蓬莱山家に産まれた   作:お腹減った

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νυκτερινὸς σύλλογος
Ἑκάτη, Καλλιστώ


これは、奴隷の鈴仙を使うと提案し、それが受理された後の事だ。グダグダ会議を終え、通信指令室兼、作戦司令部にある大きなディスプレイに映る月の都、その内部で日本神話の宇宙樹に吸い尽くされたり、植物状態に成っていく様子を、みんなで料理食べたり、お菓子食べたりして観てる。

上層部の動きをる~ことや、玉兎固有の能力である玉兎同士ならばどんな距離でも、リアルタイムの会話が可能。だから玉兎の鈴仙を使って、情報管理の閑職をしている鈴瑚という玉兎と会話してもらい、月の都と月の民の様子や、月の上層部について逐一報告を受けながら好き勝手に駄弁って、魅魔に話しかけた。

 

「――なあ魅魔」

「んー。なによ」

 

話しかけられた魅魔は口に入ってた料理を噛んで呑み込み、手を止めた。る~ことが作った料理を食いながら、この場にいる魅魔に俺が話かけたのは、純狐という中国神話の女神について、純狐という存在がどういう存在だったかを思い出したからだ。そこで、なんで魅魔に話しかけたかと言えば、一言で言うと彼女、純狐が、魅魔や俺と似てるのだ。

 

「厳密に言えば違うが。純狐は俺と魅魔、日本でいう平将門や菅原道真に酷似してる。かと言って俺、魅魔、純狐は怨霊の類ではない。だが、純狐は俺達に近い存在だ」

 

「そうね。まあ似てるだけで私達と同じではないけど」

 

魅魔と話していたら、横からくるみが私にいい考えがある。と、いい案が浮かんだばかりな表情で、椅子に座ったまま背中から生えてる翼が無駄に動かしながら言うが、それは妙案と思った。

まあ純狐を娶るけど、儒教の教えの一つには、貞婦不見両夫という教えがある。これは貞節、つまり一度結婚して夫婦になった場合、夫が亡くなって未亡人になっても、未亡人になった女性は、亡き夫に操を立てて再び夫を持ってはいけないという教えだ。だが純狐は中国神話の女神だし、問題ないだろう。そもそも俺、神だから、儒教の教えなんぞに従う理由は無い。しかし純狐が中国神話の女神と言っても、生まれが方が特殊なので、厳密に言えば違うんだなこれが。

 

「でもねでもねー。純狐って夫に実の子供を殺されたから、夫と夫の関係者を恨んでるって青娥から聞いたの。じゃあその子供を蘇生させたら丸く収まると思うの」

 

「あ、その手段があるのを失念してたな。その辺はサリエル、任せた。後で、セクサロイド達にも手伝わせる」

「判りました」

 

魂や人格は冥界から連れ戻せばいいし、神話に出てくる道具、死者を蘇生する為の道具は、物部氏の物部布都が既に持っている。よく死者を蘇生するには遺体や遺骨などが必要と言われるが、そんな事はない。少し時間は掛かるが、そんなモノなくても死者の蘇生は出来る。まあ簡単に言えば、肉体を無から有に創るみたいな感じだ。肉体という器さえあれば、後はこっちのもんだ。

 

「だが、もしも。仮に戦う状況下になった時を想定するならばだ。ゼウスみたいにさ、俺も自分に枷や軛を付けてたが、純狐やへカーティアが出てくる場合、流石にそうも言ってられんよな」

 

それを言ったら、魅魔や好き勝手に駄弁っていた神綺達の手が止まり、みんなの視線が俺に向けられる。絶句したり、幻月と夢月は吃驚して気管に入ったのか二人同時にむせたり、くるみは持っていた箸やコップを落とし、床に落ちたコップは割れ、今の割れた音で、動きや思考が止まっていた女神たちはやっと事態を飲み込み、魅魔は戸惑いつつもまた喋り出す。

 

「大国主の封印はダメだけど、弘天のならいいんじゃない? それに純狐はともかくへカーティアはもう恨んでないでしょう。そもそも彼女は、元々ギリシャ神話の女神じゃないからねぇ」

 

「じゃあ、お前達はどう思う。純狐の子供を蘇生するか、俺の枷や軛を解くか。二つの案が出たけど、反対意見やプロテストの建議はあるか」

 

…この会議室にいる青娥(嫦娥)に軽く視線を向けると、青娥は視線に気づいて、俺に秋波を送ってきた。蓬莱山に住む神仏ということわざがある、蓬莱山の名がある俺に該当するのが華扇、青娥なのだ。純狐が、嫦娥(青娥)みたいにただの中国神話の女神なら、俺が知ってる中国神話、その全ての知識をフル活用して対処したり、運が良ければ倒して服従させたり、青娥に関する記憶だけを消して、消した記憶を別の記憶にすり替える事もして、何とかする事も出来た。だが、まさか、俺と魅魔に似た様なモノが出てくるとは思わなかった。これでは俺の中国神話の知識が使えない。青娥が言うに今の純狐は仙霊に近くて、更には純狐の能力が純化する能力らしい。この会議室にいる玉兎の鈴仙や、中国神話の月の女神、青娥から聞いた情報の中、想定しうる中で最悪の報告だ! まあ、想定した上で、起こりうる中での最悪の事態だったから、まだやりようはある。

 

「…なんでそうなるの。別に槐安の夢じゃないわ、両方とも可決にすればいいでしょう」

 

「俺一人なら桎梏を無くすが、一人じゃないからな。それに、純狐の実子を蘇生して、その実子を純狐に会わせても無駄かもしれん。だからこれは、否応にも戦わざるを得なくなったらの話だ」

 

天井で漂っているドレミー・スイートが、困惑気味で珍しく苦言を呈したので、俺も顔を上げてドレミーに言う。まだ他の者達に言いたい事はないかと聞こうとしたが、その続きは神綺が椅子から立ち上がり、テーブルに勢いよく両手を置くと、静まり返っていたこの場でけたたましい轟音が響いたので、遮られて喋る事が出来なかった。音が鳴り止むと、俯いていた神綺は顔を上げ、それに続いてサリエルが言う。

 

「これは嬉し涙よ…! 大旱の雲霓を望むがごとし…縷々たる回帰をし、やっと、この時が来た…私達にとって垂涎の的だった、ひろの枷や軛…桎梏を無くせるこの日を…絶えず待ち望んでた...」

 

「本来、永琳に頼んで、弘君が死なないようにも出来ました。ですが弘君は、それはイヤだ。と、かつて言い、私達はそれ以上言えませんでしたが…」

 

今まで回帰した分の溜まっていた水が溢れ、今の言葉で支えていたダムが決壊されてか、神綺は目の端から止まることなく、滂沱の如く流れ、サリエルはハンカチを取り出して泣いていた神綺の涙を拭い、糸目で苦笑して話す。本当は神綺の近くで控えていた夢子がしそうだったけど、メイドとして、そこはサリエルを察し、何もしなかったのかもしれない。

隣にいた永琳が俺の袖を掴んで引っ張られたから、顔を永琳に向けると、遅いと。そう訴えかけているように視線が鋭かった。だが、声色はとても穏やかで、聞いてたら安心して眠くなりそうだ。

 

「遅い、遅すぎるわ。弘が2回も死ぬ前に、私はその言葉を聞きたかった…」

 

内心怒ってるのか、永琳は顔をしかめている。射るような視線だけで永琳がなにを言いたいのか判ってたのに、我慢できなかったのか口にしたようだ。くるみは落としたコップの破片を右手で拾い、拾った破片を左手の上に置いて集めている。吸血鬼の始祖であるくるみは、ガラスの破片では掠り傷一つ付かない事知ってても、る~ことがそんな事は自分が代わりにしますと言ったが、片膝付けたまま今も破片を拾っているくるみが、る~ことに掌を向けて制した。くるみがどんな表情してるかは、俯いたりテーブルが邪魔してるのが重なり、観えない。

 

「刎頸の交わりをした、曽ての私達は決めたの。どんなに徒爾で末梢的な、眇眇たる事でも、出来るだけみんなで行動して、考えて、天君と一緒にいようね……。そう、決めたの」

 

「イヤだったけど。殺され、回帰しても記憶が欠落したままで、更には自分に枷を付けたままだった王を、支えようってね」

 

「私や夢月は面倒だったけど一蓮托生だから仕方ないわ。あーやだやだ」

 

くるみや夢月はともかく、幻月はスゴイ嫌そうな表情で肩をすくめ、溜息を吐いて首を数回横に振った。しかし、魅魔が腕を組んでニヤニヤしながら幻月の昔の事を指摘すると、幻月が怒り、夢月はそれに便乗した。ただ、幻月と夢月の間に座るユウゲンマガンは、今も料理を黙々と食べている。

 

「よく言うわよ。弘天が初めて殺された時、幻月と夢月が一番発狂してたじゃない」

「それは言わないでって言ったでしょこの悪霊!」

「そうだそうだー! このサキュバスー!」

「サキュバスはともかく誰が悪霊よ! 私をそんなありふれた存在と一緒にしないでほしいわね!」

 

魅魔と幻月を筆頭に、派閥が分かれて弾幕が展開される。しかも幻月が極太レーザーを放ったり、魅魔も負けじとボムで相殺させたりして、この会議室の天井は崩れ、壁は破壊され、床に穴が開いたりして、まるでビデオ動画を早送り再生していくみたいに、会議室はどんどん廃墟と化してきている。まあ、こんな大惨事はいつもの事なので、俺達は気にせず話を続け、隣にいた永琳が、テーブルの上に置いている俺の右手に、左手を置いて、重ねてから言い、サリエルと神綺も永琳に続いて言った。

 

「全盛期には回帰しない弘に言っても、既に已んぬる哉と慮り、私達は述懐、吐露しなかった」

 

「だからこそ、××神話の私達は、自分に桎梏を付け、世界に瞞着していた弘君に具申します」

 

「ひろが、自分から枷や軛を無くす。そう述べる事を翹望していた私達に、異議はないわ!」

 

 

 

 

 

まだ会議をしていた時の事を思い出しながら、俺は境内で同じ場所をぐるぐる歩いていた。考え事をしないと不安だったんだ。

龍神が言った通りになった。諏訪国に帰ってきたのはいいが、うろうろと忙しなく周りを歩いて落ち着こうとしていた。諏訪国に帰って来た時、既に依姫が陣痛の痛みを訴え出していて、その場にいたパチュリー、レイラ、エレンなどの魔女達が、倒れた依姫を急いで神社に搬送したのだ。今は蔵の地下の研究施設にいる永琳が、付きっきりで依姫を看ている。永琳の補佐や助手として、てゐや鈴仙も永琳と一緒だ。

 

「弘さんが動き回っても、依姫が早く産む訳じゃないんです。だから落ち着いて下さい」

「そう、だな。しかしな豊姫、そうは言ってもやっぱり」

 

なので俺は傍から見たら鬱陶しいぐらい動き回ってるんだが、一向に落ち着かなかった。依姫が赤ん坊を産むのは昔から何度も観て来たし、藍が早苗を産んだ同様、今まで問題は無かった。例えば平成時代では赤ん坊を産んで、妊婦が死ぬ確率は昔と比べると低くなったが、あくまで低くなっただけだ。全く、一人も死んで無い訳じゃない。それに昔は赤ん坊を産む出産が命懸けの行為だった。赤ん坊を産んで、出産して死んだ女性は、歴史的に観ればごまんといるんだ。

本来は、永琳がいる。だから痛みを無くして産む事も出来るが、痛みを無くして出産など何の為に孕んだのか判らない。と言われて依姫に拒否されたし、永琳も依姫と同じ気持ちだったのか、それをする気はなかったようだ。

 

「…私や八意様より先に孕んだのは気に入りませんが、いずれ私や八意様も産むんです。ですから、狼狽えないで下さい。私と八意様が出産する時、赤ん坊より弘さんの事が心配になります」

 

今は西行妖が咲き乱れる境内で、依姫が出産を終えるまでの間、悠長に豊姫と一緒に待っていた。依姫が出産するから身内を呼ばねば、と思い。龍神に頼んで姉の豊姫を呼んで来てもらったのだ。目の前にいる豊姫は座って西行妖に背を預けて藍に淹れてもらった緑茶を飲んで、現在の季節は秋なのに、咲き乱れる西行妖の、散りゆく桜を観ながら安らぎ、俺とは違い落ち着いてる。

 

「弘さん」

 

穏和で、柔らかい声で俺を落ち着かせるように名を呼び、今もうろうろしていた俺は止まり、豊姫の方を見ると、能力を使用したのか、いつの間にか俺の身近に立っていた。豊姫は両腕を動かし、俺の両頬に両手を当てて、お互いの視線がぶつかり、豊姫は黙ったまま俺の瞳の奥を覗き込むように、なにかを探るように、ただじっと、注視している。だが、成果は得られなかったのか、俺の瞳の注視をやめて、豊姫の方から触れ合うだけの口吸いをされた。キスだけで終わると思ったんだが、豊姫は俺より背が低いので踵を上げ、つま先立ちをし、背伸びをしながらも、自分のおでこを俺のおでこに当て、両目を瞑る。

 

「私と依姫は、弘さんのモノなんです。私は、弘さんを愛しています。それは、依姫も同じです。だから、躊躇ったりしないで下さい。私達が好きなヒトは、いつも自分勝手なヒトですから」

 

そう言い、笑顔になった豊姫は、とても美しかった。なんというか、さっきまで話していた豊姫と違い、その時だけ蠱惑的だったんだ。豊姫はおでこを当てるのをやめ、俺の両頬から両手を離し、能力を使って一瞬に西行妖の下にワープし、また腰を下ろして西行妖に背を預け、どこから持って来たのか、豊姫の右手には白いお皿に乗っている三色団子やいちご大福があり、その皿を太ももの上に乗せ、まずは三色団子の棒を掴み、そのまま団子を口に含んで頬張りつつ、左手に持っている湯呑には、湯気が出てるほど熱い緑茶を飲み始めた。豊姫の能力便利だなー。

こんな呑気に、俺は豊姫と一緒にいるが。依姫が赤ん坊を産み、月に帰った時点で、豊姫と依姫とは、お互い敵になる。多分、豊姫と依姫が月の都に帰って、月の民の惨状を見た時、始まるだろう。だからこれが最後。こうやって普通に会話して、普通に一緒にいて、普通に、心配するのは。豊姫と依姫を殺す気はないが、俺は生半可な気持ちで、月の民を皆殺しにする訳じゃないんだ。

 

豊姫のお蔭で落ち着いた俺は、ご相伴に預かろうと思い、西行妖に背を預けながら三色団子を食べている豊姫の隣に座り、豊姫から三色団子を一本貰う。俺が三色団子を口に入れて食べ始めると、視点が定まってるようで、定まっていない豊姫を隣で見ていた俺は、ノスタルジックに浸っているのかと思い、右手で豊姫の右肩を掴み、湯呑に入っている緑茶が零れないように、手繰り寄せた。

 

「懐かしいですね…。憶えていますか弘さん、仕事を抜けて団子屋で過ごした、あの一時を」

 

「確かあの時は、豊姫と依姫を補佐役として師匠が推してきたな。依姫が俺の監視役だった最初の頃は上手く撒けてたんだが、途中で依姫がコツを覚えたのせいか、殆どサボれなかった」

 

「ありましたね。依姫も最初は流されて一緒に仕事を怠けてましたが、途中からは真面目な妹になってしまい、私も仕事を抜けたり出来なくて、怠けられませんでした…」

 

豊姫は片手で口元を隠し、クスクス笑った。思い出話をして豊姫と過去の思い出話で感傷に浸って、あの時は楽しかったと思う気持ちはある。しかしあの時が一番良かったなどとは思わない。俺は、過去の思い出を大事に残すが、過去に縋る気はない。あの時はあの時だ。あの時が一番良かったなどと思ってしまったら、それは今を否定する事と何ら変わらない。どんなに綺麗な思い出でも、それはあの時だけだ。戻りたいなんて、思いたくないし、そう思ってしまったら、今までした事が、全て白紙になる気がする。

 

豊姫とぼけーっとし、序でに豊姫の胸を、豊姫が着ている服の中に入れた右手で直に揉みながら、左手にある三色団子を食べていると、ここから観える神社の裏の蔵の木製扉が開かれてたが、蔵の中から出て来たのは、鈴仙だ。西行妖に背を預け、お互いが寄り添い合っている俺達を観た鈴仙は、登山者が山に叫ぶ時のように、口元に両手を添え、俺と豊姫を呼びかける。

 

「弘天様ー! 豊姫様ー! 依姫様は無事に出産を終えて、元気な赤子が産まれましたー!」

 

鈴仙の言葉を聞くに、依姫は峠は超えたようだ。難産ではなく、安産でよかった。

 

「…では行きましょうか弘さん。依姫と、依姫が産んだ赤ん坊の顔を見に」

 

大声が轟いた鈴仙の報告の声が聞こえ、豊姫は右手で持っている白いお皿に乗っている三色団子といちご大福、湯呑を持ったまま立ち上がり、空いた左手でお尻や太ももを払いながら、早歩きで先行して神社の裏にある蔵に向かった。なんだ。やっぱり、豊姫も心配だったんじゃないか。隠すのが相変わらず巧妙だが、詰めが甘いぞ。

 

「豊姫…いや、この場合は乙姫...龜比賣か。丹後風土記や日本書紀に記載されている、かの有名な浦島太郎。日本書紀には蓬莱山と記載され、古事記の場合は、椎根津彦という神に似ている」

 

先行した豊姫が歩く事に、胡坐をかいて西行妖に背を預けている俺とは、距離があいていく。豊姫の背はどんどん小さくなって行き、蔵の扉を左手で、豊姫は開けた。

日本において、竜宮城は海中にあるのが有名だが、中国の場合は島か大陸、または山に竜宮城があると言われ、楼堂は玲瓏だそうだ。日本書紀によれば、浦島太郎がいた元々の時代は、豊受比売をアマテラスの元へ連れて行き、アマテラスと共に豊受比売を祀った第21代天皇 雄略天皇 の時代らしいが。

 

「…日本神話と中国神話。竜宮城と富士山の異名の蓬莱山。龍神と乙姫。道教、仙人、不老不死。そして龜比賣は密接に混じり合い、切っても切れない関係にある。それを切り離すのは無理だ」

 

蓬莱山の俺、乙姫である豊姫。そして水魚の交わりな関係的に言うと、本来真っ先に妊娠すべきなのは、豊姫だったろうが。

豊姫が蔵の中に入って行き、見えなくなるのを確認してから、右手の親指と中指で指パッチンすると、俺の隣にスキマが開き、スキマの中にいる紫と幽香が出て来ず、スキマ内にいたまま話す。スキマ内からはけたたましく、痛いくらいの妖気が漏洩している。人間がこの妖気を浴びたら即死するのではないかというほどギラギラだ。嗚呼…素晴らしい…やっと、この時が来たのだ……。

 

「琉球王国から蝦夷地の妖怪を全て集め。且つ諏訪国にいて、尚且つ戦える妖怪を全て集めたわ。――いつでも出られるよ、お父さん」

 

「では紫と幽香。全ての妖怪を引き連れ、最初は月の都を刺激し、玉兎には手を出さず、月の都にいる月の民から妖怪に攻撃したヤツだけ、あらかた抹殺しろ。幽香、今回は好きに動いていいぞ」

 

「あら残念。私、柵があった方が楽しいのに」

 

スキマ内にルーミアとキクリ、ぬえもいるかどうか紫に聞いたが、ちゃんといるようだ。ぬえはともかく、ルーミアとキクリには戦わせないし、月の民を殺させない。ただ、妖怪たちと一緒に来てもらい、懐かしの月の都を観てもらうだけだ。幽々子も連れて行こうとしたが…やめた。

 

「とはいえ、蘇生が面倒になるから月の民を喰うのは御法度だ。これを破った妖怪は始末しろ」

 

肉体が無くなっても、蘇生できない訳じゃない。ただその場合、蘇生する時に時間が掛かる。それ以上の事はあんまり問題は無いんだが、問題は妖怪が月の民の死体を喰う事が問題なのだ。だから建前として、蘇生の事を話した。傘になっている小傘をくるくる回転させながら、幽香はスキマの中から出て来て上半身を出し、面倒事を自ら買って出る。

 

「お父様。それは私に任せてちょうだい。紫にそれは不向きでしょうし」

「じゃあ幽香に任せる。だが、小傘を連れて行って大丈夫なのか」

「大丈夫! 私には幽香お姉ちゃんがいるからね!」

「もちろんよ。私が小傘を守るわ。お父様と、紫と、私の血がある、実娘ですもの」

 

小傘は傘のままで大丈夫と豪語し、幽香はそれに頷いて傘になっている小傘を愛おしそうに撫でた。不安要素はあるが、傘を常に差している幽香がいるから、大丈夫だろう。まあ紫には向いてない事だったので、幽香に任命した。今回の戦争、作戦が基本的にない。もう本能の赴くまま、好きに暴れてもらう。その方が、妖怪らしくていいだろ。何故ならこの妖怪たちは輝夜の能力で死なないからだ。更には日本神話の宇宙樹を使って、月の都とある程度の月の民は植物状態にある。とはいえ全ての月の民が植物状態な訳ではないんだが、今頃、月の上層部は慌ててるんじゃないかな。だからこそ、今回ばかりは何も指令を下さない。そこは、せっかく頭脳担当の紫がいるので、紫に万事を任せている。船頭多くして船山に上ることになっては、本末転倒だからな。

 

「遅れて俺も行くが、後は頼んだ」

「うん。待ってるね、お父さん」

「だけどお父様が来る頃には、もう終わってるわよ」

 

「それはそれで困るな。…あ、待った待った。行く前にこころを渡してくれ」

「こころ? ちょっと待ってね……。あったよ! 面霊気が!」

「よし、でかした!!」

 

スキマの中にいる紫が何をしてるのかは判らないが、紫に言われて少し待つと、スキマの中から白い手袋を着用されている紫の右手が出て来て、福の神の能面になっている面霊気のこころを受け取った。確かこころは、嬉しいときが福の神の能面になるんだったか。

 

「はいお父さん」

「確かに受け取った。では頼んだぞ」

「ふふん、任せてよ。やっぱり何事も、膳部揃うて箸を取れよね」

 

紫の右手はスキマから出ているが、それ以外はスキマの中にいるから観えない。しかし、おそらく紫は胸を張って答えた。

それを最後に、開いていたスキマは、上半身だけ出ていた幽香がスキマに入ると閉じられ、妖気も消えた。スキマで月にはいかせない。永琳が創り上げた魔方陣で月に行ってもらう事になっている。ただ月と言っても月の都の内部、しかもど真ん中にだ。まあ輝夜の能力で死なない様にしてるから、スキマの中にいた妖怪たちは、不死身みたいなもんだし。

 

「ようこころ」

「うむー。久しぶりに合間見えて、我々は嬉しいぞー」

「そうか。なら暫く一緒にいよう」

 

福の神の能面状態になっているこころを側頭部に貼り付けて、先に行った豊姫の後を追った。

ある人間の女性が神々に認められ、神々の手でその女性を不老不死する話が、神話の中には例外としてある。その内容は、人間の女性を、神の配偶者として娶られ、不老不死を与えられた元人間の女性、あるいはその女性を神にして、神々の序列に加え入れる、という神話だ。まあ、その神話の真逆もあって、女神が人間になる場合もあったりする。人間が神になって神々の序列に加え入れるといっても、その人間のした功績や、女性の場合は容姿が神に見惚れられて、神の手により、その人間を神にしたという神話だ。当たり前だが、誰でもいいと言う訳ではない。ただこういう神話、不老不死や人間を神にする神話、実はギリシャ神話だけではなく、かなり少ないが、他の神話でも、あるにはある。

 

そして、たまに、こんな意味不明な事を言い出す者がいる。

不老不死の人間、あるいは妖怪が、動物の人間と違い不老で長命、しかも妖怪は動物の人間と比べてはるかに強いから、または、妖怪という存在は、永い命と引き換えに成長する事を放棄しているから、セックスをしなかったり、子を残す事を重視しない、と。

それはおかしいのだ。仮に不老不死や妖怪が長命や強いという理由で、子を残す事を重視しないというならば、不老、または不死。不老不死の神がいる神話なんてざらだし、その不老不死の神々がセックスで子供を作る話は結構ある。そもそも寿命という概念がない日本神話の男女神がセックスして、あれだけ子を産んでいるのはおかしいではないか。出雲神話の大国主も180柱以上の子がいるというのに。とはいえ、日本神話の神、またそれ以外の神話でもある事だが、セックス以外で子を生みだす場合もある。それはイザナミが死んだ時と、俺が四季映姫を生み出した事と、やり方は似たようなモノだ。それに、妖怪にだって、ちゃんとした性別があるのはかなりいる。それは鬼、雪女、狐とかが有名だろう。妖怪は霊、精神寄りな存在だから、という話でもこれは変わらない。日本神話の神が人格神とはいえ、日本神話と神道の思想は汎神論やアニミズムの考えだからだ。

 

強い弱いの話ならば、あまりにも強すぎて、世界や地球が何個あっても足らないギリシャ神話や、インド神話の神々は、どうなるんだって話になる。ギリシャ神話の神々やインド神話の神々でも、セックスして子供を作ってるんだぞ。まあ、セックス以外で子を産んでる話は、ギリシャ神話と、インド神話にも多くあるんだが。元からそうだったわけではないが、ギリシャ神話のパンテオンは不老不死なんだ。まあ、これはバナナ型神話の話だな。つまりあのレイプ神のゼウスも、ということだ。そもそもゼウスは不老不死になってるのに、レイプを繰り返してるんだ。ギリシャ神話に出てくる不老不死の女神さえ、色んな男とセックスして子を生んでいる。不老不死でも、肉体的に、精神的に成長しなくても、男だろうが女だろうが、ヤリまくりだというのに。

 

 

神社の裏にある蔵の地下、その研究施設にある大部屋の前に到着した。この大部屋で依姫は赤ん坊を産んだ。この部屋の中には永琳と依姫、豊姫と鈴仙。てゐもいるはずだ。

俺が入ろうとしたら、鈴仙とてゐが大部屋の中から出て来た。てゐはニヤニヤしながら俺に近づき、てゐは右手を閉じて、背が低いから俺の太ももにぐりぐり当ててくる。

 

「祭神様、あんなに綺麗な女性、いつの間に口説き落としたのさ」

「長い時間…ずっと一緒だったから、あんまり憶えてないな」

「そうなの? あの金髪の女神様も祭神様の妻ってお師匠様から聞いてるけど、姉妹らしいね」

「美人女神姉妹だろう。いやー豊姫と依姫を娶れて俺は幸せもんだ」

 

てゐと会話していたら、さっきから俺の顔を観て暗い顔の鈴仙は、青菜に塩のまま目を伏せ、頭を下げて言った。

 

「…弘天様、私は外の空気を吸ってきます」

 

この先に起こる事を、鈴仙は回帰したから思い出してる。だから気を揉んでいるのだろう。てゐも、またねと言いながら、鈴仙の後に続いて、蔵の地下の研究施設から出て行った。

 

自動ドアなので、ドアの前に立つと勝手にドアは勝手に開く。だが、慌てず騒がず慎重に、しかし確実をモットーに、早歩きで入った。部屋の中にはベッドが一つあり、ベッドの上に座ったまま、依姫は産んだ赤ん坊を割れ物でも扱うかのように、両手で大事に支えて、持っている。俺が入っていたことに気付いていた依姫は、俺に視線を向けて微笑んだ。

 

既視感…デジャヴュだ、この薬品臭い匂いも、真っ白な部屋も、殆ど同じだ。あの時は、俺が赤ん坊だった。そこで父さんが急いで母さんの元へ来て、走っていたのか息切れもしていた。あの時、赤ん坊だった俺は、自我を持っていたが、今の俺は父さんと同じ視点で、同じ立場にいる。なんか、変な感じだ。しかも今回が初めての体験じゃないのに、ジャメビュすら感じる。いくら回帰しても、これだけは、やはり慣れない。

依姫はいつもの服、シャツのようなモノの上に、右肩側だけ肩紐があり、赤いサロペットスカートの服装じゃない。今の依姫は、病院着を着ていた。お腹もぺたんとへこんでいる。

いやー確か赤ん坊を産んだ後のお腹って、実は暫く膨らんだままだと聞いた事あるけど、もしかしたら永琳が処置を施したんだろうか。まるで妊娠する前の依姫に戻っていた。豊姫は簡素な椅子に座り、永琳は白衣を着たまま少し離れたところに立って、豊姫と依姫、綿月姉妹の邪魔をしないようにしている。俺は永琳に瞥見をしてから依姫の傍に行って、赤ん坊を産んだ依姫には、第一声をなんて言えばいいのか悩み、豊姫に聞いた。

 

「まずはお疲れ様と言うべき、なのか」

「それも間違ってはいませんが。ありがとうでもいいんですよ、弘さん」

「そ、そうか。依姫、ありがとう」

「はい」

 

依姫が産んだ赤ん坊は、藍が産んだ早苗と、腹違いの姉妹になる。生まれた赤ん坊と早苗の二人が仲良くしてくれたらいいんだが。

今の依姫は髪を赤色のリボンで結ばれておらず、いつものポニーテールではなく、髪は下ろされている。ベッドの端に座って、足を下ろしている依姫を観てると、依姫は破顔一笑した。俺は左手を依姫の頬に優しく当てる。

 

「愛してるぞ、依姫」

「はい。私もです。弘さん」

「依姫だけじゃなくて私にも言ってください」

 

すっと出て来た言葉を依姫に言ったら、簡素な椅子に座っている豊姫が、立ち上がっている俺を見上げ、上目遣いで同じ事を言って欲しいと懇願してきた。

 

「…うん。愛してるぞ、豊姫」

「なんでちょっと投げやりなんですか! 依姫だけ弘さんの子を孕んだり、弘さんから愛してると言われたりズルいです!」

 

「そうですね。隊長…弘さんは数億年前に私達を娶ったんですから、ちゃんとお姉様も愛してあげて下さい」

 

当然豊姫も依姫も愛すが、娶ると言ってもあの時は、師匠が豊姫と依姫が子供の頃に唾を付けとけと、しつこいセールスマンみたいに、俺に嫁ぐ兼、俺の補佐役にとぐいぐい推してきたからなあ。まあ豊姫と依姫を娶るのは師匠公認だったが。

 

嗚呼…平和だ。誰が見ても、この場にいるモノたちは幸せの絶頂で、幸福に満ち溢れていると観るだろう。依姫が抱いてる赤ん坊の手を、豊姫は人差し指と親指で掴み、軽く上下に振って、小さな握手をしている。豊姫と依姫は赤ん坊を慈しみながら、豊姫は依姫に、赤ん坊の名を聞いた。俺は、豊姫と依姫を観て表情を綻ばせていた永琳を観ると、永琳も俺を観る。

さっきからこの研究施設で、誰かが走っているのか、かすかな足音が聞こえている。重要な部屋ではちゃんと防音されるが、この大部屋、防音性があまりない。だからもう時間だ、夢から覚めなくてはいけない。

 

「それで依姫、この子の名は考えてあるの?」

「はい、お姉様。名は――」

 

依姫が放とうとしたその先の言を、豊姫と依姫の愛玩動物に遮られ、聞く事は出来なかった。

――かつて、第一次世界大戦敗北後のドイツ国内では、ユダヤ人に対し、こんな陰謀論があった。ドイツの騎士や、ドイツ兵を、ユダヤ人が背後から刺そうとする陰謀論で、比喩。背後の一突き。『匕首伝説』

 

 

「――豊姫様、依姫様! 出産直後で申し訳ないですが、情報管理の鈴瑚から焦眉の急です!」

「火急…?」

 

さっきから騒がしく、神社の裏にある蔵の地下を走り回る音は聞こえていたが、やはり鈴仙だったようだ。依姫が産んだ大部屋に来た鈴仙は急いでいたのか、自動ドアが開くと、勢いよく大部屋の中に入り、片膝をついて俯きながら、報告してきた。

 

「はい! 月の都に、妖怪の大群が月の都中央部に突如として現れました! 原因は不明!」

「…ッ現状は?」

 

「月の都の中央部にいた月の民は全滅! 妖怪の手によって月の都の中央部は殆ど壊滅! そして妖怪を一人も殺せないと、先程から色んな玉兎の会話が、私に聞こえてきます…」

 

依姫は驚きながらも、抱いている赤ん坊を気遣いつつ、現状を把握するため、鈴仙に詳しい現状の報告を求めたが、それを聞いて更に困惑した。依姫が朝に夕べを謀らず、なんて事にならなかったから安堵したが、片膝付けて俯く鈴仙は、なんでそうなったのか。その理由を知っている。知ってて知らないフリをしているだけだ。

 

「ですが…不可解な事も報告を受けています。どんな理由があるのかは現在不明ですが、妖怪達は玉兎に一切手出ししてないそうです」

 

「玉兎には手を出していない…? 妖怪だからか…それとも玉兎を殺すとなにか不都合が起こり得るのか…」

 

これには多くの疑問点がある。まず月の都は注連縄で結界で隔てられ、妖怪は中に入れない。月の民なら門番に入れてもらえばいい話だが、そもそも月の都の外に出歩こうと考える月の民はかなり少ない。それ以外で入る手段としては、まずは結界を解くか、あるいは壊さなきゃダメだ。だが、解くにしても時間が掛かる。だから結界の解除されてる最中に気付く月の賢者もいるだろう。結界を解くという事は、注連縄が弱まるという事だからだ。次に結界を壊すにしても同じ事だ。注連縄で隔てられてる月の都の結界が壊されたら、月の民だけではなく、流石に玉兎でも気づく。

なのに、妖怪は月の都の中心部で突如出現した。流石に今現在得ている情報では、これは理解できない。

 

「更に不気味な報告を、鈴瑚から受けています…」

 

「……言いなさい」

 

依姫は目を瞑り、左腕と左手で赤ん坊を支えながら、右手で頭を押さえ、聞きたく無さそうに聞くが、鈴仙の報告を聞いて、更に不機嫌な表情になる。豊姫は月の都の最新兵器である扇子を開いてあり、扇子に邪魔されて顎から鼻まで隠れ、表情が観えない。だが眼は観え、その瞼を細めつつ、険しい目つきで鈴仙を見ている。

 

「玉兎が妖怪に片手バルカンで発砲しても、超小型プランク爆弾で爆破しても、一向して、無視を徹底してます。しかし月の民がそれをすると、真っ先に殺しにかかるとの報告です…」

 

「ますます意図が読めない。月の都に住む全ての民を殺すのが目的じゃないのか…。殺す価値がないのか、同じ妖怪だから殺さないのか…。判断材料としての情報が少なすぎる」

 

そして月の都は無駄に広いし、無駄に大きい。沖縄から北海道を合わせても足りないだろう。だからいくら妖怪の大群でも、月の都を埋め尽くせない。蓬莱弱水の隔りだ。それに本来なら月の民とはいえ、少しは科学で妖怪に抵抗できる筈だ。本来ならな。なにせ輝夜の能力で俺が月の都に送った、紫と幽香の妖怪たちは”死”という概念自体が無くなっている。しかも輝夜の能力で傷が一つもつかない。

 

「――依姫、かつての仏陀はこう言ったわ」

 

依姫が未だに思考している中、永琳が両手を叩いて自分に注目させ、矢継ぎ早で正鵠を射るように、依姫に諭す。永琳は、胡簶に入れた矢を使う弓使いだ。この喩えを永琳がするのは、皮肉でしかない。

 

「毒矢に刺さったとして、毒矢を撃ったのは誰なのか、どんな身分のものが撃ったのか、どんな弓を使って撃ったのかを考えるより、まずはその毒矢を抜き医者を探すべきという、毒矢の喩えを」

 

それを聞いた豊姫は、一瞬体を揺らしたが、依姫は自分が何者か、自分の仕事は、役目がなんなのかを思い出し、まずは色々考えるより、月の都に刺さった毒矢を抜くため、月の都で跋扈や闊歩している妖怪について対処しようと考えて、豊姫に頼んだ。解決する医者を探すのは、妖怪という、毒矢を抜いた後にしたようだ。

 

「…確かに仏陀と八意様の言う通りですね、あれこれ悩んでも仕方ないです。まずは月の都に行き妖怪を撃退して鎮圧しなくてはいけません。お姉様、能力でお願いします」

 

「青天の霹靂、霜を履みて堅氷至る、浅き川も深く渡れ。ええ。分かったわ。弘さんと八意様は、どうされますか」

 

依姫の頼みを聞いて、豊姫は扇子を閉じた。依姫は豊姫の能力で月の都に行こうとしたが、その前に俺と永琳も一緒に行くのかどうかを、豊姫は聞いてくる。扇子を閉じて観えた豊姫の表情は、なんとも言い難い。怒りや悲しみ、だが微かに喜びの表情も伺える。しかし色んな感情が混ざって、感情がはっきりせず、複雑といった表情だった。

まだ、まだ紫と幽香に持たせた天羽々矢、インドラの矢、トリシューラ、パスパタを使う時ではない。あいつらが、純狐とへカーティア・ラピスラズリが来る気配を感じてから使う。

 

「ああ。俺も行く。永琳も行くか」

「そうね。カグヤとサクヤも呼んでおきましょうか」

 

輝夜と咲夜を呼ぶのは、龍神に頼んでおこう。

まずは××(永琳)と輝夜と咲夜を連れて月の都に行き、月の都の中央部にある実家に顔を出そうと思った。産んだばかりの依姫は、疲労している。しかしそんな事も言ってられないのか、俺がここにいるのに依姫は着ていた病院着を脱ぎ始め、いつもの服に着替え始めた。いつもなら恥ずかしがってるだろうが、そんな事に気を遣う余裕がないらしい。うーむ、何度も抱いたが、依姫の裸体は何度見てもいい。依姫は後ろ髪を引かれていたが、藍は早苗の面倒を観てるし、産んだ赤ん坊はてゐに預ける事にした。

 

「能面被らせてくれ」

「わーい。任せろー。我こそは秦こころ。感情を司る者」

「こころ、お面被るだけで前口上を言う必要があるのか」

「ないッ!」

 

俺の側頭部に貼り付けていたこころが、俺の顔にドッキングした。能面は狐だ、これでいい。

神を観た事がないから、神が存在するとは思えないし、信じない。と言う者は結構いる。

いいや、そうじゃない、そうじゃないだろう。それを言うなら、自分の心や、気持ちは、眼に観えるのか。自分の記憶や、感情も、眼に観えているモノなのか。

違うだろ、自分の気持ちや心や記憶なんて物理的なモノじゃないし、眼に観えたり視界に映るモノじゃない。心も、気持ちも、感情も、記憶も、感じるモノだ。そこに理由なんて求めても意味ないし、それを証明する事が不可能だし、そもそも証明なんてする必要はない。だから神様とは、本来は眼に観える存在ではない。体験や影響の知覚さえできれば、感じる事が出来たらそれでいいのだ。なんでもかんでも眼に映ると思い込み、形がある事に囚われたら、なんの為に人間が心を持っているか不明になるだろう。確かに気持ちや心は、文字としては観られる。だがそれだけだ。文字として紙に書けば観られるだけで、自分の心が観えてる訳じゃない。それ以上はないんだ。

 

言い回しを変えよう。合わせ鏡を使わずに、反射するモノを一切使わずに、自分の背中を、自分の眼球だけで捉え、自分の背中や腰を観られるのか。自分の後方の事ではない、自分の背中や腰を、反射するモノを使わず自分の眼で、自分の眼球だけで、自分の背中や腰を観れるのかという話だ。

 

「そう思わないか、こころ」

「うーん…よく判んない! けど、どんな時でもどっしりと構えて太々しく笑っててよ。スマイルスマイル!」

 

 

「――お待たせして申し訳ありません。着替え終わったのですぐに行けます」

 

こころと話し込んでいたら、依姫はいつの間にか着替え終えていた。だが最後に依姫は、まだ地上に都市があった時に俺がプレゼントした、リボンとベルトを両手に持ち、バックル部分に剣の紋章があしらってあるベルトを腰に回し、リボンで髪を括り、ポニーテールにし終えたので、そのまま月の都へと、豊姫の能力でワープする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

芥川龍之介は言った。

『我々に武器を執らしめるものは、いつも敵に対する恐怖である。しかもしばしば実在しない架空の敵に対する恐怖である。』

例えば神話において、神が人間に殺される、といった話は多くある。それは、メソポタミア神話のギルガメシュが有名だろう。だがギルガメシュは神の血を持つ半神みたいな存在だし、人間と言えるのかどうかは疑問だ。そもそもこれは神話に出てくる人間や、伝説の話に出てくる人間でよくある話だ。更にはそういった神や怪物を倒した人間には、大抵その怪物を倒せたなにかしらの理由がある。さっき言ったギルガメシュみたいに神の血を持つ半神の人間、とかがそうだ。天皇や大王、日本で有名なヤマトタケルも神の子孫、つまりギルガメシュと同じ英雄的な存在だ。日本神話においてヤマトタケルは『悪樓』という神様を殺していて、第2代天皇の 綏靖天皇 は人を喰う、つまり食人を趣味としていた。まあ天皇の場合は実際に存在ししているが、これはあくまでも、神話や伝説においての話。では、その架空の敵が実際にいたら、人間はどうするのか。

 

××(永琳)

「ん」

 

月の都に来て、目的地に到着した。辺りを見渡すと、柱や窓、扉、照明など、その他諸々は細かな意匠が中華風ばかりで、千軒あれば共過ぎだ。豊姫と依姫は妖怪の対処に向かっている。どうしても実家に行きたいと言い、豊姫と依姫から別行動させてもらった。玄関前で右手を隣にいた永琳の腰に回して抱き寄せ、密着したまま、永琳の側頭部に俺の側頭部を軽く当てる。永琳は黙ったままで、黙って受け入れ、文句は言わなかった。

 

「前々から思ってたが、月の民の穢れという思想。あれ日本神話というよりも平安末期と鎌倉仏教の思想。元々はインドが起源の思想だが、欣求浄土、特に厭離穢土が似てるよな」

 

「……そうね。欣求浄土はともかく。正確に言えば、神道と仏教の穢れの思想が混じり合ってる。だけど、穢れの思想は日本神話寄りではなく、インド哲学や仏教思想寄りなのは間違いないわ」

 

一緒に連れて来た妹の輝夜は俺と永琳の背にいる。もう何度もした事とはいえ、顔色が優れてなかったし、無駄だとは思っていても声を掛けた。序でに連れて来ている咲夜に視線を向けると、なにが言いたいのか判っているのか、視線を交えたら咲夜は目を閉じる。

 

「平気か、カグヤ」

「慣れて、ますから」

「そうか。サクヤ、傍にいてやってくれ」

「言われるまでもないですわ」

 

実家に帰って来たのはいいが、玄関を開けて奥に進み、広間に入ると中は荒れて、血しぶきで壁や天井、床は汚れ、陰々滅々で寂寞だ。血の状態から見るに、今さっきやられたみたいだな。軽く見渡すと、散乱している家具の物陰に、ぬえがいた。だが俺に視線を向けるだけで、とくに会話は無いが、ぬえの能力の影響か、一瞬だけ、ぬえの体全体がノイズみたいになり、次はペースト状や、スライム状みたいになったぬえは、泰然たる態度で潜んでいた。色々な姿になったぬえは、いつもの少女になり、少し暗いからよく観えないが、ぬえが着ている黒地のワンピースが所々赤い。父さんと母さんに手をかける際に、返り血を浴びているようだ。まあ元々俺が実家に差し向けた妖怪がぬえだし、俺と輝夜の実家にぬえがいるのは、別におかしくないんだ。

 

「終わったのか」

「うん。これが両親で間違いないわよね」

「ああ、他人の空似ではないな」

「ならいいや。みんな同じ顔に観えるから困ってたのよ、でも合っててよかった。じゃあ渡すわ」

 

ぬえは立ち上がり、ぬえの両肩に乗せた二人を俺に観せて、渡してきた。俺は、ボロボロになった身内を受け取り、渡し終えたぬえは、片手に三又のトライデントみたいな槍を持ちながら、広間から出て行った。おそらく他の月の民を殺しに行ったんだろう。俺は受け取った身内を優しく床に置いたけど、もう今にも死にそうだ。

 

「父さん、母さん、久しぶり。思うところあって月の都、高天原に帰省したよ」

「……」

 

「虫の息だな。カグヤ」

 

「はい」

 

輝夜を呼んで一緒にいた咲夜と共に、広間に入らせる。輝夜はまず母さんに触れ、綺麗だった髪が邪魔して顔が見えなかったので、髪をどけて母さんの様子を輝夜は観るが、暫く黙って母さんを観ても反応がない。母さんは胸を一突きにされてるようだが…流石に死んでるのかもしれん。もう少し早く来るべきだったか。別に両親を恨んでる訳でも、ゼウスみたいに親を殺して王権を奪おうなんて考えてる訳じゃないさ。するべきだったかと聞かれたら、絶対にするべきだったとは言えない。だがこれも、無駄なことじゃないんだ。

 

「蘇生できるとはいえ。判っていたことです。こうなる、ことは」

 

「私と…母さんの可愛いカグヤも…いるのか…」

「ここにいます。お父様」

 

輝夜は父さんの元に行き、両手で父さんの右手を握る。観た感じ、母さんは綺麗に殺されてるが、父さんは腹部を鋭利な刃物で刺され、体内から無理矢理引き裂かれてるみたいになっている。臓器が飛び出て酷いありさまだ。それでも生きてるんだから、大した精神力だな。

侵略は侵略だ、殺しは殺しだ。そこに正当化や大義や理由、正義や悪、正しいとか間違ってるなんてある訳ないし、そう考えるのは人間だけだ。そんな概念、人間が定義付けただけで、元々、この世界に、地球にある筈がないんだ。人間にあるのは、産まれて死ぬ、ただそれだけ。

父さんは咳き込み、血反吐を吐きながらも、××(永琳)と咲夜に輝夜を頼んで、永琳と咲夜は返答しながら頷き返す。臓器飛び出てるのによく持った。しかしもう時間がない。本当は母さんとも話したかったが、仕方ない。

 

「…八意殿。重畳も言ってきたが...貴方の知恵で…メーティスのようにバカ息子とカグヤを頼む」

「もちろんです。お義父様」

 

「従者の十六夜……元々お前は、夢子と一緒に息子に仕える予定だった…。息子が地上に残ったので、おじゃんとなったが……生きていたのだ。なればこそ…私の娘のカグヤと同じ主と観よ......」

「はい。××様が、私が仕えるもう一人の主と観る事を、ここに誓います」

 

父さんの言いたい事は、今ので全部言い終えたはずだ。終わらせよう。

 

「カグヤ、そこにいたらお義父様を、楽にできないわよ」

 

今も父さんの手を両手で包んでいたカグヤを、××(永琳)はカグヤの両肩に両手を置いて、どいてもらう。

 

「…………じゃあね、父さん。全部終わったら、父さんも母さんも蘇生するよ。だから、それまで待っててほしい」

 

父さんが切腹する訳じゃないが、腰に差した草薙剣を抜き、介錯の準備をし終え、そのまま御首を切り落とし、返り血を服に浴びる。神でも、血は流れてるさ。だが、体内の臓器が飛び出てたので、沢山血も流れていたから、そこまで返り血を浴びなかった。しかし、能面のこころを顔に被っていたので、返り血を浴びた際、能面のこころには数滴ほど付着してしまう。だから返り血を拭こうと思い能面を外す。外した能面は、狐から猿に変わっていた。確か、猿の能面の時のこころは、困っている時だったか。能面に返り血が付着したのは、わざとじゃ無かったが、ここはこころに謝っておこう。

 

「悪いこころ。能面、血で汚れたな」

「いいよ。気にしてない」

「××様、こころ様にこれを」

「おー。ありがとうー」

 

普段から持参しているのか、咲夜は綺麗なハンカチを俺に渡し、咲夜にお礼を言い、綺麗なハンカチで、能面状態のこころに付着した返り血を拭いとる。よし、綺麗になった。血を拭き終えたら、こころは猿の能面から火男の能面になり、ハンカチを渡してくれた咲夜にお礼を言った。こころが火男の能面になった時は、陽気な時だ。

 

 

 

 

 

 

今も月の都に侵入した妖怪たちが、月の民を殺している最中、血で少し汚れた服を着替えようと思い、実家に置いていた服に着替えて、用は終えた俺達は、実家から出た。周りを見るがどこもかしこも死体死体死体死体死体。屍山血河だ。別に罪悪感なんてないし、自分がした事に後悔や忸怩、慙愧の思いなんぞはないが、凄惨だ。幽香はともかく、紫にとっては雪辱だったとはいえ、月の民からしたら、これはだめかもわからんね。まるで俎上の魚だな、俺も月人だけどさ。

 

龜比賣(豊姫)……」

 

「弘さん。今の私は豊姫です。地上が地球の穢れで榛穢になる前に、私は龜比賣の名を捨てました」

 

××(永琳)と輝夜と咲夜を連れ、ここから離れようと思ったけど、出来なかった。豊姫と依姫がこの場に来て、豊姫に話しかけられたからだ。ただ、今この時も、月の民は妖怪に殺されている。それなのに、豊姫は、最新兵器の扇子で顔半分を隠しているが、落ち着いていた。反対に依姫は何故かそわそわしてる。

 

「月の都に来てから依姫の能力が全く機能せず、私の能力も妖怪に効果がありません」

 

それを言い終えると、豊姫は目を細め、探るような視線で俺と隣にいる輝夜を射貫き、続けざまに、寸鉄人を刺すように言った。後悔をしてない俺は、ことわざ通り死んだ子の年を数えたりはしないさ。

 

「カグヤに問います。原因はカグヤの能力と、カグヤが頸に掛けている、古事記の御頸珠ですか」

「はい。その通りです、豊姫お義姉様」

 

巫女というのは、基本的に神社の祭神に嫁いで仕え、その祭神の神託を、民に伝える事が主な役割だ。巫女が処女でなければならないのは、神に仕え、その身を捧げる際、清らかでなくてはいけないという、神に嫁ぐ巫女に対する神道の思想がある。

よく忘れられているが、そもそも巫女というのは、仕えている祭神に嫁いでいる存在なんだ。まあこれは、嫁ぐ相手が神様だから、巫女は処女じゃなければならない、という思想だ。つまり巫女がそれを破る事は、神を穢した涜神的な行為になったりする。後は、時間をかけて神をその身に降ろす依代、言わば自分の肉体や人格を仕える神に乗っ取らせて、トランス状態になるのが巫女だ。

 

しかし巫女神である依姫の場合、巫女と似た依代、トランス状態になる事が出来るが、普通の巫女と違い、即座に神を降ろして自分の体に宿し、使役する。ここで問題なのがだ、普通の巫女みたいに、降ろした神に人格や肉体を乗っ取られない事と、依姫の強みは、普通の巫女が行う面倒な手順をすっ飛ばし、一瞬で神を降ろして使役したり、デメリットが無い事だ。だがその強力な能力も、神を降ろす事が出来なければ意味がない。そして、輝夜の頸に掛けている古事記の 御頸珠 は、神降ろし、使役する事を封じている。なぜならば、古事記においての御頸珠は、高天原を支配するモノとしての証なのだ。現在の天津神は全て地上に移住しているが、つまり月の都の高天原にいた神、その全てを支配しているのは輝夜になり、優先順位は、輝夜の方が上になっている。依姫は神を使役出来るが、あくまでも力を借りるという使役だけであって、使役できる神々全てを、依姫は支配している訳じゃないのだ。更に厄介なのが、依姫は能力を使えなくても、依姫自身の能力がとても優れているので、依姫の能力を封じてもかなり強いし、今回連れて来た妖怪に、輝夜の能力を使ってなければ、太刀打ちできなかっただろう。我が妻ながら、なんとハイスペックな事か。依姫に咲夜の能力で時を止めてもあんまり意味ない。だから輝夜がいなければ、まだその時ではないのに、永琳を使わざるを得なかったろう。

 

「では、弘さん。妖怪が月の民を蛮行し、私達の周りは屍山血河です。こんな事を企てたのは…」

「俺だ」

 

それ以前に、全ての妖怪は輝夜の能力で、一時的に永遠の存在になってるし、よほどのことがない限り、殺される事はない。だから依姫の能力を解除しても、意味ないんだ。

次に豊姫の能力は、簡単に言えば相手が嫌がっても、無理矢理好きな場所にワープ、転送させる事が出来る。しかしこれも依姫と同じだ。豊姫が全ての妖怪を強制送還出来ようとも、輝夜の能力で永遠の存在になっている妖怪たちには無力。永遠は、変化を嫌うのだ。要は打つ手がなく、お手上げになったから、豊姫の能力を使って、依姫と一緒に俺と輝夜の実家に来たんだろう。豊姫と依姫には手を出さないよう、妖怪たちには言ってあるから襲われることもないだろうし。

 

妖怪らしく、圧倒的な力で有無を言わせず、相手の意思を捻じ伏せ、血祭り、屠り、蹂躙する! 神や妖怪らしく、今まで築き上げた下らん価値観を全て壊し、殺戮の限りを尽くし、略奪し、捻じ伏せ、月の民が苦しみ、泣き叫ぼうが、死んでも蘇生させるし問題ない。痛いのは一瞬だけだ。なにも俺は、麻薬みたいに殺す事が快感を感じる訳じゃないし、どこぞの雷帝みたいに串刺しや永遠に続く痛みを与える拷問なんてしない。目的は出来るだけ即死、ただ一度殺すだけだ、そして蘇生する。重要なのは、月の民が妖怪に負けたという事実がほしいのだ。その二つだけさ。だからこそ月の民の前例墨守、中には古色蒼然もあるが、腐敗した思想や価値観はリセットすればいい! 

ロシア皇帝イヴァン4世みたいにな!

 

俺と豊姫の会話を聞いて、依姫は苦悶の表情をしていた。憶えてないから、俺と豊姫がなにを言ってるのかを、理解できないんだろう。

 

「主旨がつかめない…。お姉様、なぜそれを知ってるんですか。私はこんな話聞いてません!」

「落ち着きなさい依姫。貴方は弘さんの赤ん坊を産んで間もないのよ」

 

「依姫。産んだ直後で困憊してる時に、悪かったな。だがな、俺の行動理念は基本的に女関係か、あるいは神話関係しかない」

「それは月の都が地上にあった時から知っています!」

 

たまに命は尊いとか、争いを起こさせず皆と仲良くするべきとか聞くけどさ、無理に決まってる。宗教観(価値観)が違う時点で争いは既に起きてる。頭がお花畑じゃねえんだ! 理想を追求するのは結構だが、それは現実を見据えた上で言ってもらおうか。現実を視ずに語る理想なんぞ理想ではない! 酸いも甘いも噛み分ける事が出来なければ、机上の空論や妄想にすぎん。

 

「弘さんを殺した場合、この事態は収まるんでしょうか」

「もちろん。俺が殺された瞬間、全ての妖怪は地球に強制送還される。死んだ月の民はサリエルの手で全員蘇生されるし、月の都も神綺が創り直す手筈となっている」

 

「な…なにを…。お姉様、あまりの事態に気でも触れましたか? 隊長は…弘さんは私達の良人ですよ!? 弘さんもお姉様の発言を受け入れてどうするんですか!」

 

依姫が問い詰めても、俺と豊姫は答えず、豊姫は俺に向けている視線を今も動かさない。俺達が反応を返さなかったので、依姫には、歯痒い表情をさせてしまった。だが、今は豊姫の問いに答えるのが最優先だ。

この世界は、原因より先に結果はでない。つまり因縁果に、因果的に閉じられている。これ即ち、合縁奇縁ということだ。しかしながら、これを運命と言いたい訳ではないし、そもそもこれは運命とは言わない。運命と因縁果はとても似ているが、厳密に言えば違う。ただ、何事も、どんな起源にも、生じた原因と、生じた原因という前提の元で結果が生まれ、理として絶対になっている訳だ。まあ、これは人間だけに限った話であり、俺や永琳、豊姫と依姫などの神には全く関係ない話なのだが。

 

「豊姫。死ぬ前、入滅する前に最後の説法として釈迦はこう言った。自灯明・法灯明と」

 

「…自灯明法灯明、自帰依法帰依。随処に主となる…。そこも、変わって無いんですね」

 

豊姫も知っていた様だ。ああ、釈迦はスゴイな。ユダヤ人のキリストみたいに、尾ひれが付いてる場合が多いとはいえ、あの哲学や思想は、あの古代ギリシャ人といずれ菖蒲か杜若だな。だから、釈迦が開祖した、仏教の教え、哲学、思想が好きなのだ。まあ女、酒、金、権力、放蕩に現を抜かすモノはキライだ。浄土真宗とかは火宅僧だがな。

 

「ターニングポイントだ、だから選択肢は必要だろう。与えられた選択肢とはいえ、月を守るのか、月を捨てるのか。それを、自分で選べ」

 

俺を殺すなんて簡単だ、俺の首を切り落とせばそれで死ぬ。刃物さえあればすぐに済む。そう難しい話じゃないさ。まあ俺が豊姫の立場だったら、月の使者のリーダーなんて地位、即座にかなぐり捨てて豊姫と逃げてるだろうな。俺が豊姫の立場、だったらの話、立処皆真という訳だ。

 

「…月の民に尸位素餐と謗られ、罵られようとも。月の都は、月の民は殺生を好みません。それに…無抵抗の相手を、弘さんを、斬り捨てるなんて、私には......」

 

「いいや、豊姫が月の使者のリーダーなら俺を殺すくらい簡単に出来る筈だ。月の使者なら、どっちを取ればいいかなんて明白だろう。それにキクリ(菊理媛)のお蔭で穢れも無い、なにを迷う事がある」

 

こんな事を企てたとはいえ、俺は月の民が嫌いな訳じゃない。寧ろ、愛しているからこそ、こんな事をしたのだ。だから俺は、蓬莱山という名を捨てた訳でも、月を捨てた訳でも、月人である事を捨てた訳ではない。月の民や月の民である事を捨てた訳ではない。だが、月に縛られるのは懲り懲りだ。もういいだろう。××神話の豊姫と依姫が、月の使者なんて役目をするのは。豊姫と依姫は、好きに生きていいんだ。

 

「依姫も、回帰させてください。今が――その時です」

 

……豊姫は首謀者の俺を即座に殺せると、期待していたんだが、やはり豊姫には荷が重かったようだ。月の最新兵器の扇子を開き、顔半分を隠していた豊姫の眼からは、俺を殺せないという、胸が張り裂けんばかりの、断腸の思いを伺えたので、俺は豊姫に殺されるのを待っていたが、やめる事にした。豊姫に殺されるのも悪く無かったし、厭悪や蛇蝎されるかと思ったが、痛惜だ。

 

「ああ」

 

俺は姥の能面状態のこころを被っていたが、外して歩きだし、依姫に近づいていく。依姫の表情は、ただ困惑や、疑問しかない。だが回帰すれば、俺が何でこんなことしたのか、その全てが腑に落ちるだろう。生きるために食べよ、食べるために生きるな。豊姫と依姫は、月のために生きるのか、それとも自分のために生きるのか。それがイヤだったから、俺は地上に残ったんだ。

手が届く範囲まで来て、まずは何も言わず、二人とも俺より背が低いので腰を軽く屈折し、右手で依姫を抱きしめ、依姫の隣にいた豊姫も左手で抱きしめた。

 

「依姫」

「隊…長」

 

「ごめんな。あの時、俺と永琳だけ地上に残って月に行かせたよな。面倒事を豊姫と依姫とサグメに押し付けたままだったし、永琳もいないから大変だったろう」

 

「……依姫に、月に行って生まれた弘さんの妹カグヤに従者のサクヤがいました。それにレイセンやサグメもいましたから。寂しくても、忙しくても、カグヤ達のお蔭で、悪く無かったです」

 

そう言った豊姫は、涙声で、歔欷きだった。二人の顔は観えない。二人を同時に抱きしめているので、俺の両肩の上に、豊姫と依姫の顔があるからだ。右手で依姫の後頭部に掌を当てて、薄紫色に近い銀髪の髪を撫で、左手の指で豊姫のさらさらな金髪を梳かす。豊姫と依姫は、元々二人がまだ子供だつた頃に、俺が稽古をつけた。師と弟子なんて立派な関係じゃなかったが、豊姫と依姫は、青は藍より出でて藍より青しだ。

 

「月の使者なんて地位、本来なら俺と永琳がする筈だったのにな。お前達が子供の頃に、俺が師匠に頼まれ、成人するまで稽古付けてたから、後釜としてそうなったんだろうが。苦労をかける」

 

「私、が…月の、使者になったのは…月の都を、守る月の使者が、重荷になった、事はないんです。その大役を、仰せつかった時も…殊勝な考えじゃ、なかったんです…」

 

依姫は嗚咽を漏らしているが、多分泣いて言ってる。俺達には死という概念はあっても、寿命が無い。そもそも俺達は不老だからこれ以上は老けないので、若々しいままの姿でいられる。それに、俺を除いて死んだとしても蘇生できるし、蓬莱の薬さえ飲めば不老不死になる事も出来る。だからこそ、落落として晨星の相望むが如しになる事はないし、ずっと一緒にいられるんだ。

 

「月の使者、なら、許可があれば、堂々と地上に行けるからです…。隊長と八意様が、まだ生きているかもしれないと、そう考えただけなんです。月の民を守るなんて、大層な考えじゃない…!」

 

「いいんだ。もういいんだ依姫。ずっと一緒にいてやれなくて悪かった。産んだばかりなんだし、休め。師匠…依姫と豊姫の親父さんも、ちゃんと蘇生するから、また会える」

 

もう限界だったのか、豊姫と依姫はありったけの力で俺に抱きつき、思いっきり慟哭して泣いた。豊姫と依姫は華奢な体なのに、どこからこんな力が出てるのかと思うほどで、あまりの力に、俺の体からはみしみしと音を立てられる。軋んでキツイが、今までほったらかしにして、二人に迷惑をかけた分の代償と思い、ここは、黙って耐えた。

 

 

暫くして、豊姫と依姫はまだ嗚咽を漏らしているが、もう泣き終えた様だ。体中軋んで殺されそうになったが、因果応報だ。しかし、今しておこうと思い、サグメと同じように、蓄積された記憶のデータを上書きするため、人差し指を依姫の唇に当てて回帰しようとしたが、ここは抱きしめながら口付けで回帰させることにした。触れ合うだけの口付けをし終えたら、繋がっていたお互いの唇を離す。

 

「……」

「やあ依姫。主旨がつかめただろ」

「…そうですね」

 

抱きしめるのをやめ、豊姫と依姫から一歩離れたら、離れた即座に、大泣きしたから赤く潤んだ目になっている依姫が、ずいっと近づき、依姫は左手を思いっきり振りかぶった瞬間、俺の首が横に曲がって、頬に痛みが生じていた。多分今の俺の頬には、綺麗な紅葉の形をした跡が残っているだろう。

 

「うわらば!? 痛いじゃないか依姫!」

「数億年も私達をほったらかしにした酬いです。私とお姉様を娶ったなら、弘さんの付き人として傍に置いて下さい。私は、六の宮の姫君みたいな結末、絶対にイヤです。反省してください!」

 

「依姫の言う通りです。今回ばかりは、弘さんを庇い立てしてあげませんからね~」

 

依姫を回帰させたのはいいが、いきなりの平手打ち。まあ怒らせるような事をしたから当然なんだけどさ。まだ機嫌を悪くしている依姫は、泣いた後の顔を観られたくなかったのか、腕を組みつつ俺に背を向けている。依姫と同じで泣いたから目が赤くなっているが、反対に豊姫は落ち着いていて、のんびりした様子で、月の最新兵器の扇子を開いて、俺を扇いでくれた。……月の最新兵器の扇子で俺を扇ぐという事は、豊姫の表情は笑顔だけど、本当は怒ってるのかもしれない。

しかし、右手で頭を押さえたまま、鈴瑚やる~ことのセクサロイド達から情報のやり取りをしつつ、今まで見守ってくれていた永琳の言葉で、現実に引き戻される。

 

「弘。鈴瑚とる~ことからの報告よ、へカーティアと純狐が来たわ」

「漁夫の利で来たな、まるでロシアじゃないか…。××(永琳)、俺はギリシャ神話の女神を抑えるから、鈴仙を純狐に宛ててくれ」

「判ったわ。いってらっしゃい。気を付けてね」

 

豊姫と依姫も付いて来ようとしたが、こんな事態になったのは俺が原因だ。だから自分がした事のけじめだけは、自分でしこりを清算しておかねばならない。なので豊姫と依姫には、輝夜の護衛を頼んだ。ただし、妖怪が先に手を出してきた場合その妖怪は殺すよう伝えた。まあ、咲夜と永琳がいるからよほどの妖怪じゃない場合、妖怪の方が返り討ちにあうだろうし、そもそも今回の首謀者が俺なので、絶対に妖怪に襲われることはないが、一応輝夜が心配だし、豊姫と依姫に任せる。

 

…日本神話も! 中国神話も! ギリシャ神話も! 今も昔も、それぞれの神話に出てくる神達が、神話ではお互い殺し合ってきた! ただし神話において、大抵の場合は圧倒的な力で、一方的な殺害の、一撃必殺ばかりだ! そこに時間や手間なんて殆どかけていない。だから俺も、それに倣おうじゃないか。なあ、純狐、へカーティア・ラピスラズリ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の名は純狐。月の民に仇なす仙霊である。月と月の都は無くなったみたいですね……。しかし感じる、嫦娥はまだ死んでいない」

 

「サグメ様の命でここに居る運命は逆転し始めて…ないのよねーこれが。あの時のように勝てるのかな。でも弘天様やお師匠様が大丈夫って言ったしなあ」

 

「不倶戴天の敵、嫦娥(青娥)よ。見ているか? お前が出てくるまで、こいつをいたぶり続けよう!」

 

 

 

終わってしまえば朝顔の花一時だったが、ドレミー・スイートは夢幻世界にいる。今回の事態が起こる事を知っていたサグメは、ドレミー・スイートの力を借りてないし、第四槐安通路もない。まあ、サグメはどこかで観てるんだろうが。 雨が降ろうと槍が降ろうと、どんな手段を講じてでも、かつての月の都を守った月の賢者だったしな。純化した妖精、穢れ塗れの、生命の象徴である妖精族に手こずっていたが。

 

「どう観ても話が噛み合ってないな、あれ。キクリとルーミアも傍観してるだけみたいだし」

 

純狐の相手してるし、大変そうだなー鈴仙。まあ、神綺がもう一度月と月の都を創り上げ、サリエルが月の民や純狐の子供の蘇生を終わらせるまでの間、時間を稼いでもらわなきゃな。紫と幽香に持たせた、日本神話の天羽々矢、インド神話のインドラの矢、トリシューラ、パスパタの神具を使って、月と月の都を消滅させたが。流石、インド神話の武具。破壊力と神々のクズさ加減に関しては、ギリシャ神話に勝るとも劣らない。インド神話にも、全人類を滅ぼす話があるからなあ。

しかし、豊姫と依姫は、またダメだった。一度だけ、たった一度だけ俺を殺せた時があるんだが、それ以降は、一度も俺を殺せていない。あの時は、まだ世界が初期頃だったが、俺を殺したから、豊姫と依姫は、ずっと後悔してるのかもしれん。

 

「やっぱり豊姫と依姫は未熟か。首謀者の俺と××(永琳)、カグヤとレイセンを殺せないなら、月の使者のリーダとしてはダメだな」

 

「いいのー? あの月の使者、綿月のお姫様達は、貴方の妻なんでしょう。ちょっと自分勝手じゃない?」

 

「創業は易く守成は難し。お前はそれをギリシャ神話最高神ゼウスに、面と向かって言えるのか」

「言えないわね、実際。あそこで純狐と勝負してる玉兎は、確か貴方のお気に入り玉兎よね?」

 

宇宙空間で漂う中、宇宙空間なのにどこからともなく声が聞こえ、その人物は鈴仙が純狐に殺されるかもしれないという意味で、俺に問うた。

俺に道徳、論理を求めるべきではないし、求められても困る。それに俺は、豊姫と依姫に選択肢を与えたのだ。本来、俺や永琳を殺せるように、輝夜の能力は使っていない上に、無防備のままでいた。平将門を助けるため、輝夜の能力を解き、マミゾウの能力で、平将門に化けた時からずっと、輝夜の能力は俺に使っていない。だから死ぬ事は出来た。別に、殺されてもよかったのだ。俺が死んだ場合、全ての妖怪は地球に戻すよう妖怪たちが使った魔方陣に細工してるし、もう月の都に来られない様にもしていた。月の民が殺されていても蘇生すればいいし、月の都が酷い有様の場合、神綺にまた月の都を創り直すよう言ってある。だから豊姫と依姫が俺や永琳を殺そうと思えば出来たし、俺を殺した方が月にとって、月の使者である豊姫と依姫には、都合がいい事ばかりだったんだ。月と月の都に根を張っていた日本神話の宇宙樹さえ、俺を殺せば活動は止まってたんだ。

 

「いいんだよ。この戦争は××神話の豊姫と依姫が、月の使者の役目という枷を無くす為でもあるし、純狐を一方的に倒すより、均衡の勝負が出来る鈴仙を使って時間を稼いだ方がいい」

 

鈴仙が純狐に殺されても、蘇生すればいい。鈴仙が殺されるのかを心配するより、今は時間を稼ぐことが先決だ。

例え俺が殺されてもそれで良かった。豊姫と依姫は俺が愛している女だ、殺されても恨む訳が無い。それに豊姫と依姫に殺されるなら、それはそれで本望だ。俺が死んだら、私以外に殺されるな、と言いそうな神奈子が煩いだろうが。殺されたって、嫌われたって、恨まれたって、夫婦じゃ無くなっても、どれだけ回帰しても、俺が一方的に、豊姫と依姫を愛すさ。俺が殺された場合、俺は寧ろ称えただろう。何故ならば、月の使者は、月の都を守らねばならん。それが例え、身内や夫が相手だろうとな。俺が殺された場合は、豊姫と依姫は月の使者としての使命を、立派に果たしたんだ。それは驕ったりせず、誇っていいモノだ。豊姫や、依姫もなんとなくは理解していた筈だ。しかし、豊姫と依姫は、俺を殺せなかった。だから豊姫と依姫が俺と永琳を殺せなかった時点で、二人とも月の使者である事を、捨てたのだ。俺を殺すか、俺を殺さないか、その一択しかない。その二択を同時に取る事は、無理だ。

 

「ただしへカーティア・ラピスラズリ、テメーはダメだ。お前と純狐のせいで俺の計画が狂った」

 

月と月の都は消滅した。神綺とサリエルに新たな月を創造してもらえばいいとして、本来ならこれで終わりだった。後は諏訪国に帰ったらよかったんだが。次の問題が、今俺に話しかけていたヤツだ。すると宇宙空間の、この場所が歪んだり裂けたりして、おいでなすった。

 

「なんでこころ被ってるの」

「気分だ」

 

さっきから気になっていたのか、へカーティアは出会って早々、こころについて聞かれた。聞かれたこころ本人は、狐から大飛出の能面になって、へカーティアの服装について言及する。

 

「なんだあのダサい服装は、女神の感性はおかしいよ。どう思う弘天さん。ダサいよね?」

 

「こころちゃん、あれでもギリシャ神話においてはゼウスに一目置かれている高位の女神なので、暴言と取られかねない発言は連帯責任で俺が殺されるからやめなさい」

 

そいつは赤髪のロングヘアー、白い文字で Welcome Hell と描かれたオフショルダーの黒いTシャツを着ている。下はミニスカートで濃い色の三色カラー、裾部分に黒いフリルと小さなレースがある。靴なんて履いて無く、生足状態だが、そんな事はどうでもいい!!

右手を閉じて、人差し指だけをその相手に向ける。

 

「首置いてけ!!! なあ、魔女や妖精の総締めだ!!! ギリシャ神話のヘカテー(エジプト神話のヘケト)だろう!? なあヘカテー(ヘケト)だろおまえ!」

 

「んもう違ーうわよー。私はへカーティア・ラピスラズリ…ってギャーッ! 殺されるーッ!! 妖怪 首おいてけ だーッ!」

 

「誰が妖怪か! 俺もお前も神だろう! この変なTシャツヤロー!!」

「はい私の暴言を吐いたから殺す。貴方を殺しても地獄に堕ちないけど、死んで悔しがれ!」

 

まずはいきなりへカーティアの首に一太刀浴びせて斬り付けると、全くの無傷。こんな刀では掠り傷一つ付けられないのは分かっていたが、俺は次から次へと刀で腕や足や顔に斬り付けても、へカーティアの腕に防がれて攻防の繰り返し。傍から見たら俺の一方的な殺し合いだろうが、俺達からしたらただの戯れで、ここまでおいでー 待て待てー みたいに、よくあるキャッキャウフフを、俺たち神も真似してるだけだ。それに刀と言ってもこれは地上で打って貰ったモノだ。へカーティアという神相手に一太刀浴びせても、こんな刀では鈍らで、ティッシュでへカーティアを斬り付けてるも同然。ティッシュ一枚で人を斬る事は出来ないだろ、それと同じ事だ。

また一太刀斬り付け、へカーティアがそれを防ぎ、俺だけ刀だが鍔迫り合いのまま話を続ける。

 

「久しぶりだな。ギリシャ神話 ガランティス の、お前の侍女は元気か」

「まずはお久しぶり。ガランティスは元気だね。神綺やサリエル、映姫は元気?」

 

「ああ、いつも通り地獄と魔界と諏訪国の総括女神様たちだよ。とりあえずニュンペー達が純化しても無駄だぞ。そもそも天神地祇に純狐の能力は、本来効かんのだ」

 

「知ってる。でも、純狐って殺す時は一途だし止まらないよ。そう! 誰かが止めなきゃね!! もしくは憎しみを別の感情で無くすとか。このこのー憎いね」

 

下らない世間話をしつつ、俺は斬り付けるのをやめて後退し、一旦距離を取る。へカーティアは片手を挙げ、宇宙空間でこの言い方はおかしいが、へカーティアの影や背後の裂けて歪んだ空間から、純化した地獄の妖精たちが、ぬるりと湧き、呼び出された妖精が。一人…と言うべきか、一匹と言うべきか、とりあえず1人の妖精がへカーティアの元へと来た。あれは確か…ギリシャ神話のへカーティアの僕、ランパス達の頭、クラウンピースだな。呼び出された全ての妖精は生命力の塊と化している。要は穢れそのモノ。他にも吸血鬼のモルモーとか、妖精のレーテー、ブラックドッグ、バーゲスト、ワイルドハント、サテュロス、セイレーン、クローリス、メンテー、などなど。…へカーティアのヤツいくらなんでも多く呼びすぎだろふざけんな! へカーティアは気にせず話し続け、妖精ランパスのクラウンピースはへカーティアの隣に来て、左手に持ってる松明みたいなモノを振り回して狂喜乱舞している。

 

「きゃはははは! なんか月と月の都が無くなってて面白い事が起こっているわご主人様ー!」

 

「あれだけ回帰したからもう恨んでないけど、純狐に頼まれたら断れなくってさー」

「ギリシャ神話の女神が中国神話の女神と仲良くなってどうする…」

「私は元々ギリシャ神話の女神じゃなくて、別の神話の女神だったからね。まあ過程はどうあれ、今はギリシャ神話。……そもそも、私のルーツはエジプト神話でもないけど」

 

クラウンピースをほったらかしにしてへカーティアと会話してると、松明を振り回していたクラウンピースの動きが止まって、俺とご主人様のへカーティアを交互に見る。しかし理解できなかったのか思考放棄し、クラウンピースは訝しそうな顔で、俺を見る。

 

「んー? いまいち状況が判んないけど、ご主人様と楽しく話してるよね。でもあたい、あんたを見た事ないし、だけどご主人様がこんな表情するの初めて見た。あんたご主人様の敵? 味方?」

「敵だ、味方ではない」

 

「じゃあ月の民だな!! 妖精達よ、もっとスピードあげていこうよ! It's lunatic time!! 狂気の世界へようこそ!」

 

恐れを抱かずクラウンピースだけが突進してきたから念話で神綺とサリエル、吸血鬼の始祖くるみの名を呼び、地獄や魔界にいる悪魔や妖怪、冥界にいる化け化け、くるみの眷属を全て呼び出させ、魔方陣で転移してもらう。すると俺の背後と周りは、悪魔や妖怪だらけで壮観になり、一気に兵が揃った。戦力としては十分。純化して強化されてるとは言え、ランパスなどの妖精相手としては十分すぎる。それを見たへカーティアは、宇宙空間なのに口笛を吹いて感慨する。

 

「枯れ木も山の賑わい。前哨戦とはいえ、相も変わらず風靡で壮観ね」

「俺の力ではない。一部を除いて、神綺、サリエル、くるみのお蔭だ」

 

「懐かしい。貴方の立ち振る舞い、まるで原初神だった弘天の全盛期。最高神の時みたいよ」

 

「そんなモノは有名無実だ。それにもう1柱の原初神、天之御中主神はオレに面倒事を全て押し付けてから、どこかに行ったがな」

 

今もなお、俺の元へ突っ込んでくるクラウンピースは妖精だ。本当の意味で死ぬ事はない。更に、クラウンピースが波にのっているのは、自分が友人様の純狐に純化され、穢れ塗れだから月の民を圧倒出来ると聞かされてるからだろう。とりあえずクラウンピースは攻撃せずに突進してきただけだったので、悪魔や妖怪、化け化けやくるみの眷属たちには手を出させず、左手で俺の元まで来たクラウンピースの首根っこ掴んで動きを封じる。

 

「純化してても俺が対処できる程度なら、大した事ないな。俺を殺すなら純化より、もっとえげつない手で来なきゃダメじゃないか」

 

「ええい放せー! …待てよ。…今のあたい純化してるから穢れそのものだし…やっぱりそのまま触れー! そして穢れで死んで地獄に堕ちて地獄の女神のご主人様の手で苦しめー!」

 

「どっちだよ。そもそも月の民は死んでも地獄にはいかないぞ」

 

なんとも、鄙劣なことか。ああ…確かに月の民は生死を拒絶したさ。でも、俺からすれば、純化した妖精の方が…。

別に俺は、弱者を淘汰して、実力主義を主張したい訳じゃない。かといって、みんな平等に出来る訳が無いと思ってるから、平等主義ではないし、争いを無くそうなんて考える平和主義でもなければ、全人類のみんなが争わず静謐に、仲良くできるなんてアマイ考えも持ち合わせていない。例え平和になっても、それは数十年か数百年だ。だが、それを平和とは言わない、ただの一時しのぎに過ぎない。平和が永遠に続くことは絶対にないんだ。それに平和を語り、謳う前に、まずは平和の定義について話し合う方が先だ。

しかしながら、正邪の野望は看過できない。まあ基本的に放置して無理矢理傀儡にするが、正邪の才能は逃げ足と口だけだ。それ以外は取るに足らないザコ。下手をしたら、妖精より弱いだろう。…まあ、今も片手で首根っこ掴まれてるクラウンピースは、純狐の能力で純化して強化されてるし、俺はともかくあの正邪ではまず歯が立たない。

 

「純化した妖精のエネルギーは鬼神を越えるって言われたのにー!」

「鬼神か…純化して神の力を授かろうと、所詮は妖精。妖精如きが、鬼神を超えるのはありえないな」

 

量子学は大好きだが。そもそも、弱者に希望を持たせる可能性という甘言、俺は昔から大キライだ。そんな言葉は、世界から無くなればいい。俺から言わせれば、可能性という甘言で、弱者に夢や希望を持たせる方が酷だ。だから弱者は弱者らしく、地面に這い蹲っていればいい。札戮や略奪が悪だとよく言われるが、実に下らない。自分達にとって都合が悪いモノや、人間の道徳から外れた行為に対し、悪などというちんけな概念で定義付けしか出来んのか。その言い分では、まるでかつての、古代ローマ帝国にいた一部のキリスト教徒と変わらないじゃないか。

それに、その行為が人間として間違っていても、それは神や妖怪には関係ないし、それ以前に札戮や略奪は自然界ならよくある事だ。だから札戮や略奪は、世間から観てそれが人間として間違っていたとしても、動物としてなら何も間違っていない。これはジュラ紀や、太古に生命が生まれた時から、既にある事だ。

 

ニュンペー(妖精)のクラウンピースを観てたら、ギリシャ神話のある話を思い出し、今もなお俺に首根っこ掴まれたまま、暴れているクラウンピースに危機感を持たせるため、そのまま話した。

 

「……クラウンピースに吉報の、一ついい事を思い出した。知っているかクラウンピース」

「な、なにを」

 

Νύμφη(ニュンペー)とはヘカテーの部下でもあるが、月の女神Ἄρτεμις(アルテミス)の従者でもあり、そもそもニュンペー(妖精)とはΚαλλιστώ(カリストー)とも言う。この妖精のカリストーはゼウスに見初められ、カリストーの警戒心を解くためにゼウスは女神アルテミスの姿になり、カリストーと月の女神アルテミスの姿になったゼウスとセックスした話だ。その後は純潔を重んじる妖精のカリストーはゼウスの子を妊娠してることが月の女神アルテミス、またはゼウスの姉ヘーラーに発覚し、妖精のカリストーが熊にされたり、殺されたりする神話。殺された後は星座のおおぐま座になってる。まあこの話は諸説多いんだが、これが一番有名だろう。

この話をニュンペーであるクラウンピースに話したが、長話で理解できなかったようで首根っこ掴まれたまま、クラウンピースは首を傾げた。

 

「…話が長い、要点だけ言ってよ。あたいはニュンペーだけど、その神話に何の関係があるの?」

 

「そうか、判らないのか。カリストーのお前と、天空神で雷神の俺とは大有りなんだが」

 

クラウンピースと話し込んでいたら、俺のフォローか、クラウンピースに危機感を持たせる為かは判らないが、へカーティア・ラピスラズリは自分の部下クラウンピースに分かりやすく説明した。

 

「要はクラウンピースとセックスし、処女という名の純潔を散らせ、カリストーがゼウスのせいで酷い目に遭ったように、クラウンピースも同じ目に遭わせるぞ、って弘天は言いたいのよ」

 

それを聞いたクラウンピースはやっと理解したのか、暴れるのをやめて顔をばっと上げ、俺に首根っこ掴まれたまま俺の顔を観ると、次にご主人様のへカーティア・ラピスラズリに顔を向けて問い質す。

 

「ウソでしょご主人様!? そんなことされたらあたいご主人様の従者じゃなくなる!」

「うーん、それ以前の問題だと思うけど。妖精も妊娠できるからね」

 

さっきまで元気ハツラツだったクラウンピースが、なぜか借りてきた猫みたいに大人しくなり、目の焦点が合ってなく、一貫性や落ち着いた様子がなくなり、顔を上げると不安げな表情で俺を見て聞く。

クラウンピースは俺が月の民と見なしてさっき突っ込んで来たが、そもそも純化して、穢れ塗れのクラウンピースを首根っこ掴んで触ってても、俺が死なない事に疑問を持ったようだ。後は、俺に純潔を散らされるかもしれない不安もあるのだろう。

 

「…あのー貴方様はどうして純化してるあたいに触れるんでしょうか? 友人様の能力を使って、ニュンペーの私が純化したら、月の民は手も足も出せないと友人様から聞いたんですけど…」

 

「いや、実はな。それ純狐の嘘…っていうか勘違いなんだ。日本神話も中国神話もギリシャ神話の神々も、本当は純化なんてしても効かないんだよ」

 

「効かない!? しかも友人様の勘違い!? ご主人様ー! 本当なのー!?」

「本当よー。正確に言えば勘違いじゃなくて曲解だろうけどー」

 

ガーンと、クラウンピースは漫画の吹き出しが出そうなくらい、衝撃を受けた顔になる。俺は今もクラウンピースの首根っこを右手で掴み、クラウンピースの顔を俺の顔に近寄らせた。じろじろと見たが、クラウンピースが片手に持っている松明を見て思い出したので、へカーティアに聞く。

 

「おいへカーティア。このクラウンピースが持ってる松明、ギガントマキアーの時にさ、ギリシャ神話の クリュティオス を殴り殺した時の松明をあげたのか」

「懐かしいねー。光を浴びた者が狂うのも変わって無いよー」

 

「てか、天使と悪魔、天国と地獄の思想はゾロアスター教が起源だったよな。別の宗教では、悪魔の容姿、ギリシャ神話の パーン をモデルにしてたけど、へカーティアが地獄にいるのは」

「それを説明するとかーなーりーのー時間が必要」

 

争いはなにも生まない。そうほざくヤツがたまにいる、なーに言ってんだ、今じゃ当たり前に使えてるが、インターネットは元々戦争が起きて生まれた産物だろう! 争いを否定する事は、今まで築き上げたそれらを否定する事と同じだ! 自分が戦争によって生まれた産物の恩恵にあやかっているのに戦争を否定するだと。フハハハハ! 滑稽じゃないか!! アラビア科学、医学、哲学の恩恵を受けている日本人が宗教を、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教を否定するみたいにな! 空き樽は音が高い、だが清濁併せ呑めばいいのだ。

 

「さて、話し合いは終わりだ。鈴仙の邪魔をされても困るし、俺が相手しよう。テメーを殺して、純狐も殺す。俺が勝ったら嫦娥を諦めてもらい、能力でいる後二人のへカーティアと純狐も娶る」

 

魔女と妖精は諏訪国にいる。だからこそ、こいつは、へカーティア・ラピスラズリだけは、なんとしても引き込んで娶らねばならない。なにせ、へカーティアが治める一部の地獄には、地獄の妖精として、光の三妖精のサニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイアが、へカーティアが治める一部の地獄に結合されているティル・ナ・ノーグにいるからだ。だからへカーティア・ラピスラズリを娶れば、光の三妖精のサニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイアが一緒に引き込める。

 

「雀百まで踊り忘れず。弘天は、ほんと香囲粉陣が好きよね。能力の恩恵でいる、私を含めた私自身の三人はともかく、友人の純狐を殺されるのは困る」

 

殺す発言と娶る発言を聞いて困った表情をしたへカーティアは、人差し指と親指を顎に当てて、少し悩んでいた。純狐は生まれ方が少々特殊なので、蘇生する場合は困難を極めるだろうが、まあへカーティアの場合ならまだ楽だ。殺してもすぐに蘇生できる。

 

「…でも神綺やサリエルと身内になるのも悪く無いし、出合い頭にレイプしない分、ゼウスよりはマシか…いいわ。私が勝ったら嫦娥を渡してもらうわよん」

 

「なんでゼウスなんだよ。お前の場合はアポロンと関係を持ち、ヘルメースとセックスして娘が」

「おっとそれ以上はいけない。何度も言ってるけど私は元々ギリシャ神話の女神じゃないのよ!」

 

いきなり俺の隣に来たへカーティアは俺の右腕にアームロックを掛け始めた。不意を突かれてアームロックを受けてしまったので、それを防げなかったが、なぜかへカーティアに謝罪を要求された。俺が謝辞したらアームロックを解き、さっきまでいた定位置にへカーティアは戻る。なぜかへカーティアは、左手で今も捕まえているクラウンピースを、序でに連れ戻さなかった。

 

「イテーだろなにしやがる!」

「だって、暗黙のルールをしれっと破り、禁句を言おうとするから…虚言はやめてねん」

 

「…原理主義じゃあるまいし、お前がそんな事を気にしてどうする。そもそも、神話好きの俺が、神話の内容で虚言を宣う訳が無いだろ」

 

いや、この場合、原理主義は語弊があるか。ギリシャ神話の女神の多くは、基本的にヤリまくりだ。色んな男と関係を持っている女神はたくさんいるし、ギリシャ神話の女神に、処女とか純潔とか、モラルを求める以前の問題、という話になるだろう。だが、ギリシャ神話には、処女神という女神も、それなりに、いるにはいる。まあ、ヘカテーに関する資料は、かなり少ないからな。

 

ギリシャ神話のἙκάτη(ヘカテー)と言えば、処女神なのは有名だ。処女神とはギリシャ神話だけではなくて、エジプト神話にもいるのだが、処女神はあのゼウスでさえ犯す事は出来ないし、そもそもしてはいけない。ギリシャ神話ではヘカテー以外にも処女神は結構いるんだが。それでもヘカテーが処女神と聞くと、俺は首をかしげざるを得なかった。

 

「いやそんな筈がねえ。確かにヘカテーは決まった夫、配偶神がいない。だがヘカテーがセックスしてるギリシャ神話もあるし、そういう説があるのを俺は知ってる。しかし…まさか......」

 

ヘカテーが処女……。おかしい、それは実におかしいな。俺が多く読んだギリシャ神話の中には、確かにゼウスからは手を出されていない。しかしヘカテーはゼウス以外と普通にセックスして娘を産んでいた。それはアポロンやヘルメスが有名だろう。まあ、ヘカテーがセックスした神話は一部なので、資料は少ないのだが…。だから俺は最初から、へカーティアは処女じゃない事を前提に、娶ろうとしていたんだ。なのに予想してなかった事態に脳が処理できず、へカーティアが答えないのは理解してても、とりあえず本人に聞くことにした。この俺がギリシャ神話に限って、神話に出てくる女神がセックスしてるかどうか。

俺があれだけ調べ上げたギリシャ神話の歴史と多くの資料、ヘカテーの歴史と資料を、忘れる訳が無い。

 

「......へカーティア。お前―――処女なのか」

 

「なんで欣喜せずに落胆してるのよ…。さあね。私を娶って膜があるか確かめたらいいよん」

 

へカーティアは肩をすくめて答えず、自分を娶って確かめろと挑発した。そう言われて黙ってられなかったので、戦う前に右腕を回して脱臼してないか確認する。痛みを感じるが、あまり問題は無いようだ。その後も色々話をし、色々思い出して懐かしかったが、もう話し合いは、いいだろう。では始めよう。

 

「クソッ! へカーティア相手だと長引けば俺が不利だし、短期決戦で終わらせるぞ」

「んもう、もっと万古不易に続けましょうよ。せっかちさんは嫌われちゃうわよー。うりうり~」

 

俺の隣に一瞬で転移して来たへカーティアが、笑顔のまま左手の人差し指で俺の頬を突いて来た。鬱陶しいので振り払うと、また元いた場所に転移して戻る。

へカーティアの能力は、三つの身体を持つ能力だ。だから、へカーティアは本気を出す為か、空間がまた裂けると、金髪と青髪の髪色、二人のへカーティアが来て、へカーティアが三人になった。悪くない。俺は今も首根っこを掴んでいたクラウンピースを、疾風怒濤の如くへカーティアに放り投げると、投げられたクラウンピースは絶叫したがへカーティアがキャッチした。クラウンピースは純化しても、俺に効果が無い事を理解しているせいか、3人の内、真ん中にいるへカーティアの足の後ろに隠れながら、松明を持ってない空いた片手で白旗を振ってる。戦意が無くなったみたいだ。

龍神と衣玖の名を呼ぶと、俺の両脇にそれぞれ現れたので、黒髪で長髪の姿、スゲー美人な人間形態のまま現れた黒龍、龍神の腰を右手で、左手で衣玖の腰に回して抱き寄せる。

 

「衣玖、龍神。ギリシャ神話の女神、へカーティア・ラピスラズリを三人とも殺すから手伝え」

「はい。旦那様の仰せのままに」

「も~。弘ちゃんの思し召しとはいえ龍使いが荒いよ~」

「へカーティアが相手だし、隔靴掻痒になると困るんでな」

 

純狐相手には、穏便に済むような話し合いを求めても無理だ。折衷案もない。呉越同舟もダメだ、利害の一致を模索しても、青娥が××神話側にいる以上平行線だから、講和も出来ない上に、相手が納得する理由を述べるのも無理だ。今はサリエルが純狐の子供を蘇生させてるが、その蘇生した子供を宇宙空間に連れて来て、純狐に見せて話し合いを求めても、純狐は納得しないかもしれない。そうなると、現時点で残った手は、有無を言わさずへカーティアと純狐を蹂躙し、双方を力で従え、無理矢理にでも納得させるしかない! 

 

俺の枷と軛も全部無くして龍神の腰に回していた右手を挙げ、へカーティアも片手を挙げる。

夥しい程の悪魔も、妖怪も、化け化けも、眷属も、妖精も、準備はとうに終えているのだ。後は、陣触れの合図だけすればいい。

 

「俺は月の使者の代理、××である! この先何度も月に仇成す事は間違いねえテメーを殺す!」

 

古代ギリシャの哲学者 ヘラクレイトス は言った。

『戦いは万物の父であり、万物の王である』

お互いに譲れないモノがあったり、お互いが納得できない場合、争いは必然だ。

これは神話時代からなにも変わッてねえし! 変わる必要はないッ! 

 

「さあ、トリニテリアンであり、月と死の女神であり、魔女と妖精の支配者へカーティアよッ! ××神話の日本神話と中国神話とギリシャ神話の三つ巴を始めようではないかッ!!」

 

「私はギリシャ神話の女神じゃないけどねッ!」

 

そのまま俺達は腕を振り下ろし、幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ギリシャ神話にはニュンペーという妖精がいます。ニュンペーとはギリシャ神話の女神ヘカテーの従者の妖精なんですが、このニュンペーとはカリストーとも言われ、簡単に言えばこのカリストーはギリシャ神話の月の女神アルテミスの従者であり、アルテミスの分身ともいえる妖精です。
このカリストーの美しさにゼウスが恋をし、ゼウスはアルテミスに化けるとカリストーに近づき、セックスして妊娠させます。ですがカリストーが処女、純潔を無くしたせいで熊にされたり殺されたり星座になったりします。まあセックスせずに、つまりゼウスは男性器を使わずに、アルテミスという女神の状態でカリストーを妊娠させたという説もありますけどね。
そして弘天はゼウス同様、天空神であり、雷神でもあります。あと女好き。他にも弘天には、色々と混ぜてるんですが。
だからここでのクラウンピースは、ギリシャ神話の妖精カリストーを混ぜています。
ここで肝心なのが、例え妖精でも、セックスすると妊娠出来る、というのが重要です。

純狐とへカーティア・ラピスラズリが原作に登場したのでプロットを練り直し、かなりの軌道修正しました、だから今回の話は私が考えていたプロットと比べると、大幅に変更されてます。

純狐の話は次話に回します。月の兵器、片手バルカンとか超小型プランク爆弾は原作から拝借しました。


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