蓬莱山家に産まれた   作:お腹減った

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物有本末、事有終始。知所先後、則近道矣

Εν αρχη ην ο λογοs,(はじめにことばがあった。)και ο λογοs ην προs τον θεον, (ことばは神と共にあり、)και θεοs ην ο λογοs(ことばは神であった)

 

「言は人となって、私たちの間に住まわれた。そして、三つで立体となり、Θεός()となる」

 

不自讃毀他戒、不自讃毀他戒。

旧約聖書・創世記 第11章06節

『言われた。"彼らは一つの民で、皆一つの言葉を話しているから、このようなことをし始めたのだ。これでは、彼らが何を企てても、妨げることはできない。"』

旧約聖書・レビ記 第19章18節

『あなたはあだを返してはならない。あなたの民の人々に恨みをいだいてはならない。あなた自身のようにあなたの隣人を愛さなければならない。わたしは(ヤハウェ)である。』

 

「心不在焉、視而不見、聽而不聞、食而不知其味。扶桑略記。アマテラスはなんて言うか……」

 

殯宮の中で、棺に入れられ横になっている人物を眺め、料簡する。殯はとうの昔に終えているが、肉体だけは依然として残っていた。

穢れた俗世と神聖な場所を隔るため、結界の役割を担う御簾の奥にいて、昔からよほどのコトがない限り顔を見せない主上――天智天皇の玉体を左手で触る。当たり前だが体温を感じられず、既に魂も抜けており、抜け殻がソコにあるだけだった。間接的にオレが天智天皇を殺したけど、死後のカレは霊となり、神となっている。

だが、ソレだけではない。薄まってるとはいえ、この神聖な器には、イザナギとアマテラス、天皇の、神の血が残っている。例え目の前にあるのがただの肉の塊でも、アンコウ並みに捨てるところがないのだよ。これで九仞の功を一簣に虧くコトにならないだろう。

玉体が腐敗して穢れが生じる前に、本来なら火葬・埋葬、もしくはコールドスリープのような装置を施すべきだろうが、咲夜の能力で時を止めている。だから腐敗が進行せず、腐敗ガスも穢れも出ていない。

 

「生きとし生ける全てのクレタ人は、神様はみんな嘘つきだからなあ」

 

真夜中に天智天皇の死体を観に来ていたが、いつの間にか雲間から太陽の上辺が地平線と重なっており、既に半分も昇り始めていた。殯宮から出ると朝日の眩しさに目がチカチカする。慣れるまで右手で庇させながら目的地に向かう。

実は地獄の女神・へカーティアを、諏訪国にいる魔女へと会わせるため、御射鹿池で彼女と待ち合わせしている。太陽が地平線から昇り終えた頃に会おうと言っていたから、すぐに向かった方がよさそうだ。

能面になっているこころを掴み、側頭部に張り付ける。

 

「臆病な自尊心と尊大な羞恥心。言いたい事も言えないこんな世の中は……」

 

日本には鬼退治、勧善懲悪をした伝説が多い。

例えば鬼を退治したとされている有名な人物を挙げると、吉備津彦、彦坐王(日子坐王)麻呂子親王(当麻皇子)、他には源頼光と渡辺綱、平維茂。パッと出てくるのだけでもこれだけいるが、鬼に纏わる他の人物を挙げようものならば、キリがないだろう。

しかし、だ。そもそも英傑とされ、主人公でもあるカレらの名を観て大凡は察せられるだろうが、全員、神の血を引く天皇の後裔、つまり神裔である。

吉備津彦は第7代天皇・孝霊天皇の第三皇子だし、彦坐王は第9代天皇・開化天皇の第三皇子だし、麻呂子親王は第31代天皇・用明天皇の第三皇子だし、平氏の平維茂や、源氏である源頼光と渡辺綱については言わずもがな。全員、神の、天皇の血を引いてる。

静岡県にある鬼岩寺によれば、あの空海――弘法大師にも、鬼に纏わる話がある。しかし……昔のコトとはいえ、なぜ中国唐代の僧・恵果なんぞに弟子入りし、密教なんていうクソみたいな仏教もどきを持ち込んだんだ。

 

「コレを良しとするか、全ての人間には可能性がある。などと大衆へ甘言をほざき、納得できずに否とするのか。それとも儒教のように、努力すれば報われる、と説くのか」

 

そう、鬼退治に出てくる主人公は、どの人物も、イザナギとアマテラス、天皇・皇室の血を引く、言わば英雄である。すなわち、ただの人間が鬼を退治した、という伝説ではない。こうして観ると皇族は第三皇子ばかりだが......どうでもいいか。

確かに日本は、特別なモノばかりが主人公の話だけではないさ。そういう話は、中国の影響が大きいがな。しかしながら、これらの話を否とするのは、日本の歴史・伝説をある程度否定するコトに繋がるだろう。だが…コレに納得するというコトは――

 

「家も、血も、知も、才能も、容姿も、何もないモノは、そんな存在になれない事の裏づけだね」

 

噂をすれば影が差す。御射鹿池へと向かう途中、雲散霧消していた霧がオレの周りで濃くなっていき、ソレが人型へと形作られていくと、なんと目の前には角が生えた少女が立っていた。

正体は萃香なんだけども。どうでもよさそうな声色で、鬼ころしを鯨飲しながら、鬼女は言う。

 

「つまり、そういう意味」

「ソレでいいじゃないか。そうじゃないヤツが鬼を退治するのは納得できんからな」

「私はどうでもいい。どこぞの源氏みたいに韜晦せず、面白いヤツならそれでいいさ」

 

オレはこんなにも曝け出し、欲望の赴くまま愚直に生きているというのに、萃香は睥睨した。

あくまでも憶測で話すなら、萃香みたいな鬼が気に入る人間は、面白くて、妄想の中だけじゃなく、ちゃんと鬼に立ち向かえるヤツだろう。内弁慶で阿諛追従、濡れ手で粟。そんなヤツは大ッ嫌い、だと思う。ただパルスィは鬼女でもあり、ペルシア神話・イラン神話・ゾロアスター教神話の女神でもある微妙な立場なのだが、勇儀や華扇、ヤマメと紅葉もそんな考えなのかもしれん。

以前、花見をしてる時に聞こうかと思ったが、酒がマズくなると怒られそうだし、聞けずじまい。実際のところ、鬼女である彼女たちの、人間に対する内情を聞いたコトがないのだ。

男の鬼である悪路王、大嶽丸と犬神丸には聞いたコトないし、今度聞いてみよう。

 

「でも、鶯王、吉備津彦、彦坐王(日子坐王)麻呂子親王(当麻皇子)の鬼退治の話、私は結構好きだよ」

「オレは坂上田村麻呂か、源頼光の話の方が好きだが」

 

源氏の名を出した途端、萃香は杯にあった酒をあおる動作がピタリと止まる。

興ざめしたらしく、飲むのをやめ、柳眉を逆立てて、徐々に振る舞いや、空気全体が変わった。

羹に懲りて膾を吹くとは言うが、なんと懐かしい感情か。まだ世界が初期頃以来のモノだ。ここ最近、神奈子がオレを殺そうとしなくなったからなあ。

 

「おい......いくら弘でも、あんな源氏の名を出すな」

「不服なのか」

「当たり前だ。勇儀と華扇はどう思ってるのか知らないけど、私が納得する日は来ないよ」

 

あの二人に、記憶はないハズだが……。

萃香は、鬼ころしを飲んでほろ酔いしてるせいか、頬を赤らめながらもオレに怒鳴りつけた。最初は源頼光に対する照れ隠しかなと思ったが、空気がピリピリして、殺気が半端ないし、これはどう観ても照れ隠しじゃない。よほど根が深いらしい。

土蜘蛛も、昔はよく殺されたものだが、それでも鬼よりは少ないか。鬼女であり土蜘蛛でもある、あのヤマメも娶ったが、彼女もどう思ってるのだろう。

萃香は低身長なので、腰を落とし、見た目は幼妻の肩に左手で置いた。

お前が言うなと思われるだろうが、ココは、萃香の夫として、忿懣な妻の機嫌を諫めるとしよう。

 

「逢佛殺佛、逢祖殺祖、逢羅漢殺羅漢、逢父母殺父母、逢親眷殺親眷、始得解脱、不與物拘、透脱自在」

 

「......弘もたまには面白いこと言う」

「そうだろ。我ながら感心すると自負している」

「皮肉に決まってるだろ!」

 

仏教の宗派・臨済宗の教えでは、"逢佛殺佛、逢祖殺祖、逢羅漢殺羅漢、逢父母殺父母、逢親眷殺親眷、始得解脱、不與物拘、透脱自在"という教えがある。仏に逢ったら仏を殺し、父母に逢ったら父母を殺せ、という言葉で有名なヤツだ。実際に親や仏を殺せという意味ではなく、どんな時でも、例え相手が親や釈迦だろうとも、感情に左右されず、執着せず、拘らず、全てを絶ち、無心でいなさい、さすれば自在になれる、というモノ。

 

「いいや。これに関しては、こればかりは、他の誰でもない、このオレが言うからいいのだ」

「精衛填海......ソレ、いい加減やめた方がいいよ」

「縦欲之病可医、而執理之病難医、事物之障可除、而義理之障難除」

 

要するに透脱されれば、解脱し、欲望・感情、煩悩の束縛から解放され、無になる。

なんとも素晴らしい思想じゃないか。相手が釈迦だろうが親だろうが、感情に左右されず、執着しないという考えは、妻と子を捨てて出家し、苦行や飢饉を体験したが、ソレでは真理に到達しないと悟り、最後は涅槃の境地に至った、あの釈迦の教えに近いだろう。

 

「オレは狂言の曲目・附子が好きなんだよ」

 

「......私は能の演目・猩猩の方が好きだよ」

 

附子と言えばトリカブト、トリカブトと言えば……ギリシア神話の女神・ヘカテー。

いつもは美味しそうに鬼ころしを飲んでる鬼女は、まるで苦い薬でも飲んでそうな表情になり、その言を最後に、雲が晴れるようにまた肉体を霧散させて消えた。しかし気配だけは、オレに纏わり付くようにあった。

機嫌を損ねてしまったか。オレは狂言派だが、萃香は能派らしい。音楽性の違いで、夫婦仲に亀裂が入ってないか心配だ。

だが萃香よ。鬼はウソがキライだ、と言うが、お前も、あの洞窟で初めて会った時から今日まで、勇儀と華扇に悟られないよう、ずっとウソをついてるじゃないか。大根役者なんてとんでもない。周りを欺く役者ぶりで、口八丁なことだ。お互い様だと言われそうそうだが。

 

「そもそもさ、なんで"鬼は嘘がキライ"って刷り込まれてるんだろうな」

 

中国後漢時代・王充が著した『論衡』の記述に、『如人死輒為鬼、則道路之上、一步一鬼也。』とある。

先程、鬼退治をした人物の名を挙げたけど、当然その話には鬼が出てくる…のだが、少なくとも、オレが知ってる鬼は、そういうモノではなかった。

 

「そりゃあ酒顛童子が原因だろ?」

「そうだな。でもソレは、酒呑童子に限った話。他の鬼でそんな話あったか」

「言われてみれば......ないね」

 

そうなのだ。源頼光を除いて、"鬼は嘘がキライ"、などという設定は、さっきの鬼退治の話に出てくる鬼達にはないんだよ(・・・・・)。死に際で鬼神に横道なきものをとか言ったけど、笑えるよな。

あの、あの鬼だぞ。どの口で言ってんだ、文献に出てくる鬼は横道ありまくりのクソクソクソクソなのにさ。そもそも日本の伝説に出てくる鬼は酒呑童子だけじゃないのに、そんなコト言ってんだぜ。一体ダレが酒呑童子の話を拡大解釈して、妄想を垂れ流してるんだろうなあ。

あー面白。ホント滑稽だな。だが、なんだか場の空気が暗くなってしまった。酔いが醒め、素面になっているだろう萃香に、話題転換して気分を変えようと、伝説上の人物ではあるが、大きな夢を抱いて死んだ男の、偉大な先人の話でもするか。

 

明時代(16世紀)、中国にいたワン・フーは、花火を取り付けた椅子に座り、宇宙へ行こうとしたんだ」

「......いいじゃない、そういう人間は大好きだよ。人間とはそうでなくてはいけない」

「そうさ。だからオレは女を侍らす夢を諦めない」

「弘はソレしかないんだね。その前に神じゃないか」

「もしも永琳から、金輪際鬼ころしを飲むな。と言われたら、どうする」

「ムリ」

「はい」

 

さっきまでブルー入っていた鬼女は、その男の話を聞いて面白いと思ったのか、霧になってるから姿は観えないけど、今にも浅酌低唱しそうなくらい声が弾んでいき、聞いただけで昂揚していると判った。だが酒の話をしたら、即答で態度を変えた。

文字でナニかを表現しようとするなんて、紀元前からされている。口伝や文字だけだった物語に絵を描いて彩るなんて、紀元前からされている。人間を使い、舞台の上で演劇して、物語を観客に魅せるなんて、紀元前からされている。

 

「ボクがマリオなら、誰かが操作してるはずなんだ」

 

マリオ()ってマリオ()自身が妄想してるワケじゃない。マリオ()を操作してるヒトが妄想してるだけで、マリオ()に責任はないんだ。

それで、マリオがお姫様を助ける存在として認知されてるように、神って、なぜか人間を救う存在として刷り込まれてるよな。時には罰、病、災害なんかも起こすけど、助けてくれる時だってあるにはあった。

でも、だけどさ、日本神話の神々において、神が力添え・助けた多くの相手は、一体ダレの血を引いていただろうか。

 

「カタカナの〝()〟と、漢字の〝(チカラ)〟は、パッと見だと同じに観えるが、意味は全く違う」

 

旧約聖書・エレミヤ書 第22章3節

(ヤハウェ)はこう言われる、公平と正義を行い、物を奪われた人を、しえたげる者の手から救い、異邦の人、孤児、寡婦を悩まし、しえたげてはならない。またこの所に、罪なき者の血を流してはならない。』

神が助けるのはその辺にいる人間か、いいや違うな。どこにでもいる平凡な人間か、いいや違う。才能がなくても努力する人間か、いいや違う。面白い人間か、いいや違う。自分の身を挺して他人を救ってお為ごかしして悦に入る人間か、いいや違う。

フハハハハハッ!! なに自分勝手でいい加減な妄想を〝神〟に押し付けてるんだクソ共がッ! そしてなにより、最後のだけは、最後のだけは絶対にあってたまるかッ!

つまりさ、勝手に"神"という存在へ期待して、いざ自分自身で理想としていた"神"を目にすると、勝手に失望して、自分が勝手に"神"へと押し付けていた理想に裏切られたと思い込むクソ猿。

人間とは、なんて身勝手で、気持ち悪いクソ共なのだろうか。

 

「冷眼観人、冷耳聴語、冷情当感、冷心思理。口で言えば簡単ではあるが、オレにはムリだろう。攻人之悪、毋太厳、要思其堪受、教人以善、毋過高、当使其可従もムリだ」

 

アメリカのSF小説家 ロバート・アンスン・ハインラインという人物がいた。

旧約聖書・レビ記 第19章15節

『さばきをするとき、不正を行ってはならない。貧しい者を片よってかばい、力ある者を曲げて助けてはならない。ただ正義をもって隣人をさばかなければならない。』

第19章16節

『民のうちを行き巡って、人の悪口を言いふらしてはならない。あなたの隣人の血にかかわる偽証をしてはならない。わたしは(ヤハウェ)である。』

レッテルを張るという言葉、まるで、メアリー・スーの意味と同じく、神・仏という存在・言葉の意味が、変わっていった時みたいに、なんと便利で、使いやすく、都合がいい言葉だ。

 

「『弘仁遺誡』と『承和遺誡』では、空海――弘法大師は、釈迦の教え、戒律を守らないモノを、釈迦と自分の弟子ではないと述べている。教えを守らないと別モノになるからだ」

 

たまに、自分がイヤなコトを他人にするな、他人に迷惑をかけるな、非難するな、などと、どこぞのクソ共が道徳家を装ったモノをよく聞く。

あのな、その倫理・思想はユダヤ教(キリスト教)の聖書、儒教の論語、ヒンドゥー教のマハーバーラタに同じ、または似たような記述があるのを知ってるのか。いいか、宗教の聖典に書かれてるんだぞ。つまりソイツらは、宗教と同じコト、宗教行為をしてるワケだ。なにせ、倫理・思想を布教してるようなもんだからな。いや、布教ではなく垂れ流しか。

おいおい、そんな思想・倫理を語るなんて宗教かよ。やっぱり日本人は宗教大好きで、気付いてないくらい宗教思想にどっぷり浸かってる、クソ民族じゃないか。当たり前みたいに、倫理を語る奴だけは、批判ではなく非難・論難しなきゃいけない。

以前オレは言った。本当の意味での無宗教とは、本能のままに生きる動物、ケダモノだと。

法も、思想も、倫理も、論理も、政治も、差別も、価値観も、信条も、批判も、ソレらが出た時点で、どれだけキレイに述べても、ソレは紀元前から続く宗教と同じであると。宗教嫌いの日本人がソレを語った時点で、日本人は宗教を非難する資格はないとな。

儒教の始祖・孔子は言った。

『孔子曰、君子有三戒、少之時、血氣未定、戒之在色、及其壯也、血氣方剛、戒之在鬪、及其老也、血氣既衰、戒之在得。』

 

「子曰、丘也幸、苟有過、人必知之。儒家の始祖・孔子は、蘧伯玉を感心したと言われているが、澹薹滅明という人物を見た目で判断して見誤り、失敗した例もある。殷鑑不遠、在夏后之世だ」

 

明治政府は、南朝の功臣の子孫探して、爵位させようとしてたのは有名だ。

人間というモノは、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感に頼り過ぎてる。確かにソレがあったからこそ、紀元前から今があるんだろう。だが、ソレは裏を返すと、人間という動物は、思い込みに陥りやすくなる生き物、というコトでもある。

"お前"や"貴様"という二人称も、今でこそ罵る言葉や、相手に失礼な物言いと言われてるが、本来はそういう意味ではなく、大昔は相手に対し敬意の言葉で使うモノだった。

それで人間には、相手を尊重するという思想・倫理がある。だけど、尊重っていったいなんだ。

問題点を挙げず、しかもソレを批判せず、腫物でも扱うかのようにするのが〝尊重〟だってのか。ソレを押し付けず、詩人・金子みすゞの『私と小鳥と鈴と』みたいに、"みんなちがってみんないい"などとほざくのが〝尊重〟だってのか。

 

「旃陀羅。不自讃毀他戒。アマテラスはビッチ。と言ったら、どうなるかな」

 

ふざけるな。ソレは、触らぬ神に祟りなし精神・思想だ。単に面倒事を避けてるだけだ。関わり合いたくないだけだ。ソレは平和とは言わない。ソレは尊重とは言わない。ソレは相手を思いやる心ではない。綺麗な言い方してんじゃねえよ。

確かに万人が納得するコトはないだろう。が、自分とは異なる主張をする相手の意見をよく聞き、ソレはダメだと無理強いはせず、自分の思想だけを固執せず相手の思想も譲歩し、その相手に非難され、嫌われるコトは覚悟し、他山之石可以攻玉の気持ちで考えて行動し、問題点を批判をする。

そこで、初めて、〝尊重〟と言うのではないのか。全面的に否定するのはどうかと思うが。

要するに故好而知其恶、恶而知其美者、天下鲜矣だよ故好而知其恶、恶而知其美者、天下鲜矣。

 

「夏草や兵どもが夢の跡。四方の海みなはらからと思ふ世になど波風の立ちさわぐらん」

 

対話・議論を放棄した人間は、人に非ず。ならオレは、相手を尊重なんかしない。設定やお人形を尊重しない。創作物に敬意の気持ちを、畏敬の念を抱かない。言い方にだって気を遣うのはやめよう。なにせソレは、尊重じゃねえからな。そんな臭い物に蓋をして、都合のいい言葉にクソを塗りまくった都合のいい倫理は、倫理ではない。ソレは、倫理・道徳への冒涜だ。一切批判されず、ただ肯定されるなんて、もはや人ではない。一番タチが悪いのは、話そうとしないモノ。

その点、古代ギリシア・古代中国・古代インドは凄かった。あれだけの思想家が出て来たのだから。しかもその思想の殆どが、平成時代でも通用するモノばかりだし、偉大で天才と言わざるを得ない。

 

「中国の古典・『菜根譚』によると、善読書者、要読到手舞足蹈処、方不落筌蹄、善観物者、要観到心融神洽時、方不泥迹象とある」

 

千差万別なんてほざくのもいる。仮に、本当に考え方は人それぞれ、と思ってるなら、元となったモノを読んだり調べたりしなくても、二次創作はしてもいいというコトだ。改竄・捏造・歪曲をしても、当然ながら非難されるべきではない。オリジナルキャラを出してもいいだろう。例え神話に出てくる神様の設定を変えたりしても、酷評・論難されるべきではないだろう。原作を壊しても、無茶苦茶にしても、別にいいだろう。自重しなくていい。自己投影もアリだ。執拗に特定の人物・組織を叩きまくったり、あまつさえ惨めなやり方で殺すのも問題ないさ。例え、実在する人物でも同義である。法的な問題があろうともだ。

 

「迷惑だからやめろ、と。冒涜するな、敬意が足りない、尊重すべきだとほざくのもいる」

 

考え方は人それぞれ、好き嫌いも人それぞれ。なら、納得出来る出来ないは重要ではないし、どうでもいい。元となったモノが好きなモノ達から、納得・理解なんてされる必要すらないよ。また、あるキャラをこの内容で使う必要はないだろ、と言われようが知ったコトではない。

それに、考え方が人それぞれって、よく聞く詭弁で、ソレがどれだけ恐ろしい思想か理解してるか。常識も、礼節も、法も、良識も、そういうのが人それぞれの考えになるってコトだぞ。定義が曖昧になったり、最悪、定義が無くなるんだぞ。ソレがどれだけ危険な思想だと思う。

例えば法律がある。人間の法律というモノは、罪を犯したモノを排除するためにあるのではなく、人間の群れを纏める上で必要なコトであり、法律を作って利益を得るためでもあるんだ。ソコは、古代オリエント・古代中国・古代ギリシアから変わってない。少年法撤廃すると国際法違反にもなるしなあ。ワグナス! 評議会は我らの術を異端術法と決定したぞ!

 

「ば~~~~~~っかじゃねぇの!? 電子の海に愚痴を垂れ流し、傷の舐め合いでもしてろよ」

 

以前言っただろう。創作物というお人形遊びをする平成時代の日本人は、先人たちからの借り物を使って、自分勝手に設定を弄ってるモノが多いクソ民族だとな。しかもその大半は、元々の設定と照らし合わせて観ると、全く違うモノばかりだ。ソレは、神などが顕著に表れているであろうな。であれば、その思想に則る場合、オレはお人形遊びをしている平成時代のクソ共を非難する。

平成時代の日本人なんぞ、見一善行竊以済私聞一善言仮以覆短でしかない。

メソポタミア神話も、エジプト神話も、ギリシア神話も、信仰された時はあったが、今ではソレが無くなってしまったんだぞ。他にも信仰が無くなった神話があるとはいえ、語り継がれてきて残った神話は沢山あるんだぞ。日本神話は運が良かっただけだ。

 

「じゃあギャグなら許されるのかい。では植民地にしよう。天皇の存在を日本の歴史から消そう。津波を起こして日本人を溺死し、創作物・文化を浄化(破壊)する。ギャグだから靖国神社もアリだな」

 

なんてコトだ、ギャグは万能設定だったのか。では、幻想郷という設定も万能なのだろうか。まあ日本の仏教も釈迦が築き上げた設定を借りた仏教もどきでしかないし、廃仏毀釈はむしろ起きてよかった。イコノクラスムもヴァンダリズムもいいさ。ギャグなら寺社連続油被害事件が起きてもいいだろう。

そもそも、その創作物を読まず・調べずに二次創作するのがダメなら、創作する側だけではなく、もちろん観る側も読破して、それ相応の知識がなかった場合、二次創作を読むのはダメだろ。

仮に、その創作物・お人形の知識が皆無、もしくは齧った程度の知識で批判なんてしてみろ、どうなると思う。ソイツの無知と思い込みと知ったか振りと自己顕示欲と自己欺瞞と虚栄心などを晒すだけだぞ。怖いわー。人間怖いわー。

そんなコトになるくらいなら、元となった創作物というお人形遊びを観なくても、調べなくても、ボロ雑巾のように扱い、世間からの興味が無くなり、風化して使い物にならなくなったら、新しいオモチャをまた見つけて、お人形遊びをしてもいいんじゃないかな。

 

「ピカドン。言ってる事と行動が支離滅裂してる、モラルを疑う。ソレはこちらの台詞だ」

 

論語・先進第十一

『子貢問、師與商也孰賢乎、子曰、師也過、商也不及、曰、然則師愈與、子曰、過猶不及也。』

論語・衛靈公第十五

『子冕見、及階、子曰、階也、及席、子曰、席也、皆坐、子告之曰、某在斯、某在斯、師冕出、子張問曰、與師言之道與、子曰、然、固相師之道也。』

 

「倫理も、論理も、思想も、宗教観(価値観)も、設定(お人形)を借りてる立場の自覚がないクズ共だろ」

 

常識だ、自分がイヤなコトを他人にするな、限度がある。笑わせるなよホントお腹痛い! 

倫理のコトを知りもせずに、そんなコト語ってんじゃねえよ。その常識がどれだけ重いモノかを知ってるのか。いやはやホントに、道徳家を装ったモノはコレだから。

どんなに綺麗に言ってもさ、単純に自分がイヤなだけだろ。何故そんなコトをするのか納得・理解できないだけだろ。思想を主張し、啓蒙で扇動してるだけだよな。洗脳かな。プロパガンダかな。宗教かな。オウム真理教かな。禁教令出さなきゃ。原理主義とか啓蒙とか古いんだよ。

一番笑えるのは、考え方は人それぞれ、とかぬかすヤツが、元となったモノ・キャラを弄られて、穢された、勝手なコトをするな、迷惑だ、尊重しろ、自重しろとほざくヤツだ。

釈迦は極端なのはいけないと言ったが、いい加減に、中途半端にしろとは言ってないんだぞ。

 

「フハハハハ! 上九一色村だよ上九一色村。カルト教団だな、オウム真理教を非難できんなあ。そういえば、教祖が入った残り湯をオウム真理教の信者は高額で買ってた。残り湯(・・・)をだぞ」

 

「ソレを理解できるか、出来ないだろ。絶対にソレとは違うと言われても、オレはそう思わん」

 

『メアリー・スー』みたいなキャラはダレカのオナニーでしかないと言ったが、宗教観・倫理観の問題で、一部の宗教ではオナニーをしてはいけないという思想があるって、コレも前に言っただろ。自分の思想が、自分がナニを言っているのか、どういうモノかという自覚はあるのか。言ってるコト・思ってるコトが既に宗教なんだよ。大和民族・琉球民族・アイヌって宗教が大好きなんだなあ。愛国無罪、牽強付会、大いに結構。

日本人って本当にクソだな。ハーブか何かやつておられる?

 

「ならば法を持ちだすか。ソレを出すと二次創作は禁止しなくてはいけない」

 

まったく、思想を統一でもしないと気が済まないのか。日本人は無宗教、とよく言われてるけど、そんなコトはない。言い回しが変わっただけだ。自覚してないだけだ。そんな思想、どんなモノであれ殺すのはダメとか、○○を食べてはいけない、みたいに、まるで、宗教と同じ法・教え・戒めじゃないか。いったいどこが無宗教なのだろうか。大体、法にも長い歴史があるんだぞ。その法も借り物だってのにさ。

 

「かつては現人神とされた出雲氏も、諏訪氏(守矢氏)も、天皇も、平成時代では人間になってるんだぞ」

 

なあ、明治政府・神社本庁よ、原理主義どもよ、オレは××の手に因り、今まで回帰してきたが、記憶がボロボロでも、ソレだけは一度も忘れたコトがないし、ソレを忘れたとは言わせんぞ。

確かに先人は偉大だろう。過去・歴史を否定する気はない。ソレを否定するのは今を否定するコトと同義だからな。言霊信仰も、昔と比べて廃れたし、神職も昔と比べて随分変わってしまった。それだけじゃない、明治時代でどれだけのモノが変わったと思う。観て観ぬ振りをするのはやめて、いい加減……気付いたらどうなんだ。

 

「世襲だった津守氏(神裔)は住吉大社じゃなくなり、伊福部氏(神裔)も宇倍神社から離れた。他にも沢山いる。古代日本と平成時代の日本は同じではない。一つでも変わった時点で、同じ日本人ではないんだ」

 

まれに、仏教思想や古代ギリシア人哲学者・古代中国人哲学者が唱えた思想は、宗教ではないというモノもいる。

なーに言ってんだ。宗教だから。自分にとって都合がいいモノは哲学で、都合の悪いモノは宗教扱いか。もしそうならば、なんとも都合がいい二重規範ではないか。ある意味、尊敬してやってもいい。姦通するなとか、浮気するなとか、ソレさえも宗教じゃない、とぬかす奴もいる。宗教に決まってるだろ。なんでソレを宗教と認めない。日本人はそこまで宗教がキライか。それほどまでに、宗教を否定するのか。宗教があったから、今があるというのに。

人間が人間である限り、宗教を無くそうなんて到底無理な話だ。なにせソレを無くすというコトは、今まで築き上げた様々なモノを糧としてきた、人間という動物を無くすコトになる。

人間がどんなに宗教を否定しても、人類から宗教を無くすコトなんて出来ねえんだよ。

旧約聖書・レビ記 第20章10節

『人の妻と姦淫する者、すなわち隣人の妻と姦淫する者があれば、その姦夫、姦婦は共に必ず殺されなければならない。』

 

「明治時代から昭和時代の創作物なんて、言い回しを変えていたとはいえ、パクリだらけだった。平成時代にはパクリしかない。昔はしてた事が今はダメになった事に対し、納得できないか」

 

「なら天皇にはまた神へとなってもらおう。天皇は雄略天皇、もしくは武烈天皇に戻そう」

 

平成時代の日本を大日本帝国時代に戻そう。現代日本人が嫌がっても微発して戦争しよう。異国がうるさいけど知ったコトかよ。邪魔な異民族は力づくで従わすか殺すか天皇崇拝を強制させよう。憲法、条約なぞ無視しろ。華族も戻そう。倫理・思想・法も古代、もしくは中世に、科学・生活・知的・技術水準も、何もかも昔に戻す。水も満足に飲めず食に飢えても、娯楽が無くても知らん。ネットなんて冗談じゃない。そもそもネットさえ借り物ではないか。

平成時代の日本は、古代バビロニアや古代ペルシアの文化もパクってるのだ。人によっては、コレを屁理屈と、論点のすり替えに観えるのかな。

 

「人莫知其子之惡、莫知其苗之碩。どうだ明るくなったろう」

 

「悪い事と自覚してする罪と、ソレを知らずにする無自覚の罪。はたしてどちらが罪深いだろう。弟子からそう問われ、かつての釈迦が答えたのは……」

 

それ以前に、その思想・倫理・論理は、1000年以上前の先人達がしてきたコトだぞ。

つまり、その思想・倫理・論理は、所詮は借り物の言葉であり、2番煎じであり、オリジナリティのない猿真似だ。言葉に重みがないんだよ。当たり前みたいに、その借り物を使うヤツは、絶対に非難しなきゃいけないなあ。都合のいいコトばかり思い込んで自分を騙すのは、さぞかし楽だろう。

ならばどうする。大昔のユダヤ教・キリスト教・イスラーム教みたいに、他の思想を異端扱いして排斥・迫害・弾圧でもするか。かつての神道と仏教のように争うか。やっぱり宗教だなー。だが悪くない。どうせやるなら徹底的にすべきだ。大昔の宗教みたいに。

 

「旧石器捏造事件――ぐはぁ!」

 

一体何が起こった。そんなコトを思う暇もなく、オレの背にとてつもない衝撃を感じた須臾、世界がぐるりと変わり、いつの間にか近くの大岩にめり込んでいた。咳き込んで吐血もした。体の節々は当然として、特に背中が激痛だ。

魔方陣で右手に雷霆を出し、その末端を今回の張本人に向けた。

 

「おい、いったいなんのマネだ。戯奴(お前)……殺すぞ」

「なーにカッコつけてんの」

 

バ…バカな……みんな いったい なにと戦ってるんだ。鬼女はそんなコトを言いたげで、呆れた顔をしながらオレの体を引っぺがす。そのまま地面へと倒れそうになったけど、小石でも拾うかのように軽々と支えてくれた。さすが鬼女、見た目は子供だが、鬼だけあって力はある。

 

「目、覚めた? まーた飲まれてたよ。呑むのは鬼ころだけにしときな」

「……ああ。その通りだな。釈迦と孔子の教えを忘れるところだった。助かったよ」

「いーのいーの。私、コレでも弘の妻だからね」

 

毋因群疑而阻独見、毋任己意而廃人言、毋私小恵而傷大体、毋借公論以快私情。

『弁顕密二教論』はともかく、空海――弘法大師は『承和遺誡』と『弘仁遺誡』で、釈迦の教えを守れと述べたのだ。でも、十戒を守るコトは、オレにはできない。

調子を確かめるため、一歩一歩確かな足取りで萃香から離れて歩いてみる。足は顫動し、歩く度に体は激痛という叫びを挙げているコトを除けば、問題は無さそうだ。しかし、久しぶりにいいモノを貰った。こんなのいつ以来だろう。

能面になってるこころは無反応で、先程からだんまりだったので、見かねた鬼女は声をかけた。

 

「こころも弘を止めなよ」

「......ん? おー。いつものコトだったから忘れてたー」

「あんたも苦労してるんだねぇ......」

「もう慣れた!」

「子曰、道不同、不相爲謀。ある意味、休与小人仇讐、小人自有対頭だね」

 

世間話を興じ始めた二人を気にしつつ、辺りを見渡す。傍から観たらのほほんとした状況ではある。しかし、なんか、急に空気が変わった。場の雰囲気が張りつめて緊迫感が漂い始めたのだ。何かが、おかしい。

……まさか、と空を仰ぎ観る。そこには矢があった。空から一本だけの矢らしきモノは、放たれたモノと言うより、天から落ちてきたかのようで、ソレの矛先は、着実に萃香へと向かっていた。

――アレはマズい。右手にある雷霆の破壊力を最小限に留め、外さないように気を付けながらも、思いっきり投げる。まるで紙ヒコーキを投げたかのような、風が吹いただけで今にも落ちそうなくらい、脆弱そうな雷霆と衝突した矢は砕け散って消滅。間一髪であった。

アレの見た目は普通の、人間が造ったモノと言われても疑問を抱かないほど、どこにでもある矢。だが、違う。アレはただの矢ではない。

クソが……あの天探女、余計なことをしやがって! オレの邪魔をするというコトはどういう意味か知らんわけではあるまいに。やはり記憶を回帰させたのはやめておいた方がよかっただろうか。……オレ自身でアイツを回帰させておいて、今更か。

 

「ほら、御射鹿池へ行くんだろ」

「そうだな。よし」

 

萃香は先程の矢に気付いてなくて、なんで雷霆を投げたのか不思議そうにしつつも、オレの服を軽く払って、地獄の女神へ会いに行くよう促し、また消えた。今も体中痛いが、萃香の行動を責める気なんてない。冷静になってむしろ感謝したいくらいだ。あのままだと、またおかしくなっていた。かつて、憎悪の感情に支配されていた純狐以上に、変貌していただろう。ソレは想像に難くない。

論語・微子第十八

『微子去之、箕子爲之奴、比干諌而死、孔子曰、殷有三仁焉。』

論語にもある通り、やはり諫めてくれるモノがいるというのは大事だ。やり方に少々問題がある気もするけど、言葉だけではオレが止まらなかっただろうし、荒療治も時には必要だろう。

 

「往くぞー!」

 

軽くストレッチしてから、こころの掛け声と同時に足を動かす。

あーホントに危なかった。今日ほど萃香を娶ってよかったと思った時はない。

突然、オレの脛にナニかがぶつかった。ごめん、謝るから弁慶の泣き所は痛すぎるのでやめてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......あ、久しぶり。元気にしてたー?」

「うむ」

 

待ち合わせ場所の御射鹿池に到着すると、幻想的な池を眺め、時間を忘れていそうなくらい魅入られていた地獄の女神は、オレの足音で気付いたのか、振り返って、お互い軽い挨拶だけ済ませ、そのまま魔法の森へと向かった。

彼女の能力でいる残りの二柱も来てるかと思ったが、どうやら一柱だけらしい。

 

「ここも......本当に懐かしい。でも、アレはいくらなんでもやりすぎじゃない?」

 

諏訪国にある鬱蒼とした魔法の森を、隣にいる地獄の女神――××神話に降らせたへカーティアと、最初は歩きつつも周りを眺めながら懐しんでいたが、次第に彼女は何とも言い難い声色を出して浮島のコトを口にし、諏訪子の能力と日本神話の天逆鉾を用いて創った天空大陸を見上げながらも、足を止めず答え、魔女の館へと向かう。

 

「ギリシア神話にはデロス島や、アイオロス王の住むアイオリアとか、他にも浮き島はあるだろ」

「確かにそうだけど......」

 

そう。実はアレも、ギリシア神話が原型だったりするんだ。

何気なく彼女を一瞥すると、オレに何かを言おうと、今感じている漠然とした感情に悶々としていたが、諦めた。話題を変えるコトにしよう。

元は別の神話の女神だったが、彼女はギリシア神話の女神だ。オレは基本的に××神話と日本神話の神なワケだが、古代ギリシア人と古代日本人が同じ民族、なんてコトはありえない。しかしだ。古代ギリシア人と古代エジプト人の場合だと、どうだろう。

 

「古代エジプト人は、古代ギリシア人・聖書に出てくるカナン人とは、別の民族だと思うか」

「普通に考えたら違うわ」

「そうだ。普通に考えて、同じ民族なワケがない」

 

「でも、一部の古代エジプト人は怒りそうだが、神話で観た場合、違うとは言えないよなあ」

 

古代ギリシア人と一括りに言っても、ギリシア神話にはミケーネ人、アッティカ人、アテナイ人、エレウシス人、アルゴス人、シキュオン人、ポーキス人、エーリス人、テッサリア人、スパルタ人、テーバイ人、サラミス人などが出てくる。今挙げたのは古代ギリシアにいた民族だから、古代ギリシア人、と言っても強ち間違いではない。コレは日本神話・日本人にも言えることだ。一応は日本人として一括りにしてはいるが、全員同じ民族かと聞かれたら、違う、と言わざるを得ない。一口に日本人と言っても、色んな民族(豪族)がいるんだ。ただ、天津神・国津神の血を引き、尚且つ日本にいるという意味で、日本人と定義付け、今の所はそう呼んでいる。

しかしながら、ギリシア神話ってさ、コルキス人、フェニキア人、トラキア人や、エチオピア人が出てくるし、ギリシア神話の神の血を引く古代エジプト王とかエチオピア人なんかも普通に出てくる。

要するに、神話と言っても、自分たち以外の民族が普通に出てくるのだ。なにもギリシア神話に限った話ではなく、各国の神話でも多々ある。コレはローマ神話や、日本神話にも言えるコトさ。

古代ギリシア人が出ないギリシア神話、古代中国人が出ない中国神話、古代イスラエル人が出ない旧約聖書、天皇が出てこない日本神話など、その国・民族の神話ではなく、ダレカがその設定を借りて、お人形遊びしたただけの別モノだがな。

 

「聞いたんだけど、弘天の子って娘しか生まれてないらしいじゃない。天皇家?」

「皇室は嫡男・親王が1人産まれてるだろ。阿蘇氏もいるし」

「......こんな話が出来るなんて、平和な時代よねぇ」

 

前にも言ったが、オレは純血に拘ってはいない。もしそうだったならば、第15代天皇・応神天皇と神功皇后とアメノヒボコ、そして第26代天皇・継体天皇を消してるよ。

オレは面倒だからと、どっちもどっちも論をするヤツはキライだ。大して興味もない無関心のクセに、中庸・中道を気取る奴もキライだ。

いいか。あのゼウスとヤハウェのクズ神も、民族に罰を与えたり、時には災害、もしくは病で、古代ギリシア人(古代イスラエル人)を殺してはいたが、ソレと同時に、自分の子孫に関しては助けてた時もある。

 

だが今はどうだ。

ギリシア神話の信仰は無くなり、ギリシア人は、ローマ人に同化し、キリスト教徒へとなってしまった。ただし、一部のギリシア神話の神々は、地獄の女神・へカーティアなど、信仰が続いている神もいる。正確に言えば、ヘカテーはギリシア神話信仰ではなく、魔女信仰だが。

ユダヤ人とナザレのイエスの場合は、ヤハウェに見捨てられた民族、というのが現状だ。

そうさ。別のモノになるくらいなら、そんなモノは無くすか、忘れさせた方がいい。変わってしまい、もはや別のモノと化しているソレを残して、一体何の意味がある。何事も時代と共に変貌していくだと。笑わせるな。そうまでして、なぜ続ける必要がある。

そう。親王がいないなら、天皇・皇室なんて無くなればいいんだ。無理に続ける必要はない。神話だってそうだ。余計なコトをされるくらいなら、忘れられた方がいい。…平成時代でお地蔵さんを綺麗にしてる人をたまに観たコトがあったから、全ての日本人から信仰が無くなっているワケではないんだろうけど。

 

「それで天皇を進めないの? 天武天皇系は全て消しちゃったみたいだから、次は光仁天皇?」

今の時代(室町時代)、百王説が流行ってるんだ。だから後円融天皇、後小松天皇まで進めたくない」

「百王説なんてありえないのにね」

 

百王説があるとはいえ、第100代天皇・後小松天皇、天皇が100代で終わるコトはない。そもそもそこまで進めるべきかどうかという判断がつかない。なにせ天神地祇・天皇の血を引くモノは老化はせず、しかも寿命はないのだ。もちろん死ぬには死ぬんだが、その場合、他殺か災害が主になるだろう。死んだとしても、代わりはいくらでもいるからいいけど。彦火火出見さえ生きていたらそれでいい。

 

「仮に、ユダヤ教の律法でなにか問題が起きたとしたら、どうする」

「関わらないわよ。外野がとやかく言う必要はないんじゃない? あの聖書の神も煩いしね」

 

古代中国の儒教始祖・孔子は言った。

『子曰、不在其位、不謀其政。』

オレはファリサイ派だ。しかし、ユダヤ教の問題なら、ユダヤ教徒とヤハウェだけが関わるべきであろう。

なら、日本神話の神々も、神社本庁・社家・天皇(皇室)のようなモノだけが使っていいだろう。彼ら以外の人間が神を使うのはダメだ。創作物という名のお人形遊びに神を出しては、神を語るのは、神を登場させるのは、ダメだよな。

 

「ダレカが築いたお人形・設定を使うなら、敬意を払い、尊重すべきだと。ソレが出来ないモノは異端扱いする。そういう思想があるワケだよ。お前、どう思う」

 

「......宗教?」

「宗教だ。やはり日本人というクソ民族は無宗教ではない」

 

人間中心主義ってのもあるが、まるで儒教。いや……違うか。努力主義という宗教はキライだな。努力至上主義は儒教というより、朱子学・陽明学が大きいだろう。成果主義もキライだが。

人に迷惑をかけるなっていう倫理も宗教、浮気・姦淫するなっていう思想も宗教、人に押し付けるなって言うのも宗教、倫理的な観点から、一夫多妻は差別的でありするべきではないと言うのも、宗教だよ。差別してはいけないって言うのもな。

でもたまーに、ソレは宗教じゃないって言うのもいる。笑えるよなあ。

 

実在するモノと、歴史上の人物と、創られたお人形の違いって、なんだろう。差はないんじゃないかな。実在しようが、空想上の存在だろうが、お人形だろうが、どんなモノであれ敬意の気持ちを持ち、尊重し、畏敬の念を抱くべきだろう。

法的な問題はあるけど、創作物というお人形遊びに使う以上、ソコに違いなんて、ない。

 

「オレは反出生主義だけど、ソレも宗教だよな」

「宗教ね。というか、なんで神が反出生主義なのよ」

 

「ギリシア神話に出てくるゼウスと、ヘブライ神話に出てくるヤハウェのクズ神は、人間を滅ぼしたコトがあるとはいえ、憐みの心をちゃんと持ってたからさ」

 

旧約聖書・エレミヤ書 15章6節

(ヤハウェ)は言われる、"あなたはわたしを捨てた。そしてますます退いて行く。それゆえ、わたしは手を伸べてあなたを滅ぼした。わたしはあわれむことには飽きた。"』

一体いつからだろう。日本の神は寛容などと、神は信仰がなければ存在できないなどと、こんなふざけたコト、どこのダレが法螺を吹いているんだろうか。確かに、縁起がいいモノ、または恩恵に浴する為、御蔭をいただくため、民衆に信仰された七福神などもいるさ。だが、人間が神に無礼なコトをしても、ソレを許すような存在ではなかった。そもそも七福神は……

 

「お前は、ダレカが作った設定・お人形に、敬意を払うべきだと、配慮すべきだと思うか」

「いいえ」

「お人形がズタボロになっても、壊れても、貶めたとしても、一々気にするか」

「仮にお人形が無くなっても、新しいおもちゃを探せばいいだけよ」

「とんだ女だな、もはや人間ではないだろう。だが嫌いじゃない」

 

聖書に書かれているあのヤハウェなら、彼女と同じコトは言わないだろうけど。

古代ギリシアの哲学者・アリストテレス、古代インドの哲学者・釈迦、古代中国の哲学者・孔子は、それぞれの言い方・論理の違いはあれども、原因があって結果がある、と言った。極端なのはダメとも言った。

そして釈迦は、感情を絶て、執着してはいけないと言った。

釈迦の場合、ある結果が起きる前に、その結果が起きる原因、例えば老い、または感情などが生じる前に、原因を取り除けば、結果は無くなると考えたんだ。

平成時代の人間がコレを聞いたら、そんなの当たり前じゃないか、と思われるだろう。しかし……紀元前でこの思想へ到達したのは、結構スゴイ事なんだ。

 

ところで、さっき民族について話題に出したが、一旦、日本にいる民族をへカーティアと整理しよう。まずは前提として、地球が生んだ人間、次に神が創った人間、最後に神の血を引く人間に大きく分けて定義する。

 

「今の日本って、大きく分けて倭人、隼人、蝦夷、中国人、朝鮮人、ペルシア人がいるのよねん」

「うむ」

「そういえば、古代ローマにも古代中国人はいたわねぇ」

「シュメール人、古代エジプト人、古代ギリシア人、古代エトルリア人、古代中国人は天才だな」

 

地球が生んだ人間は、まあ大雑把に言って百姓のようなモノと考えればいい。問題は、神が創ったとされる民族だ。アイヌ神話や琉球神話には人間を創る話があるので、アイヌ民族と琉球民族は、神が創った民族になる。そして中国神話でも神が人間を創ったとされている。この人類創造神話は、ペルシア神話・イラン神話・ゾロアスター神話にもあるので、ペルシア人にも該当するだろう。朝鮮神話の場合、朝鮮人は神の血を引くとされているので、この場合は神の血を引く民族になる。

ココで面倒なのが中国だ。中国神話って、神じゃなくて仙人や人間ばかり出てくるのだが、実は神の血を引くとされている中国人も、いるにはいる。厳密に言えば、殆どは道教の神、つまり仙人の子孫とされている中国人の方が多いんだが。一応、中国には儒教の始祖・孔子の系図もあるんだけど、ソレによると、孔子の子孫を称する平成時代のモノも沢山いたりする。

大体、古代ギリシア・古代日本もそうだが、古代中国は特に、色んな民族がいすぎだ。収拾がつかん。

 

「ギリシア神話のニンフ(精霊)のクローリス、ヒュアデスは神になったよな」

「そうね」

ΠΟΣΕΙΔΩΝ(ポセイドーン)は一度、ΑΠΟΛΛΩΝ(アポローン)は二度も人間に仕えたコトがあるよな」

「......そうね。ΛαομέδωνとΑδμητος.アポロンの一回目はゼウスの罰でだけど」

 

そう、少数でも賛同者は出るだろう。共感するモノも出るだろう。無知だったモノがソレを知り、理解してくれるモノも出るだろう。啓蒙・啓発されたヤツラの中には、感情に左右されて批判するモノ、酷評するモノ、論難するモノも出るだろう。所詮、借り物でうだうだ騒いでいるだけだが。

でも、反出生主義なんてのもあるけどさ、そんな倫理があったところで、人間はセックスしてまた赤子を産む。もちろんそういう倫理をムダなモノと言うつもりはないし、別にオレは優生学ではない。とはいえ、人間という猿が滅ぶまで止まるコトはない泥仕合。だがソレでいい。

ソイツらが、本当に柳緑花紅思想を掲げているなら、ソレでいいのだ。その思想を旗印にしてるなら、本来、ソイツらがカレらを非難したり酷評するコト自体、おかしいのだからな。

ミトコンドリア・イヴの子孫を残したとしても、扱いは悲惨なモノになる。だから生かしたとて、悪いコトならまだしも、良いコトは何一つない。故に消す。

 

「ところで純狐って仙界にいるらしいが、元気にしてるか」

 

「そうねぇ......あの時、××神話の天使が子供を蘇生したじゃない? 悪いコトではないけれど、純狐が子供にべったりで。数千年ぶりにまた子供と会えたから、よほど嬉しいみたい」

 

最初は友人が幸せそうにしてるのを観られてか、心の底から嬉しそうに微笑んでいたが、少しずつ神妙な顔つきへと変わり、重々しくも口を開いた。

…………ああ、古代ギリシア・古代中国って、同性愛があったな。女性の。

 

「ただ......喜んでるばかりじゃいられなくてね。嫦娥に対する瞋恚を塗り替えちゃったでしょ? 今の彼女があるのはアレのお蔭だけど、心配よ。彼女、私たちと違って、元は人間なんだから」

 

「人間……そうだったな。今は仙霊でも、元は神に創られた側の人間だったか」

 

大事な話のようで、実は大した話じゃない世間話をしていると、森に包まれて佇み、怪しい雰囲気を醸し出す、魔女の館が観えたのだが、一瞬廃墟に観えて、もう一度瞬きすると、今度は豪邸になった。ソレは、昔観たコトがある、紅魔館のような……。

そういえば、天子がレミリアとフランを諏訪国に送ったらしいが、どこにいるのだろう。もしや、地底にある地獄にいるのか。

もう一度瞬きをすると、なんというか神秘的な、メルヘンチックな建物に変わり、煙突もあってソコから煙が出ている。幻覚でも見ているかと思うくらい、不可思議な現象だが、魔女達が視覚情報を弄りまわしているのだろう。そう思い込むほかない。

一緒にいたへカーティアを観るが、彼女は首をかしげるだけだった。この意味不明な現象は、オレだけなのかな。仮にそうだとしても、なんでオレだけに効くのかは判んないけど。

彼女にどうしたのか聞かれてこの現象を説明すると、嬉々として両手を叩き破裂音を出した。

 

「まるでグリム童話のヘンゼルとグレーテルみたい」

「ソレ碌な話じゃないぞ。泉のそばのがちょう番の女もアレだが」

「六羽の白鳥、子羊と小魚、グリム童話の魔女っておばあさんが多いわね」

「ココにいるの美女しかいない。だから六羽の白鳥みたいなコトが起きてほしい」

「どっちかというと......注文の多い料理店じゃない?」

「その話は魔女が出てこないだろ」

 

木製の扉に金属製のドアノブがあり、回して中に入ると、内装は魔法の森ほどの不気味さはない。しかしメルヘンチックな外装とはほど遠く、神さびたままだが小奇麗にされていた。近くに椅子や質素な机があって、その上にウィッチ・ボトルとガラス瓶など、様々な道具が散乱してるのもあれば、整理されて置いてある。瓶に入ってる液体は、何かの化学薬品かな。ヒマを持て余してる魔女たちなら化学・錬金術でもしててもおかしくない、のだろうか。後は水が入ったビーカーと、数式がびっしりと書かれた羊皮紙一枚。

部屋のど真ん中には壺があるのだが、まるで童話に出てくる魔女が使うような大きな壺。きっと壺の中には、どす黒い感情が練りこまれた、ナニかがあるのだろう。数は少ないが坩堝も置かれている。るつぼといえば……アーサー・ミラーかな。

 

「ハシゴだな」

「じゃなくてキャタツよね」

 

大きな壺の両脇にはハシゴ、ではなく、木製のキャタツがあった。まだ子供で背の低いアリス、パチュリー、レイラ達が使うためにあると思われる。

だがちょっと待って欲しい。ビーカーに入った水に見覚えがあり、掴んで持ち上げて観察したが、ますます既視感がこみ上げる。コレはまだ世界が初期頃だった時、一緒にいる地獄の女神に頼み、わざわざギリシアから取り寄せたモノで、本来なら日本にあるワケがない代物。しかし、コレを使ったのはあの時一回だけで、もはや使う気も、使う予定も、今後一切行う気はなかったのだ。最初はオレの見間違いと思ったが、魚の骨が喉にあるような妙な感じで、元関係者へ聞くコトにしようと、彼女に観えるよう、ビーカーを差し出す。

 

「へカーティア。聞きたいんだが、コレって、λήθη,(レーテー)の水か」

「あれ、ホントだ。懐かしいわね、あの時の私たちもコレを飲んで記憶を――」

「バカな……コレは××が管理していたハズだ」

「彼女が魔女たちに貸与したんじゃないの」

 

受け取って水を調べた彼女は、判決を下してビーカーを元の位置へと戻すが、彼女の答えは否定ではなく肯定だった。出来ればその言葉は聞きたくなかった。

他に観るモノはないかと見渡すと、テーブルの上に、さっきから気になる紙切れが一枚だけある。勝手に観るのは失礼と思いつつも、失敬して拝借した。視界に入ったのは、一面数式で埋め尽されており、一部書き殴っているモノもあるが、綺麗に記述されているモノばかりだった。コレは驚いた、古代オリエント・古代ギリシア・古代中国に引けを取らないほどである。オレには全く分からないモノだらけなのに、魔女達はコレを理解してるのか。賢すぎだろ。というか誰に教わったんだろう、独学でコレならかなりすごい。

 

「ん?」

 

通覧していたら、端っこに文章の記述があった。目を凝らして観なければ判らないほど、こじんまりとした文章。しかもギリシア語。一部は走り書きで読めなかったが、幸いにも解読できた箇所があり、読むコトにした、のだが、殆ど愚痴だった。

 

『――大衆の妄想で創られた魔女というイメージを押し付ける人間がいる。自分たちは、思想(信条)も、倫理も、価値観も、酷評(非難)も押し付けられるのが嫌で嫌で仕方がない猿であろう。にもかかわらず、嘗て、いや、未来で神がされたことと同じように、我々へソレを押し付けるのだ。この件について同胞たちと原因を追及していく内、この現象に関して、私たちは真に驚くべき証明を見つけたが、この余白はそれを書くには狭すぎる。』

 

「ピエール・ド・フェルマーかな?」

 

こんな内容レイラが書いたものとは思えないし、内容から推測するに、記憶が戻ってるアリスも違うだろう。小悪魔は絶対にありえない。というか、未来っていう文字がいきなり出てきてる。普通は今か昔を書くであろう部分を、わざわざ言い換えて、未来と書いているのだ。意味が判らない。

コレに関わっていそうな他にめぼしい魔女たちは、パチュリーかエレンだけである。どちらかが、あるいは二人で執筆したものだろうか。つまり一方、あるいは双方に記憶が回帰してるというコトだ。

ソレは……かなり困るな。筆跡から特定しようにも、走り書きのせいでお世辞にも綺麗とはいえず、どちらが書いたモノなのか判別出来ない。判んないなら考えるのをやめよう。

だが、ここに書かれている魔女・神という言葉を別の言葉に入れ替えると。

 

ある程度は見終えて、何気なく裏返すと、さらに驚愕するモノを観つけてしまう。

魔女たちが書き留めたのか、はたまた××のモノなのか、それは判らない。しかしながら、裏面には、ある思想が綴られていた。

 

「コレって、心理学者スタニスラフ・グロフの……」

 

彼女たちがナニを考えているのかを熟慮しても、汲み取るコトはできなかった。ぞっとしただけだ。少なくとも楽しい思想ではない。これ以上足を踏み入れると、底なし沼に嵌ってしまう気がしたので、ココは観なかったコトにしよう。朝顔の花一時。

 

「お、かまどがある」

「暖炉ね」

「…ギリシア神話の女神ともあろうモノが何を言う。もっとホンシツを観るんだ」

「どういう本質よ......」

 

呆れた彼女は、魔女を探してくると言い、奥にあった扉を開けて行ってしまった。探すの面倒だし彼女に任せよう。

 

暖炉を観つけたし、寒いので暖を取ろう。暖まるため薪を燃やす。近くにロッキングチェアがあったので、ソレを持って暖炉の前に置き、座って前後に揺らしながら温まる。

もっと汚れてそうなイメージを勝手に抱いていたが、案外そうでもなかった。煙のままの萃香から聞いたら、たまーに藍が掃除をしに来ているらしい。だが魔女たちも自主的に掃除を取り組んでいるそうだ。

あーダメだ。心地よくてこのままでは寝てしまう。

 

Mehr Licht(もっと光を)

「ソレを唱えても二度と死なないだろうに」

「永眠の意味じゃない」

 

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ……あの哲学者も、大層な女好きだったけ。なんだか他人とは思えない、親近感が湧く。

薪が燃えてパチパチという心地いい音が響き、冷めた体に染みていくようだ。煙突の煙はココから出ていたのだな。燃えカスも溜まってるかと思えばそんなコトはなく、後始末もされている。とはいえ換気をした方がいいと思う。窓はあるんだけど、寒いから動きたくない。

しかしハンモックもヤバいけど、ロッキングチェアもヤバい。人間だけではなく、神さえもダメにする悪魔の道具である。神が悪魔にやられてどうすんだって話だけど。

 

「萃香も座るか」

「遠慮しとく。......と思ったけど、座る」

 

急に気が変わったのか、消えていた萃香は実体化し、オレの股の上に座って、体重を預けてきた。一体何を考えてるのだろうか。寝てしまいそうだから代わって押し付けようとしたのに、これでは逃げられない。

 

「パルスィに観られたら、泣くか、もしくは死ぬね」

「極端すぎだろ」

「流石にココまでは来ない。来ない......(ハズ)

 

魔法の森に来てるかどうか能力で確認したらしいけど、絶対とは言えないらしい。嫉妬神なだけはあるが、パルスィは勇儀のいい加減さを少しは見習ってほしいものである。

二人でリラックスしてだらけていたら、ナニかを感じ取った萃香は、幻に包まれていたかのように、体温だけ残して、一瞬でその重みは消えた。

飽きたのかと思ったら、鍵を開けるかのような物音が聞こえた直後、突然、部屋の隅にある天井から、ナニかがシュバっと落ちて、オレの方へと来たのだ。

――マズい、なんかよく判らんがとにかく殺される! 

 

「おかえりなさーい!」

「……レイラか」

 

敵かと思ったが、よく考えなくてもココは諏訪国にある魔法の森で、しかも魔女が住む館だ。ソレに、萃香が無反応だったから物騒なコトにはならない。最近、死について色々あったから神経質になっているようだ。いや、魔女の中にオレのコトを気に喰わないと思ってるものもいると、アリスやパチュリーに聞いたコトあるから、否定できないのもあるんだけど、相手がオレを殺そうとしても、もう死なない。というか死ねない。

 

レイラが駆け寄って来たと同時に、ぱかっと空いた天井には蓋がぶら下がり、そこには折り畳み式のハシゴが備え付けられていた。この子だけではなく娘のアリスもいたようで、ハシゴを使って降りてる途中だった。

ちょ、ええ……ハシゴはアルミ製だし、恐らく、というか絶対河童のにとり達が造ったんだろうけど、こんなん魔女のイメージ壊れる。しかもただのハシゴなのに、遠目からでもどことなく躍如を感じる。ハイテク過ぎだろ。

…今気づいたけど、天井から急に人の気配が濃くなってる。それに、一部は興味津々といった視線だが、他のはまるで全身針に刺されているかのような、無数の視線を感じる。まさか……アソコに他の魔女たち全員がいるのか。魔女を探しに行ったへカーティアはなにをしてるんだ。全員天井裏にいましたなんて、入れ違いどころの話じゃないぞ。

降り終えた娘は、ハシゴを収納して天井に戻し、こちらに歩み寄りながら不機嫌そうな表情で問うた。

 

「へカーティア様が来たという事は、そういう事でいいのね」

「あ、ああ。これからはオレじゃなくて彼女に付き従うよう、全ての魔女へ伝えておいてくれ」

 

どうもこの二人だけで、パチュリーと小悪魔はいないようだ。

……あれ、地獄の女神を連れて来てるの知ってるなら、オレ達が館に入った時に降りてきたらいいのに、なんでへカーティアがいなくなってから来たんだろう。へカーティアの件をアリスに伝えた途端、視線がより一層尖った気がするし、なんでそんなに怒ってるんだ。

 

魔女とは、魔法を使うイメージが強いのは、言うまでもないだろう。

でも便利過ぎと思われがちな魔法だが、グリム童話に出てくる魔女の魔法って、実はそんなに出てこない。いや、ヨリンデとヨリンゲルみたいに魔法で人間を動物に変えたり、ある人物を石に変えたり、呪ったりする話も確かにある。あるのだが…あくまでも話を形作る為の人物・設定をキャラとして立たせるために添加しただけの場合が多い。大体、グリム童話に出てくる魔女は性格が悪いし、心もひん曲がってるし、そもそも魔女の結末は、悲惨な最期を遂げる話が多い。あとはちょい役とか、回顧として出てくる場合、特に教訓としての話も多いだろう。

要するに、あのグリム童話でさえ、魔法に頼りきりの話ばかりではない。魔女がなんの危害を被るコトのない話ばかりではない。寧ろそういう話、例えばアッシェンプッテルの魔女みたいなモノは少ないと言っていいだろう。

即ち、魔法という便利なモノを多少使うくらいならある程度許容できるが、その概念に甘え切り、おんぶにだっこするヤツは、神を便利に使うヤツくらい、クソだ。厳密に言えば、アレは魔法と言うより呪術に近い気もするが。

 

「えー。他の神様に従うなんて私やだよー」

「良禽択木という言葉がある。そして中国の故事で尾大の弊ってのがあってだな」

「どういう意味かわかんないけど、使い方間違ってる気がするよ」

 

レイラは話の意図を読み取れなかったらしく、オレの袖をくいくい引っ張って納得できずに聞いてくる。ことわざで諭そうとしたが知らないらしく効果はなかった。娘のアリスは記憶が戻っているので、事情を説明するまでもなく理解してはいるのだが、納得はしてなさそう。

なぜそこまでイヤがるのかが判んないオレを観て、この子にことわざの意味を説明しようとしたら、呆れたアリスは代わりに代弁した。

 

「......他の魔女たちは、アナタの庇護下にいるハズじゃなかったの? って言いたいのよ」

 

……どういうコトだろう。アリスが言った話を反芻しても、呑み込めない。

この場にはいないへカーティアが、元ギリシア神話の女神で、尚且つ地獄・魔女の女神であるコトは、レイラはともかく、アリスも知ってる。

へカーティアは××神話に降ってるから、オレの支配下にいる。故にオレが魔女の支配権を放棄したワケじゃないし、単純にもう一柱だけ魔女を統括する神が増えただけという話。結局のところ、魔女はオレの支配下にあるのだが、一応伝えておこうかなと思い、魔法の森へと来た。会ったコトもないヤツに、いきなり呼び出されて従えと言うのも、酷な話である。だから今までと関係は変わらないんだ。

もしかして、魔女たちは諏訪国から出て行けと言われてるように感じ、誤解されてるんだろうか。

 

「別に諏訪国から地獄に行けと言いたいワケではない。オレだけじゃなく、へカーティアにも従うよう表明しに来ただけだ」

 

ギリシア神話は、確かに古代ギリシア人からの信仰が無くなった。ソレはあのゼウスも例外じゃない。でも、一部の神々についての信仰は、古代ギリシア・古代ローマ時代から、中世、平成時代になっても無くならず、信仰され続けているギリシア神話の神々もいる。

そうだな……例えば、地底の女神・Ἑκάτη(ヘカテー)がそうだ。実際は、彼女だけではなく他にもいるけど、コレ、平成時代でも信仰されてるギリシア神話の女神って、結構スゴイ事なんだよ。そんな理由もあって、彼女に魔女たちを任せようと思ったんだ。

最初はオレの庇護下に置いたままの方がいいかなと思ったけど、どうせ魔女と妖精を支配下に置くなら、ギリシア神話のゼウスとヘカテーの立ち位置から判断して観ても、オレより彼女の方が相応しいだろう。

 

「なら今まで通りここにいてもいいの?」

「寧ろ諏訪国から美女だらけの魔女がいなくなるとオレが困るんだけど」

「そっか......よかったぁ!」

 

レイラが納得すると、魔女たちも把握してくれたのか、徐々に無数の視線に棘が無くなっていく。やっと落ち着ける。また死ぬかと思いました。アリスは表情から伺うに、まだ得心が行ったワケではないだろう。でもここは妥協し、渋々ながらも他の魔女達に伝えるコトを承諾した。魔女たちは天井で聞いてるみたいだから、伝える必要は無さそうだけど。

そもそも、オレがなんのタメに行動してるかと言えば、美人・可愛い女を諏訪国に集めて侍らせるタメなのに、せっかく、せっかく美人揃いの魔女達を支配下に置いたのに手放すなんて、オレの行動理念と性格的にありえないから。

 

「あ、神綺が寂しがってたから、アリスも気が向いたら会いに行ってやってくれ」

「イヤ!」

「……我が妻ながら哀れな」

 

つまるところ魔女だ。もう室町時代だし、そろそろキリスト教徒が日本に来るワケだが、魔女が殺されるのはどうしても阻止せねばなるまい。その理由は色々あるが、単純に美女が多い魔女を殺されるのがイヤなだけである。

アレが来たとしても、魔女達が魔法の森に引きこもっていたら殺されるコトはない、と思うけど、相手がユダヤ人のキリスト教徒の場合だと話が変わってくる。オレがユダヤ人を殺そうとした場合、あのヤハウェが出てくるのだ。これは非常にマズい。アイツが助けるのはキリスト教徒がどうこうではなく、問題はイスラエル人・ヘブライ人・ユダヤ人に関与しなければいいだけなのだが……関わろうとしなくても大昔に出て来やがった時がある。

 

「ねー、探したけど魔女たちいなか......っているじゃない」

「遅かったじゃないか」

 

奥の扉を開けて、やっと地獄の女神が帰ってきた。

 

「ちょうどいい、魔女たちと親睦でも深めてくれ。オレは邪魔だろうから帰る」

「また来てね!」

 

ロッキングチェアに座るオレの頬に、レイラは唇を当てて別れの挨拶を言った。前からただモノじゃないと思ったが、この子は天使かな? 天使にするようサリエルに言ってみようかな。でもアリスは何も言わなかった。なんとも冷めた親子関係である。そこまで嫌われるようなコトしたっけかな。娘を犯そうとしたくらい別に普通だし、コレが原因なワケないだろう。てかまだ犯してない、未遂である。

 

「最後にコレだけは言って帰る」

 

肘掛けに両手を置き、重い腰を上げて立ち上がり、両手を二人の魔女の肩へと置いた。

 

「――Vaya con Dios(神と共に歩みなさい)

「はーい!」

「......うん」

 

恐らく言葉の意味を理解してないであろうレイラは元気よく、実娘は少し遅れて頷いた。

じゃ、と手を挙げて入口に向かい魔女の館から出てから、魔方陣で帰る前に魔女の館の近くにある湖で釣りでもしようかなと思い、ドアノブを掴んだ。

扉を開けるために、回そうとしたその時――突如、瞬間的ではなく持続的な痛みが左腕に走った。各国の神話ではよくある、観てはいけないタブーの片鱗に触れそうな、啻ならぬ気配を察しとり、怒髪、天を衝くという言葉が脳裏に浮上しながらも、振り返る。

 

「え、なに、今の状況が全く掴めてないのに、私を置いて帰る気?」

「……あ、後は若いモノ達に任せようという、鯔背でオレの押しつけがましい老婆心がだな」

「人間基準なら私たち全然若くないんだけど」

 

彼女は、行くなと言わんばかりに、さっき以上に左腕を力いっぱい掴んだ。どれくらいの力と言われたら、きっと握られた部分は真っ白になってるくらいで、キリキリと、微音ながらも耳に入るくらいの力。逃げようにもこの状況で逃れるコトは難しい。

奥でレイラとアリスが個性ある表情になってる。せっかくいい別れの演出がそれっぽく出来かけてたのに、これでは台無しじゃないか!

 

「ちょ、とりあえず手を離せ。捥げる」

「離したら逃げるじゃない......妻の懇願を無視するなんてゼウスでもしなかったわよ」

「約束はよく破ってたと思うが……あっ。そういえば娶ってたな」

「ヒドイ! 私にあんなコトしておいて忘れるなんて!」

「作為的に語弊がある表現はやめてもらおうか。一度殺しただけだろ!」

 

物騒な話なのに、奥にいる魔女二人の表情が変わってないのが怖い。このままでは埒が明かない。魔方陣を展開しておさらばしようという結論に至る。足元に魔方陣が浮き彫りになったと同時に、後方からノックの音が聴こえた。いきなりで思考が止まった。魔女ならわざわざノックなんてせずそのまま入ってくる。だが……扉の向こうにいるダレカは、まだ外にいるのだ。魔女ではない別のダレカだ。魔法の森に来る人物なんて限られてる。魔女の館に来るモノならもっと絞られる。辺鄙なここに顔を出す可能性が最も高いのは、××なのだが……。

金属音を立て、引かれたドアから現れたのは、××ではなかった。なかったが……可能性の候補に入れてなかった、海神の妻。

 

「と、豊姫……」

「失礼します。突然の訪問、申し訳ありません」

 

かつてはオレと仕事をよくさぼり、妹に怒られていたあの綿月の長女が、月の使者だった時の貫禄を感じさせるほど、珍しく仕事モードの海神を観て目が点になった。奥にはレイラとアリスもいるし、本来ならオレがいない時に伝えればいいのに、魔女が大勢いる館で、それでも話すというコトは、聞かれてもいい話なのか、もしくはオレも聞いておかねばならないのかもしれん。

今まで回帰してきたが、オレの記憶は虫食い状態とはいえ、こんな場面に直面した記憶は、豊姫がココに来た記憶はない。豊姫とアイコンタクトしても、微笑むだけだった。あのサボリ魔の豊姫が、いつもの自分とは正反対の、毅然たる態度から伺うに、ココは茶化したり邪魔すべきではない。

元ギリシア神話の女神は、まさか自分に用があるとは思ってなかったのか、こちらに振ってきた。

 

「あれ、カレに用でもあるの? 邪魔なら消えるけど」

「いえ、へカーティア様に言伝を預かっていまして」

「伝言って、誰からよ」

「私たち××神話の女神、忘却を司るモノです」

 

口から息を漏らした地獄の女神は、返答せずに目線で催促する。話し方からするに、諏訪国で会うのか。忘却の女神は一柱だけではない。他にもいる。いるのだが……諏訪国にいて、忘却の女神といえば、一柱しかいない。こんな状況の記憶は、どれだけ掘り返しても、どれだけ振り返っても、合致する記憶がない。お前……なにを考えてるんだ、××。

昔は××神話の海神一族であったが、我らが××神話を捨てた今は、綿月家として蓬莱山家に仕える御三家になってしまい、月の使者でしかなくなった長女は、頷いて紡ぎ出した。

 

「逢魔時にアナタと話がしたい、と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだアレ」

 

ナニかが辺りを飛び回っていた。たまに樹木にぶつかっては落ち、また飛んで樹木にぶつかっては落ち、ソレを繰り返しているという面妖な光景だった。

しかし、そのナニかは一度止まり、浮かんだままオレを取り囲むかのように、空を泳ぐ。まるで、危険なコトから守ろうとする動きだった。右手を上に向けると、ソレはゆっくりと掌の上に乗ってくる。

最初は虫か鳥かと思ったが、どうやらそうではなさそうだ。暗くてよく見えなかったから、空いた左手で触る。コレ…書物か巻物かな。感触的になんか紙っぽい。もしや、白蓮か命蓮、だろうか。魔法の練習でもしてるのかと辺りを見渡すが、あの子たちの気配はない。

旧約聖書・ゼカリヤ書 第5章2節

『彼がわたしに"何を見るか"と言ったので、"飛んでいる巻物を見ます。その長さは二十キュビト、その幅は十キュビトです"と答えた。』

 

「コレ魔人経巻ではないか。魔界の質量を感じるし、神綺……あるいは××だろう。まあいいや。白蓮と命蓮の姉妹はボアネルゲス(雷の子ら)であり、命蓮の役目は、旧約聖書に出てくるעֶזְרָא‎‎(エズラ)

 

掌に乗っている巻物らしきモノが、また空中に浮かび始めた。だが歩き出したと同時にソレも付いてくる。うーん。燃やしてやろうかと思ったが、特に害は無さそうなので、気にせず進もう。

魔法の森の中央辺りに魔女の館が建てられているのだが、近くに湖があるので、釣りでもしようと、地面に落ちてた木の棒を拾う。魔女達からタコ糸を貰っておいたので、生き餌は付けずそのまま垂らして浸ける。

流石に魚もそこまで馬鹿じゃないだろうし、こんなので釣れるとは思ってない。色々あったから、何も考えずに無駄なコトをして、大事な時間を浪費したかっただけなんだ。

欠伸をしながらぼけーっとして数分。うつらうつらしている内に、最初は糸に何か触れる程度だったモノが、次第に糸が痙攣でもするかのように反応し始め、最後は、ぐわっと湖の奥へと引っ張られ、反射的にそのまま釣り上げてしまった。

 

「バカな……」

 

一匹、また一匹と、流れ作業でもしているかのように釣れていった。やめるタイミングが見つからなかったとはいえ、こんなに食いきれるか判んないけど、みんな呼んで食べたらいいか。

しかしなんだこの釣れる速度は。魚籠には大量の魚を入れたが、もう一匹も入る余地はないので、釣られた魚たちはオレの周りで跳ねている不気味な光景。鳥にくれてやろうと思っても、この魔法の森って動物は殆どいないみたいだ。あっても植物とかキノコとか森くらい。

そもそも自然界を生きぬいて来た魚のクセに警戒心が薄い。釣り餌を付けてないタコ糸だけなのに、態々自分から喰われに来るなんて、自分たちを食べるモノが全くいないせいでもあるんだろうけど、もっと危機感を持つべきだと思う。糸を湖に浸けていたとはいえ、呂尚か何か? 

呂尚と違って風流がないやり方ではあるが、遂にこのオレも、釣りの才能が開花したようだ。今なら貧民な人間を全て救ってやってもいいかもしれないと思うほどである。ただ……何匹かワカサギを釣ってしまったけど、わかさぎ姫に嫌われないかな。

 

「釣りすぎだな。神社に帰って藍に捌いて貰おうか」

 

湖から陸に上がった魚は、勢いよく何度も跳ね、魂の灯が消えるまで、躍動感があふれているさまを世界に魅せつけているのだが、あまりにもうるさいので、息の根を止めようかと音の方へ視線を向ける。

――ふと、陸に横たわる一匹の魚と眼があったような気がした。目が真っ黒で、濁っていて気味がわるいその眼は、こちらの全てを洞観し、だがソレは虚空でも観ているかのような、どこを観てるのか判断できない。そうして思案する中、魚たちはそこで跳ねるのを止めた。

釣り上げた魚の眼は、魚籠にある魚を観て、えらいっ、と褒めているようで、

こんな け゛ーむに まし゛に なっちゃって と゛うするの。そう言っているかのように観えた。

うるせえ、こんなゲームにマジになってくれてありがとうをぶつけんぞ。

オレはソレを踏みつぶした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バルク書 2章1節

『それで(ヤハウェ)は、わたしたちや、イスラエルを治めていた士師たち、王たち、指導者たち、それに、イスラエルとユダの人々に対して発せられた警告を実行に移されました。』

第5章5節

『エルサレムよ、立ち上がれ、高い山に立って東の方に目を向けよ。お前の子らは、神が覚えていてくださったことを喜び、西からも東からも聖なる者の言葉によって集められる。』

 

「人間はただ電光朝露の夢幻のあひだのたのしみぞかし」

 

いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ うゐのおくやま けふこえて

あさきゆめみし ゑひもせす 色は匂へど 散りぬるを 我が世誰ぞ 常ならむ

有為の奥山 けふ越えて 浅き夢見じ 酔ひもせず

 

紀元前にいたある哲学者は、神はいると言った。ある哲学者は、自然災害に神は関わってないと言った。ある哲学者は、人間の運命は神が関与していると言った。ある哲学者は、宗教は神ではなく人間が創ったモノと言った。ある哲学者は、神話に出てくる神に対し、コレは神ではない、神とはこういうモノだと論理を組み立てた。

 

「古代中国では、魂は天に、魄は地に還る思想があった」

 

西行妖が風で靡き、花びらが空へと散らばっていく。地面に落ちて風化するのもあれば、風に乗って、飛梅伝説のように、どんどん遠くに行ってしまうモノもある。

木は土に、土は水に、水は火に、火は金に、金は木に勝つ。と言うが、花も、やがては枯れて土となる。永遠ではない。永遠のモノなんてこの世にはない。そう思う人間もいるだろう。

でもさ。アレを観て、時々こう思うのだ。

 

「万物は変転するが、何ひとつとして滅びはしない。ピュタゴラスの言葉」

 

Ἀμάλθεια(アマルテイア),と姉さん……どうしてるだろうか。

神社に入る前に、両手が魚臭いので、手水舎ですすいでおこう。作法を無視しているが、神様に謝っておけば許してくれる。罰を受けそうだけどオレの神社だし大丈夫。多分。ていうか、未だに魔人経巻が付かず離れず付いてきてる。離れる気がないのだろうか。

匂いを落とし終え、魚籠にある大量の魚を裁いてもらうために、萃香へ藍の居場所を聞いたら居間にいるそうだ。神社の玄関を開け、中に入り、奥へと歩いていく。

…背理法。飛んでいる矢は、はたして止まっているのだろうか、それとも動いているのだろうか。あの古代ギリシア人には、ソレを解決できなかった。

なあ××。いつまで、あの亀を追いかけたらいい。背理法は、他の人間には詭弁に聴こえるかもしれない。しかしアイツらは、いつまで縮まるコトの無い……あの亀の背を観続けていたら――

 

「体調は良好か」

「はい。永琳様のお蔭です」

 

襖を開けると、両手に本を持ちながら藍が正座して、その膝の上で早苗が座っていた。

なにを読んでいるのかと思えば、竹取物語だった。娘に読み聴かせてもまだ理解できないだろけど、読んであげると喜ぶらしい。もちろん教育のため、言葉を憶えさせるためでもあるが、一番の理由は、実娘のとコミュニケーションを取るためにしているようだ。しかしまだ子供なのに、ソレは難易度が高くないだろうか。

オレも観ようと、邪魔にならないように横から覗き込む。この話に出てくるかぐや姫もそうだが、月の話では中国宗教の道教、そして地上においては、仏教思想が濃く反映されているのが有名だ。このかぐや姫も、人によっては性格の悪い女、と思われてるだろう。そんなコトを輝夜と咲夜に言えば、怒られそうだがな。

とはいえ、コレの内容を読み、改めて思う。竹取物語の元ネタは嫦娥伝説という説もあるのだが、やっぱり竹取物語の元ネタは嫦娥伝説派ではなく、オレはカター・サリット・サーガラ派だ。

だが、どうせ読むなら、藍より、妹の輝夜、もしくは咲夜が適任だろう。あの二人が、コレを読んでる光景を想像するだけで、笑える。

 

藍は一旦読み聞かせるのを中断し、娘の早苗を一瞥してから、こちらを観た。

 

「主。この子は正一位を叙するのでしょうか」

「まだ決めてない。だが基本は風祝だ。白蓮と命蓮も……いるし」

「判りました。この子の教養はどうしましょう」

「その件に関しては、傅役(慧音)に任せようと思ってる」

 

はい。藍はたったその一言だけで、それ以上は何も言わずにまた朗読を再開した。早苗はオレ達の娘だから、自分で教えたい。そう言うかと思ったが、そうでもないらしい。

あ、そうそう。竹取物語には、原文で穢れについての記述があるんだよ。

それで月の民ってさ、どいつもこいつも口を開けば、穢れ穢れ。ホント、ばーっかじゃねえのって思う時が多々ある。以前にも言ったが、月の民の穢れ思想が仏教寄りなんだよ。神道や、日本神話の穢れ思想とは全然違う。一応、道教にも穢れ思想は、あるにはあるのだが、その思想は、神道や仏教と同じではない。他に、ヘブライ神話やギリシア神話にも穢れ思想はあったりする。でも、月の民の穢れ思想は、竹取物語に出てくる穢れ思想の派生だろうな。

 

新約聖書・ヨハネによる福音書 第10章34節

『イエスは彼らに答えられた、"あなたがた(イスラエル人・ヘブライ人・ユダヤ人)の律法に、『わたしは言う、あなたがたは神々である』と書いてあるではないか。"』

 

旧約聖書・詩篇 第82篇6節

『わたしは言う、"あなたがた(イスラエル人・ヘブライ人・ユダヤ人)は神だ、あなたがたは皆いと高き者の子だ。"』

共同訳・詩篇 第82篇6節

『わたしは言った"あなたがた(イスラエル人・ヘブライ人・ユダヤ人)は神々なのか皆、いと高き方の子らなのか"と。』

文語訳・詩篇 第82篇6節

『我いへらく "なんぢら(イスラエル人・ヘブライ人・ユダヤ人)は神なりなんぢらはみな至上者の子なりと。"』

詩篇 第82篇7節

『"しかし、あなたたちも人間として死ぬ。君侯のように、いっせいに没落する。"』

 

藍の隣に座って、まだ幼い娘を視姦する。ソレを感じ取ったのかこちらを向くと、オレの周りを飛び回る魔人経巻に驚いたみたいだが、そのまま見詰め合っていたら、はにかみ両手で顔を隠す。ちゃんと聞きなさいと藍に注意され、ばつが悪そうにしながら視線を戻し、また耳を傾け始める。邪魔をしてしまったな、悪いコトをした。

仕方ないから藍の後ろに回って、狐の尻尾を体中に包ませて温まる。ついでに後ろから胸を揉んだら、ピクリと反応して一瞬だけ朗読が止まったが、妻は何も言わずに続行した。反応がないので掛襟から右手を入れて直接何度も揉んだが、音読が多少しどろもどろになるだけだった。でも柔らかかったです。早苗はなぜか気づいてなかった。読書に夢中になっていたのかもしれん。

 

「中国の歴史書・『竹书纪年』は述べた。征于東海及三壽,得一狐九尾(夏伯杼子東征、獲狐九尾)、と」

「そのような事をなさらずとも、私は主と永琳様の物です」

 

東征といえば……アレクサンドロス大王、もしくは神武天皇かな。

読み終えたのか書物を閉じる音が耳に入る。揉むのをやめて掛襟から右手を出す。妻の耳は赤くなってるように観えた。まだ満足できていない娘は、別のを読んで欲しいとせがむ。しかし妻は、その前に一旦休むようだ。今のうちに聞いておこう。

 

Καλλιρρόη,(カリロエー)の話では、ゼウスに頼んで子供を大人にする話がある。藍はどうしたい」

 

本来こういう大事な話は、妻の藍だけではなく、実娘の早苗にも聞くべきことだろう。でも聞かない。聞く必要がないから。

 

紀元前312年から紀元前63年・セレウコス朝のマカバイ戦争。古代ギリシア人とユダヤ人。外典だが、旧約聖書・マカバイ記には、ユダヤ人とゼウス、その信仰の記述がある。

現人神の早苗は、諏訪国の民を纏める存在、救世主たり得る。そう、旧約聖書に出てくる預言者・אליהו(エリヤ)אֱלִישָׁע(エリシャ)が起こした蘇生などの奇蹟、新約聖書のイエス・キリストが起こした奇蹟も起こせるだろう。神話時代の天皇のように、諏訪国の王にもなれるだろう。あとは牝鶏之晨にならないように気を付けねばならんが。

現人神の娘。この子は天皇と同じ存在だ。そこら辺にいる人間とは、違う。神の血を受け継いだ、神であり、人間でもある神聖な存在。まだ幼い早苗ではあるのだが、藍が言うにはもう読み書きが出来るらしい。もしや……オレの娘は天才なのか。

ただ、奇蹟と言えば聞こえはいいんだけど、イエス・キリストが起こした奇蹟って、旧約聖書に出てくる預言者が起こした奇蹟とほぼ同じコトである。かつてのユダヤ教徒にとってはペテン師であり、ナザレのヨセフの妻マリアが、どこぞの男と姦淫して出来た子でしかないのだ。その救世主に、一部のユダヤ人は賛同していたけど。メシアニック・ジュダイズムというヤツである。

まだ、イエス・キリストが存命していた時の、原始キリスト教徒の多くは、ユダヤ人だったけど、アレが、ユダヤの救世主なワケがないし、アレをユダヤ人の救世主なんて認めない。

…ああ、よくヤハウェはクズだって言われてるけど、一番クズなのは古代イスラエル人なんだよ。アイツもクズだけど、古代イスラエル人も負けてないぞ。

ηλι ηλι(主よ、主よ、)λεμα σαβαχθανι(どうしてわたしをお見捨てになったんですか).ελωι ελωι λαμα σαβαχθανι.

 

「私は......主と永琳様、二柱の御心のままに」

「昔から言ってるが、もう少し自分を出してもいいんだぞ」

「申し訳ありません。ですが、コレが今の私。私は従うだけの道具でいい」

「……お前のお母さんは、どうしてこう頑固なのか」

 

子供用の巫女装束を着ている早苗の頭を撫でつつ、なぜか胸を張っている娘の前で苦言を漏らしてしまう。しかし、どうして誇らしそうにしているのだろうか。

今はこの子の真名を口にはできない。願掛けの意味もあって、大人になるまで真名を教えられないし、名を呼んであげられないのだ。

 

紀元後の66年から73年のユダヤ戦争。古代ローマとユダヤ人。

ישראלים(イスラエル人).かつてその民族は主に見捨てられた。アイツと交わした契約を何度も裏切ったから。だから、主の教えである律法を守ってんだ。お蔭で、キリスト教なんていう宗教が出来ちまった。そしてἸησοῦς ὁ Ναζαρηνός(ナザレのイエス)よ。お前も主に見捨てられた、哀れな神の子だ。まだکوروش(キュロス2世)の方が、救世主(メシア)の称号に相応しいんじゃないか。杉原千畝は……違うか。

今は室町時代だが、コシャマインの戦いが起きる。天皇の血を引いている神裔・奥州藤原氏。もちろん奥州・陸奥国には藤原氏以外の武家や社家の神裔もいる。コレは神の血を引くローマ人もそうだ。

そして蝦夷地にいるアイヌとは、ヤハウェに創られたイスラエル人・ヘブライ人・ユダヤ人のように、アイヌ神話の神々(カムイ)に創られた民族だ。面白いし懐かしい。まるで……ユダヤ戦争ではないか。とはいえ、ユダヤ人はヤハウェに見捨てられた民族だから、アイヌとは違うか。神裔は戦国時代で終わるし、もう神の子孫は生まれないけど、富岡鉄斎、松浦武四郎が産まれる時は、北海道は近い。

 

「これでこそ母なんですよ!」

「そうだな」

 

てっきり自分のコトで誇らしげにしているかと思いきや、母親のコトで自慢げにしていたようだ。だが急に声のトーンを落とし、藍に聞かれないよう話してきたが、丸聞こえだった。

 

「しかし...母の機嫌が損なったように見受けられます。ここは一つ、謝罪しておかねば、皆さん、延いては私が御飯を食べられず、可愛い愛娘が一日中お腹を空かす悲惨な状況に陥る恐れが」

 

「なんと、ソレは困るな」

 

マカバイ記・2:52~60

『アブラハムは試練を通して信仰を証しし、それが彼の義と見なされたのではなかったか。』

『ヨセフは苦難の時にも戒めを守り、エジプトの宰相となった。』

『我らの先祖ピネハスは燃えたつ熱情のゆえに、永遠の祭司職の契約を授けられた。』

『ヨシュアは命令を遂行し、イスラエルの士師となった。』

『カレブは集会で証言し、嗣業の土地を受け継いだ。』

『ダビデはその忠実ゆえに、永遠の王座を受け継いだ。』

『エリヤは燃えたつ律法への熱情のゆえに、天にまで上げられた。』

『ハナンヤ、アザルヤ、ミシャエルは信仰のゆえに炎の中から救い出された。』

『ダニエルは潔白さのゆえに獅子の口から救われた。』

 

「藍、謝る気はないから許すな」

「そんな居丈高では私の御飯がー!」

 

「いえ、最初から怒ってはいないので、許すも何もありません」

 

今日はご飯抜きになるのを心配していた娘だが、妻はいつも通りだった。

きっと、罵詈雑言を浴びせても動じないだろう。どんな言葉でも、どんなコトでも従い、受け入れてしまう。クソ、どうやったら藍の感情を曝け出せるんだ。藍に手を出した時は、あんなにも感情を曝け出していたというのに。

旧約聖書・サムエル記 第1章11節

『そして誓いを立てて言った、"万軍の(ヤハウェ)よ、まことに、はしための悩みをかえりみ、わたしを覚え、はしためを忘れずに、はしために男の子を賜わりますなら、わたしはその子を一生のあいだ主にささげ、かみそりをその頭にあてません。"』

第1章19節

『彼らは朝早く起きて、(ヤハウェ)の前に礼拝し、そして、ラマにある家に帰って行った。エルカナは妻ハンナを知り、主が彼女を顧みられたので、』

第1章20節

『彼女はみごもり、その時が巡ってきて、男の子を産み、"わたしがこの子を(ヤハウェ)に求めたからだ"といって、その名をサムエルと名づけた。』

 

「それに、私如きがそのような考えをするのは不敬。永琳様もそのように宣うでしょう」

「......いいえ、比売大神はそのようなコトを仰るお方ではないと思います!」

 

母親の言葉とはいえ、早苗は不服で、さっきの言葉遣いを遠回しに注意されているようで、居心地が悪そうになった。多分、藍は娘の発言を意識して言ったワケではないだろうけど、娘にはそう聞こえたのかもしれん。

しかしあの××が、ソレを言うだろうか。言わなさそうだが……まだ月の都が地上にあった頃も、それなりに礼節を重んじる部分もあるにはあったよ。結構さばさばしてる時もあったが、そこまで上下関係が厳しくはなかったな。もちろん当時の都にだって法もあったし、なんだコイツと思われてしまう言動もあったけど。当時の永琳の場合、そこまで気にした様子はなかったなー。

特に藍はオレと永琳を無謬化しすぎなきらいがある。あの時のオレ達は人間だったが、今の永琳は忘却(知恵)の女神だ。そもそも藍は微妙に説明しにくい立場にあり、一応巫女であるとはいえ、我らと同じ神でもある。ココまで尽くしてくれるのはありがたいが、その分報われてほしいのが本音だ。

 

旧約聖書・エレミヤ書 14章19節

あなた()はまったくユダを捨てられたのですか。あなたの心はシオンをきらわれるのですか。』

15章1節

『主はわたしに言われた、"たといモーセとサムエルとがわたしの前に立っても、わたしの心はこの民を顧みない。彼らをわたしの前から追い出し、ここを去らせよ。"』

15章5節

『"エルサレムよ、だれがあなたをあわれむであろうか。だれがあなたのために嘆くであろうか。だれがふり返って、あなたの安否を問うであろうか。"』

15章6節

『主は言われる、"あなたはわたしを捨てた。そしてますます退いて行く。それゆえ、わたしは手を伸べてあなたを滅ぼした。わたしはあわれむことには飽きた。"』

16章11節

『あなたは彼らに答えなければならない、"(ヤハウェ)は仰せられる、それはあなたがたの先祖がわたしを捨てて他の神々に従い、これに仕え、これを拝し、またわたし(ヤハウェ)を捨て、わたしの律法を守らなかったからである。"』

 

「藍。巫女をやめて好きに生きなさ――」

「いやです」

「……え」

 

命令すれば言う事を聞くだろうと、そんなふうに考えていた時期がオレにもありました。

でも、まだ喋り終えてないのに、拒絶の言葉が即答で返された。しかも普段は感情の起伏が乏しく、全く抑揚がない、あの藍が、切羽詰まった声を被せて、だ。オレは面喰ってしまい、一弾指、言葉が出なかった。だから一番気になったところを聞いた。

 

「そ、そこは従わないのか」

「いやです。例え永琳様でも、それだけは従えません」

 

表情が変わってないけど、どことなく本気で拒否してるように観えたので、しつこくしてもアレだし、この話はやめるコトにしよう。他の話題でもしようとしたが、思考が止まった。

……だがちょっと待ってほしい。そもそもオレって、なんのためにココへ会いに来たのかを思い出そうと記憶を遡る。本来、もう少し我儘を言えと伝えに来たのではない。好きに生きろと言うためではない。そう、釣った魚を捌いて貰うために居間へ来たんじゃないか。なんてコトだ、ソレが頭から抜け落ちてたなんて、もしかしなくても耄碌おじいちゃんかな? 年は取りたくないモノである。

 

「言い忘れてたんだが、さっき魚を釣ってきたんだ。時間があるときでいいから捌いてくれ」

「そうでしたか。では今からしておきます。傷んでからでは遅いですから」

「急いでないから別に後でもいい」

「ダメです。今するといったらします」

 

オレの静止も虚しく、藍は膝の上にいた早苗にどいて貰い、立ち上がってまずは玄関に置いてある魚を回収しに行った。本当は、レティの専用寝床と化してる冷凍倉庫に放り込んでおけば、魚が傷むことも腐ることもないと考えたが、匂いが移るからやめておこう。

余計なことを言わなければ、藍に読んでもらえただろうが、取り残されてしょんぼりしている早苗を観て、居た堪れなくなった。調理が終わるのはまだまだかかるだろう。

ヒマだから白蓮と命蓮、幽々子と遊ぼうかな。

 

「氏子たちと遊びに行くが、一緒に来るか」

「行きます!」

 

満点の笑みで頷いた娘は、右手をオレの左手と繋ぎ、引っ張るように玄関に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新約聖書・ヨハネによる福音書 第8章37節

わたし(イエス)は、あなたがた(ユダヤ人)がアブラハムの子孫であることを知っている。それだのに、あなたがたはわたし(イエス)を殺そうとしている。わたしの言葉が、あなたがたのうちに根をおろしていないからである。』

新約聖書・マタイによる福音書 第22章32節

『"わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である"と書いてある。神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神である。』

 

「この国って本当に垂拱之化よねぇ......」

 

魔女たちと交流を深めていたら、あっという間に黄昏時。地獄に帰りたいが、月のお姫様から言伝を承っている。ソレを忘れてはいけない。面倒だけど、行かなくてはいけないだろう。今の私は、ギリシア神話の女神ではなく、××神話の女神なのだから。ただ、どこで会うのかを明確には聞かされてない。あのお姫様が言うには、霎時待ってたらいい、と聞かされているから、それまで好きにしよう。

 

「......」

 

花一時人一盛り。昔、××神話がまだ輝いてたとき、雷神の妻1柱と1人、もう数柱・数人が余計なコトをして、その神話が消えた。特に忘却(知恵)の女神と白澤が関与してる。でも......この惑星は地球。地球だ。別の世界なんてものじゃなければ、一炊之夢などでは、決してない。

だけど、美人・可愛い女性だけが好きな雷神を観て、たまに想起する時がある。

ソレは、××神話の民族が......どこにいるのか、どこの民族に吸収されてるのか、という疑問。

ある民族が別の民族に吸収された、という話は、旧約聖書や古代ローマでも実際にあったように、日本も例外じゃない。

記憶を無くす前のカレなら知っていただろう。思考に釣られるように視線を動かしたら、××神話の最高神とされる男は、自身の血を引く子孫、神裔の少女と血・民族について語り合っていた。

 

「純血は大事なの?」

「もちろん」

「血筋は尊いの?」

「前提として必要だ」

「そうなんだ」

「そうなんです」

 

よく飽きないね。何度そう繰り返して思っただろうか。それほどまでにあの少女達...というより、あの民族と氏子が大事なのだろう。愛しているのだろう。手放したくないのだろう。

月の頭脳の手により、××神話が無くなって......元の形には、もう...戻らないけれど。それでも、アレだけは、あの光景だけは、まだ××神話があった世界の時から、変わってない。

 

「将来的に白蓮はこの諏訪国を治め、命蓮はその補佐。この子(早苗)には救世主(預言者)になってもらう」

「よく判んないけど氏神様と一緒にいられるなら従いまーす!」

「だからそんな口の利き方は――」

「救世主より神託する預言者の巫女(シビュラ)の方がいいと愚考します。神勅も可」

「おじさん、そんなことよりもっと甘いモノ食べたいよ」

「いや幽々子ちゃんにも役目があるんだから、食べてばかりいないで少しは聞いてくれ」

 

食傷気味な一端を垣間見て、物思いにふけていたら、急に神聖さが練り込んだ突風が吹き、我にかえる。

カレの神社にある西行妖の前で、××神話の最高神の血を引く氏子3人、白蓮、命蓮、早苗...だったかな。天皇の血を引く少女、確か幽々子という名の少女と合流して話し込んでいた。その内容は、神話やお家のお勉強だけど。この子たちって寿命がなくて南山之寿らしいから、蛍雪之功は大事よねん。

白蓮という少女はカレにべたべたし、ソレを諫める妹の命蓮。幽々子は西行妖から伸びてきている枝がハンモックになってて、そこで寛ぎながら甘いモノを食べ、現人神の早苗は、いきなり吹いて来た突風に嫌気が差したのか定かではないが、新約聖書のイエス・キリストのように、"静まれ"と一言発し、奇蹟を起こしてソレを止ませていた。蓬莱山幼稚園かな? ちょーっとユニークな子が多すぎでしょ。しかもカレの周りをうろちょろする巻物らしきモノが浮遊している。

ただ今の突風は、××神話の神奈子という海神・風神の女神が、どうにかしてカレを殺そうとしたんだろうけど。

まるでテーマパークで遊んでるかのような子供たちから質問攻めにあっていた元至高神は、一段落したのか水を向けてきた。

 

「魔女たちとは折り合いをつけられそうか」

「んー。大丈夫だと思うよ。みんな逆らわず素直だったから」

「ならばよい。後は託したぞ」

「オッケー。託されましょう」

 

お互い座ったまま、バトンを引き継がせるように、ハイタッチした。思えば、各神話を転々としてきたものだ。最初はあの神話、次はギリシア神話、その次は××神話および日本神話。ここまで色んな神話に取り込まれた神って、そうそういないんじゃないかな。

 

「それで純狐だが――」

 

私が魔女たちを譲渡されたみたいに、彼女にも何か従わせるのか。ソレを問う前に、すぐ隣で空間に亀裂が入ったが、捻じ曲がりながらソレは回転し続けると、ソコに大きな穴があいた。すると奥から、莫逆の友の純狐が子供を抱きながらも、しなやかに歩いてきた。アレはカラビヤウ空間。

カレは唖然として、裂け目が閉じると同時に、彼女は言を発する。

 

「御呼びでしょうか」

「……反応早すぎだろ」

「天帝に求められたら、すぐに応えられるようにしていますから」

「じゃあ今すぐ抱かせろ」

「はい。へカーティア、この子をお願い」

「ほいきた、私に任せなさい」

「待て、なんでそうなる。そこはもっと嫌がるところだろ!」

 

私の友人にとって最も大事な、宝物である子供が壊れないよう大切に受け取り、彼女は服に手をかける。だがカレはソレを阻止すべく、危ないから白蓮に離れてもらうと、彼女の両手を抑え、鬩ぎ合いになった。力はなぜか互角、純狐はソコまで抱かれたいのか、それとも、カレが欲望に流されそうなだけで弱体化してるのか。いずれにせよ、両者ともに動きの変化は観られない、白熱の試合である。子供を抱いてるから無理だけど、あまりのおかしさに笑い転げてしまいそうだ。

カレの氏子たちと幽々子は、この状況でもマイペースに過ごしている。将来大物になるかもねん。伐性之斧にならなければいいなぁ。杞憂であってほしい。

月で争っていた私たちが、こんなにも変わった。私とは違い、昔の記憶が消えてる純狐なら、なおさら驚いてるかもしれない。まぁ私の場合に限っては、昔からこうなるコトが決まってた部分もある。だけど、純狐というモノが××神話に加わるのは、予想外だった。

殷鑑遠からず。仕方ない。ココは妻として、友人に嘘つくのは忍びないけど、他に方法もないし、後で私が怒られたらいいだけ。カレに助け舟を出してあげよう。

 

「純狐、あそこに嫦娥がいるわよん」

「なんだと!?」

 

脱衣を即座にやめた彼女は、背から紫色の7本のオーラみたいなのを出し、親の仇......子供の仇でも見つけたかのように、辺りを探して視界に入ったモノ全てを呪いにかけそうなほどだった。カレは一度だけほっとしたが、片手をおでこに当てて頭が痛そうにしている。

この場には、日本神話・××神話、中国神話、ギリシア神話がいるが、日本神話の場合は、大王(天皇)を中心に動いている。ソレはギリシア神話に出てくる古代ギリシア人や、中国神話の古代中国人だって同じコト。

まだ××神話があった時の世界。あの雷神が最初に娶った妻、月の頭脳と称された、智慧(忘却)の女神に言われて、私達は、忘却の水を......λήθη,(レーテー)を飲むこととなった。

だけどソレは......もう終わり。

 

外典・マカバイ記

『――王は領内の全域に、すべての人々が一つの民族となるために、おのおの自分の慣習を捨てるよう、勅令を発した。そこで異邦人たちは皆、王の命令に従った。』

 

「おかしいな。回帰したなら瞋恚は無くなっているハズなのだが……」

「氏神様、大丈夫ー?」

「邪魔しちゃダメだってば」

「よく判りませんが奇蹟があればなんとかなります! 私に任せてください!」

 

カレは原因を考えることに没頭し始める。暴走してる彼女を止める気がないと言うより、寧ろ純狐があそこまで反応してしまう原因を探っていた。心配になったのか、白蓮が話しかけて命蓮がソレを苦言を呈し鬩牆。ハンモックに乗ってる幽々子はいつのまにか寝てて、早苗は奇跡を起こそうとしていたりしなかったり。濃すぎ、色んな意味で濃すぎだよ。

ただ、私が原因とはいえ、コレはマズいよね。どうやって彼女を止めよう。今までは月の都へ嫌がらせして解消させてたけど、今となってはソレが出来ない。そんなコトしたらまた殺されちゃう。

どれだけ探しても目的の人物を観つけられなかったみたいで、純狐は振り返って私に直接聞いて来た。

 

「へカーティア、嫦娥はどこですか? 早くアレを始末しなくては、天帝が危険です」

「あ、そっちね。だからそこまで過剰に反応してるんだ。とはいえ無所不用其極にも限度が......」

 

「あの女はダメ。何れ天帝を脅かすナニかの企みがあるでしょう。アレは私達とは根本的に違う。アレは神話時代からいつもそうだ、必ず裏切る。本来なら××神話に引き入れるべきではない」

 

「心配し過ぎな気もするけど、ダレカさんが軽諾寡信で嫦娥を娶ったからねー」

 

さっきの彼女を観たら、恨みで動いていると感じていただろう。でも、実際はカレのためだったらしい。うーん、ここまで気に入られるなんて、それほどまでに恩を感じてるんだねぇ。でも彼女の子供が殺されてから3000年以上は経ってるから、あれから肉親は自分だけで、私とは友人でも、やっぱり埋めきれない溝はあった。だから、ぽっかりと空いた時間を、子供と一緒にいて埋めたいんだろう。

ちらっとカレを観ると、皮肉を込めた発言に、今にも喀血しそうな表情になった。迂闊に娶ったコトについて気にしてたみたい。これ以上は酷だから、慰めるようにカレの背中を摩ってあげる。

 

「大丈夫、大丈夫よ。何か起きても、彼女が守ってくれるわよ。(多分)......」

「そこはあんまり心配してない。頼りにしてるぞ純狐」

「安心してください、あんなヤツ私が始末してみせます」

「それはそれで困る。あんなのでも退っ引きならぬ事情があってだな……」

 

ギリシア神話は古代ギリシア人が、ローマ神話には、古代ローマ(ラテン人・エトルリア人)民族を基盤としている。ソレはシュメール神話、エジプト神話、ヘブライ神話、中国神話、他の神話も、その民族を中心としているのは例外じゃない。古代イスラエル人以外の民族が登場するヘブライ神話みたいに、実際のギリシア神話とローマ神話では、古代ギリシア人・古代ローマ人以外の民族、異民族も普通に出てくるけどね。

旧約聖書・エクソダス(出エジプト記) 第3章15節

『神はまたモーセに言われた、イスラエルの人々にこう言いなさい"あなたがたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である主が、わたしをあなたがたのところへつかわされましたと。これは永遠にわたしの名、これは世々のわたしの呼び名である。"』

 

「大変お待たせしました。早速ですが、比賣大神はこの先でお待ちです」

 

カレの背中を摩っていたら、女性の声が耳に入る。目の前には縦線のようなモノが浮かび上がってて切れ目の両端はリボンで縛られており、ソレはまるで空間を閉めているかのようだったが、ファスナーを下ろされるかのように少しずつ開いていき、最後まで下ろし終えたソコには、無数の目玉がこちらを凝視していた。この中に入ればいいのだろうか、ソレは少々ハードルが高過ぎではないだろうか。

カレを一瞥しても、後は任せるとばかりに、目の前にあるモノへは一切反応せず、純狐を抑えに行った。私も神話時代に色んな経験してたとはいえ、この中に入るのは聊か気後れしてしまう。

 

ええい、おんなは度胸。思い切って上半身だけを入れると、中は不気味の一言に尽きる。とりあえず目玉しかなかった。コレに入るのは嫌だけど、忘却の女神に会わなきゃいけないし、文句は言ってられない。でも、このまま全身を入れようとしたその時、カレの驚く声が聞こえて、動きが止まってしまった。

 

「来ちゃった」

「うげ。なぜこのタイミングで来るんだ青娥!」

「面白そうだったので」

「き、貴様、まさか気が触れたか。今の状況は説明するまでもないハズだぞ」

「はい」

「お前を娶ったのもコレを防ぐためだったのはお前が一番知ってるだろ!」

「先程から眺めてましたが、爺々のお蔭で随分変わった様子。今ならしこりの解消が出来ます」

「……憑き物がついてるあれでか」

「いいえ。子供が戻り、回帰した時点で憑き物は落ちてます。彼女は爺々に首ったけなんですよ。荒々しくなっているのはソレが原因でしょう。少し......妬けますわねぇ」

 

「ハハハ......ハーハッハッハッ!! 苦節3000年、この時をどれほど待ち侘びたコトだろうか。やっと相見えた。会いたかったぞッ! 嫦娥ァァァァァ!!!」

「私は然程ではありませんが、まずはお互い××神話になった事と再会を祝しましょう」

「ふざけるなこの婊子。お前の存在はいつか天帝の邪魔になる、さっさと消えろッ!」

「爺々は清濁併せ呑むお方。潔癖すぎるのも考え物だと思います。それに、易姓革命思想は古い」

 

観なくてもどんな状況か、この後どのような光景になるのかは、容易に想像できる。

突然ダレカに引っ張られ、バランスを崩して足元がふらつきながらも、なんとか体勢を整えて、向こうの様子を確認しようと、上体をひねって後方を観るが、既にその穴は閉じられていた。残念だ、観たかったのに。

 

「なんてこと......あんなにも面白そうな出来事、他に類を見ない場面だったのにッ!」

 

カレが青娥......嫦娥を娶ったのは今回で初めてなハズ。記憶がないから間違いない。なのにその貴重なシーンを眼に焼き付けるコトが、私には出来なかった。

これ以上は無駄だと悟り、奥へ進む。しかしココには何もない、あるとすれば今も私を視姦してる無数の目玉くらいだろう。あの女神はどこにいるのか、いないなら帰った方がいいかと次元を裂こうとすると、手が止まった。いつの間にか魔方陣が足元にあったからだ。

さっきまでは無かったのに、ソレはかそけき光を放っていた。こんな薄暗い空間を、緩徐と明るくなっていき、全てを照らし浄化するような後光を燦然と差していくと、光をあらわす。ソコからナニかが出て来た。彼女だろうか、顔を観ようとしたが、いくらなんでも眩しすぎるので目視はできない。

やっぱり彼女と会いたくない、出来るならこのまま帰りたい。後で面倒になるからムリだけど。

徐々に光が弱まっていくと、その人物は露わになる。

銀髪で後ろ髪を三つ編みにし、一度見たら忘れることはない服を着てる女神は、 艶笑した。

 

「――諏訪国へようこそ。元ギリシア神話の女神さま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回で室町時代

どうでもいいかもしれませんけど、弘天の弘は弘法大師のモノですが、弘天が仏の教えを守らないモノを必要以上に嫌悪しているのは、主に『承和遺誡』と『弘仁遺誡』の影響が大きいです。
つまり空海の思想がかなり混じってます。
そうは言っても、あの空海は仏の教え以上のモノを日本に持ち込んでますけど。

儒教についても弘天の天である菅原道真が理由です。

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