからしか上がれません」
「わかりました、ありがとうございます」
一応お礼を述べて、店の裏に回ると確かに扉がありました。
それを開ければ、上に通じる階段があります。
2階まで上がると、扉と狼族の男が立っていました。
「イートン氏に用があるのですが…」
その男に声をかけると、
「上に行け」
とだけ返事をされました。
おそらく2階は手下が待機する部屋なんでしょう。
だとしたら3階がイートンの部屋で、そこには脱出用の出口もありそうですね。
そうでないと、いざという時にこの階段だけしか外に出られないとなれば、生き残れないでしょうし。
いよいよ、3階の扉にやってきて、ノックをすると扉が開けられました。
開けてくれたのは猫族の女性でしたが、首輪をしているところを見ると奴隷なんでしょう。
「イートン様にご用のお方ですね。こちらへどうぞ」
猫のお姉さんに連れられて部屋の奥に入ると、高そうな机の向こうにいかにも悪者って感じの太ったおっさんが踏ん反り返ってました。
「私に用があるというのは君か?珍しいものを持ってきたと聞いたが?」
お姉さんが一礼して部屋から出て行くのを確認してから、
「はい。今からそれを見せます」
そう言って、影の袋からヨミアエルの氷柱を取り出します。
「っな⁈ヨミアエル!なぜ私の護衛が氷漬けになっておるんだ‼︎」
「珍しいでしょう?この男は賞金首なので捕まえさせてもらいました。ついでに廃工場の手下も氷漬けです。その手下からあなたが非合法的な商売をしていると聞いたので、ついでに捕まえに来た次第でございます。疑問はありますか?」
「誰か!こいつを捕らえr」
とりあえず「凍てつく氷柩」で黙らせたんですが…。
イートンが大声で叫んでしまったんで、階下の手下が来るでしょうね。
仕方がないのでそちらから処理しますか。
ヨミアエルとイートンの氷柱を影の袋に収納して部屋を出ると、お姉さんが部屋の隅で丸くなって震えてました。
「驚かせてすみませんね、別にお姉さんをどうこうしよう、とは思ってないので安心してください。この騒ぎもすぐ終わりますから、そこで大人しく待っててください」
お姉さんに声をかけると扉が開き、外からイートンの手下が雪崩れ込もうとしてました。
が、部屋の中で乱戦になってお姉さんに怪我をさせるのはよくないと思い、先頭の男を「凍てつく氷柩」で氷柱に閉じ込めつつ、これ以上手下が部屋に入れないようにします。
影の転移魔法で1階の入り口まで戻りもう一度階段を登りました。
2階の部屋はもぬけの殻みたいで人の気配がありません。
3階への階段を登ると、手下3人が氷漬けにされた仲間を助けようと、部屋の入り口の前で頑張ってました。
申し訳ないんですが、他の3人も仲間入りしてもらいましょう。
「凍てつく氷柩」
3人とも氷漬けにして、このままでは邪魔になるので、部屋の前の4本の氷柱を影の袋に一度入れて、2階の部屋に置いてから3階に戻りました。
そこではまだお姉さんが震えてます。
そんなに怖かったでしょうか?
鎧姿が怖がらせてるのかと思い、「闇き夜の型」を解除しました。
「大丈夫ですか、お姉さん?」
「あれ?お嬢さんはどなた?さっきの黒い鎧の人は…」
「黒い鎧は私です。その、言い難いだろうことをお尋ねしますが、お姉さんはどうして奴隷になってしまったんですか?」
私の質問にお姉さんは涙を浮かべて
「私、人攫いにあってしまったのよ…。それからあっという間に首輪を付けられて、ここの男に売られたの…。ここから出られず、ずっと働かされてたわ」
「となると、捜索願が出されているはずですね。私と一緒にここを出ましょう。この後詰所に行くので大丈夫ですよ」
「ありがとう!やっと帰れるのね…」
ついにお姉さんは泣き出してしまいました。
よほど寂しい思いをしたでしょう。
嬉し涙を流すお姉さんの背中を撫でてあげて、しばらくしてどうにか落ち着いたのか、
「ごめんなさいね、みっともない姿を見せて。私の名前はジェシカ・ブレナンよ」
「私はジェーン・ドゥと言います。ジェシカさんはイートンの部屋のどこに何があるか知ってますか?」
「ごめんなさい、私は受付とかしかやってなくて、部屋の中はお客様を案内する時しか、入ったことないの」
「そうですか。いえ、大丈夫です。ちょっと調査することがあるので待っててくださいね」
ジェシカさんが頷いたのを確認して、イートンの部屋に再度入ります。
さっきは気づかなかったんですが、部屋の両脇にはずらりと武器が並んでます。
まずは机を調べましょう。
抽斗をどんどん開けて中を確認しますが、特に帳簿のようなものは見当たりません。
次に大きな金庫と小さな金庫があるので、まずは小さな金庫を調べることにします。
鍵なんて持ってませんし、ダイヤル式の金庫なので無理矢理ですが
中にはやっぱり帳簿が2種類ありました。
片方は表の帳簿なんでしょう。
武器、防具の個数とお金の動きに変なところはありませんでした。
もう一方はアウトでしょうね。
武器、防具が1個だけなのに、お金が文字通り桁違いで動いています。
これが裏帳簿なんでしょう、影の袋に収納します。
それと大きな方の金庫ですが、魔法陣が描かれていますね。
呪われた道具を扱うためにそれが漏れないよう、術を施した専用の金庫なんでしょう。
これは影の袋には入れたくないので、後で衛兵に調べてもらいましょう。
ジェシカさんが待つ部屋に戻り、
「お待たせしました、ジェシカさん。詰所に行くので私に掴まってください」
と言って、ジェシカさんが私のローブをギュッと掴んだのを確認してから、影の転移魔法で一気に詰所まで移動しました。